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<三尋木>標本フーディエの讒言


 罅割れたショーケースに飾られた鮮やかな翅を持った蝶々を見詰めながら可哀想だと考えるのは間違いなのではないかと考える時がある。飾られた蝶々は美しいままの姿で永遠の時を感じられるのだから、なんと、なんと羨ましいのか。
「死んだって構いませんけど、死ぬなら美しいままが良かったですねー」
 間延びした様な声で告げる女の顔は醜く歪んでいる。その醜さは何から来るものか。顔の片側を覆う白布の下に隠された痛ましい傷の所為か、それとも彼女の生来からの気質その物が表情に表れているのだろうか。
 どちらにせよ、元は美しかった女が周囲に失望されたのは言うまでもない。美しさを振り翳して居た女の顔についた傷。失くした左目は美しさ故に周囲に存在した男を離れさせるには十分だった。
「美しくないえいりなんて、えいりじゃないと思うんですよー。
 だって、だってだって、眼。えいりの眼。眼がない、ない。ないなんて、おかしいじゃないですか」
 自惚れ、虚栄心、驕り高い女は傲慢故に美貌へ途轍もない執着心を抱いていた。美しくあることこそが『鶴木えいり』という存在価値(レーゾンデートル)。美しくない『鶴木えいり』など何の価値もない存在だと女は思い込んでいる。
 少女のかんばせに浮かんだ『女』の醜さは彼女自身には分からない。鏡越しに見つめる自分の『顔』は何時も通り美しいと言うのに、片側の瞳がないだけで如何してだろうか、魅力が半減して居る様に感じるのだ。
「蝶々だって、片側を毟れば美しさも半減するんですよねー? えいりも同じですか?
 嫌だなあ、やだ、嫌ですね。いやいや、死ぬなら美しいままが良かったですからー。
 もしも、えいりがキレーになったら、コレ売り物にしましょうか。高く売れます。ねえ? フーディエ」
 間延びした声で告げる『女』は唇を吊り上げて、蝶々の翅を毟った。


 女性の美しさは一過性のものだと言われる事もある。革醒者なれば姿形が幼いままという『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の様な14歳で外見が留まったケースも少なくはない。
「ある意味で『女性の憧れ』と言えるのかもしれないわね。美貌は宝の様なものですから」
 外見に似合わぬ言葉を吐き出して微笑んだ世恋が「お願いしたい事があるの」と常の通りに告げる。
「皆にお願いしたいのはアザーバイドの蝶々と同化したフィクサードへの対応よ。
 三尋木に所属してるフィクサードで名前は『鶴木えいり』。自称美少女の可愛らしい女の子……だったんだけども、一度アークとの戦いで左目を負傷してからは美しさに更に固執する様になった模様ね」
 三尋木首領の凛子に憧れた女フィクサード。美しい首領に憧れた鶴木は元から整っていたかんばせを更に美しくせんとアーティファクトを使用し、他人の美しさを奪わんとしていたそうだ。
 しかし、その行いは止められ、他人の美しさを奪わんとした罰として左目を貫かれ喪った。
「美しさに固執するえいりがとあるルートから手に入れたアーティファクトがあるわ。
 このアーティファクトの効果とアザーバイドの性質を利用して美しくなる為の準備をしているわ。
 つまり、他の女性の美しさを集めてアーティファクトに溜めこむことで自分が美しくなる、他者の美しさを自分の物にするという代物ね。……懲りない女、だわ。――標的は『女性』。特に10代から20代程度の女性をターゲットに動いているみたいなの。彼女は左目を喪ったことで、自身の魅力が半減したと自覚している。アザーバイドを利用して美しくなろうとか馬鹿な事を考えたんでしょうね」
 しかし、彼女も『三尋木』。余りに残虐非道な行いをするでは無く、人気のない海浜公園の雑木林の中で女性の生気を吸い殺しを働いている事が万華鏡によって判明した。
「他人の生気を奪って自分が美しくなる手筈を整えているの。彼女がアーティファクトを所有して居ていいことなんて一つもないわ。だから、『蝶々の種子』というアーティファクトの破壊をお願いしたいの。
 えいりとアザーバイドの分離も難しいと思うわ。彼女ごとの対応を宜しくお願いできるかしら」
 アーティファクトの破壊とアザーバイド――フィクサードごとの対応。
 アザーバイドは崩界を促す。帰り路もない蝶々を野放しにする事はできないのだから。
「もしも、吸収が出来なかった場合はアザーバイドに回る生気が無くなって彼女自身が枯れ果ててしまう……かもね?」
 保存方法を誤った標本等、唯の木乃伊ではないかと世恋は首を傾げていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年01月30日(木)22:48
こんにちは、椿です。

