●さあ花を染めましょう 赤青藍黄緑白黒紫橙さあ皆様はどのような色がお好きでしょうか。 此度魅せるは紅き花! 見る者を全て魅了させるであろう事は間違いなしの素晴らしい商品(モノ)で御座います! それではこの布を取り払ってみましょう! ……おおやおや? これでは唯の真白の花ではないですか。 困りました困りました。このままでは皆様にはご満足いただけないでしょう。 ――――――! ああ、そうだ。そうですねえ! 申し訳ありません。皆様、どうぞ皆様。どうか今だけその席をお立ちになり、少しばかりこの花に近づいてはくれませんか。 あああ、どうも有難う御座います。本当に、本当に有難う御座います。 それでは皆様、 一緒に花を染めましょう。 はい、ぐちゃり。 ●花は自分で染まるものです 「散らしてください」 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)の表情は、凍っていた。 恐怖故か、怒り故か。見る者にそれはうかがい知れない。 停滞した感情は異能者の瞳を以てして尚看破できぬ。 それほどに不快な劇場を見たが故の――深い激情。 「造花です。誰が作ったともしれない、価値の低い芸術品。 けれどそれにはある因縁がありました。手にした者は残らず、その命を奪われた、と言う」 良く在る話だ。何処にでも在る話だ。普遍的で一般的で抽象的で、だからこそそれが現実となるならこれほどにも恐ろしい話はない。 「アーティファクトには意思があります。獣にも満たぬ弱い意思――食欲という名の欲望が。 恒久にも似た長い時間、食欲を満たしては涸らし、それをくり返したアーティファクトは、元のそれとは違うほど暴力的な力を持ち、変貌しました」 予言者の瞳は何処までも澄んでいる。水のようにか氷のようにか。 情報を伝えるだけ。所作には微細の滞りなく、だからこそ恐ろしい。嗚呼彼女はこのような人間だったか? 「戦場全体へ魅了を行います。恐ろしいほど高い精度の。 受けた者は仲間への攻撃は行いません。唯、自身の血肉を造花に捧げることしか考えられなくなります。近寄って、喰われる。それだけです。 喰われた人はその傷を回復させることが出来ません。更にその生命がリンクされているため、喰われた人に付与されている能力は全てアーティファクトとリンクします」 そして。 そう言って、予言者は言葉を一度、止めた。 「……戦場は、ある公民館の地下にある、少し広い会議室です。 オカルト好きな好事家の小さなオークション会場となっている其処は、全て全てが花に喰われて、その命を吸われています。現在進行形で ……だから、幾ら攻撃を当てても、その殆どは供給したばかりの命でまかなわれます」 対策を考えろ。 死体をどかすでも良い。花をはじき飛ばすでも良い。貴方達にはそれだけの力がある。 「……覚悟はしてました」 全てをまくし立て、疲れ切った予言者は、椅子に身を預けてぽつりぽつりと零し始める。決意の脆さを、自身の弱さを。 「こういう、不幸な人たちの現場をこの目で見ることは。 けど、それもちゃんと理解して、私はこの仕事に、立ち会おうと――!」 嗚咽。せめて彼らの覚悟は鈍らせまいと顔を覆い頭を垂れた非力な少女に、リベリスタは何も語れぬ無力感と――僅かな安堵を感じていた。 恐怖故か。怒り故か。解答は前者。そして少女はそれを彼らの眼前で提示した。 ならば彼女は人として――未だ、救いはある。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月07日(日)21:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「待て」 物語は、彼女の一声より始まる。 『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518)の瞳は怜悧者のそれであった。脅威に我が身を晒すことを極力避けるために行動する彼女の姿勢は、リベリスタにとっては何とも頼もしく見えるであろう。 現のモノを全て見通す眼を通じて、これより先に在る部屋――破壊対象のアーティファクトの居場所を彼女が見ている間、仲間達もまた、戦闘準備を抜かりなく行っていた。 「……何で只の造花がこんなモンになっちまったんだろうな?」 途中。言葉を漏らすのはラキ・レヴィナス(BNE000216)である。 余計だったかなと頬を掻く彼ではあるが、予想に反して返ってくる言葉は多かった。 