● 「『スコットランドヤード』より、再三の戦力要請が為されました」 ブリーフィングルーム内、集まったリベリスタらに淡々とした声で告げるのは津雲・日明(nBNE000262)である。 感情の伴わない声音ながら、僅かに強張った表情を見るに、今相対する彼らが集められた理由、その重大性を察するには十分と言えた。 「先日、僕達は『ヤード』側と共に『倫敦の蜘蛛』による倫敦制圧を目的とした攻勢を退け、尚かつ『蜘蛛』側に関する情報の獲得にも成功しました。 『ヤード』の方々はこれらの情報を元に、『蜘蛛』側の情報を調査し、この度敵の拠点とされる地下要塞を突き止めることに成功しました」 敵方が攪乱と隠蔽に優れた歪夜十三使徒の一群と言え、対する『ヤード』の一団も神秘関連に身を浸す警察機構と名高いリベリスタ組織だ。 双方の実力が互角である以上、其の情報戦を制するのは微かな綻び――即ち、先に語られた『アークが獲得した情報』に尽きる。 「……攻略戦か」 「ええ。前回は守勢に回りましたが、今回はその逆です。 皆さんは地下に存在する『蜘蛛』側の拠点である要塞を攻め落とすために、『ヤード』側と共闘する形でこれにあたっていただきます」 告げた日明ではあるが、その面持ちは暗い。 依頼内容を告げた彼自身が、それに納得していないであろうことを示すには十分な証左だった。 「……送り出す身で言うのも何ですが、何時も以上にお気をつけ下さい。 そもそも、前回の『不確実な攻勢』自体、常に慎重に慎重を重ねるジェームズ・モリアーティの動きとは全く異なるものです。其れに加えて、件の情報の一つも在る」 ――ジェームズ・モリアーティの狙いは、倫敦の制圧だけではない。その情報は、未だに彼らの心に不安という名の影を落とし続けている。 目的も、その手法も、余りにも不透明な最中で、それでも動かざるを得ない理由は、今現在もこうして進む時間こそが『蜘蛛』側のアドバンテージそのものであるからだ。 悪の天才と呼ぶに相応しい『彼』に思考する時間を与えること、更に直接的な要因を挙げれば、前回は未完成だったフェーズ4のキマイラに改良が施されることすらも。 「リスクが高いことは、承知でしょうが。 どうか、どうか――生きて、帰ってきてくれることを、願っています」 硬い声で、ゆっくりを頭を垂れるフォーチュナに、リベリスタらも小さく応える。 異国に於ける二度目の大戦。恐れもある。気負いもする。 それでも……勝つ理由を、生きる理由を思い出せば、退く足は既に無い。 今一度、彼らは異国の地にて、戦いに赴いていく。 ● 「ねえ、おばちゃんはしんじゃったの?」 ――悠然と、木々を見渡せる建物の窓際で、幼い少女の声が聞こえる。 傍らには年若い青年の姿だ。扉の一つを、遮るように背を預けながら、彼は笑って少女に首を振る。 「……眠ってるだけだよ。少ししたら、直に起きる」 「お兄さんは、そう言ってばっかり」 苦笑を浮かべる青年と、膨れ面の少女からするに、この掛け合いは何度も繰り返したものなのだろう。 「私、知ってるのよ。シスおばちゃんは、悪い人にいじめられて、もう起きられないって」 「……アーサ」 「悪い人たち、リベリスタ。許せない。 おばちゃんの代わりに、私があいつらをやっつけられたら」 「アーサ」 二度目に呼ばれた名前は、それまでの言葉とは違う鬼気に満ちている。 ぐ、と後退った少女に、青年は視線を合わせて、その頭を撫でた。 「……怒るのは良い。悲しむのも。それはココロを育てる大切なものだ。 けれど、誰かを恨んだり、憎んだりすれば、その人は誰にも愛して貰えない。おばちゃんにも」 「――お兄さんは、おばちゃんのことが大切じゃないから、そんなことが言えるんだわ!」 少女は洟をすすりながら、そっぽを向いて駆けだしていく。 青年は――それを、眩しそうに見送った後、背を預けていた扉を開いた。 簡素な部屋だ。寝台と小さな机が一つあるだけで、他には何も置いてない。 寝台には、初老の女性が寝息を立てている。およそ一ヶ月以上、或る戦いを境に、目を覚ますことのない女性が。 「……申し訳ない、母さん」 告げて、頭を下げる青年は、其れと共にポケットから携帯電話を取り出した。 数度のボタン操作の後、コール音。 後、出た相手に対して、青年は開口一番に告げた。 「取引をしよう。『蜘蛛』の皆さん。 