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塩基配列決定装置×恒常性<ホメオスタシス>。

●ワタシの一番美しかったとき
 なんということだろう。

 彼女は息を切らして走る。柔らかな雪の降る街を、彼女は走っていく。
 すれ違う『異形なるモノたち』が彼女を怪訝に覗き込む。
「やめて!」
 やめて、やめて、やめて!
 喉の奥から血の味が上ってくる。体が熱い。
 だけれど心は冷え切っている。
 恐怖に怯えている。

 どうしてこうなったのだろう。

 何処にも逃げ場は無い。彼女の深層は、彼女の内の一人は、極めて冷静にその結論を弾きだしていた。
 怪物が、自分を囲んでいる。悍ましいそれが、自分を包んでいる。
 お父さんは、お母さんは、友人は、消失してしまった。今までの全てが夢であったかのように。

 代わりに現れた『彼ら』が、自分を追い詰めていく。

 大きな衝撃と、音。彼女は何かに衝突して、盛大に倒れこんだ。
 何時の間にか街を抜けて公園。街灯がじじと点滅。彼女を見下ろす人間大の物体。
 腰が抜けた。立ち上がれない。それは人間の服を着ている。靴を履いている。
 だけれど、其の凸凹な表面が、壊死した細胞の様な気味の悪い色味が、一般的には顔面に相当する部分に一つだけ大きく装飾された眼球が、何もかもがおかしい。
 異臭が鼻腔の奥を刺激する。それは『現実ではなく』、『現実であった』。
 そんな異臭は存在しない。神経機能の異常が見せる幻影。だからこその彼女だけの現実。
 それの手は手では無くて、どろどろとした何かだった。それが彼女へと向けられた。短い悲鳴。
 
 やめて。
 殺さないで。
 誰か助けて。

 悲しくも無いのに涙が溢れた。歯ががちがちと音を立てて、手が震えた。
「は―――、あ、れ」
 目の前の『怪物』が倒れている。紫色の体液を垂れ流して横たわっている。
 上手く呼吸が出来ない。浅い呼吸と深い呼吸がアンバランスに繰り返される。
 自分の真黒な腕が、白い吐息越しに見える。
「―――ああ」
 助かった。
 傍を、猫が鳴いて走って行った。

●ブリーフィング
「現実は何時だって現実では無い。そこに『編集』が介入して、造られた憧憬を私たちは見せられている。それは何時だって私たちの『前提』だったのだけれど、きっといつか人はそれを忘れてしまう」
『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声に、リベリスタは怪訝そうな顔をした。
「敵性エリューションから女の子を護る、っていう単純な依頼に、そんな小難しい前振りは必要なのか?」
「貴方はそう『解釈』する。それは常識的で賢明な判断でしょう」
 モニターに映し出されたスライドが切り換わる。そこには一つのトマトが映し出されていた。
「私が見ているトマトは、貴方が見ているトマトと同じかしら?」
 リベリスタの顔は、ますます困惑に満ちていく。
「生命を感じさせる美しい紅色……、甘味、そして酸味……、このトマトは、私の現実? それとも貴方の現実?」
「それは……同じだろう。そこに在るんだから」
「呼吸により内鼻に運ばれていった有機化合物分子は、鼻の粘膜にある受容体に結合する。無数の嗅覚神経終末は、外界情報収集のために、粘膜内を延びる。受け取られた信号は軸索を伝わり、脳の嗅球へと繋がっている。自己組織化メカニズムにより軸索は軸索束を形成して、嗅球へと投射する。香りが軸束策を無数に形成して、受け取られた情報は脳の諸部位によって判断される。匂いの特徴は眼窩前頭皮質で分類されて、匂いの強度は扁桃体で認知される」
「……何の話だ?」
「『匂いの話』よ。次は視覚の話をしましょうか?」
 リベリスタのうんざりした表情に「冗談よ」というイヴの無感情な声が響いた。
「貴方は、被害者の女性と、加害者の敵性エリューション、という状況を幻視したようだけれど」
 トマトのスライドが切り換わる。
「それは間違いよ。これはね、加害者の女性覚醒者と、被害者の一般市民、という状況なの」
 その言葉に、リベリスタは首を捻った。
「ますます、分からなくなった」
「この加害者の女性には、世界が『そう見えている』の。彼女には、周りの人々が怖ろしい怪物に見えている。彼女は、自分を襲う怪物と戦っている。だけれどそれは、彼女だけの現実。その恐怖の中、彼女は覚醒し、フェイトを得てしまった。彼女は無自覚に、人を殺す」
「それは……」
「一般市民に被害を与えていて、かつ、それが一般市民の秩序内で対処出来ない以上は、私たちが処理するしかない。最大多数の最大幸福を掴み取るしかない。……それが例え藁であったとしても」
 イヴの表情に、感情は無い。
「技術班の見解によると、彼女のその症状は、埋め込まれたアーティファクトに依る部分が多いようね。もちろん引き金自体は彼女の遺伝子に因る、彼女自身の本質的なものだけれど、それを増幅させているのは間違いないわ。ただし、何か形にある物体が彼女の体内に在って、それを破壊すれば彼女が救われるのかというと、そう簡単な話でも無い。それはむしろ血となり肉となり、彼女と一体化している。アーティファクトのみを破壊することは出来ない。何故彼女の体内にそんなものがあるのか、詳しい理由は分からないけれど」
「つまり、彼女を止めるには、捕縛するか、殺めるか。どちらか、ということか」
「当然、彼女に説得という手法は有効ではないでしょうね。むしろ、彼女を刺激してしまうかもしれない。私たちの言葉と、彼女の言葉はきっと異ってしまっている。必然、貴方の言うとおりでしょう。だけれど」
 リベリスタが先を促す。
「アーティファクトの破壊という観点から論じるのならば、彼女を殺害する方が手っ取り早いわね。だって、彼女が『アーク』に保護されたとして、その後どうなるのか、ある程度分かるでしょう?」
「……なるほど」
 アーティファクトに侵された女性の末路。そこには希望と絶望が絶妙な平衡関係で両立している。
 そしてその選択権を、リベリスタたちが有していることになる。
「どちらが現実だと思う?」
 不意にイヴが訊ねた。
「彼女の見ている現実、私たちの見ている現実。『怪物』は彼女? それとも、私たち?」
 一体誰がそれを規定するのかしら。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:いかるが  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年01月16日(木)23:26
いかるが、です。宜しくお願い致します。

