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<賊軍蠢動>橋上の死闘


 覚悟は何時でも出来ている…………、心算だった。

 突如連絡の途絶えた四国の拠点。
 昨今の状況を鑑みればその場で何が起きたのかは凡その予想が付く。
 受領した任務は同胞の救援だが、それが到底間に合わない事は九朗も充分承知していた。
 逃げていれば、或いは篭城して救援を待っていれば、この任務はその言葉通りの意味を持っている。
 しかし剣林の同胞達がその手を選ぶかと言えば、それははっきりと否だろう。
 彼の拠点に滞在する部隊のリーダーは友人だ。
 九朗は彼女の事を良く知っている。彼女がどうするか、彼女の傍らに居る部下達がどうするか、想像するは難くない。
 そう、この救援任務は最初から間に合わない事が判って下され、そして受けた。
 例え間に合う可能性が皆無であれど、否、皆無であるからこそ彼女達の戦いを引き継ぎ勝利を果たさねばなら無いから。
 嘆く事は弔いではない。骸に手を合わせるのも自己満足に過ぎない。
 剣林の弔いは戦う事のみ。

 けれど……、
 まさか……、
 よもや自分達が彼の地に辿り着く事すら出来ずに全滅するなんて。


 海を渡る大橋の上を、強い風が吹き抜ける。

 要が刻まれ地に伏した。
『だーいじょうぶだって、かおりんってばしぶといし、意外と運が良いから裏野部如きにやられたりしないってば』
 明るく振る舞いながらも激昂を隠し切れなかった彼女の瞳は、今や光を失った。

 巌の全身に突き立った矢は、倒れる事すら許さず命のみを奪う。
『問題ない。何時も通りにハードなだけだ』
 盾であり、司令塔でもあった寡黙で頼もしい男の肉体は、けれどもう唯の筋張った硬い肉の塊でしかない。

 そして、
「雑魚にしては良く頑張った方じゃないかな、褒めてあげるよ。でももう飽きたからさ……」
 年に似合わぬ鬼気を身に纏う少年、裏野部重はその言葉通りに酷くつまらなさ気に、まるで遊び飽きた玩具を見るような目をしていて……。
 ずぶりと、九朗の胸を刃が貫く。
「もう死になよ」


「さて諸君任務の時間だ」
 集まったリベリスタ達を前に『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開いた。
 彼が背にするブリーフィングルームの巨大モニターが映し出す日本地図には一つの光点が灯っている。
「時間が無いので早速だが本題に入ろう。事件が起きる場所は明石海峡大橋、そして事件を起こすのは今は賊軍を名乗る……、諸君等に判り易い言葉で言えば元裏野部の連中だ」
 昨年末の女性革醒者の連続拉致事件に端を発した裏野部の動きは、古い時代に封印されたアザーバイド『まつろわぬ民』等を解放し、自勢力への吸収する事で『単独でアークと渡り合える戦力の確保』を目的とした物だった。
 大規模雷雲スーパーセルを発生させ、神秘の力を宿した超自然現象で封印を破壊するという彼等の目論みは、アークのリベリスタ達の尽力により当初の予定よりは規模を縮小されたものの、古都であり西日本の霊的な要である京都はダメージを受け、奈良に封じられたまつろわぬ民や四国各地に封じられた魑魅魍魎等は解放されてしまっている。
 そして解放されたアザーバイドを吸収し、勢力を拡大した裏野部が新たに名乗りだした名が賊軍だ。
「近頃主に四国周辺で賊軍が他派を排して彼の地の支配を確立せんとする動きがある。今回のもその一環だろうが、四国へ向かおうとした剣林のフィクサードが賊軍と交戦に入った」
 伊耶那岐と伊耶那美が最初に創造した島と言われる淡路島と本州の明石を結ぶ明石海峡大橋は、本州から四国へ到る三本のルートの一つでもある。
 無論剣林も、フィクサード組織である以上多少は『マシ』であれ同じ穴の狢に過ぎない。
 蛇蝎の喰らい合いなどに関わる必要など本来アークにはないのだけれど……、
「賊軍を名乗る以上、奴等は確実にこの国の支配体制に敵対するだろう」
 勝てば官軍、負ければ賊軍の言葉通りに、フィクサードと共に賊軍を構成するアザーバイド達は古い時代に一度敗れた者達だ。
 けれど敗者であるからこそ、敗北の味をしって追われた者達だからこそ、油断無く容赦無く脅威となろう。
 故に積極的に奴等に関わり狙いを知る必要があり、その戦力をそぎ落とす必要もある。
「さて此処までは良いだろうか? しかし今回は厄介な事に状況は更に複雑でな……、もう一つ我々が関与背ざるえない理由があるのだよ」
 溜息と共に逆貫が手渡してくるのは、彼御手製の事件資料。
 頁をめくれば剣林のフィクサードの名の横に大きく、ノーフェイス化と書かれている。
「賊軍に追い詰められた剣林のフィクサードがノーフェイスと化し、明石海峡大橋を斬った。無論世界最長のつり橋とされる大橋が一箇所斬られた程度ですぐさま崩れ落ちはしないだろうが、出来うる限り早く戦闘を終結させて補修を行なわなければ、橋が取り返しの付かない歪みを抱える事になりかねないのだ」
 総工費が5000億以上と言われる明石海峡大橋がこれ以上のダメージを負うならば、その修繕にも莫大な額が必要になるだろう。
「橋へのダメージを増やさぬ為に早期に戦闘を終結させる事、ノーフェイスの討伐、賊軍の戦力を削ぎ、賊軍の狙いを知る、成すべき事は数多く、非常に厳しい任務となるだろうが……、諸君等の健闘を祈る」


