●屍ノ街 “憑鬼”と呼ばれるアザーバイドが居る。 異世界のウイルスとでも呼ぶべきそれは、人間の体内に寄生しその体を変異させる性質を持つ。 結果、憑鬼に寄生された人間は凡そ1週間程で人間を辞め、アザーバイドと化す。 それだけでも問題だが、しかしこのアザーバイドはそれ以上に厄介である。 憑鬼はその母体から他の人間へ接触感染を起こす。その感染率は非常に高い。 更に憑鬼によってアザーバイド化した人間は同族しか栄養に変換出来ないと言う性質を持つ。 即ち――憑鬼に感染した人間は必然的に、いずれは全て人喰いの鬼に変ずるのである。 更に寄生された人間は24時間が経過しアザーバイド化が発症するまで、 既に寄生されているのか、いないのか、少なくともアークには判別が付かない。 一端「憑鬼感染者」予備軍と認定された人間は、総じて殺処分する他無いのだ。 もしも“感染者”が1人でも社会に紛れ込んでしまったら、大事件に発展する事は間違い無い。 事実、今までアークはこれら憑鬼感染者を識別名『憑キ鬼』とし、アザーバイドとして殺して来た。 例え実際は感染などしておらず、ただの人間であったのだとしても。 万が一にもこれを見逃せば、非常の事態になる事が分かっていたからだ。 不特定多数。特定出来ない人数に“憑鬼感染者”の疑いが掛かってしまえば、 アークにはそれら全てを殺す以外の対処方法が無い。 もし万が一そんな物が都市部に流出したならば――一体、どれ程の災厄になるか想像を絶する。 起きてはいけない事態。 発生してはならない災害。 それが、発生した。事実だけを述べるなら、それが全てだ。 憑鬼感染者予備軍。完成してるいるか、いないか不明の人間が街に紛れ込んだ。 感染者の数は知れずとも、アークが総力を挙げて閉鎖した区画内の住人は100名を超える。 しかもその大半は、ただの人間だ。リベリスタらが護るべき、一般人だ。 だが、事が到ってしまったならば。神ならぬ人の身にはどうしようも無い。 ここにアークは一つの決断を下す。 地方都市1区画の住人100余名を、1人残らず殺す。より多くの人々の秩序と安寧の為に。 ただ、運が悪かったと言うだけの、罪無き人々を殺すのだ。 ●天ツ火は地に降りて アーク本部。ブリーフィングルーム。 「……準備は良い?」 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)の声に集められたリベリスタ達が頷く。 緊急招集が掛かったのは、つい十分程前の事だ。 元『黄泉ヶ辻』のフォーチュナ。『預言者』赤峰 悠とイヴは揃って同じ未来を視た。 それは、人と人とが殺し合う光景だった。 フィクサードも、リベリスタも、一般人も無い。ただ人が殺し殺され殺し合う。 凄惨もこれに極まるという程の、現実味に欠けた殺戮の地獄。 血塗れだった。肉塗れだった。人が土塊同然に切り拓かれて踏みつけにされていた。 一瞬ナイトメアダウンを想起した程だ。それ程に酷い、以外に表現出来ない それが“予知”である事に気付いた瞬間、元々白いイヴの総身から血の気が引いた。 そして奇しくも同じ光景を見ていた『預言者』に依って、その原因は自然と特定された。 「神秘の帳が壊される前に、是が非でも……喰い止める」 悠が“予言”出来る未来は良く見知った者のそれに限られる。 現時点で悠が知り、そんな事件を起こし得る存在など多くはない。 カレイドシステムの演算が揺らぐ未来を指し示す。 それは“憑鬼”が都市部に流出すると言う、想定内では最悪の予定調和。 この一件に黄泉の京介が一枚噛んでいるとなれば、しかし或いは有り得ない話ではないか。 「こんな未来、認めない」 「うん。絶対にさせない」 白の姫と赤い少年が頷き合う。 方舟(アーク)は、何れ再び訪れるだろう悪夢の崩落を祓う為に生みだされたシステムだ。 ならばこれは過程でしかない。こんな所で躓いてなんかいられない。 ここでこの事態を喰い止める事が出来なければ、彼等は何の為に世界最悪と相対し、 多くの犠牲を出しながらも勝ち続けてきたのか。その命と喪失は何の為だ。 