●許されているならば ボゴッと鈍い音と共に、剃り込みの入った金髪の男は暗い路地に転がった。 「う、うぅ、もう、もうやめ……」 ピアスだらけの口は血まみれで、細面だったろう顔もまるで潰れたアンパンのようになっている。 しかし、男を殴った者は己の拳を打ち鳴らし、ニィと鋭い犬歯を見せて笑った。 浅黒い肌をもつ精悍な黒髪の青年は、三白眼を光らせ、歯をむき出して言う。 「はぁ? なんでだよ。まだ終わってねえよ。俺がカミサマに愛されてるかどうかは、お前が死なないと分からないんだから」 「あ、ああああいされてる、あいされてるから……ゴハッ」 這いつくばっていた男の腹を、色黒が蹴りあげる。 「お前にカミサマの御心なんてわかるわけねーだろが。罰があたるかどうかでないと、カミサマの御心はわからねえんだよ。だから、お前がしなねーと終わらねえ、のっ!」 血反吐を吐く男をマウントで殴り続け、色黒は意味のわからない持論を叫び続ける。 「俺は生きてる。しんでない。だから生きてていい。カミサマが愛してくれてるッ。こんなことをしても罰があたって死なないくらいに愛されてる! 俺は生きていい!! 生きてる! 生きて……っ」 振り下ろされ続ける拳を、誰かがつかんだ。 「あぁ?」 「武くん、もう、死んでる。それ」 振り向いた男は茶髪の眼鏡の大学生らしき細身の男が、ほほ笑んでいるのを見て、力を抜いた。 「聖……」 聖と呼ばれた眼鏡の男は、痛々しそうに言う。 「ああ、血が付いてる。手当てしないと」 そして武の手に、己の唇をあてた。 「返り血だって。きたねえよ……」 恥ずかしそうに、武が軽く腕を引くも、聖は逃がさないとばかりに手の力を強める。 「君のどこが汚い?」 拳に深いキスをするように、聖は唇を離さない。 それを甘んじて受け入れながら、武は不安げに聖に訴える。 「あのさ、俺、前より自分で自分が抑え切れてねえ気がするんだ。目の前真っ赤になったと思ったら、ぶん殴ってることも多いし、目につくもん全部壊してえって思うことも多くなったし……俺、おかし……」 「おかしくない。だって今日もカミサマに愛されていたでしょ。だから大丈夫」 ピシャリと否定する聖の有無を言わさぬ視線に、武は押され気味にコクリと頷いた。 「聖が、いうなら……大丈夫」 それを見るなり、聖は花ほころぶように微笑む。 「さ、行こう。温かいお風呂に入って、早く寝よう?」 顔を赤らめた武の手を引いて、にこにこと聖は夜の神戸へと消えていった。 「たとえ、君に運命が微笑まずとも。僕の可愛い武は誰にも渡さない」 絶対零度の声は、誰の耳にも――いや、未来を読む万華鏡だけが、捉えていた。 ●狂愛螺旋 神戸に、フェーズ3になろうとしているノーフェイスが潜伏している。と、『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)が告げた。 「殺人しても生きているということは、罪が許されている。つまりカミサマに愛されている……という超理論を展開しているらしい。むしろ、愛されている、存在を許可されていることを確認するために人を殺して回っているとも言う」 ノーフェイスの名前は、霧生 武。もともとフィリピン人の母親と日本人の父親の間に生まれたハーフだったが、虐待や両親の離婚など、育った環境は良いとは言えなかったらしい。 「そのころから、荒れてはいたらしい。キレると手がつけられなかったそうだ」 親の愛情が不足して、精神的に不安定だったこともあり、かなりの問題児だったという。 「そんなとき、霧生 武の前に現れたのが、教育実習生の影由 聖だ。そいつが、カミサマに愛されているから云々という超理論を、霧生に教えたらしい」 愛に飢えていた武にとって、大きな存在からの愛を示す聖の理論は、ぴったりだった。武は聖に依存し、信奉すらして、一見おとなしくなったように見えたらしい。 「周囲の人間にとって聖は、救世主だったんだろうな。親も教師も武の面倒をすっかり任せてしまい、聖は武を自分好みに教育した」 むしろ調教の域に達していた教育。 「……聖は同性愛者でな。武にほれ込んだらしいんだ」 想いを遂げるために、一人の愛に飢えた少年を洗脳し、籠絡した。 そして、いつごろか、武と聖は革醒した。