●深夜二時。 だって貴方が大好きだから。 首を絞めて、貴方を締めて。 もう一秒も待っていられない。 今から走っていく。 今から会いに、急いで行く。 首を占めて、貴方を占めて。 その時間だけはどうか赦して。 だって貴方が大好きだから。 ●大好きな貴方へ。 唯一、首を絞め損ねた男性だった。 冬の匂いが胸を掻き乱して、何となしの感傷を傷跡に塗り込んでいく。 この季節特有の胸騒ぎ。そんなもの実際には存在しないのに、電子伝達が見せる幻想。 その男性だけ、絞めきれなかった理由は、今でも良く分からない。 目が合ったからか……。 その上で、命乞いをしなかったからか……。 あれから何人かを絞め殺して、私はやっぱり駄目だった。 駄目な私だった。満足できなかった。 頸椎に掛けた中指、喉仏を擦る親指。その感触。 最後の吐息、力抜けていく腕。その光景。 凍えるような経験を、もう一度。 今度は絶対に。 絞め殺してあげるから―――。 ●ブリーフィング 「絞殺フィクサード。連続絞殺魔」 業物はその腕。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう続けた。 「女性。例に洩れず美人なのに、性格は少し、いえ、かなり残念ね。こういうの、確か、ヤ……、ヤン? ヤンデ?」 「ヤンデレ」 「ヤンデレ。そう言うのかしらね。『狂気的な愛』と書けば文学的な印象だけど、首を締められる男の方にすれば堪ったものではないでしょう」 「うん、まあ、そうなのかな」 「……」 リベリスタの微妙な反応にイヴは顔を顰めた。 「とにかく、この女性フィクサード、雪眼は、ある男の首を絞めに向かってしまう。ぜひ対処してほしい」 スライドには雪眼の経歴について映し出される。 「雪眼はそこそこの実力者で、過去に同様の手口で被害も出ているようね。だから必ず仕留めて欲しいのだけれど、特殊なアーティファクト『支配欲』を有しているから、気を付けて欲しい。その上で、要救助者の一般人男性を救い出して欲しい」 寒いし、深夜だし。見蕩れて絞められない様に気を付けて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年02月05日(水)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 中性的に整った『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)の表情は薄ら笑いが湛えられているようで、しかし、実際的なところは判別つかない。左腕が――左翼が――その口元に携えられて、その赤茶色の瞳だけがじいと扉を見つめた。 (愛の形は人それぞれ。通常なら口を挟むものでもないんだが、な) 通常ではないのなら―――それを換言する逆説的な心情だった。前衛として玄関から突入するべく、隣へと立った『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)と小烏の視線が交差する。AF通信からは『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)の声が響き、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)共に両名が制圧対象外側、壁面窓付近に配置したことが伝えられた。 コルク栓を抜くときは何時だって少しばかりの緊張がある。そしてその先に饗宴の始まりが待っている。役者は揃った。そして、今回、そのコルク栓を抜くのは間違いなく小烏の役目であった。 その作務衣の向こうで三つ編みがゆらと揺れる。大気に神秘が充満する。ぼうと蒼白く、けれど不可視の印が開かれる。それは『二つで一人』伏見・H・カシス(BNE001678)の足元にまで至り。 それが作戦開始の合図。捕物の始まり。 ● 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)がその鍵を手際良く破壊し、『プリンツ・フロイライン』ターシャ・メルジーネ・ヴィルデフラウ(BNE003860)が扉を蹴り抜いた。派手な音を立ててその鉄製の玄関が部屋の内側へと吹き飛ぶと、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)ら六名のリベリスタは無言のまま室内へと侵入した。 今回の救出対象である室咲の寝室は既にリベリスタらの知るところである。鋭い目線はそのままに、カシスの広角射光電燈が暗い室内を照らす。誰かの不満も寝静まったかのような深夜。 夏栖斗の目が虚空に軌跡を描く。そこじゃない。次の扉。寝室はここ。 その寝室への扉に手を掛ける。しかし、鍵が閉まっていて開かない。彼の深紅のトンファーがその扉を突き破るべく、振り上げられると、 「っ!」 それよりも早く、逆方向からその扉が吹き飛び、その余波が夏栖斗を襲った。その破片共に乗じて寝室から流れ出す、―――『赤い影』。 粉塵止まぬ内に、ぎんと接触音。リセリアの振るうその細身の刀身は、暗い室内の中、蒼く光を携えている。その蒼い影と紅い影が、刃先二十センチの間合いの中で対峙した。長く美しい白銀の絹糸がその舞踏に寄り添うように揺れる、揺れる、揺れる。 その『赤い影』との交戦は空間的余地の比較的少ない状況でのそれとなる。 「室咲の確保を」 リセリアの声が聞こえるのとほぼ同時に、小烏がその奥へと駆けるが、 「簡単に行かせてはくれんかね」 夢に見た悪夢は重なり溢れ出すように、その赤い影が寝室方向から漏れ出てくる。人の様な形をして、人の様な大きさをして、人では無いその『支配欲』。 (好きだから殺したくなる。 それを続けていけば、結局は誰も愛してくれる人はいなくなる。 孤独に近付くだけだ。僕にはその気持ちは分からない) ターシャの英霊聖遺物が振られ、付近のリベリスタたちの神秘が研ぎ澄まされる。揺れる振動が、極大の振幅を更に大きく、波長を更に高く。最安定点を明瞭にする、その共有の魔術。これを受けて、夏栖斗は元より計算内の軽口を叩く。何処から生まれたのか、誰に産み落とされたのか、何を目的にするのか、その赤い影は何も語らない。語らない逸脱を、リベリスタらは見過ごすことが出来ない。 ―――その紅い影が、夏栖斗を『視た』。 同時に、耳を劈くような甲高いノイズ。 <現在、影および雪眼と交戦中> AF通信から流れるロアンの声。一番大事な所を詰られた赤い影たちが一斉に夏栖斗へと向いたのを認めて、カシス、小烏、魅零、ターシャが先に寝室へと侵入した。 ● 玄関組の突入を確認したキリエとロアンは、その時に備え息を潜めていた。深夜の風は冷たく、二人の頬を切り裂いていく。限りなく薄い下弦の月はその輝きを失って、周囲は暗闇に包まれている。 「……」 ふいとキリエがその室内を極めて慎重に確認する。キリエに至っては慎重に慎重を重ねており、足元は冷たい事この上なかったが……。 雪眼は室咲の上に馬乗りになっている。 その背後には『赤い影』。 瞳に宿るのは狂気とも嫉妬とも憎悪とも狂喜とも取れる混沌とした朱い炎。 彼女の腕にその影が絡まった。 ふとその動きが止まった。彼女の眼は扉へと向いて。 突然、その赤い影たちが雪眼の腕から伸び、奔っていった。室内からは、激しい戦闘音。 ロアンとキリエの視線が交差した。状況は一刻を争う。二人は頷いた。 キリエの振るう魔力杖がその窓を叩き割る。と同時に、闇夜に溶け込む黒い布地を翻してロアンが室内へと入り込んだ。目に入るのは―――やはり『赤い影』。けれども今回は実体を持った、その女<雪眼>。 「邪魔をするな!」 有無を言わさずに突き出されるその赤い拳はロアンの頬を掠める。憎悪の視線はどっちもどっちで、一世一代の仕事を邪魔された女も、神秘を行使して殺戮を行うフィクサードを憎む男も、その一点でだけ共通項を持った。 