●梅楼閣に桜 召集を受け、ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達は、フォーチュナの『黄昏識る咎人』瀬良・闇璃(nBNE000242)の隣に、見慣れぬ顔を認めた。 派手な格好の軽薄そうな若い男である。 「あ、とーも」 妙な訛りで挨拶をしながら、男は腰を浮かせてリベリスタに会釈した。 「こちらは黄鋭、台湾から依頼に来られた。リベリスタだ」 「日本語ちょとたけ、てきるますが、なかなか話難しいてすのて、説明はそちらにお任せするます」 闇璃の紹介を受けた黄は、へらりと笑い、闇璃に話を続けるように変な日本語で頼んだ。 「彼は、アークよりもかなり小さなリベリスタ互助会ともいえる地下組織『薬局』の構成員だ。弱小な存在ゆえに、存在は秘匿されている。いわゆる秘密結社だな」 小さな秘密組織ゆえに、アークのように何か便宜を図るような力は期待できないだろう。 「もちろん、こっちがお願いした。滞在中のお世話と通訳はするます」 リベリスタ一同の不安げな表情を見て取った黄が、慌てたように手を挙げ、口を挟んだ。 「で、依頼の内容は……仕事の内容としては簡単だ。覚醒したてのノーフェイスを一人、消して欲しい」 なんだ、そんなことか、と拍子抜けたような空気が流れ、 「それくらいなら、薬局……だっけ、そっちで出来るんじゃないか?」 と至極当然な質問が出る。 「今回、薬局は動けない。というよりも、存在を知られたくないとのことだ。だからアークに話が来た。なぜなら、ノーフェイスがやらかそうとしていることが、台北の危ういバランスで保たれている平和を突き崩す行為だからだ」 闇璃の説明は、どうにも抽象的で、今度は疑問符が漂う。 「まずは、台北の黒社会について説明しなくちゃいけない。台湾には現地人である本省人と、中国からやってきた外省人がいるという前提を知っていてくれ。そして、台湾マフィアも、本省系マフィアと外省系マフィアがいて、……対立関係にある」 今回、話に挙がるのは、本省系『竹林幇』の下部組織『青花会』と外省系『飛鴻幇』である。 「事の発端は、青花会が仕切っていた夜市に、飛鴻幇が手を伸ばそうとしたことだ。飛鴻幇は、青花会トップの陽暁丹を暗殺しようとした……。いや、夜市の屋台連中に鮮烈なデビューを見せつけようと、夜市を視察中の陽を殺そうとした」 陽を殺そうとした飛鴻幇付き殺し屋の徐呂方は、陽を警護していた甘以軒という女に返り討ちにされたそうだ。 「竹林幇と飛鴻幇の間で色々と交渉や手打ちがあり、つい最近、ようやく元通りになったところだった」 ようやく砂上の楼閣のような平和だが、とにかく台北に平穏が戻ったところなのである。 「一方、徐と甘の乱闘に巻き込まれ、屋台にも沢山被害が出た。粥屋の看板娘、葉安安も犠牲者の一人だ。彼女は、粥屋の老主人、葉國柱が最愛の妻の命と引き換えに得た美しい一人娘だった。主人の悲しみよう、マフィアへの憎悪はお前たちにも分かると思う」 葉國柱は、マフィアに歯向かうなど出来るわけもない枯れ木のような老爺だった。復讐などありえない――はずだった。 「……革醒してしまったんだ。葉國柱が。力を手に入れた彼は、陽と甘を殺そうとするだろう。だが、彼らの死亡が発覚したらどうなると思う? また台北の平和は崩れ去る」 青花会や竹林幇は飛鴻幇の復讐だと憤るだろう。飛鴻幇が濡れ衣を着せられて、黙っているわけもない。裏を読みすぎて、竹林幇が青花会を犠牲にしてまで、飛鴻幇へ戦争を仕掛けるネタを作ったと思うかもしれない。 また闘争が始まる。台北の無辜の人々が死んでいく。 「……たから慌てて来るました」 黄が項垂れた。 薬局のような弱小が、このような大きなうねりの中に飛び込むのは自殺行為だ。 それに、彼らの存在が竹林幇や飛鴻幇に発覚すれば、何かしら大きな事態になるだろう。 「薬局は、マフィアに存在を知られたくないよ。私が近ついたのも知られたくないね」 怯えたように黄がいう。出来れば戦闘中は、別の場所にいたいとまで言う。 