 資料

 賊軍側戦力

 リーダー:『裏野部の忌み子』裏野部・重
 裏野部一二三の息子。年の頃は10を幾つか過ぎたばかりの少年。ジーニアスのソードミラージュ。
 所持武器は『刃金』。所持EXで判明している物は2つ『コル・セルペンティス』と『忌み子』。
『刃金』
 7つ武器と呼ばれる強力な武器の一つで、柄に赤い賢者の石がはめ込まれている。
 この武器を用いての攻撃は、対象の物防を無視し、更にその物防の値をダメージに追加する。
『コル・セルペンティス』
 蛇の心臓を意味する蛇殺しの技。目にも止まらぬ高速移動で敵の背後に回り込み、急所への一撃を突き入れる。遠、失血、必殺、致命。
『忌み子』EXP
 更に今回の重は刺青『蜂比礼』を刻まれ、劣化版ではあるが『布瑠の言』も使用。
『蜂比礼』
 裏野部一二三の蛇比礼とのパスを繋ぐ刺青型アーティファクト。負の想念の吸収や、蛇比礼への輸送、或いは逆に蛇比礼より力を受け取り、所持者を強化する機能を持つ。
 蛇比礼との関係は宅電話の親機と子機のようなもの。
『布瑠の言』
 蜂比礼の力を最大限に扱う術。
 溜1、自付、攻撃範囲強化、ステータス強化、ブレイク困難。

 その他、スターサジタリー、クロスイージス、ホーリーメイガスの3名のフィクサード、2名の両面宿儺と2名の土隠。

 両面宿儺
 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種で、2つの頭に4本の腕、4本の足を持つ。
 力が強く、更に身軽で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いる。左右の頭部はそれぞれ別の人格が宿る模様。
 ハイバランサーに似た力と再生能力を持ちます。また常時2回行動で、其の状態での戦闘に熟練しています。

 土隠
 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種で、動物の毛皮を被ってはいるが普通の人型の外見。
 面接着に似た力を持ちます。また糸により敵を捕縛し、捕まえた獲物を引き寄せる事が出来ます。
 毒、肉体を変形させて作った顎門で挟み潰すなどの攻撃も行ないます。



(元)剣林側の戦力
 
 ノーフェイス:斬魔
 剣林フィクサードだった『斬手』九朗がノーフェイス化した化物。
 理性や人格はあまり残っておらず、闘争本能の塊。
 能力傾向はフィクサードだった頃と変わらないが大きく強化されている。覇界闘士のスキルや『斬手』、そして修行の末に身に付けていた新技の『九狼』を使用。
『斬手』
 手に高密度に圧縮した気を利き手に纏い、全てを断つ一撃を振るう。物近範、物防無で物攻1/2ダメージ、流血、失血。
『九狼』
 利き手一刀では間に合わぬ相手に抗する為の新技。四肢の全てを刃と化して放つ高速連撃。物近単、連、高CT、流血、失血。


 他に『捷脚』要と『戦車』巌の2名が既に死体となって転がっているが、数ターン後には斬魔の闘気に呼応してE・アンデッドと化して立ち上がる。
 能力傾向はフィクサード時と同じなので生前のデータを記載。

『捷脚』要
 剣林派の女性フィクサード。黒犬のビーストハーフ。
 捷脚とは勝利を掴む捷い脚の意味だと彼女は語る。
 速度特化型。回避も高い。スキルは覇界闘士とソードミラージュの物を織り交ぜて使う。
 ジョブは覇界闘士。所持するEXスキルは『捷脚』。
『捷脚』
 圧倒的な速度を生み出すその脚力を足先の一点に集中して放つ蹴撃。物近単、ダメージ=速度、ノックB。


『戦車』巌
 剣林派のフィクサード。右腕が機械化された巨漢のメタルフレーム。
 超大型の重火器を操り、更にはタフで頭もキレる。3人組の中では司令塔の役割も果たす。
 HPと防御と命中に優れる。スキルはクロスイージスとスターサジタリーの物を織り交ぜて使う。
 ジョブはクロスイージス。所持するEXスキルは『戦車砲』。
『戦車砲』
 無限機関を高速回転させ、生み出されたエネルギーを高密度に圧縮して放つ砲撃。物遠2範、溜1、弱点、ショック、ブレイク。




 死が怖い訳では無い。
 全力で抗いそれでも死を避けれぬならば、その時はさぱっと死ね。
 そう師には教わった。その代わりに今を全力で生きろとも。
 力を振るう生き方を選んだのだ。弱ければ、及ばねば、その報いを受けるのは当然だ。
 師の教えは魂にすら刻んだ心算で居た。
 なのに其の心には唯一つ、思った以上に大きな未練がべっとりとへばりついていた。
 だから思わず選んでしまったのだ。先に道が無い事は判っていたけど、その未練に突き動かされて。
 元々無茶をし続けた彼の運命は磨り減っていたから……。

「しつこいよオマエ!」
 忌々しげに吐き捨てる重の眼前には、人である事を止めた九朗、ノーフェイス『斬魔』の姿。
 理性も、人とのしての心も、殆ど全てを失った化物は衝動のままに咆哮を上げ、橋を大きく切り裂いた。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:らると  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年02月27日(木)22:46
 成功条件は戦闘を終了させて橋のダメージを食い止めるです。
 注意事項として、賊軍側は『撃退』で構いませんがノーフェイス、更に生まれてしまえばE・アンデッドは撃破、つまりは始末しなければなりません。
 また必要以上に手間取り、橋が大きな歪みを抱えてしまえば失敗となります。