「重くてみてられないよね」 その愛の押し付け。左拳が自分の右頬を掠り、そのまま腰を回転させて右拳を突きだす雪眼の姿を捉えながら、ロアンもそのクレセントを煌めかせる。彼の腕から一瞬にして飛び出した鋼糸は雪眼へと向かった。 その様子を脇目に、キリエがベッド上の室咲へと急ぐ。彼は……見ている。 「夜分にごめんなさい」 そう一言、謝りを述べて、キリエは白く細い手を室咲の目元へと遣った。室咲は一瞬、肩を震わせたが、抵抗はしなかった。 「貴方は彼女に命を狙われています。少し騒がせますがご容赦を。そして出来れば、彼女を見ないで」 幻惑されるから。そう続けたキリエの言葉に、室咲は肯定も否定もしなかった。ただキリエに導かれるまま立ち上がり、庇われるようにしてベッドを降りた。その様子を……雪眼は確かに、認めていた。 怒りが羅刹を招いた。鋼糸が降り注ぐ中、雪眼は強引に間合いを詰めた。その連続的な武闘は夢想一閃し、ロアンに殴打する。赤い軌跡がぼうと浮かび上がり、雪眼の腕から伸びた。赤い影が、ロアンを、そしてキリエへと襲い掛かる。 異様な雰囲気に流石の室咲も息を飲んだ。赤い影も、そして雪眼も。彼を、見ている。 その視線から遮るように、キリエが真っ向から迎える形でその間に立った。その整った顔を、凛とした怒気が見つめる。 ロアンが立ち上がる。赤い影と雪眼の闘技に一瞬、膝をついた彼ではあったが問題は無い。口元にはむしろ、薄い笑みすらある。鋼糸が、揺れた。 「後悔したいならさせてあげるよ。―――言いたい事はあるかな?」 どん、と踏み込む音。ロアンの反対側、雪眼を挟み込むようにその位置に、四名のリベリスタ。 (不謹慎。不謹慎な気持ち。人殺しで、その現場なのに。背景を知っているから?) 女と男。絞首する女と、物言わぬ男。フィクサードと一般人。 (とても……とても、『奇麗な恋の様子』に見える。 私……、不謹慎です) カチ、と聞こえぬ音。 ● 自分の上に蹲る女性。自分の頸部に手を掛ける女性。凛とした美しい炎を持つその女性。 目が逢った。きっと無感情な自分の眼と対照的な瞳。その奥で何かが揺れたような気がして。 女性はきっと優位にいて、僕の事を殺そうとしているのに違いないのに、顔をくしゃくしゃにして肩を震わせた。その親指が、優しく僕の喉仏を撫でた。 何も言わない。深夜。満月が明るく照らす室内に、男と女が二人きり。 それはあの時の夜。 彼女の中指が、僕の頸椎をただ只管と撫でる。その軟い感触に思わず小さく息を吐く。女性は微笑んだ。顔は相変わらずくしゃくしゃのままで。 彼女はきっと僕を殺そうとしていた。だけれどその腹部に掛かった、見た目からは想像もつかない様な軽く心地よい重圧と、首を愛でる暖かい感覚が恐怖を打ち消した。こんな狂気的なシチュエーションで、僕は再度、眠りの底へと堕ちて行った。 女はふと手を放した。頭の中には疑問符が沢山浮かんでいてた。 ―――何故、絞められなかったのだろうかと。 女は立ち上がりその部屋を後にした。何故だろう、何故だろうと首を傾げながら、その姿は闇夜へと消えて行った。 それは、満月が照らしていた明るい最初の夜。 ―――二人が邂逅して、心を合わせた、最後の夜。 ● 雪眼の動きはその激しさを持ってしてその特性と言えた。彼女の身に纏う赤い服がいっそお似合いで、暴れる炎のように激情を闘撃で表現した。そして、その動きはむしろリベリスタらにとって好都合だった。 カシス、小烏、ターシャが室咲を庇うようにしていたキリエの元へと向かい、その守りを固める。 「押し込み強盗ではない、とは言っておくよ」 小烏の放つ式符が雪眼へと飛び掛かるが、それは彼女の腕に軽く弾かれる。もとより、彼女に致命傷を与えるための攻撃では無い。そのままキリエらが今では無残にも破壊されてしまった扉へと向かう。 「行かせるか!」 咆哮と言っても良い程の声が雪眼の細い喉を揺らした。彼の後を追うように体の向きを変えた雪眼であったが、 「っ!」 目の前には大業物。