「その点、部外者で無関係なアークの手によってノーフェイスが片づけば、不測の事態になっても、台北内は平和だということだ。……今後のことを考えれば、マフィアの連中には傷一つ付けたくないが」 無駄な恨みは買いたくない。と闇璃は黄をジロリと睨んで呟く。 「なるほど、状況は分かったよ。……で、一つ確認したいんだけど、この話、葉國柱以外にエリューションは絡んでいないのかな?」 「……情報はない。ただし、徐呂方は革醒していたという噂がある」 闇璃の返答を聞き、リベリスタは顔をしかめた。 「待ってくれ。徐呂方は、甘以軒に負けたんだよな? 一般人がエリューションに勝てるか? 甘以軒も革醒者なんじゃ……」 黄は首を横に振る。 「わからない。わからないよ」 ステルスを使っていれば、E能力者にも革醒しているかどうかは分からないし、そもそも徐が革醒していたかも確証は無い。 黄が知らなければ、万華鏡がつかえない海外の案件だ、埒が明かない。闇璃は話を強引に続けた。 「普段は大勢の手下に守られている陽だが、唯一、九份の天文飯店という中華料理屋で月に一度の特別な昼食をとるときだけは、甘と二人だけになるらしい。葉はそれを知っている。復讐ならその時を狙うに違いない」 食事の予約日時は、黄が調べた。葉の襲撃が、食事中か天文飯店に入るときかは分からないが、その日時前に周辺を張っていればいいだろう。 天文飯店は五階建ての大規模な中華料理屋で、陽の食事中も一般客がいる。 「陽は天文飯店の最上階にある特別室で食事をする。眺望がいいらしい。そのフロアは陽が貸し切っている」 特別室へ行くには厨房のエレベータか、一階の玄関から入るしかない。はめ殺しの窓は防弾ガラスである。 「……天文飯店は竹林幇の息がかかっている。協力を求めても、怪しまれて事態が大きくなるだけだ」 葉の襲撃がどこであろうと、天文飯店内で決着をつけるのは難しいだろう。 「エックスデーの一日前から、台湾入りしてほしい。準備するどうかはお前たち次第だが、期間を設けた。葉は行方をくらましている。土地勘がないお前達が事前に見つけるのは至難の業だろうな」 「薬局も探しているます。ても見つかったいう話は今のところ無いてす」 力に全くなれない自分たちが不甲斐ないのか、黄は俯いてしまった。 「薬局は全て対処をアークに一任すると言っている。アークとしては、一人のノーフェイスを退治するだけの些細な案件で済ませたい。……分かるな?」 闇璃は一同をぐるりと睨め回し、ぱさりと鉛色の羽をはためかせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月13日(月)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●月曜日、九份 台北の忠孝復興駅からバスに揺られること一時間強。九份は、古きよき台湾の色を残す観光地である。 山頂の街は、八角の匂いや臭豆腐の匂いなどが入り混じり、日本人には慣れない空気に満ちていた。 「なんだかんだで、皆、九份に来たのかぃ」 苦笑し、『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)はバス停に居並ぶ仲間の顔を眺めた。 「いや、キンバレイは夜に来るそうだ。昼は市内で用事があるらしい」 事前に、『究極健全ロリ』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)に夕飯を共にしてくれと頼まれていた『関帝錆君』関 狄龍(BNE002760)が頬を掻く。 「ここの中国語は、香港の中国語とかなり近い。俺は一人でも十分動けるぜ」 祖父が満州馬賊にして国民党軍の残党であり、本人も香港で悪党をやっていた関にとって、台湾は動きやすい土地のようだ。 依頼人である黄は、大勢が九份調査を望んだため、同行している。 「ところで、頼んだ服装の件はどうなったかな」 と、黄に『渡鳥』黒朱鷺 仁(BNE004261)が尋ねる。 「見てくたさい。