●影法師 緋代 暮葉(ひのしろ・くれは)と言うフィクサードが居る。 一般には先ず名前が上がる事は無い人物であり、その声望は決して高く無い。 さにあらん。彼の生業は陰形であり、仕事人であり、世に名の上がらぬ汚れ者である。 あくまで殺しを業務と位置付けるそのストイックな生き様を賞賛する声もあれ、 けれど所詮は暗殺者。しかも日本国内には決して多く無い“大鎌”の使い手とくれば、 人はこれを敢えて評価する事はあるまい。何時の時代も戦いの花形はやはり剣である。 さて、しかし。 かつてはそれでも凄腕の始末屋としてその存在が人の口に上がる事が無かったでもない。 当時の名を――『影法師』の銘を知る者であるならば、 誰も喜んでこれと相対したいとは思わなかった筈だ。何故ならば、彼の男は強かった。 こと1対1。それも初見に限るならば――人伝に聞く限りは無敗を誇った程に。 瞬動。そう称される極意で以って男は文字通り影絵の様に社会の闇に潜み続けた。 そして、現在。彼の名が人の口に上がる事は無い。 一つの破界器と一人の人物との出逢いが彼の人生を大きく捻じ曲げてしまった。 鎌の破界器『武地ノ双神』。そして―――― ●乳狩人 「悪いが、暫く留守にする」 ノックに応えブリーフィングルームの扉を開くや、声を上げたのはコート姿の長身の男。 年の頃は30半ばと言った所か。如何にも真面目そうな容貌には何所か世を斜に構えた気配が滲む。 元、フィクサード組織『おっぱいがいっぱい団』総帥にして、ナイトメアダウンの数少ない生き残り。 現在アーク内において新米リベリスタの実技教官を務める男。『閃剣』常盤総司郎である。 「どうしたの、いきなり」 始めは彼を蛇蝎の様に忌避していた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)も、 流石に慣れのなせる業か。応じる声音は淡々とした物だ。瞬くオッドアイが先を促す。 「少し、昔の業を雪ぎにな。然程時間は取られん筈だ」 告げる男の瞳は何所か透明に澄んでいる。そんな顔をイヴはこれまで幾度も見てきていた。 それを人は、命を賭す覚悟というのだと。 「……駄目。許可出来ない」 命を終える事に未練の無い人間は、例え幾ら強くともやはり何所かで不意に死ぬ。 総司郎の表情は、まるで死地に向かう特攻兵のそれだ。 彼程の手垂れがそんな眼差しを象るには、相応の理由が有るのだろう。だからこそ―― 「命で贖える物何て無い。貴方はもうアークの一員。 貴方に運命の祝福が有る限り、私達はそう簡単に仲間を見捨てはしない」 その返答に、男が眉を寄せる。これは個人的な問題だ。 そして、その個人的な問題にアークを巻き込む訳には、いかない。 「そういう問題ではない。これは――」 「相手はフィクサード。違う?」 先じてイヴが総司郎の事情を読み切り、制す。その通りであるが故、男は二の句を告げない。 「私達の役目には敵対フィクサードの討伐が含まれる」 被せられた語彙に、悩む様に黙ったか。暫しの間を空け嘆息一つ。 「生きて戻れる保障は無い」 「生きて帰るよ。大丈夫、私達は強い」 間髪入れずの答に、両手を挙げる総司郎。それを見て、イヴの瞳だけが柔らかく笑む。 「相手は?」 「……『影法師』緋代 暮葉と、その協力者の一派だ」 その名前に、びくりとイヴの背が跳ね、見返した瞳が円を描く。 「暗殺行者の緋死路? ……『無音法師』?」 「そうだ。全員生きて帰したいなら手錬れを集めた方が良い。それと――出来るだけ、胸の無い女を」 付け足す様に続いたその言葉に……沈黙が開いた。 「……え?」 「――胸の無い、女を」 真顔で答える総司郎に、あ、また病気かな。と注がれる極寒の眼差し。 「いや、冗談ではない。というより死活問題だ。 ……昨今、奴の名前を余りに聞かないとは思わなかったか?」 その名は、アークのデータベースに存在しているにも関わらず。 