「作戦名『天ツ火』。敵はアザーバイド、識別名『憑鬼感染者』、『屍鬼童子』。 及び黄泉ヶ辻フィクサード『屍操剣』。現場では黄泉ヶ辻京介の横槍が想定される」 「貴方達を呼んだのは、情報操作及び感染者予備軍の流出封鎖を指揮して貰う為。 アークが今動かせる新人リベリスタを24名動かす。街から誰一人出しちゃ駄目」 イヴから、残酷な指示が飛ぶ。状況は急を擁する。僅かなタイムロスが手遅れを招き兼ねない。 しかし、それでも。万華鏡の姫は信じていた。彼らの――アークの底力を。 「私達は、運命になんか屈しない」 未来は、変えられるのだと。 ●『黄泉ヶ辻』に退路無し 「いやっふ――吃驚! 何だやれば出来るじゃん骸ちゃん!」 “殺すぜ殺すぜ Kill All and You! テンション上げ上げじゃんやったね京ちゃん!” 革張りの椅子に腰掛け、ご機嫌に声を上げるのは黄泉ヶ辻首領。その名も京介。 相槌を打つのは彼の愛用する意志持つ破界器『狂気劇場<きぐるいマリオネット>』だ。 彼らがへらへらしているのは常の事ながら、今日のそれは昨今でも五指に数えられる。 何せ、京介にとって最も興味を惹かれる玩具。 アークが大量殺人だ。これをただ眺めてなどいられる物か、いや有り得ない。 「そう言えば『七派のチョーワ』ってどうなったんだっけ。ひふみんが抜けたからチャラ? ああ、まあ俺様ちゃんが直に動かなければ良いよね。問題解決万事OK俺様ちゃん冴えてるー!」 “YESYESYES! 京ちゃん頭E-! そんじゃ一丁暴れちゃおうZE!” 主流七派、閉鎖主義の黄泉ヶ辻。その構成員が目に見える形で数えられる事は無い。 それはまるで細菌の様に、社会の闇に、日陰に、根を張り続ける。 例えば謀略の恐山。例えば最大派閥の逆凪とて、『黄泉ヶ辻』の全貌など知る由も有るまい。 彼等は何処にも居るし、何処にも居ない。潜み、隠れ、けれど確かに在り続ける。 それらに実像を強制出来るのは僅かに唯一人。彼らの王が、気紛れを発揮した時だけだ。 「それじゃあ始めよう馬鹿馬鹿しい位盛大に! ヒーロー・ゲイム、スタート!」 深淵の底。狂気の極点。狂える黄泉が沸き上がる。 セイギノミカタへ突き付ける、正義の味方(ヒーロー)と言う名の恐怖劇(グランギニョル) 二重奏は終わる事無く、止まる事無く、唯只管に堕ちて行く。 げらげら、げらげら、げらげら――と。最高にご機嫌な一日が始まる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月14日(金)21:48 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●守ると言う事 しとしとと、雨音が耳朶を叩く。 眼前には急ごしらえのバリケード。集まった人間はサポートを含めて34名。 その過半数の瞳には迷いが見える。与えられた役割を考えれば止む無き事かもしれないが。 (さて、引き続き新チームでの対応となるが……人数が増えると面倒な所だな) 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は己の過去を人に漏らす事は無い。 それをしても無意味だと分かっているからだ。誰にも、何者にも、理解など出来ない。 目蓋を閉じれば容易く描く事が出来る。悪夢の崩落――15年前、世界が壊れたその瞬間。 生き残った結唯は期待を止めた。希望を止めた。未来を描く事を止めた。 一度壊れた物は戻らない。決して――だから。 「去りたい奴は去れ」 彼女はそれを守ると決めたのだ“何が有っても” 無慈悲なまでの言葉に、仕事慣れしていないリベリスタ達が息を呑む。 「私達が相手にするのは人間ではない。予備軍……いや、『化物』だ。 今この瞬間にも世界を壊そうとしている『神秘』だ。一つだけ教えておく」 淡々と、紡がれる言葉はこの場で彼女にしか語れなかった絶対の摂理。 「神秘は秘匿されるべし。何を遠慮する事があろうか、殺せ。世界の為に一人残らずだ」 飾らぬ言に圧倒され、異論を挟む余地すら無い。 