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<大晩餐会>ユアフレンド

●偶発的『事故』
「結局さぁ――」
 血溜まりになった街の路地裏の一角で溜息を吐くように彼は零した。
「――どうあれ、運命の赤い糸ってヤツ?
 血よりも真っ赤な、とっても脆くて固ぁい絆?
 何十年の昔から、いやいや。何百年も昔から――お姫様は王子様と結ばれて幸せになるって決まってるのと同じように、リベリスタちゃんはこうしてこう、好き好んでこの場に訪れる。うん、つまりだね」
 その男はその線の細い端正なマスクに実にアンニュイな表情と、隠し難い愉悦の表情の双方を同居させて自身の結論を言葉に結んだのだ。
「幸福であろうと、そうでなかろうと『宿命は呪いのようなもんだ』NE!」

 ――Yeah! キョーちゃん、詩人! 大人! カックE!!!

 彼の十指に光る鈍銀のリング――高名な魔術師(ウィルモフ・ペリーシュ)が創造した『失敗作』――が瞬けば、酷く軽薄な『アーティファクトの声』が辺りを騒がせた。
 実に身勝手なる独演を展開する彼の名は黄泉ヶ辻京介。
 その名を見れば分かる通り、彼こそがフィクサード国内主流七派と呼ばれ『た』マフィアの首領の一、『黄泉ヶ辻』に君臨する闇の柱の一角である。
「モノは言いようだな、『人災的イレギュラー』」
 唾棄するようなリベリスタの声は肌を突き刺す強烈なプレッシャーを跳ね除けるものだ。確かに京介は邪悪そのものである。リベリスタにとって胸が悪くなる事件のどの現場にその顔を見せた所で本質的には不思議は無いのかも知れない。
 しかし、彼は現在『賊軍』を名乗りこの国を――E・エレメント『ヤクサイカヅチノカミ』に封鎖された四国を恐怖の坩堝に落とさんとしている『元・裏野部』とは、直接の関わりの無い存在である。
 彼等『賊軍』はアザーバイド『まつろわぬ民』と共に無辜の人々を手に掛ける事で首領一二三の力を神域まで高めんと目論んでいるが、その余りに無軌道な暴挙をこの国の『秩序ある悪』達は許していない。
 翻って。同業五派が温度差さえあれど旧・裏野部を敵視しているらしい現況を鑑みれば、如何な黄泉ヶ辻でも裏野部に加担する『政治的問題』は避け得まい。尤も、京介の場合『それすらどうでもいい』と言ってしまうのかも知れないが……
「第一、お前の周りにある『それ』は何だ?」
 ……実はリベリスタが乗り込んだこの街で出くわした最大の問題、状況を尺然とさせない最大の理由は『京介が裏野部の味方をする心算であるかどうか』という事実では無い。正しくは――
「アークのデータベースで見た顔がある。
『それ』は裏野部の――『賊軍』の連中じゃないのか!?」
 ――咽ぶような血臭の根源が最早『残骸』と化した彼等のパーツによる事に起因する。一面にペンキをぶち撒けたかのような強い染みは一人二人の作り出したものではない。ついでに言うならば『明らかに人間には無いパーツ』も多数混ざっている以上は『犠牲者』は一二三虎の子のアザーバイドにも及んだ事は容易に推測は立つ所だ。
『蜂比礼』の施された男の半ばまで削れた顔が、でろりと舌を出したまま泳ぐ乾いた眼球が狂気と対峙するリベリスタ達を眺めていた。
 つまり、京介が現時点で手に掛けたのは罪の無い人々に非ず。本作戦目標、元裏野部フィクサード『鬨繋(とき・しげる)』。そして彼に付き従うフィクサード、或いは『まつろわぬ民』。
 一二三との力のリンクを繋ぎ、彼に力を齎さんとした敵の目論みはリベリスタが到着するよりも前に防がれていたという訳だ。しかし、京介の狙いはまるで不明。
「……うーん」
 京介はリベリスタの詰問に頬を掻いた。
「まぁ、俺様ちゃんとしてはほら、こうして……ああ、チョット戦いで潰れちゃったけどネ。
 一二三ちゃんの好きな栗最中持って遊びに来ただけなんだけど!
 まー、今回は首領の人達もあっちこっちに出張ってるしNE! 俺様ちゃんも別に手なんて貸す気も無かったし、そもそも一二三ちゃんそういうの嫌いだし。こー、ひょっとしてヒフミン死んじゃうかも知れない訳でしょ? 君達がこーして『本隊』持ってきてる以上はさ! 積もるお話しとかないと!」
「答えになってねぇよ」
「――いきなり襲われたら怖いじゃん!」

 ――TEISOのKIKI!

