●回想1 私がその疑問を持ったのと、革醒したのとはほぼ同時だったように思う。 例えば、世界というのはきっとここに存在していて、そしてこれからも存在していくのだ、という勝手な思い込み。私もその時まではそう信じていた。でも、その時から何かが変わってしまった。何か一つ、世界の深部に近づいて、何か一つ、真理を知ってしまったかの様な。 静謐の中に私は居て、ふと外から聞こえてきた犬の遠吠えに非道く狼狽してしまう。だけれどきっと、その時はまだ私は何も分かっていなかった。私は入口にいた。引き返すことが出来た。多くの前任者たちは、実際にそこで引き返していった。 私はその扉を開けた。 私は気づいてしまった。『世界というのはきっとここに存在していて、そしてこれからも存在していくのだ、という勝手な思い込み』。それは自己の有限性を認めてしまったからであった。自己の有限性とは、即ち、人間の有限性であり、そして、いずれ世界の有限性であった。 端的に言えば、私がここに存在している理由。或いは、世界がこの世界であるその理由。 私が足踏み出すたびに、崩壊してしまわないかと危惧してしまう脆いこの世界である理由! 私の旅行はそこから始まった。 私は探し始めた。 私は歩いた。 深淵を求めて。 ●ケース1-1 私は神を信じない。私は世界を神が創ったなどとは考えていない。 世界は神が創造なされたのだ、という有神論者の言葉は何時だって耳障りだった。「では、その神は一体どこから創造されたのですか?」と問うと、返ってくる言葉は人それぞれである。「そんな不敬な質問をするものは地獄で焼かれたまえ」と答える者も、「全能である神は、存在する必要は無いのです、全能故に!」と答える者も居た。一笑に付すのは簡単であったが、そこから学ぶことも在った。 つまり、「神は自ら自分を在らしめた」可能性を彼らは指摘している。 なる程、有神論者にとって神は『自己原因』<Causa sui:カウサ スイ>であった。 私はこの帰結に納得していない。かと言って、科学も分が悪い。科学における反論上の問題は、科学は無から有を生み出せない点にあった。詰まるところ、開始地点が無である以上、科学の導き出せる解答は循環論法に崩れ、無限後退を引き起こす。 しかし、私は、『理解できない事』と『存在しない事』が同値であるとは思わない。3の倍数を挙げて、各桁の数を足し合わせると、全て3の倍数になる。数学に詳しくない人からすればそれは偶然に過ぎないが、代数学者であればそれが必然的であることを直様見抜くであろう。そして、宇宙の法則が『同様の構造を持つ可能性』は十二分に有り得る。これは人間の代数からは得られない、存在の代数である。 ●ケース1-2 私が彼と出会ったのは『存在の代数』について思案していた時であって、突拍子も無いその提案に、私も最初憤慨したものだが、やがて考え直した。その話に乗ってみようと思ったのは、まあそういうアプローチの仕方もあるのかな、という事と、その結果への興味だった。 「私の実験室で『宇宙を創造する』。重力場の負のエネルギーを制御さえ出来れば、可能である証明が出来た。私たちは文字通り創造主が如き存在になる」 「しかし、君の提案には難点があります。その『新宇宙』<ベイビーユニバース>が膨張することで、我々の宇宙が圧迫され、破壊されることは無いのでしょうか」 「問題ない。新宇宙<ベイビーユニバース>はそれ自身の内で膨張する。極大の曲率によって、むしろ、その新宇宙<ベイビーユニバース>は我々の世界でいう素粒子レベルにまで小さくなる。つまり……、創造主の手元からは、『消失した様』に見える」 「なる程、しかし、それは次の難点を生み出します。それでは、我々が新宇宙<ベイビーユニバース>を創造する意味はあるのでしょうか」 「もちろん、あるだろう。我々は新宇宙<ベイビーユニバース>における物理変数を設定することが出来る。