● 「すぐに帰ってくるからな。留守番を頼んだぞ」 あのひ おとうさん さんぽ いった。 それから ずっと かえらない。 ぼく いいこ してる のに。 ちゃんと るすばん してる のに。 おとうさん どうして かえらない? 『そりゃァ、道に迷ってるんだろうよォ』 ――だれ? 『困ってるお前さんを見過ごせない者さァ。パパに会いたいんだろォ?』 ぼく おとうさん あいたい。 『じゃァ、捜しに行かなくちゃなァ』 おとうさん さがす どう やって? 『なァに、簡単さァ。オレの言う通りにすれば一発だぜェ……』 ● 「今回の任務は、E・フォースの撃破だ。 ……少しばかり複雑な事情があるんで、一筋縄じゃいかないけどな」 アーク本部のブリーフィングルーム。招集に応じた六人を前に、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「複雑な事情?」 『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)が首を傾げると、数史は「ま、順を追って説明するな」と告げて正面モニターの表示を切り替える。 映ったのは、小さな家の前に佇む一匹の猫。 いかにも柔らかそうな白い毛並みは、陽に照らされて虹色の輝きを帯びている。 暫く画面を見詰めた後、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)がぽつりと呟いた。 「普通の猫じゃなさそうね」 「その通り、こいつの正体はフェイトを得たアザーバイドだ。 猫みたいに見えるが、人の言葉を理解して、簡単な単語なら喋ることも出来る。 知能や精神年齢は、人間の子供くらいって言えば分かりやすいかな」 遡ること数年前。“彼”はボトム・チャンネルに迷い込み、元の世界に戻れなくなったところをフリーのリベリスタに保護された。 『アンペル』と名付けられた“彼”は、主となったリベリスタを『おとうさん』と呼んで慕い、山の中で幸せに暮らしていたが、数ヶ月前から『おとうさん』が家を空けたまま帰ってこないらしい。 「どうも、フィクサードとの抗争に巻き込まれて命を落としたみたいだ。 『アンペル』は主人の死を知らないまま、家で彼の帰りをずっと待っていたが……」 まだ幼い“彼”の心は、ひとりぼっちで過ごすうちに少しずつ孤独に蝕まれていった。 そんなある日――『アンペル』の前に“それ”が現れたのである。 「E・フォース、識別名『悪魔の囁き』。 名前からして既にロクでもないが、生き物の願望や罪悪感を糧として成長する性質を持つ。 で、こいつが何と言うか、あくどい上にずる賢い奴でな……」 『アンペル』の純粋な願いに目をつけた『悪魔の囁き』は、まず「力を貸すから、一緒に主を捜しに行こう」と話を持ちかけ、“彼”を丸ごと自分の体内に取り込んで力を得た。 そして、そのまま人里に下りようとしているという。 「――『アンペル』と融合した『悪魔の囁き』はヤバい外見になってるから、街に出たら大騒ぎになる。 そこで、こう唆すんだ。主が家に帰れないのはこいつらの所為だ、殺してしまえ、と」 口車に乗せられた『アンペル』は、言われるまま人々を襲い、多くの命を奪うだろう。 『悪魔の囁き』は、そのたびに“彼”の心に生まれる罪悪感を喰らい、さらに強くなっていく。 放っておけば手がつけられない事態に発展するのは、火を見るよりも明らかだ。 「その、『アンペル』だっけ。……助けられないの?」 ここまでの説明を聞いた『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、数史に問う。 「普通に『悪魔の囁き』を倒しても駄目だ、取り込まれた『アンペル』も一緒に死んじまう。 だが、まったく方法がないわけじゃない」 『アンペル』を救おうとするなら、まず“彼”に「主には二度と会えない」という事実を納得させなければならない。そうすれば、人里に下りる理由は失われるからだ。 「……まあ、言うほど簡単な話でもないけどな。なにせ、相手は子供だ。 大人の理屈や正論なんて通用しないし、聞きたくないことにはまるで耳を貸さない。 