●成功条件
 ・アザーバイド『標本フーディエ(フィクサード鶴木えいり)』の討伐
 ・アーティファクト『蝶々の種子』の破壊

●場所情報
 時刻は夕暮れ。美しい夕陽が望める海浜公園の一角。
 人気のない雑木林周辺に女性の屍骸が転がっており、中央に『標本フーディエ』の存在が確認できます。『蝶々の種子』は『標本フーディエ』ことえいりが所有しているようです。

●アーティファクト『蝶々の種子』
『標本フーディエ』が吸い取った女性の生気の塊。美しさを溜めておく小さな水瓶。飲むことで永遠の美しさが得れるとも言われていますが、真偽のほどは確かではありません。この効能が正しかった場合は営利製品としての利用を考えても居る様です。

●アザーバイド『標本フーディエ』
 大きな青い翅をもった蝶々。作り物の様な翅は鱗粉を振り撒き、発光している様にも見えます。元は人間の生気を吸い取る存在。アーティファクト『蝶々の種子』に己が吸い取った生気全てを取られている状態であり、枯渇しています。枯渇しているからこそ、更なる獲物を求め凶行に働いているようです。
 たまたま乗っ取る相手が悪かったのか、現在は鶴木えいりに翅をもがれ融合状態に居る様です。

>三尋木フィクサード:鶴木えいり(拙作『<三尋木>誰が為に花は散る』登場)
 フライエンジェ×スターサジタリー。
 左目を包帯で覆い位顔をした少女。自称美少女でありましたが、眼を喪ったことにより己の魅力が半減したと激昂しています。欲に忠実であり、特に『美しさ』には固執して居ます。フーディエの翅をもいで己と融合させる程度には美しさ第一。ある意味で三尋木らしく頭の良い美しいなり方を考えているようです。アザーバイドとの融合により耐久力が非常に高くなっています。また、女性を見ると真っ先に殺しに掛かります。
 
 ・EX:翼斬領域(神遠範:流血、致命)

●子蝶×6
 アザーバイドが生気を吸いつくした女性の木乃伊。強さはエリューションで云えばフェーズ1と同等程度

●一般人女性×3
 えいりの狙っている一般人女性です。何かのイベント化とえいりの様子をうかがっているようです。

どうぞ、よろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ノワールオルールホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ヴァンパイア覇界闘士
アナスタシア・カシミィル(BNE000102)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
アークエンジェマグメイガス
宵咲 氷璃(BNE002401)
ハイジーニアスクリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
アウトサイドソードミラージュ
紅涙・いりす(BNE004136)


 夕陽の見える海浜公園はデートスポットか何かであろうか。ロマンチストな少年少女ならこのような場所で睦言でも言い合うのか。
 可愛い女の子とこの場所で遊べるとなれば『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の様な好青年は女の子をきちんとエスコートした事だろう。
「女の子は女の子であるだけで綺麗だと思うんだけどな」
 両目が揃っていなくても、両腕が揃って無くとも、夏栖斗にとって女性は誰もが魅力的だ。人其々の個性が『彼女』達を引き立てるスパイスなのだろうから。
 しかし――しかし、背中に異形の翅を背負っているのは如何にも寛容にはなれない。
 何らかのイベントか、と人は問うだろう。少なくともソレで被害者が出始めていると言う話しに夏栖斗の拳に力が込められたのは仕方あるまい。
「本当に、殺しで全て解決なのか……?」
 小さな呟きに、返す言葉は無く、『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は視線をうろつかせた。
 彼と『足らずの』晦 烏(BNE002858)、『一人焼肉マスター』結城 竜一(BNE000210)は夏栖斗達と別行動をとる事になっている。珍しいかな、何時もは三角のアニメや漫画の登場人物染みた悪役頭巾の様なものを被っている烏だが、今は『なりきり☆警官セット』に身を包み、避難誘導に適した格好を整えている。
 普段ならば前線で戦う事を一番に考える『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)が微妙に鳴った腹を抑えて草の陰から微妙な表情をしている。いりすの目的は食事だ。所謂、戦いから得られる何かがソレに該当するだろう。
 メインディッシュである筈の少女はいりすにとって非常にチャーミングに見える。何より『人間』らしい。この海浜公園の人気のない雑木林に一人で佇んでいるフィクサード、日本主流七派が一つ、三尋木に所属する鶴木えいりはいりすが見るに浅ましい程に人間だ。美しさに執着し、自分自身が一番だと考える個の意識。それは同時に悍ましい程に人間らしくない。
「……結構、好みに合いそうだったんだけど、」
 吐き出す息と共に、いりすが視線を送ったのは鶴木えいりの背面。まだ年若い一般人の女性達がアザーバイドの蝶々の翅を背負った少女を何かのイベントかと見つめている丁度その向こうである。
 女性達に近い位置での待機を完了して居た俊介が念のためだ、と強結界を張り巡らせる。念には念を。人命を助ける力を手にした俊介らしい準備であろう。

