● 『神隠し』とは欧州を始めとしてこの日本でも古来より語られてきた一つの怪異である。 あるいは帰ってきた子供が『替えられて』いた等という場合もあったそうだが、時代の流れに従い、怪異は現象へと消化される。現代の日本において、神隠しは行方不明へと変換されていった。そして、今尚、『原因不明』の失踪者は数万人に上る。 ところで、神隠しの主体は一体なんだろうか。 ―――それは、妖精。 有り得る。 ―――それは、狐。 有り得る。 ―――それは、鬼。 有り得る。 ● 「施設の裏山に鬼が出るという噂があり、真偽の確認をして欲しい」 『アーク』とは比較的に友好な関係を保っているある組織からそんな要請が送られてきたのが少し前だった。 鬼、とは不穏である。『アーク』の誇る『万華鏡』も万能ではなく、全ての事象を観測出来る訳でもなければ、そのタイミングにも若干のズレが生じる。その神秘事件を探知できなかったということも十分有り得る話であって、別段その要請を断る理由もなく、『アーク』作戦部はその調査に乗り出した。その解決の為に組織された複数名の調査部隊が組まれ、件の『裏山』へと入っていった。 ―――彼らとの連絡が絶たれたのは、次の日の事である。 その事象をも『万華鏡』は観測していない。事態を重く見た『アーク』作戦部は、本格的に当該案件を解決すべく一線級の八名を招集した。 ● クソッタレな状況だな、と彼は思う。 リベリスタ業を始めてからというもの、幸福偏差値は何時だって最底辺を這いつくばっている。選択の連続、断罪の連続、欺瞞の連続。与えられた者は、奪う義務を課せられている。そうやって奪ってきたモノの重さをと自分の命を天秤に掛けて、生きてきた。 そうして、また奪うのか。 「……いや」 そんな最悪の状況でも、逃げない事だけはできる。やれることが……ある。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は正しく『護る者』である―――だからこそ。 「あは――は」 鬼退治に眼が眩んだ、その姿、を。 ● 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)の子供受けは悪くない。むしろ、良い。 高校で教員を務めているという経歴から、彼女の視線、動作は良い意味で仕組まれている。その見た目の効果もあってか、『施設』の『子供』たちからの信頼を勝ち取るのに時間は掛からなかった。 「ちょっと聞きたいのだけれど」 凡そ十名ほどの『子供』たちに囲まれたソラから本の少し離れた『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)が、優しげな声色で子供たちに問いかけた。白い壁、白い床、白い天井。人里離れた白いカテドラルに覆われた『子供』たちが、小夜香へと視線を移した。 「なんですか?」 柔和な笑みが浮かぶその顔はまだ幼さを残している。少し首を傾げた彼に、小夜香は続けた。 「ここの裏山に鬼が出るって話……聞いたことあるかしら?」 鬼。 世界を犯すもの。 その単語はのっぺりと空中を彷徨う様に浮いた。年少の覚醒者たちを保護し、教育までするというこの澄み切った施設で、それは微妙な緊張感を孕んだ言葉だった。 「鬼……?」 きょとんと間を開ける子供の顔を見て『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は「まーそうなるよねー」と腕を組んだ。フランシスカのあっけらかんとした単純な所もその『子供』たちにはきちんと伝わっているのか、彼女の周りにも『子供』たちが群がっている。「なんだなんだ、お姉さんモテモテか?」と少しぎこちなく『子供』をあやす姿はどこか微笑ましい。 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は微笑ましいを通り越して悲惨なまでに『子供』たちの玩具となって「やめるです!」