● 憎むべきは人間だ。 我等末路わぬ民は、人間に封印されし一族。 射干玉よりも暗い暗い闇の中。其処に意思や形は存在せず。揺ら揺らと、廻る時の狭間を流れるるそれは、まるで水や風の様。 もう闇は要らぬのだ。日の光を、水を、温かみに幾度幾度飢えた事か。此の恨み、如何返せば晴らす事ができようか。 今こそ主を神として奉れ。 武器を持て、武具を纏え、力を解放しろ。 壊せ全て、壊して壊して壊せ。 人間の血を畑に撒け。 身体は四方八方へ引き裂いて、臓物は残さず食い散らかせ。 魂は贄として消え失せろ。 神のまにまに、舞って踊り、歌って歌え。 今宵の天狗風は荒れ荒ぶ。人の夜を終わらせ、明日の光は我等が手に。 勝てば官軍、負ければ賊軍。簡単な事。勝った方が此の日出國の正義である。 ● 「皆さま、お集まり頂きありがとうございます。それでは……賊軍を討ちましょう」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は青白い顔でそう言った。何時もながら七派には手を焼いているが、此処まで来ると怒ればいいのか、呆れればいいのか。 昨年末から大きく動いている日本国内主流七派の一角『裏野部』は形を変え、末路わぬ民と呼ばれたアザーバイドたちを封印から解放し、『賊軍』と成った。 彼等は四国を拠点として動き、本州から四国へ通ずる路という路を封鎖。空や海からはEエレメント『ヤクサイカヅチノカミ』の砲撃を食らうので近づく事もままならない。つまり、完全に賊軍は四国に立て籠もった形になった。 ヤクサイカヅチノカミが階位障壁というものを機能させている為、人間が作った兵器は四国には通らない。最早、E能力者の力で無ければ彼等に風穴を空ける事ができないのだ。 これから彼等は囲った死国という籠の中に置き去りにされた命を食らい尽くさんとしている。其の命達を食らえば食らう程、負の想念は裏野部一二三に力を与え、其の身を強化していく。 其の後は想定せずとも、日本を国盗りに来るのは見えている事だ。 だからこそ。 「此処で、四国で彼等を止めます。皆様、どうか力を貸してください。」 「今から賊軍の本体を攻撃します。此れ以上四国に賊軍をバラ撒かない為に、此処で戦力を叩きます」 此方の担当は、リベリスタの戦力を三つに分けて敵残存勢力を潰す事。 放っておけば街へ降り、命を食らいに行くであろう集団だ。最早、手加減や情けをする余地も無い。 一つは、天狗と両面宿儺が率いる妖霊夜行部隊。 一つは、崇徳院という大天狗が一体。 一つは、天狗とフィクサードの混ざった不死偽香我美が率いる部隊。 「上記の三つの何れかに行ってもらいたいのです。 天狗が率いている悪霊を倒していけば、崇徳院が弱体化します。 崇徳院が倒されれば、不死偽香我美が弱体化します。 不死偽香我美……本名、諏訪司(すわ・つかさ)が倒されれば、裏野部一二三に直接では無いけれど、打撃を与える事が可能です……が……」 しかし、順当に、真面目に、上から倒していく事は難しい。何処かを相手にしながら、何処かを相手にしなければならないからだ。それで無いと、此方が手薄である場所の敵戦力はリベリスタを無視して四国に散らばる可能性もある。だからこそ、敵の勢力を削れるだけ削るのだ。削って行けば、上が崩れるのは見えるから――。 「皆さんの危険は、承知です……が、皆さんは何時もこんな時でも負けたりしないって杏理知っています。欠ける事無く、皆さんをお出迎えできるように、杏理はお待ちしております」 ● 女性の身体とは美しい曲線の集合体である。 特に豊かで、程良く柔らかくて、そしてあざとく育った不死偽・香我美の身体は芸術と呼ぶに相応しいであろう。其の全身には、蜂比礼の刺青が広がりきっていた。 左胸、心臓の手前を中心に喉を伝い、腕を伝い、腹部を伝い、陰部を伝い、まるで蝶を捕まえた蜘蛛の巣の様に伝い。顔、腕、爪先、足先まで。真っ白であった肌は、決して消える事の無い鮮やかさに満ち満ちていた。 崇徳院。 怨嗟を集める巨漢の大天狗とリンクを繋ぎ、負の力を回収し続けている代償だ。 四六時中、呻き声や叫び声、声ならぬ声は香我美の心を削り取っていき。溜めこんだ怨嗟の分だけ香我美の身体は吐き気や熱やら、悲鳴を上げていた。今も気怠そうにベッドに横たわる彼女。シーツを掴み、枕を涙で濡らし、異常に高い体温に耐えるようにして汗が溢れる。 普通ならば既に精神が崩壊し、廃人と成り。自分が自分である事さえ判らなくなるであろうが、香我美はたった一人。たった一人が頬を撫でてくれるだけで生きられる、生きていられるのだ。 突如眠っていた瞳が、見開く程大きく開いた。 真っ白のシーツの上、人形の様に起き上った香我美。 「ひヒヒヒヒヒッふひふみさまあああああま…………ァ?」 刺青の怨嗟では無い、違う『騒ぎ』が遠くから聞こえる。嗚呼、今日は記念日である。 そんな大切な日に、自分は体調が悪いからと休む訳にもいかない。 ベッドから抜け出した彼女は下着を纏い、ガーターベルトにサイソックスを噛ませた。作業をしている左腕――そういえば、此の刺青が『余計なモノ』と呼ばれた時もあった。 人は汚いと言うのだろう、人は醜いと言うのだろう。どうも自分はヒトとは気が合わないらしい。 「一二三様……ぁっ、んあっ」 蜂比礼に送られてきた負の力が、戦えと命じて来た。更に骨が軋み脳が悲鳴を上げる身体――されど、今此の為に日々、痛みを感じなくなるように調教されたのだと理解できればこんな痛みもなんのその。 『痛み』という理性が、無くなった日の事。実の親からもらった名前と、人格を破壊され、再構築された『不死偽・香我美』という女。誰よりも裏野部一二三を愛していると認識し、誰よりも彼の近くに在ろうとする姿は一種の依存……というよりは中毒や呪いの其れに近い。 只、彼の傍に在るだけなら優れた能力者であらば馬鹿でも可能だ。 只、彼に殺される覚悟で愛を囁くのであらば喉さえあれば誰でも可能だ。 香我美が求めているのはそんな陳腐で直ぐに壊れるものでは無い。 だって、『只の人間』である己はどんなに頑張ってもどんなに媚びてもどんなに血を吐いてもどんなに肉を切り裂かれ骨を砕かれても、死んでしまえば彼の記憶から綺麗に忘れ去られる事を知っているから。 何時だって死ねなかった。 何時だって生きる残る事しか考えなかった。どれだけ他人を蹴落とそうが、どれだけ命を奪い取ろうが、卑怯、下劣、なんと言われようとも。 香我美は『私だけを見ていて』なんて弱い女のような事は言わない。 香我美は『私だけを愛して』なんて人間のような事は言わない。 ただ、言う事があるとすれば。 「一二三様の敵は、私の敵」 例え彼が振り向いてくれなくとも。記憶の中に存在し続けていられるのなら。 如何しても寂しさからは逃げられないよ。 何れにせよ、此の日本は堕ちる。いや、違う。 この私が、落とす。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月14日(金)23:05 |
