●手記:小満より処暑にかけて 五月二十一日、小満。 妻が楽しみにしていたというセミナーから帰ってきた。随分と遅くなった、と思ったが、理由について問いただすことはしなかった。 確か、旧友も来るのだと言っていた。話し込んで、序に呑みにでも誘われたのだろう。 あれは器量よしではあるが人付き合いが無いものと思っていた。だから私は密かに喜んでは居る。 良いことだ、非常に。 六月六日、芒種。 妻の様子が少しばかりおかしいように思える。 時折ぼんやりと外を見たり、唐突に家を開けることが少し増えた、様に思う。 私はといえば会社のプロジェクトが押している為、異常と思うに時間がかかった。 どうやら、外出も増えたらしいが、彼女からその旨が話されることはなかった。ので、なんとはなしに問いかけたが、心から知らない、というふうな表情で首を傾げていた。 では、近所で見られるようになった彼女の行動は何なのだろうか。 七月二十三日、大暑。 私は妻を疑うようになった。 彼女に外見上の変化はない。夜の営みもあからさまに減っていはいない。 彼女自身の心持ちに何一つ変化がないように思えた。 だが、彼女が常成らぬ行動をしているのは明らかだった。それについて問いかけた時の反応は、やはり『心から』だったが、前との違いはモヤがかかったような、曖昧な物言いに終始するようになった、その一点。 流石にこれはおかしい。何か怪しい出来事に巻き込まれたのではないか。 差し当たって、興信所と弁護士の手配を。急ぎすぎだろうが、遅きに失したくはない。 ……何より、妻を信じたかったのだ。 八月二十三日、処暑。 この日記は今日か一両日中には途絶えるだろう。 先だって雇った興信所からは、二日目にして連絡が途絶えた。事務所も、一週間以内に影も形も無くなってしまった。 妻は帰ってこなくなった。代わりにかかってきた電話は、脅迫などではなく 私を (以下、意味を成さない文字と言語の羅列、筆記具はペンから血文字に変化している。最下部に針一本分に匹敵する血点アリ) ●背後事情:白露から小寒にかけて 九月冒頭。 恐山に於いて『効率派でありながら下賤の極み』とまで虐げられたある男の目論見は、ひとつのアーティファクト(性格には一つの母体に対し大量の子を伴うものだが)を以て結実せんとしていた。 ……一度、アークに目論見とプランをまるごと潰されている以上、面子というものがある。 意地でも、是が非でも、成功させる、などという稚気じみた対抗心は彼にはない。だが、効率よく、最悪、彼の『プラン』だけは引き継げるようにシステム化したはずである。 以前のミスは、『ノーフェイスを処理道具として使い潰す』という不安定性を用いることだった。人件費を抑えるならもう少し考えようがあったろうに。 「いや、うん。俺も大概バカだったってこったな。上玉を作るのも大概面倒臭ェしよ、探して適当に引きずりこみゃよかったんだ。一族郎党うまいことよ。核家族なら尚いいぜ」 「まァその代わり、『エンバーマー』なんてクソ大層な名前は返上したほうがいいんじゃ無ェかって私ァ言ってるんですけどね。ノーリスクすぎて欠伸が出まさァ」 「変わらねえよ、何も変わらねえ。小娘一匹社会から『死ぬ』んだ、有効活用してやる俺が名を変えてこそこそ生きる意味があるか?」 「……そういう傲慢、ホント見習いたいっすわ」 十一月半ば。 緩やかに変わりつつある世界に於いて尚、その男は変わろうとしなかった。 性格には、もともとの実力が充分であった反面、対応力に欠けていた彼は独自に行動を開始、密かに実力をつけてはいたのだが。 それ以上に、彼の備えは堅実であり、実行は慎重だった。利益を上げるという観点に於いて、彼は非常に優秀だったと言えるだろう。 尤も、下賤であるという評価は変わりはしないし、本人もそれを受け入れている以上手がつけられない。 ……そして年も明け。 長らく掻い潜ってきた箱舟の目を欺くには、余りに平穏であった現状に、変化が訪れる。 ●男という生物の効率性、ないしは女性への依存性について 「金銭を稼ぐという行為について重要なのは『継続性』です。幾ら一発が大きい稼ぎでも、相応のリスクがある。少額でも継続できれば、相応の利益に発展させられる。ですから、相応のレベルに落とし込み、継続を主体とした彼の案は以前よりは優秀ですし」 「以前よりも数段ゲスい、と言いたいわけか」 「……大変結構です。非常に、下衆い。加えて、憎らしいまでに効率的だということです」 『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の表情は硬い。だが、一応の理性を保っていることを確認して、リベリスタは胸を撫で下ろす。 同様のケースは以前にもあった。『ノーフェイスを利用した娼館』、倫理観点で大凡容認出来ないその任務をして、彼は少女多数の編成に頭を抱え、終いにはブリーフィングルームで声を荒げる有り様だった。 だが今回は違う。より陰湿で悪質なそれに対して、彼は怒りながらも実に冷静だ。 「『エンバーマー』三辻 里仁。恐山のエージェントで、風俗関連のシノギを担当することの多い輩です。以前はノーフェイスを操り、それによって多数の世帯をまるごとしゃぶり尽くす手口を用いていました。今回は、いえ、今回『も』、似たような手口ではありますが……その原点が大きく違う。彼女たち女性は、全て一般人。アーティファクト『魂枷』を埋め込まれたことで彼の持つ母体ともいうべきアーティファクトによってその自由を奪われている形になります」 「埋め込まれた……摘出は可能なのか?」 「かなり難しいでしょうね。針型なのですが、一般生物に対して物理透過と近似する作用で貫通し、特定の操作で体内に残置可能。生命活動に影響を及ぼさない……という色々と面倒な特性を持つ上、今回のケースだと脳に埋め込まれた可能性が高い」 「じゃあ、操作してる側のを壊せば、」 「それも一時凌ぎでしょう。恐山側が用意した便利なアーティファクトが、ワンオフで放置されているわけがない。今回のケースを考えれば尚更。だから、今回に限っては」 殺すしか無いだろう。夜倉は、そう言って首を振った。 「当然ですが護衛も居ます。何かと面倒な相手ですが、感情に囚われ無理をなさらぬよう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月22日(水)22:44 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●Ambau dominado kaj libeigo 果たして、これが『定められた未来』の形だったのだろうか。 さて、ここまで歪みきった世界など誰が望んだというのだろうか。 然し、されどの仮定の論法を繰り返しても結果は変わらないだろう。目の前に積み上げられた屍をして、彼らに過ちを押し付ける愚を誰が請け負うというのか。 そこに転がる一般人が目覚めた時、果たして彼の身から血の匂いは消えるだろうか。 リベリスタ達の視界の惨劇を遡るには余りに怠惰な略説について、項を繰ることも必要だった。 恐山管轄・風俗ビルからやや距離を置き、オフロードトラック車内。 「しかし気に食いませんね、手口も思想も何もかも」 「えっ……うん、そうだね! 懲らしめなきゃだよね!」 『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)の、いっそ無感情とも取れる言葉に、『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)ははっとしたように言葉を返した。どこか気もそぞろな彼女に、しかし諭は気にも留めない。 今回のターゲットである人間とその手口を、エフェメラは十二分に理解していると聞いている。であれば、思う所も多かろう……深く考える違和感ではない。 『いや~、モテない連中のひがみが気持ちいいねえ☆ 今回はちゃんと潰さないとねぇ?』 