と声を荒げるも遊びたい盛りの『子供』たちはまるで耳を貸さなかった。 「そんなことより、遊ぼうよ!」 純真な声色は、甘き死を誘う。 ● 『アーク』から派遣されたのは一線級も一線級、手練のリベリスタ八名である。彼らは『万華鏡』による感知を諦めて、実地調査へと方針を変えた。情報収集は戦いの基本であり、そして、『全ての始まり』は此処だった。 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の隻眼はぷらぷらと歩きながらその汚れない空間をぼんやりと眺めていた。細く美しい、魅零のしなやかな肢体が、構内に造られた芝生の広場を踏みしめたとき、その視線とぶつかった。彼女の隣を歩いていた文珠四郎 寿々貴(BNE003936)もそれに気がつき、着いていく。 「ねえねえ」 鈴の様な声が、木製のベンチに腰を下ろしていたその少年に問いかける。 「君さ、ここらへんで出る『鬼』のこと、何かしらないかなあ?」 近づいてきた二人の女性に気がついた様に。 銀色の髪を揺らす中性的な少年が振り向いた。 魅零がその少年に声をかけた様に、寿々貴も気がついていた。この少年の雰囲気に。 「鬼は、居ますよ」 「ん?」 魅零が首を傾げた。少年の顔は作り物みたいに微笑んでいる。 「貴方たち、この間の人たちの知り合いでしょう? ――鬼は、夜に出ます。あの人たちは、鬼にやられたんです」 「どうしてそう言えるのかな?」 寿々貴が問うと、少年はふふと笑った。 その目を、寿々貴はじいと見つめた。 「僕が知っているのは―――」 その目の奥に燻る感情が、二人のリベリスタには『良くないもの』だとわかっていたから。 ● その澄み切った空気が、彼は、嫌いだった。 ● 突然の濃霧は人為的結論を強く支持する。 闇を切り裂いて飛んできた矢は、リベリスタの腕を貫いた。 仮定は何れ前提となり、論理的な操作の果てに結論を見出す。 リベリスタたちの耳を、不吉な生ぬるい風が濡らしていく。 ――ああ、静か過ぎて、耳が痛い。 聴こえてくるのは詩のような一節。 「鬼退治だ……」 それはやはり、あの『子供』たちの声色。あの『少年』の声色。 リベリスタを殺せと行軍する、『鬼』の足音。 「……」 リベリスタたちは各々の武器を構える。 どちらが鬼なのか、と心の底で『鬼』が問う。 だから―――。 彼らはその『少年』<鬼>を斬る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月07日(月)23:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 寄り添う鼓動が、彼を壊す。 ● 視界の閉ざされた周囲からの突如とした魔弾は二十名もの数を擁する子供達からの攻撃。フランシスカが振り払う黒き巨鉈は容易くそれらを弾き返すが、目を細めた所でその出所は定まらない。 「あー、やれやれ。『鬼退治』とか酷い扱いだな。……まあ、別に『わたしが鬼』だってこたぁ否定する気は無いけどさ!」 フランシスカの横に居たシィンが立ち位置を後衛へと変えていく。緑色のスプラウトとピンク色のブロッサムの二体のフィアキィが付き添うように舞い、今作戦の鍵である回復の一翼を担う。 フランシスカも、平時であれば、その靄を切り裂くように漆黒の魔弾を撃ちこむ事ぐらいはしただろう。それでも、敢えて此方から仕掛けない理由は、そのシィンの視線と同様に、 「とはいえ、困ったことにおねーさん、君達に若干と情が移ったみたいでね」 だから、さっさと手を引いてくれると助かる。それだけ言って、続き飛来する銃弾を一振りの内に叩き返した。 極めて悪い視界の内で、快の用いた熱による索敵は効果的である。微視的な分子運動の結果生じる振動は熱く、彼にその存在を知らしめる。 「小夜香さん、後ろに何人か居る!」 