●ブリーフィング 「神秘に係る事象が報告されているから、対処してほしい」 集められたリベリスタたちに対して『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう切り出した。 「今回の作戦では、戦闘業務及び調査業務をお願いすることになった。作戦現場はここ」 スライドに、円状の壁に囲まれた一つの街が映し出された。薄い白靄に覆われているかのように見えるその街は日本のものというよりはむしろ、西洋風の建築物に埋め尽くされ、何となしに胡乱な印象を見る者に与える。街といっても、面積で言えばそう広くはない。 「この街は実在しない街。一体何時からそこに在るのか、それはまだ判明していないのだけれど、今回、初動に当たっていた地方リベリスタ組織からの要請を受けて、『アーク』が担当することになった」 「つまり、厄介な仕事と言う訳か」 リベリスタの言葉に、イヴは首肯した。 「実際に、一般市民だけではなくて、リベリスタにも被害が出ている。まあ、もしかすると、フィクサードにも。今までに得られたデータから、私たちはこの街を一つの巨大アーティファクトであると結論づけている」 「街がアーティファクト?」 「そう。だからこれを街と表現することが適切なのか、微妙な所なのだけれど、表面上は街の体を成しているから便宜上そう呼ぶわ。『ここ』には住人も権力も存在しない。いえ、内部に蔓延るノーフェイスやEビーストを住人と呼ぶのならば、話は別だけれどね」 スイライドが切り替わる。アーティファクト<まち>を俯瞰して見る全体図から、内部へ寄った詳細図へ。 「物喰いアーティファクト。内部へと入り込んだ動植物を取り込む、消化器官。その上、その消化過程で、一部をエリューション化させる特性も持っている」 「悍ましいな」 「ええ。これ以上、犠牲者を増やさない為にも早急に処理する必要がある。作戦遂行上の具体的な注意点に移るけれど、まず、このアーティファクト<まち>の攻略上、最も重要なことは、心臓部を制圧すること。逆に言えば、アーティファクト<まち>を構成する部分部分を無計画に破壊しても、碌にダメージを与えることが出来ない。心臓部は丁度中心付近に位置していて、そこを裁判所と呼んでいるわ」 裁判所と呼ばれる建物が映し出される。無論、そこには裁く者が居なければ、裁かれる者も居ない。裁判所と言うのは単なる呼称であって、推測である。童話の世界の様な全てが西洋染みた街の中で、裁判所もその例に漏れない。三階建て、中規模程度の建物は、仰々しい門を備えて建っている。 「まずはこの心臓部を目指してほしい。経路としては最短経路と迂回路の二つあって、前者では石切場と呼んでいる場所を通っていく。どちらのルートをとるかは、皆に一任する。心臓部は、内部が伽藍の様になっていて、そこにヒト型のコアがあるはず。それを破壊すれば、アーティファクト<まち>全体が機能を失うと考えられる」 「ヒト型ね。そのコアとやらは動かないのか?」 「分からない。ただ、その裁判所内の空間に留まっていると考えられる。もしかすると、攻撃も可能かもしれない」 「なるほどねえ」 「あとは、その心臓部に至るまでの道のりについて、ノーフェイスやEビースト、Eゴーレムが蔓延っているから、その撃破も重要ね。それと、これはかなり望みが薄いのだけれど、生存者がいた場合の救出も。フェーズ2個体で比較的強力な個体についてはコードをつけた上で資料にまとめてあるから、読んでおいて」 「『アーク』に仕事がまわってくるわけだ」 リベリスタは苦笑しながら言った。 「ええ。厄介な仕事だからこそ、貴方達の力が必要なのよ」 そして私達の力も。イヴは続けて言った。 「それじゃあ、健闘を祈るわ。食べられないように、気を付けてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月28日(火)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「なんかネズミ捕りにかかった気分」 その胡乱な白い街を眺めて『薄明』東雲 未明(BNE000340)がぽつねんと呟いた。 物喰いアーティファクト。事物を消化し飲み込む巨大な臓物。 とは言っても仕事である以上は敵の間合いと分かりつつも進むしかない。 