●それを死とは気付けずに 死、とは何かと問おう。 それは生命機能の停止か? 生存認識の喪失か? 否。死とは存在する尊厳の喪失である。 真の死は、外部が死として認識しないものを指す。気づかぬ内に死を迎えた者に尊厳はなく。 生命機能の強制は死の冒涜に他ならない。 故に、真の死を迎えた者は人として扱われず。 それは只の「肉塊」でしかないのだろう。 「ぁ……ぅ、ぐ」 路地裏に、小刻みな羽音と呻き声が響く。これが繁華街の路地裏だったのなら、単なる薬物中毒者に集るハエを想像できるだろう。 しかし、それが住宅街の外れでの出来事だとすれば、そしてその羽音が埒外のものであることを加味すれば、明らかな異常事態であることは想像に難くない。 脈動する蟲の腹部、接続された男性の肉体。それは正に、地獄絵図の始まりを告げるに相応しい奇形であったに違いない。 『それ』は確かに、その夜に死を迎えたのだ。 ●両断せよ、死の脈動 「事態は緊急を要します」 集まったリベリスタへ向け、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は深刻な表情を向けた。他のフォーチュナならいざしらず、努めて「それらしく」振舞う彼女の口にする緊急が、事実危険であることは想像に難くない。 モニターが切り替わる。 「……何だい、こりゃぁ」 リベリスタの一人が辛うじて言葉を紡ぐが、それ以外の全員が沈黙した。 画面を覆うのは巨大な蜂だ、それは理解できる。だが、その周囲を光を亡くした瞳で集う人々は何か。口の端から見える節足を隠さずに、次の人間に掴み掛り――暗転。 「お分かりいただけたでしょうか……彼らは、あの蜂の幼体に寄生され、苗床となると同時に、自らの死を認識しないまま操り人形と化しています。幼体が成体となり、彼らを食い破る瞬間まで、彼らは一個の成体を守るべく、リミッターの外れた能力で進撃を続けます。これが続けば、最終的な被害は……推測不可能でしょう。彼らは、飛びますから」 その言葉の意味が分からないリベリスタではないだろう。 一が五に、五が二十五に、二十五が百二十五に。繁殖能力を少なく見積もってそのザマだ。それが飛行し、土地を越え海を超え、最後何を犯すかなど考えるまでもない。 「この蜂は、本来『七色』を関する某アザーバイドの天敵の一種だったと思われます。が、戦闘終了とブレイクゲートの合間を縫って侵入、繁殖を始めるまで回復したと思われます。特性は寄生と操作。脳を麻酔で支配し、卵を産み付ける。典型的な寄生昆虫のそれだと思って構いません。 既に第一次拡散が始まっています。至急、行動を開始してください」 息を呑むリベリスタ達を前に、和泉は早口にまくし立てた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月03日(水)23:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●緊急前線 アークが当該チャンネルのアザーバイドと接触する事例は、これで三度目となる。うち二度は「不倶戴天」「七色」などと呼ばれ、ケースによってはその苛烈な戦闘にも関わらず物笑いのひとつに考えられることもあったのだが……。或いは、別チャンネルの『観光蟲』の示唆した予感が、ここで的中するとは誰も思っていなかっただろう。 「虫天国ですか、あの世界」 うんざりしたような言葉を漏らすのは、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)。一度、件のアザーバイドと交戦経験のあるだけに、その嫌悪感はひとしおだろう。今までのケースからすれば不快害虫の天国とも取れるチャンネルとの因縁がいつまで続くかは、未だ不明なれど。 「チャンネルの向こうは腐海か何かなのかしら?」 「頼むぜおい。バイオハザードはホラー映画とかで十分だ」 冷静な感想を述べる『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)に、『気遣いの出来る狼さん』武蔵・吾郎(BNE002461)は呆れたように首を振る。