● 「斬らねばならぬのだ」 女は苦渋の表情をした。 「斬られたくないから、斬るしかないのだ」 女は刀を振るう。 何時しかその理由を消失し、ただの人斬りになってしまっても。 ●神刀『小鴉丸』 大和国は刀匠『天國』(あまくに)の作と云われ高名な日本刀。 日本刀過渡期の太刀姿であり、刀身は反りがつくが浅く、莖の部分で大きく反っていて、直刀から彎刀への中間様式を示す。示烏の濡れ羽を表す黒い鍔。そして、刀身の上半分は棟側にも刃のある、所謂『両刃』で、此の様式を『切先両刃造り』(きっさきもろはづくり)と呼び、俗に『小烏造り』とも称される。 その奇異な形状から、斬るのみならず刺突にも優れる―――第五の『御神刀』。 ●ブリーフィング 「斬れば心を奪われるからこその『御神<心>刀』。日本に本部を構える『アーク』にとっては縁深い破界器<アーティファクト>の一種。神域へと移され、幾多もの結界に守られてきた『霊宝指定』。その中でも上位の逸品である神刀『七刀』が、本来それを守護する筈の内部リベリスタにより強奪され、その回収を『アーク』が行うに至るという事例が以前に発生していた。ナイトメアダウン以前のリベリスタならともかく、現在、『七派』をはじめとするフィクサードの力が強大になっていることも鑑みて、『アーク』本部も、『霊法指定』された神刀を地方の神域に配置し、分散させることのディスアドバンテージを強く感じている。また、今の『アーク』であればそれらの強力なアーティファクトを全て保存することも十分可能であると認識している」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がすらすらとその長文を諳んじてみせた。綺麗な声色はリベリスタたちの耳を擽るが、どうも結論がよく見えてこない。 「つまり?」 「ええ、つまり」 映し出されていたスライドが切り替わる。そこには六つの刀。 「この際だから、『霊法指定』を受けている『御神刀』を全て『アーク』本部へ移管してしまいましょう、という話」 「成程、分かりやすい」 しかし、 「その『霊宝指定』ってのは、何なんだ?」 「そうね、確かに、かなりローカルな言葉な言葉だから……」 『御神刀』と呼ばれるアーティファクトは全部で六つ存在する。現在は『アーク』が所持している神刀『七刀』を含めて、六つの『御神刀』に対し、其々、『六刀家』(ろくとうけ)と呼ばれる六つの守護組織――『斯波』(しば)、『一色』(いっしき)、『京極』(きょうごく)、『六角』(ろっかく)、『安蘇』(あそ)、『月夜寺』(つきよじ) ――が存在する。彼らは古くから続く宗家・名家であり、脈々と伝承される『御神刀』及びその技術を維持してきた。しかしながら、ナイトメアダウンによる影響は彼等にも少なからぬ規模で降りかかり、現在では『アーク』と密な協力関係を取りそれら神刀の守護にあたっている。 それら神刀はその能力だけでなく存在そのものが各組織にとって重要である。『御神刀』を厳重に管理しなければならないと考えた、有力なリベリスタ達である彼らは、互いの保有するその力――例えば『御神刀』――を『霊宝』と定める事で封印と管理の歴史を紡いできた。彼らの言葉を借りてこれを『霊宝指定』と呼んでいる。 「日本に伝わる伝統そのものが顕在化した強力なアーティファクト。特に『六刀家』と呼ばれる者達によって組織的に守護され管理されたモノを『霊宝指定』と呼んでいる」 「なるほどねえ」 リベリスタは頷いた。が、再度、首を傾げる。 「それはその『六刀家』とか呼ばれる奴等に、一声掛ければ済む話じゃないのか?」 もってこいよ! とか、そんな感じに。リベリスタが腕を振って説明するが、イヴは表情を変えずに小さく溜息を吐いた。 「それはそうなんだけど。話は、そんなに単純でもない」 第一の問題は、件の神刀『七刀』である。内部犯による強奪事件は、無論、その他の五つの『御神刀』を守護する『六刀家』にも即座に伝わった。神刀『七刀』はその中の『安蘇』と呼ばれる組織に守護されていたが、一人のリベリスタの反乱により『安蘇』は壊滅し、神刀『七刀』は『アーク』へと移管された。これに気を良くしないのが他の『六刀家』であり、彼らの意見を要約すれば「自分たちに移管するか、もう一つ守護組織を加えてそこに任せるべし。