視線が彷徨い、その矛先は迷う者へ向けられる。 「朱鷺島さんは……それで、良いの?」 名指しで呼ばれびくりと、俯いた瞳を上げる『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003) 碧の瞳が揺れ、何かを口にしようとして奥歯を噛む。 「……いけない」 毀れた言葉。それ以上に、もっと大切だった筈の何かが、毀れていく気がする。 新兵と言っても良いだろう方々が、困惑する様に固まるのが分かる。 「逃がしては、いけない」 だから、繰り返した。臓器が萎む感触がする。呼吸が苦しい。 殺せとは、言えなかった。どうしても、言えなかった。 ポケットに入れた携帯電話が、無性に恋しい。 「やるべき事はシンプルだ。まさか殺せない等という者はここには居ないだろう」 その様を見て取った『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)はただ静かに後を継ぐ。 今必要なのは規範であり、逃げ場を絶つ“理由”だ。 彼らも理解している。やるしか無いのだ。自分がそれを怠れば、誰かが喪われるのだから。 人を殺す覚悟はそう安くない。ならば背を押さねばならない。 「この状況に滑稽に啼く駄犬は必要無い。俺達は狩人だ。それ以外価値など無い。そうだな?」 隻眼に射抜かれ、隊列の最前の青年がそれでも、抗弁する様に口を開く。 「それは……正しい事なんですか」 甘えた問い。だがそれが彼らが“リベリスタ”になる事を阻むのだとすれば。 龍治はその甘えを先ず、殺さなければならない。 「生温い善悪を論じる余裕があるなら、まず責務を果たせ」 言われた青年の頬が強張る。視線は動かない。 「全て殺せ。後悔より前に引き金を引け」 バリケードで立ち往生していた一般市民に向けられる銃口、そして銃声。 「――行きます」 空白一拍。呼気を飲み込むような悲鳴の前兆。 そこへ滑り込む様に『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、 バリケードを乗り越えて斬り込む。一般人では明らかに目で追えぬ挙動。速度。 (彼らは感染を抑えるために必要な犠牲) 光の速度で閃く黒刃一尺二寸が、顎下の動脈、静脈、気道を纏めて切り抜く。 声を上げる事も叶うまい。血飛沫を上げて倒れる人影。男か女かも視界に留めない。 「逃げるぞ、油断するな」 踵を返そうとした一般人を、結唯が撃ち抜く。 下半身に当たったか。倒れながらも即死には至らない。 何で、どうしてと上げる声は如何にも哀れみを誘うが――だから、どうしたと言うのか。 「恨みたければ恨め」 今度はしくじらない。頭部を落としたトマトの様に潰され、声が止む。 その光景に、動きの止まったリベリスタ達を振り仰ぎ、龍治の言が開戦の狼煙を上げる。 「――さあ、狩りを始めよう」 賽は投げられた。 ●救うと言う事 「「「さー、誰が一番HEROか決めようぜYAHHAAAAAAAAAA!!」」」 雨音に混じりパラパラと乾いた銃声。苦悶の声を上げ会社員らしき影、2つ。 それに1人が近付くとぞぶりと大振りのナイフが頚椎を刺し、破砕音。膂力で強引に首を落とす。 まるでルーティンワークと言って良いその効率的な“人間狩り”の光景を横目に。 そう、横目にしながらもその車両は惨劇を無視して遠ざかって行く。 「……、――。」 天国の馬鹿兄貴、見てる? と。フロント越しに濁った空を見上げ問い掛ける。 『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)に翼は無い。 きっと其方で逢う事は無いだろう。だから、せめて未だ近い間に少しでも多く空を仰ぐ。 (今から一般人を百人殺すの。凄いでしょ。きっと、兄貴にだってこんな事出来ない) 何所かで甘い部分を残していた。救いたがり、寂しがりな、黒翼の銃撃手。 最後まで敵を救おうとして死んだ、その残影を描いて想う。きっと、私は救われない。 でも良い。それで良い。私は、きばのないけものじゃないんだから。 