● ――霧の都ロンドン。 魔術結社『バロックナイツ』の一員『ジェームズ・モリアーティ』率いる犯罪組織『倫敦の蜘蛛の巣』と、それに対抗するリベリスタ組織『スコットランド・ヤード』――通称『ヤード』の戦いは、年が明けて新たな局面を迎えた。 協力体制を取ることになった『ヤード』と『アーク』の連合軍は、先日、『ヤード』本拠地に攻め込んだ『倫敦の蜘蛛の巣』を辛くも撃退したが、その際に敵から幾つかの情報を得た。 神秘の警察機構ともいえる『ヤード』は持ち前の情報収集力を活かして捜査を行ったが、結果として彼らは『倫敦の蜘蛛の巣』の拠点がロンドン地下鉄『ピカデリー・サーカス駅』の真下にある可能性が高いことを突き止めたのである。 そして――検討の結果、『ヤード』と『アーク』の上層部は打って出ることを決断した。 地上の『ピカデリー・サーカス広場』付近から地下に潜り、『倫敦の蜘蛛の巣』の拠点を叩こうというのだ。 未だ情報は完璧とは言い難く、作戦に伴うリスクは高いが、奸智に優れる『倫敦の蜘蛛の巣』にこれ以上の時間を与えるのは好ましくない。ここは、巧遅よりも拙速を尊ぶ必要があろう。 ロンドンに、再び波乱が起きようとしている。 ● 日が僅かに傾いた頃、ピカデリー・サーカス広場には二人の男女の姿があった。 くたびれたコートを纏った壮年の男と、栗色の髪を緩やかに巻いた可憐な少女の組み合わせは些か不自然だが、常に大勢の人でごった返すこの場所では、特に注目する者も居ない。 もっとも、二人が背に隠している翼をひとたび広げれば、状況は一変するのだろうが。 「……やれやれ、敵さんもなかなか動きが早い」 声を潜め、男が少女に語りかける。 「あの“方舟”が手を貸してるんですもの。“犬”だけでは、こうはいかないわ。 そうでしょう? 『ノーネイム』――いえ、今は『太郎』だったかしら」 くすくすと笑う少女に、「左様でございますよ」と冗談めかして答えながら。男は、“方舟(アーク)”と矛を交えた先日の戦いを思い出す。 “犬(ヤード)”の本拠地を攻めたあの時。これまで『ノーネイム(名無し)』と称していた彼は、行く手に立ち塞がったアークのリベリスタから素敵な名前を賜った。 結果としては傍らの少女と同様、アークに退けられることにはなったものの、彼らに対する理解を深め、傾向を読むという意味では実りのある戦いであったと思う。 「正直、そこに付け込むのは気が進まないんだけどねえ。 動かせる数に限りがある以上、使えるカードは惜しまず使っていかないと」 溜息まじりに、男は軽く肩を竦める。 先の戦いとは逆に、今回は彼ら『倫敦の蜘蛛の巣』が守る側だ。手段を選んでいる余裕は無い。 「迷うことなんてないわ。それが“お仕事”なんですもの。うふふ、楽しみね」 やがてこの場で起こるであろう惨劇を思い描いて、少女――アリス・メトカーフは妖艶に笑む。 広場を行き交う数多の人々は、血の詰まった柔らかい盾だ。 攻め入る敵の前にこれをずらり並べておけば、“犬(ヤード)”も“方舟(アーク)”も、さぞ困ることだろう。 「……まあ、まずはやることやりますか。あっちも、当然ここを封鎖にかかるだろうしね」 「ええ、そうしましょう」 それでは御機嫌よう――と言葉を交わして、二人のフィクサードは部下が待つ持ち場へと向かった。 ● リベリスタが辿り着いた時、ピカデリー・サーカス広場とその周囲には災厄と混乱が満ちていた。 妖精の翅を生やした人間の頭が、群れをなして人々を襲っている。 「……くそっ、一体どうなってる!」 悲鳴と怒号が渦巻く中、現状の把握に努めるリベリスタ達。 今回の作戦にあたり、『ヤード』は一般市民の安全を守るために現場一帯を封鎖する予定でいた。しかし、どうやらその動きは『倫敦の蜘蛛の巣』に察知されていたらしい。彼らが、一般市民を盾にするために策を弄したことはもはや疑いようがなかった。 ――しかし、ここまで来て後に引ける筈もない。状況が変わったなら、それに応じて動くまで。 E・キマイラに襲われる人々を救い、避難させること。 敵陣を突破し、『倫敦の蜘蛛の巣』本拠地に至るメインルートを確保すること。 自分達がなすべきことは、これだけだ。 宵闇迫るロンドンに、鬨の声が上がる。 多くのものを賭けた戦いが、ここに始まった――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月12日(水)23:27 |
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● ――話が違う。 ピカデリー・サーカス一帯の惨状を目の当たりにして、十夜は真っ先にそう思った。 「全く、派遣されて来てみれば……人だらけじゃないか」 とうに封鎖が完了し、一般人の姿が消えている筈の戦場。そこには今、力無き人々の悲鳴と、想定外の事態にふためく『ヤード』リベリスタの怒号が満ちている。 常とは意を異にする喧騒に身を浸し、クィスは水色の目を見張った。 「ハローハロー! さぁいいわね倫敦。都ねー! いいわテンション上がるわー!」 未だ経験の浅い己の手に余る事態であるとは、薄々承知している。だが、泣き言を口にするよりは、自らを奮い立たせる方が彼女の性に合っていた。 「あはぁ、モリアーティ教授といえば美学主義の紳士というイメージでしたよ~」 えぐいわぁ、と鎖々女が微笑えば、太亮は拳を強く握り締めて。 「蜘蛛だか何だか知らねぇけどよ……俺らとの戦いの為に関係ない人間を巻き込んでんじゃねぇ!」 義憤に燃える少年の傍らで、疾風もまた、街中で一般人をキマイラに襲わせる『倫敦の蜘蛛の巣』のやり口に怒りを露にする。 「此方は無視出来ないからな。有効といえば有効なんだろうが胸糞悪い!」 かくなる上は、非道な目論見ごと正面から打ち砕いてやるまで。 「――制圧する。行くぞ変身ッ!」 鋭く地を蹴った彼の肉体を、特撮ヒーロー風の全身鎧――強化外骨格参式[神威]が覆う。 広場に駆けるリベリスタの鬨の声が、大気を震わせた。 ● 群れをなし、羽音を響かせる異形の群れ。それに追われて逃げ惑い、泣き叫ぶ人々。 「あぁ。狂乱だ。地獄でもつくるおつもりなのか」 過去の記憶を手繰り、滸は蜥蜴の目を僅かに細める。自分も、かつてはこのような混乱の渦中にあった。 これは良くない――と呟いて、人の頭に翅を生やしたキマイラ『フェアリーヘッド』の一体に迫る。身体能力のギアを数段上げてナイフを抜けば、キマイラの虚ろな眼窩から小さな手が伸びた。 