フィクサードとしての彼の活動記録はつい数年前で完全に止まっている。 てっきりどこかで死んだか、国外にでも出奔したかとでも思われていたのだが…… 「奴は、かつて我々の同志だった。しかし、ある時幼い少女の膨らみかけの裸体に天啓を経てな。 巨乳滅ぶべし、乳狩るべし、世の女性達は滑らかで美しい品のある乳を纏うべし。 と我々『おっぱいがいっぱい団』の秘匿していた女性の乳房だけを正確に狩る神秘の大鎌。 “武地ノ双神(ムヂノフサガミ)”を勝手に持ち出し行方を眩ませたのだ」 ムヂノフサガミ――ムチブサノカミか。これは酷い。 「だが、漸くその所在を掴んだ。奴は強い。俺が行くしかないだろう」 「…………」 イヴさん、無言で携帯を取り出すとアドレス帳から一件のナンバーを選択。 “もしもし、エフィカさん? 今時間取れる? うん。お仕事。急いで来て” “あ、はいっ、了解しましたっ!” 連絡先は『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)。何も知らないエフィカさん良い御返事。 でもね、そういう身体的特徴を揶揄するのって、どうかなって、思うんですよ?(建前) 「……真白、何気に酷いな」 「大丈夫、私達は強い……あと、ちゃんとチームは編成しておく」 同じ台詞なのに、どうして違う意味に聞こえるんだろう。日本語って難しい。 ともあれ、かくて集められたリベリスタは色々と問題あるフィクサードの討伐に、 所々納得が行かないながらも派遣される事に相成った。 これは正史としては刻まれない、けれど確かに存在したある男達との熱い戦いの記録である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月23日(木)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●強襲、品乳党 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。 そして『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。 2人がもしも警戒を怠っていたなら、この戦いは始まりながらにして終わっていたろう。 「「――ッ!」」 両名が、声を上げる暇すら無く息を呑んだ。木陰から気配も無く滑り込んだその人影に。 それは刃であり剣戟である。一閃、瞬きを超え振るわれるは横薙ぎ。 月灯りすら乏しい闇夜を引き裂いたその軌跡を、右、下方より切り上げ。 左、やはり下方より。一刹那分遅れ踏み込みと共に胴を刺す。 されど敵も然る者。打たれた刃を力の流れるままに手を軸とし、 逆刃の柄で胴へ突き出された剣を弾く。すぐ様身を翻す白いコート。 男の髪を掠めるも髪数本と引き換えに空を斬る異形の鎌。この間――凡そ3秒。 「……御挨拶だな、緋代」 「道を外れようと腕は落ちておらんか……常盤」 攻めたは白い法服を纏う大鎌使い。凌いだは同色のコートを纏う双剣士。 呼気吐く暇も許さぬ切迫したやり取りに、けれど既知故にかその所作はまるで舞の様で。 「――切れ味のいい武器は、最近碌な使い手に会ってなかったんだが」 「また珍妙なフィクサードも居たものだな」 眼前で行われた殺陣はやらせではない。紛れも無い殺し合いだ。 その一点のみを極論するならば、緋代暮葉は紛れも無く達人だった。 何の。殺しのだ。この場に集った10名は、受付の天使を除けば十分エースと呼ばれるに足る。 しかしその彼らをして気取れぬ気配。影から滑り出る無音の奇襲。繰り出される連撃。 完全に嵌まっていたらこれだけで、1人倒れていたろう事を想起させるに異論無い。 癒し手である、『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)からすれば戦慄である。 