快の声にすかさずソラが動いた。魔術教本を操るソードミラージュ――特異な戦闘スタイルを有する彼女も今回は回復に徹する。何しろ、守るべきはリベリスタ八名だけではないのだ。ソラは凡そ全員……二十九名全ての命、それを背負う覚悟を終えている。 ソラが目指すのは五十点でも九十九点でもない。それでは物足りない。 百点満点もしくは『それ以上』。 「さあ、『全員』救うわよ」 ソラの言葉には快も深く頷く。 「諦めない」 二十一人の命を。 一人の心を。 ―――全部、救ってみせる。 「すずきさんてば、割とタフなんだぜー。 キミらに、落とせるかい?」 寿々貴が締まらない表情のまま前に出る。それがこちらからの攻勢の合図。 ただ、寿々貴のその眼だけは。 ● 子供達の攻撃は比較的に稚拙である。その箍が外れていようと、経験差が明瞭に現れている。ただし、倒せば良い訳でも無いから、骨が折れる。むしろダメージを与える事は、リベリスタらの本意とするところでは無い。そして、人数差も無視できなかった。 「これは何かの冗談なのかな」 魅零の呟きは姿見えぬ少年への質疑である。彼女はその先に待つのが奈落であることを識っているから、隻眼を細める。 ――感情を読み解く。感情を電気化学的な結果と捉えるか、或いは単なる情報と捉えるかでその本質は大きく性質を異にするが、魅零の異能の前では両者に違いは無い。 (少年に操られている子供は暗示の所為で一定の、統一された感情を持っているはず) 謂わば『余事象』。詰まる所、『それ以外』の感情さえこの手に手繰り寄せられたなら、 「―――あった」 それが、元凶。 やろうとしている事は、分からないでもない。 けれど、やろうとする意図を、汲み取ってあげる気も無い。 寿々貴がそう考えている様に、彼女のカバーを行う悠里もその意図する所は何となしに理解できるが、彼が思うのはその理由にある。年端もいかない少年が、誑かされたとはいえ、こんな行動に出るのには訳が在る筈だと、悠里は思う。 子供たちからの攻撃を受け切ることに専念する寿々貴と悠里に、魅零の指摘が声となって伝わってきたのはその時であった。 「彼は――」 魅零が把握した大体の位置と、悠里の逸脱した超越的な感覚が合わされば、 「そこかい?」 三つの軸が合わさって一つの座標となる。 「新田さん、ちょいとお願いします」 「分かった」 寿々貴の要請に快が頷いた。正しくクロスイージス足る彼は一層と敵を引き受ける。 「さあ、昼間の続きだ。 遊んでやるぜ――目、覚ますまでな!」 寿々貴がふんふんとスキップするかの様に靄を切り裂いていく。 彼女が亡と見つめる、収斂されるべきその一点に立つ彼は、 「……また会いましたね」 銀色の髪を揺らす、一人の少年に違いなかった。 ● 圧倒的にリベリスタ不利な状況で、彼を探し出したのはリベリスタ達の最適な役割分担、索敵方法、それらが重なった結果である。リベリスタ達がここまでするには、無論、理由があった。 (説得で収まってくれれば良いのだけれど) 小夜香は己の力を『他者を護り、支える為の力』だと信じている。此方は此方の事情でもってその凶行を止める。如何なる者も癒し尽くす小夜香のそんな思いを、他のリベリスタも共有している。だからまずは、少年への説得を試みた。 (さて、補習を始めようかしらね。……いえ、これは進路指導かしら?) ソラが言う様に、一方的な説得は効果的とは言い難い。教員然している彼女らしい心遣いは、相手が子供である事に起因する若干のデメリットをフォローする。 (問題は多いようだけど、一つ一つ、確実に解いていきましょうか) ちゃんと相手の話も聞きましょう。ともすれば無数の攻撃が飛び交うこんな戦場の中で、ソラはその少年の事を考えていた。 「ところで君はわたしたちを倒してフィクサードに取り入ってどうするつもり? フィクサードになって何をしようと言うのかしら?」 寿々貴を追う様にして戦火も移動した。