幻視をまとった彼の姿は、恐らく一般市民にすれば大柄でワイルドな壮年男性であると思われるが、その実、彼には獣の頭部と、細やかな理を積める思考が存在する。 彼らは一団となってパイロンを設置して、拡声器を用いることで人払いを積極的に行っている。一見して遭遇戦に於いては効果が薄いと思われがちなこの行為であるが、自分たちの移動範囲と敵の存在確認を行う上では相当に有効であるといえる。結界の多重発動も相まって、彼らの視界の外ではあれ、人影は見る間に減り続けている。 「それにしても……十センチとかの蜂は恐いんやけど、一メートルとかになるとかえって恐くないもんやなぁ」 予め、予測図をブリーフィングルームで見ていた『イエローシグナル』依代 椿(BNE000728)が紫煙をくゆらせつつtしみじみと呟く。人間の脳は、どうやら非現実レベルが一定を超えたところで思考を停止する特性があるらしい。というか、無いと厳しいのだろう。その感じ方は人それぞれだが。 「人間に寄生して仲間を増やすなんて……怖い……凄く逃げたいよ……」 『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)はその典型例。その生態を聞いて、実際の映像を見て、これほど恐ろしいとは考えられなかったろう。それに自分たちが向きあうとなれば尚の事。それでも前に進むということは、彼は彼なりに『臆病であることを力にする』術を心得ているが故である。 「アザーバイドの生態とは言え、きついものがあるな」 『福音の銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)も、それに応じるように声は沈む。尊厳を根こそぎ奪われても生かされ続ける悲劇と、その歪にすぎる生態への嫌悪。彼らの世界での常識は、即ちボトム・チャンネルでは非常識甚だしい。 「身の程も弁えず、我が領地に舞い降りたおぞましき屑虫……」 ぎり、と怒気を孕んだ歯軋りを響かせたのは、『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)だ。彼の思考の基本は自らを王と規定し、下に据える者達に等しく上に立つ者として振る舞うこと。それは傍若無人とは決して相容れない。等しく庇護すべきであるなら、それに害意を持つ者は等しく彼の敵だ。 つまるところが――彼はある意味、誰よりも重い責とそれを背負う器を自らに課した強者と言えるのだろう。 「これ以上犠牲者を出さないためにも、アザーバイドは殲滅する」 「怖くても、僕達がやらないといけないんだ!」 先行する刃紅郎の怒気にあてられるようにして、杏樹と悠里は口々に決意をあらたにする。 「その意気やよし。羽一つ残さず、絶やすぞ」 満足気な言葉を残し、刃紅郎は更に加速する。その勢いを維持したまま、『シャーマニックプリンセス』緋袴 雅(BNE001966)の誘導を受けてライラックパペットへと突進する。 悲鳴にも似た鳴き声を上げるマザービーに殺気を向けるリベリスタとアザーバイドの決戦は、こうして幕を上げた。 ●Time attack For extermination 「死を汚されし民の亡骸、我の手で葬ってくれる」 刃紅郎の鉄槌が唸りを上げて先頭のライラックパペットを打ち据え、その勢いで後続の同種を次々となぎ払う様に吹き飛んでいく。五体中四体を転倒状態へ追い込んだまま、悠里の蹴りが風を巻いて迫る。 「ごめんなさい。あなた達を救えなくてごめんなさい」 顔を伏せ、蹴り足を地に叩きつける。彼の意思があってか、一瞬の判断の奇跡か。続けざまに逆の足を振り上げ、二撃目が繰り出される。 「でも、守るから!あなた達の家族は、守るから!」 「アンタらも災難だが、これ以上被害を出さないためにも遠慮はしないぜ!」 「……ア」 悠里の影から突き出される鉄槌は一瞬のうちにライラックパペットの眼前で霞み、次の瞬間にはそれを幾重にも裂いて抜けていく。ノックバックでもつれ合った中へと飛び込むのはなかなかに危険な行為ではあるものの、それをしてのけるだけの実力の裏打ちと自信が彼にはある。 