●その夢幻、神秘を許さず かつては賑わっていたであろう、地方の商店街の果てに、打ち捨てられた映画館がある。 廃墟の映画館には地下室があり、秘密の映写場となっているのだ。 そこに、幻灯機が眠っている——アーティファクトの幻灯機『ラテルナ・レアリス』が。 「……特に危険は無い。その場に居る全員が同じ『映画のような夢』を見るだけだ」 全員が映画の登場人物になって、夢の中で普段とは違う自分になれる。たったそれだけ。 無害であっても、神秘の物体であることには変わり無い。だからアークは回収を決めた。 「危険物ではないし、使用にリスクもない。回収のついでに遊んでもいいぞ」 この依頼は金にならない。報酬代わりに、夢を見るのも一興だろう。 アーティファクトの効果は、VTSと同じようなものだ。 しかし、この神秘の幻灯機は、皮肉なことに『神秘の無い世界』を映す。 エリューションも崩界も革醒も異世界もフェイトすらも、この幻灯機は認めない。 リベリスタであっても、幻灯機の映画の中ではか弱い一般人だ。 超能力は使えず、大業物は振れず、鍛えた力も使えない。革醒によって変化した体もなかったことにされる。 たとえフュリエであっても、夢の中ではボトム・チャンネルの一般人然とした容姿に変わるのだ。 「どんな映画? ジャンルはクライム、とだけ言っておこう」 映画のネタバレはマナー違反だろう。とフォーチュナ、『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)は口角を上げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月31日(月)22:16 |
||
|
||||
|
||||
|
●円を描いて1、2、3。 フィルムはノイズ混じりにカウントダウンを。 スクリーンに光を写し、そして始まる総天然色キネマ。 ●鉛色の町 ここは、北国。都会とも言えず、しかし田舎とも言えぬ町。 漁師町を発端とするこの町は、血気盛んな漁師たちがヤクザ各派となって、土地や人やらを掌握し、そしてしのぎを削りあっていた。 ロシアに近いこの町の、移民といえばロシア人が多い。 彼らの安寧のために丘の上にたった教会が、日本であるこの町では少し異質だった。 「おい急げ! こっちこっち! ポップコーンあるってよ!」 若い男が、移民だろうか日本人ばなれした美しい娘の手を引いて、暗がりへと身を沈める。 「ポップコーン?」 少しオツムが足りないのか、きょとんと路地裏に連れ込んだ宮部乃宮 火車の顔を見上げるキリエ・ウィヌシュカ。 いける、と踏んだか火車は、いきなり粗悪な拳銃をキリエの顎下に突きつけた。 「お~い解んだろ? グズグズ言わずに女優演じりゃ良んだよ」 抵抗しないと確認し、にやにや笑いながら火車は娘のスカートへと手を伸ばす。 「素直が良いぜ? したらディッキーが、宗教の垣根……取っ払ってくれる……ぎゃっ!」 グルンと白目をむいて、ずるり、と男は崩れ落ちた。 火車の真後ろには、ベットリ赤がついた鉄パイプを持った眼鏡の男。 「え」 呆然としているキリエの手を掴んで、司馬 鷲祐は彼女を明るい場所へと引っ張りだす。 「……早く行け。面倒はごめんだ。俺は『未だ』一般人だからな。すぐ息を吹き返すぞ」 「あ、ありがとだよ!」 そう叫んでキリエは自分の勤め先へと走り去っていった。 「何の心算よカウボーイ……バニーガールがどうなろうと関係ねぇべ」 獲物が逃げたと怒り心頭で、頭を撫で撫で立ち上がった火車は、鷲祐に拳銃を向けなおそうとし……。 ゴキリ。嫌な音を立てて首がへし折れて死んだ。 「……変なのに絡まれちゃったねぇ、おにーちゃん」 というのは、音もなく火車の後ろに立っていた男。三角帽のような覆面で顔を隠した晦 烏。彼の後ろには、周囲を警戒する新田・快がいる。 