「エフィカちゃんの護衛がいるって聞いてきたんだけど……」 趣味・嗜好は力量を左右する物ではないと言うのか。 当然の様な殺気は数々修羅場を潜った彼女をして思わず――胸元を掻き抱きたくさせるそれ。 (あんなので下手に攻撃されたら……育つ“筈”の胸も育たなくなっちゃう!) 元々血の繋がった妹の方が育っていると言う十字を架せられた罪深い身の上。 この上乳狩りの達人の呪い等受ければこれはもうNo Futureである。 思春期真っ只中でそれは残酷過ぎる。半ば諦めムードのマスコット(19)とは違うのだ。 「エフィカちゃん……生きよう。望みを捨てちゃ駄目だよ!」 「え、あっ、はい……」 スウコウナルイシなるごり押しによって巫女服+スカートと言う邪道も甚だしい格好を、 半ば強制された『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005) 正直状況に上手く付いていけていません。 「今まで何度も死にそうな目に逢って来たけど……こんなにキツい依頼は初めて」 『骸』 黄桜 魅零(BNE003845)が噛み締める様に小さく言葉を漏らす。 屍を踏み越えて戦った事すらある彼女がそんな弱音じみた言葉を漏らす事は、 稀有を通り越しかつて無い程だ。知ってか知らずか、暮葉が手を翳せばその背後。 何所から沸いたのか佇むのは大小様々な黒いシルエット。その異様に冷や汗が流れる。 だが、其処に進み出る影、2つ。 「品乳党? ふん、品位のかけた輩が名乗る物ではあるまい!」 「なだらかなおっぱいも悪くはない。けど、無くしてまで求めるものじゃない。 女子(みんな)のおっぱいは、僕が守る! ね! エフィカちゃん!」 『一人焼肉マスター』 結城“Dragon”竜一(BNE000210)の手元で、 銀皿に載せられたおっぱいプリンがふるふると揺れた。 『その手はおっぱいに届かない』御厨・夏栖斗(BNE000004)の同意を求める声に、 そっと碧翼の天使が視線を逸らす。別に哀しく無い筈なのに涙で前が見えない。 「なんだか……凄く……いや、」 切実に事態に突っ込みたいのを断腸の想いで抑える『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)と、 思わず視線を合わせるもどうもその辺は突っ込んじゃ駄目らしい。 華麗にスルーが大人の嗜み。エフィカさん一歩ずつ大人の階段を昇っております。 「リベリスタ、新城拓真」 されどそんな事情は何所吹く風と、名乗ると共に左右異なった意匠の剣を抜く。 駆け出しの未熟、蒙昧の迷いは消え、堂に入った拓真の名乗りに狐面の男が低く嗤う。 「――新城翁の、孫か……なるほど」 古きを知り長く生きる者にとって彼は未だ“達人の孫”に過ぎない。 それを解しけれど、拓真はその心中に喜びの様な物を憶える。 祖父と同じ時代を生き、今尚その業を伝える古強者。相手に取って不足は無い。 「緋代 暮葉、お前達の野望は今日まで限りだ」 「ほざけ、若造が」 元より多弁の輩ではあるまい。暮葉が大鎌を構え、品乳党が其々武器を携える。 これ以上の御託は蛇足に過ぎる。結局の所、武に生き死にを持ち出す者が真逆器用な筈も無し。 「さて、遊ぼうか。と言っても……貧乳以外は目に入れたくないか?」 嘲笑混じりに放たれる閃光。爆ぜる様なそれと対比するかのように。 黒い男達は密やかに、慎ましやかに、言葉も無く忍び寄る。 それはあたかも――丘隆無き胸元を己が様で体現するかの如く。 ●丘無き荒野に血風舞う 「趣味趣向を兎や角言うつもりは無いが……」 踏み込んだのは拓真。類稀な精度を誇るユーヌの閃光弾は見事に品乳党を崩している。 身動きが取れず足掻く者達の合間を縫って、その視線は黒尽くめの男達を辿る。 しかしここで難が生まれる。初手でユーヌが品乳党を制圧してしまったが為に、 相手は未だ動いていない。