子供たちの数が減らない以上は、誰かが誰かをブロックすることで、そして少しのダメージには目を瞑って行動不能に縛り上げる状態異常を与えることでしかダメージコントロール出来ない。フランシスカも、剣を振るう一人の子供と刃を交えながら、少年を見据えた。 一方、少年も敵意を剥き出しにすることなく、しかし子供たちの攻撃を止めさせるわけでもなく、穏やかに口を開く。 「特に理由は無いですよ。ただ、リベリスタになろう、という気が無いだけです」 理由の無い行為が存在するかどうかの議論はさておき、この手の事象が説得向きではないことも、そして自分が説得向きの人間では無いこともフランシスカは自覚していた。 「フィクサードとリベリスタ。わたしに言わせてみればどっちも似たようなものよ。 リベリスタの生活に不満がある訳?」 「不満というよりか、折角、超常的な力を手に入れたのに、それを行使しないなんて、勿体ないから」 分からなくもない。分からなくもないが、やり方が悪い。 「そういうのを不満って言うんだ。他人を巻き込んで他人に手を下せて、てめーは高みの見物か?」 自分の手は汚さない所――そういう所がいけ好かない。 「不満があるならぶつけておいでよ。力で訴えてきてもいい。わたしが全部受け止めてやっから」 「……あはは。『あそこ』にはあんまり居ないタイプですね。 でも、そんな状況で、僕の相手も出来ますか?」 フランシスカの周りには二人の子供。いつもとは違う繊細な扱いを要請される戦いは、確かに彼女にはやり辛い。……少年は、そういうリベリスタ側の心情を聡く読み取っていた。 (あぁ、なんで) その療術神秘の範囲に子供たちを含めているシィンも、こちらの陣形が崩れそうであるものならある程度の攻撃を厭わない。シィンは、フランシスカと同様に、少年のその手法を謗る。 フィクサードになりたいなら、貴方一人でなればいいのに。 (なんで他の子供たちを巻き込んだのですか) それは『悪』の行動ではなく、一人で何かをやる勇気のない『弱者』の行動でしかないのに。 それは強がりでも何でもなく、ただの敗北に過ぎないのに。 「誰かを犠牲にする生き方もあるだろう。そういう選択を迫られることもあるだろう」 快の良く通る声が少し離れた所から九の鼓膜を揺らした。こんな状況だろうとお前の相手をしてやる、といった力強さを孕む声だった。 「けどな、お前のやってることは、施設を出て行くという選択ができずに、子供達に罪を負わせ、あるいは死なせて、自分が施設を捨てる言い訳に使おうとしているだけだ。 そうやって自分の居場所を自分で選べないままじゃ、いつまでたってもお前はそこから動けないよ」 <リベリスタでは為せない目的があるのかもしれない。でも本当にそうなのかしら?> それは快の声に続く様にして、唐突に少年の脳裏に伝達された小夜香の声である。 <確かにフィクサードの方が最短で目的を遂げやすい事が多いわ。 でもそれは他人に不幸をもたらし、憎しみを、怒りを買う道よ。 その覚悟はある?> 少年の眉が顰められた。 <その子供たちを傷つけたら、リベリスタだって非難を買う筈ですけど。 貴方達だって、目的の為に、子供たちを殺したりして、> 「誰も死なせたりはしない」 少年のテレパスを遮る、小夜香の肉声だった。確かな強さを持つ綺麗な肉声だった。 「……そんなこと、できる訳ないでしょ。死にたくなかったら殺すしかない。 二十人の革醒者を相手に、殺さずになんとか出来るなんて、楽観的すぎませんか?」 「少なくとも、貴方と接触してきたフィクサードよりは、信用できると思うけれどね」 「……」 少年は返す言葉を失う。リベリスタはリベリスタでも、今までに出会ってきた人々と違う。何かが異う。 「君の名前、さっき聞き忘れちゃったね。なんていうの?」 響くのは戦いの残骸。魅零も一人の前衛として二人の子供を相手取っている。 「名前?」 「そ。君のお名前」 「……九(いちじく)、ですが」 「純真の仮面を纏った、根っからの逸脱者」 「え?」 