『御神刀』は神域へと祀られるべし」ということだった。彼らは――唯一仏教を本流とした神域を設ける『月夜寺』を除き――由緒ある神祀りの専門家である。 第二の問題は、それに追随して、『斯波』、『一色』、『京極』が各々の『御神刀』の『アーク』移管に公然と反対を、『六角』は条件付き賛成を表明したことだった。『月夜寺』は全面的に『アーク』の言い分を飲んだ。 彼らは『アーク』傘下の地方革醒者組織ではあるけれども、そしてそうである以上は『御神刀』も一応は『アーク』管理下にあるけれども、確かに、本来それらのアーティファクトは其々の組織が個別に継承した物品である。そういう意味では彼らの言い分も理が無いわけではないが、易々とフィクサードの手に渡らせてしまうわけにもいかない。 「……というわけで、通信機と通信機の話し合いでは解決しなかったから、みんなに直接の回収をお願いすることに決定した」 「『話し合いでは解決しなかった』とは、その」 リベリスタは腕を組んだ。 「じゃあ、今度は力づくで、ってこと?」 「そうは言ってない」 負けじとイヴも腕を組んだ。 「強引に事を進めれば、秩序も他所と協力関係も何もないでしょう。顔と顔を合わせた話し合いをすれば、また結果も異なるかもしれない。けれど」 「けれど?」 「何より、彼らはこう言っている―――『神域を用意できぬ以上、アークが所有するに値する力を見せてみろ』と。だからこれはむしろ」 命を賭けた、正式な試合。『御神刀』遷移における重大な儀式。 「強いのか?」 「強い」 イヴが間髪いれずに返答した。 「仮にもこれまで守り抜いてきた一族。今回お願いするのは『六刀家』の中でも『一色』と呼ばれる守護組織。直心影流の流れを汲んだ独自の剣術『一色影流』を代々受け継ぐ組織よ。現在の当主は二十三代目『一色』。神刀『七刀』の時は――『安蘇』の時は――、敵が刀に飲まれていたのだけれど、『一色』は至極まともな女性。だから話は通じるかもしれない、けど」 「けど?」 「二十三代目、というのは早すぎると思わない?」 「……云われてみれば」 一代二十年としても凡そ六百三十年。『アーク』傘下になるには、歴史が長すぎる。 「これが今回の目的物、『一色』の所有する神刀『小鴉丸』(こがらすまる)の『忌避される理由』なのだけれど―――」 ●『一色』 「『安蘇』の子倅が暴れて、奴ら、消えおったらしいな」 「はい」 「詮無いことだ。『安蘇』は『義の流派』だった。単純な強さと云うよりか、その結びつきの固さを強みとしていた。当主も他所からの養子に頼った『無継承』の血。それが綻んでしまえば誰も止めることなど出来ぬ――『箱舟』を除いて」 「はい」 「我らも『小鴉丸』をただでくれてやるわけにはいかぬ。あれは『教義』であり『御神刀』。『一色』が『一色』足りうる為に欠けてはならぬ一片。……と、云いたいところだが」 「はい」 「今現在の『一色』は貴様そのもの。二十三代目『一色』、すなわち、貴様の意志が『一色』の意志。貴様が『くれてやる』というのなら、それはそれで構わん。一応、体裁としては『箱舟』に牽制をいれてあるが」 「はい」 「『箱舟』の要求を拒否すれば我らこれより『フィクサード』と定義され得るやもしれん。リベリスタを己が信念の為に斬るのであるからな。……しかし、『箱舟』も流石よな、正式な試合を申し込もうとは」 「はい」 「―――どうする」 「斬ります」 「―――なにを」 「『箱舟』を」 「―――どうやって」 「我が『一色影流』の『法定』(ほうじょう)もってして斬れぬのは、『運命』のみ」 「―――そのあとは」 「死にます」 「―――よくぞ至った!」 其処こそが我が『一色』の境地! 『一色』の家に受け継がれる神刀『小鴉丸』。 これを振るうもの、其の者の『生』を奪いつくす禁忌の『御神刀』。 扱うもの、すなわち『一色』当主の平均在位年数は、凡そ―――四年しかなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月08日(土)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●口上。 「我が名は戦場ヶ原舞姫。『一色影流』が御当主とお見受けした。 ―――尋常の勝負を所望する!」 それはあくまでも門弟を引き付けるための鼓吹(こすい)に過ぎなかったのか。 