両者の決定的な違いは、武はフェイトを得ず、聖は得てしまったということ。 「フィクサードとなった聖は、ノーフェイスの武を殺そうとするリベリスタ達から彼を守り、逃避行を続けている。その間にも、武は崩壊していく自我に怯えて、存在意義を確かめるべくカミサマを試そうと、人を殺しに行く」 そんな未来は放置できない、と闇璃は強く言った。 幸い、神戸の某ファッションホテルに潜伏していることは分かっている。 そして、武がカミサマを試すために徘徊することも、聖がそのあとを追うことも。 「隙を見てフェリーで九州に渡り、そこから高飛びするつもりなんだろう。フェリーに乗る前に始末してくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月09日(日)21:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●砂時計の底で、赤い砂を待ってる 革醒した日から、僕たちは砂時計の中に封じ込められた。そんな気がしていた。 降ってくる時間という砂礫に打たれ、足元から埋まっていく。 君が、この砂に全て埋もれた時、君は僕を忘れてしまうのだろう。 ――カミサマ、僕が考えついた偽りのカミサマ、もう、少しだけ。僕が、砂に肺腑すら埋まって息ができなくなるまで。 もぞり、とベッドの上で青年がみじろいだ。 まるで夢遊病のようにゆらゆらと青年は起き上がり、ホテルの部屋を出て行く。 隣室から聞こえてくる小さな音を全て聞き取り、『淋しがり屋の三月兎』神薙・綾兎(BNE000964)は、 「……武が出て行ったみたいだね」 とアクセスファンタズムに小さく吹き込んだ。 ふと彼の背に重みとぬくもりがかかる。 「おにいさん?」 「まだ聖は動いてないのかい?」 後ろから兎耳元で囁く『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の吐息に、少しくすぐったそうに身動ぎしつつも、綾兎は頷いた。 「うん、まだだよ」 「もう少し、動くまでには時間がありそうかな。せっかくホテルにいるのだし……」 不穏な言葉に、兎が振り向く。 視線を合わせ、遥紀は笑顔で綾兎に告げる。 「何時もより大きい声を出しても構わないんだよ?」 「そっ……って、おにいさん、なに恥ずかしいこといってるのさ」 ぺちっと小さく額を叩き、頬を赤らめて綾兎はプイッと壁に向き直った。 再び音による情報収集に専念しだす彼を見て、遥紀はニコニコしながらも頬を掻いた。 「……全部聞こえているわけですけれどもっ?」 息だけで叫びつつ、ホテルの外の物陰で、『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)はアクセスファンタズムに耳を押し当てる。 ちょっと瞳孔が開き気味だが、気にしない。気にしちゃいけない。 「こーちょっとだけ情報が出ている方が、妄想がはかど……そんな場合じゃなかったね」 耳に飛び込んできた、武がホテルから出てきたという報告に、壱也はだらけかけた頬を引き締めた。 「この世に生をなしたなら誰もがみんな愛されてる…………愛されてるよ。ただ、残酷なだけ」 眉をひそめ、哀れな二人を想いながら、壱也は武の背を追い始めた。 少し間を置いて、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が続く。 「とめなきゃ……ふつーのひとたち、まもるんだ」 このままでは、無辜の民が武に殴り殺されるのだ。愛を確かめるという、理不尽な理由で。 武の登場をアクセスファンタズムに告げたのは、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)だった。 壱也が武の少し後ろを歩いて行くのを確認し、鷲祐は別の道から武を追うことにした。 鷲祐の熱を感じる力が、闇に紛れて進んでいく『家族想いの破壊者』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)の動きを捉え続けている。 武が三宮の繁華街へと進んでいく。夜も深まっているが、酔客や反抗期の子供たちでごった返し、まるで不夜城。 