おまけに、すぐ近くで『悪魔の囁き』が甘い言葉を並べて煽りまくるときた」 無論、説得する間にも、あちらは容赦なく攻撃を仕掛けてくるし、戦闘不能者が増えれば『悪魔の囁き』はそれに比例して力を強めてしまう。仮にリベリスタの半数が倒れるような事態になれば、もはや残りのメンバーでは止められない。 「諸々のハードルをクリアして、『アンペル』を納得させることが出来た場合。 “彼”は『悪魔の囁き』の支配から逃れ、自力で脱出が可能になる。そうなれば、後はこっちのもんだ」 幸いと言うべきか、『アンペル』自体は戦闘力を持たない。『悪魔の囁き』さえ引き剥がしてしまえば、人に害をなす心配はなくなる。 人語を解したり、体を光らせて感情表現を行ったり、普通の猫にはない能力があるため、神秘の隠匿を考えるなら野に放つのは勧められないが――アークで保護する分には問題ない筈だ。 「仮に『アンペル』の救出が叶わなくとも、『悪魔の囁き』はここで確実に倒してほしい。 被害を未然に防ぐこと、それがアークとしての最優先事項だからな」 僅かに苦い表情でそう付け加えた後、数史は全員の顔を見る。 「――どうか、気をつけて行ってきてくれ。吉報を待ってる」 ● 山道を進んでいくと、前方に大きな光の塊が見えた。 目を凝らすと、“それ”は怪物か、あるいは悪魔を思わせるような禍々しい形をしている。 彼我の距離を測りつつ、『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)は重々しく口を開いた。 「あれが、『悪魔の囁き』か」 E・フォースに取り込まれたという『アンペル』の姿は、ここからは確認出来ない。 ただ、その体内に“彼”がいることはフォーチュナの話からも明らかだった。 リベリスタに課せられた使命は、『悪魔の囁き』が人里に出ることを防ぎ、これを倒すこと。 青い双眸で真っ直ぐ前を見詰めて、御陵 柚架(BNE004857)は強く武器を握り締めた。 せめて、この手の届く範囲のヒトは守りたい。いつか、自分が命を救われたように。 傍らに立つ『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)も、思いは同じだ。 生と死のBorderline――ここが、守るための境界線。越えさせはしない。決して。 「往くぞ」 全員に短く声をかけ、拓真はさらに歩を進める。 その時、リベリスタの姿を認めた悪魔が体内の『アンペル』に語りかけた。 『おっとォ、邪魔が入ったみたいだぜェ』 (じゃま?) 『あァ、道を塞いでる奴らがいやがるんだよォ。 もしかしたら、お前さんのパパが道に迷ったのも連中の所為かもなァ』 (………) 僅かな沈黙の後、『アンペル』は自らを赤色に発光させて怒りを表す。 それを受けて、悪魔の肉体も赤い輝きに染まった。 『どォせ悪い奴らだ、ブッ倒しちまおうぜェ。なァに心配無いさァ、オレがついてる』 焚きつけるように言葉を並べて、悪魔は厭らしい笑みを浮かべる。 『邪魔者は軽ゥく片付けて、大きな声でパパに教えてやんなァ。 ぼくはここにいるよ、ってなァ!』 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月02日(日)23:22 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 真っ赤な光の塊が、全速力で山道を駆け下りてくる。 禍々しい形をした“それ”は、帰らぬ主を待ち続けた猫が悪魔に魅入られた姿。 人里を目指して走る様は、はぐれた親を必死に捜し求める迷子のようで。『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は、そこに自らの過去を重ねて微かに睫毛を揺らした。 予期せぬ主の不在と、それに伴う孤独。 この数ヶ月、“彼”は最悪の事態を何度も考えては、それを打ち消してきたのだろう。 無理もない。目の前で家族を喪った自分ですら、暫くは事実を受け入れ切れずにいたのだから。 少女の心中を知ってか知らずか、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が口を開く。 