実際、彼女の口上に刺激されて、門弟の刃はそちらへと鈍い光を放っている。 ……いや、そんな筈は無い。 だからこそ、彼らは奮ったのだ。その口上に自分たちの影を視た、だから門弟達は彼女へ刃を向ける。そうでなければ彼らはその刀身を鞘から抜きさえしない。そんなことをしなくても人は殺せる。 ここには意を異とする二つのリベリスタが居る。此の度の『儀式』では死人が出るであろう。どちらが勝とうと、責任は問われぬとも、その後に何も残らぬ訳も無い。それでも刃を交える。 「見事な口上である」 だからこの女も柄を握る。 「私が一色影流剣術最高師範、『六刀家』が一家、二十三代目『一色』である―――」 その命、燃やし尽くせと。 『一色』に成れと、『小烏丸』が囁く。 「それでは、お手合わせ願い申し上げる」 ● 出来れば、唯の殺し合いには成って欲しくないんだが、な。 救う為の戦い、護るための戦いに没頭してきた彼は、正しく癒す者である。だから、と『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は思う。 前衛に位置するエルヴィンの後ろ、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の心持ちは少し違う。不意打ちをしてくるなら迎え撃つ、殺そうとして来るのなら、やり返す。ただそれだけで、それ以上でも、それ以下でもない。だが、言ってやりたい言葉の一つくらいはある。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)、ツァイン・ウォーレス(BNE001520)、エルヴィンの四名が、『ODDEYELOVERS』二階堂櫻子(BNE000438)、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)、『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷小夜(BNE001462)、『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)の四名を囲うような陣形。 肌寒い境内を歩くリベリスタらの眼は注意深くその木々に囲まれた冷たい砂利道を進む。しかし、特有のその雑音は殆ど聞こえてこなかった。小夜により齎された浮遊の魔術が、彼等に特有の機動性を与えている。小夜にとって何処か馴染み深いその場所で、そして、足場に不安は無かった。 建物を一つ通り過ぎる。櫻霞の持つ異能の眼は其処に何も見ない。問題無い、と彼が呟けば、傍らに佇む櫻子が首を傾げて微笑んだ。一見、無邪気にも見えるその笑顔の奥に燻るのは、絶対的なまでの櫻霞への想いである。そう、左斜め前を歩く彼の為であるのならば――化物にだってなる、そうとまで櫻子は思う。 加えて、雷音の眼も活きている。 (神域に達するほどの『宝刀』を預かるというのは聊か緊張する) 鬼が出るか蛇が出るか。けれど雷音はこうも感じる。 (命をかけるほどの覚悟で挑む彼女の真直ぐな心情は、まるで一振りの『剱』だ) 二つ目の建物を通り過ぎる。櫻霞は首を振る。 眼前には石階。ツァインは怪訝そうに眉を顰める。先が見えないここを登り切ってしまえば、そこにはこの神社の最終地点がある。奇襲を仕掛けてくるタイミングは、もう殆ど残されていない。 一段一段踏みしめて階段を登る。比較的に後方に位置する宗二郎だが、『御神刀』と相見えるのは此れで二度目である。彼は『六刀家』が一つ、『安蘇』の所有していた『七刀』――第二の『御神刀』、神降しの刀――との交戦経験がある。 (神刀……か。刀にさほど興味はないけど、七支刀に続いて小烏丸と聞くとさすがに震えるね。 厄介なものが次々と出てくる……やれやれだ) 雷音が周囲を見遣り、櫻霞が凝視する――。 「……居たぞ」 残り三分の二。まだ半分も階段を登りきらない内に、櫻霞の眼が見抜いた。 ……が、どうも様子がおかしい。 ツァインの柄に掛けた手に力が入る。けれど、その視線の先に姿を露わにするのは一人の男。 「『アーク』様で御座いますか――」 独特の神官衣装。白丁に身を包んだ若い男が、舞姫らを見据えて言った。良く通る声だった。 「――ご案内致します」 ……案内? 小夜は首を傾げた。