詰まる所、誰が癒し手か分からないのだ。 止む無く躊躇い混じりに近場に居た呪符遣いを抑え込む。 「その志で、俺達を倒せるとは思わん事だ!」 「胸に拘りも無く男を名乗るか……笑止!」 どうも六道のお姫様は育ち過ぎだったらしき男が二ヤリと口元を歪める。 その手から放たれるは動きを禁じる陰陽の結界――極縛陣。 「皆違って皆良い。そんな個々の美に差をつけるなんておかしいよ!」 結ばれた禁呪を間一髪避け、魅零が放つ漆黒の霧。 闇色の四面体が術者を閉ざすと七重の苦痛が染め上げる。問題はそれ以外の面々だ。 相手もその殆どがユーヌの閃光で動きが止まっているが、 陰陽の捕縛結界はこれはこれでリベリスタの半数を絡め取っている。 例外はユーヌ、魅零と――それに、おっぱいのBustlineを駆け抜ける漢のみ。 「小さい胸が好き、というのは構わない。個人の嗜好は自由だ」 対した黒服は盾を携えていた。フルフラットに平面なその側面に拳を打ち付け悠里は語る。 語らぬ訳にはいかないのだ。彼も男である以上。 「だけど、大きな胸を貶めて! それに飽き足らないで自分好みの胸にしようなんて許されない!」 拳の打点より冷気が駆ける。瞬く間に凍て付いて行く盾を手に、 けれど対する男は其処から手を離す事無くじっと悠里の瞳を見返す。そして、言った。 「おのれ、リア充め……ッ!」 怨嗟。煮詰めきった泥の様なその声に思わず拳を引く。 そうだ。彼が胸について語る時、その脳裏に何も描かれなかったかと言えば嘘になる。 それは男の性であろうが、しかしそれは持てる物の傲慢と言う物だ。イケメン無罪。 「貴様に決して望みに手の届かぬ者の気持ちが分かるか! 好みの娘に近付けば通報され、ちら見するだけで悲鳴を上げられる人間の哀しみを考えた事があるか! なら誰もが慎ましき胸になれば良い! 誰も見られている等と考えられぬ程に――ッ!」 熱く迸るパトスと共に振るわれる鉄槌。実力差が有る以上そんな物を真っ正直に受けはしない。 しかしその劣情たるやどうだ。人はここまで堕ちる事が出来ると言うのか。 「ふざけんなっ!」 言葉を挟むは遅延の結界で足掻く、おっぱいの地獄を知る一人の男。 彼は誰より知っている。胸無き者の悲嘆。胸有るが故の悩み。それ故道を誤った者達を。 「おっぱいはだそれだけで最高だ! 誰にも手出しはさせない! おっぱいってのはなぁ! てめぇらが自由にしていいもんじゃねぇんだよ!」 その手はおっぱいには届かなかった。故に知る、それは魂からのおっぱい讃歌。 それが勘に障ったか、黒服達の一部が夏栖斗を切り刻む。 しかし倒れない。倒れられる筈が無い。今彼は、世界中のおっぱいを背負っているのだ。 その身は正しく、おっぱいを護る無敵要塞。 「――然り」 そして、そんな若さ故の叫びに白いコートの双剣士が後を継ぐ。 「故に誰かによって造られた品乳など、紛い物に過ぎない!」 強く、強く、『閃剣』と。或いは『おっぱいがいっぱい団代表』と呼ばれた男が頷く。 自然が一番とは一つの真理であるが故に―― 「……なんでこう、腕の立つ武人ほど妙な方向に走るんだろうな」 男性陣が無意味に熱過ぎてまるで付いていけてない女性陣代表。 杏樹が黒兎の魔銃を回し射線を引く。動きの止まった人間等、彼女にとっては的に過ぎない。 「全く大きいだの小さいだの。一度“説教”が必要か」 蜂の散弾。ばら撒かれた射線は品乳党にきっかり1発ずつ撃ち込まれる。 「何ていうかロリコンさんは、成敗していいんでしょ?」 それに続くはエフィカと並んである種の安全圏に存在するアリステアである。 どうもこの両名敵に分類されて居ないのか、誰が庇わずとも品乳党は寄って来ない。 「あの、アリステアさん、目がこわ」 「え? 何か言った? スタイルを勝手に変えようなんて、許しちゃダメだよね!」 「そ、そうですねっ! 駄目ですねっ!」 