此方が欲しいのは『子供達』の一般人と非戦闘員をアーク、乃至『ヤード』側へ引き渡すお目こぼし。差し出すのは十数名の戦闘員、且つ『検体』だ」 言って、青年は廊下側へと振り返る。 其処には、多くの革醒者達が、彼と、老女の側へ視線を送っていた。 人種も、年齢も、性別もバラバラの彼らは、唯、笑っている。 先に待つ終末を恐れもせず、自らの『家族』の為にならばと。 ――彼らは、自らを『イーストエンドの子供達』と、名乗った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月11日(火)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 地の下に陽は差さない。 在るのは冷たい人工灯だけだ。それも、ことこの環境の下では、何時絶えるとも知らぬか細いもの。 「自分を犠牲にしても大切な人を助ける、か……」 既に開始されている『倫敦の蜘蛛の巣』本拠地の攻略作戦。自身等の戦場となる場所へ駆ける『ガントレット』 設楽 悠里(BNE001610)の表情は、さほど明るくはない。 彼の人格をすれば、それも当然と言えるか。 此度の相手。大切なものを守るために、自らの全てを差し出した者達の経歴を鑑みれば。 「それは悪いことじゃないし、尊いことだと思うよ。以前の僕なら素直に賛同していたと思う」 ……言葉が仮定で終わる以上、その意志は口にしたとおりではない。 然りと頷く『ふたまたしっぽ』 レイライン・エレアニック(BNE002137)もまた、纏うゴシックドレスをはためかせながら、気鬱に苛まれた表情を隠さず走り続ける。 「大切な仲間を、家族を守る……。わらわ達と考える事は同じ筈なのに、どうしてこうなってしまうのじゃろうか」 「彼らの母たる彼女は、フィクサードであれど…母として慕われていたのでしょうね」 遣る瀬無い事だと、『朔ノ月』 風宮 紫月(BNE003411)もまた、かぶりを振った。 彼我に譲れぬものがある以上、片一方が消えない限りはその意志を貫き通すことも出来ない。 望まずして、けれど迎えなければならない結末を予期する紫月の意図する言葉を、けれど、と彼女は零す。 「自ら死を恐れずに検体になったその覚悟は、きっと尊いものだろう。 ……それでも、彼らを救いたいと思うのは傲慢なのだろうか」 『百の獣』 朱鷺島・雷音(BNE000003)の言葉は、凡そこの場にある者達の総意にも等しい。 自らの全てを捧げた彼らの命は、本来なら其処で潰える。 それを救いたいという、願い。可能性の乏しい賭けに、 「最初から諦める心算は無い。俺の出来る限りの力を尽くす、それだけだ」 けれど、『誠の双剣』 新城・拓真(BNE00644)はそう語る。 戦場は近い。指定された部屋の扉を蹴り開ければ、其処には十数名の敵が此方を睨んでいた。 表情に精彩はなく、それでも敵意を感じうる程度には。 「……そーいう守り方、まじ気にくわねぇっす」 鬱陶しそうな眼を向けて、『忘却仕様オーバーホール』 ケイティー・アルバーディーナ(BNE004388)が舌打ちをする。 見渡す限りの伽藍の群れ。望んだ未来へ皆で進むことを諦め、礎として墜ちることを選んだ者達。 「――シスを、家族を助けたいんでしょう?」 そして、ケイティーと同じ事を思ったのは一人だけではない。 『0』 氏名 姓(BNE002967)が、諭すように。怒るように、幻想纒いから取り出だした得物を手にしながら、声高に叫ぶ。 「思い出せ! 本当の目的を――」 奇しくも、その想いの発露こそが、戦いの合図となり得た、等と。 ● 飢え渇いた身体に、更なる熱を感じる。 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』 星川・天乃(BNE000016)が歎息と共に、手にした武器を構え、呟く。 「せめて、意思を持って、戦うならもう少し楽しめた、んだろうけど……」 仕方がない。そう零すだけで、彼女は本意とは行かずとも、漸く得た戦いの機械に心身を加速させる。 敵方は数も力量も高い。尚かつキマイラ寄生後も或る程度の思考に基づいた行動を取る。生半な戦法では返り討ちに遭うだけだ。 「……悲観していては何も始まらんな、わらわ達にも譲れないものがある」 言って、自らを筆頭として、レイライン達は自付能力でその身体能力を高めていく。 