そして、櫻子と目を見合わせた。 ● 「『アーク』の皆様方が闇討ちをなさり、私どもに奇襲を仕掛けるご心算であれば――こちらも其の様に致す心算で御座いました」 その背を、撃ち抜くことを考えた。櫻霞は実際に彼の自在とする大口径の拳銃に、指を掛けた。 「今までも多々ありました――火を焚かれ、式神を遣られ、『一色』はそうして『御神刀』を護って参りました――」 先を行く其の男は無防備とも言って良い程である。そして誰一人として油断などはしていない。 櫻子も目を配らせる。地の利は――向こうにある。 そしてそんなリベリスタを嘲笑うかの如く、在るのは澄み切った空気だけ。 『一色』の男に先導され、石段を登りきったその先の、朱色の大きな社殿。 「そうなさらなかった皆様の事を私どもは。御当主は、嬉しく。思っております」 がたん、と。その本殿の扉が開く。 『神』が祀られる神域。 人の眼が介在する事すら許されぬ、原始と未来の交差する場所。 神聖なるその場所の扉が、今、開いた。 「『場』は。こちらでご用意させて頂きました。 何事も考えず。 雑念に縛られず。 どうぞ、ここからは本来、『不可侵神域』と称される『神域限界』に御座います故――」 正々堂々。『神』の眼前で。 ご勝負致しましょう、と。其の男は振り返って、笑った。 男の顔は、何時の間にか壮年のそれに変容していた。 ● 凡そ三十メートル四方。正方形の朱い壁に囲まれ、木造の床が敷き詰められている。 正面から向かって反対側。中央に一人の女と、その左に七人、右に七人。リベリスタと彼女との間にその一人の男が立っていた。 リベリスタの前に姿を現した当初は若い容姿だった筈だが、今では皺の刻まれた顔、硬い皮に覆われた掌が、彼の生きてきた年数を感じさせる。革醒者であるが故にその実質年齢と外見は完全に対応はしないが……。 「貴方が『無色』なのか?」 雷音の問いに、その男は口を歪めるだけで応えた。 「『小烏丸』を渡せ、などとは言わない。 武を持って制する。君達もそれを望み、納得するのだろう。 ならば、ボク等は君達に勝つ」 それだけだ。雷音は腹の奥底に巣食う感情を抑え付けながら、無色に、一色に語りかけた。 「……」 エルヴィンはこの状況を否定的に見ていた。 敵の奇襲は無い。 予定された人数が揃っている。 体勢を整える時間もあった。 しかし、各個撃破の戦いに持ち込めれば、敵の戦力を削げた……その戦力差を効果的とせずに。 正々堂々と戦えるように? ―――嘘だ。 自分たちが不意打ちをしなかったから? ―――嘘だ。 「一つだけ訊いときたいんだがな」 エルヴィンの言葉に、一色が視線だけで応える。 「どうしてその刀に拘る?」 強くなる為だとして、どうしてソレである必要がある? 命を削った強さは、それに見合うだけのものなのか? 彼の中に渦巻く疑問が『一色』を謗る。エルヴィンには彼女らのその心境が理解できない。 「私が生まれる以前より、この刀は在りました」 彼の視線を受けて、一色が口を開いた。 「父が、祖父が生まれるより以前から、この刀は在りました。歴史と共に、この刀は在りました。そして、この刀を振るう者は悉く死に逝きました。この濡れ羽色の鍔には、代々の『一色』の血が吸われております。 死ぬことが敗北だというのなら、生まれるという事は勝利でしょうか? では生きるという事は決して勝ちえない勝負なのでしょうか? ―――私はそうは思わない。敗北では無い死があると信じています」 櫻子は一色の瞳の中に強い意志を見た。なれば、後はどちらの信念の方が強いのか。 ……それだけだった。 避けられない戦いは、自分達が自分として生きていくために、何を捨てて行けるのか、問うている。 舞姫が音も無く一尺二寸の黒刃を抜いた。諦観は覚悟に在らず、と彼女は思う。 だから。 舞姫は口上を述べる。戦えと。それで貴女の気が済むのなら。 ● 「話は終わりか?」 堪らないと。ツァインの声は早くと急かす。 無色は一色の元へと歩き、背後に掛けてあるその神刀を手渡した。一色は小烏丸を抜いた。 それが戦いの合図。にいとツァインの口の端が吊り上る。 ――久々に達人との斬り合いだ。楽しみだねぇ。 「そんじゃ」 ツァインはその剣を構える。他のリベリスタも準備が整った。門弟たちは、舞姫目掛けて、リベリスタ目掛けて斬り込んでくる。 咄嗟に雷音が握る杖を振るった。