「あの娘、ウチの組がやってるクラブの従業員だよ」 快が言うと、鷲祐は頭を掻いた。 「知らなかった。そういうつもりじゃなかったんだが……」 烏は小馬鹿にしたような声を出しながら、火車の死体をつま先で蹴った。 「ま、どちらにせよ、この坊っちゃんは死ぬ運命だったわけだ。せーよくは人をダメにするねぇ」 「後始末はしておく。他言無用だ。さっさと行け」 カランカランとベルは鳴る。 会員制の札がかかった『クラブますみ』のドアを開けて入ってきたチンピラを見て、バーカウンターに立っていたママの雑賀 真澄は微笑んだ。 「あぁ、いらっしゃい」 黒い訪問着をはんなりと着こなした彼女の後ろには、ホステスの曳馬野・涼子とキリエがいた。 バーのスツールの一番端には、無愛想そうな中学生、瀬良 闇璃が座っている。 「今日はオーナーがいんのかい」 チンピラ、コヨーテ・バッドフェローがからかうように闇璃に声をかける。 「僕のことは気にするな」 薄暗いクラブの最も隅っこでブラブラと足を揺らしている少年は、ぶすっと答えてそっぽを向く。そうすると闇に溶けていなくなってしまったようにみえるくらい、彼の存在感は薄い。 このクラブは、今この町で最大派閥である『紅椿組』のものだ。闇璃は、紅椿組の先代組長が世話になった者の孫にあたるらしく、身寄りをなくし路頭に迷った彼に、このクラブの所有権が与えられたらしい。 「よォ、ママ。いつものヤツくれよ」 「いつものやつだね、ちょっと待ってておくれ」 カウンター真ん中のスツールに腰掛けたコヨーテに、真澄は優しい微笑みのまま言うと、涼子に冷蔵庫の中のボトルを持ってくるように告げる。 その間、真澄はコヨーテのスーツ姿を眺め、少し目を開いた。 「おや、ネクタイが曲がってるじゃないか」 照れている彼のネクタイに、真澄が手を伸ばした瞬間。 「鷹峰組だーっっ!!!」 の叫び声とともに転がってきた手榴弾が爆発した。 とっさにバーカウンターを飛び越え、ママをかばったコヨーテは、驚愕している真澄に無理に笑顔を向けた。 「……か、あ……さ、ぐふっ」 ドスリと刀を背から心臓へ突き刺され、コヨーテは最後まで彼女を母と呼ぶことも出来ずに絶命した。 真澄の口から悲鳴がほとばしる。 だから、 「まだ息があるとは。ジャパニーズヤクザは雑草のようだな」 「同志、ここで生者を作る訳にはいかない。この程度の任務は遂行できねば」 という誰か達の言葉は聞こえなかった。 「おうおう、ひっでーな、おいおい……。隣のタバコ屋までメチャクチャにしやがって」 一報を受けて駆けつけた白バイ隊員、ランディ・益母はクラブの中を覗いて、ウゲエと顔をしかめた。 「死者は六名。女性四人、うち一人はタバコ屋で発見されました。店主の老婆と見受けられます。続けます、男性一人、あと……中学生くらいの子供です。爆発痕がありますが、ごく小さなものだったようですね。死体に破片が突き刺さっていますが、致命傷ではない……」 眉をひそめながら銀咲 嶺は状況を報告した。 「致命傷はあくまで刀傷か……」 シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールドは腕を組んで考え考え……そして。 「刀のヤクザ……鷹峰の虎鐵?」 ぽそりと呟いたのを、須賀 義衛郎は聞き逃さなかった。 彼は、紅椿組とずぶずぶの悪徳刑事だ。彼にとって反社会的組織など蛇蝎以下なのだが、この町で安寧かつ裕福に暮らしていくには、多少の妥協と諦念も必要なのだ。 世の中はギブアンドテイク。適度にチンピラを差し出させて検挙率を上げ、適度に情報を流して飯の種が潰えることのないように気を配る。 だから彼は、早速紅椿組に注進に向かう程度には、忠実な刑事であった。 「そんなにオジキを殺されたのが腹に据えかねたか。もはや死に体の組やし、放っておいてやろうと思ったのにな」 紅椿組組長の依代 椿は、報告を聞いて、ため息を吐いた。 