その最中、雷音と拓真、悠里は戦闘に於ける行動を取らず、彼ら――キマイラの苗床となった敵を唯、集中して観測し続ける。 植え付けられたキマイラ。それらから、敵を解放するが為に。 が、両者共に、その成果は芳しくない。 寄生したキマイラの存在を察知することは可能だった。その位置の特定も簡単にとはいかないが、比類稀なる魔術と異界の知識を統合する雷音からすればそれも難しくはないだろう。 ならば何が問題かと言えば、個体毎に寄生された場所を調べる為の時間と……それを狙い打つだけの余裕の有無である。 先にも言ったとおり、彼我の戦力差は完全に相手方に分がある。その状況下で更に部位を狙う等と、自身等を追い込む行動には、戦術的なメリットは何もない。 ともすれば、敗北も在りうる――それでも、雷音は、声高に敵のキマイラの寄生部位を報告していく。 その、彼らリベリスタの懊悩など、自我を失したフィクサードらに解るはずもない。 敵の数もあり、状況は一気に前後衛を纏めた大混戦を呈した。 「戦う為の力は、私が。皆さん、頑張って下さい!」 最大15名の攻撃を受ける四名の前衛陣の負担は軽いものではない。戦闘序盤から中盤にかけての雷音、紫月の回復能力はその点では確かに重宝されるが、それも確たる助けと呼ぶには些か弱い。 「……爆ぜろ」 告げた天乃が、動きの封じられた敵に対して黒気の爆手を以て、敵方のデュランダルの身を刮ぎ落とした。 敵方のホーリーメイガスも、其れに併せて回復を施そうが、八名のリベリスタによる攻撃が間断なく攻め続ければ、其処にも隙が生まれていく。 二、三手と続ければ沈む。各個撃破はよほどの大規模戦闘でもない限り、リベリスタ達の戦いに於いては定石とされるものだ。 その、有効である戦法を、敵方が模倣しない道理もない。 「く……!」 苦悶を堪えた拓真の剣が、その動きを刹那、止める。 回避能力こそ他には劣るものの、彼自身の耐久力、防御能力は決して低くはない。少なくとも同じ力量帯の中でも平均クラスは超えている。 それでも――それこそ、先の敵デュランダルにも言えたことだが――回復役として機能しているホーリーメイガスを除いても、最大13名の攻撃を一身に受け続ければ、一線級リベリスタである彼の身体とて無事では済まない。 先ほど語った、雷音と紫月の回復能力が、その威力に反して確たる助けと言えないと語った理由はこれである。攻撃対象をこと単体に絞った場合、彼女らのスキルはコストパフォーマンスが良いとは世辞にも言えない。 当然、リベリスタらもブロックやカバーリング等を作戦に織り込んではいたが、それらはあくまでも耐久力に難のある後衛に攻撃を届かせないが為の策だ。 猪の一番に前衛方を狙われるとは予想していなかった彼らを余所に、運命を費やした拓真に、更なる得物と魔術の雨が降り注ぐ。 「……決意を無碍にする方が無礼だ」 一言、自分に言い聞かせるようにして、姓が中空より出した閃光弾を放る。 一拍遅れて、爆発。それに敵の何名かが動きを緩めた後、気勢を奮う悠里が咆哮と共に銀の籠手を振りかぶる。 「こんなところで死ぬなんて認めないよ! それで残される人間は本当に辛いんだ!」 自らのが経験した別離を語る彼の言葉は、重く、硬い。 縮地を自らに科して薙いだ拳撃は、残る一名の敵デュランダルを強かに打ったが、それに対して悠里は臍を噛む。 元よりそれとして特化されたスキルならばまだしも、ただでさえ混戦の状況下に於いて何の助けもなく部位を狙うのはやはり難しい。 それが故に姓もピンポイント・スペシャリティでの攻手に務めているわけだが、唯一人の攻撃で戦況を変えるには、少々敵の力量が高すぎた。 時間をかければ――と言う、この戦いに於いて最も使われるであろう言葉が、しかし叶わないことも解っていようと。 結果として、倒すことだけを目的に動かざるを得ないリベリスタのストレスは少なくはない。 それでも、内心とは別に効率的な行動を取れる――取れてしまうのが、アークのリベリスタの優秀たる所以である。 悠里の攻撃に加え、幾重もの攻撃に拉ぐ拓真の追撃もあり、デュランダルの撃破と共に、一息に後衛に飛び込んだレイラインが氷刃の霧を生み、並ぶホーリーメイガスを纏めて切り裂いた。 一度侵入を許した以上、その攻勢の決着は長くはない。残る前衛陣も、ストックしていた遠距離攻撃の手段を介して狙おうとしていた最中。 