● 霧雨の下、崩れ落ちたガレキのおうち。 其処で、私は唯一人。壊れた石塊を退かしていました。 「………………」 疲弊した腕と、破片で傷ついた指先と。 そんなものを、気にも留めずに、唯黙々と作業を続ける私に、こん、と。 「……よぉ、雌豚」 「……?」 石ころを投げた、男の人。 何人も仲間を連れて、武器を持って、野卑た笑みを浮かべて。 呆然と――その人たちを見つめる私に、その人たちは言いました。 「消えろ。此処はもう、俺達の場所だ」 「………………」 「アークだか、他派のヤツだか知らねえけどよ。 此処はもう『賊軍』の領土だ。余計な仕事させるんじゃねえって、そう言ってんだよ」 乱暴に周囲のガレキを蹴散らしながら、その人たちはこっちに来て、私の襟を掴みました。 狭まる呼吸の音が、か細い雨音に混じって、ああ、嫌な音だと思えて。 「聞こえ――――――」 そうして、一閃。 隠し持っていた得物を片手で薙げば、それまで私を掴んでいた人の腕がぽおんと飛んで。 「あ……ぁ!?」 「……十八人居ました。過去最高の人数だったらしいです」 私の攻撃を見て敵意を顕にした、残りの人々は、それと共に自分の武器をこちらに向けて構え始めます。 「年齢は――まちまちでした。大体私と同い年くらいから、四、五十歳くらいの人も居たでしょうか。 その人たちが、みんな、みんな、こんな小さな私に、『お願いします』って、真面目に言ってきたんです」 気にも留めず、前に歩き出した私に、銃声。 腿の脇を銃弾が掠めて、ふらついた体を、それでも、必死に堪えて。 「どうしてですか?」 「手、前ェ――――――!!」 「どうして、あの人たちにも、私と同じことを、言ってくれなかったんですか?」 手にした武器を、彼らに向けて。 「悪党を目指してた人々です。殺されても否定はしません。 けれど、あの人たちは『目指してた』だけだった。何もしてなかった。私や、貴方たちとは違っていて」 言葉は、続けられませんでした。 剣、銃弾、魔術や拳打。それを避け、受け止め、一息を交えて距離をとった私は、これが答えかと嘆息しました。 ――雨が降っていて良かったと、少しだけ思います。 悔しかったり、悲しかったり、そんな思いが外に零れても、水滴はそれを覆い隠してくれたから。 「……主流七派が一派、恐山の『雑用係』、阿白屋智美」 雨水を吸った和装を引きずりながら、慣れ親しんだ竹箒を双手に携えて、私は。 「新人養成業務を妨害した『賊軍』一派を、これより殲滅いたします」 ● 「裏野部――ううん、『賊軍』が、動き出したよ」 告げた言葉、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)のそれは、違い無くその場に居たリベリスタを凍らせた。 『嘗て』主流七派が一つ、裏野部と称されたそれらは、昨年末の折、いにしえに封印されたアザーバイドの解放、並びに自陣への参入を成功させたが為に、その戦力を多大なるものへと成長させていた。 その影響は彼らの強大化のみに留まらず、アザーバイド『まつろわぬ民』解放の際に生じた雷雲を介して西日本における神秘関連のダメージは想像を遙かに超えたものだった。 結果として一勢力を持ってアークと拮抗しうる力を手にした彼らは、以降自らを『賊軍』と称し、黄泉ヶ辻を除く他派との衝突までもを繰り返しているらしい。 「現在、彼らはその勢力を四国……先の<叛>の影響を多く受け、多数のアザーバイドが解放された地へ、集結させ始めている」 「……何を企んでいる?」 「………………解らない」 言って、かぶりを振るイヴではあるも、その相手が裏野部としての根幹を成している以上、『過程』こそが『結果』であると判断して間違いはない。 何より、彼らは自らを以て『賊軍』の名を名乗った。 その語源は逆賊――天皇、ひいては日本という国そのものに対する『悪』を示すモノ――と同義だ。その彼らが何を犯すかなど、考えるまでもない。 「少なくとも、敵が態勢を整えている事実を察知できている今が好機であることは、間違いない。 相手の情報を得る……同時に、その動きを挫くことで、此方の勝利の目を作る。其れが大事」 要点を押さえた説明に、然りと頷くリベリスタ達。 「俺達は、何処へ行けばいい?」 「現在、『賊軍』達は四国周辺を完全に自分たちのものとすべく、其処に存在する他派や私達の拠点を片端から潰しにかかっている。 