●ブリーフィング(『ヤード』資料) 過日の『ヤード』本部を廻る『アーク』『ヤード』連合軍と『倫敦の蜘蛛の巣』との大規模戦闘は辛うじて最悪の結果を免れた。『モリアーティ教授』の攻撃作戦を撃滅に追いやったその戦果は、それが『モリーアティ教授』であるが故の薄気味悪さを喉元に残したものの、神秘警察たる『ヤード』の本来得意としている『仕事』<捜査>を大きく前進させた。 『アーク』により救出された神秘研究者・リー教授の言った『アーティファクト』<モリアーティ・プラン>存在の疑念。 『倫敦の蜘蛛の巣』側傘下組織『イーストエンドの子供達』が残した『モリアーティ教授』の真意への疑問。 状況は未だ不確定である。しかし、与えられた『ピース』を一つ一つ組み立てていく以外に、『モリアーティ教授』を制する術は無い。『ヤード』は『倫敦の蜘蛛の巣』本部の在処を突き止めることに成功した。此のたび『ヤード』はロンドン市内への防衛を行いつつ、『倫敦の蜘蛛の巣』本部に対して精鋭リベリスタを投入し、制圧を試みることを決定した。そして、その成功には、『倫敦の蜘蛛の巣』との交戦経験を有し、かつ、それを撃退たらしめた『アーク』の力が必要不可欠である。 今、まさにその本部地下二階、『教授室』があるとされている地下三階を目前にした最前線に、突入する。まだ『ヤード』勢力も『アーク』勢力も地下二階の戦況を掌握しておらず……、そこは紛れもなく『倫敦の蜘蛛の巣』の間合いとなる。敵の抵抗は、もっとも熾烈なものの一つになることが強く示唆される。 ●確率論は嘘をつかない。 「わたしとあなたの誕生日が一致する確率は?」 <凡そ0.3 %> 「わたしとあなたの誕生日が一致しない確率は?」 <凡そ99.7 %> 「ここに三十人居る。その中の誰か一人と、あなたの誕生日が一致する確率は?」 <凡そ7.9 %> 「ここに三十人居る。わたしとあなたの誕生日が、その三十人全員の誕生日と一致しない確率は?」 <凡そ85 %> 「ここに三十人居る。わたしとあなたのいずれかの誕生日が、三十人の誰かと一致する確率は?」 <凡そ15 %> 「ここに三十人居る。この三十人の中に、誕生日が同じである者が少なくとも二人以上居る確率は?」 <凡そ73 %> 「ここに六十人居る。この六十人の中に、誕生日が同じである者が少なくとも二人以上居る確率は?」 <凡そ、> <99.6 %> ● 「それは自明な結果だろうか? あなたは六十人の中に、同じ誕生日である者がほぼ百パーセントの確率で存在する、と実感できるだろうか? この議論の鍵は一つ。『試行回数』だ。これが三十人であるなら、その確率は七十三パーセントにまで下がるのだから。つまり。何が言いたいのかというと―――」 ―――どんなに『起こりそうにない事』も試行回数を増やせば『起こり得る』。 そして。 「『確率論』は嘘を吐かない」 『確率論』はインプロバブルをプロバブルに変換する。 ● その男は揺れる天井を眺めた。残念ながらここも時間の問題らしい。 『倫敦の蜘蛛の巣』本部。ピカデリーサーカス地下二階。一般研究室。 視線を変える。デスクに腰を下ろした安物のカップ、中に満たされた琥珀色の水面に波紋を生じさせる無粋な振動は、例の覚醒者集団に起因するらしい。『つい先日』は切歯扼腕したであろう泥船の『ヤード』はさぞかしこの『地下要塞』にご執心ではなかろうか。……確かに、敵の進行は予想以上に早い。 ぐるりと椅子を回転させれば、名残惜しい数年の天下。『兵どもが夢のあと』とは、『極東の空白地帯<アーク>』に伝わるポエムらしいが、なかなか的を得ている。 立ち上がれば翻る白衣。研究員までも戦闘に借り出すというのだから、タチが悪い。頭を使うのが本業で、そちらは血気盛んなあちらの仕事だろうに―――。 怒号。怒号。怒号。 その視線は扉を眺める。男が唯一信じる神<確率論>は、彼に立てと囁く。 「まあ、本来は」 フィクサードなんてものは、戦う中でしか存在意義を見いだせないものよな。 「―――だろう? 『リベリスタ』」 「ああ。『倫敦の蜘蛛の巣』<フィクサード>」 両者を分かつのは幾重ものセキュリティに守られた鉄扉。白い要塞。 だが、その敵意だけが両者を繋ぎとめた。聞こえぬ声は、確かに聞こえた。 数刻後には邂逅。 『確率論』という真実<神>を手にしたフィクサード『ケインズ』は指を鳴らした。 『マザーグース』と『確率論』。