「他者の血肉を喰らい、その命を持って咲誇る造花……か。 今まで、あの造花はどれだけの人を喰らって来たのだろう。そして、どれだけの思いを──喰らい潰したのか」 双槌の握りの感触を確かめながら言うのは『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)。武器をチェックしているようでありながら、その視線が何処とも無い宙を泳いでいる様を見れば、彼の胸中に万感が渦巻いていることは容易に想像がつく。 誰が為の力、人を守るための力。此度見える存在――他を傷つけるだけの力とは、彼は正に対を為す。 倒す。倒さなければならない。彼が最も憧れた者の生き様を示すためにも。 「人の命を吸う造花か。ゾッとしないな。つーか、まぁ、誰が造ったかは知らないけれども。 意図してそんな風にしていたなら、趣味が悪いってレベルじゃあないな」 「まったく、芸術家ってやつはわっけ分かんないねぇ。血を浴びせて赤くするだって? ほっといたら黒くなるし、センスないんじゃないのかい?」 『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)と『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)の言葉は辛辣である。 件のアーティファクトに対する思いを嫌悪、若しくは忌避のそれだけに彩った彼らの心にも迷いは無い。脅威があろうが死の危険があろうが、其処に竦むほどの浅い人種がこの場に来る訳もないのだ。 「ま、色々気に食わねえが……結局は作った人間の業が一番気にくわん。 何しろアレだ、うちのフォーチュナ泣かしやがって容赦なんてしてやるかよ」 とりわけ、苦い感情を殊に表す『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)の言葉と言えば無い。 十字の型を手のひらで弄びながら、マリーが見据える部屋の向こうに、彼もまた向ける視線は、戦う前より先に殺気を発するほどでも在る。 ――相対する彼らの意思は、要するに感情のそれらであり、故に向ける切っ先は冷えた鉄のような、無機質な恐怖さえも感じさせる。 故に、故にか。 「花と言う字は、僕は余りに的を射過ぎて居ると思うワケだ」 其処に自身の哲学を以てして臨む『ディアブロさん』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)の姿は、彼らの中には余りにも奇異で、で、あるが為に、この場における奇妙な一体感も感じさせる。 「草冠、即ち草が化けると書き、花。女性が化粧をするかの如く美しく転身する。 それが良いか悪いか、なんて無粋な話なのだろうけど――」 黒山羊の少女は、空妄を歌うように、夢見を笑うように言葉を紡ぐ。 発するそれらは、無慈悲な現実主義者のそれではあったけれども。 「まあ、今回の花は刈り取るしか無い、選択肢など端から無いのさ、花だけにな」 言葉遊び。からからと呟きながらも、脚甲を嵌めた足を、カツカツと地面に当てる彼女。 それが浮かべる、小悪魔のような笑顔は――果たして恐怖と取られるか、好意と取られるか。 「……ところでマリー嬢。今しがた私達の足に結ばせてもらったこの紐は、あれか。運命の糸とかか」 「射程の目安だな。後は私が戦闘不能になった後、花から引っ張り戻して貰うためだ」 ばっさり。 意図的な悪意を感じるだのとぼそぼそ呟くノアノアを尻目に、部屋内部の状態を確認し終えたマリーはそれを報告後、仲間達に開戦の合図を告げる。 「……行こう」 不快なゲイジュツを、握りつぶすために。 ● シンプルと言えば、シンプルな戦術である。 開幕。アーティファクトの造花が鎮座する部屋の扉を開けると同時に、拓真、涼、冥真、マリー、そして瀬恋が室内へ突入。 その後、花が行動を追えた後に、敵の解析役であるラキ、そのカバーリングとして『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が入る。 そして、最後のノアノアは純粋に回復専念役である。彼女が室内に入るのは基本的に、他の仲間が魅了された際の対策役としてが主となる。 状態異常に対する唯一の回復役である彼女の存在は貴重であり、故に彼女まで花の魅了能力に合わせるわけには行かないと言う、リベリスタの判断は間違ってはいない。――当人は「ぜんぜん寂しくなんて無いんだからな」とか言って、扉の向こうでのの字書いてたりするが。 