狙うのはその無色の動きを封じる事。 彼女が心の中でその回路に接続すれば、神秘が世界に顕現する。彼を射程内に含める様にして、その一瞬を捉えて杖を振るう。展開されるのは幾重もの蒼い呪印。無色を囲むのは――束縛の呪印。 「……む」 無色の顔が本の少し歪む――雷音が再度杖を振るった時、彼を囲んだその術式が、彼を拘束した。 「行け!」 舞姫の口上に乗せられなかった数名の門弟も居たが、エルヴィンによりブロックされる。彼は人を斬らないし撃つこともしないが、背を任せるのに、彼ほど全幅の信頼を置けるリベリスタも少ない。そしてその目は、厄介な敵ホーリーメイガスを探している。 「おっ始めようぜッ!」 一瞬で乱戦となった間隙を縫い、雄叫びを上げながら駆ける。 彼の握るブロードソードが激しく煌めく。その破邪の光は、そのまま彼の振るう軌跡となり、 「―――」 無言で見つめ返す一色の小烏丸と極めて大きな残響を残し交わった。 十字の様に押し合う刃と刃。ツァインの間近で今、振るわれているのは、第五の『御神刀』。彼の目に、それは――何処か、揺らめいて視えた。 リベリスタの中でも随一の耐久性を誇る彼ではあるが、その一瞬で永い鍔迫り合いはむしろ押し返された。泥臭く――彼は再度、剣を振り上げる。また、次の瞬間には『敢えて』振らせて、その剣戟を受ける。ツァインだからこそ出来る、耐久と再生の継戦能力を持ってして、彼は一色を見極めていく。 最初から手抜きは無い。最初から加減は無し。そうしなければやられる。壮絶な斬り合いが、既にツァインの身体に傷を刻み込んでいく。……良いね、こりゃ。 「お前……強い奴と腕前を競うの、楽しくないのか?」 右腕片腕で易々とその太刀を振るう一色の表情は感情を持たない。が、 「ああ―――愉しい」 口だけの微笑みがその整った顔を彩る。 ツァインもひっひと笑った。 一色は、愉しくて仕様が無い。高揚している、と言っても良い。 何故なら、『一色』がその小烏丸を何の手加減も無しに打ち抜けるのは――――。 ● 敵に囲まれては分が悪い。なるべくなら壁に背をという戦法は基本的であり、効果的である。 舞姫を襲うのは、凡そ十名の門弟。各々が手にするのは刀。 希代の手練れである舞姫とはいえ、その数で斬られれば、タダでは済まない。 そうであるのなら――何だというのだろう。 この黒曜で斬り続ける事でしか、救えないのだと言うのなら。 (礼を持って、全力で刃を交えるのみ――!) 舞姫は斬る。斬って、斬って、斬られ尽くす。 こちらから斬りはしない。受け止めて見せよう、その刃を。 舞姫は耐える。その末に斬るのは、身体では無いから。 「少しは楽しめそうだ」 グリップを握った。トリガーを引いた。薬室を撃つ撃鉄の音が連続――無数に連続して聞こえた後、放たれた銃弾は掃射して門弟を撃ち抜いた。 敵も『一色』の道を学びし剛の者である。櫻霞の穿ったその銃痕に顔を一瞬顰めながらも、前衛のブロックから漏れた数名が後衛へと斬り込む。 (本来同じリベリスタなのに、命を賭けて戦うというのは心苦しいです、が……) 前衛を中心に既に負傷者が出始めているその戦況を、小夜が居るからこそ立ち向かえる。小夜も、自分に出来る事を全て出し尽くす。神刀が斬るのが、味方ならば。そうであるのならば。 (せめて犠牲が出ないよう、回復で支えるのが私の戦い、です) それは正しくリベリスタである戦い振りであろう。 傷つけるだけじゃない戦いを、小夜は信じている。 そして、舞姫からの回復依頼を受け取り掛かろうとした時、 「っ!」 目の前には一人の男。結果には如何なる責任も持たない、儀式における――敵。 その敵が太刀を振り上げる。小夜はそれを避けようとして、 「が――」 男は振り下す前に吹き飛んだ。彼を襲ったのは、黒く浮かんだ夜の恐怖。 (物語は第二幕の始まりだ) 宗二郎は少し離れて戦う一色の姿を視界に収めた。だが、先ずは、門弟たちだ。 全ての色は、闇へと還る。 櫻霞の傍らに身を隠すように居る櫻子も手を休めない。彼の銃弾が無機質に連続して門弟を撃ちぬき、宗二郎が切先と共に漆黒の軌跡を振るうのなら、彼女はその聖光で敵を焼き尽くす。 無慈悲。小夜とは対照的に、彼女は敵に容赦はしない。 それがリベリスタであろうと。 どんな信念であれ、人を斬るというのなら、唯の人殺し。自分だって同じようなもの。 