「ムードが無くちゃ駄目、絶対! Kissだけじゃイヤ!」
 くねくね、げらげらげら。
 成る程、『閉鎖主義』とまで呼ばれる黄泉ヶ辻だ。
『黄泉の狂介』の異名は轟いていても、持っているだけで不幸を呼び寄せかねない顔写真が出回っている訳も無い。ついでに言うならば腐れ縁めいているアークが異常なだけで、彼と出くわした人間の多くは縁を結ぶまでもなく、碌な結末を辿っていないのだからむべなるかな。
 恐らくは彼を獲物の一人と間違えた(……と呼ぶべきかどうかは微妙な所ではあるが)血気盛んなる『賊軍』共は不運と呼ぶ他は無い。
 彼は言葉を切って、そして続ける。
「だから何をしに来た、どういう事だって言うなら――
『遊びに来たら、下っ端に喧嘩売られた。つい殺しちゃったらキミタチが来た』。
 ついでにこれからどうするかって事なら――
 ここで会ったが百年目! 千年の恋も一歩から! エターナル・ラヴ! 憎みも傷みも愛のスパイスで――俺様ちゃん告白大会しちゃおうかな!」
 京介と、合いの手を入れて笑う『狂気劇場(アーティファクト)』にリベリスタの秀麗な眉が顰められた。
 京介の言はつまる所、ある意味の最悪だ。
 ことこの場に到ったリベリスタは異常なテンションを隠し切れなくなりつつある彼と一戦交えぬ訳にはゆかぬらしい。曰くそれは助太刀ではない。実際の所、助太刀の心算も無いのだろう。しかし彼は『大好きな子とこんな時に会ってしまったら何もしないで返すような男では無いのだから』。
 一瞬で全てを察し、咄嗟に構えを取ったのはリベリスタ達。
 会話は不十分だが一瞬即発。
 しかし、何時爆発してもおかしくない状況は、今夜そこまでに留まらない。
「――あァ? 何だ、テメェ等……雁首揃えて……
 アークに……こりゃ驚いた。黄泉ヶ辻京介まで居るじゃねぇか!」
 野太く空気を揺らした厳しい声にリベリスタがちらりと視線をやれば、そこには太い首に手を当てて、景気の良い音をゴキゴキと鳴らす怪物が佇んでいた。

 ――逆凪カンパニー取締役専務・逆凪邪鬼。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年03月14日(金)23:00
 YAMIDEITEIっす。
 三つ巴の変化球。
 黄泉ヶ辻京介が気になる場合は、拙作リプレイ『<黄泉ヶ辻>その名は狂介』、『<黄泉ヶ辻>イリーガル・ゲイム』、『<黄泉ヶ辻>セレクト・ゲイム』『<黄泉ヶ辻>黄泉比良坂』、『<黄泉ヶ辻>ツギハギ症候群』、『<黄泉ヶ辻>善行ゲイム』辺りでの登場があります。
 逆凪邪鬼については『<逆凪>憤怒の連鎖』、『<逆凪>蛇と晩餐』、 『<絶望的な>Jörmungandr』辺りを御参照下さい。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・黄泉ヶ辻京介の撃退
 ・リベリスタ過半数が死亡しない事

●路地裏
 時刻は夜。四国の何処かの街の路地裏。
 戦闘場所としてはそこそこ開けていますが、それなりに遮蔽もあります。
 十人全員で飛びかかる、等の動き方は通常の手段では困難です。
 リベリスタの初期位置では正面前方に京介、後方に邪鬼です。

●黄泉ヶ辻京介
 外見は二十代後半程に見える茶髪の男。割とお洒落。
 国内フィクサード主流七派の一角『黄泉ヶ辻』を率いる首領。
『黄泉の狂介』の異名を持つ非常に危険なフィクサード。
 黄泉ヶ辻は閉鎖的な集団で他のフィクサードに比べて『何をやらかすか分からない』とされており、特に警戒されている集団です。
 両手の指に十本の銀のリングを嵌めていますがこれはウィルモフ・ペリーシュという高名な魔術師が作成したアーティファクト『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』です。
 ジョブ等不明。めちゃんこ強いです。
 今回京介は直前の戦闘でやや疲労していますが、逆にテンションは上がっています。

●アーティファクト『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』
 十本の指に嵌める銀色のリング。
 超遠隔射程を持ち、囚われた知的生命体や物体を自由自在に操ります。又、射程、同時操作数、操作時の戦闘力他技量はアーティファクトの使い手にかなり依存します。
 常人ならば一人を操る毎に発狂し、すぐに廃人に成り果ててしまう為「性急かつ直接的過ぎて面白くない」としたペリーシュは失敗作……としていましたが京介はその狂気を御す事の出来る特別な人間です。ハッキリと狂気に染まっては居ますがそれは生来からのものでアーティファクトによる影響ではありません。『狂気劇場』はペリーシュ・シリーズの例に漏れず意思と知性を持っていますが、全く奇跡的な事に二人は非常に仲良しです。所有者に破滅をもたらすアーティファクトが、より多くの破滅を効率的にもたらせる京介を自らの使い手、主人と認め従っているのです!
 但し操作開始時は二十メートル圏内に接近する必要があります。

●死体パーツ
 路地裏にはフィクサード、賊軍派アザーバイド(土隠、両面宿儺等……らしい)の死体が転がっていますが、それは死体というよりパーツです。人数分が人間の形で機能させる事は困難。但しこれ等は神秘的に強力な素体と呼べるでしょう。

●逆凪邪鬼
 逆凪の当主、逆凪黒覇の実弟。逆凪三兄弟次兄。
 残虐・粗暴・下衆の三拍子が見事に揃った凶悪フィクサードです。
 非常に巨躯で隆々たる素晴らしい肉体を誇ります。
 頭はそう良くありませんが、その辺のフィクサードとその実力は桁違い。
 パワーを生かした強引過ぎる戦闘が持ち味です。
 今回は兄・黒覇の命を受けて『逆凪カンパニー取締役専務』として四国で動く『賊軍』フィクサードの制圧に動いています。
 所属勢力・逆凪は今回の賊軍鎮圧に主流七派の中で最も真面目です。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 又、このシナリオで死亡した場合『死体が黄泉ヶ辻京介に強奪される可能性』があります。
 該当する判定を受けた場合、『その後のシナリオで敵として利用される可能性』がございますので予め御了承下さい。


 正しく事故的状況。
 危険な局面を乗り越える、Very Hard相当のシナリオになるでしょう。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
アウトサイドデュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
ハイジーニアスマグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ハイジーニアスクリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ハイジーニアスレイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
ナイトバロン覇界闘士
喜多川・旭(BNE004015)
ナイトバロンソードミラージュ
蜂須賀 朔(BNE004313)

