●『六刀家』と『霊宝指定』 『六刀家』と呼ばれるリベリスタ集団が居る。 『斯波』(しば)、 『一色』(いっしき)、 『京極』(きょうごく)、 『六角』(ろっかく)、 『安蘇』(あそ)、 『月夜寺』(つきよじ)。 各々が古くから続く宗家・名家の類であり、代々と神職を努めているものが殆どである。『月夜寺』だけはその源流を遥か天竺より渡来した仏教に求めている。 彼等の歴史は、彼等が擁する『御神刀』と共にある。脈々と伝承される『御神刀』及びその技術を維持してきたのが彼等『六刀家』であり、それら神刀はその能力だけでなく『存在自体』が各家にとって重要である。 『御神刀』とは、太刀の姿をした歴史ある破界器の呼称である。それは刀であり、刀ではない。 長すぎる歴史は『彼ら』に染み込み、何れ大きな力と、大きな代償を使用者に与えた。 『安蘇』の『七刀』―第二の『御神刀』―は使役者を飲み込んだ上に崩界を進める因子となり、 『一色』の『小烏丸』―第五の『御神刀』―は使役者の生命を喰らった。 有力なリベリスタ達である彼らは、これら『御神刀』を厳重に管理しなければならないと考え互いの保有するその力――例えば『御神刀』――を『霊宝』と定める事で『封印と管理』の歴史を紡いできた。 彼らの言葉を借りてこれを―――『霊宝指定』と呼んでいる。 『六刀家』である彼らは『神域』と呼ばれる特殊な結界―対エリューション障壁―を構築している。障壁とはいうものの、その多くは不可視の障壁である。『一色』はこれを『不可侵神域』と呼び、その中枢を『神域限界』と名付けたが、この結界は主として『月夜寺』が発案・設計・構築を担当していた。 ナイトメアダウン以前ならば、各家のリベリスタ、そして神域結界だけで敵性エリューションもフィクサードも撃退できたが、敵の力が益々と強大になる現代で、彼等は『アーク』傘下の地方リベリスタ組織の体裁をとり、『アーク』と密に連携を取っていた。 そして、遂に『アーク』はその『御神刀』がフィクサードの手に渡ることを危惧し、その回収に乗り出した。 しかしながら、『六刀家』の一部はこれに反対を表明し、骨の折れる神刀回収の任務が始まった。 『安蘇』は一人のリベリスタの反乱により内部崩壊し、 『一色』は『アーク』との試合の前に敗北していた。 ●『斯波』 「『兼定』(かねさだ)は今、寝ていますよ」 「『寝ている』? どういう事だ?」 「さあ。でも、偶にあるらしいんですよ、こういう事。ほら、やっぱり、あれじゃないですか、『京極』さんところの『御神刀』の影響、受けちゃってるんじゃないですか」 「『京極』の――か。」 「まあ僕も普段は『兼定』には触れる処か御目通りも叶いませんからね。良い経験でした」 「『安蘇』と『一色』が事実上壊滅してしまったからな。平衡はもう保てまい。特に『安蘇』が手痛かった」 「――で。ウチ<斯波>はどうするんですか」 「基本的には『一色』と同じだ。『アーク』が『斯波』を信用ならぬというのなら、信用させてやれば良い」 「一戦交える――ってコトですか」 「避けられぬのならな」 「避けられるでしょう。こんな『おっかない』刀、さっさと『アーク』に引き取って貰えば良い。無駄な血が流れずに済みます」 「本気で言っているのか」 「本気も本気、大本気ですよ。何処の世界に『人を喰う刀』が在りますか。ああ、『月夜寺』さんの所は別ですか、あれは、刀ですらないって評判でしたっけ」 「『アレ』は定義の問題だ。―――それよりお前」 「はい?」 「今―――『人を喰う刀』と言ったか」 「ええ……」 「何故『それ』を知っている?」 「……」 「お前には知り得ぬ筈だ、決して。御当主と、一体何を話した」 「………」 「……まさか、お前っ!」 「ねえ、おじさん。僕たちは……リベリスタですよね」 「お前は――」 「人を救ってきた。敵性エリューションもフィクサードも追い返してきた。自分たちの力を快楽の為に使ったことも無い。これがリベリスタじゃないのなら、一体誰がリベリスタなんでしょう? でもね、おじさん。―――妹は泣いていましたよ。妹は泣いていました。それは自身を案ずる涙じゃなかったんです。それは、お腹の中に居る子を案じた涙でした。妹は他人の為に泣いていたんですよ。僕は最初、それが分からなかった。