●作戦現場状況
・夜間、5階建ての廃墟ビル。
 ・3階から4階への階段が崩壊していて、実質、1階から3階までが作戦現場になります。
・満月の夜、月明かりが廃墟内に差し込んでいて、ライト無しにある程度は内部が見渡せます。
・廃墟ビル内の何処かに後述する『新喜多』が潜んでいます。

●敵状況
・『新喜多』(しぎた)
 ・女性、ジーニアス、覚醒者、フェイト有。
 ・見た目二十代の若い女性です。
 ・後述するアーティファクトの影響で、いくつかスキルを行使します。
 ・新喜多には、一般的な風景が、悍ましいものに映っています。
  ・リベリスタたちの姿も、様々な怪物のように認識されます。
  ・「超幻影」、「超幻視」などのスキルも無効化されます。
 ・新喜多を撃破すると、アーティファクトも同時に消滅します。
 ・新喜多を捕縛すると、『アーク』技術部に移管され、研究素体になります。

以下、敵(『新喜多』)能力について。
「(EX)■■■■」(A召神、召還)
 ・様々な『怪物』様の物体を召還させます。リベリスタを襲います。
 ・数値面では、フェーズ1~2の敵性エリューション程度です。
 ・一度の召還で10体程度召還されます。ある程度数は増減します。
「××××」(A神遠単、リジェネ、石化)
「▲▲▲▲」(A神近域、リジェネ、石化)
「●●●●」(A神遠域付、呪縛、追:ダメ0)

●要約
・夜間、廃墟ビル内に潜む女性『新喜多』(しぎた)を探し出し、撃破あるいは捕縛する。

●作戦成功条件
・『新喜多』を撃破あるいは捕縛する。

皆様のご参加、心よりお待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
アウトサイドホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
ノワールオルールスターサジタリー
天城・櫻霞(BNE000469)
ハイジーニアススターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ジーニアスマグメイガス
首藤・存人(BNE003547)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
メタルフレームダークナイト
亜汐 柚利(BNE004709)

