● 豪奢な寝台の上で、男は目覚めた。 恐ろしい夢を見た。 愛でていた花が、ぐしゃぐしゃと手の中で腐れて行く夢だ。 「お目覚めでいらっしゃいますか」 当たり前のように控えていた執事が水を持ってくる。 「ああ、ひどい夢を見た」 「お忘れなさいませ」 幼少の頃からよく仕えてくれた執事は、震える手にコップを握らせる。 冷たく見える横顔も、男には忠義を持って仕えてくれる献身的な光を帯びている。 「お休みになってから、しばらくたちました。前にお目覚めのときより、ずいぶん穏やかな世界になっております。御館様。どうぞお心安らかに」 「うむ。それは、いいことだ」 そう、平和な世界が私の望みなのだ。 「また、村から子供を呼んでまいりましょう。明るい子供の声は、空気を明るくいたします」 そう、子供はいい。心が慰められる。 「そうだな。任せよう」 ● 日本・三高平市。 特務機関アーク・フォーチュナ控え室。 いつまでも放置は出来ない資料を携え、フォーチュナは動き出す。 「この案件、どっしよっか……」 四門は、闇璃に話しかけた。 知らず涙ぐんでしまう四門から、闇璃は視線をそらす。 「どうもこうも。説明する以外にどうするっていうんだ。それが僕らの仕事だろう……内容が何であれ」 「そうだけども……」 二人して、同じ案件を担当することになったのだ。 運命を感知する力に指向性があるとすれば、この二人は同じベクトル上にいるのだ。 言葉にならない。 「なんでこんなんばっかり……」 四門の嘆きに、闇璃はため息を吐いた。 「僕だって訊きたい」 二人の間に、嘆き色のシンパシー。 「俺、俺がいなければ、みんながこんなのに関わる確率減るんじゃないかって時々思う」 こんなことが世の中で起きていることを知らしめねばならない。 それに積極的に関われと、誰かの背を押さねばならない。 「別にお前がいなくても他の誰かが告げるだけだ。……さ、行くぞ」 「闇璃ん、強いんだねぇ……」 無表情でズカズカ行ってしまう闇璃の背を見て、また四門の目から涙が噴き出す。 「……諦めてるだけだ」 闇璃はボソッと呟いた。 ――という訳で、不幸なフォーチュナ二人組が、掛け合い漫才のように次々と情報をぶちまけていく。 「生贄を求める土着アザーバイドが発見されました。固有名『フェリクス』 実際見て、今生きてる人はいない」 「数十年に一度目覚め、数日でまた休眠する」 「起きてる間の慰めに、村の少年を館に来させるように言い置いてるんだよ」 「村も、ご先祖がアザーバイドに助けてもらった経緯があるらしいので、逆らえないらしい」 「少年達は無事に帰ってくるけど、みんな異様に無口になったり、感情を表さなくなったり、人が変わったようになったんだって」 「で、アザーバイドを倒すためにも、若い男が何人も行ってんだけど、ことごとく失敗」 「不思議なことに女が行っても、森をさまようだけで化け物どころか館にも辿りつけないらしい」 「実害と倒すために払われる犠牲を天秤にかけると明らかに分が悪い」 「それで、今まで放置されてたみたいだね」 「でも、アークが来てくれるならって」 「少年たちは、館で何があったのか絶対に口を開かないんだ。話そうとすると、錯乱しちゃって……相当な精神的ダメージを受けてんだよね」 「そして、今年も白羽の矢が立った」 「という訳で、勇気ある男子諸君。少年の代わりに行ってきて、アザーバイド倒してきてくれる?」 「男の後を追えば、女も館に辿り着ける可能性はあるしな」 ● 「で、みんなには、村の少年に代わって館に行ってもらいます。お迎えの人が村に来るので、それについて行って下さい。館までは徒歩で移動。はぐれたら危ないのではぐれないようにね」 四門の目線が斜め下向きだ。 「少年の定義って良く分からないけど、18歳以下は少年でいいんじゃないかな。