「街ひとつ、とは凄いですね」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が人差し指をこめかみに押し当てながら呟く。彼女は既に観測されたこの『街』の全体像をその優秀な頭にインプット済みであり、だからこそ、その複雑怪奇さが重々理解できた。 「このタイプの敵とは何度か戦った事はあるが……、街規模とは中々たいしたもんだぜ」 「ええ、半径二キロメートル……広い」 ランディ・益母(BNE001403)がレイチェルの言を肯定する。手練れと言っても良いランディの戦闘経験においても、その規模は未経験の事象である。そして同様に首肯した『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)からすれば、それが『時間的制約』を課すものであろうという危惧を強く感じさせていた。 「中に招き入れたものを食べるとかホラー的な街ですね」 早く任務を終えてこんな怖い街から帰りたい。そう強く願う如月・真人(BNE003358)ではあったが、状況は中々に芳しくない。フェーズ二相当のノーフェイスが三体、そして有象無象の敵性エリューションが蔓延るアーティファクト<街>にのこのこと侵入していくのだから、一筋縄でいかないことは確定的であった。 「それは大変だなー。うん、大変だ……」 『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)、もとい那由他はその口の端を吊り上げた。―――皆、待っててね、ちゃんと、眠らせてあげるから。 「人々を喰らう街、放置はできませんね。これ以上犠牲が出る前に倒しましょう」 ふんすと気合を入れる『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)と、その横で「よいしょ」とトラックを準備する『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)。 『街』攻略が始まる。 ● リベリスタたちの目に映るのは、かつてリベリスタだったものの変わり果てた姿。 隆起した肉塊に突き刺さっている蝋燭の様な四本の棒が、ソレが嘗て人間であったことを示唆する。示唆するだけで、確証は得られない。資料に与えられた通りのノーフェイス。『街』を徘徊する『処刑者』。ソレが蕩けた腕の先にぶら下げるのは輝きも誇りも全て失った鈍い『鈍器』。『鈍ら』を極めた剣は刃先を完全に錆びつかせ、最早それの本来の意味を忘却している。 ゆらと揺らめいたのは那由他の姿。それは比喩でも何でもなく、実際的に揺らめいた。その全身には昏き武具が冥々と彼女に纏わり付く。きっと、その手に握られる魔力槍だけが実在的で、明確で、艶めかしい。 喰われて手駒として使われるなんて可哀想。 ……うん、とっても私好みですね。 那由他の喉が上下し、聞こえぬ嚥下音が空間に吸い込まれていった。 「―――ギ」 ソレから奇妙な音が響いた。声では無い。声などでは無い。ソレから発せられた音は声の様で声では無い。もっと汚くて……、もっと純粋な感情。 真人を庇うようにしてさり気無く彩歌が彼の横につき、前衛陣が前へと出る。そうするのとほぼ同時に、ユーディスの槍が『処刑者』の一振りを受けていた。 達磨のような相貌からは想像もつかない化物染みた驚速、それに眉一つ動かすことなく対処した彼女の動作は清廉極まりない。黄金色の髪が一房揺れてその肉塊を弾き返した。 そのまま跳ねるように後退。宙を舞ったその体躯をレイチェルから放たれた気糸が追い縋る。着地と同時に……前進。 もっと速く。目の前の運命に愛された者達を引きずり込むために。 「―――ギ」 彼の軌道上には不幸に弾道が重なる。少し離れた所からランディが放つ巨大な魔弾は威力も精度も違えること無く『処刑者』の肉を削ぎ落とす。咆哮なのか、ソレから漏れ出る極めて不愉快な音階はセラフィーナに伝播した。彼女の細やかな指が霊刀の柄に絡められていく。 彩歌の腕が振るわれた。そのレイチェルが放った物と同様の気糸は、エンネアデスに補われる様に精緻に『処刑者』を貫いて、 「……」 ソレを待ち受けるのは三名の剣士……、『悪夢』が『悪夢』へと流れ込む、ノーフェイスが直面した紛れもない『悪夢』。