我々の宇宙では、『陽子の質量に対する電子の質量の数値的比率』が『定められている』――ある意味で、恣意的に。つまり、『創造主』とは、物理変数の設定という形で新宇宙<ベイビーユニバース>を操ることが出来る」 彼の主張には尚、反論すべき余地があったが、その場ではそれ以上追求することは無かった。 まあ、やってみれば良い。私はそのための援助を惜しまない。それがこの世界の存在に対しての説明を与えてくれるのであれば。 もしも彼の実験が成功するのならば、我々の宇宙も、きっと誰かの実験室で作られた恣意的な牢獄でしかないのだから。 ●ケース1-3 「……失敗だ」 男は絶望して云った。彼には絶対の自信が在った……覚醒して、神秘に愛されたが故に。 彼は驕ってしまった。自分が次世代の知性になれるのだと。 たった一つの論理展開が、彼を破滅へと追いやる。 たった一つの誤った数学的結論が、彼を無へと追いつめる。 曲率は『極大』であり、最大では無かったことが、彼を殺す。 世界は彼を許さない。 「四月朔日。……どうすれば」 男はその名を呼んだ。通信機先でこの状況を理解する四月朔日という女の名を。 その屈辱に――彼は、その小娘のことを余り快く思っていなかった――思わず唇を噛み締める。しかし、背に腹は代えられない。このままでは、ただでは済まされない。 「つまり、貴方の理論は誤っていたのですね?」 女の冷たい声がする。一瞬男の体を憤怒が巡り、すぐに収まった。 「……ああ」 「そう」 短い返答。男は次の言葉を待った。四月朔日のその知性が、彼には気に食わなかった。そして、今ではその知性が最後の頼りだった。 けれど。 「なら、貴方達に興味はありません。貴方方がどうなろうと、私には関係がありません」 その決定は決して覆らない意志の強さを纏わせて。 「――そ」 そんな、と男は絶句した。これまで協力してきたのは私であり、お前ではなかったのか! 「それでは。『次の世界で逢いましょう』」 それは――、彼女一流の『諧謔』。 世界の存在意義を求める、形而上学者の手向けの花。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月06日(木)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 世界とは? 自己の存在理由とは? 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎寿々貴(BNE003936)としてみれば、これは中々興味深い問い掛けだった。少し踏み外してしまえば『厨二病』の謗りは免れないが、学問として取り組む分にはむしろ素敵だ。 (……端的には、『第一原理』を生み出そうとしているのかな?) 彼女を、人々を囲うのはコンクリート打ちっぱなしの牢獄である。 合理化され無駄は排除され、無機質な灰色の箱はこの地で多くの最先端を生んできた。技術を工業化するのは何時の時代も民間の研究所だが、有を生み出し新を創成するのは何時だって現生から切り離された浮世の人々である。この地で研究を行っていた食見(しきみ)も、そんな人間の一種であった。 静かな構内はしかし時折に大きな声なども響いている。寿々貴が居るのは西棟と東棟に分けられた研究所の東棟であり、仲間のリベリスタらが突入しているであろう西棟とはかなりの距離がある。今回の作戦では、寿々貴の有する『異能』の特異性が大きなメリットとなっていた。―――『新宇宙』<ベイビーユニバース>の爆発現象を阻止する。其れが起きてしまった場合の事態を考慮すれば、彼女に掛かる責任の大きさは比較的大きいのだが、『キリッとする自己ベストは1分半』を謳う彼女の顔には微笑すら浮かんでいる。 とはいえ。仕事はきっちりとこなす所は寿々貴の褒められるべき点である。付与された機動性で足音を殺し、息を潜め、人目を避けた。