「なにあれきめぇっす。つーわけで撃つっす」 逃げる一般人を背に庇うように立ち、ケイティーがフィンガーバレットを構える。 殺意を固めた不可視の弾丸が『フェアリーヘッド』のこめかみを穿った刹那、白銀の鎧に身を固めたリリウムが前に躍り出た。別の個体に襲われかけていた年配の男性を守りつつ、近くに居た『ヤード』のリベリスタに声をかける。 「わたしが盾となりましょう。その間にどうか避難を」 己が傷つこうとも、力無き人々を殺させる訳にはいかない。“白き絶対防壁”の名に懸けて。 男性の身柄を託した後、彼女は輝ける槍でキマイラの頭を貫いた。 ほぼ時を同じくして、『アーク』も一般人の避難誘導に動く。 拡声器を手にした鎖々女が、すぅと息を吸い込んで声を上げた。 「はーい、皆さん」 ワールド・イズ・マイン――瞬く間に、人々の注目が彼女へと集まる。 「急いで広場方面から離れてくださいね~。取り残された人は我々で救助しま~す」 鎖々女がそう言って一方を示せば、闇雲に逃げ散ろうとしていた者達の動きが明らかに変わった。 バラバラに走られたのでは、危険から遠ざけるどころではない。まずは脱出経路を示し、人の流れを整えるのが先決だ。 獲物を追わんとするキマイラの翅にスローイングダガーを投じる鎖々女の傍らで、ナターリャがマイナスイオンを振り撒く。この極限状況では緊張を緩和するのも限界があるだろうが、何もやらないよりは遥かにマシな筈だ。 「皆様、安心して下さいませ。私たちの仲間が、あの化物の対応をしております。 安全な所へ皆様を誘導いたしますので、落ち着いてまいりましょう」 人々がパニックに陥らぬよう気を配りながら、負傷者を癒すべく天使の福音を奏でる。敵を倒すのではなく、一般人が無事に逃げおおせるよう彼らを導くのが自分の役目だ。 「できる範囲でお手伝いして差し上げますわ」 流れから外れる者が居ないか辺りを見回すナターリャの視線の先には、避難しようとする親子連れを励ます守の姿。 「だいじょうぶ、必ず助かりますよ! 我々は専門家ですから」 頼もしき“街のお巡りさん”の笑顔は、ここロンドンにおいても人々を力づける。 彼は親子連れを肩越しに見送ると、警官時代から愛用する“最後から二番目の武器”――ニューナンブM60を構えた。『フェアリーヘッド』の群れに飛び込み、神秘の挑発で注意を惹く。 「少しでも多くの人を救えるように、尽力しましょう!」 猛り狂ったキマイラが守に殺到した時、銃口から放たれた弾丸が異形の妖精たちを襲った。 すかさず暗黒の瘴気を撃ち込んで敵の数を減らし、太亮が短く息を吐く。 「……うし、ムカつくが頭は冷えて来た」 『倫敦の蜘蛛の巣』からすれば、一般人を皆殺しにすることに意味は無い。彼らをキマイラに襲わせるのは、それが『ヤード』や『アーク』にとって枷となるからだ。混沌とした状況が長引く程にリベリスタは消耗し、攻め手を欠いていく。当然、本拠地に至る入口の防衛もやりやすくなるだろう。 となれば、何よりも優先すべきは脱出経路の死守。避難する人々の進行方向を確かめ、そこに回り込もうとする敵を標的にする。 闇を武器とする太亮が黒きオーラを宙に奔らせる中、直樹は足の悪い老婦人を庇いつつ後退した。 「任務ついでの小旅行で現地の美少女とロマンス……そんな事を考えていた時期が僕にもありました」 非常時においても現実はそう甘くないようだが、何も焦ることは無い。フラグとは、思わぬ場面で立っていたりするものだ。地道に頑張れば、回収のチャンスもある筈。 犠牲者を求めて戦場を彷徨う『フェアリーヘッド』の前に、十夜が立ち塞がる。 「よお、俺が相手だ」 どちらかと言えば人と関わることを厭う性質ではあるが、むざむざ見殺しにするのも寝覚めが悪い話だ。連中が逃げ切るまでの間、足止めくらいはしてやっても良い。 「……心配するな、そう簡単に倒れないし、退屈はさせない」 空っぽの眼窩から突き出された腕を逆手の短剣で弾き、大胆に間合いを詰める。 「さっさと終わらせて帰らせて貰う……行くぞ、化物」 強烈な打ち込みが、キマイラの額を割った。 ● 戦いは、一箇所に留まらない。 広場を挟んで反対側のエリアに回ったリベリスタも、それぞれの行動を開始していた。 至る所で飛び交う英語に興味津々といった様子で目を輝かせていたイメンティが、『フェアリーヘッド』に追われる人々を発見する。 「ねいてぃぶないんぐりっしゅを英国のふれんずに教えて貰う為にもがんばるとです」 あてんしょんぷりーず、と口にする彼女の隣で、ミミがお転婆なフィアキィに呼びかけた。 「――『シシィ』、そろそろ出番よ」 イメンティが、空から無数の火炎弾を落とす。激しく炸裂するそれが敵を纏めて吹き飛ばした瞬間、ミミが第二撃を見舞った。 爆風に煽られたキマイラが、抉られた両目から伸びた腕で宙を掻く。妖精とは名ばかりの怪物を前に、ミミは思わず身震いした。 「何よあれ気持ち悪い!」 ああいうのは、生理的に受け付けない。早めに片付けようと心に誓って、彼女は戦場を見渡す。 折角ロンドンまで来たのだ。終わったら観光と買い物をして、本場のアフタヌーンティーを心ゆくまで楽しむのだと決めている。 眼前に道が開かれたのを見て、六花は迷わずそこに突貫した。 「ふーはははー、ふつーの人達みんなのピンチに現れる、それがヒーローというものなのだ」 次々に飛来する神秘の刃を歯牙にもかけず、真っ直ぐ敵陣に切り込んでいく。 細かいことは考えない。傷つきボロボロになろうが、どこまでも折れずに進む心意気が彼女の身上だ。 接近戦を仕掛ける妹を援護すべく、後方に控えた真が矢の雨を降らせる。 「……うーん、派手だから“陰ながらフォロー”って感じじゃないね、この攻撃」 彼が細い首をことりと傾げた時、「ナナシ」の魔導書を大事そうに抱えた依子がそれに祈りを捧げた。 「ナナシさん、私に力を貸して……!」 聖なる癒しの息吹で付近の仲間を包み、その傷を塞ぐ。 不意に、甲高い悲鳴がリベリスタの耳朶を打った。 親とはぐれたと思しき幼い少女が、『フェアリーヘッド』に狙われている。一瞬も躊躇うことなく、つなは彼女のもとに走った。 キマイラに体当たりを食らわせ、立ち竦む少女に逃げるよう促す。 「エスケイプ、エスケイプ! 前だけ見て走るのよ」 急いで駆けつけた彰人が、少女の手を強く引いた。 「こちらに避難しろ、早く!」 彼に少女の保護を任せ、つなは敵へと向き直る。 「――この先に行きたければ、あたしを倒して行くのね。