今回はその内の一つ――恐山派が管理していたフィクサードの養成所へと向かってもらう」 「養成所?」 アークならまだしも、フィクサードにおいては聞きなれない単語である。 それに対して、イヴは否と首を横に振る。 「実地で覚えさせるような真似をするばかりがフィクサードじゃない。神秘界隈の人材が貴重である以上、それを失わないための手法も当然彼らだって有している」 こと『人材マニア』と称される逆凪黒覇が率いる逆凪と、戦力においては主流七派の内で最も少ないと噂される恐山はその傾向が強いらしい、とのことだ。 「話を戻すよ。舞台となるその場所は既に『賊軍』による急襲を受けて壊滅状態にある。 残っているのは、この施設で臨時の講師を務めていたフィクサードが一名のみ」 そのフィクサードにおいても、リベリスタらが戦場に着いた際には既にかなりのところまで追い込まれていると言う。 「尚且つ、敵方は四国方面で封じられていたアザーバイドを介して、殺害した恐山派のフィクサードをアンデッド化させるつもりらしい。 これを許せば大幅の戦力アップとはいかなくても、敵の戦力強化を許すことになる。放っておくわけにはいかない」 決然とした瞳で、イヴは淡々と、しかし確たる意志を有した声で、言った。 「依頼目的は『賊軍』の撃退、若しくは討伐。生き残っている恐山派フィクサードとの共闘も許可する。 ……この日本を守るためにも、絶対に、彼奴らの目論見を潰してきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月26日(水)00:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 零した息に、血が混じっていた。 戦場は瓦礫の山、月も見えない、暗いくらい雨空の下。 一人の悪党(フィクサード)は、現れた正義の味方に、泣き出しそうな顔を見せている。 事実、泣いていたのかも知れない。降り落ちる水滴が、それらを覆い隠していただけで。 「……勝手に倒れられたら話もできないわ」 苦笑を交えて、『そらせん』 ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が天使の歌を言祝げば、それと共に、フィクサードの――唯一人残った、恐山派の少女は、俯いたままで、何も言わない。 「何のためにアドレス教えたと思ってんだよ」 それを、気にも留めず。『ディフェンシブハーフ』 エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が、彼女の傍に歩を進めた。 雨粒に濡れる身を構いもせずに、単手を以て出だした聖神の息吹が、ソラのそれに次いで、継ぐ形に彼女を癒す。 「――アークか」 自然、それを見逃す賊軍でもない。 それまで戦っていた『死に掛け』には目もくれず、前衛の内何名かが、力量を計る意味でも彼らの側へと疾駆するも。 「話が通じる方と空頭の馬鹿共か。間引くならどちらか明白だな」 刹那、鼻で笑う声が聞こえた。 一瞬遅れた後に、光の炸裂が戦場を覆う。 元が月光もない暗闇であっただけに、その衝撃は強烈に過ぎた。接近した敵前衛陣は当然のこと、或る程度の距離を挟んでいた後衛陣まで巻き込んだ神秘の閃光弾は、賊軍側フィクサードの動きを一挙に固めることに成功する。 軋んだ足並み。それを猶予として、恐山の少女に話しかけたのは『戦奏者』 ミリィ・トムソン(BNE003772)と、『グラファイトの黒』 山田・珍粘(BNE002078)。 「御機嫌よう、阿白屋智美さん」 「………………」 「互いに時間は無いので手短に言いましょう。貴女も……そして私達も彼らを此処で討伐したい筈です。 ――故に、一時的な共闘を提案します」 「どうです、また一緒に戦いませんか? 仇討ちのお手伝いになると思いますけど」 「……それは」 告げられた言葉は、少なくとも今の戦況を見れば渡りに船のそれだ。 だのに、少女はそれを躊躇った。 その根底には、単純な任務ではなく――自身の私怨を交えた諍いに、関係のない者達を利用するというやり方を疎む翳りが除いている。 「阿白屋智美といったか。賊軍の手のうちを増やすことは是としない」 その思考を読むように、『百の獣』 朱鷺島・雷音(BNE000003)が、ミリィらの言葉を追うように話しかけた。 