慈悲深い心など。当の昔に捨て去った。 ● 果てしない打ち合い。 火力体火力の中、数では分が悪が、質ではどうか。 決して劣らぬであろう。 だが一色に至っては別問題だ。彼女は違う次元に居る。神刀は、其処にまで人を押し上げる。 ツァインが弾かれた時だった。呪縛から外れた無色を相手取っていた雷音は、彼女のその秀でた直感を持ってして、一色の構えの変化を見て取った。 「気を付けるのだ!」 「何処を見ている」 声を上げる雷音に次の句は与えない。無色も剣の道で手練れである。 「我が一色影流の有する『法定』――謂わば、一色影流の本質、その体現。 さあ、お前らは『一色』に打ち勝てるか」 雷音に斬りつけながら無色は強く言った。 一色は腰を落とす。目は遠くを見据えている。が、その奥は揺れている。 何が。 炎が。 『安蘇』が義の流派なら、『一色』は力の流派。 両手で握るのは血に染みた柄。なればこそこれは、一色影流が法定。 「法定――」 そのまま小烏丸を突きの姿勢に持ち変える。 「――八相発破」 立ち上がったツァインは正面から受けた。初見で見切れるほど天才じゃあ無いが。 「お前を斬りに来てんだよ……来いッ!」 目に見えぬ刺突は、揺らめいていた小烏丸の刀身が一つの思念体となって伸びた結果だった。 燃えろ。 二尺七分の刀身が一瞬で五尺にまでと伸び上がり、炎を纏って、 「っ!」 だん、と踏んだ一色の踏込とその勢いのままの横一線で、ツァインはおろか、雷音も薙ぎ飛ばされた。そして空間には夥しい血潮が舞った。それは正に神々しいまでの光景で、だから、そのまま後衛へと斬りかかろうとする彼女の眼前に、エルヴィンが 飛び込んだ。 彼の持つ盾が――軋む。が、受け切る。 一色の顔色が変わる。 「死の『運命』を斬り拓こうとは思わなかったのか?」 エルヴィンとて顔は歪んでいる。身体は悲鳴をあげているが、言っておかないと、気が済まない。 「それじゃあ俺達は斬れねえよ」 「……強がりを言うな」 強がりじゃねえよと彼が言うと、更に一足。 一色が踏み込み囀ればエルヴィンも弾かれる。小烏丸の銀色の刀身が彼を斬れば、今では緋い。 「――!」 直後、一色の身体を魔弾が掠める。しかし、それは精緻なる弾道であり、正しく彼女を狙った櫻霞の射撃だったが、 「ぬう……」 呻いたのは一色の傍で膝を付く無色。彼は一色を庇った。 「父――」 「黙れ。 ――振れ、小烏丸を! 『一色』には、それしかないのだぞ!」 時間は無い。今、敵の回復手を斬らねばこちらが負ける。雷音のブロック、そして後衛からの攻撃に、無色は疲弊していた。後は一色しか居ない。 一色の眼は見る。今まさに全ての救いを顕現せしめんとする小夜を。その前に立つ、舞姫を。 血に塗れて立つ舞姫の姿はまるで刀身そのもの。けれど、握る黒曜の切先は、迎えるように一色を差す。 「わたしは一色を斬る」 大きな瓦解音。櫻子の放つ聖光が、残る門弟をも吹き飛ばした音だった。 「貴方を縛り、そして貴方が縋る『一色』を斬る」 一色は構えた。突きでは無い。両手で握った柄を、上段に。 八相発破が秘奥なら、春夏秋冬は法定全てを内包する奥義。 数多の人を斬った。だから、――わたしもいつか斬られる。 それまで無感情だった一色の顔が歪む。 生命と引き換えの凄惨な斬撃は、 ――それが、剣に生きるということの、覚悟。 ● そこで『アーク』を斬り殺せなかった事が『一色』の終幕を告げた。 ● 達観していると言えば聞こえは良いが、結局は生きる事を諦めているだけだろうに。 櫻霞の言葉に、雷音も舞姫も首肯した。 生きろと。雷音は言った。呪縛から逃れて……。 生い先が短いのなら尚更。 舞姫もそう思う。常に己が死を覚悟するが故に。 「振られちまった」 エルヴィンは気持ちよく笑った。 彼の伸ばした手を、一色は、今は取ることが出来なかった。 二十三代目にして『一色』は終わったから。 小夜が癒し救った、一人の女の命と引き換えに。 しかし、彼女こそが『一色』だと言うのなら。 それは終わりなんかじゃ無いと小夜は思った。 ● 残る神刀は、あと四本。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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