言っとくけど、簡単には倒されないわよ!」 見得を切る彼女に、異形の妖精は苛立たしげに翅をばたつかせた。 一方、少女を連れて下がる彰人にも別の一体が迫る。 「行け! あそこまで行けば大丈夫だ!」 近くまで来ていた『ヤード』リベリスタの方へ少女を押しやると、彼は鴉の式神を放って敵の注意を自分に向けた。すぐさま腰に帯びた大太刀を抜き、両手で構える。 剣を取る者の一人として、ここで退く訳にはいかない。一体くらいは、食い止めてみせる。 「……リベリスタの意地を見せてやる。来い、キマイラ!」 高めた反応速度と事前に展開した守護の結界を活かして相手の刃をかわし、流れるように反撃に移る。 幻惑の武技に翻弄される『フェアリーヘッド』に鋭い斬撃を浴びせる彼の頭上に、黒い影がさした。 背の翼を羽ばたかせたカインが、来るべき夜を予感させる漆黒のオーラでキマイラの群れを撃ち抜く。 彼にとって、国とは人である。人民は宝であり、全てを形作るもの――その被害を抑えることは、限りない未来を救うことと同義。 「それこそが、貴族たるものの役目。我に託されたノブレスオブリージュである!」 だから、そのために力を尽くすことを惜しみはしない。必要とあらば、我が身を盾にすることすら厭わぬ覚悟だ。 千里を見通す赤き瞳に戦場を余さず映し、カインは敵と味方、そして守るべき人々の動きを把握する。 より助けが必要な方へと移動を始めた彼の眼下で、望が「にははっ」と陽気な笑みを零した。 「いっくでー! あーしにはあーしの戦い方があるんやぁっ」 彼女が自らに課した役目は、意思持つ影を自在に操って敵をかく乱しつつ、襲い来るそれらを釘付けにすること。攻撃よりも回避に重きを置き、足止めに徹して時間を稼げば、そのうち他のメンバーが仕留めてくれる筈。 (あーしの実力じゃ、できる事は限られてるけどっ。それでも、できる事はやらんとなぁ♪) 鮮やかに間合いを奪い、死の印を刻んで生命力を掠め取る。 癒しを拒む呪いに蝕まれたキマイラが、ギィ……と軋むような鳴き声を上げた。 一般人の対応を仲間に任せて、後続のリベリスタはピカデリー・サーカス広場に向かう。 その外周がキマイラで埋め尽くされているのを認めて、メーコは無意識に身を竦ませた。初めてのイギリス旅行だというのに、どこもかしこも恐ろしい有様になっている。 憧れの倫敦は魔都だったのね、と哀しげに言って、彼女は呼吸を整えた。 発声練習で体内の魔力を活性化させてから、伸びやかに天使の歌を響かせて仲間達の怪我を治す。怖いけれど、今は『アーク』の皆と三高平に帰るために最善を尽くそう。 傍らを駆けていた『ヤード』のリベリスタが、回復役としての仕事を懸命に全うせんとするメーコの守りにつく。彼女はつぶらな目を見開くと、危ない時は無理しないでねと彼に伝えた。 この戦いが終わったら、美味しいパンのお店を尋ねてみようか――。 翅つき頭を蹴散らして進むリベリスタの前に、新たな敵が姿を現し始める。どろりとした液体を引き摺るキマイラ『嘘泣バンシー』が、呪いの声をリベリスタに叩き付けた。 「どこにも平和な場所なんてないわね」 呟くティセラの背に、辛くも射程外で難を逃れたリイフィアが癒しを届ける。 「私、こちらに初めて伺わせて頂きましたが…… 歴史ある美しい街並みが破壊されていくのを見るのは辛いです」 異世界ラ・ル・カーナを故郷とする彼女にとって、ボトム・チャンネルの地理や風俗は非常に興味深い。 願わくば、心の赴くままに歩いてみたいところだが、ひとまずは目の前の状況を何とかしなければ散策を楽しむどころではないだろう。 「微力ながら、お手伝いさせて頂きますわね」 そう告げるリイフィアに礼を返し、ティセラは亡き友人の名を冠した銃剣を構え直した。 「――トゥリア、力を借りるわ」 動体視力を極限まで強化した彼女の双眸に、周囲の光景がコマ送りとなって映る。 戦場は、何も日本だけではない。崩界を招く者は、何処の誰であっても等しく自分の敵だ。 左右で色の異なる瞳で前方を見据え、幸蓮が決然と口を開く。 「此処が要だ。征かせて貰おう」 効率動作の共有により能力を引き上げる二種のドクトリンが、彼女を中心に発動した。 ● 暮れなずむ空の下、艶やかな長い黒髪がさらりと舞う。 がちがちと歯を鳴らして押し寄せる『フェアリーヘッド』たちを捌きながら、彩花は微かに柳眉を顰めた。無関係な一般人を巻き込む手口は、かつて日本を大混乱に陥れた『楽団』と何ら変わりがない。飛び回っているのが人の頭に翅を生やしたグロテスクな妖精もどきなのもあって、いっそう嫌悪感を煽られる。 「……反吐が出そうになります」 象牙色のガントレットに覆われた腕で敵の刃を弾き、周囲に視線を巡らせる彩花。 非戦スキルの扱いに長けたキンバレイが的確に誘導を行ったこともあり、この一帯の避難は完了しつつある。被害は最小限に抑えられた筈だが、それでも石畳のあちこちに生々しい血痕が残っていた。 「一刻も早くこの馬鹿げたお祭りを終わらせましょう」 “お嬢様”の声に応え、後方に控えたモニカが“殲滅式四十七粍速射砲”から無数の砲弾を撃ち出す。 機械の右腕は長大な対戦車砲を難なく支え、反動をものともしない。一見すると大雑把なようでも、確固たる戦術理論に裏打ちされた正確な射撃は、怒りに我を忘れたキマイラの群れを根こそぎ狩り尽くしていく。全てを粉砕する恐るべき破壊力は、蜂の巣という形容すらも生温い。 「威力だけが取り柄だと思ったら大間違いですよ」 木っ端微塵になって消滅した『フェアリーヘッド』を無感動に見やるモニカの傍らで、キンバレイが近くに居た『ヤード』リベリスタを横目にどこかで聞いたようなフレーズを口にした。 「――我ら、たかがヤード一個大隊、千人に満たぬ敗残兵に過ぎない。 だが、諸君達は千騎当一の強者であると私は信仰している。 ならば、ヤード千人で一人のフィクサードを相手できるだろう」 敵の妨害で現場を封鎖出来なかった『ヤード』に対する揶揄とも取れるが、戦闘に集中する友軍がそれに気付くことはない。キンバレイは意識を味方に戻すと、何事も無かったかのように自らの役割に徹した。 「かいふくーかいふくーなのですよ?」 彼女を中心に癒しの息吹が広がり、リベリスタの傷を瞬く間に塞ぐ。 支援を受けて、既に運命を燃やしていたつなと真名が相次いで体勢を立て直した。 「脂肪のクッションが伊達じゃないところを、見せてあげる」 ふくよかなお腹を軽く叩いて、つなは迷わず敵に向かう。