「――――――!」 声ならぬ声が聞こえる。 それは姓のものであり、敵のものでもあった。 幾度も繰り返したピンポイント・スペシャリティによって、寄生体の植え付けられたフィクサード達の内、二名がその意識を取り戻したのである。 「……君たちは」 「――ああ、成る程」 リベリスタの誰かが言い終えるよりも早く、フィクサードの内一人は軽く周囲を眺めた後に、言った。 「幸か不幸か。それとも狙ってか。どちらでも良いけど……」 その手に、自らの得物を、握り直しながら。 「やるべき事は、変わらない」 ● リベリスタ達の戦法は、敵の救出と殲滅の双方を目的と出来る……と言うよりは、双方が重なる妥協点を探った形とも言えるものだった。 数の優位を取られぬ為、室内の壁を背にしながら半円状の布陣を取り、その後は敵の最大火力と支援能力を持つデュランダル、ホーリーメイガスを倒した後、残った火力の高い順に敵を倒していく。 敵に数の優位がある以上、また此度のリベリスタ達には専業となる回復役が居ない以上、速攻での殲滅を避けるに良い策ではあるが、問題は敵方も似たような攻撃順を考えていたという部分である。 基本的に集団戦に於いて真っ先に狙われるのは、耐久力を犠牲に他の能力を底上げした後衛方である。であれば自然、敵は其方を狙おうと考えるし、味方はそれを守ろうと考える。 が、今回の敵はそれを手数の多さでカバーしていた。 ならば――と言うのも妙な話だが、わざわざ堅固に仕立て上げられた防壁を突破するより、元々ある利……手近に攻撃できる対象を数で攻め落とし、相手の手数を狭めることで、彼我の差を広げようとしたわけだ。 結果として、リベリスタとフィクサードは戦法の奇妙なかち合い方をしたため、戦闘は混戦を極めていた。 その最中で、戦場を更に乱すファクターが、もう一つある。 「……仲間を逃がそうとするからには、蜘蛛の連中が信用ならないのは承知の筈だ」 戦闘の余波により、実験室の器具や、素体が無惨に散らばる中、敵との間合いを精緻に計る姓が問う。 「なのに、何故……!」 ――相対するフィクサード、寄生したキマイラから解き放たれた彼らは、しかしリベリスタの呼びかけに応じることなく、未だ彼らと敵対し続けている。 「アーマン、右!」 姓に応えず、言った女性のフィクサードの傍で、もう一人の男性がケイティーの撃ち込んだ弾丸をかろうじで避ける。 「誰の為にシスがイノチ張ったと思ってるんすか。ざけんなガキ共、糞食らえ蜘蛛共っす」 「彼女と俺達の守るべき対象が重なった。それだけの話だろう。そして俺達は君たちほど、規模も、過ぎた望みも有していない」 双方の負傷は尋常なものではない。 先にも言った集中攻撃によって、守りきれぬと知れど、それを遅らせるための回復にリソースを費やす回復手の内、遂に紫月がその気力を枯渇させたことが発端だった。 途切れ途切れの回復をサポートする形で姓がインスタントチャージをかけていくも、それによってリベリスタ達の攻撃手は更に落ちることとなる。 残る仲間達も健闘している。これまでにレイラインと悠里が主となってホーリーメイガスを筆頭として、残るフィクサード達は五名とその数を減らせてきているが、それ以上が続かない。 その過程で拓真が倒れた。天乃もだ。メンバー内前衛陣の内二人が倒れ、後衛陣に雪崩れ込んだ敵によって、紫月を庇うケイティーがそのフェイトを損耗し、姓がそれを代わることで戦線を維持させようとしているが、それは回復役である紫月へ、他者から気力を回復させる手段が無くなったことも意味する。 「自分を見失うな! 最後の最後まで自分として生きろ!」 言って、荒れた呼吸を気力で繋いだ悠里が、疲労の枷に囚われた拳を振るう。 ぶち当たり、仰け反ったソードミラージュも、キマイラから解放されたものの一人だ。口から血の塊を吐き出して、無言の侭に瀟洒なる剣閃を振るえば、それに拉いだ身体が魅了の境目に囚われかける。 「『蜘蛛』との約束は知ってる。けど、そんなのは関係ない。 自分の一番大切な者の為に、卑怯者になっても生きてみせろ!」 「――――――」 瞠目が、敵方に浮かぶ。 けれど、その後に見えた表情は、決して明るいものではない。 最早、戦闘は終局である。 この時点に於いて、幾度重ねた言葉でさえも、翻意を促すことは出来ない時点で――雷音は。 