「行くぞッ! 最初から全力だ…!!」 飛び込む拓真。他の面々が花の周囲にある死体を退かしている間、敵の微弱な『気』を惹きつける役として、そして花を苗床から弾き飛ばすために、両の手に担った槌を振りかぶる。 ――が。 「っ、く!」 花の周囲に転がる死体、そして血だまりによって足を取られる彼の精度は落ち、その攻撃は花を僅かに掠める程度にとどまる。 ノックバック。当たれば花を『苗床』から一気に切り離せる有利な戦技。 が、それを当てるまでの障害が、このような形で出来上がっているとは誰も思うまいが……それでもこのままでは、事が容易に進行しないことは確か。 だからこそ、彼以外の面々はその間、花の周囲に転がる死体を退かして回ることを選択するのだが―― ――それを唯許すほど、花はその身を満たされてはいない。 かくん、とマリーの首が垂れた。 きょろり、と冥真の眼が蠢いた。 かしゃん、と瀬恋が銃を取った。 手足はマリオネットのようにぎこちなく動き、瞳は精彩なく濁々とした闇を湛え、向ける得物はどれもどれもが逆手に取られている。 「……っ、ノアノア!」 叫ぶ、涼。 「応よ!」 同時に、ノアノアが飛び込んで、脚光より光の淡雪を降らせるが――ほんの僅かに、遅い。 突き刺す、撃ち込む、焼き焦がす。種別は違えど行う攻撃は全て自己に向けたものであり、そうして零れた血を、真紅の造花は甘露甘露と言わんばかりにじっくりと飲み干していく。 「綺麗な華に棘はつきものだがよ……にしても山盛り過ぎるだろ」 敵が行動を終えたことを知覚し、続いて部屋に入ったラキと喜平。 ノアノアに続いた彼らの苦笑交じりの言葉に対して、軽口を叩き返せる余裕は未だ見られない。 復帰した突入班の面々が、残る死体を退かしている間――ラキは紅眼を眇めて、敵を、敵の本質を『視る』。 正確な情報を、可能ならば弱点を。上辺の造花に宿る想念を調べんとする彼が真っ先に見たものは、 赤。 「――――――!」 思考が軋んだ。 意志も思考も目的も存在意義さえも唯一つの色に染めた破界器の在り様に、ラキの解析は一時、失敗する。 が、それを悔やむ時間も惜しい。 「やれやれ。力仕事は苦手なんだけどねぇ」 「そう言うな。これで最後なのだから……なっ!」 ぼやく瀬恋に対して言葉を返したマリー。周囲に転がる死体のうち、最後の一つを部屋の隅に放り投げた事で、彼女は漸く、自らの意志で武器を手にする。 ――先の魅了に、返礼を。 不敵なみを浮かべど、眦は吃として。 得物を構えて、敵に叩き込む。自らが倒れるまで、自らが遂えるまで。 「お前の命と私の命、どっちが先に削りきられるかな……!」 『本番』は、此処からだ。 ● 「自分の血肉を与える、か」 広刃剣を片手に担い、涼が呟く。 得物の重量は決して楽なものではないはずであろうに、其処から千々となって銀の塵風を魅せる彼の剣閃は、最早障害を廃された花を見る間に切り裂いていく。 「愛する人とかになら幾らでもやっても構わんのだが、無機物にやるなんて考えたくはないな」 にやりと笑う、優男。 生命をかけた場に於いて未だ自己の流儀を忘れぬ姿勢を見ながら、瀬恋もまた間断を作らぬよう、無法者の弾丸を怒涛の如く降らせ浴びせる。 「出来損ないの芸術品は壊されるのが筋ってもんだろう?」 言葉に、花は答えない。 発するのは唯一つの意思。其処から構成される能力と言うカタチ。 ぐらりと思考が歪曲し、再び武器が自身へ向く。今先刻傷つけた相手を満たすべく、近づき、自らの身を捧げ行く。 「自身のみ」を攻撃対象とする敵の魅了能力は、何よりも厄介だった。自分自身を対象とした攻撃は、何らかの不運でもない限り決して外されることは無く、それ故に傷ついた花弁は、確実に元の精彩を取り戻すことを容易にする。 「……、節穴じゃねえならもどってこいよリベリスタ! お前らの審美眼はそんなもんじゃねえだろうが!」 辛うじで、その能力を逃れた冥真が叫んだ。 絶叫し、咆哮し、喧々と響く声は癒しの力を込め、彼らの傷を微々ではありながらも癒していく。 滴った血肉を、花に『喰われる』より先に回復することで、その能力を未発動に収めるという冥真の賭けは、どうにか勝ちを拾いはしたが――五分の確率で魅了される彼も、彼の回復量も、確たる支えと呼ぶには些か足りない。 特に、その能力を破壊に特化した拓真とマリーの傷は深い。他に譲らぬ生命力の高さが有ってこそ保てている現状ではあるが、それも何処まで続くかは怪しいところである。 