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●--:00 時は満ちた。 天は暗転し漆黒の雲が陣を張る。 地は生贄の血に赤く染まりて死を撒いて。 けれども未だ、不完全。 闇が闇を呼び、悲しみが苦しみを呼び、其れは全て唯一神の為に。 ●対妖霊部隊:01 正に戦争とは此の事なのか。 何度もこういう事はあったと思えるリベリスタもいれば、決戦は初めてという者も居た。 だが敵の多さは、 「乱戦劣勢は傭兵家業の常ってなー」 ルヴィアは軽く笑いながら、壮観にも思えて来た敵の群を見回した。だが次の瞬間には走り出す。只見ていても、何も解決しない事を知っているから。 惚れた腫れたは人の勝手ではあるものの、軍を一つ動かす程のものは傍迷惑以外の何者でも無く。 突っ込んで来た土隠のナイフを寸前で避けたルヴィアは、ナイフを持った其の存在の胴へ膝を繰り出した。 狙いは此れでは無い。 「しつこくしがみついてる亡霊共には、今度こそ地獄までご退場願おうか!」 得物に込めた弾丸を乱れ撃つ。悪霊を、優先的に壊せば他所が楽に成る。だから、その為に―― 「えぇい、クソっ!! 多すぎんだよ!! さっさと散れ!!」 「ま、まあまあ。――さぁ、参りましょうか」 杏子はルヴィアの近くに。其の存在の近くに居る仲間を支援する為に此処に立つ。状況は乱戦。早くも身体に切り傷を入れ、其れでも揺るがず戦う仲間は多い。 両手で紡いだのは、回復の陣。どうか、これで仲間が倒れる事が無きように。 両手を絡めて、祈り手を。 祈り手にキスを施し祝福を。 舞い上がった天使の白い羽たちは仲間の傷を癒しながら飛んでいく。 「お身体大事に……私が支えます」 其の強い意志にルヴィアは応えて、敵を刻む。 「本当だわ、ったく、めんどくせぇ」 瀬恋がルヴィアの言葉に顔を縦に振った。 表情では、イマイチやる気が出せないと語りながら其の拳は穿つ対象を探して、迷う。 今しがたルヴィアを狙った土隠を殴り飛ばし、得物で構え、足に力を入れる。右へ左へとうねる様に移動しては、目についた敵という敵を切り裂き瀬恋の身体は赤く染まっていく。 「そういや、マリア何処いったんだあいつ」 『マリアねー、本陣行って来るわよ! チェケラッ』 「怪我すんぞ」 突然AFの通信に割り込んで来たマリアの声が楽し気に、少し震えた声で言っていた。 『心配していいわよ』 「しねーよ」 『(´・ω・`)』 しかし瀬恋の横から、土隠の刃が顔を目掛けて飛んできた。電話中邪魔すんじゃねえとカウンターで殴り飛ばしたそれを、愛美が火の燃ゆる矢で吹き飛ばせば燃え尽きて灰に成り。 「なによ……これ」 其れは何かに絶望した声というよりは、 「七派の首領って、その気になればこんな大掛かりなこと起こせるの?此処まで自分勝手に好きなことが出来るの?なによそれ……妬ましいわね」 魔弓を齧り、恨めしそうに顔が俯き、目線が上に成る愛美。 許せないのか嫉妬なのか馬鹿げたこんな行動に対する呆れなのか、最早自身では判らないと言った感じの表情を漏らしながら。 壱日で日本の未来に不穏を齎せる力の存在に妬ましさを募らせて、弓の弦を弾いた。 「裏野部一二三のくだらない野望の為に殺された沢山の人達。彼らの無念をボクはこの刃に込める。絶対一二三の企みを阻止してみせる!」 強い決心を、小さな身体の中で孕んで。アンジェリカは武器を持って立ち上がった。 敵と敵の間を掻い潜り、飛んできた刃を避け、飛んできた矢を素手で止め。アンジェリカはここぞと片手を天高く上げた。 今日の闇夜は月は見えない。ヤクサイカヅチというものに天は覆われ、月が無い。無いなら作ってしまえばいいか。 「自分達の野望の為に大勢の人達を殺した事、絶対に許さないよ!」 燃えるような瞳に、燃えるような赤い鮮血の月を生み出した。その光に当てられれば、土隠の瞳も月に魅入られ赤く染め、体は爆ぜて。 アンジェリカの怒りが高まれば高まる程、其の月は赤色の度合いが増していくのだ。 「力によって道を作り出そうというその心意気、覇道と呼ぶに相応しい。されど、孟子曰く。覇道より優れたるは王道なり!」 漆黒を纏い、闇を撒き散らすカイン。彼の中で此の戦場の意義は簡単で、勝ったものが官軍。負ければ賊軍である。 それは敵も一番認識しているであろう、言葉で解決させるには相手が悪すぎる。ならば武力しかない。 土隠の心臓を抉り、両面宿儺の手を千切った。カインの前進、特に彼が戦場の敵の位置を見極めるには長けていた。黒羽が舞う事に、敵の断末魔が増えていく。 だが逆にカインが宿儺の刃に切られれば、カバーに入ったのは楽。 「いやいや、これはまた本日は変わったお客様が多いですね」 折角のタキシード姿も、此の戦場では掠れてしまうか。いやいや、タキシード姿とは彼にとっての戦闘服だ。 腕の見せ所、支援という名のオンステージは今始まる。仲間に翼を与えた直後、傷を癒す為に詠唱を行う。されど前方より、楽を狙った宿儺の矢がひとつ。其れをすれすれの所で回避してみれば、シルクハットが地面へと落ちた。 拾い上げ、再び頭に置いた時。パチンと鳴らした指を合図に回復の風が周囲を舞う。誰一人として落ちる事無きよう、そう願いを込めて彼は舞台から降りない、降りられない。 枇は戦場の中心に立っていた。 未熟だと。自分を吟味してもお世辞に見てもそう思えた。 されども、人々が虐殺される事だけは如何したって見て見ぬフリはできなくて。少しの勇気に身を任せ、重火器を其の手に握った。 数の未だ多い戦場。単体ずつ潰してしまっていたらキリが無いと言えよう。枇は少し上を見あげて、待っている悪霊に焦点を合わせる。 「あれを……潰せば……!!」 比較的悪霊は弱い。倒せば他の戦場の誰かの為に役に立つ。そう、その為に枇は弾丸を撃って撃って撃ちまくる。止まる暇無く、只、名も知らない誰かが殺されない為に。 「彼らだけにかまけている暇はありませんし、早々に片付けましょうか」 ロマネは言った。神は嫌いだと、神を気取る輩はもっと嫌いだと。 細く、小さな指が天へと向いた。別に天に矢を射るつもりも無いのだが、撃ちこんだ気糸は真っ直ぐ天へと向かっていく。 上空を優雅に舞う悪霊はなんといっても目障りであった。悪霊は元々人だったのか、自縛霊であるのなら元の身体は埋葬されたのかと一瞬思いつつ。一体一体丁寧に潰していった。 只……本業が盛況なのは、喜ぶべきか悲しむべきか。どっちにしろ彼女の表情は揺るがないのだろうが……。 「生きるべき人を生かすのも、わたくしめの務めです」 諭の飛ばした烏は、闇夜に紛れて空を自由に。見える光景を其の儘言葉にすれば、未だ敵の方が多いというところか。 だがしかし、悪霊は地道にも倒されている。其れは崇徳院の弱体化は着実に行われているのと同義な為に上々か。 「でも割と此処の戦場は優勢ですね。此れも数の力というのかいやはや」 そう薄く口で笑いながら、だが次の瞬間。諭の前方遠くが爆発的に、そして周囲の温度が急激に上昇していく。 召喚された、朱雀だ。そして彼の其れを操るのも巧で。 「まったく熟成させるならワインにすればいいものを。恨み辛みなんて幾ら熟成されても、何の価値も無いですね」 無意味に投資するのは諭にはよく判らない事であった。 「ああ、無価値を証明する反面教師には相応ですか」 そう、人差し指を敵に向け。