●イレギュラー
 全く不意に――
「――あァ? 何だ、テメェ等……雁首揃えて……
 アークに……こりゃ驚いた。黄泉ヶ辻京介まで居るじゃねぇか!」
 ――覚悟を決めた十人のリベリスタ達の背後から響いた野太く厳しい声は、不安定な未来に更なる不確定性を告げる新たなピースの出現を約束しているかのようであった。
「誰か来たと思ったら――うーん、今日は盆と正月一緒編?」
 軽薄なニヤニヤ笑いの程を強めて――リベリスタ達の行く手に立つ男が、『他ならぬ』黄泉ヶ辻京介が言う。リベリスタ達の背後に現れた巨漢を、『あの』逆凪兄弟の次兄・逆凪邪鬼を見て嘯いていた。
「全くこの忙しい時にご機嫌麗しすぎて涙でちゃう!」
 軽くおどけるように言った『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の本心は、軽妙な調子よりはもう少し深刻な意味を持っていただろう。
「何度も煮え湯を飲まされてきた黄泉ヶ辻京介。
 出来るならここで倒してしまいたいけれど、簡単にはやらせてくれないのでしょうね……」
「アークの優しい方々を狙って意地悪ばっかりするから。黄泉ヶ辻様は嫌いです」
 うんざりとした『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)、純真無垢な少女にしては珍しく批判めいた『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)の声色が物語っている。
 成る程、只でさえ敵は『あの』黄泉ヶ辻首領――京介なのだ。加えて悪名高い逆凪邪鬼までも絡んでくるならば――期せずして敵と敵に挟まれる形になったリベリスタ達の状況は悪い。
(本当に、イレギュラーだらけの戦場ですね。
 それ故に……八方塞がり、という訳ではありませんが)
 目を細めた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の知性が冷静に状況を見定めていた。
 彼女のみならず、パーティの意思は状況を察するなり早い段階で一つの結論を見出している。
「こんな所で何してやがる。テメェ等――黄泉ヶ辻も今回ヤル気だってぇのか?」
「いいや。俺様ちゃんは遊びに来ただけなんだけど――まぁ、今はその気になったけどね!」
「チッ……クサレ狂人が」
 ――それが何なのかは、朗らかな京介とは対照的に悪罵を垂れる邪鬼の態度を見れば分かる事である。
 アークが黄泉ヶ辻京介を持て余しているのと同じように、フィクサード側にとっても黄泉ヶ辻京介は警戒の対象であるという事である。特に今回の四国動乱に積極的関与――暴挙の鎮圧――姿勢を見せる『逆凪本社』の意向を汲む邪鬼にとっては最悪のトリック・スター等元より仲間でもなんでもないという事だ。
 即ち状況は敵対敵ではない。敵対敵対敵の三つ巴。ことこの現場に到った十人のリベリスタ達の想いは実際の所様々ではあるのだが、少なくとも数奇な運命の巡り合わせというものを信じてみたくなる程度には――状況は混沌に満ちていた。
 ミリィの思案もパーティの思案もその混沌こそがこの戦場の肝である事を理解している。
(静かに、冷静に、己の役目をこなせ……!)
 ともすれば腹の底からせり上がってくる吐き気にも似た暴力的な衝動、殺意を辛うじて押し殺し、『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)は目の前の悪を強く、強く睥睨していた。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。
 前門に虎、後門に狼。
 されど、時に竜虎は相打つ――要は馬鹿と鋏は使いよう。
 昔の人の言う事はなかなかどうしてエスプリが良く効いている。
 リベリスタ側の後背を突く形で現れた邪鬼は危険な要因である。しかし同時に彼は、その悪辣さから極めて厄介な敵としてアークの前に立ち塞がる京介の牙城を崩す勝機(チャンス)でもある。
 一瞬のアイ・コンタクトを交わしたパーティの面々は『この後の予定』を共有した。
「京介……お前だけは絶対に許さねぇ」
「何で?」
「身に覚えが無いって言うのか?」
 業物を抜き放つ『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の瞳の中で、平素の彼が絶対に見せる事の無い冷え冷えと燃えて沸き立つ修羅の如き殺気が揺れている。
「んー、例えば。虎鐵ちゃんの大事なスイート・ハニーからオトモダチを取り上げちゃった件とか?
 まぁ、俺様ちゃんも片腕ぷらーんだった訳だからお互い様じゃないかなあ!」
「覚えとけ。意地でも――齧り付いてでもこの一撃入れてやる」
 義父にすかさず夏栖斗が続く。
「僕も一日千秋の想いで会いたかったよ、京ちゃん! 両思いだね!
 最高に不幸なフルコースに感激だぜ、僕様ちゃんの宿敵!
 僕は悪意の敵だから――何度でも京ちゃんを邪魔してあげるからね!」
「遊んでくれるの間違いでしょ?」
「さて」とばかりに指をゴキゴキと鳴らした京介の視線が夏栖斗に向く。
「ずっと京ちゃんにとって楽しいゲイムにはならないけどね」
「ふぅん?」
「御厨君、あんまり『それ』を独り占めにするな」
 死地には似合わぬ調子で『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)が冗句めいた。
「私は幸運だ」
「幸せ探し?」
「どうかな。何れにせよ、この局面で君の首を取る機会を得たのだから」
「機会だけなら何時でもあるさ。今までにもあったじゃん?
 それが実現可能かどうかは――うん、朔ちゃんの『気持ち次第』じゃないかなあ!?」
 静かに告げた朔の柳眉が心のひだに入り込んで悪さをする京介の軽口に僅かに吊り上がった。蜂須賀の業は強敵との死合いを望む。少なくともその家柄を人格に強く反映させた朔の場合は、力の持ち主の善悪に正直な所余り興味が無い。彼女に必要な事実は相手が『強い』という一点に絞られ、『斬りたくなるかそうでないか』という価値観は何にも優先されてきた――本来は。
「……成る程」
 厄介な敵を前にすれば恋人に語りかけるかのように饒舌な女がこの一時押し黙る。
「狂人も道化もいない。ただ生きて死ぬ人間がいるだけだ」
 敢えてそれ以上を口にしなかった彼女に代わり、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)が何処か虚無的に呟いた。