『せいぜい、因果応報の原則を叩き込んであげましょう』 幻想纏の向こうから流れてくる声は、溌剌な『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)のものと、静かに戦意を研ぎ澄ます『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)のものだ。 彼女ら二人を含めた主幹メンバーは、諭とエフェメラの陽動を以て内部へ侵入、メインターゲットである『エンバーマー』三辻 里仁の撃破を狙う手筈となっている。それ以外の一般人、フィクサード各位の一切の生死は依頼に際し制限無きものとして処理されているが、極力生存を望むメンバーが多い。 『……相変わらず下衆な様だ』 誰の因果が報いたものか。こうして悪意を改めて目の当たりにして、『祈花の導鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の表情は険しいものだ。以前逃した手合の下衆な行動は、結果として自らが拭う必要があるのは当然である。 若干ながら、息遣いが聞こえるのは『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)のものか。以前の戦いを知る以上、相手がどのような人物で、自分たちの何がどうあってここへ至ったのかは承知の上。 密やかに膨れ上がる怒りを、抑えろとは酷な話ではないだろうか。 「正面側の入り口近くに二人、屋外にはそれ以外居ないようですかね。内部の様子を確認するには、もう少し時間が要るでしょう」 『そんじゃ中かー……音が篭ってて足音の数が多いけどまあ、何とかなるだろ。しかし、こういう場所はいいね。すげぇわくわくする』 もうじき戦闘を始めようという状況を前にして、『道化師』斎藤・和人(BNE004070)の言葉の軽さは他者からしても聞き返して仕様のない言葉だった。無論、彼の身の上を考えればそんな感想が浮かぶのは仕方のないことだ。ともすれば、彼の声から響く軽さに驚き、誰がしかの抗弁が飛んでもいいのかもしれない。だが、恐らく突入に備えた面子にそれが出来る人間は居ないだろう。その、獰猛ともとれる表情を見た以上。 『なんか偉そうでムカついたから、むしゃむしゃすることにした。……早くむしゃむしゃしよう』 「では、こちらから合図します。いきましょう」 食べても不味そうだ、というどこかズレた目標を口にした『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)にたいし、諭は当を得たりとハンドルを握る。 尤も、男女の諍い同様、犬も食わぬ男が相手な以上はなんとも言い難いのだが。 ●Ne tabuo sed evangelio 『ラウンドシューター』九杜 奏の視界は果てがない。一般的構造物や存在に左右されないそれは、射手としての射界を広げる要素として活用される術のひとつである。 故に、射手として最も効率的に……見晴らしのいい場所から警戒するのは当然といえた。 「こちらRS、EV、EG1、2、聞こえてるッスか。『お客人』です、丁重にお迎えしてやんなさい」 ビル入り口の警戒班に打ち込まれ始めた射撃を見るまでもなく、相手方がトラックを用いて攻め上がってきたことが見て取れる。 数は少なくないが、動きはしかし機械的だ。訓練を詰んだ箱舟の面々にしては射撃だけとは、個性が無さ過ぎる。 「……面倒ッスねぇ。届けば遠慮無くエンジンルーム撃ちぬいてやったのに」 そう舌打ちして踵を返した奏の表情が凶暴に歪んでいたことを知る者は居ない。 「面白みがありませんね、こちら側は手数を増やしているというのにあちらが乗ってきた気がしない」 諭がトラックの影からちらりと正面入口を見やるが、外部警備に回っていた三名以外、とりたてて警戒を強めてくるようにはとても見えなかった。 射程圏ギリギリからの爆風が数度こちらを煽ってきたところからみれば、魔術師を擁しているにはすぐに分かる。 程なくしてトラックも遮蔽として用を為さなくなるし、影人が巻き込まれればひとたまりもないのは確か。 