『殺人鬼』熾喜多 葬識 (BNE003492)が有する奇異の目は物質を透過し遥か先まで見通す異能の眼である。その葬識の赤眼が、寿々貴へと的確なフォローを与える。ある意味、陽気な者同士。指向性の違う『陽気さ』な気もするが、寿々貴は飄々とその制御室へと向かう。 ● 構内は比較的に落ち着いている。そも、その公的研究所も片田舎に建設されていた。玄関の出入り、部屋の出入りには一々とカードセキュリティーの認証が要求される煩わしさがあるものの、そちらは寿々貴により無効化されている。そのことに首を傾げた研究者たちは、次に、不可思議な格好の一団を見遣って、また首を傾げた。 『魅惑の絶対領域』六城雛乃(BNE004267)のその小柄な体躯に収められた窮屈そうな豊満な肉体と、なにより、極限の比率にまで整えられた短めのスカートとニーハイソックスの奏でる絶対領域に男性職員たちは一様に見蕩れたが、彼女が高位の魔術使いであるなどとは露にも思っていないだろう。そして、である。何より、その折れそうに華奢で、艶やかに黒髪で、硝子のように美しい赤い隻眼で、―――白く艶美な彼女に、注意を奪われた。 愛するのは貴方だけ<World Is Mine>と嘯くのは、道化だろうか――。『骸』黄桜魅零(BNE003845)の躰が発するその輻射に、人は何を見るのか。それが何物で有ろうと彼らは目を離すことなど出来ない。 「さ、逃げるよ!」 魅零の声にその職員たちは我に帰る。彼女の横に佇む『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)が「一部の研究室で爆発事故が起きています。出来るだけ急いで、けれど落ち着いて避難をお願いします」と補足し、彼らもようやく事態を把握した様である。 遥紀は事前に研究所の設計図を入手し、頭に叩き込んでいた。葬識の眼と遥紀の研ぎ澄まされた五感がその上に重なれば、竜に翼を得たるが如し。其処からの最短かつ安全な経路構築は、流石に食見保護をも行う葬識の眼が万能ではない以上、遥紀の肩に掛かっている。 (寿々貴が制御室まで辿り着けない可能性もある) それは不信でも猜疑でもなく、純粋な可能性である。揺れている、この灰色の箱は揺れている。そこは新宇宙への扉が繋がれた研究棟。それは恐らく『消滅現象』の一環。自分の理解を超えるものが、人智を超えるものが、何かの怒りに触れ、拒絶を宣言するどこか心細い音――。寿々貴は、その中を一人で走っているのだから。 (しかし、『蜘蛛』の研究者と言い、頭脳明晰な人間が考えることは深遠だね。 文系の俺からすれば、知覚できないものは『観測の終点』と考えてしまうが) 遥紀はつい先日に会敵した理論物理学者を想起していた。どうも最近、この手の学者様が相手で、頭が痛い。大体そういうのに限って数式やらを捏ねくり回すから、性質(たち)が悪い。 そうこうする内に振動し始めた『楽園』から『アダム』達が「何だ、何だ」と駆け始める。魅零の誘導、遥紀の指示が飛び交う中で、雛乃の視界の端に引っ掛かったのは一人の男の視線。 「……?」 この伝播する不安の波の中、『リベリスタ』らを凝視する不可解な視線。 その視線は、通りゆく人々の中でぽつんと浮いていて、 「……」 不意にその口の端が、歪んだ。三日月の様な、真っ黒な笑いだった。 ● 崩壊因子は全て排除する。 レディヘル(BNE004562)を支える行動原理は其処に収斂(しゅうれん)される。崩界を食い止める事が自身の全てであると云う彼女には、此の度の作戦を遂行することで『運命』への瑕疵(かし)を滅するという目的はあれど、食見を救助するということには関心が無い。もっと言えば、彼の保護にも積極的ではない。神に理論も原理もなく―――息をするように全てを成すからだ。 葬識、『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)、ヘル、『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)の四名は、雛乃の丁度上、西棟の四階へと進み、食見研究室を目指している。