「この窮地、思うことはあったとしてもボクらを利用するのが今は得策だと思うが。君が思う以上にアークはお人好しだ」 「……ごめんなさい」 遠回しな肯定の意味を気付くのには、些少の時間が必要とされた。 「フィクサードは基本的に敵だが……何事にも優先順位というのがある そして、今私達リベリスタに課せられた勝利条件は賊軍の討伐若しくは撃退だ」 「何、目的は同じだ。体勢を立て直したら手伝え。後衛のフォローを頼む、さあ……やつらを殲滅するぞ。」 『谷間が本体』 シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)と『合縁奇縁』 結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は、それを聞くともなしに、自然と彼女に背を向ける形で賊軍側へ得物を構えた。 降り注ぐ雨粒が、暗澹としたセカイに浅やかな音を打つ。 戦いは、その激しさを、更に増そうとしていた。 ● 目的のために一挙に踏み込み始めたリベリスタ側に対し、賊軍は意外にも――と言うのも軽視に当たろうが――慎重な対応を主としていた。 踏み込んだ前衛。雷音、竜一、ユーヌ、珍粘、エルヴィンに加え、共闘を由とした智美に対して、敵方はアザーバイドを憑依させたメンバーを除き、その全員がリベリスタらのブロックを敢行した。 「は――!」 「……っ、來々、氷雨!」 本依頼に於いて、戦闘後のキーパーソンたり得るのが彼等『狸憑き』で在ることは、リベリスタは既に見通している。 逆を言えば、敵もまた彼等のそうした考えを察することは出来るという意味でもある。 『狸憑き』を除いた敵メンバーは或る程度前衛をこなせる職業で構築されている。 多少の防御、耐久性を気にせず、総員の守りに出た賊軍にソラを始めとしたメンバーが驚声を上げるも、いち早く我に返った雷音が咄嗟の術式を彼等に撃ちはなった。 雨に紛れ、降り注ぐ氷柱。突き刺される敵に疲弊は見られない。少なくとも、今はまだ。 「賊軍だか裏野部だか知りませんけど、智美さんをいじめるのなら、串刺し決定ですね」 「賊と化け物狩りだ……無様な悲鳴を上げるがいい!」 次いで、珍粘、シルフィアらがその追撃として暗黒、チェインライトニングを放つが、これらも些か効率が悪い。 敵方は徹底して守勢を主とした陣形を取っている。より具体的に言うならば、『狸憑き』らは接敵状態にある彼我の前衛陣をギリギリでスキルの射程範囲に含める距離をキープしており、リベリスタの後衛陣は余程有効距離があるスキルでもない限り、彼等への攻撃を加えることが出来ない。 かといって、物理攻撃に強い近接戦闘を主とする前衛陣はその動きをブロックによって封じられており、攻撃を加えることすら覚束ない。 結果として、最優先目標である『狸憑き』に攻撃を加えられるのは、前衛方で在りながら遠距離攻撃のスキルを有した珍粘、その逆に比較的後衛方ながらも前衛に踏み込んだ雷音、ユーヌの計三名しか居ない。 無論、リベリスタ側もそれを考慮していなかったわけではないのだ。 「名前を変えて騒がしさと迷惑度が上がりましたか、賊軍。 ――貴方達の目的は阻ませていただきます」 キーパーソンたり得るのは、ユーヌと、もう一人。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 中空より出だしたフラッシュバンが閃光と轟音を撒き散らせば、それに動きを止めた敵前衛陣の隙を、リベリスタ達は見逃さない。 ブロックを振り切り、後衛陣へ踏み込む――は、良しとしても、それはそれで別の問題が浮上する。 そもそもが、敵の数をして共闘者を加えた此方より上なのである。この上で敵の撃破に兵を傾ければ、その分守勢が疎かに成ってしまうことは自明の理だ。 案の定、中衛のミリィまでを越え、味方陣営のブロックを抜けた幾名かがソラとシルフィアを狙う。 元より回避能力には秀でていない彼女らである。通常以上の威力を叩き込まれれば、微かな苦悶が呼気と共に漏れた。 並々ならぬ痛みを、かぶりを振って強引に無視した。接近したデュランダルの胴に繊手をひたりと当てて、ソラは苦々しげに、訥と。 「裏野部だか賊軍だかなんだか知らないけど、今倒すべき敵ってことには変わりないわよね」 稲光が、其を含めた複数を灼いた。 