東洋人は若く見えるっていうし、まあ自己申告で。あ、でも男装はダメだよ。ばれるから」 「なんで」 「その道の達人は、見ただけで本物と偽者の区別がつくそうです」 どの道だ。とは、聞きにくい。全ての道は、ローマに通ず。 まあ、おっさんでもない限り追い返されることはない。と、四門は言う。 「そんで、後からやってくる人を手引きして、館の中に入れるのが役目」 どうやって手引きしろというのか。 「女だけで行くと途中で目くらましを食らうことになる。だから、みんなは女子がみんなを見失わないように色々手がかりを残すのが肝要」 というかね。と、四門は言葉を切る。 「女子、大事なんだよ。少年の仕事は『御館様』 のお相手をしなくちゃいけないんだから、自由に動くの難しいからね。後から突入してくる青年班を手引きするのは女子だよ。そんで、危ないのは女子。闖入者だからね」 戦闘も念頭においてください。と、四門は言う。 「注意しなくちゃならないのは、向こうは、こういう事態が初めてじゃないってこと。今までだって少年たちは大人を館まで手引きしてた。アザーバイドたちは少年達は村に返した。手引きされた大人は帰ってこなかった。君らがへますると、後から来る連中に対する対策がなされる。そして、それは君達の気づかない所で行われる」 ミスは出来ない。 「なんていうか色々怖い目に遭いそうだから、細かいとこはチームに任せるよ」 どういう方向でだ。 「みんな、青髭ってお話知ってる? 山姥でもいいや。お館の中には開けちゃいけない部屋があるんだよ」 どこまで入り込むかってことさ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月20日(木)22:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)の脳内葛藤は、今回はヘアピン系男子の智夫に軍配が上がった。 ハイテレパスで、後方の仲間に視覚情報を滔々と送り続けている。 「あいにく霧で、馬車を出せなくて申し訳ない」 徒歩で迎えに来た執事に、 「いえいえ。国際交流のためですから」 と、雪白 桐(BNE000185)は、微笑む。 (寂しさから少年達を呼び寄せてるようですし、老人センターへ楽しませに行く心持でいきますかね) 背中に背負ったリュックの中には、ぎゅうぎゅうだ。 『日本文化をフランスに伝えに来た学生の集まり』 という触れ込みなのだ。 しかし、入っている衣装にコスプレ系まで入っていることは、お釈迦様でも気がつくまい。 ちなみに、智夫のAF基本装備がユカタ・ガウンなのは、仕様だ。 日本語、少シワカリマス。と言う執事のジョルジョは、小さく声を上げて笑った。 「ソンナ感ジデ結構デス。私ノ日本語、意味ガ通用シマスカ?」 タワーオブバベルは使っていないらしい。 「分かります。すいません。フランス語は事前に勉強したけど、まだ全然喋れないんです」 白い羽根を衣類とリュックサックで隠した『魔砲少年』風音 空太(BNE004574)は、世界中どこに出しても恥ずかしくない『少年』 である。 懸命の身振り手振り。 「あの、えっとですね、僕は、日本から来た風音空太です」 空汰の俺のフランス語わかりますか的上目遣いに、ジョルジョは優しく微笑んでうなづいた。 「えーと、今日は、よろしくおねがいします」 ぺこりと頭を下げるのは、日本の礼です。 「コチラコソ」 ● (うふふふふ。執事×ショタ、ぷめえ) 『もうだめ駄狐いつ』明覚 すず(BNE004811)は、己の煩悩をとりあえず棚にあげた。 「まああれです。失敗してもどこぞの誰かがアッーされるだけなので気楽にいきましょう!」 『究極健全ロリ』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)、君と一緒に数十時間を賭してここまで海と山越えて来た仲間だよ。 (むしろわざと失敗してBLビデオを撮影、売り払っておとーさんのがちゃ資金にするとか……) 「いや、あかん、わざと手を抜いて椿を散らすのはあかん」 まるで、心を読んでいたかのように、すずが手で制す。 (うちとてリベリスタの端くれや、仲間を裏切ることなんてあかん) すでに代償行為と称して、たっぷり愛でてこねくり回した既成事実がある。 音を立てないように枝をへし折る。これは後ろから来る連中のためでもあるし、自分たちの為の道標でもある。 (ここで裏切ったら、ナントカ詐欺や。依頼を全力でこなすんや……) そして、帰りも無事でよかったとこねくり回す。これや。 そんなすずに、フィティ・フローリー(BNE004826)が心配げな視線を向ける。 (……一部、目の色が変わってる仲間が居るけど大丈夫?) 自問するが、どうしたらいいのかわからない。教えて、偉い人。 萌えどころが常識の範囲内に収まっているので余計に危ない腐女子様、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)の場合、今の萌えどころは、この霧に包まれた森そのものだった。 二つ名は伊達ではないのだ。 卓越した魔術知識を携えて、事象の裏側をかいまみる。 (望まぬ相手を除外する、という意味では陣地作成なんかに近いものかもしれないわね。完全な解析なんて望んでないけど、道に迷う・目印を残せなくされることへの対策ぐらいは把握したいわ) 細めた目は、呪文体系の向こうを見る。 耳に響く嗚咽は幻聴。頬に当たる霧の粒子は、誰かの涙の成れの果て。 これは、かつて人であったものの残留思念――E・フォースの所業だ。 『コノ霧は、晴レルコトハナイノデス。ソウイウ土地ナノデス』 『そうなんですか』 付けっぱなしのAFからノイズ交じりの音声が漏れてくる。 こちらでつかんだ情報を先行する四人に教えられないのはもどかしいが、背後からこちらに向かっている攻撃班に教えることは出来る。 フィティは、ジョルジョの視線を避けるため、フィティを受け止めても傷つかない大きな木を選んで、枝から枝へ移動していく。 (表皮をはがさないようにしなくちゃ――) 水の精と見まごう姿でも、彼女は森の住人のフュリエだ。 視点を変えた彼女の指差す先に、残された手がかりがある。 「こまめに色々残してくれてありがたいな?」 すずは、わざとねじりこんだスニーカーのかかとの跡を指差す。 「――先にいった子たちが残した痕跡が消えるって訳じゃないのね」 その対角線上、探さねばみつからないが、探せばすぐに見つかる絶妙な位置に転がされた黒い石を確認し、更に先を急ぐ。 「細工もあるかもしれんから、うかうかはしてられへんけど」 「いいえ。それほどの力はないわ。精々目くらましをするのが精々ってとこね」 そういいきるセレアに、すずはぱちくりと瞬きする。 「解析したんかいな」 「魔術じゃないもの」 これは、自分達の二の舞を踏ませない為の警告だ。 ● 大きな門は音もなく開き、使用人達は音もなく頭を垂れ客人を迎え入れる。 「うわ、すっごくおっきな肖像画。これは、お幾ら万円……」 智夫はジョルジョに女子組の存在を気取られぬよう、どうでもいいことを延々と質問し続ける。 「泥棒が取って行ったりしない? ガードマンがいたりするの?」 ジョルジョは、冗談めかせた笑みをたたえて言った。 「実は、当家の女中達は、とてもおっかないんです」 いやな予感がする。 今の台詞から何かを感じ取った女子組が、何らかの手を打ってくれてます様に。 年代物のフルプレートアーマーや、半裸の青年の彫像や少年の肖像画がずらりと並ぶ長い廊下を通った先。 三方の壁には美しい飾り鏡がぐるりとはめ込まれ、大きな暖炉が焚かれたサロンで、お館様は少年たちを迎え入れた。 