「セッツァーが準備を整えたようでござる」 アクセスファンタズムから虎鐵の渋い声が響いた。 神戸港の人気のない場所を選んで、『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が結界を張ってくれている。繁華街では戦えないから、場を作ったのだ。 戦場は成った。あとはそこへと誘導するだけ。 虎鐵は、非常時には共に対応する、と告げて沈黙へ戻った。 もはや、エリューションを泳がせておく理由など無い。常人には視覚すら出来ぬ速さで、鷲祐が武へと迫った。 「……なんだよ、あんた」 不審げに黒い目が青い蜥蜴を睨みつけた。 胡乱な視線を真っ直ぐに受け、鷲祐は言う。 「神などいない。俺は、それを知っている」 「あぁ!?」 突如響いた大声に、往来する人々が視線を向けた。 大学生同士の小競り合いか、はたまた不良に絡まれた不憫な大人か、と興味津々の視線を浴び、鷲祐は眉をひそめる。 幻視で蜥蜴因子は見えないが、注目をあびることは、あまりいいとは思えない。 「ここじゃなんだ……来い」 「っせえな」 強引なやり口が気に入らなかったのか、武はギリギリと睨みながら、つばを吐いた。 ここで戦闘が始まるのは本意ではない。一般人に被害が及ばない戦闘はありえない状況だ。壱也と旭が飛び出す。 「こんばんは」 「あなたと聖さんにお話があるの」 「聖?」 クリティカルヒット。武は戦意を収める。だが不審げな表情は変わらない。 「あなたの大事なものを預かりました。よければついてきてください」 壱也が続ける。 まだ聖を確保したという連絡はないが、はったりでも効き目は抜群だろう。 「てめえら、聖に何をしやがったぁああ!!」 効きすぎた。 壱也に殴りかかる武を、影から飛び出した男が羽交い締める。 無言でギリギリと服を軋ませながら、エリューションを止めているのは虎鐵だった。 だいぶ野次馬が増えてきた。このままでは神秘の秘匿という面で危うい。おせっかいが警察を呼べば面倒なことになるし、電子機器で記録でもされれば問題は広がる。 「気に食わないか。なら、殺してみろ」 「おうよ、殺してやらぁあ!」 鷲祐の挑発に、再びもがき出す武の口をふさぎ、鷲祐は付け加えた。 「だが……聖の無事を確認してからでも良くないか? 今のお前に聖の居場所が分かるのか?」 ぐいと武の腕を掴み、鷲祐は鋭く命じる。 「いいから来い」 ●カミサマが何もしてくれないなんてアタリマエ 砂時計の砂は、もう僕達の肩まで来ている。 君は怯え、僕に縋り、そして罪を犯しては愛を確かめて安堵する。 君が怯えるさまが、僕に縋る様が、愛を確かめようと手を血に染める様が、僕を満たすと言ったら、君はどういう顔をするだろう。 下劣な僕の愛情しか、君は知らない。だからこんな血まみれになるしか無い醜悪な愛でも、君は喜んで受けとる。 本当の美しい愛を知れば、僕を君は見捨てるのだろう。だから僕は、君が永遠に愛を知らないことを望む。 愛を知らないまま、死んでくれればいいと、思っている。 ――砂よ、早く落ちろ。早く彼を埋め尽くせ。 僕しか知らない彼のままで――殺してくれ。 「……たける?」 小さく、同衾しているはずの男を呼ぶ声を、兎の耳が捉えた。 動き出すフィクサードの動きを、アクセスファンタズムに告げ、綾兎達もホテルから出る。 そして、聖はホテルの出口で神父に出会った。 「初めまして、通りすがりのカミサマの遣いだよ」 へらりと笑うモノクルの青年、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が白手袋に包まれた手を差し出した。 「……リベリスタ」 E能力者なら、相手が覚醒しているか否か分かる。 聖が眉をひそめる。彼も神秘にさらされた境遇で、しかも物知らずではない。リベリスタが関わろうとするならば、何をしに来たかも自ずと悟る。 後ろから綾兎達もやってきた。逃げ場はない。 「どうしたい?」 「一緒に来てくれるかな。霧生が待ってるんだ」 遥紀が告げると、ロアンがアクセスファンタズムを掲げる。デバイスから流れてくる武の怒号を聞いた聖はため息を吐き、 「これはこちらからも声が送れるの?」 と、ロアンに尋ねる。頷いたのを確認し、聖は、デバイスの向こうの武におとなしくするように告げた。 