 裏野部・重は蜂比礼と布瑠の言を得た事により、謂わばプチ一二三化しますので対処法等は今後の参考になる可能性があります。
 ノーフェイス『斬魔』が決着をつけたかった相手、未練の対象は賊軍ではなくアークなので、アークのリベリスタを見ればそちらを優先して襲ってきます。殺害以外に彼を止める手段は無いと思われます。
 要や巌以外にも賊軍側の死体が転がっていますが、彼等に斬魔の闘気に呼応する様な精神は無いので賊軍側の死体がE・アンデッド化する事はありません。今生きてる賊軍側のフィクサードやアザーバイドが死んでも同じなので安心して殺してください。

 今回の名前付きの敵は非常に強力です。孤立して、単独で相手をするのはオススメしません。
 色々厄介だとは思いますが、お気が向かれましたらどうぞ。

 賊軍側の名前有りは『<叛>神産み<裏野部>』に、剣林側だったエリューション等は『<剣林>呼び声』に出て来ています。

 
●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 予め御了承下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
サイバーアダムクロスイージス
ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ギガントフレームクロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ハイジーニアスレイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)


『斬魔』の場合。
 獲物が増えた。戦闘に割り込んで来た乱入者にノーフェイスが抱いた感想は、唯其れだけ。
 彼等が何であるのか、何をしに現れたのか、其れを判断しようとする知性は消え失せた。
 彼に残されているのは動く物を斬りたい、動かぬ物も斬りたい、視界に入る全てを切り裂きたいと言う、闘争本能とすら呼べぬ化物としての欲求のみ。
 ……なのに、なのになのになのに。
「リベリスタ、新城拓真。『斬手』九朗、俺と戦え」
 その男の言葉を聴いた瞬間、身体を駆け巡ったのは総毛立つ、肌が粟立つ、震える程の、歓喜。
 言葉は理解出来ない。この歓喜が何処からやって来るのかも、自分が九朗だった事もさえも思い出せない。
 けれど眼差しが、ぶつけられる闘気が、斬魔の中に残された僅かな九朗を揺さぶった。
 己を囲む乱入者達、真っ先に斬るべき、挑むべき、闘うべき、ぶつかり合うべき敵の名は、そう、確かアークだった筈だ。
 名乗り方は忘れた。それを行なう意味も忘れた。名乗りに何も返せぬ事が、僅かなささくれを化物の胸に残す。
 故に彼は唯、咆哮をあげて襲い掛かる。

『忌み子』の場合。
 アークの乱入は驚きには値しない。
 寧ろ『裏野部の忌み子』裏野部・重にとっては、漸くかとの思いばかりだ。
 彼が姉より聞いた予知は、此処の守りについていればアークと戦えるとの事のみ。
 万華鏡を有するアークのフォーチュナとは違い、裏野部……賊軍のフォーチュナである彼の姉の予知は混じるイレギュラーも多い。
 更にあの道化の様に振舞う姉は予知の一部を敢えて告げない事もある。
 そう考えれば一番不幸だったのは、姉の予知の犠牲者となったのは、本来は無関係だったのに重と遭遇してしまった剣林のフィクサード達なのだろう。
 時間潰しの心算で手を出せば、意外にしぶとくイラつかされたが、けれど漸く本来の獲物がやって来た。
 今、裏野部は変わりつつある。いや既に名前は賊軍と変わり、組織の編成も大きく変化した。その主な目的はアークと闘う為。
 重は其れが気に食わなかった。彼が生まれた時より存在し、揺り篭だった裏野部。重は裏野部の中でしか生きた事が無く、それ意外での泳ぎ方など知らない。
 永遠不変であると思い込んでいた裏野部の変化への不安と不満を、まだ10を幾つか過ぎたばかりの、子供と言って良い年齢である重はアークに対しての不満に置き換え、其れを晴らす為に此処にいる。
 その心中を察した姉が、何故このタイミングで予知を告げたかの真意を察する事も無く。
「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」
 戦場に立つアークの一人、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)、彼等の指揮者の開戦の意に、
「皆殺せ」
 重は、裏野部しか知らぬ少年は部下達に短く命じた。

 アークのリベリスタ達の場合。
 彼等の士気は高かった。或いは、目的意識が高かった。
 アークのリベリスタ達ははっきりとした目標を見据え、そしてそれに対しての障害もキチンと把握し覚悟を決めている。
 万華鏡に拠って得られた情報が齎す、作戦立案以外のもう一つの恩恵。
 無論士気の高さは彼等のパーソナリティに由来する部分も大きいが、敵を知り、状況を理解出来る方が、何処の誰とも判らぬ相手とその目的も知らずに交戦するに比べれば、確実に己の中の戦意を掻き集め易い事は間違いない。
 今回彼等の士気を高める要因で大きな物は二つ。
 一つは裏野部……、否、既に賊軍か。名前は変われどその性質が大きく変わろう筈の無い奴等の目論みを防ぎ、次の戦いに繋がる情報を得、そして橋の崩壊を防ぐと言うリベリスタらしい使命の為。
 そして2つ目は……、唯の武人として、未練残して迷ってしまった好敵との決着をつけたいと願った男と、仲間の願いを叶えたいと言う友情故に。
 無論2つ目の想いは全員が共有している訳では無い。個々其々の考え方がある。
 だが今回この場に限っては、1と2は相反せずに受け入れる事が可能だった。
「私達の任務の最低条件は理解していますね?」
 決着をつけたいと願う男、『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)にミリィが問う。
 自分が敗北すればどの様な結果が待つのか意味を理解しているのかと。
「…………」
 けれど拓真は答えない。もうその瞳に映るは討ち果たすべき……、変わり果てたライバルの姿のみ。
 出会ってから長い時が過ぎた。互いが望んだ形での決着は夢幻と消え去った。
 言葉は発さない。だが判り易すぎる態度と闘志に、ミリィは、戦場指揮者は一つ頷く。
「不退転。意地を魅せてみなさい」
 彼の胸の内を酌んで。
 青臭いやり取りに、並び立つ仲間の1人、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が、その冷徹な頬を緩める。
 ウラジミールに敵への思い入れはないけれど、任務に相反せぬなら若い仲間の為に少しばかり骨を折るのも悪くない。
 そう、思ったから。
「任務を開始する」
 告げるウラジミールの声音には、何時もよりほんの僅かに熱を帯びていた。