ここで逃せば、罪の無い人々が再び危機に晒される。見過ごす訳にはいかない。 気合を入れてキマイラに殴りかかる彼女と対照的に、真名は投げやりに目を細める。せめて悲鳴の一つでも上げれば良いのに、今回の相手ときたら意味不明の呻きばかりで面白くない。 「面倒ね。……適当に潰しましょ」 爪を振るって真空の刃を生み出す彼女の前方で、ミミが炸裂する火炎を振り撒いた。 「ああもう、それにしたってきりがないじゃない!」 追い払っても執拗に手を伸ばしてくる『フェアリーヘッド』の群れに苛立ち、思わず叫ぶ。 先からの戦いで何割かは倒されたのだろうが、頭数の減少を実感するにはまだ遠い。敵が残っている以上、一般人への追撃を防ぐために対処せねばならなかった。 金髪を揺らして戦場を走るイメンティが、舞い踊る氷精で数体のキマイラを凍てつかせる。敵に囲まれぬよう、位置取りにはちゃんと気を配っていた。 ある程度の数を足止めしたところで、おもむろに魔弓を構える。 「本日は所によってあろーれいん」 放たれた矢が、人造の妖精たちを射抜いた。 その頃、ケイティーはフィンガーバレットのトリガーを引き絞りながら敵に毒づいていた。 「わらわら邪魔すんなっすこのキマイラ共。さっさとぶっ倒れろっす」 愚かなる者を裁く断罪の魔弾で『フェアリーヘッド』の頭を撃ち抜き、醜悪な肉塊へと変えていく。 とにかく、ここは一刻も早く数を減らすことだ。命を背負うのは、その後でいい。 縦横無尽に石畳を駆けて一般人の保護に貢献し、戦いにおいては頭上からの奇襲でキマイラを翻弄し続けていた滸が、肝心なもの――眼球を欠いた目から伸びる腕を切り落とす。 そろそろ、後方で誘導に専念しようか。取り残された者はあらかた救出したし、自らのダメージも蓄積しつつある。痛いのは嫌いだ。 無理は禁物と退く者がいる一方で、己の身が傷つくことをさほど厭わぬ者もいる。 学生時代の洒落にならない経験に比べれば何てことはない。そう言って人々の盾になり続けた直樹は既に満身創痍だったが、彼はそれでも戦いを止めなかった。 一般人の避難を終えた後に前線に戻り、集中を研ぎ澄ませてキマイラに組み付く。 「道を切り開くんだ……僕よりも強い人が先へ進む為に」 雪崩の如き勢いで敵を地面に叩き付ける彼の背に、クィスが癒しの微風を届けた。 回復を担う彼女も『フェアリーヘッド』の攻撃に晒されて無傷とは言い難いが、道を譲るつもりはない。 「燃えてくるわね」 実際に運命が燃える音を聞きつつ、ここは笑いどころよ、とおどける。 たった十秒。一般人の誰かが追手から逃れ、仲間の誰かが敵を倒す十秒。それだけ稼げるなら、充分だ。 「アハハハハ――さぁ、勝ちましょうかッ!!」 笑うクィスの隣に舞い降りたエイプリルが、治癒の符で傷を塞ぐ。 「まぁ、気休め程度だけど」 レイザータクトの家系に生まれながら戦闘指揮の才能には恵まれなかったが、代わりに学んだ陰陽道は少女に多彩な符術の技を齎した。傍らで彼女を援護する小鬼も、その一つ。 鴉の式神を放って『フェアリーヘッド』の注意を惹き、敵の突破を防ぐ。隙あらば、神秘の閃光手榴弾で動きを封じるのも忘れなかった。 広場を制圧すべく中心部に向かう部隊を見て、すぐに視線を戻す。 あちらに加わりたいのは山々だが、この場で敵を抑えるのも重要な役目だ。リベリスタとして戦うことに、少女は誇りを持っている。目先の感情に流され、大局を見失うような真似はしない。 「適材適所ってね?」 そう呟くエイプリルの前で、伊吹が声を響かせた。 「先を行く者は『ノーネイム』……いや、太郎によろしく伝えてくれ。 無銘の号は俺が引き継ぐ故安心して逝け、とな」 同時に、伝承の宝具を模した白き腕輪“乾坤圏”を投じてキマイラの群れを撃ち、進軍する仲間を支援せんとする。 ――ギュエエエ……! 力尽き墜落する『フェアリーヘッド』の喉から、おぞましい叫びが上がった。 ● 広場の外周部では、『アーク』『ヤード』連合軍と『倫敦の蜘蛛の巣』が火花を散らしていた。 敵陣にフィクサードの姿が交ざるようになり、ますます気が抜けなくなる。 (こういう戦いは昔を思い出してしまうな……) キマイラに鉛弾を叩き込みながら、琥珀は不意に“組織”に属していた日々を回想した。 一から出直そうと帰国したというのに、再び世界を飛び回る羽目になろうとは――これも、因果というものだろうか。 何にしても、柱を叩くには足元の掃除が必要だ。 「そういう役は任せておきな」 後続の仲間のために露払いを率先して引き受ける琥珀の後方で、雛乃が“双界の杖”を捧げ持つ。 「あたしもそろそろ本気出すよっ!」 独自の技法で圧縮された詠唱が可憐な唇から零れた瞬間、術者の血液を媒介に顕現した黒き鎖が荒々しい濁流となってキマイラの群れと『倫敦の蜘蛛の巣』のフィクサードを呑み込んだ。 一尺二寸の花魁煙管を携えた藍那が、流水の構えから鋭い蹴撃を繰り出して鎌鼬を生じさせる。 「分は弁えてるわ。自分に出来るところからやっていきましょう」 見えざる刃がキマイラの一体に襲い掛かった時、秋火が炎の色を映した瞳を輝かせて言った。 「こいつらとは縁も所縁もないがまあいい。ボクの如き雑兵でも役に立てるならいくらでも」 迷いの無い足取りで前線に切り込み、果敢に仕掛ける。幾重にも展開した幻影が二振りの小太刀で斬撃を浴びせると、敵はたちまち大混乱に陥った。 刹那、奥に控えた『嘘泣バンシー』の絶叫が耳を劈く。身を蝕む呪いに眉を顰め、秋火は粘液を頭から滴らせたキマイラを睨んだ。 石畳を蹴り、すすり泣く妖女との間合いを詰める。淀みなく繰り出された音速の反撃を受けて、ぐらりと傾ぐ異形の巨体。光の翼を背に生やしたティセラが、低空から地上を見下ろし“トゥリア”を構えた。 「出し惜しみは無しよ」 銃剣の引金を絞り、魔力の弾丸を撃ち出す。宙で弾けたそれは瞬く間に四方に散り、あらゆるものを焼き尽くすインドラの火となって降り注いだ。 先に進む味方の突破口を開き、背後に控える味方の負担を増やさぬよう敵の突破を阻む。 ある意味で、この場に立つ者達は最も過酷な役割を背負っているとも言える。 際限のない戦いになることを予想して滅入りそうになるミカサの隣で、エレオノーラがふと呟いた。 「三高平の皆は今頃どうしてるかしら」 通常の手段で攻撃される恐れはないと聞いたが、敵はかのジェームズ・モリアーティである。どのような策で引っ繰り返しにかかるか分かったものではなく、嫌な予感は拭えない。 