「どれだけちっぽけでも、これまで生きてきた。
 わたしのすべて、勇気にもならない意地をかけて――おまえは一発ぶっ飛ばしたってなんにもならない。
 勝つんだ――だから、勝つ」
 涼子から響く、
「――黄泉ヶ辻、京介!
 嘗て出会った時の事を、戦いを。今も尚、覚えています。
 確かに私達は貴方を退ける事は出来ました。けれど、それは決して誇れる物ではなかった。
 だから、今度こそ。今度こそは――胸を張って、『みんなで』アークに帰るんだ!」
 ミリィの奏でる、単純な殺気とも違う感情の音色に京介が快哉を上げた。
 リベリスタ達が本気になればなる程――自分やその行為に嫌悪感を示す程に京介が歓喜するのはとうの昔に分かっている事だ。リベリスタ達がこの場に言葉を連ねたのは無論、彼を喜ばせる為では無い。彼の注目を自分達に集める事こそがパーティの望んだ最良の手段だっただけだ。。
「お久し振り……だね」
「あァ?」
「晩餐会以来。わたしの事、覚えてる?」
 京介を引き付ける一方でリベリスタ達は背後の邪鬼にも注意を向けていた。
「一応、な」
 面識があった事、それなりに印象に残っていた事が奏功したか。にっこりと笑った『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、むしろ彼等がこの局面をまずは打開する為の『本命』であった。
「逆凪さんがアークと敵対する方針なのは知ってるよ。
 でも――今回はだめ。わたし、邪鬼さんとは他に邪魔の入らない状況で戦いたいな。
 晩餐会のときも言ったけどね、あなたの強さにすごく興味あるの。わたしもパワー型だから。
 今回はアークをどうこうするために来たんじゃないんでしょ?」
 旭の――パーティの意図は前後の敵の切り離しである。京介は狂人だが馬鹿ではない。同時にその視野は狭いようでいて時に異常に広い。先に彼を挑発めいた夏栖斗等の意図はその横槍を防ぐ為である。
 京介はそれでもパーティの意図に気付くかも知れないが、彼は面白い限りは細かい邪魔はしてこない――ある種の付き合いの長さが生み出す想定は大きく間違っている事は無いだろう。
「ね、そうしましょ?」
「……フン。相手が俺には不足だがな」
 旭の声色は何処か睦言めいている。それは邪鬼の歓心を買う為の些か『あざとい』仕掛けであったが、元よりそういう機微に疎い彼には一定の効果を挙げているようにも見えた。
「わたしが今日ここで死ななかったら、次の機会に仕切りなおしにしない?
 あなたに見合うわたしになって、会いにいくから」
「逆凪様は報告書よりも強そうです……じゃなくて。
 まお達は黄泉ヶ辻様が怖いので、強くてまおよりかっこいい逆凪様の陰に隠れさせて下さい」
「京介は、『トモダチ』の一二三の元へ行くのだと言っている。もし合流されたら……」
 殺し文句めいた旭に合わせてすかさずまおと風斗が畳み掛ける。
 実際問題リベリスタ達の置かれた状況は安穏としたものではない。パーティは『働きかけが失敗したら、両面を相手取る』覚悟を決めていたが、それはある意味で正解で間違いでもある。より厳密に、厳格に事実を突き詰めて考えるならば『両面を相手取る事が決まった場合、敗北は免れない』。否、唯の敗北ならばやり直しは効くが、それ程救いのある状態かどうかも分からないと言った方が正解だろう。
 その辺りの認識の甘さは若干のミスに繋がる事もある。
「ホントならあんたみたいな強ぇ奴と手合わせはしてみたいけど、今はそんな状況じゃない。
 僕らもあんたもアイツにとっては同じ玩具だよ。
 僕らはアイツの情報を持ってる。逆凪黒覇にとってそれを持ち帰るのは無駄じゃないはずだ。
 終わったらその情報を全部開示する。つまり終わらせられるかどうかって事だ」
 夏栖斗の言葉に邪鬼の唇の端が持ち上がった。
 彼の巨体から噴き出す圧力が唯の一言で数倍にも膨れ上がる。
「俺がお前等何ぞと同じ――だと?」
 怖気立つような低い声は明白な軽侮と怒りを含んでいた。
 リベリスタ達は京介の的である。彼と一戦やり合わずしては退く選択肢すら有り得ない。
 しかして、邪鬼の事情は異なる。形骸化しているとはいえ、相手が黄泉ヶ辻であるとはいえ。彼等は同じフィクサード陣営であり、二人はこの時点で明確な敵ではない。
「何なら逆凪ちゃん。一緒にリベリスタちゃんでもシメちゃう?」
 ここぞとばかりに面白がった京介が煽りを入れた。
 タイト・ロープの上を行くパーティは足を踏み外しかけていたが――しかして。
「その語り草……邪鬼を恐れているんじゃあるまいな?」
 俄かに拗れかかった場に楔を打ったのは驚くべきか――生来こういう腹芸を最も得意としない風斗だった。彼はその一言を牽制に放った程度であり、それ以上の複雑な計算を果たしていた訳ではないが……
「まっさかー! 黒覇ちゃんなら兎も角さー! まー、下の弟君もそれなりに面倒くさそうだけどNE!」
 ……風斗の一言は反射的に答えてしまった口の軽い京介の『致命的失言』を引き出すに到ったのである。
 わざとらしく「あ!」と口を抑えて見せた京介を見る邪鬼の顔には青筋が浮いている。こうなれば彼は止まらない。理屈がどうこうの問題ではなく――彼が此の世で真に畏れているのは実の兄唯一人だけなのだから当然だ。
「……おい、アークのリベリスタ共」
 呼びかけは乱暴だが、言うまでも無く大勢は決している。
「この場は見逃してやる。俺様の邪魔はするんじゃねぇぞ!」
「……ありがとう、助かるわ」
「フン!」
 爆発寸前の邪鬼は鼻を鳴らして律儀に小さく頭を下げた恵梨香に応えた。
 こうなればリベリスタ達の好都合だ。邪鬼という道具を使えば戦力は幾らかマシになる。完全な連携を期待するのは無理だろうが、狂騒曲(きょうきげきじょうのおおさわぎ)はどうせ乱戦めいているだろう。
「――じゃ、話は決まったみたいだからいい加減始めとく?」
 恐らくはこの状況さえも別に忌避してはいないのだろう。
 脅威になるかならないかではなく、面白いか面白くないかで思考する京介はリベリスタを掻き分けて前に出てきた邪鬼を含めた『対戦相手』を一通り眺めてそう言った。
「黄泉ヶ辻、京介」
『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の薄い唇が主に逆向くその悪魔の名を奏でた。
「貴方には、神がいますか?」
「ちっとも」
「信じるものがありますか」
「今、この瞬間の逢瀬かな」