戦況は確実に、花の側へと傾きつつある。戦闘開始から一分を超えた時点で、運命を消費した者はおよそ半数。残る者も、体力、状態異常回復の不確定性が故に、その体力はおよそ半分を切っていた。 「ラキ、エネミースキャンは……!」 「ああ」 喜平の、焦りを込めた問いに対し、ラキは歎息を吐いた後、仲間達に声をかけた。 「弱点は無いが……魅了能力は主に、視覚と嗅覚に訴えるタイプだな。攻撃の際に息でも止めてれば、少しはマシになると思うぜ」 「良し……!」 承知と頷く拓真の戦槌は、繰り返し真紅の造花を圧し潰す。 「まだ、この仕事に日の浅い天原が覚悟を示した。なら、それに応えなくてどうする……っ」 鮮烈な赤、生命の赤。 犠牲者達の痛みを、苦悶を、そして悲哀の色を、これ以上深めるわけには行かない。 直後、ふわりと漂う、意識しなければ気づけないほどの、甘い芳香。 微細ながらも精神を狂わせるほどに根強く残る、その香りに脳は酩酊し―― 「起きろ!」 ――マリーの怒声で、それは散らされる。 彼女もまた、傾いだ体を気力で必死に奮い起こし、手にした銃剣を自らに向けぬよう保っている。 既に全身は、服装の紅すら染められるほどに赤く染まっている。回復を容易に許さぬ敵の能力は、間接的にマリーの命を着実に縮め、運命の変転すら一度起こさせていた。 だが、それでも。 「私の、仕事は……!」 魅了と痛みが意識を明滅させても、例え死に瀕する血をその身から溢れさせても、 人の敵を討つアンシーリーコートは、決して得物を下ろしはしない。 絶剣。振るった力で花の大半を砕くも、同時にその反動で倒れたマリーに、冥真の回復は及ばなかった。 「……大した気概だよ。本当」 感嘆、そして賞賛。 ラキを庇う行動を止めた喜平が、ギリギリの間合いから放つ多角射撃が、千切れかけた花の花弁を次々に撃ち抜いていく。 だが、それでも未だ、花は枯れない。 「まったく……何だこのサバトな状況は! 起きなさい!」 最後の瞬間まで、見る者を、識る者を魅了し続ける破界器。癒すノアノアの力も、拮抗には及んでいない。 再びそれに侵された拓真が、自らを打って地に倒れた。瀬恋の銃も、冥真の神具も、自身を傷つけ膝を屈し、倒れるには後僅かにまで至る。 再び、その命がすすられる。 確実に、機が敗北へと導かれる 前に。 「真っ赤に色づいた花は、後はもう散るだけだ。テメェももう終いの時間だぜっ!」 「男と肩を並べるなんて趣味じゃねぇが……ま、胸糞も悪いしな」 それに、終焉を齎したのは――ラキと涼。二人が放つ剣と重弓。 妖艶な赤が切り裂かれ、それを穿って塵芥と為す銃声が響く。 そうして、後。 散った花がその赤を、歪んだ意志を失い、真白の造花へと戻っていく姿を見て――リベリスタ達は、自身の勝利を確信した。 ● 身分照会は、案外あっさりと答えが返ってきた。 この度のオーディション主催者である男性、彼は単なる一般人であったらしく、純粋にオカルトな物品を競売にかけようとしただけと言う話だった。 それに対してなぜ魅了が発生しなかったのかは――こと食欲に対して何処までも貪欲な花が望んだ「より多くの苗床」を得るまでの、僅かな辛抱ではないか、とのこと。 ふんと鼻白んだ冥真が携帯端末を閉じて、つい先ほどまで破界器として在ったそれに視線を向ける。 千切れ、手折れ、最早元の形を留めては折らぬゴミ。 その残滓に、そっと手を添える者が居た。マリーだ。 戦闘終了後、彼女を含めて倒れたものたちは冥真の回復を受け、既に歩ける程度には治っている。痛んだ体を引きずりながらも、花弁の一つを手に取ったマリーが見せる表情には、何の感情も感じられない。 「血を吸う花か。ゲイジュツってのはわからんな」 ぐしゃり。力を込めて、花を握りつぶす。 返ってきた感触は、只の布の柔らかさのみで、少しばかりそれが空しかった。 「……そろそろ行こうか。これ以上此処に居るのは邪魔になるだろうしね」 『全ての死体』を確認し終えた瀬恋が声を上げて、リベリスタ達はそれに応じてその場を去る。 自らの仕事を終えたこの場に、既に彼らの居る意味は無い為と――もう一つ。 ――アンタの覚悟が、悲劇を一つ消したよ。やったな! 傷つき、打ちのめされた預言者に対して、喜平が提案した『成功報告』を送るために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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