ここ、観光地。普通の服で問題ないよ。厨房の服はさすがに用意するますよ。けと、普通に歩く。台湾らしい服とかいらないね」 依頼を突っぱねられたと受け取った、『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)は不満気に続けて尋ねる。 「あら? 私は薬屋店員を装うと思ったんだけど?」 それを聞き、黄は眉をつりあげた。 「ハァ?!」 驚くスピカに、黄は畳み掛けるように早口で詰め寄る。 「あなた、私と瀬良さんの話きいてたか? 私達、薬局関わってること誰にも悟られたくないね。なぜわざわざ薬局の格好したがるか?! 私達をマフィアに売ろうとしてるか? 私達を殺すつもりか?! どゆつもりか!」 「そ、そんなに怒らないでよ……」 ちょっと勘違いしただけなのにこんなに怒鳴られるとは、とスピカは涙目になる。 今にも殴りかからんとする黄を、まぁまぁと『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)がスピカから引き離す。 「ここで騒ぐと目立つ。無闇に周囲の視線を集めるのは薬局にとって良くないと思うがな」 「……はい……」 正論にしおしおと勢いを失う黄。 「ここで群れていても仕方がない。各自、やりたいことがあるだろう。解散しよう」 司馬の一言で、リベリスタが散開する。 「ああ、待ってくれ。夜は屋台の方へ行きたいんだが、ついてきてくれるかい?」 小烏が黄に確認し、待ち合わせ時間を決めているのを背に、司馬も『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)を伴って九份の街へと繰り出した。 黄と小烏の話が長引きそうで、同行を依頼しようとしていた『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)はオロオロしている。 「だったら一緒にいくかい。キンバレイが来るまでどのみち暇なんだ」 かわいい妹分が困っているのを見かねて声をかけた関と、まおは一緒にいくことにした。 彼らは三々五々に分かれているが、目的は同じ。 葉が天文飯店を襲うルートや侵入経路を探り、また厨房の者を魔眼で催眠にかけて潜入を有利にする下準備である。 「……静かな場所がいい。君、上のフロアは空いているか?」 司馬が尋ねる。観光地であるためか、日本語に明るい店員は数人いた。 「大変申し訳ございません。上のフロアは特別室でございまして、ご予約がない方にはご案内が出来ません」 拒否されてしまった。 「仕方ありません。それでは、今入れる場所で一番眺めのいい場所をお願いしたいのですが」 少しでも上のフロアを見ようと紫月が言う。 でしたら、と四階にまでは上がることが出来た。 「四階までぎっしり一般人のテーブルだ。中に入るとたくさんの人が巻き込まれるな」 空芯菜炒めを頬張りながら、司馬は眉をひそめる。 台湾料理は少し塩分と大蒜の味が強いが、日本人好みの味である。九份は海に近いので、シーフード料理が自慢のようだ。 「旨い」 「美味しい料理が出て良かったですね、何せあなたは舌が肥えていますし」 紫月は微笑む。そして、千里眼を使えば、どこまでも見渡せると告げた。 「最上階も、普通の中国人の一家が使っています。何も隠蔽などはされておりません」 ここまで、神秘の力を行使されているところはなかった。 ――青花会や飛鴻幇は神秘の力とは無縁の『普通の』マフィアなのかもしれない……。 司馬だけでなく、全員考えることは同じだったようで、夕食はほぼ全員が天文飯店を選択した。 同じ卓には座らないが、アクセス・ファンタズムで結果を報告しあう。 「……建物の裏手は芝生だ。戦うならそこかねえ」 関は戦闘場所として向いている場所を見つけたが、その場所まで葉を誘導する方法までは思いつかない。 「厨房から出られるゴミ捨て場も、結構戦いやすそう。