「心配はしていませんが……そうですね」 帰る場所がなくなったらどうしましょうか、と冗談めかして答えるミカサに、エレオノーラは軽く肩を竦めてみせた。 「……昔なら『新しく作ればいい』って言うところね」 いずれにしても、現状では自分達に出来ることをするしかない。 あちらはきっと大丈夫、と告げる彼に頷いて、ミカサは視線を前に戻した。 キマイラの一団に迫ったエレオノーラが、持ち前の速力を活かして氷刃の霧を作り出す。それに封じられた敵を目掛けて、ミカサが暗黒の瘴気を解き放った。 二人の攻撃に乗じ、腥が瀕死の一体に止めを刺す。 銃口から薄く硝煙が立ち上る中、シールドに覆われた彼の顔が笑ったように見えた。 「……卑怯? 知らんよ」 抗議するかの如く騒ぎ立てるキマイラを無視して、次なる標的に狙いを定める。 癒しの福音と破邪の光を使い分けて自軍の支援に努める幸蓮が、構わないとでも言うように腥に告げた。 「此処で突破されては困る。アークとしても、私としても、な」 その間も、彼女は桃色と金色の瞳でフィールドの観察を続ける。キマイラとフィクサードで構成される敵の攻撃手段は実に多彩だ。隙を突かれぬよう、そして何があってもすぐに対応できるよう、常に目を光らせておかねばならない。 花の彫刻を施した義手を挙げると、うら若き戦闘官僚は味方に敵の動きを伝えた。 夢現を揺蕩ううち、自分を取り巻く環境は激変したらしい。気付くと、リリスは騒乱の只中に居た。 記憶が判然としないものの、『手伝いがある』と聞いたのは覚えている。ここがその現場なのだろうが、ビルの看板に並ぶのは知らない文字ばかりだ。 とにかく戦いであることは分かったので、辺りから取り込んだ魔的要素を増幅させて目を覚まし、近くに居た人々に付いて来たのだが。 傍らを駆けるアーゼルハイドが、伊達眼鏡の位置を直しながら独りごちる。 「……やれやれ、ジェームズ・モリアーティ。 人の創作物であればそれはそれは魅力的な何かであったろうに、実在しては興醒めだな?」 否、かえって興が乗るというものかもしれない。“人にして物語となった伝説の巨悪”と考えれば、それはそれで観察の対象となり得る。ならば、己はその結末を見届けるだけだ。 全身タイツの首元にネクタイを結んだ黒が、上品な微笑みを湛えて颯爽と前に踏み出す。 澄んだ瞳に映るは、行く手に立ち塞がるフィクサード達と、キマイラの群れ。 「皆さんを本拠地へと導くためこの鎖蓮黒、厄年。一肌脱がせて頂きます」 巨大な鉄槌を手に身構える黒のやや後方で、イシュフェーンが愉快そうに目を細めた。 周りを見れば、揃いも揃って“素敵な”曲者ばかり。今回も実に楽しくなりそうで結構なことである。 「さあ、パーティータイムだ」 彼の声に応え、小五郎は攻防の効率動作を共有して味方の戦闘力を高める。豊かに蓄えられた白い髭の下で、もぐもぐと口が動いた。 「かつては敵として刃を向け合った事もある国じゃが、今は共に世界を護る同士……。 彼等の窮地を覆し、必ずや友の国を護りましょうぞ……」 八十過ぎの老人が全身を小刻みに震わせて語る様は『ヤード』のリベリスタをハラハラさせたが、その危機意識こそが自分達の力を引き上げていることを彼らは知らない。指揮能力にも、様々な形があるのだ。 「まずは無粋なモノの排除といこうか?」 魔方陣を展開したアーゼルハイドが、ゲヘナの火を召喚する。炎に包まれたフィクサードに黒が肉迫し、鉄槌の一撃でこれを吹き飛ばした。 「皆さん、ここは素敵なわたくしと仲間達に任せてください」 振り返り、後続の味方に前進を促す。火炎弾で道を開くアガーテが、戦場に漂う血の臭いに眉を顰めた。 「悪い事をする方は、どこにでもいらっしゃいますのね……」 嘆息とともに、“朱(あけ)”と名付けられた古式銃を構える。 武器の扱いに慣れ、それを生き物に向けることを躊躇わなくなってきた自分の変化を思うと、少し背筋が寒くなるけれど。皆と一緒なら、頑張れる気がした。 身体能力のギアを上げた芳子が、背の翼を羽ばたかせてキマイラを頭上から強襲する。 「アソビましょ?」 翅を傷つけられてもがく『フェアリーヘッド』を一瞥した後、彼女は空中で身を翻した。 元の位置に戻り、次の攻撃に備えて姿勢を立て直す。旅人とか名乗る男にナンパされてイギリスまでやって来たが、芳子にとってはこの戦いが初陣だ。己の耐久力を鑑みると、敵に接近されるのは避けたい。 群れから離れたキマイラが後衛に取り付こうとするのを見て、イシュフェーンがフィアキィの『エンジェルちゃん』に助力を請う。炸裂する火炎で不届きな輩を追い払うと、彼は涼しい顔で「しつこい怪物は嫌われると思うよ」と告げた。 「もっとしっかりしている感じのほうがモテるんじゃないかな。 ナンパした子が明らかにヤバい空気を持ってても、何事もない風を装う僕みたいにね」 些か微妙な雰囲気が場を支配する中、リリスがキマイラの群れを指して問う。 「よくわかんないけど、あの変なのを攻撃すれば良いんだよね?」 普段とは段違いの機敏さで呪いの魔弾を撃ち、傷ついたキマイラを屠るリリス。血の黒鎖でさらに数体を仕留めたアーゼルハイドが、昂然と胸を張った。 「この俺に排除されるということは割と名誉なことなのだぞ? 末代まで誇るといい」 キマイラに“末代”なる概念が存在するかは、甚だ疑問ではあるが。 持てる力を尽くして戦うリベリスタは、着実に敵の数を減らしていく。 少しだけ開けた視界の奥に、栗色の髪を緩く巻いた少女――アリス・メトカーフの姿を認めて、芳子は目を凝らした。 見るのは初めてでも、他のフィクサードとは格が違うとはっきり分かる。大小のキマイラを従えて微笑むかんばせは、いっそ妖艶ですらあった。 「ふぅん……こういうのが趣味なの? 案外、イイとこあるじゃない」 神秘の刃を飛ばす『フェアリーヘッド』に意識を戻し、咄嗟にレイピアを閃かせる。 「ワタシ、綺麗なオンナに嫉妬するほどダメなオンナじゃぁないわ」 芳子がすんでのところで己の身を守った時、フィクサードの攻撃を受けた黒の体が大きく揺らいだ。 神々しい光で状態異常を払った小五郎に続き、アガーテが心身を賦活して傷を塞ぐ。 青年の隆々たる筋肉に、再び生気が満ちた。 (エフィカさん……) 想い人にもう一度会うためにも、ここで朽ちる訳にはいかない。 静かな決意を漲らせて鉄槌を振るう仲間の背を眺め、アガーテが祈るように言った。 「――これが終わったら、暫くはのんびりしたいですわね」 ● 奇禍に遭い逃げ惑う人々。外側を固めるフィクサード達とキマイラの群れ。 