「大切な誰かを失うっていうのは、本当に辛いことだよね。子供なら尚更」 異世界から迷い込み、この世界に許されたアザーバイド『アンペル』。 本来、善良で無害であった筈の“彼”は、狡猾なE・フォース『悪魔の囁き』に唆されて正常な判断力を欠いている。 行く手に立ち塞がる自分達は、幼い瞳に極悪人の如く映っているのだろうが――だからと言って、道を譲る訳にはいかない。力を得た『アンペル』を焚き付け、人を殺めさせるのが『悪魔の囁き』の狙いだから。 交戦の意思が無いことを示すために武装を解除してから、悠里は『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)、『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)と共に距離を詰める。 敵意を露にする“彼”をブロックしつつ、夏栖斗が口を開いた。 「ごめんね、ここから先は通せないよ」 刹那、眩い閃光が前に立つリベリスタ達の全身を灼く。 攻撃を受けても怯まず、かつ反撃の素振りすら見せない前衛たちのやや後方で、御陵 柚架(BNE004857)が声をかけた。 「こんにちは。アンペル……ちゃんかな、中に、いるよね?」 猫に似た“彼”の姿は見えなくても、赤い光にじっと目を凝らす。 その名を呼びながら、壱也が真摯に声を重ねた。 「迎えに来たよ」 和風のゴスロリドレスを艶やかに揺らして、糾華が小さくお辞儀をする。 「初めましてアンペル、斬風糾華よ」 顔を上げると、彼女は怪物とも悪魔ともつかぬ“彼”の外殻をしげしげと眺めやった。 「可愛い白猫だと聞いてたのに、イメチェンしたのね。人懐っこいとも聞いてたけれど……」 その言葉を聞き、『悪魔の囁き』がせせら笑う。 『こいつら、お前さんを知ってるみたいだけどよォ。一体、誰なんだァ?』 (しらない) 答える声は、悪魔のそれとは似ても似つかない。 『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)が、そこに口を挟んだ。 「俺達はお父さんの仕事仲間……知り合い、の様なものかな」 『おいおい、あんなコト言ってるぜェ。もしかしたら、こいつらお前さんのパパを――』 「戦う事はない。俺達は話をしに来たんだ」 煽る悪魔を無視して、拓真は武器を持たぬ両手を前に出してみせる。まずは『アンペル』本人から事情を聞こうと、糾華が“彼”を促した。 「何があったの? 話してちょうだい?」 敵意と警戒の色を瞬かせて、光が踊る。 返答は、攻撃によって行われた。 ● 光球で前衛を打ち据え、『アンペル』はにべもなく言い放つ。 (ぼく)(わるいやつ)(やっつける)(おとうさん)(さがす) そう簡単に信用してもらえるなどとは、最初から考えていない。受けるダメージを少しでも軽減すべく守りを固め、壱也は“彼”に語りかけた。 「ごめんね。今からわたしたちが言うことは、アンペルを傷つけると思う」 主が戻らぬ理由を告げるのは、説得を行う上で避けては通れない道である。 いずれ知らねばならないのなら、隠さずに真実を伝えた方が良い。火に油を注ぐ可能性は高いが、ここを後回しにしてしまえば巻き返すどころではなくなるからだ。 「憎いって思うかもしれない。わたしたちのことはどう思ってもいい。 けど、聞いて欲しいの。わたしたちの言葉を、最後まで、アンペルに聞いてほしい」 一瞬の間を置いて、拓真が本題を切り出す。 「お父さんはな、帰らないんじゃない。帰りたくても、帰れないんだ」 『アンペル』と真っ直ぐ向き合ったまま、夏栖斗は“その事実”を口にした。 「君のおとうさんはもういない。おとうさんは死んだんだ」 返るのは沈黙。幼さゆえに、まだ死という概念を理解していないのかもしれない。 僅かに声を潜めて、拓真が言った。 「きっと、もう会えないと思う。……俺もそうだったから」 子供は純粋であるからこそ、大人の詭弁に敏感だ。誤魔化すのは、かえって誠意に欠けよう。 (うそ) 驚きと困惑の色を湛える『アンペル』を見て、拓真は幼き日の自分を思い出す。 