その可憐で細やかな、すらと長い肢体から、如何様にしてその攻撃が生み出されるのか。片目を眼帯で包み隠した魅零の振るう腕は靭(しな)やかに雪眼を斬る。 赤と赤が交じり合う。それは影なのか、血なのか瞳なのか、 「これまで勝手な都合で殺してきた貴方の恋の成就なんて、私は願わない。 殺されてきた人にも愛しい人達が居た筈ですもの。絶望が、悲しみが、恐怖が分かる?」 雪眼は唇を一文字に閉じている。瞳だけがその敵意を魅零へと向けた。 「人の心が分からない自己中心的な殺人鬼め、貴方も恋の成就の目前で死んでしまえ。 ……と言いたい所だけど、ここでワンチャーンス☆」 だって室咲さんも『同族』だからなあ! 魅零は満面の笑みを浮かべながら続ける。 「貴方が投稿してくれるなら、彼に免じて生かしてあげても良い。でも、私は絶賛殺したいかな☆ さて。―――どうするの?」 ひひ、と笑う魅零の顔は道化師染みて、しかし、……真剣である。その眼は問うている。 「……は」 しかし、それで『止まれる』ほど、彼女の『支配欲』は業浅く無い。もう彼女には、雪眼には彼を手放しにする余裕も器量も優しさも思い遣りも好意も憎悪も何も残ってはいない。彼女自身では、もうこの気持ちに整理をつけることなんて出来やしない。 「その男を返せ。止めたいのなら……、動けなくなるまで私をぶちのめすしかねーよ」 「そう」 瞬間、その大業物が変容する。一つ、二つ、三つとどす黒く堕ちていく。……地の底へと。 居間で影との戦闘を続けていた夏栖斗とリセリアの元へと、轟音と共に人影が飛び込んできた。キリエらによって庇われた室咲を追うようにして激しく暴れる雪眼の姿が。 空間的余地の少ない状況での戦闘というのが、リベリスタらの数の優位を減少させており、また、その数でさえその赤い影が拮抗にまで追い遣る。戦い辛く、至近距離戦を強要されるこの場で、雪眼の鍛え抜かれた闘技はずっと重くリベリスタらを襲う。 溢れかえるような密度が寝室から流れ出て、その赤い影に包まれた雪眼の化物染みた様相が事の重大さを思い知らせる。室咲ら一行に鬼のように迫る雪眼を認めて、夏栖斗とリセリアも肉薄する。 (わ、私のできることは、このまま誰も傷つけさせないことです!) カシスから放たれる神秘の風には、この停滞した戦況をリベリスタ優位へと押し返す力がある。それに、いざとなれば。カチ、と音がして、 (あんまり邪魔するなら、ぶん殴る!) そのカシスの支援に、さらにキリエからの援護を受けるようにして、ターシャと小烏も攻撃を返していく。 「姉さん。一番の望みって何か考えたことはあるか」 愛と絞殺。 それは『今まで』は同じものだったのだろう。 ―――その瞬間、相手は自分の存在に満たされる。 「ただそれが、絞殺時に限らない事は、姉さんも知ってると思う」 「それで、」 じゃあ、一体どうしろと言うのか。 雪眼は体から赤い影を生み出していく。その数、十三体。加えて、その武技。 小烏の放つ濁流の様な『鳥葬』が彼女を飲み込めば、盾となった影が一体消え去る。雪眼は気にも留めない。 そんな雪眼に、ターシャも声を放つ。これは唯のボクの持論だけど、と予防線を張って、 「一方的に牙を向けるだなんて寂しくないかい? 共に喰らいあってこその間と思うのだけど」 メルジーネ<蛇姫>の名を継ぐ若き姫はそれを愛と呼ばない。一方的に絞めるだけの愛では、彼女の気持ちを満たすことは出来ない。―――喰らいたい。そして、同時に自身の首も胸も、相手の牙に晒してしまいたい。そう、願う。 「……」 その表情から、リベリスタらは……、感情は読み取れない。ただ、雪眼は、顔を強張らせているだけ。 寝室から追うように出てきたロアンと魅零も影共を巻きもむ形で雪眼への攻撃を始める。居間はスペースがあるおかげで、遂にその優位性を完全に発揮できる。 「ごきげん麗しゅう、奇麗なお姉さんに一目惚れされるなんて男冥利に尽きるね。 ……けど、殺すのはどうして?」 