本拠地への入口を守るため築かれた二重の防壁は、今や崩れつつあった。 「はっ! 結構な騒ぎになってるようじゃねえか」 広場の中心部に並んだ敵を見やって、ソウルは豪胆に笑う。自分のような“ロートル”まで駆り出されたとなれば、相応にヘヴィな状況であることは覚悟の上だ。 まあ、偶には若い連中に見せ付けてやるのも悪くない。幾ら歳を食おうが、男は死ぬまで男たることを。 仲間に先駆けてキマイラをブロックし、巨大なパイルバンカーで至近距離から杭を打ち込む。 敵がどんな能力を持っていようと、絶対者たる彼を止めることなど出来はしない。守り、払い、砕く――どこまでもシンプルな戦術が、ソウル・ゴッド・ローゼスという男のあり方だ。 ロフストランド杖に仕込んだ“百叢薙剣”を構え、雪佳がひよりを振り返る。 「付いてきてくれるか、ひより」 「うん、ゆきよしさんと一緒にいくの」 短いやり取りの後、二人は迷わず敵陣に突入した。 外国で力を使う時が訪れるとは考えていなかったが、人々の危機に国境は無い。 そうした人達を守り、非道を行う者を薙ぎ払う。雪佳の剣は、そのためにあるのだ。 神速の斬撃が無数の氷刃を生み、凍てつく霧の中にキマイラを閉じ込める。 先を往く雪佳の背を守らんと、ひよりが妖精の翅を強く羽ばたかせた。 「一般人を巻き込むなんて許さないの。突破してやるの!」 魔力を孕んだ突風が、激しく渦を巻いてフィールド上の敵を呑み込む。それを追い風にして、あいしゃと柚架が前に躍り出た。 「だぶぴー☆ ぷちでびるのあいしゃなの!」 「ギアセット、Staple! 御陵柚架、マイリますっ!!」 快活に名乗りを上げる二人の少女が狙うは、槍型のキマイラ『ブリューナク』。 「柚ちゃん、行きますなの!」 「あいしゃちゃんもキを付けてっ!」 互いに声を掛け合い、相次いで接敵する。“二式天舞”で音速の連撃を見舞う柚架に続いて、あいしゃが冷気纏う双鉄扇で異形の槍に埋め込まれた眼球を打ち据えた。 コンビプレイでキマイラを翻弄する少女達を横目に、クルトが正面に向き直る。 「――さて、久しぶりにお仕事しますか」 目的は広場の制圧だが、まずは敵の数を減らさないことには始まらない。視界を埋め尽くすキマイラは『ブリューナク』に『スヴァリン』。貫通力に優れた槍と、防御に長けた盾の組み合わせはなかなか厄介だ。 “Hagalaz”の名を冠する魔力鉄甲に覆われた脚が、目にも留まらぬ速さで動く。暫く実戦から離れていたとはいえ、二十数年間の鍛錬は彼を決して裏切らない。 飛翔する蹴撃がキマイラの群れを一直線に引き裂き、噴き上がる体液で赤黒い花を咲かせる。 英霊の魂を幻想の闘衣に変えて、リコルは最前線に走った。 「永きに渡りロンドンに世界に巣を広げんとしていた蜘蛛の巣も今日でお終いでございます。 綺麗に巣を取り払い、すがしい空気を取り入れましょう」 ヴィクトリアン・スタイルのメイド服を優雅に靡かせ、決然と言い放つ。繊細な透かし彫りを施した黄金色の双鉄扇が、リコルの意志と膂力を乗せてキマイラに叩き込まれた。 この身は、盾にして剣。本拠地に向かう主の分まで、名に恥じぬ戦いを――! 同刻、虎美は外周部に留まってそこに残存する敵を撃ち減らしていた。 気配からすると、兄は近くに来ている筈。針の穴をも通す射撃でさらに一体を沈め、最愛の兄を捜す。 「待っててねお兄ちゃん」 この戦いが終わったら、ウィンチェスター大聖堂で愛する兄と結婚式を挙げよう。 血が繋がった兄妹であることなんて、二人の前では些細な問題に過ぎない。真実の愛は、あらゆる障害を超越するのだ。 兄との新婚生活を頭に思い浮かべて、虎美の喉から笑い声が漏れる。 お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。好き好き好き好き愛してる―― 銃口から放たれた魔力が眩い光柱となり、キマイラの群れを貫いていく。凍てつくほどに冷たい毒風が刃となって駆け抜け、傷ついた敵に止めを刺した。 空色をした翼を羽ばたかせて、とらは大分見通しがきくようになった戦場に視線を巡らせる。 「しっかし、あんたらのボス。 天才って言うけどさぁ、人として大事なものを失っただけの残念なオヤジって感じだよねぇ?」 遠く離れたアリスにも聞こえるようにケタケタと笑うも、荒れ狂う雷光を解き放つ少女は栗色の巻き髪をふわり揺らしたきり、余裕の表情を崩そうとしない。 いっそ中指でも立ててやろうかと思ったが、流石に下品なので自重する。アリスのもとに向かわんとする仲間に自身の活力を分け与えながら、とらはぎこちない英語で言った。 「I am a pen!」 紅を引いた少女の唇が、くすりと笑みの形を作る。その攻撃射程に踏み込まないよう細心の注意を払って、アルシェイラが治癒の福音を奏でた。 ボトム・チャンネルは、海の向こうでも争いが絶えないらしい。初めての海外を堪能する暇もないが、ここが頑張りどころということは承知している。『アーク』の皆は勿論、『ヤード』のリベリスタにもなるべく死んでほしくはない。 仲間の支援に徹しつつ、アルシェイラは楽しげに戦うアリスを見詰める。 (……こんな暴力は、意味が無いの) 『倫敦の蜘蛛の巣』は、一般人を“柔らかい盾”として利用した。 戦術として有効であるかどうかは、この際関係ない。それを実行した者が、失われる命に何ら意味を求めていないことが嫌なのだ。 響き渡る、『嘘泣バンシー』の絶叫。自らの死を前にしても、その声が持つ力は些かも衰えない。 断末魔の置き土産に怨嗟の呪いを残して、女の形をした異形が一つ、また一つと崩れ落ちる。 血と殺戮に支配された混沌の泥濘に、アリスが銀の軌跡を奔らせた。 「素敵、素敵ね」 石畳を跳ねるヒールの音。白い面に愉悦を湛えて、少女は踊る。 鬱陶しい泣き女を暗黒の瘴気で薙ぎ倒したミカサが、美しき同行者に告げた。 「――行って下さい」 フリルとレースをあしらったドレスの裾を舞わせ、エレオノーラが翔ける。アリスの身が対物理障壁で守られているのを確認すると、彼は白と黒の狭間にある灰のナイフで“時”を刻んだ。 刃の鋭さを秘めた霧が、少女に襲い掛かる。 「ようこそ魔法の国へ。一緒に楽しみましょう?」 辛くも直撃を免れたアリスが艶やかに微笑んだ時、彼女に猛然と迫る人影があった。 両手に二刀を携え、その男――竜一はごく親しげな様子で語りかける。 「やあやあ、可愛いアリス。愛しのアリス。おとぎ話へのご招待有難う。 