素直な様子に驚いているのが伝わったか、聖は苦笑して返す。 「どうせ、あちら側もリベリスタでしょ。武くんじゃ、瞬殺されてしまう」 そして、彼らの促しに諾々と従った。 「砂が満ちたか……」 「砂?」 綾兎が、僅かな声量を聞きとがめた。 だが、聖は目を閉じて首を左右に振った。 「なんでもない、さ、どこへなりとどうぞ」 聖の言葉を耳に入れるなり、武が黙りこみ、素直になったのを見て、虎鐵は少しだけ警戒を緩めた。 (共依存、でござるか……ううむ……拙者にも覚えはあるのでござるが……) 己が運命の人と定めた娘を、息子を想い、虎鐵はほんの少しこのエリューションに同情を寄せた。 (二人の世界だけで完結できればよかったものの……) 今は何を言っても詮無いこと。 ボーッ! と大きな音が聞こえ、壱也は呟く。 「汽笛だ……」 港が近い。神戸の美しい海辺の夜景がどこか悲しい。 旭はきらきらと光る建物の明かりを眺める。 「……カミサマって不公平だね」 リベリスタは、武の死以外を認めるわけにはいかないのだから。 ●手の中で果てるか、其は誰の手 気づけば、砂は君を埋めていた。 僕は気づく、自分だけはこの砂時計から逃れる権利があることを。 記憶の中で君は笑う、君が笑うのは初めてだと誰かがいった瞬間の優越感を今も鮮明に覚えている。 この記憶のままのきれいな君のままで、僕は君を封じ込めたい。思い出という水晶の中で。 だけど、その温もりを失いたくないとも思っている。 砂礫の雨に打たれている。積もりきる前に、願うならば、君を。 君を。 君を――――どうしたい? 人気のない港の一角に、セッツァーが待っていた。 「命の重みを知らぬものに、その重さを実感させねばなるまい」 とすぐにでも戦えるように集中を高めている。 「さて……殺しにいくとするでござるかな」 虎鐵も静かに、漆黒の刀身を抜こうとする。 だが、そんな二人に立ちはだかるようにして、蜥蜴が止める。 不審そうに鷲祐を見る二人へ、鷲祐は視線だけ向けて言った。 「武の殺害という任務達成が最優先だ。分かっている。だがな、愛とは。……愛は、二人で連ねるものだ。知らぬ誰かが断ち切るものじゃない。俺はそう信じている」 壱也が進み出た。 「今までの経験からわかってるかもしれないけど。わたしたちは霧生武さんの命を奪いにきました」 動揺したのは武だけだった。聖はため息を吐いて、だろうね、と呟いた。 「なっ、んでだよ! 俺は生きてんだ! カミサマに……」 食って掛かる彼に、彼女は諭すように告げた。 「カミサマに愛されてない人なんていないよ。この世に生をなしたなら誰もがみんな愛されてる」 憐れむように壱也は、動揺しきりの武を見つめる。海辺の風は冷たく、髪を揺らす壱也の言葉を白く濁らせる。 「あなたは神に愛されなかったんじゃない。運命に……愛されなかった」 「あなたは運命の寵愛を得られなかった。こうするしかないの」 旭は悲しそうに俯く。 「自分が自分じゃなくなるって、こわいよね。カミサマって、不公平だね……わたしも、自分だけが得たから…………ほんとに……、そう、思う」 泣き笑いのように旭は笑った。 綾兎は、武たちに訴えかける仲間を見て思う。 ――革醒さえしなければ、リベリスタが彼らに触れることも、殺すこともなかった。 また、二人共が運命に愛されれば。きっと聖はフィクサードにはならなかっただろう。革醒しつつも、二人の箱庭のような世界で、愛し合い続けられたのだろう。 神秘に触れた瞬間、運命は二人を取捨選択した。そして、リベリスタはこうするしかない――。 「霧生さんはこれから神に愛されてるかを問うたびに、影由さんを忘れていく。好きだったことも忘れていく。神に愛されて愛を忘れていくの?」 壱也が真摯に訴える。 混乱で硬直した武に、畳み掛ける。 「今ならまだ影由さんを好きな霧生さんのままで終わらせてあげられる」 「……そのままでいれば、武はいずれ記憶も無くし壊れるだけだ。それで良いのか、いずれ愛した男を殺そうとしても、尚」 遥紀が問う。 このまま放置は出来ない。このままでは、武は歪みきり、世界の崩壊を助長する。遥紀が愛し、側にいたいと願った人々が生きていく世界を守るために、遥紀は歪みを消さなくてはならない。 他人事には思えない二人でも、己のために切り捨てていかなくてはいけない。 