 ――ロマンチスト!

「分かりました――」
 茶々を入れる両手のリング(きょうきげきじょう)に彼女の目が細くなる。
 唾棄すべき悪は悪でしかない。主の導かぬ無明を照らすのはやはり蒼き魔弾の他はあるまい。
 無数の呪いを集め束ねてはこねくり回した――人の形をした『悪意』がもう一時も許せない。
「さあ、『お祈り』を始めましょう。恐ろしい悪魔が何人来ようと、皆様のお背中は私が必ず……!」

●乱戦
 無数の物体が宙に浮かぶ。
 本来、この場の主役の片割れであった筈の『モノ』――賊軍に属する死体の断片も例外ではない。
「月並みだけど、パーティは派手に行こうNE!」
 彼方、狂気劇場とその支配下の物体を駆使する黄泉ヶ辻京介。
 一方の此方は何れも歴戦の十人のアークリベリスタと、即席の共闘を果たす事になった逆凪邪鬼である。
 幾度目かの会敵になる京介の芸当を基本的にリベリスタ達は把握していたし、京介もまた『大好きなアーク』で名の売れた有力リベリスタ面々の動きや能力を良く理解していた。
 ある意味で互いに信頼のおける彼我は極めて技巧的に、同時に激しく互いの首を狙い合う。
「やはり、こうでなくてはな――!」
 かくて始まった戦いは朔を歓喜させるものになった。
 テンションを格段に上げた獣のような女はその速力を武器に怒涛のような攻勢を仕掛けている。
「折角だ! その首を置いていけ、黄泉ヶ辻京介!」
「おっかないねぇ! じゃあ朔ちゃんはそのおっぱいでも素敵な脚でも置いていってね!」
 叩き合う軽口も剣呑。
 当初より紙一重の危険を交差させる緊迫の時間の連続になっている。
 飛来するパーツが物体が例外なく戦場のパーティを脅かす。
「高原様には、一発でも多く撃って貰いたいとまおは思います」
「助かるわ。この借りは――必ず返すから!」
 敢えて後衛を守る位置に立ったまおが自身を壁にする事で京介側の猛攻を食い止めた。
(怪我しても何が何でも……自分の役目を果たさないといけないとまおは思うのです)
 狂気劇場による革醒者操作が簡単な事なのかどうかはリベリスタ側には分かっていない。
 しかし、京介の二十メートル圏内で戦うという事は常にそのリスクを背負い続けるのと同じである。
 パーティにとってのキーマンの一人がまおが庇った恵梨香だった。
 狂気劇場の操作射程の外から京介の嫌う貫通攻撃を果たせる彼女にかかる期待は大きい。
「……本当にね。責任、重大だわ」
 ここに自分を送り出した人間の事を考えれば、失敗は決して許されない。
 全くもってその能力を圧倒的に攻撃性能に寄せた彼女の銀の砲撃は期待十分な威力を持っている。
「ちまちま面倒くせぇゴミ屑が――」
「邪鬼さん、狂気劇場を破るには非照準系の範囲技が適しています!」
 戦闘初手でクェーサードクトリンを紡いだミリィが素晴らしい視野で邪鬼を動かす。
「敵の敵は味方……という事で。指示はしませんが、留め置いて頂ければ!」
「チッ……」
 邪鬼は露骨に舌を打つも、それに否定を返さない。
(……何人操れるんだか知らないけど、わたしひとり操ったところで、こっちの戦力はたいして落ちない。考えるだけムダさ)
 故に恐れず、前に出る。
 一センチ毎に濃密さを増す死の予感を切り裂いてあくまで前に出る。
 自分の仕事を京介への道を拓く事と考えた涼子は果敢に目の前の敵に向かっていた。
「邪魔。焼きつくまで撃て――アンタがわたしの相棒なら、ヒーローがかける道をひらいてみせろ!」
 絶対的な自負は世界にさえもその覚悟を侵させない。手にした古く傷だらけの単発銃がその機構からは嘘のような早撃ちで次々と弾丸を吐き出していた。
「邪鬼さん、援護するね」
「勝手にしろ――死んでも責任は取らねぇぞ」
 弾幕を背負って飛び込んだ邪鬼に旭が並びかけていた。
 狭い路地で全員がかさに来て前に出る事は難しい。無差別に効果範囲を巻き込む大技は指向性を発揮出来る最前列以外で十分撃ち放す事は難しい状況と言えるだろう。
 故に早々と前に出て一撃をお見舞いする――当然の結論である。
 ブロック塀やマンホールの蓋、死体のパーツが迎撃に飛び出した。
「――修羅邪王撃!」
 その巨体を一層膨張させた邪鬼が、前方の空間に拳を突き出せば威力の余波が無差別に周囲を荒れ狂う。