「……來々、星儀」 震える手で、相手を倒すことを、殺すことを、決意した。 皮肉にも、癒すべき対象が倒れることで、彼女は癒し手として戦うことから解放された。 敵の攻撃は各個撃破だ。一人の仲間が倒されてから、次の仲間が深手を負うまで、彼女はその術式を存分に行使できる。 「私達は、勝たねばなりません。屍山血河を乗り越えて、その先にある未来を掴み取るために!」 それは、紫月も同様だ。 残る気力をかき集め、異界の業を一挙に束ねた彼女が、双璧のクロスイージスを一名、沈めることに成功する。 だが――雷音の側は、決意の最中に在っても、彼女ほど、意志を固めては居られない。 「一つだけ、聞かせてくれ。ボクが、君たちに出来ることは――」 何も、無いのか。 そう、問うた雷音に対して、フィクサードは歎息を吐いた。 「……貴方達は、本当に」 苦い言葉で、そう告げられる。 フィクサードは、俯いたままに、けれど攻手を緩めることなく、言う。 「出来るわけがない。今私達は『取引』の最中なんだ。 今此処で裏切り、彼らに目を付けられた私達を助けてくれる人間が何処にいるという? 貴方達の大部分が投入された、今現在に於いて」 「それは――」 「第二に、貴方達はフィクサードとの取引など無視しろと暗に言って見せた。ならば貴方達はそれが出来るというの?」 「……っ」 言った悠里が、ぐ、と言葉を発そうとして――それを止めた。 「結局は、それを個人として言ったのか、組織として言ったのかが問題なんだ。 前者ならば大した無責任、後者ならば、敵対する組織相手と言えど、約束をあっさり反故にすることを示唆する連中を、私達は信用できない」 言って、撃ち込まれた多角攻撃。 それまで紫月を庇い続けてきた姓が、そこで倒れた。返す刀と振るった悠里の拳に、それまで言葉を交わしていたフィクサードもまた、その身を沈める。 「結局は、説得する先を間違えていたんだ。お前達は」 代わり、残るクロスイージスのもう一人が、淡々と言葉を発する。 この場に『蜘蛛』の人間は居ない。である以上、この場で彼らに対する説得など、出来ようはずもない。 けど、その意思を、今眼前に立つ彼らに伝えることが出来ていたら。 「……巫山戯んじゃねえっす」 その仮定の最中、吐き捨てるように、ケイティーが言った。 敵の数は三名。此方は五名。元より数の有利が在ったからこそ拮抗していた戦場であり、それを覆された以上、戦闘の行く先は目に見えている。 だのに、その瞳に諦念の意志がないならば。 「ガキ共、キマイラ支配から目覚まして耳かっぽじって聞きやがれっす」 ぶん殴ってでも、解らせる。 語り、運命を介し、運命を歪ませる。それを望んだ彼女が握る銃把に更なる力を込める。 その気配に何かを感じ取ったのか、フィクサード達も一挙に動いて止めようとしたが――しかし。 「……子供達より先に死ぬのが、お婆ちゃんの役目なのじゃよ」 それを、レイラインが止める。 口調だけは優しく、攻手は苛烈に。身を軋ませた攻撃を時に避け、時に受け、時に喰らいながら、それでも。 「シスもガキ共も死んで逃げんじゃねぇ――――――生き足掻きやがれっす!」 やがて、その咆哮が、一つの実験室を満たす。 ● セカイは暗い。 戦場の大半は集結しつつあるのだろう。静まり帰った部屋の中、残ったか細い室内灯た、揺れながらもリベリスタ達を照らしうる。 「……行こう」 悠里の言葉と共に、並べられた十五の身体を背に、彼らは部屋をあとにする。 戦闘は終わりつつあるが、全てが終わったわけではない。カカーネル・モランを代表とした何名かの有力なフィクサードの討伐や、その企みを探るなど、動けるリベリスタ達は未だ休める時を与えられては居ないのだ。 ――それでも、彼らが望んだ希望が潰えたわけでも、無い。 「ええ、私達はこれから、残る戦場へ加勢に参ります」 幻想纒いを手に、淡々と呟くのは紫月である。 彼女は、最後の言葉を、特に強調して、アーク本部への報告を行っていた。 「敵対したフィクサード、十三名の死体と、二名の生存者の回収を、どうか速やかに、お願いいたします」 自分達に残った、微かな救いを、どうか守ってやって欲しいと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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