「ようこそ、客人方。私のことはフェリクスと呼んでくれ」 少年を呼びつけて餌食にしてしまうと言うから、すっかり筋骨隆々の鬼のような――バイデンのような外見をイメージしていたのだが。 愁いを帯びた顔に笑みをたたえ、リベリスタの椅子を進めてくれる優雅な銀髪紳士に、しばし一般的な日本の青少年一同、ため息。少女漫画に点描とバラ背負って出てくる人みたい。 「おやかた様――フェリクス様を励まして欲しいと言われてやってきました」 桐が、にこぱ。と、笑顔を浮かべるのに、追従する智夫。 「で、早速なのですが」 ● その頃。女子組は、お屋敷の鉄柵を「ほんのちょっと」入りやすいように「加工」していた。 「あたしはごく普通のか弱い吸血鬼なのよ。それなのに……」 セレアはぐちぐち言っているが、高い柵を越えるくらいなら、ちょっとエイッとした方がばれにくい。 「つっかえましたよ」 バランスを無視して一部が肥大化しているキンバレイが、ボソッと言う。 「自分で調節しなさいよ!」 「非力な小学生にどうしろと……」 「そんなに変わらないでしょうがぁぁ!」 ● 「旅装では失礼ですし、着替えたいので、お部屋をお借りしてもよろしいですか?」 桐は、それが日本文化ですと言い切った。 「目の前で着替えるなんて楽しみ減りますし失礼ですし」 ね? と、それが日本の常識とばかりに見回せば、うんうんと頷く訓練された少年組。 「ボクは、お着替えしないので、ここにいますね」 空汰は、まったきなき少年である故に期待の星である。 御館様の足止めは、君に任せた。 「えーっと、これは、日本の携帯ゲーム機ですっ。プレゼントです!」 興味を惹くため、電源をオンにする。 途端に鳴り出す勇壮なBGMと精密な画像。何度もやれてきりがない格闘ゲームを入れてある。 空汰は、女子組の一部から鼻息荒く、「それしかない。やれ」 と授けられた足止め用秘策を行使する。 「使い方をお教えします。失礼します!」 そう言って、フェリクス様のおひざに座った。これで御館様は容易に立てない。 フェリクス様が、ホワンとした。ジョルジョが微笑ましく見守っている。危惧していたエロティックさは、今のところない。 健全な空気のまま、するべきことを済ませるのだ。 ● 「では、こちらで」 案内された部屋の中に、桐と智夫が入るのを確認して、遥紀は扉を閉めた。 「あの……」 遥紀は、うつむきながら、そっと後ろからサロンに戻ろうとしていたジョルジョのひじのあたりを指先でつまんでひいた。 「あなたは、お着替エヲなさらないのですか?」 ジョルジョの問いに、遥紀はうつむき加減で頷いた。 「あの、あなたとお話したかったから……」 ついてきてしまいました……と、小さくかすれた声。ヤマトナデシコ的仕草である。 「えっと、あの……、ジョルジョさんはこちらは長いんですか?」 信じられるかい? この男、幼稚園の行事のために、色々投げ出して帰宅しちゃう程度に親ばかなんだぜ? だが、任務のためなら、怪しげなアトモスフィアもかもし出すのだ。 引き止めたのはいいけれど、何を話したらいいのかわからない。そんなけなげな様子。 (あからさまな秋波は不自然なので、彼に仄かな思いを控えめに寄せる青年という立場で) それも、無事に女子組を潜入させるため。アザーバイドを討伐するため。落花を防いで、心身無事なまま日本に帰るため。息子と娘が待っている! 一方その頃、通された部屋から、外を見て、智夫がハイテレパスで見えた風景を女子組に送信。 その映像と現実で3D酔いしかけながらも、女子組は無事男子組との合流を果たした。 「さ、中に」 お年寄りからどうぞ。と差し伸べられた手によいしょとつかまる。 「すまんの……」 そう言って、顔を上げたすずは、鼻粘膜に痛烈な痛みを感じた。 