 無数の振動が波のように空間に広がり、物体の幾つかを木っ端微塵に分解する。彼の大技に負けじと旭も――こちらは鬼業紅蓮は艶やかに。可憐な腕を振り抜いた。
(わたしの役目はただ只管、京介さんに攻撃を当てる事。
 誰もあげない、殺させない――その為に、一手でも早く彼を磨耗させるの!)
 邪鬼の一撃よりも広範囲に伸びた旭の火焔は空間を焼き払い、その先の京介までもを射程に捉えていた。
 鮮やかに伸びる赤い炎の舌が跳躍した京介を追いかける。
「――届く!」
 一人では無理でも、力を合わせれば。
 少なくともかつては無敵に思えた京介との力の差は相応に埋まっている。
 狂気劇場が騒ぎ立てれば、飛来する物体はパーティを次々傷付けるが……
「届くさ」
 垂直の壁さえも自在に駆け上がった夏栖斗は敢えて言い切る。
「脅えていても勝てないし――細かい事を考えてる場合でもない。
 どう? 京ちゃん、僕等を簡単に操れる?」
 着地した京介を斜めに見下ろした彼は高い位置より射角を得ている。三次元的な戦いより振り抜かれたその右足が飛翔する武技を間合いに疾らせれば、京介を守るゴミ箱を苛烈な威力が撃ち抜いた。
「……っと……!」
 中身をぶち撒けたそれに構わず虚ろなる仇花はその本命を猛追している。
「しつこい!」
 咄嗟に短く後退した京介が直撃の威力を上手く逸らす。バランスを崩しながらも辛うじて手はつかない。一撃は浅いが、お気に入りの赤いジャケットを破られた彼は眉をハの字に曲げている。
「そんな心配をしてる暇があるのかよ」
「――京介ッ!」
 間髪入れない爆発的な寄せはリベリスタ達の十八番。
 意思を持った無勢は時に無機なる多勢を圧倒するという事だろう。
 ほぼ同時に動き出した虎鐵と風斗が新たなる連携のユニゾンを奏でている。
 ゼロコンマ早く己の間合いに敵を抑めた風斗が裂帛の気合を手にしたデュランダルに込める。
 刀身に迸る赤いラインが夜に苛烈な存在感を刻んだ次の瞬間。
「邪魔だッ!」
 短い言葉に気力の全てを込めた彼の一撃が前を阻んだ『首の無い体のパーツ』を跳ね飛ばした。
 それは『壁に穴が開いた』という事だ。
「京介、一二三への伝言があるなら伝えておく。だから今日は帰れ!」
「――恩に着るぜ」
 姿勢を低く取った虎鐵は速度を緩めずその風斗の横を駆け抜けた。
 虎鐵にとって京介は許し難い相手。感傷と言われようと甘いと笑われようと譲る心算は微塵も無い。
 連続攻撃に壊れ、散った京介の守りはこの瞬間ばかりは万全ではない。
 強引に彼の下へと肉薄し、唸る斬魔・獅子護兼久を一閃する。
 並のエリューションや革醒者ならば両断する事容易きその剛剣が鈍い手応えと共に壁に赤色を散らしていた。
 同時に。銀色の煌きが鮮やかに夜の闇を薙ぎ払う。
「……痛ったいなぁ、もう……!」
 防御姿勢で一撃を受け切った京介が虎鐵と――恵梨香の姿をねめつけていた。
 ギラギラと輝くその目の色が――先程までとは又違う。リベリスタ達は過去幾度かの交戦で京介がこうなった時、危険さを増すのを理解している。恐らくは異能というよりは集中力の問題で――散漫な彼はスイッチが入るのが遅いスロースターターなのだ。相手が強ければ強いほど、面白ければ面白い程、彼もまた冴えていく。
 しかし、リベリスタ達の動きは徹底していた。
 立ち上がりの遅い京介をむざむざと乗せる暇は与えない。
「……案外やるじゃねぇか」
 間近でリベリスタの戦いを見る邪鬼の漏らした小さな呟きは本音に近しいものだっただろう。
 圧倒的な勢いと全力を初動からの攻撃に束ね、押し切る――それは当然のプランニングに過ぎない。だが、一度でも実戦を経験した者ならば当然を完璧に作用させる事の難しさを分からない者は無い。
 ましてや相手が黄泉ヶ辻京介ならば言うまでも無いだろう。

 制圧せよ、圧倒せよ
 一切全ての災い、厄禍を撃ち払い
 総ての悪に等しく罰を

「主が、ここに在らん事を――!」
 十戒がここに定めるのはDies irae(いかりのひ)。
 京介によって汚された全ての誇り、全ての魂を慰めるかのように。
 少女の放った無数の弾幕は夜に色彩を刻んで弾けた。