構内を揺らす振動は、迷子になった幼子の心臓、その鼓動にも似た孤独な震動だった。葬識の視た先を元に走るリベリスタらは、着実にその震源へと近づいていっている確信を得ていた。 (世界を創造する……か。突拍子もない話だよね、本当に) ルナの至極真っ当な思考の横で、葬識のAFから鈴の様な声が響く。 「葬識先輩! 葬識先輩、指示くーださい☆」 「うんうん、宇賀神ちゃんが大体の指示をしてくれるから、今は彼に従ってくれるかな? よく出来たら撫でてあげるからね。頭が良い? 尻尾が良い?」 えっ、えっ。AF越しに吃(ども)る魅零の姿を葬識は見て取れた。 「(本当は尻尾撫でて欲しいけどそう言ったらただの変態みたいだから) 頭撫でてください……」 最後に(泣)と付きそうなしょぼんとした声に「あはは!」と笑って、 「――早くこないと、全部たべちゃうよ、黄桜後輩ちゃん」 饗宴が始まる。さあ、合法的に暴れよう。 「あ、約束ですよ! 上手に依頼できたら――撫でてください」 魅零の声を受けながら彼が見据えたのはその一室。 食見が青い顔でノーフェイスに囲われているその一室。 そして―――そこへ駆けつけようとするフィクサードがいる一室。 彼らは知らない。フィクサードもノーフェイスは知らない。 絶海の孤島にしか植生しない御神木の枝を基に造られたルナの杖が。 その研ぎ澄まされた神秘の松明(たいまつ)に、一体、どれだけの『悪』が焼かれてきたのか。 彼らは――知らない。 ● (制御室は、と) んー。寿々貴は着実に目的地へと近づいていた。時に幻像でやり過ごし、幸い、西棟の仲間たちの『派手な動き』によって東棟は閑静極まりなく、彼女の行動を有利にさせていた。接敵の連絡が入った葬識の千里眼は常に寿々貴をフォロー出来なくなってはいたが、その分を遥紀が補っている。 制御室の制圧における一番の問題点は時間である。見誤った過程は、新宇宙を指数関数的に消滅させる。消滅現象はノーフェイスを生み出し、何れ、爆発現象へと至り、研究所の半分は吹き飛ばすであろう。雛乃らの懸命な避難誘導や、ティオらの食見保護、そして誘導をも水泡に帰す可能性を孕む災厄。 だから、寿々貴の遂行は最善手である。彼女がそのドアを見つけた時、まだ制限時間までに猶予があった。 青色の髪を揺らし、その灰色の自動扉を開く。中には、轟音が充足している。数多の電子メモリがただ物量を稼ぐためだけに載せられた演算装置は、悲鳴をあげている。金切り声を受けながら、寿々貴は、つつとその装置群を人差し指で撫でながら中心部へと歩いて行った。 「あわよくば、データを持ち出そうかとも思ったけれど」 まあ、食見くんと友達になれればいいか。 その方が、後ろめたさが無くて良い。 寿々貴は一人、得心(とくしん)すると、微笑んだまま瞼を閉じた。 その意識は降りていく。 深く、深く、深く、物質を構成する電子雲を通り抜けて、深く、深く、深く。 不確定性の海を超えて、彼女の意識が、電子を支配する。 暗転。 ● ヘルの戦いぶりは、攻撃と回復を繊細に織り交ぜたもので、柔軟かつ効果的だった。 彼女から放たれる清らかな風は、味方を癒す。だから背を任せて、戦える。 ルナの振るう杖に追随するように、流星の様に降り注ぐ紅蓮の光跡は複数体のノーフェイスを抉っていく。ティオの高位魔術により開けられた『風穴』から、リベリスタらは実験室内に佇む食見を保護した。 (はいはい、混乱しないでね。落ち着いて。俺様ちゃん達も君と『同じ』だよ) 其処に居たのは、食見を取り巻いていたのは、彼が引き金を引いて現れた運命に愛されぬ哀れな悪魔である。ルナとティオの魔術は移動放題の様にそれらを牽制し、葬識は直接と食見に話しかけた。食見は一瞬びくりと肩を踊らせ、その突然の来訪者を不思議そうに見遣る。 