●例え世界が朽ち果てても。
 冷たい混凝土で出来た灰色の地面にガラスの破片が散らばっている。
<新喜多はそうと認識した。>
 その散らばったガラスの破片がむくむくと形を変えた。
<新喜多はそうと認識した。>
 身を捩るような不愉快な動きの果てに、その破片一つ一つがまるで肌色の蛇の様に成って、蠢いた。
<新喜多はそうと認識した。>
 いずれその『蛇=ガラスの破片』は私に飛びついてくる。……ほら、飛びついてきた。
<新喜多はそうと認識した。>
 予告なしに匂う悪臭。ゴミが腐乱したというよりは、もっと生物的な。或いは人間的な。
<新喜多はそうと認識した。>
 窓から差し込む心臓の光は暗紫色で不気味だ。陽の落ちた孤独な空で、虚しく鼓動する心臓。
<新喜多はそうと認識した。>
「■■■■」
 新喜多が口にする言葉は独特な発音で、如何なる言語にも属さない。けれどそれは、突然に、そして明瞭に彼女の中に浮かんだ文言。その時だけは、自分がまだ人間なのだと言い訳できる至福の時間。
<新喜多はそうと認識した。>
 眼前には彼女がどれだけ乞うても得られなかった現実。差し伸べられる手に安堵し彼女は立ち上がる。
<新喜多はそうと認識した。>


 薄気味悪い廃墟。人を狂わす真ん丸い月の妖しい光が、不釣合いにそのガラクタを輝かす。静かで、不気味だ。この先に『幸福』の欠片が落ちていそう、だなんて類の希望の一切を握り潰す不吉な夜が充満している。リベリスタたちは、否が応にも訪れる後味の悪い結末をその瞼の裏に幻視した。無論、だからといって、それが彼・彼女らの表面上に姿を現すことは無かったし、心の最深部は揺るがず定まっていた。

『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)、『蒼茨想哀』亜汐 柚利(BNE004709)の四名は、彼女を殺して救うと。

『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)、『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)、『視感視眼』首藤・存人(BNE003547)、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の四名は、彼女を生かして救うと。

 両者の判断は対極に位置するにも関わらず、その本質は同一のものだった。丁度半分に分かたれたこの比は、或いは一般的に拡張しても良いかもしれない。人間の奥底に沈む善悪の概念は、そこに相対的な位置取りを与えない限り、即ち、絶対的な位置取りを取る場合には、それを一貫した果てにしか獲得することのできない稀有な性質であるし、きっとそういうものなのであろう。とにかく言えることは、この度の加害者、そして被害者である新喜多という女性を、憎しみの果てに殺してやろうなどというリベリスタは、ここには一人も居なかった、ということである。方法は違えど、思いの強さは違えど、その果てには穢された魂の浄化を求めた。
 その冷たい地面を踏み込む。新喜多の捜索は、廃墟一階から丁寧に、虱潰しに。彼女に無駄な刺激を与えないように注意し、注意しない。見つければ殺すし、殺さない。リベリスタたちが手にする、彼女の生殺与奪の権利。いや、それは生殺与奪の義務と言った方が良いのだろうか。仕事を請け負った手前、リベリスタは彼女を殺す、殺さないの選択をしなければならない。いや、やはりそれは権利と言った方が適切であろう。リベリスタたちには、この仕事を受けない自由がある。選択から逃れるという『選択』がある。