 背に小さな翼、『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)からの翼の加護を受けたリベリスタ達は、その火力をまず第一に倒さねばならぬ相手、斬魔に向けて集中させんとした。
 しかし安易に其れを許さぬのが賊軍だ。無論賊軍は斬魔を援護しようとした訳では無い。
 けれどノーフェイスにリベリスタの手が向いた今、其れを敵手に無視されたと怒りを覚える者も居れば、横合いから一方的に殴り付ける好機を舌なめずりする者も居る。此れが今の賊軍だ。
 抱く感情がどちらにせよ、機を逃さぬ彼等からの攻撃は苛烈で、リベリスタ達も自然と其方に手を割かざるを得なくなる。
 斬魔への攻撃を優先すれば賊軍の中後列への浸透を防げず、賊軍の浸透を妨害すれば近接距離への攻撃手段しか持たぬ『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)や『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は斬魔への火力から除外されてしまう。
 裏野部から賊軍へと変化した彼等の厄介な所は、両面宿儺や土隠等のアザーバイド達が遠近両方の攻撃手段を持ち、更に引き寄せや二回行動といった特殊能力で戦況を引っ掻き回してくる事だ。
 戦線を破壊する事に長けた彼等に対応するには、フィクサードに対しての戦術では到底足りない。得手とする常の手法では追いつかないのだ。
 前線は既に混戦の様相を呈し、防壁として中列に布陣していたウラジミールやツァイン・ウォーレス(BNE001520)が浸透して来たアザーバイドを食い止めるも、2人のクロスイージスの表情は厳しい。
 防壁としての備えは機能したが、この位置からならばもう既に充分後列は射程圏内であり、土隠ならば例えば癒し手を引きずり出す事が可能だからだ。
 ……まあ尤もその癒し手の1人であるアリステアは絶対者であるが故に土隠の引き寄せの前提である捕縛に捕らわれず、目立つ囮として相手の手番を無駄にする機能を発揮するし、もう1人の癒し手?の『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は絶対者でこそないものの、普段は癒しよりも攻撃手としての行動を取る彼女、その耐久力や回避能力は前衛と比べても然程見劣りする事は無く、引っ張り出された所で充分に対応は可能な能力の持ち主だ。
 であるならば、敵の浸透は決してリベリスタ達にとって一方的に不利になったとも限らない。敵が中列まで浸透し、更に前列が混戦状態であるならば、それだけ彼女、後列に控えた大火力、攻勢魔術師たる『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の射程に多くの敵が入り込んでいると言う事なのだから。
 その唇は呪を紡ぐ。視界の中心に据えるは斬魔、最も早く倒さねばなら無い敵。
 だが斬魔を見る悠月の目は怒りでも憎しみでも、嘲りでも冷徹でもなく、哀れみに混じった慈しみ。
 己のパートナーと縁深き、そして近しい性質だった斬魔、九朗を知るが故に。
「――貴方の首は、そう、賊徒如きには渡せません、……ね」
 詠唱が続き、十と少しを数えた後、天空より降り来るは鉄槌の星。

 敵味方入り乱れての乱戦となった最前線、だがそれでも拓真は常に斬魔を己の正面に捉え続けた。
 それ故に、近寄るを纏めて切り裂く斬魔の手刀を其の身に一番受けたのも拓真である。
 巨大な大橋すら切り裂く斬撃だ。如何に人並外れた力を持つリベリスタとは言えまともに喰らえば無事には済まない。
 アリステアや海依音の回復が無かったならば、到底立ち続ける事等叶わなかっただろう。
 賊軍ですら入る事を厭う刃の空間で切り結ぶ拓真の背に、神の愛を放つ海依音。曲がる事の出来ない一途で馬鹿な男の背を支えて本懐を遂げさせるのが、海依音の思う良い女の条件だ。
 自分が良い女であるとのプライドと、男達への親愛を癒しに乗せて。
 海依音に並ぶアリステアが、指に嵌めたリングを撫でた。恋人に貰った繋がりの証を。
 ライバルに闘志を燃やすその形とは違えども、大切な者を失う事を考えれば未練は理解出来てしまう。
 何事にも永遠は無い。喜びは苦しみの種である。
 けれど、だからと言って其れを黙って受け入れるのもまた違う。
 ここにいる皆や、その親しい人にそんな思いをさせたくない。だからアリステアは、皆を生かす為に強力な回復術で押し込まれかけた戦況を立て直す。