 ざわざわと闇が揺れる。

 数奇な運命が巡り合わせた幾度目かの激突は熾烈さを増していく。
 リベリスタ達の体力気力も、京介の体力気力も削れていく。
「諦めませんよ。それに――決して折れません!」
 ミリィの金色の瞳が凍り付く眼力で京介を射抜く。
「覚悟なさい、黄泉ヶ辻京介!」
 視線が神秘を帯び、全身の筋肉・神経を毒の如く犯し抜く。
「そういう目、ゾクゾクするNE!」
 言葉と裏腹にたまらず大きく戦闘姿勢を崩した京介にリベリスタ達の猛攻が襲い掛かる。
 されど、これだけの手数を叩き込んでもどちらが先に尽きるか等、分かる筈も無い。
 目の前の闇は永遠に思える程に深く、大きく。それに立ち向かうのは泥の中で泳ぐようなものだから。
「……そうだねぇ。有象無象を数ぶつけて――簡単に凹む相手ならもうとっくに死んでるか」
 京介が少し醒めた口調でそう言った。
 精根尽きるまで全力で弾幕を張る構えのリリに、全力全開のリベリスタ達に緩みは無い。
「逃がさない。勿論、負けない。わたしは――」
 涼子の照準(いしき)は決して京介を外す事は無い。
 攻撃の届く届かぬに関わらず、彼女の青い双眸は諸悪の根源の姿をじっと捉え続けていた。
 無力感を覚えた日もある。自己嫌悪に震えた日もあった。
『ゲイム』と称して悪意を撒き散らすそれを決して彼女は理解する事は出来なかった。
「――同感だわ。ウィルモフ・ペリーシュも纏めて――こんな因縁、続けていいものじゃない」
 頷いた恵梨香の銀光が幾度目か視界を灼いた。
 彼女の防御性能はお世辞にも優れたものではないが、京介が強固なブロックで前に出られない以上は恵梨香はあくまで射程の外だ。幾らかの物品が囲みを抜けたとしても、後衛にはまおが居る。
「まおは、まおは怒っているのです」
 赤い月光の不吉なる輝きは照りつけた敵に不吉を占うフォークロア。
 前後衛の楔として動きながら、広範に打撃を与える術を持つ彼女も又、この場に機能していると言えた。
 つまる所、リベリスタ達の攻め手の多くは京介を追い詰める為に組み上げられていた。
 狂気劇場の操作物はアーティファクトの異能と京介の支配力により強靭な性能を発揮するが、あくまで操作物である以上、その力には補強しても限度がある。彼が無数に操作する物品の一つ一つは一級のリベリスタの力に大きく及ばない。戦いの中でパーティが極力死体のパーツを破壊せんとしているのは彼の駒の力は素体の性能によって大きく左右されるからだ。
 リベリスタ側が展開する壁を引き剥がして肉薄する、或いは壁ごと京介を撃ち抜く。更には強烈な弾幕で次なる攻守を食い止めるという戦術も一朝一夕に作られたものではない。複数回の交戦は彼の強固な能力の隙を彼等に見出させていたということ。パーティの攻勢が緒戦で――初めてと言ってもいい――彼を押し込んだのは偶然ではない。これは必然だった。

 ――京ちゃん、負けてるYO! 本気、本気はよ!

「もう出してるよ。『普通に本気』だけどNE」

 ――合図くれればバッチグー。一段でも二段でもギア上げちゃうYO!

「狂ちゃんそんな事言って請求きっついからなぁ」
 京介が笑う。「その辺の子なら百回狂ってるよ」と笑う。
「忌まわしいペリーシュ・シリーズ、ですか。しかし、それは無欠ではありませんね?」
 京介の十指で存在感を増す悪辣なアーティファクトのオーラを目の当たりにしたリリが呟く。
 彼女の魔術知識ではその深淵の全てを理解する事は到底不可能だ。ウィルモフ・ペリーシュという天才の中の天才、鬼才の中の奇才が作り上げたそれは恐らく彼以外の誰にも正しく解し得ない。
 しかし、彼女にも、彼女なりに見えてきたものはある。
「私達を操作しようとしない理由は? 操作しない理由が無い以上は『出来ない』と考えるべきだ」
 それは物品の魔術的解析と呼ぶよりは、多分に実戦闘者としての考察を交えていたのだが。
「シスターちゃん、そんなにじっと見つめて俺様ちゃん照れちゃうよ。
 一緒に神に背く罪でも犯してみないかい?」

 ――海の見えるHotelで夜明けのコーシー!

「……戯言をっ」
 苛立ちを煽りながらも京介は肩を竦めて言った。
「――ま、運命に愛された革醒者サマが相手なんだ。そう簡単にポンポンは行かないよね。
 そんな事が出来るならヒフミンだって黒覇ちゃんだってみーんな操って愉快痛快じゃないの?
 まぁ、大体君の考えてる通りだ。狂ちゃんは相手が弱いか、消耗してるか、精神的に不安定じゃないと革醒者の身体の支配権までは乗っ取れない。勿論、物理的に痛めつけて操るのは出来るから、そんなに大した欠点じゃあないけどねえ?」
 過去に操られた経験がある風斗が己への怒りでギリ、と強く歯を噛んだ。
 轡を並べて悪に立ち向かう彼の心を痛い程察したリリは小さな嘆息を漏らす。
「相変わらず趣味の悪い手を……!」
 悪魔の囁きを聞いてはならぬ事をこの聡明なるミリィは知っていた。
 京介はあの手この手でリベリスタ達の正義を心を揺さぶる者だ。
 馬鹿正直に相手をすればそれこそ彼の術中に嵌りかねない。その危険性を予期せぬ彼女ではない。
「んー、残念。だけどさあ」
 京介は笑いながらリベリスタ達に言う。
「リベリスタちゃん達はみーんな狂ちゃんの操作能力の方を気にかけるけどね。
 俺様ちゃんの本気は実はそっちじゃない。本気の本気――例えばキミ達みたいなのにウルトラハッピー! だったらさあ。そんな『小技』実は大した問題じゃないんだよねぇ」

 ――小技はヒドイな! 宴会係長狂ちゃんの名前はDATEじゃないYO!