君の為に、君の為だけにお兄ちゃんはやってきたよ」 「御機嫌よう竜一。来てくれて嬉しいわ」 答える少女の声は、砂糖菓子のような甘い毒に満ちていた。 我が身を貫く魔術師の弾丸に構うことなく、竜一は言葉を紡ぐ。 「まだまだ夢の国から出て来ず遊び呆けてるのかな? そろそろお兄ちゃんの腕の中で眠る時間だよ。 抱える悪意を夢の国に投げ捨ててくれば、抱きしめてあげようというのに」 刹那、巻き起こったのは戦鬼の烈風。 盾を砕かれたアリスのフォローに回ろうとしたフィクサードの前に、ミカサが割って入った。 モッズスーツの袖から覗く指先には、鈍い紫色に輝く鉤爪。繰り出された二連の刺突が、冷徹なまでの正確さで命を刈り取る。 超人的な加速で己の姿を掻き消したエレオノーラのナイフがアリスを捉え、彼女の脇腹を深々と抉った。 紅に染まる体を見下ろし、少女は唇を歪める。退路は、既に塞がれていた。 蜘蛛の巣の如く広がる雷光が、リベリスタを喰い殺さんと暴れ回る。自らに宿った運命を代償に差し出し、腥は闇に鎖されかけた意識を強引に引き戻した。 好みじゃないわー、などと軽口を叩いて体勢を立て直し、五感を研ぎ澄ませる。 フィンガーバレットから吐き出された弾丸が、アリスのこめかみを穿った。 「おやすみ! もう電気は消した、アリスは寝る時間だ。……なんてね」 目を見開いた少女の視界を、竜一の肉体から噴き上がる蒸気が埋め尽くしていく。 「お眠りアリス。此処より優しい世界への旅路だ」 残酷な御伽噺の幕を下ろしたのは、凄絶なる破壊神の一撃。 「……残念だわ。もっともっと遊びたかったのに」 受け止められた腕の中で、少女はゆっくりと瞼を閉じた。 ● 空に黒雲が湧くように、不安が胸に広がる。 今のところ、戦況はリベリスタ側にとって有利と言って良い。にも拘らず、嫌な予感をおぼえるのはどうしてだろう。何か、最後に酷いどんでん返しが待ち受けているような気がしてならないのだ。 (ううん、今は目の前の事に集中しなきゃ……) 自らの弱気を振り払い、遠子は緑芽吹く枝が絡み合う弓“ユグドラシルのヤドリギ”を構える。 竪琴を爪弾くが如く弓の弦を弾けば、顕現するはオーラで紡いだ幾本もの煌き。射線上の敵を目掛けて奔る極細の気糸を追って、舞姫と終は全力で駆けた。 「終くん、背中は預けます」 「言われなくても舞りゅんの背中はオレが護るよ☆」 代わりにオレの背中もよろしく――と冗談めかして答える終に頷き、舞姫は大きく息を吸い込む。 隻眼隻腕の戦姫が朗々と声を響かせた瞬間、キマイラとフィクサードの視線が彼女に集中した。 挑発に乗って殺到する人と異形を射程に収めて、終は両手に構えたナイフを閃かせる。 「舞りゅん、避けてね☆」 彼の信頼に応えるのは、彼女の信頼。傍で見てきたからこそ、互いの動きは知り尽くしている。 雷光を纏った舞姫が立ち込める氷刃の霧を紙一重でかわした時、天から降り注ぐ流星が凍てついた敵を砕き散らした。 最大魔術『マレウス・ステルラ』。練達の魔術師のみが修得可能なそれを行使した七花は、凶悪なまでの戦果を驕る素振りもなく再び詠唱を始める。彼女の実力をもってしても、長尺の呪文を唱え切るには幾許かの時間を要するからだ。 (連発出来ないのはもどかしいですが……威力はあるはずです) その間隙に、トリストラムが長弓に矢を番える。彼の魔力を伝えて放たれた一矢が空に吸い込まれた直後、インドラの火が紅蓮の雨となって地上を打った。 「まあ、これだけでも無いよりはマシか。……全く、厳しい所だな」 冷静に戦場を眺めて、軽く嘆息する。殆ど時を同じくして、似たようなぼやきが敵の陣中から零れた。 「どうにも、辛くなってきたねえ」 かつて『ノーネイム』と呼ばれ、先の戦いでリベリスタに『太郎』の名を賜った男は、そう言って頭を掻く。彼は生き残った部下を纏めて守りを固めると、『ブリューナク』に攻撃を命じた。 灼熱を宿した五叉の槍が、整然と突進する。そこに男が銃撃を重ね、リベリスタを次々に穿った。 「……っ!」 深手を負わされた少女達が、お互いを庇って後退する。 「しっかりしぃ!」 駆け寄った宗助が治癒の符を飛ばすと、七花も清らかなる微風で回復に転じた。 随行する『ヤード』リベリスタも消耗が激しい。ここで一角が崩れれば、戦いの流れが傾く危険すらある。術師(メイガス)として未熟な自分は全体を癒す技を持たないが、『誰を優先して治すか』をよく考えれば貢献は出来る筈。 七花と共に仲間の治療に専念する宗助が、怪我をしたメンバーを励ます。 「大丈夫やよ。おっちゃんが今治したるんよ」 彼自身のダメージも、決して小さくはない。後方支援に徹しようと、この激戦区に安全な場所は存在しないからだ。それでも、退くつもりはなかった。 大切な人を亡くしてしまう辛さは、骨身に沁みて知っている。最愛の存在が、ある日突然に居なくなる――そんな思いを味わう誰かを、増やしたくはない。 一人でも多くを助け、支え続けること。そのために、一秒でも長く立つこと。 己に課した役割を全うせんと、宗助はひたすらに力を尽くす。彼の献身で元気を取り戻したあいしゃが、双鉄扇を構え直していきり立った。 「むぎーっ! これだからバケモノは嫌いなのよ」 回復を終えた柚架を振り返り、眼球をぎょろつかせる『ブリューナク』を指す。 「柚ちゃん、目の前のあれどけましょ! 後でイギリス土産見に行くの!」 前線に舞い戻った柚架が、青い瞳で異形の槍を睨んだ。 買い物は楽しみだし、邪魔はさせない。でも、それ以上に許せないのは『倫敦の蜘蛛の巣』が一般市民の命を利用したこと。 「カンケー無い人たちまで巻き込んでカッテするの、柚架は一番キライなの!」 お仕置きとばかりに繰り出された音速の刃が、キマイラの動きを止める。間髪をいれず、あいしゃが土砕掌で槍の柄を折り砕いた。 「絶対負けない……」 味方の枯渇した気力を補うべく、周囲と意識を同調させた遠子が増幅した異能を分け与えていく。それを見たトリストラムは、彼女の手が及ばぬところをフォローするために走った。 「色々な事に手を出していてね。……勝つ為ならば、弓だけに拘る必要は無いという事だ」 最奥に進むメンバーに己の力を託し、「頼んだぞ」と声をかける。辿り着いた者が敵の喉元に刃を突き立てれば、戦いはこちらの勝ちだ。 傷の痛みを集中力で上書きして、英雄の名を持つ青年は弓を取る。 火矢の援護を背に、終と舞姫が道を開きにかかった。飛来する『ブリューナク』を“辟邪鏡”で防ぐ舞姫の傍らで、敵の間合いを見切った終がさらに一歩を踏み込む。