 戦場を覆う瘴気、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の暗黒に、悠里の武技、壱式迅雷が重なり、周囲の敵を打ち据える。
 クロスイージスたちの防壁や、2枚の癒し手を材料に戦線を安定させるリベリスタ。
 しかしそれでも尚予断を許さぬのがベテランフィクサードがノーフェイスと化した斬魔であり、そして賊軍達。
 土隠達が引きずり出す事こそ叶わなかったが、それでも後列が血に染まる。
 賊軍のスターサジタリーや両面宿儺が強力な射撃攻撃をリベリスタの後列目掛けて放ち始めたからだ。
 銃弾が魔法の盾を割り、矢が悠月の肉を穿つ。翼を貫かれたアリステアがバランスを崩し、後列の中で最も耐久の高い海依音が自分に注意を集めんと灰は灰に塵は塵に、火術で反撃して敵を焼く。
 血に塗れ、混乱深め行く戦況に、更に二体のエリューションが追加される。
 即ち、先に死していた九朗の仲間達、死体と化していた『捷脚』要と『戦車』巌の2名が、斬魔の闘志に呼応する様にアンデッドとして蘇って来たのだ。
 またそのE化、或いは復活はリベリスタの予想よりも少しばかり早く成されてしまっている。
 其れを想像すると言うのは無理な話であっただろうが、二人のアンデッド化を防ぐ為に死体を巻き込んで放たれたリベリスタの攻撃の数々が、向けられた戦意が、死して尚も身体に残った戦いへの欲求に火を付けたのは最早皮肉と言う他に無い。
 明瞭な言葉にはならず発せられた巌の咆哮と共に、重火器より放たれた弾丸がリベリスタ、賊軍の区別無く降り注ぐ。要が、斬魔に対して攻撃を浴びせようとしていた快のナイフに蹴りをぶつける。
 賊軍のホーリーメイガスが癒しを放ち、ツァインが眼前の土隠を押しのけて巌へ、放置出来ぬ砲台へと抑えに走る。
 ウラジミールのラストクルセイドと土隠の顎門が咬み合い火花を散らし、ミリィの放った閃光、フラッシュバンに眩まされた両面宿儺の射撃が一時鈍る。
 そして先に攻撃を重ねて放って見せた魅零と悠里の前には、
「そろそろ僕も参加しようと思うんだけどさ、誰から殺せば良いのかな。やっぱりオマエからかい? ねぇ、境界線」
 刀身に薄っすら赤い光を宿した妖刀、刃金を携えた裏野部重。
 彼が放つ幼げな外見とは裏腹の強烈な殺気に、けれども悠里も、魅零も、怯む事無く、
「お前の相手は僕だ!」
「やん☆ ぞくぞくしちゃうの、食べちゃいたい」
 左右から、申し合わせもせずにタイミング違える事無く流れる様な連撃を繰り出す。

 その手刀は肉を裂き、骨を断つ。一度振るわれればどんな防具も紙切れに等しい。
 受け流すは困難なほどに鋭く、避ければ空を、地を、空間も足場をも切り捨てる。
 剣林が達人の1人、一刀が土砕掌や焔腕を練り上げ編み出した、気を手に纏わせ刃と化す『斬手』は極めれば名刀にも勝る切れ味を誇る、彼とその弟子である九朗のみの受け継ぐ技。
 拓真はその手刀を其の身で受け、渾身の一撃で斬魔を貫く。まるでその技を魂に刻むかの如く。
 無手の技を自分が覚える事等出来ないのは承知の上だ。下地となった技を扱えぬ彼に、其処から練り上げた極みを振るえよう筈がない。
 この戦いの結末が如何様になろうとも『斬手』は此処で絶えるだろう。老身の一刀はもう技を振るわぬだろうし、九朗以外の弟子を取る事も無い。
 拓真のライバルが振るった技には、もう二度と出会えないのだ。故に繰り出される手刀の一つ一つが、避けずの斬り合いを彼に選ばせる程に惜しかった。
 一合一合に魂を籠め、切り裂かれど怯まず次を見せろと。本当は語り合いたかった言葉の代わりに刃を。望んだ決着が適わぬ無念を埋めるかの様に。
 アリステアや海依音の回復があるとは言え、気を抜き受け方を誤まれば一撃で胴が両断されるだろう。
 薄氷を踏み渡るかの如き危うさを、拓真は極限の集中力を持って耐え抜く。何故ならライバルの、友の技にはまだ先があるはずだから。
 恐らくは、自分と戦う為に編み出されたその先が。


 速度を生み出すその脚力を足先の一点に集中し、放たれた要の『捷脚』は快を大きく後退させた。
 けれど同時に快が放とうとしていたラストクルセイド、武器に籠められた神気は要の、動く骸と化した彼女の足に多大なダメージを残している。
 本来、快は要にとって相性の悪い相手だ。速度に回避、命中、手数で圧す要が不得手とするのが快の様に純粋に硬くタフな相手であり、生前だったならば間違いなく防御を無視できる九朗に任せているであろうタイプである。
 しかし今の要に戦術や相性の有利不利を判断する頭は無く、ただ斬魔……、仲間である九朗に向けられた刃に反応して快を相手に見定めたのだ。
 とは言え相性的に有利な快にとっても、要の行動は結果的には手痛い物となった。確かに要の攻撃は、気を抜いて下手な受け方さえしなければだが、硬い快の防御力により後方より飛ばされるアリステアの回復で充分まかなえる程度のダメージしか積もらせない。
 だが同時に発生するノックバックは、集中攻撃を浴びせるべき斬魔から彼を引き剥がしてしまった。
 快の口から小さな溜息が零れる。先程の要の蹴りに快が感じたのは情念だ。倒さずして通してくれる事は無いだろう。
 序盤より行なわれた死体をも巻き込んでの攻撃で要の身体も随分破損しているが、それでも矢張り楽に倒れてくれる事もないのだろうと。
 要に対して感じた哀れみを飲み下し、快は己が護り刀に神気を宿す。
 一方もう1人の九朗の仲間、巌の前に立ちはだかったのはツァインだ。
 巌の攻撃はリベリスタも賊軍も区別せずに巻き込む全体への攻撃であるが故に止め辛く、また対処の優先順位も低くなる。
 けれどそれでも巌を放置すれば彼は斬魔を庇いに行くだろう。
 投げかけた言葉にも明瞭な反応を示さぬ、既に働きが死んでしまった巌の頭だけど、身体が、心が、要と同じく成すべきを覚えているだろうから、ツァインは彼を止めねばならなかった。
 眼前に立つツァインに、巨大な銃口……むしろ砲塔というべき其れが向けられる。
 虚ろな瞳はもう何も映さぬけれど……、
「刹那の刻、このツァインがお相手する」
 死した戦士の魂に敬意を抱き、ツァインは名乗りを上げて刃を構える。