「宴会係長って微妙にあんまり偉くないよねぇ?」
 戦いの合間、僅かな時間。へらりと笑う京介の纏うオーラがこれまでより強く大きく波打った。
「俺様ちゃんの両手は二本、指十本。まぁ、十個以上動かせるには動かせるけど。
 どっち道、操作に追われれば殆ど両手は使えません。
 さて、問題です。『俺様ちゃんが全然操作しなかったらどうなるでしょう?』」
 言葉と共に浮遊するパーツがバタバタと地面に落下した。
 両手の指から鞭か触手のように伸びる鋭利なオーラは暗殺者の使う鋼糸の如くそこに残されている。
 リベリスタ達の一部はその切れ味を知っていた。そう言えば『本気』の京介がどうするかを知っていた。
 或る少女のぎこちなく温かな笑顔が永遠に失われた日の事を知っていた筈ではないか。
「……実を言えば感謝している位なんだ」
 葬刀魔喰で京介を指した朔が零した。
 こんな場に、京介という男に場違いな感謝。それは。
「私はこんな感情が自分にあるとは知らなかった。少なくとも私は――お前無しにそれを知る機会も無かっただろう」
 強敵を目の前にしているのに。
 彼は間違いなく斬り甲斐のある相手なのに――
「最悪の気分だ」
「――ヘイ★カモン」
 ――地面を蹴った朔は初めて目の前の男だけを見ていない。『彼女』と話しておかなかった事を後悔していた。

●やがて来る『決着』
(京介に、例え相手にされてなくても僕の絶対悪に一矢でも通してやる――!)
 例えば御厨夏栖斗は飄々とした態度の中に断固たる決意を秘めていた。
「俺はな。テメェの変にエンターテイメントするそういう所が嫌いだ、京介!
 ――家族の絆を引き裂こうなんて奴は……地獄の底に堕ちちまえ!」
 例えば鬼蔭虎鐵は己の中で渦巻く強烈なまでの嫌悪感を隠す事は出来なかった。
「初めて覚えた心からの怒り。『私が』裁く絶対の悪。
 私は弱く愚かで、すぐに惑い揺れてしまう。でも、だからこそ人の、大切な方々の心を弄ぶ貴方が赦せない――!」
 例えばリリ・シュヴァイヤーは代行者としての勤めを一時忘れた。
「今更、お前に言う事が一つでもあるものかよッ……! 唯、消え去れ!」
 例えば楠神風斗は未熟で青く――それが故に気高い『正義』を隠そうとはしなかった。
「まおはやっぱり、やっぱり――黄泉ヶ辻様が嫌いです」
 荒苦那まおは大好きな誰かを傷付け、悲しませる彼を嫌い。
「勝つんだ。勝つしか、ない」
 その一つばかりを見据える曳馬野涼子は如何に傷付き、疲れ果てても揺らがない。
(誰が、あんな想い……他の誰にも、もう二度とさせるものですかっ……!)
 痛みを知るミリィは誇り高く困難に挑み、
「京介さん、そろそろ――疲れてきたでしょ?」
 ボロボロの旭はそれでも気丈な笑顔を死地に咲かせて嘯いた。
 目を見開いた朔の肢体が間合いに踊る。
 極限まで重ねられた集中は引き絞られた弓の弦。
「『斬る』」
「いいねえ、いいねえ!」
 抜群のばねで翻った切っ先に鮮血が噴き出した。
「……皆、そんなにボロボロなのにNE!」
 だが、京介にはまだ余裕がある。邪鬼を加えて攻め立ててもまだ幾らかの余裕があった。
 彼の言葉通り、リベリスタ陣営に残された余力は極端に少ない。
 長い戦いは彼を多く傷付けたが、それ以上に彼等自身を磨耗させていたからだ。
『戦闘的』になった京介の動きはそれまでとはまた違うものとなった。確かに厄介さこそ薄れたが、その厄介を発揮出来ない訳ではないのだから注意が要るのも確かで。リベリスタの戦いは困難に満ちていた。
 場が決着を望み始めた頃、彼は笑った。
 誰のものとも知れない荒い呼吸音が夜に響く中――笑った。
「……ヒフミン、どうなったのかなあ」
 まるで心から友達を心配するように――屈託無く。
「羨ましいなあ、ヒフミン。皆にこんなに構って貰って!」
 傷付いた自身にも、リベリスタ達にも頓着せずに呟いた。
「いよいよ、俺様ちゃんも『自分のステージ』が欲しくなったよ」
 裏野部に拠らぬ、賊軍に拠らぬ。端役・黄泉ヶ辻京介ではない――主役・黄泉ヶ辻京介の場が欲しい。
 リベリスタ達の戦いに触発されたのだろうが――彼の口にした願望は或る意味最悪の宣告でもあった。
「……兄者が又怒るな。だが、そりゃあ『聞けて良かった』ぜ」
 邪鬼が口の中で小さく漏らす。
 京介が何を考えているのかは彼ならぬ誰にも分かるまい。
 しかし、彼は今、確かに言ったのだ。
『大晩餐会』ならぬ何かを、自らの手で引き起こすと。
「風斗ちゃん、ヒフミンに宜しく言っといてね。決着は――その時で!」
「……待て!」
 反射的に風斗が怒鳴った次の瞬間には京介は指から伸びた糸で建物の屋根へと飛び上がっている。
「友達想いは結構だけど――」
 敵を見上げた恵梨香は呆れたように呟いた。
「黄泉ヶ辻京介――貴方とは永遠に友人にはなれないわ」
 月に見下ろされた頭上の影はそんな彼女に微笑みかけた。
「じゃあ、恋人にでもなろうか、恵梨香ちゃん。大丈夫、俺様ちゃん優しいからNE。
 ソフトからハードまで、少女漫画でもいいよ。つれない室長さんよりよっぽどね――」

 言葉の途中で闇を銀光が撃ち抜いた。

 世界が暗闇に戻った時――もうそこに京介は居なかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。

 リプレイでも触れましたが今回は内容的に大惨事と紙一重のシナリオ。
 色々良くフォローして頑張っていたと思います。
 邪鬼はこの後も結構元気にその辺で賊軍とマイムマイムしていたようです。

 シナリオ、お疲れ様でした。