指で燃やし尽くせと命を下せば、断末魔と焦げた臭いを発生させながら敵の命を摘んでいく。何より、其の威力は恐ろしいものを秘めていた。 諭の炎が盛る中、ティオの雷撃が空中を駆け巡った。 「弱肉強食を勝ち抜き、地球上で十分に繁栄した人間をさらに選別するような真似をして何の意味があるのかしら?」 ティオはそう言いながら、呆れ具合に溜息を吐いて見せた。フィクサードに、特に賊軍に何を言っても無駄であろうが、言わなければ収まらない心中。 彼女の性格上、十種神宝もそうなのだがアザーバイドの存在や性質も気になる所。されども、末路わぬ民についてだけはどうしても興味が出ない。 だから、さ。 「早く全て駆除してしまいましょう」 可愛い顔して酷い事言うぜ。其処に痺れる憧れる。 紡いだ魔法陣がティオ周囲に形勢され一気に展開される。再び放つ、雷撃はヤクサイカヅチの其れを凌駕しかねない程に強力に、無慈悲に暴れ廻るのだ。 悪霊の存在は、思った以上に的確に早急に倒されていった。恐らく崇徳の方もなんらかの影響を受けているはずである。 時間が過ぎれば、過ぎる程。かなり有利である此処の戦場は楽なものになっていく。 だがしかし、静夜にとってみれば時間のかけ過ぎは精神力の枯渇を意味してしまうものにも成っていた。 箱舟であるからこそ、現時点の様な脅かされている事態の時に動くべきなのだと信じ。見て見ぬふりさえできなかった正義感が、戦えと耳の奥で木霊していた。 「やれやれ、面倒臭いわね」 藍那は土隠の一人の心臓を抉り出しながら、重い溜息を吐いた。 手を抜いて、着いた血を払えば。血の持ち主が息絶え、地面に崩れた音ひとつ。 「まあ、いいわ」 己こそ、藍那自身こそ、末路わぬ民の末裔の一人。似た賊が敵である事に、心中違和感を覚えているか判らないが、彼女の赤い瞳は迷わず敵の心臓を止める為に動く。 其の時両面宿儺の刃が藍那へと向かった。だが顔面すれすれの所でぴたりと止まり、突如荒波に揉まれて消えて行った。 「やれやれ。如何しようも無い馬鹿は何時でも元気だな」 ユーヌが長い髪を風に靡かせながら、そう言った。目の前、札を指の合間に挟み玄武を長細い字で書かれたそれが、役目を果たしたと塵になって消えていく。 「鬱々と汚らしいな。生憎と流行でないな、その姿。清めて出直せ」 一歩、一歩進む事。 阿吽に、迦楼羅が待ち受ける其の場所。ユーヌは仲間を引き連れて、此の戦場最大の敵へと相対したのであった。 ●対賊軍本戦力:01 他の戦場に比べて、此処の戦場は少しレベルが上がる。敵の質もそうなのだが、敵の量も物を言うか。 「ま、全部射抜くけどね」 彩歌の両手から紡がれる気糸は幾重にも。敵の前衛の間から見える後衛までも飲み込んでいく。 自分の身体でさえ崩壊に導く刺青の存在は箱舟にとって脅威だ。だがどれだけ此の戦場の主が狂気に飲み込まれようと、其の感情はけして負の力には成りえないのに。 突っ込んで来た賊の前衛に対して攻撃を放つべく彩歌は次の一手を考える。 だが、なかなかどうして。此方の賊への攻撃手がいまいち足りていない。サポートの人数が多いからこそ、此処まで耐えきれているのだが。例えば敵の後衛に存在する回復手はイージスに守られているのだが、其れを除ける術が無い。 味方の前衛陣はほぼ、不死偽香我美への対応に手を裂いてしまっていた。 今はまだ崇徳院の命がこと切れている訳でも無い為か、更に耐久型である彼女を強化されたまま叩くのは至難の業だ。 特に、上空の天狗たちの行う全体攻撃には手を焼いていた。ゲルトのラグナロクがリベリスタを守り、全体攻撃に巻き込めば巻き込む程其の反射はものを言うのだが、敵方にも例えば特に守られているホリメや、デュランダルやサジタリーにブレイクが無いことはない。 遥か天空に翼を広げ、たった一人マリアは天狗共に喧嘩を売った。突き抜ける堕天落としが彼等の動きを止めたとしても、僅かなターンのみだ。一瞬でも速度で敵が勝ってしまえば、マリアの全身は矢に射抜かれて墜落していく。 「無茶するなと、言ったろう!!」 晃の両腕が地面の手前でマリアの身体を受け止めた。小さな身体に無数に刺さった矢を抜きながら、晃は再びラグナロクを戦場に廻した。 何度ブレイクさようとも、此れが在る事により天狗の手が止まるのであらば。例え精神が尽きようとも廻し続けるのが己の役。 何より、七派の顔色を窺いながら動くのはもう飽きたというもの。守って、廻して、勝つのだ此の戦争に。 「此処で全てを清算してやる!」 晃は降り注いだ敵サジタリーの弾丸を其の右腕一つで振り払った。 「女王蜂の元へは行かせられんのよな」 猟牙のナイフがギラリとチラつく。 「大丈夫だ安心しろ。俺はアレよりお前が目当てだ」 鷲祐を前に、双子である修一と修二がサポートを行う。 修一は裏野部一二三のもとへ向かった仲間の成功を信じ、己は此の場でこれからの被害を食い止める為。 同じく修二は修一と似てはいるが、フォーチュナが予見した未来を起こさないが為。二人は息を合わせて事に当たる。 其の支援二人へ猟牙を行かせる訳にはいかなかった。立ち塞がったゲルトが壁の様に大きく、見上げた猟牙は彼の胸に刃を飲み込ませた。 「っ!?」 「長い付き合いになったが、それも今日までだ」 裏野部諸君。今日で終わりにしてやろう。否、賊軍であったか。 反射した、ラグナロクの恩恵が猟牙へと返った。顔を歪めた猟牙が、勢いに身を任せて元の姿でもある巨大な老蜘蛛へと変化。 「此処まででかくなれば、当たりますかね。修二?」 「さあ……だが、やってみて損はないんじゃないか」 互いの機械には成っていないほうの手で、パンとハイタッチした修一と修二は真反対の方向へと走った。ほぼ同じ行動でほぼ同じタイミングで二人は糸を繋ぐ。 二人分の気糸を合わせれば、それはそれは巨大な蜘蛛取り網。つまりトラップネストだ。 八本の足を、頭を、胴を全て網で絡め取った二人。だが如何せん敵の力の抵抗も強い。今もなお、ぶちぶちと網は切れていくのだ。 「「早く!」」 二人は叫んだ。 「……とっとと済ますか」 そう鷲祐は、啖呵を切ったのであれば。否、速さを武器にしてる己にしてみれば此の戦場の誰よりも早く目の前の敵を倒す事が目標であろう。 「悪いが――遅すぎるッ!」 糸を掻い潜った猟牙の足爪の突きが、鷲祐の残像には当たったのだが、当の本人は猟牙の後ろに。 「当たらないのなら、意味は無いよ、若僧。さっきもそうだったじゃないか」 だがしかし、相応に回避が高い猟牙は彼の攻撃に直撃されないのもまた事実―――の、はずだったのだが。 ――この力は、誰かの意思を紡ぐだけ。 集中を重ね、放つのは二度目の竜鱗細工。敵がでかければでかい程、当てる的も大きくなって非常に良い。 己の力に速度を混ぜて、地を蹴り、空中へ舞った鷲祐の身体其の物が弾丸だ。猟牙の直上。あまりの瞬発力に空中を蹴る事を許された彼自信が、猟牙の蜘蛛の身体を真っ二つにへし折った。 ゲルトは、刃を持ち上げた。 「悪いがお前達の夢はここで打ち砕く」 「貴様等に……我等の、苦しみが判るものか……」 土隠。遠き世より封印され暗き世界を彷徨った一族。 されど、ゲルトこそ人の世を守るために戦っている。