でも、いつ厨房の人が出てくるかわからないし……それに、玄関からは店内を通らないと行けないわ」 スピカも侵入できそうなルートや戦闘場所を探したようだが、いいポイントはなかったらしい。 「崖からの侵入は面接着があれば出来なくはないとまおは思いました。でも、五階まで登るまでに、陽様に気づかれて逃げられてしまうともまおは思います」 九份はとにかく建物がひしめき合い、階段以外のルートが無いに近い立地だ。裏道や抜け道は狭すぎて一人が通ると幅いっぱいである。 しかも観光地として賑わっているせいで、人気のない場所も極めて少ない。 ●月曜日、台北 一人、九份ではなく台北に留まったキンバレイは、薬局の別メンバーと合流していた。 「黄、聞いた。なにしたい」 二十代の女は、白依林(パイ ジョリン)と名乗った。たどたどしい日本語に、キンバレイは不安になる。 「そうですね。せっかくなので、チャイナ服が着たいです!」 「高い。しかしいい店ある」 「え、あの」 ただで用意してくれるかと思ったら、どうにも台湾ショッピングの一環として紹介をお願いされたと思われたらしい。 「だったら、いいです」 それに現地人でチャイナ服を着ている人は見当たらない。無駄に目立つ衣装をわざわざ購入したのでは、アークの領収書も切れまい。キンバレイは普段着のままで行動することを選んだ。とはいえ、年齢の割に巨大な胸がはちきれそうな薄着だが。 「葉國柱の住んでいた家を教えて下さい」 今度はきちんとわかってもらえた。場末の廃墟に近いようなごみごみしたアパートの一室に案内された。 「……臭い」 アパートの窓やドアの立て付けが悪く、また壁にもヒビや穴が開いていて、外気が入り放題の環境。 周囲の下水処理が日本ほど発達していないからか、それとも皆が無造作に捨てているゴミが腐っているのか、はたまたウロウロしている野良犬の匂いがあがってきているのか。とにもかくにも、清潔な日本では異臭騒ぎになりそうな匂いだ。 キンバレイは鼻を摘んで、首を横に振る。 「これでは葉國柱の臭いを覚えるのは無理そうですね」 「次どする」 「軍人さんが見たいんですけど」 「……ああ、ああ!」 白はしばらく意味を考えていたようだが、急に納得したように何度も首を縦に振った。 「忠烈祠! いいとこよ! 基本、基本!」 「え、ちゃんとわかって……?」 「わかってるよ、軍人さんね! 陸・海・空軍のエリートが見れるとこよ!」 なにやらまた勘違いされていそうなのだが、キンバレイは強引に白にタクシーに乗せられ、剣潭山へと連れて行かれた。 連れて来られたのは、国民革命忠烈祠である。狭き門をくぐり、また厳しい訓練を成し得た儀仗兵が、戦没した英霊を祀る祠を守るのだが、一時間に一度儀仗兵の交代式があるのだ。 「……確かに、軍人さんですけど……」 観光客でごった返す中、キンバレイは一糸乱れぬ行進を見ながらふてくされる。 彼女は、元軍人の葉の歩き方とそのときに出す音を覚えるために、軍人が見たかったのだ。 こんな、儀仗兵の特殊な歩き方は全く参考にならない。 「……兵器とかが見たかったんですけどねえ……」 だが、このガイドでは無理そうだ。そもそも普通の観光ガイドと何も変わらない。いや、それ以下かもしれない。 薬局という組織は、何の力もない弱小グループらしい。日本で釘を差されてはいたが、痛感する羽目になってしまった。 「さっさと中華料理を堪能しましょうか。九份に連れて行ってください」 交代式が終わるなり、キンバレイは白に告げた。 キンバレイと入れ替わりに台北に戻ってきたのは、小烏である。 「与り知らぬ事情の為に邪魔されるとは、粥屋の大将も思うまい。申し訳ねぇ限りだ」 と言いながら、葉が屋台を構えていた屋台街の提灯の灯を眺める。 「先日の乱闘の件、いろいろと聞かせてもらおうか」 黄と連れ立って、まずは蒸し餃子の店を訪れた。 ●火曜日十四時、天文飯店 再び九份に戻ってきた小烏は、先日の乱闘騒ぎについての聞き込み結果を持ち込んできたが、彼らが革醒者である確証を得られるような証言はなかった。 「除は飛んだり跳ねたり、まるで翼が生えているみたいだったってぇ話から、翼が生えてたってぇ話までいろいろあってな。