「――天に弓引く賊徒共。天を落さんと欲するならば、魔星の天墜その身に刻みなさい」
 響き渡る詠唱が呼び寄せたるは星屑だ。悠月の指先に導かれ、マレウス・ステルラ、巨大魔術が再び降り注ぐ。
 強力な火力に後押しされて、アザーバイドと切り結んでいたウラジミールがハンドグローブで土隠の顎門を受け流し、コンバットナイフの一撃を叩き込む。
 確かに古のアザーバイドの特殊能力や戦闘技法は厄介だ。通常のフィクサードを相手取るとは勝手が異なる。
 しかしリベリスタがまつろわぬ民の戦い方に慣れぬ様に、彼等もまた現代の技術をまだ知り得ていない。
 例えばウラジミールが振るう、合理的に理論に裏打ちされた完成された技法、軍隊式格闘術の様な進んだ技術は。
 ミリィの指揮も同様である。
 彼女と相対する両面宿儺には、ミリィの振るう象牙製の指揮棒の意味が理解出来ない。
 彼等にとっての指揮する者とは、誰よりも勇猛で士気を鼓舞する強者でなくては意味が無い。
 まだ子供を抜け出しきれぬ年齢の、小さな少女の指令に応じる利点が判らない。
 なのに、けれど、その指揮は確実にリベリスタ達の能力を高め、特殊能力を駆使した自分達まつろわぬ民の撹乱から戦線の混乱を防いでいるではないか。
 苛立ちを籠めて振るわれた両面宿儺の曲刀を、ミリィはなんとか指揮棒で受け止める。
 衝撃によろけながらも、今までの攻防で顔まで血に染めながらも、その表情は未だに毅然と、誇り高き美しさを宿す。

 戦いは苛烈さを増し、アリステアに海依音、二人の癒し手に掛かる負担も加速度的に増加していく。
 癒し手の戦いは、戦場に於いては他者と少しばかり性質を異にする。
 戦士の戦いが眼前の敵を打ち倒すと言うゴールの見えた短距離走だとするならば、癒し手の戦いはゴールの見えない長距離走だ。
 傷付いた仲間を癒し、けれど仲間はまた傷付き、癒し、癒し、癒し、癒し、癒す。傷付く度に、仲間が血に染まる度に、最速での対応を常に要求される。
 彼女達が居なければ戦線はすぐさま崩壊するだろう。だが彼女達がこの苦しい戦いを自ら終らせる事は叶わない。
 仲間達が勝利をもぎ取るその時まで、彼女達は速度を落とさず走る事を求め続けられる。
 アリステアに海依音、二人の戦いは自らの精神を削る戦いだ。その心が優しければ優しいほどに、その優しさが自らの心に刃となって突き刺さる。
 重ねて唱える聖神の息吹、最も追い込まれた仲間を見逃さない海依音の神の愛、そして崩れ掛けた戦線を無理矢理支える切り札、アリステアのデウス・エクス・マキナ。
 彼女達の戦いに、未だ終わりは見えてこない。

 赤い光を宿した妖刀はまるで抵抗無く、斬られた当人がその事実をとっさには認識出来ぬ程鮮やかに、魅零の鎖骨から胸までを縦一文字に切り裂いた。
 魅零を斬った重に向けて、悠里が放つは魔氷拳。近接攻撃しか持たぬ悠里は元より、遠距離複数への攻撃手段を有した魅零でさえもが、今や眼前の重のみに集中する事を強いられて居る。
 悠里も魅零も、今回集まったメンバーの中では比較的高い命中精度と、敵の動きを封じる類の攻撃手段を有した闘士だ。
 だがその二人を持ってしても、現在この戦場で最速を誇る重、裏野部の申し子に対して攻撃を直撃させる事が未だ出来ていない。確実に以前に相対した時よりも重はその力を増していた。
 圧倒的ですらあるその動きに加え、敵対者の防御力を己が攻撃力へと変換する妖刀の存在、並みの革醒者であれば戦意を喪失しても可笑しくない重に対し、けれど悠里も、魅零も、怯むどころか血塗れた顔に漲る精気は増している。
「もう誰1人、お前に殺させるもんか!!」
 悠里を支えるは後悔。二度と失わぬという誓い。
 嘗て裏で重が糸を引いていた計画を潰す為に、その命を散らせた戦友への想い。
「重クン重クン!!! 貴方の牙を、見せてみろ!!」
 一方の魅零はそのパーソナリティが故に。アブノーマルな、悪し様に言うならば何処か壊れた乙女である彼女の心の内は読み取れないが、魅零が重に向ける視線には優しさすらが混じる。