それがハルトマンの戦いぞ、と。 光輝く刃は引導だ。永きを行き過ぎた猟牙の、蜘蛛らしく目玉の多い顔面を叩き割ったのであった。 前回の読み違いの事は確かに残念ではあったものの、此れ以上情報が無いという事が判っただけでも成果ではあろう。 寿々貴はドクトリン二種の直後には回復と精神力の補強に力を廻す。 「キミはかわいそうなひとだ」 寿々貴の目に移る彼女は人形其の物であった。此の状態が幸せなのだろうかと考えれば、そうじゃないだろうと言えてしまう。 そうなるまで生き延びられてしまった事は悲劇とも言おう。中身が壊れても外身だけで動いてるのは愛故か。 遠くで寿々貴の目に見える香我美。覇界らしくトリックに動き廻る彼女の姿は裏野部らしく殺しが楽しそうには見えなくて。 只管純粋である事がおぞましい。福松は内心、純粋すぎる子供が蟻を潰す光景を思い出していた。純粋さの狂気とは只只酷たらしい。 しかし福松に其れを哀れむ暇など無く。武蔵トモエであったか、召喚を行い彼の周囲に漂う剣が一斉に前方へと吹き飛んだ。 「神代の大蛇の如く、喰らい尽くせ!」 其の剣を追うが如く。福松は前へと前へと。 「餓鬼が……ッ、一二三様とおんなじ……!!」 香我美の戯言も聞き流し、両手の刃は彼女と彼女の部下を一緒に切り裂いていく。だが伸びて来た腕、香我美の腕が福松の顔を捕えて引き寄せ、彼女は彼の首へと深く深く噛みついた。 唇であったら舌を噛み千切って抵抗するつもりであったが、幾ら首でも安くは無い。魅了へ堕ちていく、こんな女に感じてしまうのは悔しいものだがリサリサの回復が彼を呪いから解放する。 「させませんよ!!」 高らかに、そして絶対者が言う。私には私のできる事をとリサリサは神でも仏でも祈る勢いで回復を廻した。 如何せん、上空からの攻撃が一番厄介である。回復手は多かったのも良かったのだが、じわりじわりと回復では治しきれない傷が増えていく。 それでも、手を止める事は許されない。 「ワタシの力は護る力。とくとご覧にいれましょう……」 母の想いを忘れてはならない。母もこんな時は皆を奮い立たせて回復を廻しただろう。リサリサの気持ちは仲間たちに伝わっていた。 だが、だが。数少ない前衛の間を抜けてきてしまった賊軍の、大きな刃が彼女を飲み込もうとしていた。 ●対崇徳院:01 薄汚れた着物に、巨大な黒い翼。生きながらにしてアザーバイドへと化したと言われているのはか知らねど、人の姿を忘れている祖の―― 「崇徳院……」 薫は彼を目の前に、呟いた。 怨霊鎮魂の為に改められた院号で呼ばれるとは何とも皮肉な。彼が封印される前に起きた出来事はそれ程許せなかったのだろう。 一つ。拳が振り落されれば、大地が震えて地面が割れた。此の世に存在するべきでは無いと、薫が察するのも時間はかからない。 「ならば、やはり貴方は討たねばならない方だ」 過去に一度、栄華を生きた身であるにも関わらず。呪いを撒き散らす存在に堕ちた彼を誰が認めよう。 「行きます」 薫の声に、否、薫の指揮に。総勢二十二人のリベリスタ全員が、首を縦に振った。 今はまだ始まったばかり。 違う場所の戦況が、手に取るように解るのがこの場所だ。 崇徳が弱体化していないなら、まだ彼方は怨霊を倒している最中なのだろうし、崇徳が健在なら香我美も元気であろう。 秋火が真っ先に走り出した。 己自身は特に強者と戦えて滾る程でも無い為、いざという場所は譲ろうとは思っていた。 だからこそ、早く、少しでも早く。悪霊を一掃して崇徳の力を弱めるのが役目と踏んでいた。 身体中のギアを底上げし、彼女の刃が幻影を生み出す。半透明の其れ達が一斉にぶつかれるだけの悪霊たちを払っていくのだ。 「次……次!!」 一体、二体を潰して壊して切り裂いて――秋火は闇夜を美しく舞う。 「そっちいったぞ!!」 零れた、秋火が倒し損ねた悪霊が後衛へと飛んだ。 「平気平気、任せて頂戴」 だが直ぐに矢が悪霊を貫通して、消え去っていく。 アルメリアの矢であった。 「まったく、ロンドンでの戦いが終わったかと思ったら今度は四国? もうちょっとくらい休ませて欲しいものよね」 此処には可愛い子もいないので、やる事が終われば直ぐにでも帰りたいもの。勿論、全員でだ。 アルメリアは気で矢を構成、弓に噛ませて放つ。放った其の一本が空中で分裂して悪霊を追って追って追っては貫通させていく。 再び弓に矢を乗せ、二度目のハニーコムを放つ中。後ろからの打撃にアルメリアは苦い顔をする。カウンターで矢を放ち、悪霊こそ消したものの。 しかしだ、直ぐにカバーは入った。 「シャチョーさんと愉快な仲間が居ないと面倒ですね……肉壁がいない的意味で」 キンバレイは顔を斜めに不満そうな顔をしていた。其の指でだるそうにも陣を描き、呼び出す上位の神に回復を頼み。 「回復特化と言えば聞こえが良いのですけどねぇ……そのほか全部無視してるのは強い敵と戦う時は問題ですよねっと。かいふくーかいふくー」 唸る第六感と、五感を信じて。なるべく敵の攻撃に被弾しないようにキンバレイは立ち位置を気を付けていた。少しでも敵が此方を向けば、豊満にも豊に育った其の胸を上下に揺らして避けるのだ。 刹那、地に響く轟音。 リベリスタの前衛の間に振り落された拳が大事を割った。其の衝撃は生半可なものでは無く。 ゾクリと背筋を駆け抜けたのは悪寒か、それとも身の危険か。 エイプリルは双鉄扇を構えた。自信の力が此の強大な敵に通じるのか判らない。されどやるしかない。 周囲には彼女を守る子鬼が警戒していた。地面を蹴りあげ、宙に舞う。崇徳の後頭部へ一閃――髪の毛と、羽とを断ち切って。攻撃は通じると判れば、少しだけ安堵したようにエイプリルの口元が緩んだ。 なんせ此の戦場には指揮が効いている。薫のものもそうだが、 「悪霊がいっぱいでも、大丈夫ですね。皆と、何よりシュスカさんがいますから」 壱和の指揮も強力だ。 近くにシュスタイナを置き、彼女を守り抜くのだと心の中で決心して。 「数の暴力って言葉はあるけど、それが何? 多数を相手取るのは得意よ。思い知らせてあげるわ」 シュスタイナは漆黒の夜の闇にも似た翼を広げた。風を起こし、翼を舞わせて、直線で射られた羽が悪霊の口に飲み込まれては爆ぜさせて。 同じく、壱和は札を投げる。其れは召喚できるのは氷の氷柱だ。数多き悪霊を落すには数を殺せる攻撃が好手段だ。 震えは止まった、もう札を掴む手が震える事は無い。今は、溢れるばかりの勇気が彼の背中を押しているのだから。 「ふふ。こんな時状況なのに、不安はないわ。壱和さんのおかげね」 「背中が暖かくて、頼もしいです。香我美さんが求めたのは、こんな暖かさでしょうか」 「……香我美って人の気持ちは、分からなくもないけどね」 二人は背中を合わせ、お互いの死角を信頼で埋めた。背中から伝わる温もりが、勇気を運び与えて――其れが、香我美が夢見た事なのかは、分からない。 崇徳の咆哮に鼓膜が破れそうだと耳を抑えた義衛郎。 彼は崇徳の後ろへ回り込み、其処で時を刻んで氷をばら撒く。崇徳の片足を動けなくすれば、してやったりと笑みを零して安安と腱を切り飛ばした。 だがやはり崇徳なるもの、呪いからの回復も早い。義衛郎は前進せんとする彼の足に刃を刺し込んででも止めようと試みた。 