「さて――美しくない、だったかしら? 美しくない『鶴木えいり』に価値は無い……だなんて」
 くす、と唇を歪めた『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の声は彼女の美貌の通り凍てつく氷を思わせる。
 薄氷の瞳がスゥ、と細められ広げた日傘の下で鶴木えいりにとって最も忌まわしい台詞を彼女は吐き出した。
「心外ね? 折角綺麗にしてあげたのに。……ねぇ? 鶴木えいり」


 鶴木えいりという少女は単純にいえば三尋木凛子に魅せられた物なのだろう。女という存在の象徴を『美』としたときに、三尋木凛子は私利私欲の為でもそれを追い求める第一人者である、とえいりは理解して居た。
 無論、三尋木の様な場所には様々な人材が存在して居る。筆頭の三尋木凛子、えいりや、彼女の周りに存在するフィクサード達がいい例だ。とはいえ、アザーバイド『標本フーディエ』との合体をしてまで貪欲に美を追い求める三尋木と言うのも珍しい。
「……鶴木えいり。貴女の傍に居た少年は如何したのです?」
「どっか、いっちゃったんですもん。今は『フーディエ』が居るからいいですー。ねえ、リベリスタ」
 睨みつけるえいりの瞳に小さく笑った『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の言葉もまた、『魔王』等とアーク内で面白可笑しく例えられる程度には鋭く尖ったものだ。氷璃の近くに立っている『灯蝙蝠』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は「はふぅ」と口癖のように吐き出してJason&Freddyを手にしている。
 あからさま、感情を分かり易いほどに露わにした鶴木えいりの目には挑発的な女、氷璃や悠月しか映って居ない。挑発的――いや、悠月や氷璃にとってはただの本音であるのかもしれないが、鶴木えいりにとっては立派な『挑発』であり『宣戦布告』だ――な言葉を受けたえいりの体は狙いの一般人たちでは無い、リベリスタ達へと向いている。
「えいりちゃん、ご機嫌麗しゅう。おこなの? 激おこなの?」
「麗しゅー。激おこ、激怒ですよー。ぷんぷん丸ですー。えいりの邪魔しちゃうんですもんー」
 やけに間延びした様に言う少女の手にはしっかりと武器が握られている。一般人女性から注意が逸れている事を確認しながら玄武岩を手にした夏栖斗が誘う様に唇を「おいでよ」と動かせば、彼女の周りに存在して居た木乃伊達がのそりと起きあがる。
 アッパーユアハート。自身の周りに襲い来るエリューションを受け流し、夏栖斗の唇が「救えなくてごめん」と小さく紡いだ。
「えいりの目を奪ったリベリスタだー」
 武器を構えたえいりが狙い打たんとしたのは氷璃の左目だ。意趣返しか――己の目を奪った相手を覚えて居たのだろう。咄嗟に身体を滑り込ませてアナスタシアがJason&Freddyで弾丸を弾く。
 不意を付く様に背後から噴き出した黒き瘴気は別働隊として行動して居たいりすのものだ。掌の上でくるりと回ったリッパーズエッジ。眼鏡越しに歪んだ濁眼は獲物を見詰めているが、何処か戸惑いを持感じさせた。
「その、なんだ、怖い」
 女性陣の殺意が高すぎて思わず竜(ほしょくしゃ)も一歩引いたか。飢餓感を感じる腹を抑えながら、いりすは夏栖斗の集めた子蝶達を巻き込んでいく。
 一気呵成に攻め込むリベリスタ達にぽかん、と口を開けて居た女性の腕を引いた俊介が「ほらほら、散った!」とえいりの気が逸れてるうちにと懸命に避難活動を行っている。
「うーん、まあ、鶴木君はダメだねぇ……綺麗ではあるんだが、美しさが足りねぇな」
 続く様に肩を竦めた烏は普段の咥え煙草を我慢し、警察官を演じながら竜一の方へと一般人女性を「危険だから」と前線から遠のけていく。以前として明らかに挑発を行った女性陣へと意識を向けて居るえいりは阿呆か何かだろうか。
 だが、これは好機だろう。一般人の女性を護るのもリベリスタの仕事だ。好都合に、雑木林には三人の女性しか存在して居ない。
「見せ物じゃないンよー。帰れ帰れ! マジ喧嘩勃発してるし、警察も来てんだろ、散った散った!」
 吸血種として卓越した技能を得た俊介の纏うオーラに瞬きをした女性達は彼の言葉に小さく頷いた。
 手招きする竜一は異性にも溶け込める人好きする笑みを浮かべて「お姉さん」と優しく手を引いた。フォローするように動く烏と俊介に視線を送り、竜一はえいりへと一度視線を向ける。
「……しー。静かに。さあ、ここは危ないからこっちへおいで。静かに、慌てず、迅速に」
「避難訓練みたいですね」
 何かのイベントだとでも考えているのか気楽な女性達へと目線を合わせた竜一の厨二力――ではなく、魔眼が彼女達へと侵食する。
「大丈夫。俺に身も心も委ねて。君たちを救いに来たんだ。さあ、おいで迷い猫ちゃんたち」
「お、おねーさん逃げて!?」
 茶化す様に告げる俊介が花染を手に戦場側へと一歩進む。俊介の背の後ろ、一直線に雑木林の中を竜一と烏は女性の手を引いていく。
 茫、とした瞳の彼女等を安全であろう雑木林外に連れ出して、ほっとした様に竜一は女性達と目を合わせた。彼の瞳にくらくらと意識が混濁する女性が口をぽかんと開けて竜一を見詰めている。
「よし、此処での事は忘れて、公園から離れるんだよ。あと、俺の事をお兄ちゃんと呼ぶ事」
「――お兄ちゃん」と、烏が呼んだ。