「平和である現状維持と、毎日の変化無き繰り返しが大嫌いなアブノーマル好き。そんな印象。 違ったらごめんね?」 「……な」 違う、違う、違う。少年の頬を汗が伝った。今までの奴らと違う。 何かが、なんてもんじゃない。何もかもが、違う。 丁寧に時間をかけて練り上げた仮初の自分を、たった、たった一瞬で見抜かれた! 九は創り上げてきた自分が崩壊していくかのような幻視をしたが、直ぐに止んだ。図らずも、『それ』を指摘した張本人がそれを止めた。 「別にそれが駄目なんて思わない。貴方が鬼を望むならそれでも、貴方が悪ならそれでもいい。 不安も不満も全部甘んじて受けるから」 九は思わず一歩後ずさった。 「いっぱいぶつけて。私に教えて。貴方を否定はしない」 それが九には恐ろしかった。 このリベリスタらは最初からそう言っている。その行いを否定しながらも、九自身を否定した発言は一つも無い。その事実が、九には、ただ恐ろしかった。否定され続けて成長してきた彼には、理解できなかった。 「―――偽善者め!」 九は焦ったかのように一言発すると、機敏な動きで中型の魔方陣を形成し、強力な魔弾を撃ちこみながら走り去った。靄の中に身を隠す彼の姿をリベリスタ達はすぐに見失うことになったが、今度はそう難しくない。魅零の感情探査、悠里の超直感、そして、 「偽善だって、貫き通せば華になる。その事を教えてやらないとな」 一手に五人の子供を相手取っていた快の目が、その熱を追い求めた。 「鬼退治が何時の間にか鬼ごっこになっちゃったな。んん? むしろ、けーどろ? まあ、どっちでもいいかー」 寿々貴はそれを敢えて止めなかった。彼女の眼だけが変わらずにその靄の向こうを見た。 「すずきさん、ちょっとばかり、おこだよ」 だから―――。 心が擦り切れるまで、付き合ってあげる。 ● 「……っ!」 永遠にも感じられる時間だった。 立場が逆転した。狩られるべきだった鬼は、何時の間にか狩る側に回っていた。 (ああ、そうじゃないか……!) 息を切らしながら走る九は頻繁に振り返った。追いつかれ、また逃げる。それをもう何度も繰り返していた。リベリスタは九の有するアーティファクトだけを狙うものであるし、視界の悪さが酷く、決着はすぐにつかない。もどかしい時間が、だから、九には永遠に感じられた。 「鬼っていうのは、元々、狩る側の存在じゃないか……!」 九は自分の状況設定の甘さに思わず唇を噛む。それもこれも、 「憎い? この世界が。この世界を受け入れてる友達が」 「う――わあ!」 追いついた悠里の声に九は思わず叫び声を上げた。どうして、子供たちは一体何をやっているんだ! 急速に応戦の為の魔陣を展開しようと試みる前に、九の身体を悠里の脚が襲った。それは九の有する『鬼歌』を狙った精緻な一撃だった。チョーカー型のアーティファクト、その九の白い首を、絶妙な一撃が掠る。 「それでも、それを理由にこんなことしちゃいけない」 鋭い痛みに九は思わず目を閉じてしまった。そして、足を取られた彼はそのまま倒れ込んだ。 そうして、首の違和感に、すぐさま気が付いた。 ――無い。チョーカーが、無い。 「ちょっとごめんね」 「っ!」 悠里は、無様に倒れ込んだ九の首元を掴み、出来るだけ気遣いながらその上半身を持ち上げた。九の来ている白いシャツのボタンを少し強引に引き千切って、白くきめ細かい肌が露わになる。悠里は、其処にそのペンダント型のアーティファクトを確認した。 「あまり君の身体に負担をかけさせたくないからね」 そう言って『鬼唄』を引き千切ると、悠里はそれも破壊した。 (これはちょっと、トラウマになっちゃうかな) しかしまあ、『全員』救う為の過程だ。主犯である少年<九>に少しお灸を据えてもバチは当たらないだろう。 九は、自分の身体が軽くなっていくのを確かに感じた。同時に、彼の有していた力が失われていくのも感じた。 