こりゃぁ尾ひれがついた結果、革醒していたと思われたんじゃないかとね」 小烏は首をひねる。そもそも、どうやら竹林幇と飛鴻幇の手打ちで、除は表舞台から消えたらしい。一説によれば消されたとも――。 「どこまでも噂。確証はない。最悪を見越して動くべきだな」 司馬は当初の作戦に変更はないと断言する。 異論はない。リベリスタは十四時前にそれぞれの持場へと向かう。黄は昨日台北に帰った。どうしても関与を悟られたくないらしい。 小烏が前日に魔眼でごまかしたので、まおや関、黒朱鷺とスピカが厨房へと向かう。 侵入路が確実に見つかると思い込んでいたスピカだが、無い以上はしかたがないので、他の面々と共に従業員通用口から普通に入る。 「この一手で、台湾の……どころか、世界中の情勢が動くかもと思うと、ゾワゾワするわ。慎重でかつ、大きな一手……外せないわ、絶対に」 「……世界中ってのは大げさじゃねえかな……。ぶっちゃけ、台湾の中のマフィア同士の小競り合いだぞ」 壮大なことをいうスピカに、関は少し違和感を覚えるものの、やる気になっているのだからと見て見ぬふりをした。 まおはエレベーターの前に陣取り、いつでも移動できるように構える。スピカもその横に立つ。 小烏は玄関そばの路地に入って身を潜める。強結界を発動するも、確かに散策する観光客は近寄らなくなったが、この能力は『半径二百メートルに用の無い人間は近付かなくなる』もの。天文飯店近辺で買い物をする、食事をする、仕事をする人間は明確に『用がある』ために、遮断できない。少し人通りが少なくなる程度になってしまった。 これでは熱感知による察知はかなり難しくなる。熱はどこにでもあるのだ。 司馬と紫月は天文飯店の玄関そばに陣取る。 キンバレイは向かい側の雑貨屋付近でうろうろしていた。 十四時前、天文飯店で予定通り食事をしようと陽暁丹と甘以軒が現れた。 リベリスタたちに緊張が走るが、陽暁丹も甘以軒も意に介さぬまま、入店してしまう。 「……俺の尻尾を一瞥もしないだと……?」 幻視で隠した尻尾をあからさまにマフィアの目の前で振ってみた司馬だが、全く気付かれなかったことに愕然とする。 「ふたりともE能力者ではないということでしょうか」 紫月が息を飲む。甘が革醒していないのであれば、甘が退けた除もまた一般人だったという可能性が深まる。 ならば、神秘など全く関与しないマフィア同士の小競り合いに巻き込まれた老人だけが、神秘に触れてしまった……。これは、そんな単純かつ明快な事案だったということ。 「……除が粛清されたというのも、案外本当かもな」 司馬は諦念すら滲む疲れた声音で呟いた。 アークの力を台湾で示そうと思ったが、いらぬ世話らしい。むしろ、革醒していない者には秘匿しなくてはならない。マフィアに神秘関係者が皆無なのであれば、隠密こそが任務となる。 薬局が頑なに存在を隠そうとしたのも、今なら分かる。一般人に神秘の存在を示せば、余計な混乱が台湾に渦巻くのだ。 ここでマフィアに手を出せば、ただ台湾の黒社会にいらぬ喧嘩を売るだけなのだから。それはアークにとって何のメリットもない。 こんなにも、こんなにも色々と気を回したのが、道化のようだ……。 その時、小烏の声がアクセス・ファンタズムから流れる。 「すまん、大将。本意ではないが、行かせるわけにもいかんのだ」 葉を見つけたのだ。 一同の空気が張り詰める。 紫月が千里眼で周囲を確認し、アクセス・ファンタズム越しに小烏に告げる。 「除は見当たりません。本当に来ないようです。陽たちは五階で飲食中です」 「ほんとーに、マフィア関係ないただの喧嘩ですね」 キンバレイも路地へと走っていく。 ●火曜日、九份 葉が玄関側の路地にいると聞き、厨房組は当てが外れたと悟る。 「ちっ」 関と黒朱鷺、スピカが玄関へと走りだす。魔眼の力で騒ぎにはならない。 「ジジイを殺すってのはどうにもアレだが……」 「家族を奪われる辛さは、言い様もない。復讐鬼になる気持ちも分かるが、これも仕事だ。