この状況を打破しようとするなら、彼一人の力で太刀打ちするには限度がある。だが、頼りのエフェメラは突入の際の迎撃に遭い、身動きがとれないでいた。 猶予は多くは許されていない。無理に突破しても一方的な敗北はまずあり得ないが……。 「やれやれ、無理をするのは趣味ではないんですが」 そうも言ってられない。フィクサードの一人がもんどり打って倒れたタイミングを見計らい、諭は影人を伴って正面に飛び込んでいく。 突破できない相手ではない。多少痛手が増えるだろうが、四の五の言わずに結果を出さなければ、恐らくは。 「ハーイ☆ 君たち年貢の納め時だよ」 「ちわー、ガサ入れでーす。痛い目見てもらうけど我慢しろよ?」 上階のガラスをぶち破り、とらと和人の軽い声が連続して響く。廊下に身を晒していた下婢な男たちは、ある者は個室へと飛び込み、ある者は観念したように頭を垂れてへたり込んだが、寸暇をおかずして現れた警護の二人が彼らへ対し銃を、或いは長ドスを突きつける。 とらの前にはキリエが立つことで、彼女の詠唱からくる無防備を支える形をとる。和人はもとより前線に出て戦闘するタイプゆえ、彼ら程度の一般的構成員相手に足を止めるまでもない。 「みつつじりひと~、いくらモテないからって幸せな人妬んでこういう事すんのやめろよな~。卑屈すぎ、まじカッコ悪ぅい」 「テメ、舐めたクチ利いてんじゃ……」 「あーハイハイ熱くならない。暑苦しいやつから死ぬって里仁さん言ってたでしょうこのド低脳。伏せなさい」 リベリスタの猛攻が護衛二人を一瞬にして物言わぬ屍に変えるか否か、そのタイミングで響いた声には些かの冷笑の気配が感じられた。伏せろと言ったが、その前に倒れるだろう。 狭い中を乱雑に跳ねまわる業火の弾丸は、隘路に殺到した彼らには避けるのが困難だ、しかし、それはフィクサード側にも同様のことが言えるだろう……常より大きく受けたダメージは、多少耐えることに長けた部下をも落としたのだから。 「効率的ではあったでしょうが、リスクは相応だったということです。投降する気は?」 「そうやって糸をちらつかせというて、煽り上手の嬢ちゃんが逃す気ゼロなんだろう? 無駄骨折って死にたくないねェ」 「恐山とか、まじブラック企業じゃん。やめちゃいなよ~。命だってさぁ~、いくつあっても足んないよぉ~?」 「でも『バランスは絶妙だ』。アタシらでも立つ瀬があるってもんさ。アークなんてそれこそ向かない、善人ぶってやることやる位なら振り切れちまった方が楽なんでね」 レイチェルの“ Chat noir”が壁面に突き刺さり、音もなく彼女の手の元へと戻っていく。銃撃後に曲がり角を利用し、室内の反射鏡で相手の陣容を探る。それがなくとも強化された視力に於いて、状況判断は容易だろう。 遮蔽物の利用は射手の基本だ。弓をナイフに持ち替えたとて、その心得を僅かなり収めたレイチェルであれば、その動きの周到さは理解できるというものだが……それは飽くまで、『壁役』あっての動きである。 「いちこにチクるぞ。このやらう」 「……辞めてほしいねェ。犯罪と愛嬌の区別がついてないお嬢様を向こうに回すと後々のシノギが出来なくなっちまう。酸いも甘いも噛み分けた生き方じゃないと『バランスが悪い』ってこう、お上が怒るだろ?」 「九杜ちゃんさー、言ってて虚しくならない? こんなシノギやってて追い詰められて死ぬのってどうなのよ?」 「ヤだねぇ。ところで……アンタ達の本命って誰だっけ?」 いりすの接近、遮蔽物から弾き出された後の対応までは止めようがない。近接されれば、単純な戦力差において奏の勝利はほぼ無いだろう。あとワンフレーズで、とらの結界も完成する。逃げ場など無い……はず、であった。 本人がそこにいるならば。 「とらッ!」 「言いたい放題言ってんじゃねえか雌豚。だが嫌いじゃ無えぜ、そういうの」 焦りを含んだキリエの声が響く。彼女らの侵入口から現れた本命(みつつじりひと)の全く体重の乗っていない、しかし寸分の翳りもない一撃を受け止め、僅かにぐらつきながら、キリエは歯噛みした。 