「ギギギギィィィィィィィィィイイ!!」 パペット達の僅か上を飛び回り、様子を観察していたマザービーにとって、その速攻は危機感を誘発すぎるには十分にすぎた。本来なら成長を促すタイミングであっただろうが、そんな余裕を赦すほどに彼らの戦術瓦解は容易ではない。であれば、その動きに制限をかけようとするのは当然で。 「……っ」 「なかなか、厄介ね……!」 その目論見が達成されたというには皮肉ながら、全体攻撃を担う射手二人の手を止め、パペット達の低減を抑えたのは恐るべき幸運というべきだろう。リベリスタ達にとっては痛手でしかないが。 「厄介な状況ですが、各個撃破で何とか成る筈です。問題ありません」 だが、その程度で戦術に綻びが出る布陣であれば、アークは彼らを送り出すことは無かっただろう。先行したメンバーの攻撃で相当に弱っていたパペットへ向けて放たれた雅のメガクラッシュが、その『中身』ごと圧し潰し、塀に人ならざる体液をぶちまける。 「長々と動けんのも困るからなぁ、ちょっとその動き、止めさせて貰うよぉ!」 わが子の死に反応したのもつかの間、マザービーの背後に浮かび上がる呪縛の印形。不敵に笑う椿の表情を裏付けるように、飛行状態を維持しつつも、マザービーは身動ぎするばかりで具体的な行動に移れなくなってしまったように見えた。 「成程、力だけは相当あるみたいだな……鈍いにも程があるけどなっ!」 「我に手傷をつけようとは片腹痛いな。その程度、触れるに値せん」 母の叫びに呼応でもしたかのように、パペット達は手近な刃紅郎と吾郎に手を伸ばし、攻め立てようと必死に取りすがる。だが、彼らの巨躯からは凡そ想像できない速度が、回避技術が、それらに触れさせる隙を与えない。前を担う身としては、彼らの安定感は論ずるに足りぬものがある。 「椿殿、重畳です。状況復帰は私が行いましょう」 アラストールの安堵した言葉をなぞるように、復調を呼び込む光が戦場を渦巻く。エナーシアと杏樹の肉体を縛っていた痺れは瞬く間に去り、戦線復帰を可能にさせる。 「少し遅れをとったが、この程度で止められたら癪だからな……残り四体、残さず撃ち崩す」 「四十秒? 問題ないわね。木偶を親共々散らすには丁度いい時間だわ」 「その様子なら問題あるまい……後ろは任せたぞ」 言葉を後ろに流し、刃紅郎は再び大きく前に出る。勢いのまま再び振り上げた鉄槌は、次の目標に定めたパペットへと吸い込まれ、跳ね上げる。 (辛い、辛い、見ていたくない……) 悠里の頭蓋を、繰り返し悲鳴が跳ねる。寄生されている身とはいえ、相手はノーフェイスでもなんでもない一般人。自らの手にかけるには、本来なら余りに脆い対象を手にかける行為が彼に与える心理的重圧は、筆舌に尽くしがたい。 (でも、それじゃだめなんだ。この人達を看取れるのは僕達だけなんだから、最後まで――) だが、それでも彼はくじけない。刃紅郎の吹き飛ばした一体を視界に捉え、蹴り足を持ち上げる。軌道がそのままパペットの腕を両断して抜けていく様、中から生える節くれだった腕と人外の体液を視界に収め、それでも一歩も退こうとしない。 「もういっちょ、薙ぎ払うぜっ!」 「麻痺を仕掛けた側が麻痺で動けない……というのも、なかなかに滑稽ですね」 吾郎の構えた鉄槌が、ふたたび唸りを上げて周囲のパペットをまとめて薙ぎ払う。辛くも逃れた一体は、雅の振り抜いた刃に一部を両断され、宙を舞う。完全に陣形を崩された形のパペット達にとって、組み付く間もなく絶え間ない攻め手を受けるのは驚異的というほかはないだろう。 「本人らには、生きとる自覚も死んどる自覚もあらへんやろけど…今楽にしたるからな?」 グローブに包まれた椿の左手が、扇を構え振り仰がれる。その一挙動で恐ろしい勢いで雨がアザーバイド全ての身を貫き、その一部を凍らせすらした。この状況が続けば、羽化で苗床を貫いて現れるのは難しいことだろう。 「焦っている、のですかね。心なしか、動きに必死さを感じ、っ」 多少なりパペットは減っているとはいえ、健在のそれらが敵対者と仕掛ける攻撃には、未だ弱った様には見えなかった。