「お嬢は優しすぎるよ。大目に見てやるには事が大きすぎるね。とりわけ……瀬良の孫が死んだのが痛い。先代に言い訳が立たないよ」 彼女の隣に控えていた絢藤 紫仙が、固い顔で腕を組む。 椿は、分かってると不機嫌に呟いた。 「本音言うたら可哀想や思うわ。うちが組継いだんも学生ん時や。あの嬢ちゃんには思うところもあるし、できることなら助けたりたいとも思う……。せやけど、うちらも面子言うもんがあるからな」 カッと目を見開き、若き女組長は断じた。 「鷹峰組は潰す。コレは決定事項や」 古ぼけたアパートの一室。換気扇から鼻歌が聞こえる。 黒い三つ編みを揺らして歌いながら、グリルの中の魚の様子を覗く草臥 木蓮は、幸せでいっぱいという顔をしていた。 1Kの部屋の隅にしいた小さな布団の上には、もごもご動く赤ん坊が居る。 彼女は、この赤ん坊の種をくれた男を待っているのだ。元々は鷹峰の構成員だった彼女を、まっとうな道に戻してくれた男を。 背後でガチャリとノブが回る音がして、木蓮は笑顔で振り向いた。 「おかえ……?!」 笑顔が凍りつく。 二人の金髪サングラスという見るからにチンピラそうな男がニヤニヤ立っていた。 「よぉー。旦那さん未だ帰ってねーの? 浮気中?」 九段下 八郎が周囲を見回し言う。 「まぁいいや、好都合だ。あんたが死ねば俺も幹部にあげてもらえるってよぉ」 三下 次郎がニヤニヤ笑いのまま、脅しのつもりか拳銃を見せつけてきた。 そこまで聞けば、見れば十分だった。木蓮はキッチンのカトラリーに隠してあったサイレンサー付きの拳銃をつかみ出して、振り向きざまに撃つ。 キュパッと静かな音と共に、断末魔すら許されずに八郎が死ぬ。 急な出来事に呆然としてしまったが、すぐに我に返った次郎は、木蓮の第二射を辛うじて避けた。 「んなとこで死ねるかぁ!」 撃ち返す。大きな音が鳴った。すぐに誰かが警察を呼ぶだろう。 木蓮の利き手側の肩の肉が弾ける。 「オレぁ幹部クラス取ってかえんだよ!!」 汗まみれになりながら次郎が拳銃を闇雲に撃つ。 「きゃあー! きゃあーー! きゃあーーーーっ!!!」 さっきから隣の部屋に住んでいる女子高生が悲鳴をあげ続けているのが、壁越しに聞こえる。 キッチンに縫い付けられるように木蓮は倒れた。 「へ、へへへっ、やった! やったぜ、鷹峰の女殺ったぜ!!」 次郎は、壊れたような笑いをこわばる頬に浮かべて、逃げていった。 「こども……」 ずるり、ずるり、と木蓮はほふく前進で、泣き叫ぶ赤ん坊に近づく。 「となり、に……」 せめて子供だけでも、隣室の白石 明奈に預けたい一心で。 だが、痛みと失血で意識は薄れる一方だ。脳裏に彼の笑顔が浮かぶ。 「ごめん、な……魚、こげちゃったぜ……」 やくざものはどこまでいっても、不幸しか無いのかと後悔しながら、木蓮は絶命した。 遠く、丘の上の教会から鐘の音が聞こえる――。 懺悔室にて。 「……なるほど、詰めの甘い話。生者が居ては、あの話もご破算ではないですか……」 探偵ジェイド・I・キタムラから情報を受け、網の向こうでシスターユウ・バスタードはため息を吐いた。 「幸い二人共カタギだ。そこまでの頭もないだろう」 「それでも、あれらは万全を期したがるでしょう。彼らの居場所まで情報はありますか?」 「海に向かうとか言ってたな。明るい海を見たいんだとさ。……空港かね」 ジェイドは淡々とメモを見ながらユウに告げた。 「ありがとうございました。貴方に祝福のあらんこ……」 彼女の祈りの言葉を、ジェイドは遮る。 「赦しも祈りも要らねえよ。報酬は現金、一括だ」 ユウはもう一度ため息を吐いて、祈りの代わりに吐き捨てた。 「祈りも赦しも、貴方が不要と思えばそうなのでしょう」 チッと外から舌打ちが聞こえる。この懺悔室には盗聴器があるらしい。何のための懺悔室かとジェイドは呆れ果てた。 