 銀の円環の護符を手に悠月が見据えたえいりはフィクサードと何ら変わりない。蝶々の翅を揺らした彼女目掛けて突き刺さる白鷺の羽根。美しい氷の刃に重なる様に黒き鎖が伸びあがる。
 動きを止めたえいりの瞳がぎ、と二人のおんなを見詰めた。穏便にと事を進めようとするアナスタシアがへらりと笑う。綺麗所の揃ったリベリスタ女性陣。えいりの唇が噛み締められて白くなる。
「……つまんない、えいりのことキレーって言う人がいないんだもん」
「あのさ、美しくなるってのは悪い事じゃないし、俺は美しい女性も好きだし、美しくなろうとする女性も好きだよ」
 眼を凝らし解析を行う俊介はアザーバイドとフィクサードの分離方法を調べて居た。差し伸べるなら、何処までも。人の命を奪って全て解決なんて、本当の解決じゃないと思えるから。
「えいり、綺麗?」
「僕は綺麗だと思うよ、えいりちゃん。確かに蝶の翅も似合ってるよ」
 優しく諭す様な言葉にえいりが唇を歪めて幸せそうに笑う。彼女が綺麗でいるのはフーディエというアザーバイドのお陰もあるのかもしれない。
 こーりねーさん、ゆづちゃん、と声をかけた夏栖斗にゆるりと微笑んだ氷璃は浮かび上がったままえいりを誘う様に手招きする。
「何を言ってるの? 最初から何処も変わって居ないわ。内も外も醜い鶴木えいりよ。
 タワー・オブ・バベル、貴女の為に用意したわ。頭の悪い貴女でも言葉の意味が分かる様に、ね?」
 それでも、美しいと言われる事が鶴木えいりにとっては一番の幸福なのだろう。美への執着心。肩を竦めたアナスタシアが牙を覗かせて一手踏み込んだ。
 薙ぎ払う様に全てを焼き尽くす地獄の業火を放ち出す。咄嗟に避けるえいりの肌を焼いて彼女に与えた火傷は美しさへの冒涜か。えいりの瞳が捉えたアナスタシアの瞳は何処か楽しげに笑っていた。
「ホラホラ、顔にやけども追加されちゃうよぅっ!
 あのねぃ、あたしはもしえいり殿が顔にケガをして無くても、アナタのことをキレイとは思わないよぅ!」
「同意です。傍に居た少年にさえも見捨てられる。哀しいですね、本当に。
『鶴木えいり』の事なんて誰も見て居なかったという証左なのですから――」
 囁くように告げる悠月とアナスタシアへ向けられた銃口。鎖に縛り付けられたえいりの表情が言っ気に歪む。彼女の頬を掠め、夏栖斗へと集まっていた子蝶を弾丸で貫いた烏が安物煙草を咥えて小さく笑った。
 美とは見た目こそが全てではない。えいりより長く生きた烏だからこそ分かる『経験値』からくる言葉か、アナスタシアや悠月の様な強かな女性であれば分かることなのかもしれない。
 揺れる紫煙の中を子蝶が蠢き殴りかかる。腕を掴み、へらりと笑った竜一は「やあ」と手を振った。子蝶――美しい女性の残骸の腹へと突き刺さる宝刀露草。渾身の力を込めたソレを一気に引き抜いて、揺らぐエリューションへといりすの暗闇が喰らいかかる。
 子蝶の対応を一気に行うリベリスタ達の中、えいりへの挑発を欠かさない女性陣にいりすが肩を震わせたの仕方がないだろう。
「美しさが種であるなら、『鶴木えいり』である必要さえ欠片もない。
 何故人が離れたか、その実の半分も理解して居ないでしょう? 鶴木えいり」
 元から整えった外見をした少女だった。美しさに固執するあまり、周囲に美貌だけで人を集めて居た彼女の醜悪さはフィクサードの『悪』ではなく、人間性からくる『悪』だろうか。悠月の言葉に瞳を丸くしたえいりに「成程」と呟くしかない。雷撃が子蝶の身体を貫く中、広まる裁きの光は子蝶の抵抗をも押し殺す。
「なあ、寂しいん? 失望されるのが、怖いん?」
 俊介の言葉に、少女は蝶々の翅を揺らして引き金を引いた。