「おい。オレが相手ですよ。間違えてないで下さい」 なに、少しくらい痛い目見たとしても。 崇徳が後衛に行かないのであれば己が役割を果たしていると、義衛郎は飛んできた拳を抑えながら思った。 前方では義弘が崇徳の前進を止めていた。 「侠気の盾を名乗る働きはさせてもらうさ。最後まで、諦めるなよ!」 其の義弘の言葉は何より、仲間へ向けられたもの。指揮を上げ、活気を取り戻さんと彼は盾として戦った。 他のリベリスタより、防御に優れた者の戦闘は確かに地味だ。前衛で得物を震わせ命を狙う戦士の戦いに比べれば、比較にもなるまい。 だが、いなくてはならない義弘の様な盾はとても強い。護る事こそが己の役割を信じ、例え崇徳の攻撃に身が引き裂かれようとも義弘は苦い顔ひとつ見せないのだ。 全力で挑むと決意した義弘だからこその。 「だから、悪霊を早く倒して――そして崇徳を!!」 義弘の叫びは確かに届いている。 「判ってるよ。これ以上の虐殺、止めるよ」 理央は冷静に戦況を見極める。未だ悪霊は多いか。他の戦場の悪霊も倒しきられていないのだろう。 撒いて撒いて巻いた理央の影人達、十人は超えたか。其々が其々、崇徳の行動を警戒しつつも悪霊を倒す為に走っていく。 いくら体力が少ない影人であろうとも、悪霊の攻撃一発で倒れる程ヤワでは無い。むしろ彼女が生成したからこそ、能力の高いリベリスタの数が増えたと見ても良いのだろう。 時間と共に増やせば影人が増え、相成って悪霊が壊れる数が比例して増えていく。此れが影人の使い方か。 「こっちの悪霊はあと二十秒あれば倒せるはずだよ。そっちは?」 理央は比較的数の多い戦場へ居る子達へのAF回線を繋いだ。 ●対妖霊部隊:02 迦楼羅の炎が、彼の口から放たれた。狙いは、兎も角巻き込めるだけ巻き込むという心算であろう。 其れを右手で払いながら、慧架は後ろに居るユーヌへと危ないですよと目線を送るのだが、問題無いと揺らがない瞳が語っていた。 「仕方ないですね」 撃ちこむのは、零式羅刹。間合いを、迦楼羅へと一気に攻め込んだ慧架は懇親の力で迦楼羅の頬を穿つ。だがお返しにと刃が彼女の胴を射抜――こうとして、弾かれる。 「うっし! ちょうサポートチームけっせい! ちょーぜつがんばるっ!」 ミミルノが大声で言う。 「が、がんばりますですっ!」 ミミミルノが其れに答えて、首を何回も縦に振っていた。そして―― ザキオカが? 四国に? 来るぅ~~~~~!! 来ちゃった。 時生、もといザキオカは拳にした右手を振り上げ、ゆっくり下ろしながらお約束をしていた。其の間に迦楼羅の炎が吐き出されては、何故は熱い背景っぽくなったので、迦楼羅、何故だから少しやる気が削がれた。 なんと言っても、此のユメミルチカラ部隊。物理無効を付与して回るという大それたとんでも無い事をしてくれたので、時間をかければかける程にリベリスタは物理無効者多発で末路わぬ民達が涙目になっていく。 「あう、なんで私、このチームに……」 と、最初は気弱におどおどしていたカシスであったが、迦楼羅の礫が発動する瞬間を見てしまえば脳内で響く「カチッ」の音。 「ってぇ!どうせやることは一緒でしょ!上等!」 ひらりと、落とされた岩の塊を避ければ中指を突き立てて迦楼羅に。カウンターひとつ、腕を左から右へと流してみれば、爆風と共に炎が撒きあがり迦楼羅を巻き込んで周囲の土隠も巻き込んで――赤色に淡く顔が火照るカシルはニィと笑った。 「ヒューッ! いいねいいね、イケメンとカワイコちゃんによる支援最高だね! 攻撃しちゃってるけどいいのかな?」 「問題ねーよッ!!」 「だよね~」 ザキオカがエアボクシングをしながら、ハイテレパスを飛ばす。彼の戦闘指揮は非常に強力であった。 「ミミルノちゃんは引き続き物理無効付与ね。ミミミルノちゃんはマギウスつけて物理も神秘も効かないから其の儘回復に徹してね。あれどっちがミミルノちゃんでどっちがミミミルノちゃん?」 「み、ミミミルノにはしんぴもぶつりもききませんですっ!」 「ミミミルノっ! ミミルノがぶつりむこーつけたげるのだっ! これでミミミルノはぶつりもしんぴもむこう!!」 カチ、という音がした。 「あ、あの、どっちがどっち喋ってるのか分からなくなってきました」 其処へ両面宿儺が飛び込んでくる。やはり支援を行う彼等はなんと言っても脅威なのだが、ザキオカが其れを気づかなかった訳も無く。 「出番だよカシスちゃーん」 カチ。 「オルァ!! 邪魔だっつってんだよ!!」 どごお、と一撃が両面宿儺の腹部をぶち壊していった。 「怨みつらみも……生への執着?」 そう。此の戦争、何方かが負ければその方が潰えるという事を秘めている。 生きる事の意味を探して、日々を生きるシエルにとっては生きる場所と権利を求めて戦う彼等は珍しく映るのだろうか。 「目に焼きつけておきたいって思う……よ」 表情が全く動かない。否、動けないのか。 シエルの瞳は忙しく動いた。敵を殲滅する為何処に焔を発生させれば良いのかを考えていた。 見つけた、只一つ。敵が今一番集中して集まっている場所。脳内、それともメタルフレームという種族になったからか、全身に電撃のようなものが迸る。 「型式:湖上の白炎……composition」 利き手を前に、電子回路のような魔法陣を発生させながら。爆発がひとつ、発生したのであった。 「わーぉ! あんなに多かった敵も、最早少なくなってきたねー!」 壮観だと、右手の平を顔の近くにつけて。クィスは元気よくそう言った。 手元では淡く光る魔法陣を描きつつ、されど後ろから衝撃ひとつ。土隠の一体が、刃を彼女の腹部に飲み込ませていたのだった。 ぐら、と視界が歪む。されども抜かれた刃の感触と共に、クィスは土隠を蹴り飛ばし、陣を解放した。 みるみる内に治っていく腹部に土隠は苦い顔をする。 身を削っても、それでも回復し続けて。クィスは負けないよと余裕の笑みで土隠に言った。 されど、其の土隠れの背後。太亮が鉄扇を振り上げていた。 上から下に落せば、呪いを纏った彼の攻撃に骨が砕ける音を発生させながら潰していく。悪霊を狙っていた彼であるが、悪霊そのものがいなくなってしまっては他を攻撃する他なく。 「仕方ねぇよな、生き方変えろなんざ強制できねぇし」 末路わぬ民が、相容れない存在というのは大元の天狗を視ればよくわかる事。其の事を十分に解っていた太亮は容赦も慈悲も無く彼等を壊していくのだ。 「泥濘のような闇になんか帰してやらねぇよ。ここで終わりにしてやる」 解放せし漆黒が、彼の足下から多種類の武器を発生させた。其れを柄を掴み、投げて投げて投げて投げて、突き刺さっていくのは土隠や両面宿儺。 其の攻撃は迦楼羅や阿吽にも直撃した。 カルラの狙いは迦楼羅だ。全くシャレにもならない事だが、カルラは一心で迦楼羅を追った。 今し方、太亮が攻撃して、迦楼羅に刺さっている影の剣を押すように。カルラは剣の柄の部分を射撃し、剣を奥へ奥へと進ませる。 ぶちぶち、と。身体の中で内臓や血管が切れる感触に迦楼羅は顔を歪めた。 「き、さ、マァァァ……」 「そういや名乗ってなかったな? 俺はカルラだ。……強い側、勝った側が正なら。