分からなかったんですよ、僕は」 「……御当主は、死なれたか」 「死にました。今では僕が『斯波』ですよ。笑っちゃいますね」 「何故、このタイミングなのだ」 「このタイミングだからこそ、ですよ。父さんは『アーク』に其のことを知られるのを酷く恐れていました。『兼定』委譲に纏わる『悪魔の取引』を、父さんは『アーク』にも報告していなかった。それはおじさんだって知っているのでしょう?」 「――耐え切れなかったか」 「ええ」 「それ故、妹君に婿をつけ、子を孕ませたのか。お前が――否。『御当主』に妻が居られぬために」 「近い内に『アーク』が来ます。もう隠し通すことは出来ない。そして『二人の生命』を背負ってしまった以上、僕はもう、退けない。何も知らなかったら、僕は『アーク』に移管できた。何も知らなかったら、リベリスタ同士で無駄な血を流すことは無かった。――ねえ、おじさん」 「御当主……」 「リベリスタって何なんだろう。誰がリベリスタで、誰がフィクサードなんだろう。誰が線を引いているのだろう。人を助けたらリベリスタですか? 妹を殺せばフィクサードですか? 僕はフィクサードになんか成りたくない。でも、僕はもう―――」 『兼定』に、妹と、その子を食べさせてしまいました。 ●『母子喰い』 『九字兼定』(くじかねさだ)使役者と縁深い女性と、その胎児を『兼定』に捧げる儀式。 『六刀家』の中でも忌み嫌われる事のある、この忌まわしい継承の代償は、『兼定』を現世へと繋ぎとめる冥府への渡り賃。 斯波の父である先代斯波は、己の妻と胎の中の子を。 そして斯波は己の妹と胎の中の子を『兼定』で貫き、『喰わした』。 その鎖を断ち切るには『斯波』は『兼定』と歩んだ歴史が長過ぎ、埋めてきた死体の数が、多過ぎた。 ●ブリーフィング 「という訳だから、細かい情報は配った資料に目を通しておいて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声がブリーフィングルームに響いた。 「皆のおかげで既に二つの神刀の回収に成功している。予想されていたより極めて順調よ。そこで、今回は『斯波』の神刀『九字兼定』回収作戦になるのだけれど、注意点は、これね」 モニターに画像が映し出される。茅葺(かやぶき)屋根の小さな社(やしろ)。 「通常、『六刀家』の『神域結界』は『アーク』リベリスタに対して契約効果があるから無効化されるのだけれど、『斯波』には『九字封印』と呼ばれる別の結界があって、それは『アーク』リベリスタであれ避けられない」 九字。 臨兵闘者皆陣列前行の印。 「戦闘は基本的に、この中心にある本殿が主となると予想されるのだけれど、そこから距離にして凡そ八十メートルの所に三つの社がある。大きさとしては凡そ十メートル四方の、この、小さな社のようなものね」 イヴがモニターに映し出される社をポインタで指した。 「この3つの社には其々『臨兵闘』、『者皆陣』、『列前行』という『九字』の一部が3字1セットずつ封印されているらしい。Aの社には『臨兵闘』、Bの社には『者皆陣』、Cの社には『列前行』という様にね。イメージとしては、其々の字が書かれた特殊な札(ふだ)らしいのだけれど、『アーク』にも『九字封印』の詳細は報告されていない。『九字封印』の下ではかなりのディアドバンテージが予想されるから、物理的、或いは神秘的にこれら三つの『九字封印』を破壊した方が良いと思う。まあ、『自信』があれば『斯波』を倒した後でも構わないのだけれど」 自信があれば。とイヴは再度言った。 「『母子喰い』の儀式についても、今回『万華鏡』探査によって初めて分かったから、なんとか話をつけて……は無理かもしれないけど、『九字兼定』を回収して欲しい。きっと彼等では、もう断ち切れないわ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月30日(日)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●過ちて改めざる是を過ちと謂う。 ……たとえその過ちが、否応なく受け継がれ続けてしまったものであろうと。 ●九字封印 臨兵闘者皆陣列前行の九字。 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はその本質について鋭い指摘をしている。