肺をやられたか、ひゅうと奇矯な音の呼吸をしながら体勢を立て直すソラに、また一人。 舌を打つ。顔を顰める。 そうした所作を意に介さず、だむ、と突っ込む敵に対して、ソラは望むところと魔術教本を抱え直した。 「今日の私はオフザケ成分なしよ、徹底的に潰させてもらうわ」 ● 戦況は泥沼の様相を呈している。 先にも言ったように、リベリスタの最優先撃破目標である『狸憑き』はその距離を常にギリギリで保っているため、前衛陣が踏み込もうとした場合、逆に味方後衛陣への侵入を許す形にもなってしまう。 それらを阻害する形でも、ユーヌ、雷音による怒りの状態異常付与は極めて有効だと言えたが、それもまた敵にとって同じ事が言えてしまう。 極めてとは言えずとも、速度の高きを有するユーヌにより後手にこそ回るものの、敵方のレイザータクトも合間合間を見てはアッパーユアハートを介しての攻撃誘導を行い、それ故に敵陣の急所を突くことは難しい。 その間に、敵の攻勢も進んでいた。エルヴィン、シルフィア、ソラと三枚の回復を有するパーティも、後衛陣への直接攻撃は十分に痛手となる。 そう言う意味でも、ユーヌが全体に散らした憤怒の喚起は実に良く奏功した。散った攻撃役にダメージをひたすら積み重ねることで、敵のプロアデプトとソードミラージュは終ぞその身を横たえる結果となった、が。 「……っ」 腹部を貫いた剣に、シルフィアが血のカタマリを吐いた。 雨に打たれすぎた身では、激痛よりも熱さに似た感覚が先に立つ。既に後衛に踏み込んだ敵と幾合かを交わし、運命を燃やした彼女は、ち、と舌を打って倒れ伏した。 彼女だけではない。時と共に進む戦場は、時折その足並みを乱れさせつつも、各々が優先すべき攻撃目標を的確に穿ち続けていた。 リベリスタが賊軍を遅々としながらも倒す其の傍ら、リベリスタ達も賊軍によって致命打を与えられ続けていた。 純粋に数と力量だけの勝負であった場合、それは恐らくリベリスタの不利に進んだだろう。それをどうにか拮抗、乃至些少の有利に運ばせている理由は、賊軍の其れを遙かに上回る潤沢な運命の保有量と、本来は敵である智美に対しての積極的な共同戦線が保たせている部分に因る。 そう、『保たせている』。 「楽しそうだな? 差し入れだ お気に召すかは知らないが……ああ、返品は受け付け不可だ」 放たれたユーヌの閃光弾。 その有効範囲にいた敵方が、それを起爆前に破砕する。 瞳が驚愕に見開かれるより先、敵の覇界闘士が振り抜いた拳が、いっそ綺麗に智美へと『着弾』する。 「あ――――――」 少女の口腔より、血が飛び散った。 急いて回復の準備を整えたエルヴィンと、傷ついたソラであるも、その所作が早いが為に仇となる。 敵の速度は後衛陣の一部を除けば、総じて高いものではなかった。故にユーヌ、ミリィを主としたフラッシュバン、アッパーユアハートでの攪乱戦法が極めて効いたのだろうが、その分それらが空発に終わった際、敵は回復を挟まれることなく一気に攻撃を加えることが可能とも言える。 唯一その可能性があったシルフィアも既に居ない。敵前衛陣はブロックに回り続けていたクロスイージスも動かし、比較的装甲に厚みを持たない智美を攻め落とした。 悔いるように――諦めるように。 呼気を止めた彼女を、賊軍の哄笑が、雨雫と共に覆い隠せば、其れと共に珍粘が敵の身を貫いた。 「……素直で可愛い彼女のことは気に入ってるんです」 日頃浮かべていた、嫣然とした笑みは無い。 瞠目の中で、臓腑を貫かれた敵は、そのまま払った槍の勢いで地に投げられた。 元々『狸憑き』への攻撃の為に前に出た彼女が戻ってくると言うことは、つまり。 「泣き出しそうな少女を見捨てるのは、結城竜一にあらず、」 だったんだけどなぁ、と零した彼が、気怠げに、残る敵の胴を薙いでいく。 当然、『狸憑き』らを倒す為、近接戦闘を主とする二人は残る他の前衛陣よりも、飛び込んだ分のリソースを消耗している。 運命を燃やした。生命を削った。気力も後衛陣のインスタントチャージの有効範囲外に行った分、底を尽きかけている。 それでも、彼等の戦意は衰えなかった。 リベリスタとしての使命もあろうが、少なくとも共闘相手とした彼女がこうして地に横たわる姿を作り出してしまった、その一因を自らに科した為に。 残る敵は二名。『狸憑き』は総じて死に絶え、更にリベリスタ達はその半数以上を残している。 