流れていない筈の、奏者の居ない筈の手風琴の音が朦朧の街に木霊する。 そこはアーティファクトの腹の中。 その霊刀が躍る―――虹色の飛沫をあげて。 目線にまで構えられた未明の鶏鳴が予測を超える―――彼女の熱量が臨界を破って。 「美味しく頂きましょう」 道化師が歪な微笑みの仮面で―――この世全ての呪詛を込めて。 ● 彩歌の運転するオフロードトラック、そしてそれを先導するかのようなランディのバイクが街並みを駆けていく。レイチェルの指示が運転に従事する二人に的確な情報を与え、その迷路のような道程を効率よく抜けていく。 トラックの荷台、その中心に押し込められるように位置する真人は一見すると窮屈そうだが、文句は言えないし、そもそも文句などは無かった。むしろ、真人は、戦闘の純戦力に成れない自分を申し訳無いとすら感じている。 流れては消えていく光景の概ねはただ白く、ただ西洋風である。「消化器官だとか聞いたけど、実感薄いわね」とは未明の言であるが、実際その通りであった。真人は先の戦闘で消費されたであろう仲間たちの神秘的なリソースの充填に努めていた。本来ならば『処刑者』単体の処理ですら依頼として成立しそうなものであるのに、この戦いは騒がしい事この上なく、先は未だ長い。レイチェルの指摘を受け、運転席直上、屋根の上にしゃがみ込む未明の声が張られると、那由他が窓から漆黒の瘴気を放っていく。 その殆どは脆く、軟い。消化され変換された低級エリューションはそのまま最後を迎えていく。しかし、その全てを相手取ると、話は違ってくる。ユーディスが指摘するようにリソースは有限では無く、その回復を行えるのは彼女自身と真人の二名だけである。急行と節約を両立しない事には、いずれ自分達も飲み込まれてしまう。 (『まち』の消滅で取り込まれていたモノが果たしてどうなるか) ユーディスの脳裏に浮かぶのは、そしてこのアーティファクトの制圧後に残る結末についてだった。消化するだけ消化したこの街が、その虚構を喪った時―――。 わわわ、と揺れるセラフィーナを視界に収めながら、彼女は一息吐いた。 迅速な『まち』の消滅が、生存者の救出にも繋がると信じるしかない。 那由他のその瘴気も無尽蔵に撃てるわけでは無い。入れ替わるように、彩歌が片手でハンドルを器用に扱うと、残る片方の腕で気糸を散らす。精緻で執拗な射線が進行方向を確保していく。 その先を行くランディは重心を寄せた。 レイチェルからの通信と周囲の音を頼りに、入り組んだ街並みをバイクが走り抜けていく。 ● 石切場とは古風なものである。少なくとも、現代日本には似つかわしくない。 心臓部へと至る最短経路。特に狭い路地裏を抜けるその先の、鬱蒼とした円形の広場。周囲はまるで高い壁……闘技場を覆う石の檻のように架空の住居が囲んでいて、狭い空が申し訳なさそうに光を取り入れる。昼の虚空を思わせる、やっぱり白いその場所に、しかし彩歌は灰色を視た。 (これは、『何処』なんだろうか) 侵入時から彩歌の胸に疼いていた疑問。緯度と経度という二つの座標で指定されたデカルト的な一つの『点』である以上に、その『存在そのもの』に対する奇妙な胡散臭さ。ランディのバイクですら運転のままならないこの路地を通るためにトラックを降りていた彼女は、敏感にその違和感を感じ取った。 (この世あらざる場所かもしれないけど) 紛れも無く『硝子の様に』美しい彩歌の瞳が一つの現実を捉える。その広場中央、街の中心から離れた石切場、佇むのは、頭部を失くした嘗てのリベリスタ、現在のノーフェイス。 『ここ』を抜けるには避けらぬ邂逅……、けれども、そこに感傷は無く。 先ほどの『処刑者』との戦闘における彩歌と同じように、レイチェルが真人の側に立つのと同時に、彼女の紅い瞳が『石切』を見据える。そのまま靭(しな)やかな体捌きのまま聖光を浴びせる。 周囲をうろついていた低級エリューションはそれだけで蒸発してしまう個体も居た。その中、『処刑者』とは対照的に肉の削ぎ落とされた『石切』の不気味な身体が一瞬怯んだ様に見えた。そして、その一瞬の隙をリベリスタたちは決して見逃さない。 那由他が身に纏う墨染めの武具とは対照的に、セラフィーナを覆うのは雷光そのものであった。