「き、君らは、四月朔日の……?」 「私達は『アーク』。と言って、分かるかしら?」 ティオの言葉に食見は頷いた。頷いて、ひ、と身近な悲鳴をあげる。 室内には四体のノーフェイス。実験室であるが故に比較的広いスペースはあるが、中央に展開された大きな加速器が、邪魔をしている。その加速器は、既に動作を止めていた。 (というわけで、今から寿々貴さんも加勢にいくよ~) なんて間延びした声と『新世界より』の鼻歌がAFから聴こえてくるが、彼女は、彼女の責を見事こなした様だ。選曲も洒落ている。 すん、と。ああいや、話を続けて、と。どうぞお茶でも、と云うのと同じ感覚で、葬識は近くのフィクサードを斬った。それは致命打では無いが、その一太刀で、尋常ならざる手練であることが食見にも理解できた。 「四月朔日は既に貴方を見捨てた、違う?」 「あ、いや、それは、そうなんだが……」 ティオの指摘に食見は口篭った。何故、それを? という疑問が、視線から感ぜられて、 「それでも君は彼女を頼るの? ……信じられるの?」 爆砕音。片手で空間を燃やし尽くす絶技は、漸(ようや)く駆けつけてきたフィクサードを視界の端に収めての、ルナのものだった。戦闘、交渉、保護を並列して行いながら、ルナは、食見の『深淵を覗く』。彼から弾き出された結果は……。 【形而上学の得た『結末』は四つ。未確定の事象は統合を求める。】 「……」 その場で直ぐに咀嚼するには断片的であるが、食見を保護さえ出来れば時間はある。彼は敵ではない。寿々貴の云うところの友達にでもなれれば、彼自身から聞くこともできるであろう。 「貴様ら、『アーク』か?!」 一人の女が叫んだ。顔には一抹の焦りが伺える。手に握るのは魔道書。 (マグメイガスか) ヘルがそう判断する。続けて三体の人影を確認する。フィクサードは五体との事だから、一体足りない。 ここに居るリベリスタは精鋭であろうけども、何かを守る戦いというのは別の難しさが要求される。その上、敵数で上回られているとなると、一層である。食見の前に、ルナが立った。フィクサードの眼前には、葬識が立った。ご機嫌である。だってこれは、合法的に認められた唯一の殺しの時間なのだから。 「存在という概念を命のイデアを好きなだけ哲学したらいい。 俺様ちゃん達が君に存在への探求の道を約束する」 ● それは漏れ出たイレギュラー。ふらりと降り立ってしまったフェーズ2。だから、雛乃はその六芒星の意匠が施された術杖を構えた。彼女の魔術回路<スタイル>は近代西洋儀式。その術式が展開すると、立て続けに四連続。それに付き従うのは四原色。クアトロンの魔弾は、その極大点で炸裂する。 「―――」 刹那、ノーフェイスを抉る光弾。人型で、ゆらりと揺れるその姿は悪夢の様で、 「黄桜、頭悪いから分かんないけど……」 踏み込んで三歩。柄に手をかけてコンマ三秒。 「失敗って成功のもとだよ! たぶんっ」 睨めつけて一秒。抜刀してコンマ一秒。 きひひ☆感じさせてねエクスタシー☆ 大業物がノーフェイスを斬る後に残ったのは、食見への独り言だけ。 ●ケース1-× 「でも、私は思うのです、食見博士」 茶色の髪を肩口で整えた秀麗な形而上学者は言った。 「もしも『新宇宙』<ベイビーユニバース>が『創世』できたとする。貴方はその新宇宙の物理定数を設定して、極微の住人にメッセージを送る。『裏返せば』、私たちも誰かの研究室で造られた『紛い物』だと言えるワケですが、これでは問題は解決しないと考えます」 「何の問題だね」 「つまりは、そうであったとすると……」 女性<形而上学者>は無意識に顎に手を遣った。そのまま絶妙な角度に首を傾げて、 「結局は、新宇宙の創造者は――『初めの創造主』は――誰か、という問題がありますね」 初めて『世界』に介入したのはいったい誰なのか? 演繹しただけでは……。 私たちはまだ、掌の上に居るに違いないのだから。 ● 遥紀が回復魔術を唱えて、場が整った。其処に最後に残るのは、ティオが放つ四原色の魔法に撃ち抜かれたノーフェイス。ちくりとした痛みが雛乃を襲うのは、自身の血を代償とした高位魔術の契約ゆえである。 「あたしの肉体じゃ身を呈して守ってあげる事は出来ないけど、 代わりにこの血を守るための力にしてみせるよ! ……な~んて台詞、取り敢えずカッコつけといただけ、なんだけど」 雛乃はそう云って苦笑したが、紛れもなくそれは自己犠牲のもとに初めて達成される奉仕である。彼女は、彼女たちは、大きなリスクを背負って、食見、そしてこの国の未来を担う研究者たちを救った。 「あたしには自分や世界が存在する理由だとか難しい話はわかんないなぁ。 人間っていつかは絶対に老いて死ぬわけだし、 そういう意味じゃ生きてる事そのものに意味なんてあるわけないと思うよ。 だから……人生の中で生きる理由みたいなのを見つけるんじゃない?」 全てが終わった後。食見の身柄を『アーク』本部へと移すまでの束の間のティータイム。口を開いたのは雛乃であった。 「あたしは……とりあえずヘラ動の投稿動画のコメ数が増えてくれるかが一番の生き甲斐かなぁ?」 そんな風に語る雛乃を、食見は眩しく思った。 「くだらない生き甲斐だって?」 「いや、そんな事はない」 雛乃の予想に反して、食見は首を振った。 「私も、今回の一件で、分からなくなってしまった」 求めてきたもの――とか。 信じてきたもの――とか。 「生きて色々見るのもよくない?」 立ち止まった食見に、寿々貴が言った。真面目なのか出鱈目なのか分からないいつもの表情で。 「だからさー、すずきさんと友達になろうよ」 「……友達ね」 食見は苦笑した。世界の存在理由も、自己の存在理由も、考えに考え抜いた自負が合ったが、友人の一人も居なかった自分を顧みた。自分の傲慢を止めてくれる存在が一人でも居れば、このような騒動にはならなかったのに―――と考えて、食見は頭を振った。 其処だけは違う。責任転嫁しては――いけない。 「どうぞ、研究はこれからも続けて?」 ティオが言った。 人間は、人間以外になることなど出来ない。 人間の脳が思考できる『構造』と『法則』が世界の全てに届くものなのか。 世界が『法則』だけで出来ているものなのか。私は人間だから分からないけれど。 「その研究が何かの形で人類の利となる限りは、私はあなたを応援するわ」 その少女のような彼女が言ったことこそ、本質なのだ――。 食見はこれからの『アーク』での研究というものが、案外、悪いものでは無いように思えた。 「じゃあ、ちょっと俺とも意見交換してくれないかな?」 遥紀の提案にルナも混ざって、食見は力強く頷いた。 「デカルトに準えるなら、存在という概念があるからこそ、 神という概念の偶像に囚われるのだと思うけどね☆ 新世界を創造した時、自分という概念のイデアがどんな形になるのかな? その世界に存在することができるのか―――否か。 ねぇ、黄桜後輩ちゃん、どう思う?」 「え、えっと……」 魅零はだらだらと汗を流す。まんがちっくに。 「葬識先輩……、『イデア』ってなんですか?」 そんな彼女を見て、葬識は陽気に笑った。 「つまりは、今、俺様ちゃんが撫でてるのは他でもない、『黄桜後輩ちゃん』だってことだよん」 葬識は魅零のさらさらとした質の良い髪に指を通し、軽くその頭を掻いた。 魅零は理解したのかしなかったのか、少し物足りなさそうに、 ―――けれど、はにかんで。赤く染めた頬で、きひひと笑った。 ばさりと羽ばたくのは、ヘルの両翼。 此処の全てが陳腐だと嘯く彼女は、人間の出過ぎた真似を糾弾し。 何事もなかったかのように、翼を休めに何処かへ飛び立っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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