邪を払う印は、その神聖の名のもとに確かに獣性の様な激しい神域を展開する。『斯波』のそれはただ『九字兼定』に依存する結果の局所的で暴力的な結界である。 それ故に、『アーク』リベリスタですらその九字封印の内では大きく戦力を削がれる。 がん、と。硬い音を立ててその符を貫いたのは、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)の手にする槍先である。 「これで最後、ですか」 中心を射抜かれたその白い符は、『行』の字と共に消滅する。 「強力な印だけあって、その最後はあっけないですわね」 そこには何も残らない。永く『斯波』を、そして『九字兼定』<本体>をこの地へと圧し留めてきたその封印は反比例するかの様にその最後を静かに散らした。ユーディスの言葉に浅く頷いて、『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)も返し、その最後を見届けた。 手練たる八名のリベリスタの前に『門』を開けてしまったということは、やはり『アーク』側の危惧を支持する結果である。 (家族を、愛する人達を犠牲にしてでも護らなければいけないものとは何なのだろう。 ボクにはよく分からない) 『ロストワン』常盤・青(BNE004763)がそう思うのも無理はない。誰だってそう思うだろう。 彼がぼうと見つめるのは既にただの空間と化した社である。 「……」 倒れているのは『斯波』の門弟、そして宇野。 「『九字封印』が解かれた今、斯波が何時奇襲をしてくるかも分からない。本殿に向かおう」 殺さない為の戦いは、ただ殺すための戦いと比較して段違いに難易度が高い。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は冷静に先を急いだ。 紫月の振るう魔術こそ人を生かすが、革醒者の能力とは何かを傷つける為の能力である。 何かを守るために、何かを傷つける。 二律背反の匂いが鼻腔に染み付いて――何時まで経っても消えない。 そうであるからこそ、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は前を見る。前を見て、たまには後ろを振り返ることもあるけれど、彼の足が止まることは無い。その一点では、斯波も夏栖斗も共通する部分がある。ただ、歩く方向が逆になってしまっているというだけで。平行な二次元ベクトルは、何時だって二つ存在しているのと同じ様に。 そしてその甘さは、フィクサードへの誘いである。 『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)は先陣をきり、最初に場所の見当をつけておいたその本殿へと足を進める。 其処に―――斯波が居る。 ● 斯波が出てくる事を、リベリスタらは十分に有り得る可能性として考慮していた。 『九字封印』はそれだけの意味を持つ。逆に言えば、『九字封印』さえ無ければ、『一色』の時と戦況は殆ど変わらない。 結果、斯波は出てこなかった。側近たる宇野が倒れようとも、彼は出てこなかった。『アーク』が殺めぬように務めることを見越しての事なのか。 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)からすれば既視感である。――また、斬らねばならない。彼女が思うのは、『御神刀』の持つその力である。じいと隻眼が睨めつけるのはそこで座して待つであろう斯波の姿である。 「行こう」 快の声が風に乗った。 夜の帳が降りた社殿の中、揺れる松明の炎だけが、心細く彼の横顔を照らしていた。 回復の要はユーディス、そして、紫月である。 『御神刀』との交戦経験を有するリベリスタらも、その攻撃の凄惨さをよく知っている。だから、特に回復に専念する紫月を庇う形で夏栖斗が立った。幸い、その堅牢さで言えば文句のないクロスイージスも、特異な剣を振るう攻撃型のデュランダルも居る。前衛型の配陣は運命づけられていたかの様で、悪くない。 風斗がその扉に手をかけた。木製の両開き扉は重く、暗澹としている。 そして、その扉が開いた時、 「―――」 問答無用に刀が彼に斬り付けられた。