退室しようとした彼は、カーテンを開けるなり、先回りしていたユウに豊満な肉体を押し付けられてしまい、目を白黒させた。 「そんな事より、どうです? 私といいコト、しませんか♪」 にこにこと蕩けた顔を向けてくる不良シスターを押しのけ、苦い顔でジェイドは、 「教会のシスター達はホント、碌でもねえ」 「あら、そんなこと言える立場ですか?」 十字架の前に立ったシスター海依音・レヒニッツ・神裂が、不穏な笑顔をたたえながらジェイドに声を投げる。 ジェイドはますます苦い顔で、 「……ま、こっちは仕事回して貰えるだけ御の字だがな」 と言って足早に教会を後にした。 「売れる情報でしたね」 海依音が振り向く先に佇むシスターリリ・シュヴァイヤーは、憐れむようにロザリオを握った。 「かわいそうな子羊ですが、致し方ありません。救いの行方はお布施次第ですから」 そして、あのクラブ爆破事件の生存者、タバコ屋の娘、荒苦那・まおは空港へのバス停へ辿り着く前に死んだ。 彼女を必死に守ろうとした中国人がいたという。関 狄龍という男は、最後までまおの生命だけを守ろうとあがいたらしい。 冷たい北国の海に、二人は沈められた。まおがあんなに見たがった海は、こんな鉛色の空の下の荒れた寂しい日本海ではないのに。 彼女は、最後まで明るい青空の下で穏やかにさざめく広い太平洋を知らずに逝ったのだ。 「木蓮が?」 一報を受け、鷹峰組組長の朱鷺島・雷音は驚愕した。 「なぜ……」 呆然とする彼女に、側近である鬼蔭 虎鐵は言いにくそうに口を開く。 「クラブを爆破したのが俺たちだと思われているらしい。すぐにここにも手が及ぶぞ」 「そんなことはしていないのだ! それに木蓮はもうウチとは関係ない! 殺す道理もない!」 瞬時に反駁する彼女も、身内である虎鐵がそんなことは百も承知なのはわかっている。 ギリギリと歯噛みし、長い沈黙の後、雷音は虎鐵をまっすぐ見据えた。 「……虎鐵、ボクは覚悟はできている。鷹峰を襲名した者として。座して死は待てない。往こう」 それを満足気に虎鐵は聞き、深く頷いた。 「なら俺は……お前を守るだけだ」 二人で死出の旅路に出る前に、一花咲かせてみせよう――。 「鷹峰の娘と虎鐵に、まさか本部に切り込まれるとは……」 足の下の騒ぎを渋面で聞きながら、焦燥院 ”Buddha” フツは呟く。紅椿組の本部ビルの最上階で、悪鬼の如き二人を彼は待っている。 一階では、 「畜生。ごめんよ……母さん」 上半身と下半身を分かたれた快が、ガクガクと瘧のように震えて、力なく泣いている。 階段の真ん中では三角頭巾の首だけがオブジェのように置かれていた。肝心の烏の体は階下の床にずり落ちている。 しかしフツの表情は全く揺るがない。 「まァいい。ここで組長の娘と片腕を仕留めたとなりゃあ、オレの地位も安泰だ。じゃ、頼むぜ」 彼女の後ろに立つ着物姿の少女に声をかけ、近づいてくる足音にフツは抜身の刀をつかむ。 「虎鐵。お前もいつまでそんな娘に義理立てしてんだ。時代遅れなんだよ……っ?!」 返り血と弾痕まみれの殺気の塊たる虎鐵が突き出す刀を、フツは胸で受けることになる。 だが、同時に彼の刀は虎鐵の喉笛を貫いていた。 「虎鐵っ!!」 続いて入ってきた雷音は、立ち往生している二人を目の当たりにして目を見開いた。 しかし悲嘆にくれる暇は彼女にはない。虎鐵がもう片方の手で握っていた刀で、 「……よくも!! 依代椿ーっ!」 後ろを向いたままの組長に一矢報いるべく、雷音は斬りかかった。 しかし振り返る『組長』は、椿ではなかった。 「ふふふ……わてがべにつばきのかんぶ、サポートのミーノとはわてのことどすえっ!」 「影武者……!」 偽物と分かっても雷音は止まらなかった。テテロ ミーノが焦る。 「お、おや、そろそろおやつのじかんじゃないか、じゃぁわてはいそがしいからきょうはこのへん……っ!」 