屋敷の裏庭で、祖父が戻るのをずっと待ち続けていた。 すぐに帰ってきても、少し遅れても。祖父に笑って頭を撫でてもらえれば、それで良かった。――それだけで、良かったのに。 「……認めたくないものね。哀しみを抱えるのは辛いものね」 痛ましさをおぼえ、糾華が口の中で呟く。 理解していた自分でさえ、そうだったのだ。 未だそれを理解していない『アンペル』は、偽りでも希望に縋るしかないのだろう。 『ハ、なァに言ってんだかなァ。お前さんのパパが死んだなんて、酷ェ嘘もあったもんだぜェ。 こんな出任せなんざ、耳を貸すこたァねェぜ。どォせ、こいつらが――』 悪魔の横槍を遮るように、悠里が言葉をかぶせる。 「騙されちゃダメだ。そいつは、アンペルちゃんに僕達を傷つけさせたい悪いヤツだよ」 今まで何度も味わってきた喪失の痛みを思い起こしながら、夏栖斗は固く口を結んだ。 大切な誰かを亡くすこと。帰ってこない事実を、受け入れたくなんかないこと。そんなの、心があれば誰だって同じだ。 それでも、目を逸らしてはいけないと思う。自分にとって都合の良い夢が、どんなに甘くても。かけがえのない人の死を否定してしまえば、その生き様に泥を塗ることになるから。 時間はかかっても、主の死をちゃんと受け止めて欲しい。そう出来るように、傍で支えてやりたい。それが、全員の願いだった。 (わるいやつ)(おとうさん)(かくした) 赤、青、黄。三色の光線を操り、『アンペル』はリベリスタを撃つ。 いつでもブロック役を交代できるよう前衛たちの体力に気を配りつつ、糾華は穏やかな口調で言った。 「アンペル、落ち着いて? 私達の正体と、貴方のおとうさんを、繋げて考える必要は無いわ」 両腕を広げ、根気強く呼びかける。もし手が届くなら、“彼”をぎゅっと抱きしめていたことだろう。 「……ね、アンペルちゃん。『おとーさん』は、どんなヒトだった? 優しかった? ツヨかった?」 切り口を変えて、柚架が問いかける。主のことを思い出したのか、これまで烈しい怒りに染まっていた『アンペル』の光が不意に柔らかな色調を帯びた。 言葉に表せぬ想いが、虹色の輝きとなって発せられる。 全てを理解するのは叶わずとも、“彼”が主を心から敬愛していたことと、共に暮らした日々が掛け値なく幸せなものであったことは充分に読み取れた。 「そっか、いいこだね」 攻撃されるのも構わず、壱也が手を伸ばす。 頭にあたる部分は背が届かないから、代わりに頬と思しき部分に触れて。 「――そんなアンペルを、おとうさんも大好きなんだね」 優しげな声音で、にこりと微笑む。 思わず動きを止めた“彼”に、『悪魔の囁き』が濁声を張り上げた。 『まァさか、こんな奴らの言うコト信じてんじゃねェだろなァ? いいのかァ? お前さんが捜しに行かなきゃァ、パパはずっと家に帰れないんだぜェ?』 はっと我に返り、『アンペル』は再びリベリスタに襲い掛かる。 すかさず、拓真が“彼”を窘めた。 「人を傷つけるようなことをしてはいけない、お父さんにそう教わらなかったか?」 そこに生じた躊躇いを、リベリスタは決して見逃さない。ちょっと聞いて――と、柚架が畳み掛けた。 「柚架達のオシゴトは、世界に住んでる人たちがびっくりしないように、おとーさんとアンペルちゃんみたいに、静かに暮らせるようにするコト」 『おとーさん』もそうだったよね、という意味を込めて、『アンペル』を見る。 「アンペルちゃんがそんな姿だったら、おとーさんもびっくりしちゃうし。 おとーさんが守ってきた人たち傷つけちゃったら、おとーさん悲しんじゃうよ? ずっと帰ってくるの待ってお留守番できたいいコだから、わかるよね?」 めまぐるしく変化する光は、混乱する心情を雄弁に表している。 それは、『アンペル』が生来持っている、ボトム・チャンネルの猫にはありえない特性。 だからこそ、主は“彼”を山から出さなかったのだろう。神秘を隠匿するという理由以上に、大切な家族を人々の好奇の目に晒したくなかったから。 ――でもさ、おとうさん。やり方間違ってるよ。 そう言いたいのを堪えて、夏栖斗が唇を噛む。 『アンペル』は子供で、まだまだ家族が恋しいのだ。寂しいのだ。 