イギリスの闇を、彼らは知ることになる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月11日(火)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の顔が僅かに曇った。彼女の遥か先まで見通す異能の眼は、しかしその白い扉の向こうを見透かすことは無かった。三高平市と同様に対エリューション素材で覆われたその一般研究室の内部を探ることは出来なかった。『倫敦派』本部としては妥当な構造だろう。 戦況は、まだ敵本部制圧が始まったばかり。制圧作戦は『アーク』攻防戦へとその本質を変容させつつあるが、敵地奥深くの驚異性は計り知れない。神秘警察たる『ヤード』のリベリスタであるユリエルが先導を行い、本部地下二階へと八名の『アーク』リベリスタが踏み込んだ。 今作戦の対象である敵フィクサード・ケインズは、一般研究室に留まっている。まずは眼前にあるこのセキュリティを突破しなければならない。そうでなくとも、フロアを蔓延る低級キマイラが丁度良い獲物を見つけたかのように蝟集してくる。可変双銃を巧みに操る『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)をはじめ、キマイラ担当のリベリスタらがその位置を懸命に確保する。 『カインドオブマジック』鳳 黎子(BNE003921)がぼうと手を翳すと、回転式賭盤が召喚された。上位の神秘は彼女に強運を齎す。双子の月が揺らめくが、扉の物理的破壊は最終手段である。『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は己の有する全てを駆使して現状を解析する。彼のオッドアイがじいとその扉を見つめた。 千里眼を打ち破る対エリューション防壁は、まず神秘特性を有することは間違いない。試みていた解錠を一旦諦めた『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)と、二人掛りの魔術知識で神秘セキュリティ深部へと降りていく。 「どうやら、物理・神秘・物理のサンドイッチ構造を有した三重防壁の様だね」 遥紀がぱちりと紅眼を開けて言った。横に立つソラも小さく頷く。 「流石は心臓部付近と云った所ね」 慎重なこと。ソラと遥紀の報告を受けて、『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)も顎に手を遣る。あまり時間も掛けてはいられない。 「索敵が完全とまでは行かなかったのは詮無いことだ。一つずつ破って、作戦通り囮を使い奇襲を最大限防ぐしかあるまい」 オーウェンらの後ろでは『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が上下逆さまに――天井に張り付くようにして――群れ集うキマイラ群を激しく『殴りつけている』。朱色の長髪を艶やかに揺らす遠距離打撃は形容矛盾を内包して神秘を体現する。彼の絶妙な射線確保は、何時でも扉破壊へも移行できる体制が整いながら、その可愛らしい翼を、けれど、そこから激しい魔力渦を生成しキマイラを蹴散らしていくアリステアらの援護も行っている。 敵が如何に低級であろうと、混沌とした戦況で、敵は無尽蔵に湧いてくる。長引けばメインディッシュに掛ける戦力が削がれざるを得ない。『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)はその点を重々と理解している。扉の一層目が物理的防壁ならば、構造上の最も弱い点が存在するはずである。その一点を狙いながらも、彼女はキマイラへと気糸を伸ばす。 黎子が口の端を吊り上げた。 如何なる苦境をも覆す漆黒の魔法使いは、確率論者が築いた障壁を打ち砕く。 ● 「まずは、37%を手繰り寄せたことを称えさせて頂こう」 豊かな銀髪を蓄えた長身の若い男。白衣を揺らし、口元には微笑みを湛えていた。……、ただし、手元にあった紅茶のカップは粉々になり、手が僅かに濡れている。 「この様な所で同業者に出会うとは、な」 対峙するオーウェンが感慨深そうに呟いた。 「……可能ならば腕力ではなく、理論の戦いを行ってみたかったが」 「ほう。いけるクチかね。口惜しいな。我々、研究者というものはいつだって饒舌だ。それが専門分野であればね」 そう語るケインズの掌にある骰子を、彩歌はじいと見つめた。 