しかし世の中には指摘されないはされないで傷つく事も有ったりする。 解き放たれた審判の光はこれでもかと麻痺した黒服達と打ち据えるも、 その際アリステアの表情は逆光になって良く見えなかった(マスコット談)と言う。 しかしその最中に在ってすら、暮葉は見逃す事は無かった。その確かな膨らみを。 「例えそうであったとしても――我らに駄乳との共存は有り得ん」 「しまっ――!」 対する『閃剣』を、まるで亡霊か何かの如く擦り抜け、『乳狩人』が動く。 片足で一気に距離を稼ぐその独特な歩法。“瞬動”は動きの兆を決して気取らせない。 その、ある種異様な光景を目の当たりにし、悠里がその動きを瞳に焼き付ける傍ら。 距離を詰められた側の杏樹は目を丸くする他無い。 思わず盾を構え身を退こうとするも――技巧に長ける杏樹であれ避けられる精度ではない。 「――――成敗」 破界器『武地ノ双神』が通った後、その因果律に『巨乳』の二文字の居場所無し。 ●緋ノ狂刃 「杏樹たんの、おっぱいが……!」 衝撃を受け竜一の声が震える。彼にとって冒涜的な光景が其処には広がっていた。 豊かだったシスター服。その内実を今擬音語で評するならば、ぺたーんすとーんだ。 胸の奥から煮え滾る様な怒りが沸く。それを無理に抑えようと眼前の黒服を力一杯斬り跳ばす。 「……ここにゃ二刀流使いが揃ってる」 けれど駄目だ。これだけは見逃せない。それは“起きてはいけない”出来事だった。 「綺麗にやられたきゃ『閃剣』に、恥を晒したくなきゃタクマに身をさらしな」 彼はいつだって請けた仕事には全力を尽くす。後悔せぬ様、心が軋まぬ様に。 それは優しさ故である。眼前で行われる悪逆非道を、看過出来ぬ故である。 そんな自分の未熟な部分を、彼は享楽主義の仮面で覆い隠す。けれど――けれどだ。 「お前らはやっちゃなら無い事をやった。行儀が悪いからな……俺の『説教』は荒っぽいぞ」 逆手の銀皿をそっと幻想纏いに仕舞うと、両手に刃を携える。 義憤に猛る、おっぱいマイスターの姿が其処には在った。 「――っ」 影人を繰るユーヌが悔しげに奥歯を噛む。召喚術は原則として展開に時間を要する。 召喚直後の被召喚対象は前後不覚も同然だ。世界にその存在が適合するまでは動けない。 2手番も誰も庇わなかったならば、杏樹が狙われる事はもう半ば確定だ。 「杏樹、大丈夫か?」 「いや、ああ。まあ……外傷とかは、まるで無いんだが」 違和感しか無いのだろう。異様に軽くなった胸元に、身体のバランスすらおかしい気がする。 しかし、事実としてダメージは無い。確かに刃が食い込んだと思った服すら無傷。 では果たしてその呪いは何を斬ったのか。けれど、何時までもそこに拘っていられない。 未だ白い法師は残っているのだ。その視線は間違いも無く『普通の少女』を捕えている。 「!」 その事にショックを受ける魅零。 まさか、自分だけがエフィカやアリステア側だとは。 胸が痛い、苦しい。けれど、けれど。今はこう言わなければならないのだ。 「拓真君、行って! ここは任せて!」 再び印を結ぼうとしたインヤンマスターに、愛用の刀を叩き込む。 持つ者が居て、持たざる者が居る。そんな事は分かっていた筈なのに。 「愚かな……我ら品入党を貧乳が止めよう等と!」 「う、うるさいっ! 長い時間をかけて育んだものを! 私には持ってないものを! 壊させる訳にはいかない、壊させないっ! 私は、貴方達の敵だ!」 「それが無為な憧憬であると、我々が証明しようと言うのだ! それが何故分からん!」 事実、魅零だって見た目だけならユーヌと大差無い。寄せて上げているのだ。 その努力は何の為に。決まっている。出来れば大きな胸が欲しかったから。 けれど違うのだ。そうじゃないのだ。そんな事をしても―― 「有る物を無かった事にしても虚しいだけだって何で分からないのよっ! そして私は何でこんな事をカミングアウトしてるのよ! 女として即死じゃないッ!」 