 弾丸はアナスタシアの耳を掠めるが小さな反撃と言う様にえいりの腕に痺れが走る。
「えいりは、自分が綺麗ならいんですよー」
「美しくなるっていい事だ。でもなぁ、人は殺しちゃ駄目やん? 綺麗だよ、えいり」
 でも、壊れている。心がない。人間として壊れ切った鶴木えいりを救う手立てはないと俊介は知っていた。もしも、彼女が寂しがり屋で、綺麗になって友達が欲しいというならば自分がなると俊介は決めて居た。
「俺はえいりが綺麗じゃなくても離れないよ。友達に、なれるし」
 伸ばす指先に小さく笑ったえいりが手を伸ばす。勘を働かせた烏が小さな舌打ちを漏らし引き金を引いた。
 人の生気を吸い取ると言う蝶々を背負った鶴木えいり。自分が美しければ何でもいい――なら、優しい友達を養分にする事だって厭わないだろう。
 一歩引いたえいりの手から零れ落ちる『蝶々の種子』、拾い上げた夏栖斗に向けて一手踏み出したえいりが睨みつける様に彼へと手を伸ばす。
「えいり、鋭利と書くのかね。美しさを求めた先の果てに何が残るのか、興味は尽きないが」
「つるぎ、えいりって言うんですよー。ふふふ、邪魔しちゃやですよー」
 えいりという名前を顕す不可視の刃。悠月が、氷璃が、烏が彼女の刃の形を探っている。
 心の形は彼女固有の力へと繋がったのだろうか。奪う事を目的に、貪欲に手を伸ばす氷璃の期待に応える様にアーティファクトを拾い上げた夏栖斗へ向けてひらひらと、ソレで居て『鋭利』に貫く翼刃領域が繰り出される。
「駄目駄目駄目! 返して下さいー! えいりのです!」
「でも、これは壊すよ?」
 小さな水瓶の蓋は固い。地面に置き、靴底が感じるガラス瓶の感覚に眉を顰めて一気に足に力を込めた。
 あ、あ、と吼える女に子蝶の対応を終えたいりすが舌なめずりをする。蝶々の翅を狙う様に夏栖斗が一気呵成攻め立てる。紅い液体は花弁の様に散り散りに飛び出した。
「えいりちゃん、その翅、取れない? だからさー、僕、きれいな女の子好きなんだよ、厄介だね。
 今、死んだら君は納得できないまま死んじゃうんじゃない? それでいいの?」
「や、ですよー。だから美しくなろうとしてるのに……えいりの邪魔ばっかりするんですからー!」
 駄々っ子の様に声を荒げるえいりの姿は人間らしい――人間らしいからこそ、美味しそう、だ。
 元来、他人に気を使うのはいりすの性分には合わない。だが、この『人間』らしい異形は浅ましいほどに『人間』であったから、少しの情が沸いて出てきたのだ。憐れだ、と。
 憐憫と好みのタイプだったからという同情。メンタルだって、嫌いじゃなかった。けれど、女の戦いは、怖い。
「君みたいなのは結構好きだから、なるべく希望に沿う様に殺したいと思うが如何であろうか」
「綺麗なまま死にたいの。死ぬのっていいですよー? えいり、綺麗なままが、よかった、な?」
 踏み込んで、構えた銃口の先へ。ゼロ距離で引かれた弾丸が掌を貫く。溢れる血の珠に小さく笑ったいりすが無銘の太刀を振り下ろす。掠めた腹に身体を反転させる所へとアナスタシアが与えた衝撃に細身の体が軋んだ。
「アナタは何のために美しくなりたいの? 美しくなるコトで、みんなに自分って言う存在を認めて貰いたいの?」
「ねえ、貴女、えいりのこと、醜いって思う?」
「はふっ、思うよぅ。中身が醜ければ美しくなんて思えないんだよぅ!」
 小さく笑ったえいりの動きは止まっている。アナスタシアの与えた土砕掌の衝撃だろうか。ふら付いた足のまま、立っているえいりへと近寄って竜一は肩を竦めた。戦い続ける気があるのかないのか、マイペースな少女に捲し立てる様に問い掛ける。
「美しい死なんて存在しない、死を美化するもんじゃない。
 だから、一度だけ言うぞ、自分の意思で標本フーディエを引き剥がし、降れ。
 今までの罪を悔い償い生きていけるなら、その心根の美しさが失くした左目の代わりにもなろうさ」
 だって、とえいりは竜一に囁いた。唇の端から覗く八重歯。
「えいりは、ホントに綺麗になりたかったです、心は綺麗になんてなれないから。
 ふふ、フーディエが居れば外見だけでも綺麗になれると思ったんですよー」
「終わりがあるからこそ美しい。それが鶴木君にも分かればな」
 肩を竦める烏の二五式・真改の銃口が向けられる。大きな蝶々の翅を背負った女は根本から腐っているのか。異形を身体に取り込んだ異形。優しい言葉に甘える事は今のえいりには難しいのだろう。
 身体に取り込んだ異形の存在が更に美への欲望を同調させたのか――それとも、左目を失った事が鶴木えいりを更に歪ませたのかは分からない。
「えいり! お前は標本の蝶じゃない。お前の運命は、お前が決めるんだ!」
 花染の切っ先を向けたまま、声を荒げる俊介に、少女はゆるりと振り仰ぎ唇を開いて、笑った。