「道路際、3つ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が端的に静止を告げる。 ウーニャが運転しているのは軽装甲機動車。砲塔の無い軽戦車とでも言うべき代物である。 流石にそんな物が公道を走れば、目立つ。この上も無く。 飲食店を出て通り縋ろうとした家族が、思わず立ち止まるのも止む無き話。 そしてそれが、その不幸な3人の最後の選択になった。 「ええ――逃がしません」 ぱす、と。乾いた音を立てて一般人には視認出来ない糸状の物が頭部を正確に貫いた。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の放った気糸。 それに打ち抜かれまず1人が死んだ。 「……え?」 きょとん、と突然倒れた夫を見つめる妻と子供。事情など、把握出来ている筈も無い。 「脇見の壺でもありゃ憑いた鬼も封じれたかねぇ」 烏がそんな、自嘲とも言える呟きを漏らしたか。 しかし次の瞬間には銃口は正確に2人の頭部を射抜いている。それは完璧なヘッドショット。 痛みを感じる暇も無かったろう。死んだ事を示すのは、倒れたその姿と血溜りだけだ。 「次へ行きましょう……私達には、後始末する責任がある」 感情の抑揚無く淡々と、レイチェルがその遺体から視線を外す。 揺らぐ事は無い。これは自らの不始末の結果だ。必要が有るなら、人でも殺せる。 それがあの“黒い男”と同じ感覚であると理解し、けれど同時にこうも思う。 ああ、けれど。それを割り切れなかった彼よりも、私はきっとずっと『バケモノ』だ。 所詮、彼は人間に過ぎない。例え人を殺そうとも――浮かんだ感傷は、安心か、失望か。 「ええ、ヒーローごっこを続けましょう」 人喰い達が人を狩る。無慈悲に、冷酷に、機械的に。或いは、英雄の様に。 でもね。私達みたいなバケモノに人間らしく殺されるのは――救いだって、思わない? 雨音が悲鳴を、苦悶を、隠してくれたのは果たして幸か不幸か。 「……」 ウーニャらとはまた異なる進路を辿る車内。声を上げる者は居ない。 無口な結唯はともかく、運転を担う『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)も、 索敵を担う雷音も。揃って何も口にする事が出来ないでいる。 「、居た、のだ」 視界の端、仲の良さそうな女性の2人連れだ。友達だろうか、同僚だろうか。 口元を抑え呼吸を置く。でないと、声を上げる前に泣き出してしまいそうだから。 「処理するぞ」 「はい――『お祈り』を」 結唯が車両の後部より跳び出し、路上に停車させたリリが続く。 事情を把握し切れていない2人の視線が向けられるのに対し、間髪入れず銃口を向ける。 それでも。尚彼女らは少し驚いた仕草を見せるだけだった。 まさか、こんな、何でもない、普通の日々の狭間で。 自分が死ぬ等とは想像すらしていないだろう、眼差し。 「恨みたければ恨め」 声と共に銃声。血飛沫。雨飛沫に倒れた1人。それを目の当たりにして女が瞳を見開く。 続くリリの射線もまた揺るがない。殺さなくてはいけない。罪の有無など問題では無い。 そうでなければ――彼女は方舟に居られないのだから――殺さなくては。 雨に翳って浮かぶ残像。瞳を見開く幼馴染の姿。何故、そんな傷付いた様な顔をしているのか。 神の身元に送られれば、救われる。救済は死の先に在る。その筈だった、のに 「何をしている、殺せ!」 結唯の声に、意識を引き戻す。銃口の先の女が背を向けている。 銃を構え直す。何で何で何でこんなに。 「――のだ」 銃声。駒の様に回った女の影を、直後炎の渦が包む。 唖然としたリリの視線が背後を向く。雷音が手にした一枚の呪符。陰陽道が極意、朱雀招来。 「殺すのだ。ボクは、ボクの事情で、あの人の明日を奪うのだ」 その瞳は何所も見ていない。雨が髪を辿り頬を伝う。 「自分の為に、信じる物の為に、人の幸せを奪う――――ボクは、浅ましい人間だ」 リリの瞳が揺れる。自分の為に。信じる物の為に。 「違う、私は……」 死の先に救いは有るのだ。