お前は負け犬のパチモンだな? 鳥野郎」 「ニンゲン風情が、我等が、負けるとも?」 「ああ、そっちの負けだ。俺等が来ている時点でお前等は終っている」 剣を押し込むだけでは済まない。カルラは吐き出された炎を避け、髪の先を少し焦がしながらも構えた。 其の炎。 「辜月おにいさん危ないのだ! 伏せるのだ!」 チコーリアが、辜月の頭に飛びつきながらそう言った。だが前方ではソウルが其の身に焔を被り彼には通さない。 「ソウルさんがいたのだ! 心強いのだ」 「ああ、いるぜ。だがお前燃えてるぞ」 「熱いのだー!!」 すぐさま辜月が詠唱を行った。 怨むな憎むな、なんて言えませんが。ただ恨みを晴らすために誰かが傷つけるのはダメです。其の一言がいえて、敵が理解できるのならば苦労はしなかったと内心思いながら。此れ以上、悲しい思いをする人が増えないように――。 辜月が放った息吹は仲間全員を巻き込んだ。周囲に居る、全てのリベリスタを巻き込んで。 「倒せます、今なら」 「きっちり片ァつけてきな。ケツは俺が持ってやるぜ」 辜月は前方で守り続けてくれていたソウルに感謝をしながら、少しの憧れを其の身に抱きながら。 ソウルは男らしくも屈強な身体で、土隠の一人が刃を振り落し、其れを素手で受け止めてカウンターに殴りかえしつつ、仲間へ攻撃を促した。 「ほらいけ」 ソウルはチコーリアの背中も押す。 「わかったのだ! 覚悟するのだ」 放つ、小さな身体は陣を描く。催すのは雷だ――天に黒い雲を従えて、打ち落とした雷鳴が敵を射抜く そして、チコーリアの雷とは違う轟音ひとつ。 カルラの弾丸。其れが迦楼羅の腕を射抜き。防具さえ関係無いものと思わせる様に。血飛沫に迦楼羅は顔を歪めた。 「ち……ニンゲイ風情がどうもしぶとい」 「やや、迦楼羅や。死にそうでございますか?」 「ややや、迦楼羅や。此方側が危機で御座いますが」 「――解っている!!」 阿吽と迦楼羅のやり取りに、迦楼羅の方がイラついていたのは良く分かる。 だが其の迦楼羅の頭部を狙っていたケイティーが遂に行動を起こした。 「さっさと落ちやがれ鳥頭野郎っす。名前面倒くせえっす」 くそくらえうらのべ、くそくらえぞくぐん。そう頭の中で何回もリピートしていたケイティー。手元の得物を構え、片目で狙いを定め。 恐らくケイティーが彼等に見つかってしまったら潰されるのも容易かったかもしれない。だが物理無効付与などの後方支援や、乱戦が在る限り、ケイティーは気づかれなかった。 ずっと、ずっと、迦楼羅の頭を狙っていた事を。 「阿吽よ、我は岩を落す。貴様等は―――」 轟音が響いた。 撃ちだした、ケイティーの弾丸が迦楼羅の頭を射とめて、白目剥いた大天狗が地上に落下して頭から落ちたようで、真っ赤に地面を彩った。 「やや、阿よ。迦楼羅が」 「ややや、吽よ。迦楼羅が」 「お前の、相手は――私だ!!」 フランシスカであった。何時ぞのお返しだと、紫の瞳に闘志を込めて。呪いを纏いし其の剣で阿吽の懐を着いたのであった。 「やっほー、両面宿儺。斬り飛ばしてやった腕は戻った? 金比羅での戦いに続いて二戦目だ。今度は腕だけと言わず五体ばらばらに刻んであげるよ」 「元気よの」 「元気やの」 未だ無くなった腕は無いままで。だが彼女だけが阿吽を狙いに来たわけでは無い。 弓矢が引かれた、その先に、矢が吹き飛んだ先。胸にとすっと矢が入ると思えば、物理無効付与されていた杏樹には届かない。 「さすが大先輩ってところかな……まあ、無駄だったようなのが残念だが」 杏樹は魔銃を構えた。其の武器に全霊を込めて。 先程の矢だが、確実に心臓を狙ってきた。殺意があった。物理無効が無ければ、きっと――否、確実にフェイトがものを言っていただろう。 其の的確さ、其の殺意。見習うべき点は多かった。だが、これで、これで! 「もう一度眠らせてやる。覚悟しろ!」 轟音ひとつ。杏樹は解き放った其の弾丸を全力で放ったつもりだ。届いてくれ、一瞬でそう願った思い。 阿吽の片側の頭が白目をむいた。脳天から噴き出る血。もう片方の阿吽が何が起きたのか判らない程に一瞬の出来事で――だが、阿吽の身体はまだ動く。 剣だ。其れがフランシスカへ向かった。怒りを込めた其の一撃なのだろう、彼女は以前戦った時より重い剣に歯を噛みしめる。 だが、それがなんだっていうんだ。 フランシスカには賊なんてどうでもよかった。くだらない、くだらない存在。香我美も一二三も賊も七派も。 だが、目前の敵を――超えるが、為に!! 懇親の力で阿吽の刃を押し返した。揺らいだその一瞬。まさに、隙。 「両面宿儺・阿吽……これで終わりだ! 賊軍と共に闇に沈め!」 羽を広げ、飛び上がったフランシスカは空中で縦に回転。其の勢いに乗せて、阿吽の防がんと構えた刃ごと叩き切ったのであった。 ●対賊軍本戦力:02 リベリスタが優勢かといえば、そうでは無くなってきていた。 香我美が力を落すまでは一番時間がかかる場所だ。継戦力はあったのだが、敵の後衛を野放しにしてしまった、否、敵賊軍フィクサードを攻撃する手はリベリスタの中にもあったが、護られていた、庇われていた支援職にまで手を出せる程の手が無く。ブレイクを行われれば、上空からの天狗が容赦なく攻撃を降らせてくる。 リベリスタは傷つき、ぼろぼろの状態であった。回復は厚かった、だが自由に動けるフィクサードも考えない程馬鹿では無い。 帶齒屆は飛び込んだ。賊の前衛が味方の後衛を脅かしに行った其の間を抜けて。最早戦場は前衛も後衛も関係が無くなってきている。 「はじめまして、我が嫁香我美。その化粧も板についてきましたゾー」 「……はじめまして、死ぬといいですわ!!」 出会い頭、香我美の足が地面を蹴り上げれば帶齒屆の足下より衝撃はと砂塵の弾丸がこみ上げて来た。其の勢いに流されるまでも無く、とん、と帶齒屆の背中に手が置かれた。 「おばけちゃん、行っておいでよ」 深鴇の手から超回復の光が溢れた。元の、最初の体力まで戻された帶齒屆は右手に魔力を存分に込めて香我美へと振り上げる。 「この……黄泉ヶ辻風情が!! 余計な事をするんじゃないですわ!!」 「うわぁ恐い。僕、今箱舟の超味方なのに。ま、裏野部って好きじゃあないんだよね」 ゾク、と香我美の背筋に寒気が走った。逆に深鴇はにこりと笑った。 「けひひ、楽しいなあ」 魔の手が香我美の胸に突き刺さった。見れば判る、防御なんて容易くないものとしてしまっているソレが! 彼女の身体が過負荷に耐えられずに終わる――その前に。 そう、一番きれいなうちに刈り取る。其の役目を帶齒屆が担わずとも其の瞬間が見れるのであらば。惚れた女の忘れ形見くらい――。 只の少女は、狂気に飲まれて女になった。女から今は女王蜂に変わっただけの話。 いりすは傷ついた身体でナイフを向けた。 「代替品」 香我美は――不死偽香我美は。 あの一二三ですらそういうように見ているのだろうか。暴力が欲しい為、愛と妄信した暴力を彼から貰う為の。 さあ。此処からは、二人の勝負。相方は何処ぞで何をしてるのか、まさか戦場を違えるなど。だがいないのであればいりすは彼女を先に食らい尽くすのみ。 帶齒屆が身を引き、攻撃の絶好機会を与えたのだが。 