バサアアッとミーノを袈裟懸けに切り捨て、雷音はさめざめと泣く。 ここまで駆け上がってくるまで、虎鐵がかばったと言っても雷音も痛手を受けていた。 もう動けない。 「紅椿組、君たちの手で鷹峰を終わらせることはさせない」 ずるずると、亀のように遅い動きで、床に立てた刀に己の喉を当てる。 「これで、間違ってないのだ……。虎鐵、君の元に向かう。守ってくれたのにごめんなさい」 まだ辛うじて息があったフツは、雷音の死を見届け、ゴボゴボと血を吐きながら笑った。 「ふ、はは、あはは……結果オーライか。けどよ、だったら、尚更こんなところで、オレは、終わるわけに、は……ああ、蜘蛛の糸、蜘蛛の糸がある……これを辿れば、オレは、また……ぐふ」 フツの瞳孔が開く。もう紅椿組の事務所に生命のあるものは居ない。 当の紅椿組組長は、鷹峰に襲撃された瞬間に紫仙に連れられて本部から脱出していた。 「待ってや! うちは組長や。皆を見捨ててなんて……」 「お嬢、聞き分けな。あんたが万が一にも消えたら、この組は瓦解するよ!」 と走る車を、遠くのスコープが狙う。 「では瓦解してもらいましょ。撃ち方はじめ」 キュンッと弾丸が走り、車のタイヤが爆ぜた。横滑りしながら車が止まる。 「狐は止まったわ。勢子は待子まで追い込め」 無線で指示を送るエレオノーラ・カムィシンスキーは、足元で寝そべってスナイパーライフルを構えていたベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァにねぎらいの言葉をかけた。 「ご苦労。いつもながらいい仕事よ」 「なぜ直接狙わせなかったのですか。あの距離ならば私の腕なら直接ベニツバキのリーダーを仕留められました」 きびきびと立ち上がりながら、不満気にベルカは己のリーダーに問う。 「メードの土産というやつね。目障りな目の前でちらつく虫でも、何も分からず退場されるのは、つまらないから。ここは戦場じゃなくって狩場よ。なら楽しまなくっちゃ」 無線を切って、エレオノーラは微笑む。 どこからかわからぬ銃弾を避け、走って紫仙と椿は逃げていた。 「な、なんやねん……っ」 「鷹峰? いや、違う」 闇雲に走らされているようで、逃げ道を限定されていく二人は、とうとう丘を登らされて、教会に飛び込まされた。 「きたぁっ」 楽しげな海依音の声とともに、シスターたちが横並びで銃器を構えて、紅椿組を迎えていた。 ぎょっとして、踵を返そうと椿が振り向けば、 「大尉、任務は成功。狐は待子に到達しました。今から狩ります」 黒髪の青年が拳銃を構えながら、無線で何処かへと報告をしている。 報告を終えた男は椿たちに一礼した。 「はじめまして」 「何者や!?」 椿が刺々しく誰何する。 「私は設楽 悠里。本名はユーリ・シタラノフと申します。我々のことはホテルシベリアとでも呼んでいただければ」 「露助……!」 紫仙が刀を抜いた。 「このたび、販路を日本にも伸ばすことになりました。この町は我々の足がかりによかったもので……古臭いジャパニーズヤクザには潰し合ってもらいつつ、ご退場いただくことになったのです」 悠里の事務的な説明に、隣でアサルトライフルを構えている御厨・夏栖斗が付け加えた。 「あの爆発事件は、僕らのねーさんよりも上の判断で、僕らがやった。僕らは命令を忠実にこなすだけだけど」 「鷹峰は無実……」 紫仙はまんまと敵の思うがままになったことに、唇を噛んだ。 「あんたらも、ホテルシベリアなんか!?」 「いいえ。私共はただの暴力教会。……ホテルシベリアが卸ならば、私共は小売……ビジネスパートナーです」 食って掛かる椿に、淡々と首を振ったリリが無表情に説明した。 「ま、利害の一致とー、今後ともヨロシク的なアレよ。汚れはキッチリ消さないと商売に関わるからねえ」 灰白色のおかっぱを揺らし、笑う緒形 腥はマシンガンの銃口を椿に向ける。 「供物は二つ。