「法則に神を見出す話というのは古今東西よくある話よね。 こんな場所でなければ、語り明かしても良かったんだけど……」 サングラス越しに美しい硝子球が煌く。ケインズの緑色の眼球が悪戯めいて、その視線を正面から受け止めた。そこに浮かぶ感情は、紛れもなく『期待』である。ケインズは正しく追求者であった。彼は今、優れた知性に出会って、その邂逅を楽しんでいる。 「ああ、本当だ。君たちがリベリスタでさえなければ、僕の良き友人であったに違いない」 「あなたがフィクサードでなければ、ね」 それは決して覆らない前提だ。前提が偽である以上は、結論も偽にならざるを得ない。 (戦う中でしか存在意義を見いだせない。結局の所、向き合い方が異なるだけで根本的には同種なのか。 ……だからといって、それで俺の憎悪や憤怒や敵意が消える事など無い) 「語ったところでやる事は同じだ」 見事にケインズの紅茶を打ち抜いたカルラの長距離打撃。テスタロッサは容赦しない。 存在意義など、犬の首輪と大差ない。繋がれて、引っ張られる。……否応無く! 「そうね。確率論とか、お勉強の話はよして頂戴。それは普段の職場でお腹いっぱいよ。 ……ま、そんな愚痴は置いといて。 確率論は確かに嘘は吐かないわね。でも、『起こりそうにない事』を『起こり得る』に引き上げても、『絶対』は覆せないし、『絶対』に到達することもない。限りなく『絶対』に近くてもそうならない可能性が残る」 「その通りだ」 ケインズはソラの言葉に深く頷いた。 「良くわかっている。確率論は『未来予知』ではない。そこを履き違える者が多くてね……。 そう。絶対などは存在しない。僕にできるのは、精々、人より多く試行して、精度を高める程度。 あらゆる可能性を見出して、確率を計算する。『そうならない確率』を弾き出して、最も確率の大きい選択肢を選ぶ。結局の所、僕のしていることはただそれだけだ。ただ、それだけ」 「頭のいい奴の言うことはわかりにくい」 追撃するキマイラを振り払って、涼子が部屋へと入ってきた。 頭を使うのは得意じゃないが、それを言い訳にするのはやめた。 その目が全てを物語る。言葉は必要ない。言葉は何時だって本当の自分を隠す事しかしない。 「……ああ。始めよう」 蜘蛛の巣の中で。 確率論に捕食される、哀れな蝶たちに。 詠われた『童話』を贈って。 ● Humpty Dumpty sat on a wall,…… ● その挙動は極めて不愉快であった。 滑稽な所作が馬鹿馬鹿しく、不釣合いに。 「っ!」 けれど、その踏み込みが……ユリエルには見えなかった。 間合いは凡そ六メートルあった。ソードミラージュらしい速さを有する彼女に、捉えきれぬ筈はなかった。飴細工染みた不格好なその腕が揺らめいて、ユリエルの顔面を真面に強打した。吹き飛ぶ彼女の体躯だが、悲劇はそれで終わらない。追随するかのように更に二歩目を踏み込んだハンプティは地面へと叩きつけるかのように彼女の腹部へと重打撃を追撃する。 思わず、ユリエルの低い呻き声がその口から漏れた。直様にアリステアがその魔力杖を介在し、高濃度の神秘を圧縮させ、放出する。呼び起こされた高位の詠唱は、体と呼応する。彼女の呼び起こす神秘を横目に、ハンプティの虚ろな眼は、自らへと銃口を向ける涼子を捉えた。 「来るなら、来い」 人語を理解する能力がその不可思議な物体にあるのかどうか。それは分からない。涼子の言葉に炊きつけられたからなのかどうかを判別するには情報が少な過ぎるが、結果としては彼女の思い通りだった。無闇に傷を与えて良いものなのかどうか分からない以上、少なくとも『こちら』<卵>に関してはシンプルで良い。傷つくのは嫌だけれど、慣れている。 世界法則さえも捻じ曲げる上位の神秘は涼子を祝福した。純粋な威力勝負。『アーク』でも稀代の手練であるクリミナルスタア。ユリエルの体躯からものの……二歩。壁際に佇む涼子のもとへ、常軌を逸した動作が立ちはだかる。涼子はその速度についていけない。けれど、虚無の瞳と激情の瞳が交差した。 見様によっては泣き笑いのように。 <壁から落ちてしまった卵は、二度とそこへ戻ることは無かった。> 両腕から繰り出される打撃を、アクターを使って巧みに受けきった。しかし、とって付けられたかのような口元から、不意の伸びた第三の腕が、涼子の顔面を抉る――― 寸前で、その丸みを帯びたフォルムが横殴りに吹き飛ばされた。