彼と一緒の未来を望んだ綾兎を見つめ、遥紀は同情を振り切るように目を閉じた。 ロアンが進み出る。 「で、僕から一つ提案。二人で死んでみない? 僕らに君まで殺す必要はないんだけど、君はもうひとりじゃダメでしょ? もしくは、最愛の人である君の手で最期を……っていう気はーさらさら無いよ、ね……」 「……許されるならば、僕はそうしたい」 「え」 ロアンの唇が止まった。 「ずるずると引き伸ばしてきたけれど、ここで止められて、僕の武をどこの誰とも知らない人に殺されるくらいなら」 聖はリベリスタを睨めつけ、武を抱き寄せた。 「ごめんね、もうここでおしまいみたいだ。僕は……君が壊れきるまでは一緒に居たかった。最後に責任は取るつもりだったけれど」 「ひ、じり、どういう」 事情を飲み込みきれない武を、聖は笑顔のまま抱きしめると、十字の光で貫いた。 「!」 苦痛にもがく武を押さえるようにきつく抱き、聖は冷たい表情で甘く囁く。 「僕の可愛い武。誰にも渡さない。絶対に誰にも」 真っ暗な港でクロスイージスの峻烈な光を浴び、リベリスタは息を呑む。 虎鐵が刀を収めた。 セッツァーが咎めるように虎鐵へ視線を向けた。しかし虎鐵は、前を見据え呟く。 「二人の世界で完結させろ、ということでござるな。手出し無用にござるよ」 ●痛みすら愛し、疵痕すら慶びて 光が消えたあとには、ピエタがあった。 虫の息の男を横抱きにして、まるで幼子を寝かしつけるような慈母のごとき表情で、聖はコンクリートの地面に座っていた。 武の反射的な抵抗にあって、聖も無傷ではない。どれだけ愛していても、殺されかければ抵抗せざるを得ないだろう。 「こんな僕に愛されてかわいそうな可愛い武くん。こんな最後、納得出来ない? 裏切られたと思った?」 「……ひ、じり……俺は、愛されてた?」 血まみれの腕で、白皙を撫でる。ずるりと頬に赤を残されても、聖は微笑んでいた。 「ああ」 「よかった、そんな顔、すんなよ。俺は聖が望むんなら、どんな目にあったって、嬉しい……、怪我、痛いか? ごめん、な……」 ぱたりと腕が落ちる。 「任務、完了」 目標から熱が消えていくのを確認し、鷲祐が呟いた。 「少しでも心安らかに眠り給え」 セッツァーは朗々とレクイエムを歌い出した。流れる低い旋律は、冬の港によく似合っていた。 聖はそのまま微動だにしない。 「自身にとって神にも等しい男に殺される、か」 遥紀は思わず武の末路をそう評した。今日は己の手は汚さなかった。誰を癒やすこともなかった。矛盾に迫られることはなかったが、どうにも気は晴れない。 「大切な存在を失ったら、か……」 綾兎がつぶやいた。視線は聖に固定されている。 「彼がどんな結末を選び取るのか……しっかりと、見届けるよ」 そのまま動かない聖へと、旭が近づいた。 「……ごめんね……」 直接手を下してはいないが、仕向けたリベリスタが武を殺したも同然だと、旭は謝る。 「聖さんはこれから、どうしたい……?」 虎徹も近寄る。 「武はこうするしか無かったのでござる……こんな事言うのもあれでござるが拙者は聖に生きて欲しいでござる。おぬしこそカミサマに愛されてるのでござるからな。故に、拙者はおぬしを殺す気はほぼないでござる」 壱也が歩み寄る。 「影由さんは、自由。わたしはあなたには生きて欲しい、わたしのエゴだけど。霧生さんがいたことを忘れないで生きて欲しい。霧生さんが愛されてたことを証明してあげてよ。影由さんに、愛されてたこと」 ゆらり、と聖は立ち上がる。 「君たちが殺してくれないなら、生きるしか無い。最後にくれた、この傷が、癒えなければいいのにね、たける……」 ボロボロの体のまま、聖はフェリー乗り場へとふらふらと歩いて行く。 その背をリベリスタは黙って見送り切り、疲れたように肩を落とした。 「……こうすることしか出来ん。これまでも、これからもな」 鷲祐が諦念を吐く。 ロアンはロザリオを割れんばかりに握りしめた。 「これは玩具さ。でもね、カミサマ。今日もまた、貴方が嫌いになったよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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