あまりにオーバーキルのようだが……仕事は念入りに、と神子は仰るものでな」 唯一刀を構える蜂須賀 朔が構えた。 だが紫仙はひるまない。 「一服したいところだが、アレは車においてきたんだったな。……さて、どいつから死にたい。死にたければ叶えてやるぞ、ひとりでも多くッ!」 疾走る――。 銃が彼女に照準を合わせるよりも速く、夏栖斗の首が飛ぶ。 「ふん、サムライだな」 朔がつまらなそうに目を伏せた。 「同志……。ならば死の舞踏の始まりだ」 新城・拓真が紫仙に弾丸を放つも、鬼神の如き彼女は止まらない。返す刀でユウを、そしてユウ越しに腥を刺す。だが、二つの肉の内圧で刀が抜けない。 「阿呆め」 朔が刀を紫仙に大上段に振り下ろすも、 「くそっ! お前ら皆滅びろ!!」 椿が毒づきながら、彼女の脊髄を撃ちぬく。 「この命を散らそうとも、ここを通すわけにはいかない!」 取り落とした刀を拾い、紫仙は海依音を左右に裂く。 「なんという……」 火事場の馬鹿力というのだろうか、人間の限界を超えた所業にリリは呆然とし……その呆けた顔のまま、腥のマシンガンを拾った椿に蜂の巣にされた。 「狐二匹に教会が全滅とは……、状況が芳しくない。報告を……」 眉をひそめ、悠里は連絡しようとしたが、右手ごと無線機は紫仙に斬り飛ばされる。 「くっ!? 貴様!」 喉を狙ってくる女の眉間に左手で弾丸を叩き込み、ようやく止まった紫仙を確認して、悠里はゼイゼイと肩で息をした。 「阿呆がッ! いくら忠義者でも、死んだら終いや。死んでもうたらそこまでなんよ!!」 同じく無線機を下げた腰を、泣き叫ぶ椿に撃たれ、拓真がもんどり打つ。 「この……っ」 ブラフ用の爆竹に火を付け爆音を発しながら、拓真は視線だけで悠里に撤退を促した。 頷いて悠里が教会を出る。 それを見届け、すさまじい顔をした少女を見つめながら、拓真は壁を支えにしながら立った。 「来い。俺は未だくたばっちゃいない。最後まで付き合ってもらうぜ」 「うちは生きるからな」 弾を撃ち尽くしたか、マシンガンを捨て、先代譲りの古ぼけたリボルバーを構えた椿が、ぶっきらぼうに言い放つ。 しかし拓真は笑った。 「証明してみろ」 「皆の分まで生きたるッ!!」 リボルバーの射程まで走る彼女を狙って、腰が崩れて安定しない姿勢で、殺し屋あがりの男は両手に握ったオートマチックを、マガジンが空になるまで撃つ。 誰も、もう立ち上がらなかった。 飛び散った血が、聖像の涙のように滴っていた。 「ぐ、うううっ」 右手があった場所から血をほとばしらせつつ、悠里は合流地点まで走る。 まだ、こちらにはベルカがいる。彼女の狙撃能力ならあんなヤクザの小娘一人くらいすぐに仕留められるはずだ。 「……Кто ты?」 だが目の間に立ちはだかった見慣れぬ男に、悠里は怪訝そうにロシア語で尋ねた。 純白のダブルスーツに漆黒のロングコートを翻した男は、サングラスを外さずに、オートマチックを悠里に突きつけた。 「!? Почему?」 ベオウルフ・ハイウインドは憐れむように、事情が飲み込めないという顔をしている悠里に告げる。 「貴様等に恨みなんぞ何もないのだが、これも依頼なのでな。悪いが、大人しく殺されてくれ」 パァン。 乾いた音と共に、倒れ伏す悠里のこめかみからダラリと赤が流れていく……。 「任務は完了だ」 携帯電話で仕事の完遂を告げるベオウルフの斜め上、ビルの屋上で鷲祐はその電話を受けていた。 「ああ、見ていた。ご苦労だったな。報酬は今日中に指定の口座へ」 通話を切って、鷲祐は青空を見上げる。 「……後味悪いだろ。助けたと思った瞬間に殺されるなんてよ。……仇は討った。安らかにな、お嬢ちゃん」 放り投げる白い菊は、空に舞い上がって――そして地べたへと墜ちた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|