古代紫の長髪が、気怠そうに揺れる。 「卵の冷凍保存といきましょうか」 それは全てが終わった後。行動があって、宣言があった。通常の手続きを逆様にしたソラによって、ハンプティは斬られた後である。洒脱な振る舞いは、仮初の生に可能性を内包したその擬人化卵を断罪する。 「―――か」 ハンプティは何かを言った……様に、聞こえた。 フェーズ3に至ったそのキマイラは、意に介した様相も無く、起き上がる。 彼は選ばれたキマイラ。『インプロバブル』を『プロバブル』に変換する、確率論の子供。 ● 遥紀の思考は最高速度で情報を処理していく。けれど、その子細を理解するには敵が不可解過ぎた。 彼の目は交戦しているハンプティを捉えてはいるが、その特性までもは掴めていない。ただし、その能力が著しく高く、まだ殆ど体力を削られていない、即ち、『最も弱い』ハンプティでさえ三名のリベリスタでは抑えきれぬのではないか、と危惧していた。 (マザーグースとか確率とか、正直不勉強だけど……。 キマイラさんて、生きているものを捻じ曲げて生まれているの?) アリステアにはケインズまでもを相手にする余裕は無かった。今では彼女はハンプティ対応にあたるリベリスタらの回復に付きっきりである。彼女の優しい瞳は、その擬人化卵を注視していた。 (だとしたら、それは命に対する冒涜かなって。そういうのは……好きじゃないなって) 彼女の呼び起こす魔力は戦局を覆すだけの力がある。祈って、癒す。ただそれだけの行為でも。 その懸命な戦闘の裏では、やはり壮絶な戦闘が繰り広げられている。 「まあ、『神秘警察』<ヤード>というのも案外侮れぬものよな。初手で僕の『紅茶』を狙ってくるというのは、そのあたりの『捜査』の賜物だろう。そして、君たち『アーク』が引き当てた3%の正解だ」 お陰様で、予定していた確率計算について差異が生じた……とは言っても、極々小さな差異が。 「97%の確率で、僕があの紅茶を振るう筈だった。ふふ、全くといって上手くいかないな!」 裏腹な表情が楽しげに歪んだ。じゃらと彼の手から大量の骰子が零れ落ち、 「伏せて!」 遥紀の叫び声にオーウェンは直様反応した。腰を落とし、滑るように脚を振るう。だんと幾らか空薬莢が吐き出され、彼の脚甲が蠢いた。呼応する様に伸びた気糸がその賽を打ち抜くが、無論、それは全てに行き渡らない。彩歌と黎子も咄嗟に防御体制を取る。直後、 「……っ!」 激しい爆発がリベリスタらを襲った。熱風は質量を持って身を焦がし、肉を抉っていく。確率論とは掛け離れた物理的な圧倒ではあったが……。 黎子の身体が飛び出した。灰色の爆煙止まぬうちに、その姿がケインズへと肉薄する。低い姿勢から、振り上げて上段へ――彼女の操る鋭利な刃が、その微笑みを斬る。 すん、と真下から狙われた斬撃がケインズの鼻を掠めた。その顔が一瞬だけ強張る。 「そのタイミングでの踏み込みは12%しか有り得ない。やるな」 ケインズのその言葉に黎子は微笑んだ。 「この世界の神はダイスを振るらしい。持って生まれた不運ゆえ、ギャンブルはとっても弱いのですが。 ……出目を弄るイカサマなんかは大の得意でしてねぇ」 「イカサマ。ならば仕様がない!」 一歩下がる。ケインズは再度骰子を振る……が、その視界の端に、赤い影が揺らめいた。次の瞬間、カルラの放つ精緻極まった、かつ一段と射程を伸ばすその一撃がケインズのアーティファクトを狙い撃ち、 「それは、89%の確率だ」 にやりとケインズの口元が歪んだ。紅茶の二の舞は有り得ない。その項は既に計算に組み込んだから。 天井から立体的に放たれた赤い閃光を寸での所で躱す。それは予定された回避行動だった。そのまま回転させるかのように体の方向を変えると、ケインズは親指で骰子を一つ弾く。黎子がその動きに食らい付くが、爆散の衝撃が体を襲った。 ブロックが外れる。その穴を埋めるかのように彩歌が腕を奔らせる。彼女の身体に組み込まれたオルガノンはその制御機構をMode-Sへと切り替える――回路が熱を帯びる。情報の流れはエネルギーへと、熱へと変換される。 「あなたの中で完結した言葉の定義をどうこう言う必要は本来無いんだけどね」 定義は重要だが、それは各々の中で完結していれば良い。定義されている事実だけが重要だ。 「神の領域は、きっと、人の手には負えないわ」 咄嗟にケインズが骰子を撒く。彩歌から放たれた気糸は一段と整合性を帯び、そして強い。煙幕も爆風もその軌跡を歪めることは出来ない。