その攻撃に血を許すものの、即座にデュランダルを振るって対応する。 本殿内部は薄暗い。風斗のライトが照らすと幾人かの影が視える。 「話は通じない――か!」 交わった刀身を風斗が押し返す。ぎんと離れた身体は、むしろ相手が後退する形となった。 その間に快、魅零、ユーディスをはじめとしてリベリスタらが雪崩込む。三ヶ所の社で会敵した門弟数を考れば、ここに居る門弟は七名。宇野を含めると七名ものリベリスタとの交戦に疲弊を残しているが、ここでは数が均衡にある――敵は全くの無傷であるが。 「その数で十分、ってことなのかな」 魅零の闇をも見通す、舞姫同様の隻眼が、注意深く中を見渡した。斯波は――。 その間に、声を上げながら斬りつける一人の男。魅零から向かって右側から踏み込んだのは、流石、『神道斯波流剣術』でも本殿の護衛を任される熟練の剣士の熟練の観察眼である。が、 「キミじゃない」 その斬り込みより早く――魅零の大業物が空間を斬った。それは速く、疾すぎた。その軌道は彼の肉を絶つことは無かったが、あまりの鋭さに、思わず足を止めてしまった。 硬直した空気が充満するさなか、青の無個性な視線が最奥部に立つその青年を認めた。 「貴方が斯波ですか」 青の指摘にぴくりと動いたのは、その男の眉である。男性にしては長めの髪を、後ろで一本に纏めている。整った顔立ちが如何にも優男と言った印象を与える彼が『六刀家』の一角『斯波』の当主であるようには見えないが、その左手のモノを見て青も考えを改めた。 「そうだよ、『アーク』の皆さん」 にっこりと微笑んだ斯波はそう言って軽く頭を下げた。張り詰めた空気をたった一つの動作で緩ますとは大した度胸だ、とユーディスも胸の内で感心する。どうやら『ニセモノ』でも無い様だ。 「良い刀を持っておられますね、斯波さん」 「これかな?」 黒より黒い。闇に同化しそうな漆黒の鞘、鍔、柄。 「日本刀にお詳しいんですか?」 「いえ。実は、刀は其処まで分かりません」 ユーディスの苦笑に、斯波は「いやいや」と首を振った。 「素人が見ても分かるほどに優れているということが重要なんですよ。それが本当に秀でた物品の条件」 そういう意味じゃ、彼はやはり『御神刀』たる存在であるわけだ。 「所で、貴方達は、宇野という男に会いませんでしたか」 「……会ったよ」 「彼はどのように?」 夏栖斗の眼と斯波の視線がぶつかった。 「重傷だけど、死んではいない」 そして、その返答に、斯波が驚いた表情をした。 「彼は命乞いをしましたか?」 「いや、むしろ、彼は死ぬ気だった」 「では、『アーク』の方々が生かされたので……?」 「そうなる」 「……これは、また」 斯波は頬を掻いた。その目には呆れと怒りが浮かんでいる。 「同情ですか?」 「いや」 否定したのは快だった。 「強いて言うなら『ユメ』だ」 「ゆめ?」 「俺が、俺達が目指すものは『全てを護る』って理想を貫く事だろう? 斯波さん。――貴方は、立派なリベリスタだ」 快のその言葉に、斯波は微妙な表情をした。色んな感情がごちゃまぜに。喜怒哀楽をミキサーにかけた様な、そんな表情をした。 じれったいとばかりに門弟がジリジリと間合いを詰めようとするのを、そんな顔をした斯波が「待て」と手で制する。 「言っておきますが、僕は、この刀を手にした以上は、リベリスタであろうが斬り殺す」 そのまま、自然な動作で、斯波はその黒い鞘から黒い刀身を引き抜いた。 「―――」 美しい、と舞姫は感じた。その忌々しい刀身をして、彼女は、不完全な美というものを感じた。 だが、それよりも。その本来なら無機質である刀身が、やけに生々しく、脈動しているように見えて、 「それだけは、ご理解して頂けているんですよね?」 瞬きするその一瞬の内に、斯波が間合いを詰めた。 「……っ!」 本殿に響いた甲高い金属音は、抜刀そのままに踏み込み、斜め上段から深く切り込んだ斯波の太刀筋を、彼女だからこその瞬発力で刀身半ば程まで抜刀し受け止めた舞姫が後方へと弾き飛ばされた後の名残である。くるんと宙で体軸を変えた舞姫はそのまま着地するものの、眉を顰めた。 とくん。 とくん。 とくん。 「……『九字兼定』」 交えたその刃から、確かに『温度』を感じたから。 突如前衛領域にまで踏み込まれた事に驚きはしても、死地をくぐり抜けてきたリベリスタである。