 目を背けたいのなら、背ければ良い。誰もその行為を咎めることは出来ない。
 逃げ出したいのなら、逃げれば良い。誰もその行為を咎めることは出来ない。

 八名で散開しつつ仄暗い空間を抜けていく。前方を進む義衛郎の姿は飄々としていて、視線は涼やかだ。彼は今回の判断に己の客観的な基準だけを引いた。認識している現実がどうだろうと、他者と共存できてる内は問題無い。そしてその線だけで言えば、義衛郎と新喜多は共に異物だった。だから結果だけが違う。だから、殺すしかない。
 廃墟内は広々としていた。絶望的に不穏な闇を纏わせながら、空間だけが異様に広い。点在する柱も、小部屋も、全てが非現実的だった。そこにネガティブな感情の残滓を探す柚利の表情は、あまり冴えない。そこには綺麗で純粋な、濾過された後の清浄な記憶しかない。新喜多が感じていたであろう恐怖、悲しみ、憎しみ、その残り香はここには無かった。櫻子と櫻霞の二人が、少し離れて首を振った。存人の千里眼も、その結果を肯定する。
 残るのは三分の二。急激に敵の密度が濃くなる。存人は朽ちた混凝土の隅を、階段の一段一段を、視線から逃れるように眺めた。異常な静けさに、耳が痛い、と感じた。
 やけに映える深紅の修道服が暗闇を切り裂いていく。海依音の足取りは静かで確かだ。神を崇め、神を殺すことを誓った彼女の中には、やはり救われなかった自分と彼女をどこかで重ねている。それが神の気紛れだというのなら、やはり貴方は赦せない。そしてそれが、もしも何者かの意図的な結果だというのなら、同様に赦せない。一人の女性の恒常性を穢した代償は極めて重い。
 地獄の中に追い遣ったとしても、彼女は生かす。救われなかった女の子と、救われ得る女の子を天秤に掛けて。その朱い背が折り返すように続いた階段を上がりきった。
 海依音に続くように二階へと足を進んだまおはゆっくりと周囲を眺めた。そこも基本的には一階と同じ構造を有していた。だだっ広い空間と、柱と、二三の小さな部屋が、逆さまになってまおの目に映った。罅割れた窓硝子からは気持ちの悪い月光が差し込んでいる。
 まおは廃墟へと侵入してから、一切の言葉を発していない。それは彼女の持つ際限ない優しさの発露だった。
 生かすにしても殺すにしても、これから自分たちは一人の女性の生を蹂躙する。それは彼女と同じ論理だ。少なくとも彼女の現実の内では。壊されたから壊す。壊したから壊す。新喜多だって、自分たちと同じように防御しただけに過ぎない。『怪物』と呼ばれ『怪物』と戦いつつ『怪物』に蹂躙される彼女を、見世物とされ『怪物』扱いされたかつての自分が見つめていた。

 その場には不釣合いな猫の着ぐるみがとことこと横切っていく。九十九なりの配慮は、新喜多を生かして救うための一手だった。きっと彼女は行き着くところに行き着いてしまっている。そこには凶悪なまでの失望しかなく、彼女の患部は真面に機能していないだろう。崩壊した虚構の中で、彼女に通じる言葉があるのか、想いがあるのか、はっきりとはしない。だからせめて、少しでも落ち着いて、話の一つでも出来たら、それはもう最高の結果だった。そんな簡単な事が理想になるほど、最悪の状況だった。
 慎重に、そして大胆に。二階の探索も順調に進んでいく。櫻霞の眼にはやはり何も映らない。
 無機質な足音だけが残響して彩った。灰色の世界は、たった数メートル上に居る女性の存在をリベリスタたちに強く感じさせた。薄汚い世界の果てで、独り震え、戦っている彼女が、そこに居る。
 各々が自然と戦闘態勢に入った。密度は更に濃くなる。ねっとりした気味悪さが、正反対に澄んだ空気に混じって肺を満たした。
 初手は、九十九に委ねられている。最初の手番だけは、彼女を生かすために消費される。
 だから、そこで彼女と話し合えないのなら、殺すも生かすも、最後に彼女を手に掛けるリベリスタの自由だ。どちらの選択も、同じくらいに尊い。

 ―――せめて最後は自分の手で。
 自分勝手な帰結なのだから。どうか自分に罪を背負わせて欲しい。
 自分勝手な最後なのだから。責めるのなら自分を責めて欲しい。
 自分勝手な終極なのだから。この手で殺させて/生かさせて欲しい。


 響いたのは、この世のものとは思えない異様な声。
 きっと言語じゃない。きっと音楽じゃない。だけれどそれはきちんと彼女のものだった。

 新喜多の目に映る八体の怪物。悍ましい化物。体中から木々を生やし枝を生やし、その足は肉塊となった地面と一体化しながらずるずると動き回り、巨大な一つ目が空中を浮遊する、悪夢。

 廃墟の三階。だだっ広い部屋の隅に座り込んだ新喜多。彼女を囲むように立つ、十体の怪物。

 この現実の中で、新喜多にとってはきっとその十体の怪物は怪物では無い。
 この現実の中で、リベリスタにとってはその十一体の怪物は排除すべき怪物である。
 義衛郎の業物がするりと抜かれるのと召喚された怪物が襲い掛かるのは同時だった。前方を行く彼が戦闘に入るのと同時に、前衛として動く海依音と柚利も応戦に入った。
 そしてこの時、柚利の中ではまた一つ嫌な仮定だけが支持された。リベリスタを見た時と、この怪物と共に居た新喜多の、その様子の大きな差異を。柚利は新喜多を殺めたい訳では無かったが、もしも自分がその役目を果たすのであれば、彼女を殺すつもりだった。そしてその理由がまた一つ増えた。この怪物が、昨日までの両親や友人の様な人なのか、少なくとも彼女にとって怪物に見えていないのであれば、完全に世界と袂を分かつ事と変わり無い。
 目の前の物を、己を、愛する誰かの言葉を。
(……何1つ信じられない事こそ、恐怖でしょうか)
 新喜多の叫び声を背に、怪物はリベリスタたちへと一目散に向かった。それらは人の様で人でない。どろどろと溶けた表面は、あらゆるパーツを不明瞭にしているが、骨格だけは人間そのものであった。地面に四つん這いとなり恐ろしい速さで迫ってくることさえなければ、あるいはまだマネキンのように思えたかもしれないが。