そのまま彼の体を襲った。 「ハンプティをどうするか、決めかねている様子だな?」 ケインズが唐突に問うた。 「だったら?」 「僕にとっての不確定要素はそこだった。『万華鏡』が効かないとはいえ、フォーチュナと『ヤード』の捜査能力を僕は過小評価も過大評価もしない。『紅茶』を破られたように、ハンプティの対策を取られていたら、僕の勝率は最大で23%だった」 「綱渡りはお互い様かね」 「いや」 ケインズは首を横に振る。 「たった今、計算が終わった。――僕の勝率89%の選択肢が見えた」 ● ケインズの撃破は時間の問題であろう――予想以上に時間を取られているものの――が、リベリスタらを消耗させたのは何でもないハンプティであった。フェーズ3級のEキマイラを三名で抑える――しかも碌に反撃もできない状況で――ことの厳しさに加えて、長時間に及ぶ戦闘による――彩歌が危惧していた――戦力の疲弊が無視できない影響を与え始めていた。 「は……!」 ケインズも必死に息を吐く。点々と赤黒く汚した白衣が、彼なりの消耗を示していた。 どん、どん、どん。続け様に咲くのは、確率論を信じきった男が咲かす、『蜘蛛の巣』最後の徒花。 アリステアも顔を歪めて魔術を行使する。しかし、そのためのリソースは無尽蔵ではない。最低限の余力を残してはいるが、全滅しては元も子もない。何処かで線を引き必要があった。 そういう意味で、遥紀の存在も極めて重要であった。彼はアリステアのリソースを確保できる。しかし、彼自身の能力行使にも重い比重が掛かる以上、その両立は今では成り立たない。それに、彼の優れた観察眼はハンプティについて嫌な仮説を立てていた。 「―――!」 疾い。ソラの手数は常軌を逸するハンプティのそれとほぼ互角。しかし、指数関数的に益々ハンプティも速くなっていく。 「―――か」 赤子が鳴いたかの様に。その不様な目線に従って……空気が沈む。 最初に吹き飛ばされたのは涼子だった。彼女は当初よりハンプティの攻撃を一手に引き受けていた。むしろここまで持った方が驚異的である。 しかしそれで完全に平衡が崩れた。擬人化卵を二名で抑えることは出来ない。遥紀も一つの結論を得る。 「卵を破壊するべきだ」 オーウェンも首肯する。むしろケインズは抑えられる。このままではハンプティに押し切られる。 黎子が立ち位置を変える――ハンプティの前へ。 「その余裕ヅラが!」 奇異な射線がケインズを捉える。 「気に入らねえ!」 ケインズが身を攀じる――54%――カルラの赤い拳は肩を抉った。目線を移す。 「っ!」 そこには彩歌が放つ極致の気糸――38%――を避けて、 「私にできるのは、少しでも良い未来を演算する事だけ」 「な……」 どん、と音がした。ケインズの腹部をその純白が貫いている。 口から血が溢れる。しかし、彼の倒れゆく体躯から、四つの賽が投げられる。 だからそれは、89%。このタイミングだから、きっと上手く行く。 爆散する賽。それはハンプティを直撃して。ソラがハンプティへと走る。 「確率論って、所謂『奇跡』計算のうちなの?」 倒れゆくケインズはその言葉を聞いた。口端が歪む。 インプロバブルへの変換。巻き込まれてリベリスタらが死ぬ確率は94%。 ケインズは『奇跡』を定義しない。よって、奇跡は存在しない。 「私は奇跡を現実のものにしたい」 アリステアは『奇跡』を定義する。 ケインズの攻撃を受けたハンプティは膨張する。 円が四角に。四角が空間に。卵が割れて、結末は『童話』の外に出た。 真白い部屋が漆黒に。 「孵りもせず、落ちたら割れるぐらいの命でも」 涼子もその不吉な『童話』へと肉薄する。可能性は11%。 「それが、私のすべて。――かけられる、すべてだ」 黎子とソラ、そしてカルラの咆哮。アリステアと遥紀がその最悪を備えて。 それは最高精度の回復魔術。祈りは蒼く、黒と拮抗して。 「99.9%をいくら試行しても、完全なる100%にはならん」 ――世の理に絶対はなし、だ。 圧縮、後、爆発。 フェーズ3の命を代償とした『インプロバブル』。 11%の確率の末、立っていたのは。 「見なさい」 鈴のような音。 「確率を壊し……運命を歪める『魔法』を―――!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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