寧ろ、必死さを引き写し、確実な一対多を作ろうとしてすらおり、雅は結果的にその布陣に巻き込まれる形で、痛撃を受けざるを得なかったのは否定できない。 「小細工を……! 羽化するまえに残らず散らす!」 「此方の蜂は少々違うわよ、数が。何処に隠れようと全て撃ちぬいてみせるわ」 深手を追って退く雅に追い縋るパペットの手を足を、エナーシアと杏樹、二人の攻撃が絶えず貫いていく。或いは散弾、或いは規格外の矢。射線を確保した矢は正確にパペットを狙い、軌道をそのままにマザービーを貫いていく。射界いっぱいに広がる散弾は次々とパペット、次いでマザービーへと喰い込んで抜けていく。圧倒的な破壊を以て繰り広げられる戦闘をして、常人であれば近づこうともしないだろう。苛烈であるということは、人払いをした上でなら、これ以上無い抑止力を持っていることでもある。 「やや神秘に弱くも感じますか……なら、これでどうでしょうか?」 戦況を見守っていたアラストールは、二十秒ほどの攻防で、神秘に対しての手応えを視認する。つまりは、その剣から放たれるのは、浄化と断罪を内包した十字の光。確実に倒すための一撃ではないが、返すに、それは仲間に繋ぐための一撃でもある。 「……ギ」 ほぼ瀕死の個体を除き、残るパペットは三体。何とか勝利へと糸口を掴んだリベリスタ達にとって、その声音は不吉に過ぎた。 ●呼声と末路と 「ギ、ギギ、ギ、ッィイイ……!!」 陣を地力で打ち破ったマザービーから放たれる、人にとって異質にすぎるリズムと音程。こんなものを好む生物など、ボトム・チャンネルに居ていいはずがない。 「ぬ、来るか……!」 「させないよ!」 「ギッ」 「ア、アア、ア――!」 それがマザービーの放った羽化への呼び水だと、理解していない彼らではない。確実性が無いとは分かりながら、刃紅郎が叩きつける一撃は重い。それで羽化の進行が止まらずとも、パペットを打ち砕くには高い効果を持っていることはかわりない。続く悠里、吾郎もまた、呼び声を受けたパペットへ攻撃を集中させ、あるいは纏めて切り伏せていく。 「パペットだけでも、あと二十秒以内に……!」 「問題ないはずよ。このまま手を止めなければ、羽化の目はなくなるわ」 「じゃあ、一気に片付けないといかんね!」 杏樹、エナーシア、椿。三者三様、視界に残るパペットを纏めて薙ぎ払う様に、次々と攻撃を打ち込んでいく。破壊力と制圧力に長けた集中砲火は、呼び声を忘れるほどにパペットを打ち砕いて倒し、その数を削っていく。 「苗床はこれで最後か……我直々に引導を渡してくれよう!」 刃紅郎の一撃がその意思を引き写し、最後のパペットを豪快に撃ち伏せる。 パペットの全滅所要時間、四十七秒……ぎりぎりの達成だった。 「あと残すはあいつだけ……気を抜かずに倒そう!」 「何度麻痺をかけてこようが問題ありませんね。そのまえに斬り伏せればいいだけのこと」 「少なくとも。当面の脅威が去った上で相手にするには退屈なくらいね」 ぎりぎりの一線を越えて、尚リベリスタの士気は高く。毒針を構えて急降下するマザービーの針を雅が一閃にて断ち切り、バランスを崩したそこへエナーシアの精密射撃が羽根を穿つ。 無様に姿を落とす様は無いものの、マザービーの次の動きはリベリスタ達の波状攻撃の前にひき潰された。 「死に際が惨めだったろうけど……浮かばれてくれりゃあいいよな」 吾郎が、搬送される死体に目をやりながらぽつりと零す。喩えそれが先ほどまでの敵だったとて、元々は同じ人間だったもの。ノーフェイスよりも尚惨めな末路を辿った人間への悲哀と冥福。 沈痛な顔を伏せるアラストール、去り行くアークの車両に向けて十字を切る杏樹と共に、死はたしかにそこに残っていた。 「問題ない。我が討った民は尚の事、須らく我が覚えていればよいだけのことだ」 それを肯定して飲み下すのもまた、王の役目と言わんばかりに。 刃紅郎の言葉が、余韻として響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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