主は、救いたまう。そうでなければならない。 自分の為ではない。本当の救いの為に。祈りを捧げ、命を捧げて来たのだ。 それが間違いなんかであってはならない。だから、主の為の『お祈り』は正しい。 でも、なら、どうして。 ――この銃は、こんなに重いのだろう。 「次、南のバリケードに人が集まっています。対処を。 それと、『童子』らしき人物が地下鉄入口へ向けて移動中。人混みに混ざる前に対処して下さい」 消防署屋上。付近では最も高い位置に陣取った、 『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)の視界には全てが映っていた。 掛け値無しに、全てが。地区内の全人間の動きが逐一見て取れる。 勿論1つ1つ確認している余裕は無い。そんな事をすれば確実に脳の処理限界を超える。 しかし全体図としての人の動きは明らかだ。何所へ、どの順番で動かせば良いか。 適切な戦力量こそ分からずとも、やる事その物はパズルゲームの様な物だ。 「ルート2、4の掃討は順調。ルート5、6は共に閉鎖状態を維持しています」 一般人の動きは鈍い。外に居る人間を片っ端から黄泉ヶ辻が狩っている事。 そしてリベリスタらが完全にそれらを迂回している事が効いているのだろう。 雨による消音効果も作用し、死者の数は順調に伸びている。 「黄泉ヶ辻、チームA、Bはそれぞれ飲食店横のルート1、3を移動中。チームCは……」 とは言え、流石に益するだけとはいかないらしい。元より相手はフィクサード。 視線の下、数え番号で3つ目のチームが此方へ向かって来ている。 となると狙いは消防署か。流石にナビだけをさせてはくれないらしい。 交戦は極力避けるとの方針を反映し、視線を巡らせ次に高い建物を探す。 移動の際、また幾人かの人間を炭へと変える事になるだろう。揺れる感情を押し殺す。 それでも。それでも――殺す事で、あの人が喜んでくれるのなら。褒めて、くれるなら。 閉じた目蓋を開き、少女は続きを口にする。心を無感情の仮面に押し込めて。 「チームCが消防署に接近中。移動します」 その為なら何だって壊せる。斬り捨てられる。 許しなんて、請わない。 ●殺すと言う事 「……あと、何人ですか」 もう、何人も殺した。 何人も何人も何人も。路上を歩いている男を殺した。仕事しているだけの店員を殺した。 民家に押し入って子供を殺した。見かけたから殺した。生きているから殺した。 殺した殺した殺した。返り血は雨が流してくれた。けど周囲からは鉄錆の香りが、消えない。 「4分の1と言う所だろうな」 交戦を徹底して避けただけ有り、戦況は淡々と進んでいた。 恵梨香から細心の情報を受け取った龍治が地図に×を付ける。 一般人など、元々リベリスタの相手ではない。 ナビゲートと指令網さえ途切れなければ、100余名に対し20名以上も居れば十分に間に合う。 「……そう、ですか」 だが、問題はむしろ個人レベルの精神状態だ。と、八咫烏は推し測る。 呟いた舞姫には表情が無い。それが余り良くない兆候で有る事を錬鉄の狙撃手は知る。 警戒されぬ様に近付き、逃げようとすれば挑発を織り交ぜ、背中にだろうと斬りかかる。 舞姫の行動には無駄が無い。効率的で機械的だ。 それは龍治にとっても、そして指揮を担当するもう一人。 『わんだふるさぽーたー!』テテロ ミーノ(BNE000011)にとっても助かる事情ではあった。 けれど。 「舞姫ちゃん、だいじょうぶ?」 「え、何がですか」 ミーノから精神力の供給を受け、視線を返した舞姫が口元だけで笑む。 それを見て、ミーノがほんの少しだけ視線を龍治へ向ける。 この状況で、笑えることがどれだけ異常なことか、ミーノには良く分かる。 これが最良と信じ戦いの指揮を執ること。それが彼女の役割だ。 一見幼く見え言動もそれに添う為勘違いされがちだが、ミーノはずっと戦いを見て来た。 血塗れの惨状も、地獄の様な激戦も。人の死すらその瞳に映して来た。 御菓子とか甘い物とかが絡まなければ、と言う制限は付く物の、 余人の印象以上に彼女の精神は年齢相応である。