その小さな体躯から繰り出されるのは、しかし、小さな剣戟では無い。 『処刑者』の時より更に数歩早い踏み込み。その時点で力量の差が瞭然である。究極にまで高められた全身の神経伝達が彼女の吐く薄い息と一致して、 「―――」 夜明けの刀が紡ぐ無数の軌跡の後、光飛沫はやはり七色に煌めいた。 先程とは異なり、ソレは一切の『声』をあげない。声ならぬ声も無い。首を落としたその経緯は計り知れない。リベリスタとして如何に不幸な最後を辿ったのかそれは分からないが。 彩歌とレイチェルの気糸が、聖光が、騒ぎを嗅ぎ付け大挙するエリューションを蹴散らしていく。その援護を背に受けてユーディスが間合いを詰めた。 ソレは頼りない体に、二本のレイピアを携える。セラフィーナの攻撃を受けてなお、嘗てソードミラージュとしてエリューションを駆逐したその姿は、今は機敏な動作で、向かい合うユーディスへと腕を振るう。 セラフィーナと相対すると霞んでしまう『石切』の速さも、クロスイージスたるユーディスに対しては依然としてアドバンテージを有している。風に揺られるような危ういステップが明確に彼女へと詰められて、甲高い金属音が響き合う。『石切』のレイピアが、ユーディスの槍をなぞる。 ランディがそのグレイヴディガー・ドライを振るうのと同時に耳を澄ませるのは、熱感知も効き目が薄いであろうEゴーレムの存在を警戒してである。ここで囲まれては分が悪いが、 (俺も『お前』も、『化物』であるという点では共通しているだろうさ) ユーディスと那由他がブロックするソレに肉薄する未明の姿を視界の隅に収めて、その巨弾を撃ちこむ。 未明の攻撃は四方八方を駆け抜け、ソレを強襲した挙句、ソレの前方には早期決着を実現させる程の魔弾が迫っていて、眼を持たぬソレが如何に脅威を感知したのか。 灰色の世界の中心で爆散。静かな断末魔は風には乗らない。 「長居の結果か運命を使い果たしたか」 未明はスナップを効かせて鶏鳴を振った。刀身にこびり付いていた『石切』の残骸が綺麗に吹き飛ぶ。 真人の回復神秘がフェーズ二と二回の会敵、そして有象無象の処理に、徐々に削られる体力も神秘的な余力をも癒していく。 (しかし、いずれもノーフェイス、あたし達も下手すればこう、か) 「……少し、実感出てきた」 ● 石切場を抜けたリベリスタたちはそのまま心臓部まで駆け抜けた。 目指すのは中心地。馬鹿げた街を支配する『裁判所』。その『核』<コア>。 街並みは街の中心へと近づく程、空虚に成っていく。外観的密度は決して変化していないのに、どんどんと空白に成っていく。 再度トラックとバイクに移動手段を切り替えたリベリスタたちは、レイチェルの誘導の下、Eゴーレムを避けながら、やがてその『裁判所』へと辿りついた。ブリーフィングで見た通り、三階建て、中規模程度の建物は、仰々しい門を備えて建っている。 ―――その門前に立つ、独りのノーフェイス。 「殿は、ぜひ私にお任せを」 レイチェルが言った。 ● 『門番』との交戦を経て、レイチェルがその後処理を行う中、他のリベリスタは『裁判所』内部へと侵入した。目標は、すぐに見つかった。 その街の核<コア>。『裁判所』を模した伽藍の内に独り立つ人型の破界器。 「あたし達が何しに来たのかは分かってるわね」 年の頃は十代前半、ふんわりと黒髪を揺らし未明の言葉に振り返った、少年か少女か。その猫の様な眼が品定めするかの様にぐるりとリベリスタらを見渡すと、指で頬を掻いた。 「君達の事はずっと見ていたよ。こんにちは。僕が―――」 じじとノイズ。 耳慣れない異郷の言語が耳小骨を殴り、真人は首を傾げた。 「―――です。あれ、皆さん、何だか殺気立ってますね」 くすくすと笑い声を隠さないその姿に聊か拍子抜けの感を禁じ得ないが、だからといって、油断などは有り得ない。 「君……で、いいのかな」 未明が怪訝そうに尋ねる。核<コア>はふふと微笑んで、 「ご察しの通り、僕には性別の概念は在りません。僕にとってそれは相対的なものです。しかし、一般的な定義に照らし合わせて『貴女』が僕を『彼』と呼んで下さるのなら、それを歓迎します」 「貴方がコアですか?」 セラフィーナが矢継ぎ早に問い詰める。 「はい、そうです」 「この街は、無実の人々を喰らっています。今すぐ、止めてください」 少年は三度くすりと笑った。 