研ぎ澄まされた闇の剣は相対した陰陽師を叩き斬る。代価に多くの物を失いながら。 「くっ、せめて、最後は平たい胸に抱かれて……」 だが、品乳党も無駄にドラマチックにしぶとい。その矛先が遂にアリステアに向けられる。 何せこの場に於いては唯一の純正中学生。死なば諸共の執念か。 「えっ、い、いたいことするの……? やだよ?」 うるる、とした眼差しでつい先程審判の光をぶっ放していた天使がか細く見上げるも、 それで矛先が鈍ったりは、勿論するに決まっている。 うぐ、と動きを止めた所に突き刺さるエフィカさん謹製、星屑破壊光線。 「子供に虐待駄目、ゼッタイっ!」 エフィカさんとの約束である。 「行け、拓真! 足止めは請け負った。この境界線は超えさせない!」 インヤンマスター倒れた事で、戦いの趨勢は半ば決していた。 悠里の拳が幾度目か。盾の男に突き刺さり、これが遂に崩れ落ちる。 「気合入れろよ! これ以上、こんな悲劇を生み出しちゃいけない!」 残るレイザータクトを夏栖斗の蹴りが封じると、その股の間に突き刺さる銀の銃弾。 「お返しとは言わないが、小さいのがいいんだろう?」 うっすら笑んだ杏樹の呟きに、主に男性陣が竦み上がる。 最後に立つは狐仮面の男。その歩みは未だ誰にも止められない。 そしてこの場に未だ“駄乳”が存在する以上、彼にもまた、退路はない。ならば。 「見せつけてやれ、タクマ。お前の力を! 敵どもに! そして閃剣に!」 「――――ああ」 誰よりも、悩んでばかりの剣士が居た。 己を正義と称する事が出来ず、理想を言葉にする事から逃げ続けて来た青年が居た。 自らの恩師を護ることが出来ず、その記憶にすら一度は背を向けていた男が居た。 けれど、彼は屍山血河の果て、仲間を経て、挫折を経て、今こうして。 その両手には、戦う為の剣を握っている。 「来るか、新城の孫」 対するは異形の大鎌を携えた影法師。しかし、恐れは無い。迷いは無い。 誰が為の力か。今ならば答えは容易い。その力は――己が信を貫く為に。 「誠の双剣――罷り通る!」 奏でられた戟音は一つ。剣士と法師がすれ違う。 その大鎌は手元で円を描き、男は影人を伴った少女の眼前まで一息で駆け抜ける。 だが、恋人だけは絶対に護ろうと心に決めた竜一からすら制止の言葉は無い。 「その双剣は、双丘にも勝る。あいつこそが、Oppayer's Edgeだ」 かつんと。割れた仮面。戦いは静かに終わりを告げる。 ●得た者、無くした者 「風邪引くよ」 「良いの、いっそ殺して……」 境内の隅で三角座りする魅零に、そっと上着を掛ける悠里。 そんな2人を余所に、拓真がどこか怒った眼差しを『閃剣』へと向ける。 「……二度も同じ事を繰り返す事が無くて、ほっとした」 かつて、自らが師と仰いだ人間がどうなったか。それを知ればこそ。 「しけたツラしてんじゃねえよ。僕らは仲間だ。一人で溜め込むなよ!」 続く夏栖斗の言葉に、総司郎は二重の意味で苦く笑む。彼の業は続いている。 しかし何時か。いずれ、その全てを預ける時が来るかもしれない事を。 「そうだな、腕を上げた」 返る賞賛の言は、奇を衒う事無く響く。 「ところで、これ壊していいよね? 百害あって一利なしだよね?」 「壊せば治るのか、これ」 にこにこと微笑を湛えるアリステアと、困惑の表情で自らの胸元を触る杏樹。 その結末は恐らく、時間だけが答えてくれるだろう。 ここに品乳党は誅され、だが世に悪党の絶えた試し無し。 しかし例え新たな乳狩人が現れたとて彼が唯一人で相対す事はもうあるまい。 孤独な戦いは、この日確かに終わりを告げたのだから。 ああ、全てのおっぱいを愛する者に幸有れ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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