大きな風切音が、斯波の横一閃した軌道の結果として残れば、辛うじてその剣戟を予測した快が正面から受ける。 ――重い。 特筆すべき堅牢性を有する彼と雖も、その刀の重みが骨に染みた。そしてやはり、その温度を感じた。 敵は斯波だけではない。当主たる彼がやや突発的に斬り込んだのを確認した門弟達も遅れじとその磨かれた腕を振るい始める……リベリスタ同士で斬り合う為に。 「……馬鹿馬鹿しいにも程があるっ!」 続けて舞姫の名を呼んだ夏栖斗は、そのまま乱戦の体で継戦の要である紫月が倒れるのを防ぐ為に、その門弟達を引き付ける――決して、殺さぬように。舞姫も一度は崩れた態勢を直ぐに立て直すと、頷き、黒曜を構えた。彼女の目的も夏栖斗同様に敵戦力のコントロールだが、同時に敵ホーリーメイガスの姿を探しているのも彼女の目である。ユーディスは快同様に前衛でありながら回復を担えるが、そうである以上は回復一手では無い。また、後ろで双界の杖を振るう紫月がそうである様に、敵にとっても回復手は重要な存在である。 「わたくしも代々続いている家系ですから貴方の気持ちも分からなくはありません」 しかし、と。その紫月の端正な顔は、美しく微笑みながら斯波を詰る。 「貴方の背負っているものは果たしてそれだけの価値を持っているものですか?」 聞こえているのか、いないのか。 斯波はその泣き笑いの様な表情を崩さず、柄を握り直した。 ● (殺し合う理由なんて、本当は無いはずなんだ……。 何やってんだ、オレ達は!) この戦場で、只管に剣を振るい続けた風斗。だから三つの社を制圧しただけでも、彼の身は無数の切り傷で覆われている。革醒者がいくら頑丈であろうと、負った傷は時間と共に癒えようと、リベリスタ同士で傷つけあうことの理不尽さに折り合いをつけることは、風斗には出来ない。 目の前には、恐らく回復手であろう敵と、それを庇うようにして立つ一人の門弟。 「―――!」 敵の太刀筋も見事なものだ。無言ながら裂帛の気合を持って、上段から振りかぶられたその剣戟を風斗も受け止める。彼はその剣に不殺の誓を立てている。 「なんであんた達は戦ってるんだ! あんた達リベリスタなんだろ?! あんた達が護りたいと思ってるのは、本当にそんな剣なのかよ!」 最早悲痛の様でもある。相手がフィクサードなら、相手が敵性エリューションなら、相手がアザーバイドなら。付近で戦う夏栖斗も、快も、誰もが。そう思わざるを得ない。 「なんで、こんな事が罷り通ってんだ――!」 そして、結局は剣を交えることでしかそれを解決し得ない自分に、怒りを覚える。 風斗の叫び声はそのまま体勢的には有利だった敵を押し返す。門弟のその表情に、風斗との違いは無い。――彼だって、曲がりなくリベリスタであるのだから。 「……それでも、私たちは、剣でしか決着を着けられぬのだろう?」 男の声には諦観にも似た響きがあった。 「――くそったれ!」 奥歯をぎりと噛んだ風斗は、そのまま男に斬り込んだ。 あの人と似ている。魅零は思った。 心に突き刺さる――『if』のおはなし。 <もし黄檗を救えていたのなら> 魅零の太刀も重い。幾重もの呪術を込めた最悪の一筋ならば尚更であるが、斯波もさるもの。生きる刀身は何よりリベリスタらの強化を解いてしまう上、その状態異常のリスクをも下げる。御神刀の名は伊達ではなく、そして、魅零は何時かの雪原での斬り合いを想起せずにいられない。 雪に埋もれる前の彼の眼は、自分を見ていた。 その目が、迷子の様に感じられて。 「――『斯波』。貴方達は『リベリスタ』です」 弾かれて一度下がった魅零と入れ替わるようにしてユーディスが入る。快と同方向から、青と挟撃する様に。そして、その声は快同様に、『斯波』を受け入れる。 その在り方は、紛れもないものだと、思うから。 「違う」 青の鎌を逆手の刃で背で受け、そのまま流れるようにユーディスの槍を撫でつける様に捌く。収まるように落ち着いた刃はそのまま彼女の肩を斬った。が、槍を大きく振るいその太刀を払い除ける。 「僕は自らの意思で妹とその子を斬りました。罪も無いその身を。 ……作戦上の必要性も何も無い、ただの人殺しを!」 斯波の剣筋は次第に凄絶さを増していく。その様子が、舞姫には許せなかった。 「巫山戯るな」 男に峰で打って、これで門弟は残り三名。