 一瞬で乱戦となった。前衛が一人頭二体の怪物を相手取っても四体が余る計算で、後衛の援護攻撃がすぐさま展開される。櫻子への射線を遮るかのようなさり気無い立ち位置から櫻霞が熾烈な一斉掃射を行えば、存人は自らの血液を代償とした凄絶な黒鎖を放った。
(ただ呼ばれただけの有象無象が……!)
 それらの攻撃の間隙を縫って、九十九は新喜多の思考へと直接語りかける。身を震わすその女性に。彼女が怪物を召喚してしまっている以上、出来るだけ静かに済ませ動揺を抑えるという前提は断たれた。
 これはヒトの言葉では無い。可能性はある。九十九がまずは自らの説明を始め、
「――――」
 新喜多は、耳を塞いだ。
 まおはその様子を認めた。
 逆さまな世界の中で、まおは一歩、そして一歩、新喜多の方へと近づいた。
(……まおは、本当に化け物になっちゃったのでしょうか)
 泣いている少女。そこに居るのは、新喜多なのか、まおなのか。
 遠目に眺めていた櫻子はやっぱり、と思った。
 
『怪物』は『怪物』らしく、最後まで『怪物』であるべきだから。


 新喜多にとって、耐え難い光景だった。
 九十九のテレパスが、新喜多の中でノイズへと変換されて、彼女は頭を振る。
『■■■■』とだけ唱えれば、それで良かった。それだけで、新喜多はあの頃の自分に戻れた。その間だけは大切な人達が彼女を囲んで、微笑んでくれた。「ああ、私はやっぱり、まだ狂っていない」と、そう思えた。次第に崩壊していく虚構の中で、唯一、彼女を規定してくれる存在だった。
 そんな大事な存在が。
 目の前で、悍ましい化物に、蹂躙されている。
 折角取り戻した私の現実を、また奪われている。
「やめて!」
 新喜多は叫んだ。
 心から叫んだ。
 けれど彼女は知っていた。その叫びは化物どもには通じないことを。通じなかったことを。
「ああ……っ!」
 空間にポカンと浮かぶ口腔が、大切な人を咀嚼していく。
 地面を這いずり回る眼球が、大切な人を包んでいく。
 自身を撒き散らす肉塊が、大切な人を溶かしていく。
 
 だから、やっぱり倒すしかない。
 与えられた力で。その怪物を。
 なけなしの勇気を奮って。


 海依音の目に、新喜多が立ち上がるのが見えた。内心で溜め息を吐く。
 彼女にはもう何も通じない。通じ合おうとすればするほど、ワタシとカノジョの溝は深まっていく。
 ヤマアラシのジレンマは、互いを傷つけつつも最適な距離を求める寓話だ。だけれど今回は違う。
 海依音の黒く塗りつぶされた杖が爛れた怪物を弾き返す。新喜多の周囲には更に十体の怪物が召喚されていた。このままでは切が無い。
 一層集中する。根底に流れるのはやはり憎しみの感情だった。
<貴方は、まだこの世界で生きていたいの?>
 そんな自明な問さえ出来ない最悪の状況。最適な距離なんて、最早存在しない。
 九十九が後衛位置へと下がるのと同時に、海依音の集中が臨界に達する。
 閃光。

 俺は人道主義者じゃないし、死ぬならば仕方ない。
 けれど在人は、死をもって与えられる救いというものを信じない。
 自らの体を捧げた攻撃が召喚された怪物を襲うたびに、新喜多の顔が歪むのが分かった。彼女の敵意に満ちた目は、同じく怪物を屠らんとする目だ。
 彼女を此処で殺したいと、俺は思わない。
「××××」
 ぬらりと怪物が朽ち果て、体液を撒き散らす、その倒れ際。その向こうに、口ずさむ新喜多の姿が目に入る。決してヒトには理解できない呪詛を呟く姿が。