三高平でも選りすぐりの女装男子の生着替え、我々の業界ではご馳走です。 「僕達、全力で気をひいてるから、みんなは玄関の鍵とかよろしくね!」 ダブル魔女っ娘とは、二人ともクールジャパンの伝道師ですね。セレアは心のシャッターを切った。 「みんな、ドア、開けてもらうから。ちょっと隠れてね」 こんこん、内側からドアを叩く。 「着替え終わりました」 念のため、細く開けたドアからするりと出て行く女装男子。 「えっと……もと来た道はどっちでしょう?」 ジョルジョに道案内を頼み、しきりに彼に話しかけ続ける声がどんどん小さくなる。 その隙に靴底に綿を張ったすずが、そっとドアを開ける。 今だ。 女子組が廊下に出たとき、前衛職の少年組には理解し難い範疇の異様さに一同は息を飲んだ。 「なんなの、ここ」 館のあちこちに分散していた気配。 それらが、女子組の気配を感じて集結しようとしているのだ。 「じゃ」 「後で」 一網打尽されることを恐れ、女子組は散開する。 ● 三人が戻ったとき、サロンでは楽しげな笑い声が上がっていた。 「けんだまです! こうします。あ、あれ? あれ?」 子供の歓声とそれに重なる渋い笑い声。 「楽しそうで何よりです。――女の子だと、こうはいきませんから。皆、御館様をみて泣いてしまいます。もう少し育つと、ぽーっとなって牽制しあい、御館様を困らせます」 と言うジョルジョに、遥紀はあいまいにうなづいた。 (……まぁ、女の子の方が成長が早いものな。うちも娘の方がおしゃまで、息子は照れ屋だなぁ) とはいえない。何しろ『少年』 として来ているのだ。 「お待たせしました!」 足止めに使命感を燃やす桐と智夫の、Wアイドル状態である。 「決して、退屈はさせません!」 ● キンバレイは、影から影に潜みながら、何かないか調べていた。 (きんばれいも将来はこーゆー館に引きこもっておとーさんと二人でらぶらぶな日々を……) とりあえず、二人暮らしには限りなく似合わない建築様式なのは確かだ。 キンバレイが玄関にたどり着いたときには、すでに怪しくなさそうなドアはすっ飛ばしてきたすずとフィティがたどり着いていた。 「――直接手渡すのは無理そうだね」 それぞれ記した手書きの見取り図に討伐班が気づくことを祈りつつ、扉の隙間に押し込む。 玄関ホールにたどり着き、玄関の鍵を壊し、容易に閉ざすことは出来ないようにする。 「後は、逃げる!」 きびすを返したその途端に。 ガシャリと、鎧が動いた。 『扉を開けてはいけない……』 少年の肖像画がぶくぶくと粟立ち、立体感を帯び、額縁から手を出し、ずるりと中から出てくる。 言語ではない意思だけが伝わる。 『お前たちの来るべきところではない……』 排除。排除。排除。 『中に、招かれなかったものを入れてはいけない……』 ぞぶり、ぞぶり、ぞぶり。 壁から湧き出す瘴気。 絡み合う彫像の白く滑らかな肌がひび割れ、中から茶色く細い何かがのぞく。 飾られた美しいタペストリーが、ばたばたと激しくはためく。 ぞろぞろと伸びてきているのは人間の髪の毛だ。 絵から染み出した赤い粘液は床を伝い、じゅぶじゅぶと女子組みの靴を濡らしていく。 『招かれた者は帰される。だから、誰も来てはいけない……でないと』 それは、すすり泣き。慟哭。 『我らのように、なってしまうよ?』 リベリスタ達は、散開して逃げた。館の中に戦力と言うものがあるのなら、それは分散させたほうが後からくる討伐班はやりやすかろう。覚悟のかく乱だ。 「しょくしゅですか。すごくそれっぽいです」 逃げながらキンバレイは言う。 「男性陣はどんなことをされているのでしょう……きんばれいとても心配です」 棒読みで。 「ええか? 5ターンだけや。そのあとは、すぐ逃げるで?」 すずは、若い二人に耳打ちする。かく乱用の影人符はたんまり用意してある。 「ええ。