 続く死闘に小さな悲鳴をあげ始めたのは、リベリスタでも、賊軍でも、エリューション達でもなく、彼等の足の下、戦場となる大橋だった。
 其れに気付けたのは、ハイバランサー、優れたバランス感覚でどんな足場にも対応出来るからこそ、足場が僅かに傾きはじめた事も察知したツァインと魅零のみ。
 しかし超常の戦いがこのまま続けば、やがてその傾きは誰もが察する大きな物になる筈だ。
 橋上の死闘に終わりは見えねど、崩壊の時は刻一刻と迫り来る。

 斬り、斬られを幾度繰り返した事だろう。
 その一太刀一太刀は余さず確かに魂に刻み込んだ。
 これは望んだ形の決着では無い。本当は、リベリスタでもフィクサードでもなく唯一個の武人として技を競い決着をつけたかった。
 相手は強力なノーフェイスと化し、自分は仲間の強力な支援を受けて漸く立って居られるのだ。
 このまま行けば、ノーフェイスの力に支援が打ち勝ち、斬魔は、九朗は削り倒される。
 望んだ形の決着は、もうどれほど足掻いても手は届かない。けれどそれでも、決着は斬魔では無く九朗と、自分自身の手と魂で。
 殺意を持たなかったが故に生まれた縁を、殺す事で終らせる覚悟を決めて戦場に臨んだのだから。
「どうした、九朗。お前の全力を、……その業を、俺に見せてみろ!」
 その先を、最後に九朗の全てを。
 言葉では無く、言葉に載せられた意思を理解して、斬魔の、九朗の闘気が膨れ上がる。
 一刀が編み出した斬手の理想は、一刀の名と同じく一太刀に全てをこめる事。利き手が繰り出す誰にも防ぎえぬ最高の一刀こそが斬手の辿り着くべき姿だ。
 だが九朗は、一刀の弟子は出会ってしまった。未熟が故に一太刀では切れぬ相手、双剣を繰り、利き手のみの一振りでは越えられぬと思わされた相手。
 ライバル、宿敵、そう思えた新城・拓真に。
 故に求め、生み出した力は師の教えには背く邪道。利き手だけでなく四肢の全てを刃と化し、唯一人の敵を食い荒らす群狼の拳。
『――九狼』
 意味を成さぬ咆哮でなく、はっきりとした九朗の声を耳にしたのは拓真のみ。応じて彼が放つは、拓真の放てる技の中で最も威力を持つ技、120%。
 増大した闘気に呼応して膨れ上がった拓真の肉体を、先に放たれた九匹の群狼が貫き貪り喰らう。
 右肺を貫き、腹部をかき回し、腕の筋を断ち、大腿を抉り、そして最後に喉に大穴を開けて、九狼は拓真を完全に削り切る。
 誰が見てもそれは致命傷だった。殺し切る為の必殺の技。
 けれど……、拓真の瞳から光は消えない。強い覚悟が途切れそうな意識を握って離さず、己が意思で運命を対価に踏み止まった彼の一撃、全身全霊の120%が狼を切り裂き、果たせなかった因縁に決着をつけた。
「確かに見届けたぞ、九朗。お前の業を」
 それは拓真にとって待ち望み、そして訪れて欲しくなかった、相反する矛盾を抱えた瞬間だっただろう。

 ――故に生まれた空白に、悪意は容赦なく付け込んだ。
 ずぶりと、背から胸を貫き生えるは刃。拓真の残り少ない力の全てを刈り取ったのは、
「茶番は終った? 随分仲良しみたいだから、一緒に送ってあげるよ」
 重の妖刀、刃金。
 ずるりと刃が抜かれ、意識を失った肉塊が地に倒れ伏す。
「拓真っ!」
 戦場に響く悠里の声に、重が振り返り嗤う。
 重の必殺『コル・セルペンティス』、蛇の心臓の名を持つ蛇殺しの技は、その圧倒的な速度が可能にした遠距離攻撃だ。
「あぁ踏み越えちゃったね。ごめんよ、境界線」


 重の見せ付けた力に賊軍達の士気が上がる。
 要が、巌が、九朗を屠った重に敵意を向けるが、既に一度倒した彼等を、そして今ももう既にボロボロの二体のエリューションを、今更重が気に留める事はない。
 重が、賊軍達がはっきりと敵意を向けるは……、やはりリベリスタ達に対してだ。
「ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり」
 攻撃の手を止め、唱え始めるは父の名を持つ神言、ひふみ神言、或いは布留の言。
 身に刻まれた『蜂比礼』が励起し広がり、重に力を与えていく。
「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」
 重が此処まで布留の言を温存した理由は単純だ。
 術の効果時間を考慮したからでも、この術の使用に拠って削られるであろう蜂比礼が繋がる先、蛇比礼が蓄えた負の想念が削れる事を惜しんだからでもなく……、恐らく重も意識しての事では無いだろうが、新しい力、言い換えれば新しい玩具を手に入れた子供が其れを最も効果的に見せびらかせる瞬間が今この時だと察したからである。