戦闘も佳境に差し掛かっての、初めまして。雪眼はぴくりと夏栖斗の方へ目を遣る。 「好きな人を殺しても支配なんかできない。―――生きてたって出来ないんだから」 どんなに結ばれていようが愛し合っていようが、『運命』には抗えない。いつか等しく訪れる死は、等しく両者を分かつ。支配しようとして、支配されようとして、しかし、その解決には死は何の力も持たない。人が人を支配しようだなんていうのが思い上がりで、 (……これは、お願いなのかもしれない) 殺せば一つの死体ができるだけだ。誰もが何かを喪う。 紅い影たちが夏栖斗へと群がり始める。雪眼の眼は混合比一体一で悲哀と憎悪が満ちている。けれど彼女にはそれ以外ない。 その間に、室咲はキリエに連れられて今を出た。そのまま彼をバスルームにまで移すと、キリエは自らのコートを掛けた。 「あの」 室咲がキリエに声を掛ける。 「彼女は、どうなってしまうのでしょうか」 その言葉に、キリエはどう返答するべきか一瞬、考えた。この状況で彼女の身を案じる彼の心底は、きっと叶うことは無いだろう。 「助けます」 と言ったのは、彼のその報われぬ感情を思いやった結果なのか。 「自分の事しか愛してないメンヘラと、相手のことしか愛せないヤンデレと。 まあ、どっちも困りものなんだけど……、君はどっち? どっちが良い?」 手加減してやる心算は微塵も無いが。ロアンが鮮やかに間合いを詰める。と、同時にリセリアのセインディールが煌めいた。 各々が持ち寄ったライト。その灯りに照らされた薄らとした暗闇の中、その剣戟は色取り取りな飴細工のように艶麗に―――。 本当に想いを自覚できても抗えませんか、と。切なげに揺蕩うけれども凛然とした無数の刺突が、雪眼に問いかける。何故殺せなかったのか、自覚している通りであるのなら……。 もう彼女を纏う『赤い影』はいない。そこに根拠を与えられない。言い逃れ、出来ない。 「が……ぁ」 堪らずにその体躯が吹き飛ぶ。リセリアの斬撃に、彼女の闘撃は負けた。 そして体を横たえた雪眼は、真上に魅零の顔があった。無表情に彼女を見めるその眼が。 「己が良くを貫いて此処で人生にサヨナラするか。 己を折ってでも生きてみるか。 ―――間違えるな、チャンスは一回だ」 「……」 勝てない。雪眼は今初めて、心から怯えた。 死ぬことは怖くない。この道で常に隣り合ってきた。 怖いのは。 惨めな嗚咽だけが居間に響く。ぼろぼろの『少女』は、迷子になって泣き腫らす。 「貴方を救いたいと、思う」 浴室から出てきたキリエが静かに言った。『少女』の肩が震えた。 「これは愛情表現の範疇を超えてるの。貴方一人の問題じゃない」 だから、私達と来て一緒に問題を解決しよう。 「―――貴方を受け入れたい、と言っているんだよ?」 それは、母親が迎えに来たかのように。 いつの間にか、赤い影<強迫観念>も消え去って。 ● まあ、クズなら殺してやって良かったんだけど。 ロアンはがしがしと頭を掻いた。相手が赤子の女性じゃしょうがない。 小烏とターシャに挟まれながら室咲がやってくる。それはやっと二度目の対面。 「口で伝えることも必要だと思うよ。その行動にどんな思いが詰まってるのか、言わねば分からん時もある」 逆に言えば、言わないで分かってもらおうなど、甘えに過ぎない。 何時だって気持ちは声に出さないと伝わらない。 だけれど、それでも伝わる何かがあるのなら。 その最後の言葉を、リベリスタたちは報告書に載せていない。 リセリアは空を見上げる。針の様に薄い月。 死も生も人を支配できないけれど、『愛する』という事だけは遥か古代の頃から人々を結び付けていた。 きっとそれは、千年の恋。一夜の物語に何て、ならない。 これからも続いていく筈だから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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