派手に逃げましょう」 ● 男子組は奮戦していた。 フェリクスは、少女のような二人にそれが日本文化なのかとたずね、そうです。と真顔で答える二人にしきりに感心していた。 精密なゲームの映像に目を見張り、穏やかに「知り合いの少年」の話をする遥紀の声に耳を傾ける。 そんな「楽しい」 時間も長くは続かない。 「――御館様」 そう一礼して、何も言わずにジョルジョは退室しようとしている。 「ああ、頼んだよ、ジョルジョ。私もすぐに行こう」 館の主は、少年達に微笑みかけた。 「すぐに戻ってくるから、ここでお茶でも飲んでいてくれるかな? たくさん動いたから疲れただろう?」 これ以上引き止めてはいけなかった。 この人を倒す手助けをする為にここに来て、その準備が整ったのだ。 女子たちが色々動いてくれて、それがうまく言っているから彼らは出て行った。 彼らはそれぞれ分断され、討伐されることになっている。 仲間がうまくやれば、彼が戻ってくることは永遠にない。 「久しぶりに、とても楽しい。君達が来てくれて、本当に楽しいよ」 そう言って、部屋から出て行くアザーバイドに、何もかける言葉はなかった。 カチリ。 ドアに施錠される音に、男子組の目を大きく見開かれた。 この部屋、窓がない。つまり、出入り口はそこだけだ。トジコメラレチャッタ。 ● (今まで帰ってこなかった者達は、美術品として愛でられていたということなのね) 妄執の元を解析していたら、玄関ホールへ向かうのが一番遅くなってしまったのだ。 「どちら様ですか」 背後から、冷たい何かが触れ、体に呪いを刻み込んでいく。 死の刻印を急所からずらすには、セレアに動きは鈍すぎる。 相手に間合いにはいられては負けだが、セレアより向こうの方が遥かに敏捷だ。 とっさに喉元にこみ上げてくる死に至る毒の気配に猛烈な消耗を感じながらも、自分の血潮を黒鎖に変えて、セレアは黒狼の尻尾と耳をあらわにしたジョルジョをがんじがらめに縛り上げていた。 「悪いけど、あなたの事をかまってる時間はないのよ。だから、なるたけ早く決着つけるわ」 押し寄せる鎖の濁流に縛られた執事は、よけることしか許されていない。 (戦うのが、仕事じゃないわ) セレアは決死の覚悟で窓を破り、館の外に転がり出た。 ● 鍵をかけられた後、慌てて逃げるために鏡を割ったら中から干からびた死体が鏡の数だけ出てきた。 途中で鏡を割るのをやめ、応戦したのは言うまでもない。 急に、死体が動くのをやめた。 サロンの鍵をかけられた部屋のドアが開かれた。 「お逃げナサイ」 ジョルジョだった。 「御館様はもう君達を必要とはナサラナイ」 ジョルジョの腕の中には、久しぶりに楽しいと笑っていた男がいた。 すでに事切れているのは容易に分かった。 「この館も終わリデす」 明らかに死にいたる毒に犯されている執事は、どこか嬉しそうにも見えた。 「この世界になじめないお館様は無垢な方でした。それゆえ、世俗に染まらぬ少年にのみお心を開かれていました」 アザーバイドには、この底辺世界は穢れて見えたのだろうか。 「御館様をお守りするため世俗にまみれた私は、それでもお館様をお慕い申しておりました……」 フランス語で語られるそれは、少年たちには分からない告白だった。 「最後に御館様を慰メテクレタ君達にお礼を」 ドウモアリガトウ。 片手に燭台を持ち、館を主と自分と妄執の火葬の壇としている執事は、つたない日本語でそう告げた。 霧の館はそれからしばらく燃え続け、やがて館の全ての神秘を巻き込んでこの世界から消えた。 もう、森に霧がかかることはない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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