「それは、出来ません」 その言葉を聞いてランディの手に力が籠る……が、その視線がまさに彼を捉えていた。 「『貴方』が『思っている通り』ですよ。だから、僕と戦うと面倒なことになります」 「しょうがねぇよ」 ランディは自分の思考を掬い取られた違和感を表情に出さず、呆れたように答えた。 「そう、仕様が無い」 こくんと頷く少年の表情は冴えない。 「『あなた』はそのどちらかに拘っているようだけれど、どちらでもないんだ」 無邪気な瞳は、彩歌の視線を受け止めた。彩歌は、思考を読まれるのは諦めることにした。ここは敵の間合いであって、アーティファクトの中なのであり、神秘そのものなのだから。 「あはは、そうそう。僕が全体であり、全体が僕なんだ。―――そうさ、君達のことはずっと見ていた。全てが僕の眼なんだからね」 がらん、と音がする。裁判所入口付近で『門番』を押し留めていたレイチェルが決着をつけ、静かに内部へと歩を進めていた。少年の青い瞳が、レイチェルの紅い瞳を見遣る。 「求めるのは一つだけ。あたし達と現生存者を外へ返して。それと引き換えに、ある程度は取引できる」 那由他が所在無げに槍の柄を撫でる。『話し合いには』口を挟まない決まりだった。だから『彼女として』は如何なる『取引』も有り得ない。 「それは出来ません」 だから、少年の返答は、むしろ那由他の満足するものだった。 「それは出来ない、けれど、戦闘をするつもりも無いのは、ええ、ランディ……さんですか? に、言った通りです」 名指しされたランディは眉を顰める。 「―――何にせよ、貴方を止めねばなりません。取引が出来ない以上は」 「いやあ、そうなんだ。僕は貴方達と、そして、僕の中に残っている二人の生存者をこのまま返すことは出来ない。だから」 四度の微笑。そこに悲壮感は無く、 「どうぞ、僕を壊してください」 少年は無防備に体を差し出した。 その様子に真人だけでなく、多くのリベリスタが一様に怪訝な表情を作った。 「えっと、抵抗をしない……、ということでしょうか」 真人の問いに少年は「うん」と答えた。 「そんなに疑わないでよ。うーん、分かった。一つずつ答える。 一つ、僕が破壊されれば街は消えて『エリューション』も消える。『リベリスタ』も生存者も影響はない。 二つ、僕を造った人はもう居ないし、誰かの命令を聞く心算も無い。 三つ、世の中には具現化した『裁き』を必要としている存在もあるのだということ。 四つ、まあ、価値観が違うから、未練も無い。返せば良いって問題でもない。 五つ、―――君達はどうやら『僕の口に合わなかった』」 他には? と見渡す少年の顔を、リベリスタたちは見つめる事しかできなかった。拍子抜けは結局拍子抜けだったのだから、彼等を咎めることは出来ないだろう。 「じゃあ質疑応答は終わり。えーと、『那由他』さん? どうぞ、お待たせしました」 ランディに続き名指しされた那由他は、別段驚きもせずに口の端を歪めた。その少年の言っていることは良く分からない。しかしまあ、頂いて良いのならそれに越した事はない。ごちそうさまさせて貰おう。 那由他が槍を構えると、横でレイチェルが口を開けた。 「最後に何か、言い残すことはありますか」 少年は両腕を広げたまま無言で紅い瞳を見つめた。目だけが三日月の様に笑っている。 「誰が『裁く』のか、何を『裁く』のか。『審判』とは差異化であり、中心と周縁を『分かつ』<Urteilen>。『処刑者』に阻まれ、『門番』に分かたれ、『石切場』で罪を清算し、その『審級』を見届けることが出来なかった者へ。『リベリスタ』な貴方達には是非、そんな者の気持ちを分かってあげて欲しい」 これは、『お願い』だよ。 瞬いた次の瞬間だった。そこは一面、緑の草原と化していた。 「……」 ぱちぱちと目を瞬かせるセラフィーナとユーディス。倒れている二人の男女。 ここが現生なのか、彩歌が『アーク』作戦部に問い合わせてやっと現実味を帯びる。 狐に化かされた様な。複雑な表情のランディーの耳に、『目標アーティファクト消滅』との通信が入って、作戦は終了を迎えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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