その動きを追おうとする血走った目玉と、たった一つきりの赤い瞳が、合わせ鏡の如く互いの姿を映した。 「――槍は懐に入ってしまえば終わりだよ」 双刃を操り、密集した異形の槍を纏めて氷葬する終。 黒曜石の光沢を帯びた小脇差を構え、舞姫が鋭く敵を見据えた。 「貴様が槍なら、わたしは剣。この身をただ一つの刃と為して、貴様を切り伏せる」 出し惜しみはしない。行く手を阻むのが何であろうと、全力で蹴散らすまで。 光踊る剣閃で目を眩ませ、即座に連撃を浴びせる。眼球を残らず潰されたキマイラの死骸が、石畳の上で溶け崩れた。 盾の形をした『スヴァリン』を壁として、『倫敦の蜘蛛の巣』はなおも抵抗を続ける。 この戦いも、いよいよ大詰めだ。十字の加護で仲間達の戦意を高め、三千は隣に立つ恋人の横顔を見る。 「慣れない場所ですけど、でも、ミュゼーヌさんと一緒だから、緊張せずに戦えますっ」 永久炉が発するエネルギーを全身に巡らせ、ミュゼーヌは彼に微笑んだ。 「貴方が一緒なら、私はいつだって全力で戦えるわ。――往きましょう」 肩に羽織ったナポレオンコートを翻し、中折れ式のリボルバーマスケットを構える。銃を連射して前進する彼女の背を見失わぬように足を速める三千の頬を、不意に冷気が撫でた。 僅かに先行していたリベリスタが、一斉に凍りつく。隙に乗じたフィクサードの猛攻を浴びて、ひよりの華奢な体が揺らいだ。 「――ひより!」 氷結を免れた雪佳が咄嗟に引き返し、全霊を傾けて彼女を庇う。 「ひよりは俺の……大切な人だ。お前達の好きになど、やらせない……!」 刹那、“ゆめもりのすず”が澄んだ音を奏でた。神の愛が少女を包み、たちどころに体力を回復させる。 いつもは眠たげな紫の目を見張って、ひよりは盾の表面にある宝石に似た器官を観察した。 「あれが核か、武器なのかな……?」 彼女の視線を追って、雪佳もそれに注目する。 試してみる価値はありそうだ――と呟き、クルトが前に躍り出た。 初撃で“気”を叩き込み、手応えを確かめてから回し蹴りのモーションに入る。 「堅い敵なんて、今まで何度も砕いてきた。今回も出来る限り砕いてやるさ」 吹き飛んだ『スヴァリン』の宝石部分から、濁った体液が滲むのが見えた。 少しずつ、蜘蛛たちを守る盾に亀裂が広がる。“紅桜花”と“玄武岩”――色違いの旋棍を満を持して振るった夏栖斗の眼前に、たちまち鮮血で塗装された道が現れた。 「ここは任せて先にいけ! なんて一度くらいは言ってみたいもんだと思わない? 一般人を盾にするなんて、ほんとによくわかってるよね。太郎君」 「……ま、言い逃れはしませんよ。狙ってやりましたし」 距離を詰めて立ち塞がる少年の怒気を真っ向から受け止め、男は苦笑する。 ゆるり歩み出たルクレツィアが、紅玉の瞳で彼を見詰めた。 「お招きは頂いて無いけれど来てしまったわ。……でも、これでお相子ね」 “魔女の繊手”を優雅に持ち上げ、くすりと笑う。 「一曲お相手願えるかしら? 名高き犯罪王の盤上で、名も無きわたくし達は踊りましょう?」 いずれにせよ、囲みを破らぬ限り蜘蛛たちに活路は無い。 腹を据えたのか、男は銃を手に恭しく一礼した。 「美人のお誘い、喜んで」 “不可触のルール”を味方につけた男の射撃が、容赦なくリベリスタを抉る。 ルクレツィアのしなやかな指が葬送曲の旋律をなぞれば、魔女の血を媒介に生まれた黒き鎖が無粋なキマイラとフィクサードを素早く縛り上げていった。 さしあたっては邪魔者の排除が先決――文字通り主の盾になろうとする『スヴァリン』を、雪佳が空中からの一撃で両断する。虚空に身を躍らせた夏栖斗が、飛翔する武技で蜘蛛の回復手を屠った。 高速で振動する“SVアームブレード”の刀身に迅雷を纏わせ、疾風が声を張り上げる。 「あと一歩だ、このまま押し切るぞ!」 敵を圧倒する神速の武舞でフィクサードを倒し切ると、彼はスムーズに指揮官へと向き直った。 縮地の歩法で空間を越え、男の襟首を掴んで投げ飛ばす。 地面に激突する寸前で鮮やかに受身を取った彼に、ミュゼーヌが迫った。 「ご機嫌よう、名無しの権兵衛さん。 貴方が誰だかは知らないけど……蜘蛛の一員というだけで万死に値するわ!」 永久炉が唸りを上げる中、黒銀の鋼脚がステップを踏む。零距離から撃ち出されたマグナム弾が、螺旋に舞って男の肩を突き抜けた。 よろめく体を引き摺り、男が銃のトリガーを絞る。未だ毒を失わぬ蜘蛛の牙がリベリスタに喰らい付き、戦場に流れる血に新たな数滴を加えた。 運命の恩寵で死神の手から逃れたルクレツィアが、破滅に向かわんとする男を見て目を細める。 そろそろ“曲調”を変えようと魔方陣を描く彼女の前で、ミュゼーヌが傷ついた上体を起こした。 「ミュゼーヌさんっ」 倒させるものかと、三千が聖神の息吹を届ける。彼が手に握り締めるのは、ルビコン川の石で作られたとされるサイコロ。 Alea jacta est――賽は投げられた。 ならば、自分はここから彼女を支えるだけ。それが己の役割であると、三千は信じている。 恋人の助けで危機を脱したミュゼーヌが、リボルバーマスケットの銃口を正面に向けた。 「跪きなさい、フィクサード――!」 蒼白の魔弾に心臓を貫かれた男に、夏栖斗が歩み寄る。 「ねえ、太郎君。その名前、気に入ってた?」 彼の問いに目を瞬かせた男は、そりゃあもう――と力なく笑って。掠れる声で、最期にこう言った。 「……初めてだったんですよ。ちゃんと“人”の名前を貰ったのは」 ● 程なくして、広場の外側で戦線を支えていたリベリスタのもとに勝利の一報が齎された。 『倫敦の蜘蛛の巣』本拠地に至るルートは、今や『アーク』『ヤード』連合軍の手にある。一般人の保護と誘導に尽力したメンバーのおかげで、一帯の騒ぎも収まりつつあった。 仲間が『ノーネイム』を討ち取ったという話を聞いて、伊吹はふと思いを馳せる。 『アーク』に来て初めて相対した敵だったが、再び会う運命にはなかったようだ。 六道紫杏。E・キマイラ。『倫敦の蜘蛛の巣』。そして、ジェームズ・モリアーティ。 日本から端を発した因縁の戦いは、この瞬間も続いている。 「――全てはあの時からまだ終わってはいない、か」 ピカデリー・サーカスをサングラス越しに眺め、伊吹は低く呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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