だから、これが笑えない仕事だと理解している。 「少し足を止めるか。後は家捜しが中心になる」 外に居る人間は殆どが狩られたか、殺した。後は屋内だ。多少息を吐く時間は取れる。 そう意図した龍治の言葉に、しかし舞姫がはっきりと頭を振る。 「駄目です、そんな――「いや、良いんじゃね? そのまま休んどけよ」 割り込む声。視線を向ければ、其処には人影。 大きく膨らんだ袋を背負う1人に、それ以外が2人。ニヤニヤ笑っているのが遠目にも分かる。 「……『黄泉ヶ辻』、か」 銃口を向ける事無く、誰何の声を上げる事も無く。呟いた龍治に男達が手を叩く。 「ご名答。いや、そろそろ飽きて来てさ。帰りついてに感謝しとこうと思った訳よ。 ほら、俺達デキるフィクサードだし? 上からも重々宜しく言われてんだよねえ」 答える義理が有る訳で無く、邪魔をする道理も無い。 銃で語るが八咫烏。であれば無言で以って先を促すと、男達は饒舌に詠う。 「ま、今回はここで、ゲイムオーバーってことで御協力アリガトーゴザイマシタ」 そう、彼らは出来る限りの事をした。一般人を只管に殺す『黄泉ヶ辻』を一切無視し、 一般人を狩り続けた。それによって世界を救済した。それは正しくヒーローの所業だろう。 だが、そんな物は何所までも結果論だ。 そして世界を救済したという結果を指してそれを正義とするのなら、 『黄泉ヶ辻』の行為もまた紛れも無く同一のセイギと言う事になる。 にまり、と笑った『黄泉ヶ辻』のフィクサードに、舞姫が剣呑な眼差しを向ける。 「なら、そこを退いて下さい。私達は――」 「残りカスの一般人をぶち殺しに行かなきゃなんねえから、って?」 対する3人の男達は笑う。げらげら、げらげら、げらげらと。 酷く耳障りなそれを舞姫が意識から弾くには、奥歯を噛み締める必要が有った。 「なんで、こんなことするの」 「――は?」 そこに挟まる率直な疑問。ミーノのそれに笑いが止む。 理解不能という眼差しに真剣味など欠片も無い。雨に滲む視界でも、その位は分かる。 「そんなんお前らと一緒だよ、リベリスタ。そう、俺らはお前らと一緒さ」 笑い混じりに投げられた答え。それを聞いた瞬間、舞姫の視界が赤く染まる。 分かっていた。理解していた。けれど、それを“こいつらが言うのか” 「それが正しいと思うから殺すんだよ。俺達は“愉しく生きたい”だけさ。 愉しく生きる為に最大限の努力をする。それが殺す事なら、そりゃあ殺すだろ?」 そんなのは、間違っているに決まっている。 人から奪う事が楽しいだの、正しいだの、それの何処にも正当性など有りはしない。 龍治にも、舞姫にも、ミーノにだってその位のことは分かる。 だが、それを言う自分達は本当に彼らとは違うのか。 「……2人共やめろ。行くぞ。最後の始末を付ける」 水掛け論だ。答など出ない。それを解し龍治が手を引く。 だが舞姫は動かない。動けない。それを眺めた『Player Killers』が嘲笑う。 「お前達と『黄泉ヶ辻(オレタチ)』はそっくりだよ」 プレイヤーと、ゲームマスターが、同じ土壌に立たなければゲイムは成立しない。 そんな事の為か。そんな事を証明する、ただその為だけにか。 からんと、舞姫が愛用の刀を取り落とす。 ――ああ、同じだ。こいつらも、私も。 「だからさ、これからも仲良くしよーぜ」 灼熱する感情と共に素手で振りぬいた拳は、影を踏む事も出来ず空を切る。 雨に足を取られ、転ぶ。笑い声。遠く、遠く。満足気に踵を返す背中。 自分のエゴで人の生き死にを弄ぶ。それが、リベリスタだと言うのなら―― 「正義とは、即ち己の利益となるものを言う」 ならばアークは紛れも無く正義の味方だと、呟く龍治が濁った空を振り仰ぐ。 雨はまだ、止む気配すら見せてはくれない。 全ての一般人の殺害が完了したのはこの、凡そ15分後のことである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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