「……良い夢は見れたか? バラ色未来の妄想を」 逃走に出ようとした賊軍に対し、最後に、ユーヌが言葉を零す。 「ああ、幸せな脳が更にハッピーになれば、ごみ以下になるのも宜なるかな」 無表情の侭、彼の頭を、石榴が弾ける様に見立てて。 ● 戦いを終えた後、リベリスタ達は、死んだ恐山派のフィクサード候補生を埋葬していた。 瓦礫の除去に回るエルヴィンとミリィ、死者の埋葬を行う雷音とソラ、珍粘の傍で、冷たいままの少女は、眠りから覚めたように、ゆるりと目を開ける。 「……生きてます? 私」 「ああ、お早う」 一頻りの作業を終えた雷音が、何気なく声を掛ける。 言葉こそ平坦であったが、その内実は際どいものだった。 今の智美の身体には、在るべき運命の灯火が無いに等しい。あと一度、瀕死の傷でも負えば、それで今度こそ彼女は終わるだろう。 少し、頭を振った彼女は、死者の埋葬を行うリベリスタ達を見て、「……ああ」と置いて、言う。 「ありがとう、ございます」 出血量も在って、その表情に生気はない。 死にかけた身体を動かして、彼女はその手伝いに回る。 止めたくもあったが、少なくともこれだけは譲らないと言い張る彼女にリベリスタらも折れて、その作業を或る程度手伝わせていった。 「本当なら、彼等も纏めて倒したかったんですけど、ねえ」 「まずは死んだ人間をちゃんと弔うのが先じゃない?」 「……ごもっとも、です」 苦笑を浮かべる智美には、少なくとも復讐心に逸る感情は見られない。 作業が終わるのにはそう時間は掛からなかった。 元は関わりのない人間にまで手伝わせた事に対して、智美は頭を下げて詫びていたが、 「私は何とも思いませんけど。智美さんにとっては大事なんでしょう? それを無下に扱わない位の気は使えるつもりですよ」 「……彼らが悪党を目指していた存在だとしても、『目指していた』のならそれはまだ私の守るべき人だった筈ですから」 普段通りの笑顔を浮かべる珍粘と、複雑そうに、それでもしっかりと言い切ったミリィは応える。 「……悪党になりたかったっつーなら、リベリスタに弔われるのは嬉しくないかな?」 「いえいえ、命……は無理でも、こう、魂の恩人的な皆さんには感謝してると思いますよ。 と言うか、私がしてます。ありがとう御座います。前回も含めて!」 エルヴィンは、そう言う智美に対して、彼等の話を聞こうとしたが、其れは断られた。 生き残った現在、彼女はこれより恐山の拠点に戻り、今回の顛末を上に報告する義務があるらしい。 「機会が有れば、また会えますよ。……その時はもう、エリューションに成っちゃってるかも、知れないですけど」 「――目の前にある脅威に対応するために君達恐山が共闘の意思をアークに伝えるのであれば、アークは決して無辜に断ることはない」 自らのフェイトの残量を察した智美に、雷音はそう告げる。 それは、少なくとも雷音にとって違い無い本心だったろうが、少女はそれに対して首を振った。 「ありがとうございます」 「……」 「でも、気持ちだけで良いんです。 駄目ですよ。剣林さんみたいな真っ直ぐな方達なら兎も角、私達みたいな悪企みする人達と仲良くなんて。そう言う人は利用されちゃいます」 自衛ではなく、本心からそう語る少女に、雷音は表情を緩めて――少し、寂しそうに笑った。 それじゃあ、と言いかけた智美の身体が、刹那、ぐい、と後ろから押さえられる。 その身体を抱きしめていた竜一は、何とも真面目な顔して、 「お兄ちゃんの胸の中で存分に泣くといい! 誰も見ちゃいないさ、(仲間と)月以外はね!」 「誰か! 誰かこの人訴えますんで助けてください!?」 流れるような動作でソラが前回に続くライトニング腹パンを叩き込んだ後、解放された智美は正直涙目だった。 「……もー」 苦笑した少女は、そうして正面から竜一に向かい合う。 抱きしめられないようにと両手を繋ぎ、額をこつんと胸板に乗せた彼女は、小さく「ごめんなさい」とだけ、目の前の彼ではない、誰かへと言葉を紡ぐ。 それが、唯一度だけ見られた、少女の本当の弱さだった。 悪党は去り、残ったのは、正義の味方と、死体だけ。 雨は少しずつ止んでいき、雲間に覗く月光が、総てを終えた廃墟を照らし始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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