幸い、路地から押し出せば、裏手の芝生だ。戦うにはいいだろう」 「世界が対立しなければ……爺さんのお孫さんが巻き込まれる事も、お爺さんが覚醒して、世界の暗部に消される事もなかったのに……どうして、こうなったの」 スピカはどうもマフィア映画体験と気負うあまりに少し酔っているようだ。 まおは万一のことを考えて、店内に残るらしい。 「面接着でしがみついてでも、まおは止めます」 まおの出番になるようであれば、ほぼ一般人に神秘がさらされてしまうことが確定し、事態はややこしくなるのだが。 まお以外の面々が路地に集まる。 小烏の呪印封縛によって、動きをとめられていた葉は、どやどやと集まってくる日本人に顔をしかめた。 「なぜ部外者がわしを止めるのだ」 日本語で葉は問う。 「今戦えば、無関係の人が死ぬ。お前と同じ人間を作ることは、望まないだろう」 司馬は葉の質問はあえて答えず、場所の移動を提案した。 「通してくれ。わしは、仇を討ちたいだけだ。陽と甘が死ねばそれでいい」 除は死んでしまったらしいからな、と葉は付け加える。 「なるほど、面子にこだわる中国人。一度の失敗でもはや許されなかったか」 小烏は、除が死んだ噂が本当だったと悟る。 葉がマフィアに利用されているのではないかと危惧していた者も、ようやくこの事件が力を手に入れた堅気の老人がマフィアに単身挑もうとしているだけの復讐譚だと気づいた。 除はこない! 陽も甘も革醒していない!! 関はがっかりしたように俯く。 (俺らアークとしては、神秘の力が一般人に揮われる事を防ぎたい……つまりこのジジイをぶっ殺せば目的は完遂ってか。だって現地のフィクサードなんていなかったんだからよ) 「ま、やるこた同じだ!」 気を取り直して、関は気糸を伸ばす。 「事情を鑑みれば、仕方が無いですか。とはいえ、周囲の人間を巻き込んでも良い理由にはならない。部外者ではありますが、事が大きくなる前に止めさせて貰います」 紫月がエクスィスとリンクする。 「押しこむぞ!」 黒朱鷺がサイレンサー付き銃を撃つ。 「相手は革醒したてのじーさん一人、押しこむ間に死にそうですね」 聖神の息吹を連発し、キンバレイは口元に笑いを浮かべる。 紫月の無数の火炎弾が、葉を狭い路地から広い芝生へと押し戻した。 芝生は山に続いていた。 なるほど、台北から九份までは山道だ。山に潜めば、少人数の薬局では見つけられまい。山伝いに、天文飯店の裏手に出てきたのだろう。 「逃すな!」 畳み掛けるリベリスタ。葉はナイフで応戦するものの、七対一、しかもキンバレイが延々と傷を癒している以上、勝ち目はほぼなかった。 「心配しなくても、すぐに逢えるさ――失ったものにな」 斬撃を老人に浴びせ、司馬は悲しく告げた。 「……安安」 老人は悔しげに愛娘の名を呼んだ。 「此の思いを如何とする。わしは仇一つ討てぬままに、部外者の日本人に殺されねばならぬか」 司馬に、血まみれの老人は息も絶え絶えに尋ねた。司馬は答える。 「……やりきれん話だが、な」 スピカの四つの魔法が老人を包み込み、老人は塵になって消え失せた。 「縄張り争いは好きにしろ。だが、葉のような人間をもう出すな――と、告げることも出来ずに帰らねばならんか」 黒朱鷺が少し焦げた草を見下ろし、俯く。 相手のマフィアが神秘関連ならばアークも発言権があろうが、相手は一般人だ。口を出す理由も義理もない。 終わったと聞いて、幸か不幸か出番がなかったまおは、一度も会うことすら叶わなかった葉という老人を悼んだ。 「こんな素敵な場所でこんな悲しい事件が起きて……まおはとっても悲しいです」 涙を目いっぱいに浮かべ、まおは口を引き結ぶ。その頭をゆっくり撫で、関は涙を零さぬように上を向いた。 天文飯店の五階で何も知らない陽と甘が会食を楽しんでいる様子が、滲む。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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