「―――――」

 自由を取り戻したえいりが振り翳す刃の様な翼。悠月の瞳に映る『術』は何処までも美しい。如何なる神秘も褪せて見える心根の持ち主が繰り出す技であるというのに、純白の翼は美しい。
「ああ……本当に、残念です」
 囁いた悠月は虚無の手で魂を砕く様に振り翳す。彼女の弾丸を根本的に遮断する様に張っていた盾の向こうで見つめる女は今まで悠月が見た中で一番の笑顔を浮かべて居た。
 傷だらけの侭、悠月と氷璃を見詰めてえいりは緩やかに笑う。ちらり、と向けられた視線に俊介はえいり、と小さくその名前を呼んだ。
「貪欲な女って――えいり、大好きですよー?」
「あら、それは」
 浮かび上がったままで氷璃は標的(ターゲット)を定める。えいりのもう片方の瞳を狙う傘の先、銀瑠璃の煌めきに、『運命狂』はフリルに彩られたスカートを揺らす。
「――とても、嬉しいわ」
 凍てつく矢は突き刺さる。
 只、静かに命の熱を奪う如く。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。
 心底歪んでる少女ではありましたが、手を差し伸べて貰えるとは思いもよらず。
 結果はこの様になりましたが、彼女自身、最後に少し思う所が合った様にも思います。

 お疲れさまでした。また別のお話しでお会い出来る事をお祈りして。

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レアドロップ:『標本フーディエ』
カテゴリ:アクセサリー
取得者:宵咲 氷璃(BNE002401)