「いりす様……でも、もう遅すぎるのですわ」 「それでもやりたいのでな」 此処で止めないと、いりすはもう彼女に会えない気がして。赤く、淡く光り出す剣に懇親の力を込めた。 香我美の心臓(心)を止めるのは果たして―― 「香我美! もうすぐ一二三は倒される! でもその前にお前がアイツを越えないと駄目なんだ!」 血飛沫が舞った。鈍い音が響いた。 いりすは驚いたであろう。愛を、彼女の心を奪いに来たのは何も其のいりすだけでは無く。特に、一番驚いたのは香我美自身であった。 「へへ……痛ぇな畜生……」 ツァインであった。 彼の背中には、殺傷能力が高いナイフが奥深く刺さる。吐血一回、しかし両手でツァインは香我美の身体を抱きしめた。 未だ裏野部一二三は健在だ。否、此の戦場の決着が早すぎるのかもしれない。 「な、何を……しているん……ですの? もう、何もかも遅いと申し上げたじゃないですか……」 だがツァインの両腕は更に彼女を抱きしめる力を込めた。ツァインの体力と防御は箱舟の中でも優秀だ。いりすの攻撃を足してもまだ、否、ギリギリ体力は彼を健在させている。 「違うそうじゃない! 始めるんだよ! もう一回やり直すんだッ!」 「お馬鹿さんッ!? 此の状況、此の有様で未だ私を引きずり出したいとでも!? 此の、刺青に飲まれきっている私を、余計なものと言った貴方が!!」 「バカ、刺青じゃねぇ……心の底から笑えるのが綺麗つったの! お前あの時綺麗に笑えてたんだぞ……」 ツァインは抱きしめる腕を更に強くした。其の最中にも敵の後衛よりの攻撃が、特に彼を集中して狙う様にも見える。 血に染まっていく彼を、抱きしめ返せば香我美は何を捨てなければいけないか。 ツァインは何だかんだ此の場の一部のリベリスタは香我美が好きなのだと言う。複雑にも繋がった縁だ、箱舟に来れば何かしら良い事は確かにあるかもしれない。 此処で、此の時点で賊軍が一二三を含めて壊滅状態なのであれば、まだ香我美はリベリスタ化という言葉に卑怯にも魅力を感じたかもしれない。 だが、其れを行うには偶然的にも必然的にも、歯車が噛みあってくれていないのだ。 「謝りませんわ、貴方が嫌いな訳では無いのですけれど」 裏切れない。背けない。裏野部からは。 「其の気持ちだけで……十分」 香我美はツァインの胴に手を当てた。撃ちこんだのは防御を破壊せし気の力。馬鹿野郎――ツァインは薄れた意識の中、彼女の温もりが消えた感触だけを覚えていた。 「ツァイン様、もう少し……もう少しだけ時間を下さい……」 しかし次の瞬間、嶺の気糸が香我美を穿つ。狙いは心臓の上、蜂比礼がある胸。上手に射止め、香我美の身体が左右に震える。 「ここまで変わり果てても、女として幸せ?」 「――っ」 だが、恐らく、其れでも女としての使い道が潰える訳では無い。例え刺青が全身にまわり、人の肌を忘れたとしても子は産めるのだ。 それが、香我美の幸せといわれれば答えるのは難しいものがあるのだが。 「うるさい……うるさいですわ私に無いものを持っているくせに!!」 「……そう、かしら」 戦場に今一度彼女のプロジェクトシグマが仲間を奮い立たせる。立ち上がったいりすが、再び牙を剥く――しかし。 「消えて!!」 横手に振るわれた彼女の腕から、拒絶の暴風が彼等を吹き飛ばしたのであった。 砂塵が舞い、風が収まった時。其処に居たのは美青年にも細い月のように唇を歪めた葬識一人。 「ねぇ、司ちゃん」 「……其の、名前で、呼ばないで!!」 葬識は鋏を開く。撤退間近――否、最早撤退しないとマズイのであるが。 「愛するのはこんなに簡単なのに、愛されるのって。本当に――難しいね。俺様ちゃんが愛する人は俺様ちゃんを愛してくれない」 できれば香我美を、己のものにしたいのだが。恐らく空気が読めない彼女の部下達は得物の焦点を彼に合わせている。 「デートの場所を間違える男に、私を愛する資格なんてありませんわ馬鹿! どうして、なんでもっと早く殺してくれなかったの!!」 たった一人しか愛せない女にとって、人なら何でも愛せる男の存在は嫉妬にも憧れにも目障りであった。 振り上げられた香我美の裏拳が、飛び込んで来て其の儘盾になった深鴇の顔面をとらえた。葬識の足下で、動かなくなった深鴇の血が充満していく。 深鴇の黒い羽が周囲に舞い上がる。 今日も愛せないのだろう。 拳を振り上げた香我美――嗚呼、まともに受けたら立っていられまい。 ――戦場に、一度大きな、地震の様な衝撃が響いた。 「撤退だ……」 そう、誰かが呟いた。 ●対崇徳院:02 ぷつんぷつん、と途切れていくのは己の力なのだろうか。悪霊は地道にも倒されていく。抜け落ちていく力に対して、怒りがそれをカバーする崇徳。 幾年ぶりに日の目や月の光を浴びれたかと思えば、我が手中である四国に土足で踏み込むあの、忌々しい奴等の膝の元の奴等だ。 我が居場所を、再び乗っ取りにでも来たのだろうかと思えば怒りは膨れる。 膨れた力は、目覚めさせてくれた香我美や一二三、その他比礼を持ちし賊の力に成ると聞いた。 ならば怒れ、怒れ、もっとだもっと。 「うあああああああ!!!」 光は崇徳へと飛び込んだ。其の大きな体にしてみれば小さな生き物である光が。 正に全身全霊と語るには相応しい力を込めたのだ。彼女の細い身体では大きく見える剣が、崇徳の胸へと飲み込まれていく。 切り裂かれた傷口から、悪霊が呪いが漏れた。だが臆する事は光には無い。それよりももっと強大な魔神よりは怖くなんか無い。 其の一撃から皆が続けば其れで良いと。光の身体を崇徳が掴み、投げれば全身の骨が割れる感触。 だが、其の一瞬で良かった。崇徳の攻撃が行われた時こそチャンスだ。 「今です!」 真人は仲間へと叫んだ。だが己は回復を廻した。 崇徳の攻撃の力は矢張り強い。一発で体力を大幅に削って行ってしまう程。だからこそだ、真人自身は全てを賭けてでも、仲間の命を守る事に専念した。 自分が回復し続ければ、何時かは皆が此のでかぶつを倒してくれると信じて。だから。其の、此の瞬間を逃せなくて叫んだ。 「悪霊がほぼ倒されてきてますので!」 「ハァイ、わかってまーすよー」 優衣はにた、と笑った。 貴方はどんな痛みをくれるの?と挑発してみれば。 崇徳に殴られれば全身打撲に血が滾り、序に右手と左足が千切れれば頬が紅潮した。 優衣の驚異的……否、狂気的な感性は香我美に似てるともいうのか。其れ以上とも言えるのか。痛みを欲する優衣は崇徳から与えられる刺激に完全に酔っていた。 闇を纏い、そして赤く染まった得物を振るう。狙いは崇徳だ。だってもう、悪霊は喰い尽くしてしまったのだから。まだお腹が空いている彼女は笑ながら崇徳の指をへし折った。 叫び声なのか、咆哮なのか最早よく判らない声が響いた。周囲の、建築物の硝子が一斉に割れ、木々は振動で震えた。 単なるアザーバイドである崇徳が、神みたいな顔をしているなんて。 「ちゃんちゃらおかしいぜ」 比翼子は眩しくもビタミンカラーな腕にナイフを、其処に幻影を乗せて崇徳の精神を削る。彼が見ている幻影は、昔の流された時の苦い思い出かそれとも――其れを察するのは比翼子には難しいが、憎しみの言葉と怒りの声色は全てを物語っているか。 