 悠月が魔術師としての視点から、ミリィが戦闘指揮者の視点から、それぞれ魔術知識や神秘に触れる深淵ヲ覗ク力を使い、布留の言を解析して行く。
 力の解放により拡大された攻撃範囲は『域』にまで及ぶであろう事、身に刻まれたアーティファクトの力を纏う為に、付与ではあれど其れを引き剥がすには直撃程度では到底足りず、一二三に比べれば結び付きの甘い重ですらブレイクには150%以上での命中が必要であろう事。
 集中を重ねた魅零が石化を付与するも、will、意思の力すら強化する布留の言の力は当然の様にその束縛を破り、そして更に強化された速度で先手を決して譲らない。
 布留の言その物に状態異常を封じる力は無いけれど、回避、速度、Wパワー、その全てを大きく強化する事で結果的にバッドステータスに対しての強い抵抗力を術者に与えている。
 出現した化物は思うが侭に暴威を振るう。
 熟練のクロスイージス3名を擁した防御力に富んだ今回のリベリスタの編成も、重の刃金の前には大きな意味を成しはしない。
 快、ツァイン、ウラジミール、3人の優れた防御力はそのままに彼等の身を切る刃となるのだ。
 快が要を、ツァインが巌を落としたけれど、状況が好転することは無い。
 あっさりと運命をも刈り取る開放状態の重に、アリステア、海依音の二人がフル回転を強いられる。
 特にアリステアのデウス・エクス・マキナは消耗の激しい回復術だが、けれど惜しむ余裕が欠片も存在しないのだ。
 唯一の救いは悠月がEP回復の術、インスタントチャージを心得ていた事だろう。
 しかし仲間内でも最も優れた命中を誇る攻撃術者がそれ以外に手を取られたならば、唯でさえ攻撃の当たらぬ重に対して命中打を放てる者は殆ど居なくなる。
 悠里を、攻撃を当てれる可能性を持った攻撃手こそが必要だと、己の防御力が敵に回ると知っても尚、庇いに走った快が断たれ、橋を血に染め倒れ伏す。
 ウラジミールが眼前の土隠を下し、ミリィと共に中列の優位を確保するが……、それでも前列の重を止める手立ては無い。
 当たらず、止まらず、決して低くない威力の攻撃を、防御を無視して、寧ろ敵の防御力を己の攻撃力に乗算して放つ。
 正に圧倒的で暴力的で理不尽な脅威として、裏野部重は其処に居た。


 最早、重を止める手立ては無いかに思えた。暴れまわる重自身も自分を止める者は居ないと思っていたし、其れは驕りでも何でも無く、客観的に見ても事実だった。
 けれど常識で考えれば一笑に付す手も、愚かしいまでに覚悟を決めてしまった者ならば其れを事態の打開にまで繋げる事がある。
 その手段を思いついたのはツァイン、悠里、魅零の3人。そして其れを実行に移せる距離に居たのは、今回重と戦い続けて来た悠里と魅零だった。
 重の放った突きを、魅零は敢えて其の身で受ける。重の動きを止めるには、己が身を武器に刺されて重しと化す以外の方法が無かった故に。
 胸を潰され、肺を貫き、背に抜けた重の刃金は……、しかし其処で更に自ら刃に飛び込んだ悠里の腹に潜りこむ。
 悠里の思わぬ行為に魅零が、そして誰よりも重が驚きを露わにする。
 だが実際に、どちらか片方のみであったなら、その手は成功しなかっただろう。
 刃金の刃は人の肉体など何の抵抗も感じずに切り裂けるのだ。自らの体を重石にしたとて、横に払えばそれまでである。
 しかし突き刺さった二人分の身体の違い、刺さる部位の違い、元より肉体の硬さの違い、つまりは貫いた肉質の違いが硬さを読み取る刃金にほんの僅かな抵抗を生み、……そして何よりも二人掛かりの捨て身の驚きが、重の動きを一瞬止めた。
 決して捨て身を予測していた訳ではなかったけれど……、間髪入れずに重を撃ったは、悠月の放った魔曲・四重奏。
 毒が蝕み、血が噴出し、痺れが全身を回り冒す。癒し手のEPの回復よりも優先した、好機を逃さぬ一撃。
 更に、灰は灰に塵は塵に破邪の詠唱に刻まれた呪言に、重の全身が浄化の炎に包まれる。その炎すらをも切り裂いて、重を引き裂くは魔力を秘めた風、エアリアルフェザード。
 海依音が、アリステアが、無二の好機を逃さず放つ攻撃。元より癒し手の力は攻撃に転じれば火力と化す。命中さえするならば、その威力は決して見劣りする物では無い。
 そして戦いの行く末を決定的にしたのは、動き鈍らせた重の布留の言を剥ぎ取った、ミリィの、悠里と魅零をも巻き込んでのシャイニングウィザード。
 引き剥がす事等不可能に思えた布留の言が、覚悟に覚悟が重なって、そして好機を見逃さぬ仲間達の、信頼が生み出す連撃が、重の力を奪い取る。
 Drの値すら上昇させる布留の言も、引き剥がされてしまえば何の効果も齎さない。
 倒れた重の身体を賊軍のフィクサード達か抱え上げる。重を、手強い賊軍幹部を討ち取る絶好の好機ではあったが、最も近くに居る悠里と魅零は既に力尽き、ツァイン、ウラジミール、ミリィの前には未だにアザーバイド達が残る。
 海依音にアリステア、悠月は立ってこそ居たけれど、彼女達の疲労も既に極まっていた。
 軋む橋、転がる死体、賊軍達が去りし四国方面には、黒い雷雲が広がり始めている。

 死ばかりを残して悼む間も無く、血に濡れた橋上の死闘は幕を下ろす。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。
 少し噛み合わない点や相反する詰め込みがあり、ギリギリとはなりましたが熱いプレイングが多かったのでこの結果となります。

 また判定に直接かんけいすることではないですが、固有名詞を出される場合は伝わるように書いていただけると拾い易くなるので助かります。

 参加有難う御座いました。お気に召したら幸いです。