 櫻子の導く高位の風が、リベリスタたちを癒していく。
 櫻霞と九十九の後方援護を受けて、義衛郎が怪物を切り刻んだ。二人とも、手練れの射撃手である。義衛郎に一切の心配が無かった。
 右上段からの袈裟斬り、持ち手を逆さまに変えての斬り上げ、その勢いのまま横一閃。
 神速の剣戟がフェーズ2相当の怪物を一方的に斬り刻む。表情に迷いはない。
 その脇をまおが通り抜け、新喜多へと肉薄する。
「――――」
 悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 新喜多の腕が振られる。みし、とまおの体が軋んだ。現実を壊すために手に入れた、新喜多の虚構の力。
 だがまお相手ではそれも分が悪かった。彼女にはその攻撃特性は付加価値を持たない。
 これまで壊してきた『怪物』のように、上手くはいかない。
 反対に、ぎちりと。新喜多の体躯が、一瞬で気糸に締め上げられる。
「――――」
 呻き声。
 櫻霞から放たれる最高精度の弾丸が、新喜多の脇腹を打ち抜く。
「―――■、■■■、■」
 新喜多を囲むようにした現れる七体の虚構。まおがその攻撃を真面に受ける直前、柚利の鎌が代わりにそれを受けた。
 鎌越しの交差。これが、今の彼女にとって掛け替えのない救いなのだとしたら。
(―――もう、このような事が無くなればいいのですけど)
 柚利のカバーを受けて、まおも一旦気糸を下げることを考える。新喜多を攻めるとしても、真横に怪物が居ては都合が悪かった。
 そのまま気糸による締め付けを解除しようとしたとき、傍の怪物を一つの刃が斬った。
 ばしゃと音を立てて、その体液が義衛郎の顔を濡らす。
「――――」
 苦し紛れに●●●●と放った新喜多の攻撃に、そのまま義衛郎の刃が止まる。
 それを認めたまおが再度新喜多を締め付けるのと同時に、櫻霞の銃口が淡く光り輝いた。
「ちょっと、待って―――」
 修道服が靡く。その紅い影に追いすがる、櫻子の細い手。
 目と目が合う。生かせと殺せと、視線が交差する。
 殺させてあげて欲しいと願う瞳と。
 殺させはしないと願う瞳が。
 
 次の瞬間、耳を劈く虚構の声が響いた。


「嫌だ! 死にたくない!」
 焼け爛れた叫び声。救済を渇望する、一人の女性。目から零れる体液を気にも留めずに、現実を乞う悲鳴。生きたいと願う、異形の女性。それでも現実に固執するのなら、殺し続けざるを得ない叫喚。
 生きたいと願うことが罪であるのなら。
 汚い叫泣きは、力強く美しい。その振動には生きたいという原始的で単一的な純粋な感情しか乗っていない。そして純粋すぎる美しさは、現実に生きる人間の鼓膜を殴る。


 動けなかった。それは、新喜多の最後の呪詛だった。
 動けた。彼はその呪詛を受け止めた。
 ―――どう思われようと、どう罵られようと。
 まおに縛り付けられた新喜多は、すとんと落ちた。
 海依音はその表情を見た。
 泣いていた。


 殺されたくないから、殺す。
 其処に行き着いた以上は両者の痛み分け。此方はそれを売って、彼方はそれを売る。質量保存もエネルギー保存も違わない等価交換の末に、一つの死体と八つの人殺しが出来上がって、等号で結ぶ。同値変形はそうやって終焉を迎えて、最終結論。
 等式変形である以上は、問と結論はあくまでも同値。
 現実も虚構も、死の前では一切が無意味だった。

「―――それもまた、現実ってやつですな」

 その後、新喜多の遺体は『アーク』作戦部から研究部へと移管された。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。

 その意志の強さは別として、新喜多を生かすか殺すか、見事半々に分かれました。
挑戦的なOPを出した以上は、結論を出さなければいけない、というのが今回のリプレイです。
 皆様のプレイングは素晴らしく、奇麗でした。
 そして皆様がお分かりの通り、『どちら』の選択も、等しく価値あるものです。その『どちら』かを全うするためのあらゆる努力が、リプレイ内でどのような扱いを受けるのかに関係せず、美しいものでした。
 重ねてになりますが、皆様のキャラクター性溢れるプレイング、素敵でした。

参加いただいたリベリスタ皆様が楽しんで頂けること願っております。
『塩基配列決定装置×恒常性<ホメオスタシス>。』へのご参加有難うございました。