「辛い事があるのは君だけじゃないんだ。それでもみんな頑張って正しく生きようとしてるんだ。 二度とこんな馬鹿な真似をしちゃいけないよ」 久しぶりに、叱られた。九はそう感じた。 ● 九は、自分の考えの浅墓さを突きつけられた様に思った。 「フィクサードになりたいのであれば……見せてあげよう、その行く末を」 悠里に捉えられたその後、なお、抵抗を試みようとした急にまざまざと直視させられたのは。 フィクサードの悪行・被害・末路と、それに伴う怨嗟、憎悪、慟哭。 繰り返される暴力、虐殺、非道、裏切り、切捨て……そして、蜂比礼の深淵。 脳裏に繰り広げられた惨劇に、九は思わず胃からせり上がってくるものを感じて、口を押さえた。 「自分で思い返すだけでも、吐きそうな代物ばかりだけどね。 ―――こんな未来が望みなら、今この場で存分に味わうといい」 ……この退屈が。この平和が、純真が。 誰かの犠牲のもとで齎された安寧の結果である事を、九は痛程に理解せざるを得なかった。 九には生まれながらにして家族が居なかった。彼はその異能の為に淘汰され続けてきた。 彼は素直になれなかった。彼は澄み切ったその施設の空気が嫌いで、何時も刺激を求めてきた。 見返してやる。復讐してやる。そんなちっぽけな自尊心が彼を凶行に走らせた。 ……そんなちっぽけなものの為に。 自分は、無数の血の下に作り上げられた今のこの時を、否定していたのだ。 「―――?」 ふと頬に触れると、冷たいことに気が付いた。それが何なのかを理解して、九は焦ったように手で拭った。拭っても拭っても、それは止まらなかった。懺悔、後悔、不安、喪失。それは子供と大人の境界の様に、やっぱり曖昧な感情だった。だけど、大きな感情だった。 「ここはもう、『鬼ノ棲ム山』ではありません 故に、鬼など居ません、要りません」 貴方はまだ『鬼』ではないと 貴方を許す――と。 「―――あ」 貴方は一人じゃないって。 手を取り合って協力しあえるならそれが一番よ――と。 不意に襲った規則的で暖かい鼓動。 九の知らない鼓動。 赤ん坊は、母親の鼓動のリズムから呼吸を覚えるという。 止め処ない涙は、シィンと小夜香に染み込んでいった。 ―――九は生まれて初めて、息を吸った、気がした。 「私はまだあなたのことをほとんど何も知らない。 さ、お話ししましょう……」 ソラの言葉に、赤い目で少し戸惑ってから、 「僕は……」 沢山の事を、話した。 ● 「やぁ、こんなに集団で夢遊病なんて怖いなぁ。さ、戻ってまた寝直そう。 おねーさんが添い寝してあげるよ?」 リベリスタ達の奮闘もあって奇跡的に犠牲者は零。九の対処を他に任せたフランシスカは、軽傷を負った子供達をあやしながらその施設へと帰った。どうやら本当に情が移った様で、寿々貴もその様子にけらけらと笑った。 「なんだかすずきさん、何時もより陽気じゃないか?」 「キリっとし過ぎたんだ。だからこれはリバウンドさねー」 はにゃんとだらしない寿々貴の顔に快も苦笑した。 「それにしてもフランシスカさんがそんなに子供好きとは思わなんだよ」 「ま、わたし自身も吃驚よね」 「えー、魅零も混ぜてよー」 「え、じゃ自分も」 「……子供達も、これが『アーク』の上位層だなんて思ってもいないだろうね」 何処から嗅ぎ付けてきたのか魅零とシィンの様子を見た悠里の苦笑に、小夜香も頷いた。九はかなり小夜香に懐いた様で、彼女はぽんぽんと彼の頭を撫でた。 九の処遇については『アーク』でも少し揉めたが、比較的軽度の更生プログラムの後に『アーク』付きリベリスタとなることが決まった。ここには、満点以上を目指したソラと、何より九本人の意志がかなり強く影響した、と、寿々貴は後に耳にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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