彼女の引いた一線は、彼への謗りを、そして、ただ斬り合いにだけ身を投じてきた同じ境遇の者として言っておきたいこと、それを許す。 「誅殺を甘受することで与えられる救い等ありはしない。 過ちの連鎖を断ち切るのは、斯波の死などでは断じてない」 「く……っ」 囲まれてからのその夜空に散った花火のような瀟洒な斬撃――斯波も思わず仰け反った。 しかし、斯波はそのまま一歩後ろへ踏み込み、その体制で横に斬り込む。 ――九字の印。その黒い刀身の胎動が一際大きくなって、 「……なら、斯波の歴史に積み重なってきた女性と胎児達の死は、無駄ですか!」 そのまま周囲を斬り刻む。丸で何か大きな物の胃の中に居るような感覚が遅い、紫月も膝を付く。 「いかに強力な力があろうが、無垢な命を代償に求めるようなものがあっていいわけないだろ! 斯波! リベリスタとかフィクサードとかいう以前に、『人間』のやっていいことじゃないだろうがぁっ!!」 説得は自分の仕事では無い。ただ、言ってやりたいことの一つもある――風斗はその斬撃を受けて尚、刃を振るった。 「斯波、武器を渡して。……これ以上、貴方が辛いのなんて、見たくない」 魅零の呼吸も乱れている。頬に張り付いた艶やかな髪は汗ばんで、でも視線だけは確かだった。 「貴方は黄檗とよく似てる。また誰かが貴方と同じ悲しみを受け継ぐ だから、その前に、終わらせて」 青もその言葉に頷く。 「貴方が戦うという事は継承の儀を次代にも伝えるということを意味します。 貴方は愛する人達に同じ痛みを引き継がせたいと思いますか……?」 「―――」 斯波は――泣いている。 泣きながら、太刀に振られるように、太刀を振っている。 ● 僕には、出来ない。 僕には、全てを無かった事にするなんて、出来っこなかった。 ● 「……リベリスタなんて、『崩界を防ぐためなら手段を選ばないフィクサード』と何も違わない」 ぐいと口元を拭って立ち上がるのは常に斬撃を受け続けてきた快である。殺さない為の戦いは、その分彼に傷を強いた。そしてその言葉は、夏栖斗の言葉でもある。 「なあ、斯波」 神聖なる本殿は最早血塗られた悍ましい木製の箱と化している。その中心で孤独に御神刀を振り続ける斯波の姿を、夏栖斗はしかと見届けた。力に溺れただけの太刀筋ではない事は、彼にも分かった。 「僕もこの手で何人も救ってきた。同時に何人も殺した。 ……それでも自分がフィクサードだと思ったことはない」 「―――」 彼の刀は舞姫を見ている。されど、彼の目は夏栖斗を見ている。 「結局の所、線を引くのは自分自身だ。 言ってみろよ!」 それはここに立つ『アーク』リベリスタが常に心の隅で思っている小さな、 けれど、 とても大切な思いだ。 「君はリベリスタなのか、フィクサードなのか、どっちに成りたいんだ!」 「―――あ」 そんなの、決まっている。 僕は、リベリスタに――― 「リベリスタ、に、……なりたい」 その言葉が全てだ。 しかし、『兼定』はそんな甘えを許さない。 求めた者にはそれ相応の対価を与える……無理矢理にでも。 絡みつく血と死の鎖、正に呪い。 ならば、その呪縛<因果>。 「私達が、断ち切る―――」 二度と、その為に誰も喪われないようにする為に。 最後、己の闘争心を止められぬまでに至った自分を抑止する為に、ユーディスの一撃を受けた彼の目には、恐怖は無かった。 ● 「思考停止は諦めと同じ、きちんと向き合ってみましたか?」 紫月の言葉はややキツイが、それも彼を思ってのことである。それに、全くだ、と同感する。 「あなたの行為、ボクには責められません」 対照的に青は斯波に同情的であった。 「……僕も一から修行の遣り直しですね」 「今度は妙な刀無しで、な」 快の突っ込みに斯波は苦笑した。まだ幼さを感じさせる顔だった。 「斯波と己の罪を背負い、一人のリベリスタとして生き続けろ」 斯波はその背を見た。舞姫は、顔を合わせなかった。 「その先にしか……、貴方の救いはありません」 どこか――その言葉は。 遠く。自分では誰かも言っている様な――そんな気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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