家にたったひとりで残されるなんて、嫌に決まっているじゃないか。 「……ひとりぼっちでいる事は哀しいものね、耐え切れないものね」 目線を“彼”から外さず、糾華が囁く。 ――わかるよ。私も、ずっと独りだった。 同じ苦しみを知るがゆえに、彼女はそこに付け込むものを許すことが出来なかったし、何があっても『アンペル』を救い出すつもりでいた。 『勘弁してくれよォ。お前さんがしっかりしなくてどォすんだァ?』 体の主導権を“彼”から奪った『悪魔の囁き』が、リベリスタに容赦なく攻撃を浴びせる。 落ち着き払った口調で、糾華が問いを放った。 「アンペル。貴方に語りかける、ソレの名前は一体なぁに?」 答えはない。答えられる筈がない。誑かさんとするターゲットに正体を明かすほど、あの悪魔は間抜けではなかろう。 『悪魔の囁き』がさらに何かを言う前に、夏栖斗が声を重ねた。 「君も、本当は誰かを傷つけたくなんてないだろ。おとうさんは、そんなこと望んでいなかったはずだ」 主の教えを思い出して叱られた気分になったのか、『アンペル』は弱々しい光を瞬かせている。おそらく、主は“彼”を我が子と同様に躾けていたのだろう。 「僕は、アンペルちゃんをおとうさんに会わせてあげられない。 ……おとうさんは、もうどこにも居ないんだ」 悠里の言葉を聞いて、『アンペル』が悲しみの色を浮かべる。 ただね――と、彼は続けた。 「傍にはいないけど、おとうさんはずっとアンペルちゃんを見守ってる。 アンペルちゃんがいつまでも悲しんでたら、おとうさんが安心できないよ」 どうか信じて欲しいという祈りを込めて、壱也が“彼”を見上げた。 「おとうさんは、アンペルのこと忘れたりなんかしてない。 それは、わたしよりアンペルがわかってるよね」 いつまでも待ち続ける寂しさを知っているから、自分はここに来た。 この手で、“彼”を連れ帰るために。温かな場所を、もう一度与えるために。 光球に打たれた壱也の体を、閃光が灼き焦がしていく。 よろめきながらも、彼女はその名を呼ぶことを止めなかった。 「おいで、アンペル。寂しい思いさせて、ごめんね」 ――もう、一人にはさせないから。 淡い輝きが、リベリスタの視界に満ちる。 悪魔が大きく舌打ちした時、その体内から白い猫が飛び出した。 ● 駆け寄った柚架が、『アンペル』を受け止める。 「怖かったね、大丈夫だから」 “彼”が保護されたのを見届けてから、拓真は黄金と白銀の二刀を抜いて口を開いた。 「お父さんの事は、悪く思わないであげてくれ」 すぐ帰るという言葉が結果として嘘になったことを、主は悔いているだろうから――。 破壊神のオーラを全身に漲らせ、『悪魔の囁き』を見据える。ここからが、本当の戦い。 「私は名乗ったわ。アンタも名乗りなさい」 道化のカードを投じた糾華が紅い瞳で見やると、E・フォースは本性を露にして叫んだ。 『オレに名前なんてねェよォ! 悪魔とでも呼びなァ!」 耳障りな笑声を響かせる敵を苛立たしげに睨み、夏栖斗が吼える。 「ざっけんなよ! 子供唆していい気になってんじゃねぇよ」 左右で色違いのトンファーが振るわれた刹那、不可視の打撃が悪魔を襲った。 その隙に、柚架が『アンペル』を木立の陰に隠す。 夏栖斗の怒号に驚いたらしい“彼”を安心させようと、彼女はその頭を撫でた。 「少し強く言っても、あのヒトたちはみんな優しいから、ダイジョウブだよ」 ここから動かぬよう念を押して、改めて武器を手に取る。 あの日、“センパイ”が助けてくれたように。今度は、自分が助ける番。 「御陵柚架、行きます!」 軽やかに地を蹴り、少女は仲間のもとに駆ける。 『悪魔の囁き』が物理攻撃を無効化するシールドを展開するのを認めて、悠里が後方を振り返った。 「糾華ちゃん、よろしくね」 彼の意を汲んだ糾華が、破滅の使いたる“嘘つき道化(ライアークラウン)”を生み出す。 盾が砕かれた瞬間、疾風を孕む拓真の居合と、肉体の限界を超えた壱也の一撃が次々に浴びせられた。 一気に距離を詰めた柚架が、そこに音速の刃を繰り出す。 「柚架はね、キミみたいなやつがいっちばんキライなの! だからユルしてなんかあげないっ!」 