即座に“改造銃”を振り上げた和人と、両手剣を構えた里仁とが各々の得物をぶつけ合う。 「そろそろ、静謐の海へ渡ると良い」 「因果応報は下衆にお似合いの末路です。せいぜい後悔しなさい」 「半年より長いか。その分の因果、しっかり精算させてもらうぜェ……お前らの吠え面でなァ!」 遥紀の言葉もレイチェルの怒りをはらんだ声も、今の里仁には心底心地よいものだろう。背後の空間が歪むのも退路を断たれたのも優秀な部下が優秀なまま自分に銃を向けてくるのも、今となっては血を吐く程に心地よい。 引いた剣を突き出し、空間ごと闇に引きずり込むように虚空に振るう。 病魔の葬列を招いた剣は、しかしそれと前後して凍りつき、壁面に磔とされていた。舌打ちする猶予もない。 「っざけんな、こんなんじゃまだ面白みも無ェんだよ……!」 「……ところで、どんな悲鳴をあげるのかしら? 下種って。生きたまま喰われたら」 動きを封じられても尚、足掻く。二度三度と襲い来る攻撃の波を躱し、藻掻く。剣を振るう。だが、その足掻きすら食い千切る『善意』がある。 肩口に突き立った牙の感触に悲鳴はない。腹部を食い破られても喉奥から漏れた獣のような呼気しか聞こえない。 「罪深い亡者達が、君を腐った腕で抱き締めてくれるだろう」 「っ…………ま、し……てめ、……」 遥紀の声が、最後まで聞こえたかどうか。里仁の言葉は、最後まで通じたのかどうか。 どちらにせよ、見るも無残になった彼の亡骸は、まさに彼自身の因果でもあったといえるだろう。 「不味い」 ●Etiko de malvenko 正面入口の内側で、エフェメラが拙い呼吸を繰り返す。殆ど動かない体ながら、外での銃撃戦で倒れた護衛を野ざらしにすることの事件暴露の危険性を知っている以上、いつまでも放置できるものではない。 戦闘には携われないながら、やるべきことはやはり存在するのだ。 ガラスが割れる音も銃撃音も怒号も悲鳴も既に絶えた。逃げ出そうとするのは『男ばかりだったので』、彼女は視線を向けるのみで放置する。どうやら別途用意された階段室へと向かっている……首謀者達が死んだ今、そこを探ることで何らかの意図が掴めるのではないだろうか。 そんな思考を脳裏に、彼女は再び意識を手放した。 「で、こいつらどーすんの?」 「仕込みがあっても面倒ですよ、私は殺すべ気だと思いますが……思う所もないでしょう?」 フィクサードに対してならいざしらず、一般人、しかも操られていた道化の生殺与奪をそうそう簡単に決めることは和人にはためらわれた。 さりとて、諭の言葉も道理だ。手を伸ばす以上、それが持ちうる因果に巻き込まれる覚悟もしなければならない、ということの裏返しでも在る。 やんわりと諭の得物を手で抑えた(尤も、彼にそれを成す力はないが)キリエが、遥紀が治癒を施そうとした女性に近付く。僅かに首を振った遥紀の様子から、衰弱の回復は兎も角、アーティファクトは手出しできないことを理解した上で。 「あなたたちは『セミナー』で知り合ったんだろう? どんな内容だったのかな」 「あ……ぅ……っあ、あ゛」 びくん、と質問された女性の体が痙攣する。小刻みだったそれが次第に大きくなり、不味い、とキリエが理解する前にそれは行動を起こしていた。 全身のバネを利用して近場の一般人に飛びかかったそれは、大きく開いた口で相手の喉笛を噛み千切ろうとする。ほぼ全員が想定外の状況でしかし、いりすだけは異なる反応を示す。 「むしゃむしゃするのは小生の専売特許だ。真似しないでいただきたい」 噛み合わされた顎は女性の喉笛を噛み千切り、頸動脈へと至る。噴水のように飛び散る血の中、仰け反るように崩れ落ちた女性を前に誰一人動けない。 「……それでも」 人は強いと信じたかった。 頬に散った血を指で拭い、キリエは顔を顰め零す。 否、まだだ。まだ強いといえる筈、なのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|