「憎い憎い人間共めが、全て全て全て殺してやる」 「ハッ! ここは人の生きる世界だ」 きみには消えて貰うぜ――突き刺したナイフを横に長し、傷跡を色濃く残した比翼子。すぐさま彼女目掛けて崇徳の足が飛んできたが、怒り任せに飛ばしたそれをひらりとかわした比翼子は中指を突き立てたのであった。 再び生み出された悪霊の数にミカサは、 「……や、見渡す限りの悪霊とは壮観だね」 崇徳が消えるまで終わら無さそうである作業を重い、細長い指で頭を抑えた。 悪霊に飛ばされてきた紗夜を片手で受け止めたミカサは、再び崇徳のもとへと戻ろうとする彼女の背中を押す。 矢張り、悪霊が居ては上手く崇徳へ攻撃が集中しないらしい。ならば、役目をとミカサは残り少ない精神力を全て爪先を彩る為に使う事を決めた。 なに、精神力ならばインスタントチャージを飛ばしてくれる子もいる。不安に思う事は無いのだ。 「人数が足りないみたいだったからね」 己が力を奮えば、皆が楽になるはずだから。 上から下に、振り落した爪先の衝撃に、範囲内を優雅に飛んでいた悪霊が墜落した。 産めば、倒され、崇徳の力をみるみる内に消えていく。此れが四国の守り神で祟り神? 否、今は堕ちただけの悪霊であるとも言えよう。 良いネ、四国。 讃岐うどんとか一度は食べてみたいと思っていた紗夜だが、暫くは食べれないのだろうか。此の四国の荒れよう。 だからこそまずは目の前のものを駆除するのが先決か。全ては安いものを美味しく食べる為に。食べ物の恨みって恐ろしい。 「やぁやぁ、キミ等の望みを叩いて砕いて押し潰す、キミ等にとっての悪魔だよ」 得物を横に縦に斜めに振り回して、悪霊ごと崇徳を切り伏せた。反撃に崇徳の拳が紗夜の胴を直撃して、胃液が口から吐いたとしても這い上がった。 前進するならば足を斬り、拳を飛ばすなら腕を斬った。紗夜の瞳が色あせる事無く、我慢強く粘ったからこそ。 ぐらり、と。 崇徳の体勢が右に大きく崩れて倒れたのだ。 其処でパチ、と瞳を見開いたリリス。 「……ね、寝てないよ?」 死さえ起こり得る戦場で眠れるとはリリスの度胸の度合いは知れず。 「あとちょっとみたいだから、リリスも頑張るね。安眠の為に……」 ふぁーっと大きくあくびを一回。リリスは口を覆う手とは違う手の平にフィアキィを舞わせて、刹那、周囲の悪霊と崇徳を巻き込んで爆発を起こす。 「イイヨイイヨーリリスちゃん最高だよー……じゃなかった、やはり日本はこうじゃなくちゃね」 ファンタジックかつ、エキサイティンッ。イシュフェーンは満足気な笑みで爆発から起きた暴風を頬に受けていた。 素敵過ぎるぜ俺等。 「大丈夫、僕達はやれるさ。そうだろ、エンジェルちゃん」 パチン、とイシュフェーンが指を鳴らした瞬間であった。続いた弐度目の爆風が放たれる。ノックバックされた悪霊たちが今度は燃え尽きて行く程に。近づいたら爆発させる、近づかなくても爆発させる。素敵過ぎる人達、恐るべし。 「私の目の届く方に、気安く触れないで頂きたいですわ」 アガーテも続いた。彼女の身のまわりを自由に飛び舞うフィアキィが淡く光り出した刹那、各所、再び大爆発が起きた。 なんだこれ、と思ったのは崇徳だけでは無くタ影ってやつもびっくりした。 右に飛ばされれば左に飛ばされ次は奥へと押しやられ。崇徳でさえ今ある状況がよく分からない程に、兎に角悪い冗談であった。 ふとアガーテは気づく。 何時の間にか心の中で勇気が湧き出る――強い気持ちを抱く事ができる。ラルカーナに居た頃はそんな戦争に身を置くとも考えたことが無かったか、内心に疼くモア・バイデン。 たった一体、悪霊がリリスを狙った。即座に気づけたのはアガーテ一人。まさか仲間を追い込む事はできずに、再び勢いで放ったバーストブレイクが唸った。 そして全身タイツにネクタイ。黒は焼け焦げた崇徳の前に立ちふさがった。 歴史的大物を目の前に、フリーダムに動いた素敵過ぎる俺らの活躍は非常に不本意ながらも鋭い。 そして彼、黒は得物を構えてこういうのだ。 「わたくし力任せの単体攻撃ばかりが自慢で御座いましたが、この日の為に新兵器を開発致しました。わたくしの姿が増えてゆく様をご覧頂けますでしょうか、こちらが残影剣にございます、悪霊が増えるから何だと言うのです、煌く友情を背にわたくしも一人二人と増えてゆくので御座います」 できれば増えないでくれ、と声を大にして言えたらいいのだが。 一つ弐つと、悪霊の数だけ黒は増えた。幸い、此処までの攻撃で悪霊の数は両手で数えられる程度に減った為に、そう幾人もの黒が増えなくて済んだのだが。 一人、ノルマ一体。黒の幻影はスマートに、シンプルに悪霊を貫いた。そう、崇徳でさえ巻き込んで。 大人の頭程ある拳が地面に刺さった。すれば地響きと共に、衝撃がリベリスタ達を走り抜ける。 何故であろう。何故なのだろう。 己は四国を守る為に。 そう、封を解いた恩の為に。賊の守り神として、天を祟る神として健在しているのに――。 見えるのだ。光輝く魂が。 何度も拳で打ち砕き、殴り、地を割っても、呪いを吐いても逃げ出さない煌煌とした魂が見えるのだ。 恐怖に負けて逃げる事もせず、互いを信じて戦う彼等の姿。 己には無かったもの。 己には在っても気づけなかった其の、光輝くそれの事を。 「誰の許可を得てこの私の前に立っている。邪魔だぞ、貴様ら」 「斜堂流、斜堂影継! 崇徳院、謹んで祓い奉るぜ!」 黒羽が舞う、影継はその身体に傷を負っても止まらない。 「四国の守り主が、殺戮の道具にされてんな! 人々を安んじるのがアンタの役目だろ!」 如何してそれをもっと早くに気づけなかったのだろうか。憎しみは呪いを産み、狂乱しては、其の儘に流されていたから護らなければいけない存在を違えてしまった。 賭けに踏み切ったリベリスタ。 「神を名乗る者にはろくな奴がいた試しがない。さあ、くだらぬ夜に幕を引こう!」 ほぼ同時に攻撃を仕掛けた黒羽と影継。茫然と油断した崇徳に二枚ごしの刃が刃向った。 目には目をか、黒羽の呪いを纏った刃が崇徳の右目を貫いた。我に返り、叫びあげた崇徳の腕が黒羽の身体を掴んでは握り潰さんとする。其れに力いっぱい抵抗しながら、だが、それこそチャンスでもあり。 「神に戻る時間だぜ。斜堂流、大魔縁屠!」 影継の身体が膨張し、膨れ上がる。服が音を立てて千切れていくのと同時に、精一杯の力が刃に集中した。 「―――!!」 呪いの言葉を吐かんとした崇徳だが、何故だか上手く呪言が出ない。神では無く邪神として存在してしまった己を消す、最初で最後のチャンスに、つい笑ってしまった。 「人間。人間とは、――」 何にでも立ち向かえる其の存在。できれば己もそう在りたかったが呪うしか出来なかった。 頭の先から、股まで一気に両断された崇徳の――両の翼が全て羽と成り、周囲の悪霊と一緒に霧と成って消えて行った――。 此れで不死偽香我美は、力を失くす。 の、はず、なのだが。 「なんでだろう……賊軍本戦力に行った人達と、連絡が取れない……」 そう、誰かが呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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