目の前にいるのは崩界を促すエリューションで、しかも『アンペル』を騙そうとした。二重の意味で、見過ごすことは出来ない。 『アンペル』は、自分達と志を同じくしていたリベリスタが慈しみ、宝物の如く大切にしてきた存在。 その人が逝ってしまった今、自分達に出来るのは彼が守ってきたものを代わりに守ることだけ。 『へェ、許さなかったらどォするんだい、お嬢ちゃんよォ?』 哄笑する悪魔を見て、拓真の胸に不吉な予感がよぎる。 数十秒の攻防を経た後、それは見事に的中した。 最大の誤算は、『悪魔の囁き』の強さを甘く見積もっていたことだろう。 核となる『アンペル』を失っても、既に得ていた力は消えない。つまり、かのE・フォースは依然として、“百戦錬磨のメンバーを多く擁するチームで対応するべき敵”であったのだ。 加えて、防御に徹していたとはいえ、無抵抗を貫いた前半の積み重ねが効いている。その覚悟が『アンペル』の説得に繋がったのは確かだが、“彼”の救出を優先するあまり、敵に対する備えがおろそかになっていたことは否定出来ない。 柚架は既に倒れ、ブロック役だった夏栖斗と壱也の二人も消耗により拓真や糾華と交代を済ませている。 ただ一人、悠里だけは無欠の歩法によるフットワークで『悪魔の囁き』を翻弄することでダメージを最小限に抑えていたが、敵の巨体を留めるには彼のみでは足りぬのも事実だ。 一点の曇りもない白銀の篭手に雷を纏わせ、神速の武舞を展開する。感電から即座に立ち直った『悪魔の囁き』が、光球の乱舞で糾華の運命を削った。 「待たせてごめん!」 持ち前の自己再生力で傷を癒した壱也が、再び前に出る。彼女も運命の恩寵を使っていたが、他のメンバーが殆ど回復の手段を持たないことを考えると多少のリスクはやむをえない。 『頑張るねェ。下がってた方が楽だろうになァ』 悪魔の皮肉を歯牙にもかけず、見るからに凶悪な幅広の太刀を振り下ろす。 生命力を代償にした壱也の“全力”が、悪魔を深々と抉った。 ● リベリスタにとって、苦しい戦いが続いていた。 反動を厭わず技を繰り出していた壱也が地に伏して間もなく、拓真が己の運命を燃やす。 入れ替わりに前進した夏栖斗と糾華が相次いで攻撃を仕掛けると、後退した拓真が抜刀と同時に真空の刃を生じさせた。 決着を急がんと、悠里が“壱式”を叩き込む。 余力をごそり削られた『悪魔の囁き』が、忌々しげに呟いた。 『チッ、もうやってらんねェ――』 光球の連撃(クリティカル)で糾華を沈め、そのまま逃げに転じる。この時点でメンバーの半数を欠いたリベリスタに、敵を追撃する余裕は残されていなかった。 みすみす取り逃がす形になったものの、『悪魔の囁き』は更なる強化の鍵である『アンペル』を失った上、こちらの攻撃で弱っている。エリューションである以上、楽観は禁物だが、少なくとも今すぐ人里に下りて暴れる危険はないだろう。 木の陰から、『アンペル』がぴょこりと顔を覗かせる。 戦いが終わったことを悟ると、“彼”は倒れた三人のもとに駆け寄った。 『いたい?』『ごめん』 身を起こした柚架が、気遣う声に「ダイジョウブだよ」と答える。 命に別状がないことを確かめて安堵の光を輝かせた後、『アンペル』は目を伏せた。 『おとうさん』『いない』 その頭を、壱也がそっと撫でる。 「今はわかんないかもしれないけど、アンペルの心におとうさんがいるからね」 顔を上げた“彼”に、夏栖斗が言った。 「僕等とおいでよ。君みたいな世界の迷子も、受け入れてくれる場所があるんだ」 「一緒に、行きましょう?」 手を差し伸べる糾華に続いて、拓真が『アンペル』の柔らかな毛並みに触れる。 「幸せになろう、きっとお父さんも喜んでくれる。それを願っている筈だから」 背を撫でてやりつつ笑いかけると、温かな淡い光が“彼”の体を包んだ。 ふたりの家があった頂上を見上げて、悠里は思う。 先に旅立った人々は、どこかで自分達を見守っている筈。 神様の存在は信じていない彼も、それだけは疑っていなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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