●ブリーフィング10分前 「私もね、こんな身形をしているけれど、芸術に対する理解もあるの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がいちごラテを啜りながら言った。 ブリーフィング十分前。イヴと二人のアーク職員が、これから開かれるブリーフィングの準備をしている真っ最中だった。立ち込める甘い、作り物感溢れるイチゴの匂いが鼻を擽る。美味しそう。羨ましい。傍に居たアーク男性職員のそんな視線をイヴは咄嗟に感じて「あげないわよ、これ」「いや、欲しいも何も言ってないし」等という極めて低い水準の会話が繰り広げられた。 「私もたまにストレス解消で訪れている美術館があるのだけれど」 同席する女性職員がイヴの話に乗っかる。彼女もいちごラテの入ったカップを手にしている。男性職員はイヴからそちらへと目線を移した。 「ストレス解消。どうした? お兄さんに相談してみな?」 「大抵は貴方の尻拭いに起因しているわ、だから遠慮しておく」 「ちょっとそれは聞き捨てならないな!」 まずはその甘ったるい鼻腔を刺激する官能的な匂いの飲み物を置け、話はそれからだ。そんな男の言葉に女は心底うんざりした表情でカップを置いた。駄目だこの男は、いちごラテに正常な思考を奪われている。 「ちょっと待って。一応、これから、ブリーフィングが始まるのよ。いちごラテが魅力的なのは同感なのだけれど、仕事が一向に進まないわ」 「ならば、俺の分のいちごラテを用意してくれ。話はそこからだ」 「何を言っているの。これは私の私物よ。コーヒーでも淹れるから、それで我慢して頂戴」 そう言って女性職員がブリーフィングルームを出ようとするのを、男性職員は制止した。 「コーヒーなんか苦いもの飲めるか、俺は甘党なんだ。天下のアークがいちごラテ一つ用意できないとはどういう了見か。俺たちは命を張っていちごラテを飲んでいるんだ。一杯のいちごラテの為に剣を振うリベリスタたちを、最前線でサポートしているんだ。そんな俺たちに、いちごラテ一杯すら用意してもらえないのか。世界ってのは、そんなに残酷なものなのか」 「ちょっと、そんな重い話にしないでよ」 「じゃあいちごラテをメニューに追加してくれよ」 「分かったから、取り敢えず準備を先に進めるわよ」 「いや、分かってない。ちゃんと明言してくれ。ブリーフィングメニューにいちごラテを追加する、と」 「……え、貴方まだその話引っ張るつもりなの?」 「ほらやっぱり有耶無耶にするつもりだった! 俺はもう騙されないぞ! いちごラテを追加しろ!」 女のげっそりとした顔が一瞬イヴに向けられ、事務作業を行っていた彼女は「これ終わったら申請しとくから」と頷いた。 「それで、美術館がね」 「取り急ぎいちごラテまで」 「業務メールの文末みたいな表現はやめて頂戴。分かった、分かったから」 そう言って、一旦出て行った女性職員がその匂いたつ甘さを纏って入室するまでの間、二人残されたイヴと男性職員の間には何とも言えない空気が充満していた。 「バナナラテは?」 「あんなもの蛇道よ」 「なんだと、それはちょっと見逃せないぞ」 再度ゴングが慣れされた左ジャブの打ち合いがあって、ようやく話が本筋へ戻る。 「私はバナナラテなんてもの認めないけれど、まあ、その美術館がね」 「おい、お前も相当話引っ張ってるよ」 「あらそう。気がつかなかったわ。ご指摘有難う」 女がつーんとそっぽを向く。 「……ちょっともう時間も押してきたし、簡単に作戦内容を話すと」 これまで黙って資料を整理していたイヴの口元がカップから離れ、二人の職員のカップが彼らの口元へと運ばれる。 「今、国立美術館では男性が女装、あるいは女性が男装すると入場料無料キャンペーンをやっているらしいわ。それで、今回はその美術館に飾られている三枚の絵を、リベリスタたちに回収してきてもらう。回収というのは、つまりその絵画がアーティファクトであるということね。だから、女装なり男装なりして、そのアーティファクトの回収をお願いする、という流れね」 「よくわからない話と、よくわかる話と、よくわからない話が、まるでフェロセンのようなサンドイッチ構造を取っていて、すごく感想が言い難い。それ、アークの力で国立美術館を閉鎖なりして回収したら良くないか? 女装する意味はあるのか?」 「特別展示の真っ最中に、突然閉館するのは違和感があるでしょう。というよりも、実はどの絵がアーティファクトなのか、良くわかっていないの。『見たら分かる』というのが技術班の意見だそうだけれど、それは『見られているとき』にだけ『そう』らしいの。つまり、『観客が居て、貴方たちが居る』。という環境設定が重要らしいわ。だから敢えて、普通の客として内部に侵入して、出来るだけ神秘を秘匿しつつも、処理してもらうことになる」 「成るほど。その特性は理解した。で、女装は?」 「経費削減よ」 「嘘だ! アークが一々入場料を払ってるわけが無い!」 「経費削減よ」 「……あ、あの」 「経費削減よ。……『面倒くさい』と思わされた時点で、『貴方の負け』だわ」 ふふとイヴが笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月10日(金)23:52 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●「私たちは皆、女装および男装をしています」 眉目麗しい、六名の男女である。 流し目が常軌を逸する程の妖艶な色香を放ちながら、長い黒髪を揺らす『美男子』から、柔らかそうな栗色の髪をツーサイドアップに纏め、眩しい程に無邪気な笑顔を振るう『美少女』まで。 通り過ぎていく比較的落ち着いた層の観覧客たちも、男女関係なく、一瞬その集団に目を取られ、見蕩れてしまう。そんな視線を、ある者は悠々と軽く受け流し、ある者は大変に居心地が悪そうに避けた。 受付で『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が六名分の入場券を申し込む。キリエは黒のスキニーパンツに上は濃い目の青を基調として所々に暖色系の糸が織り込まれたニットカットソーチュニックを、その下に着た白いシャツを隠すようにふわりと着こなしている。少し高めの身長が羽織っているチュニックを引き立て、細身の体がスキニーパンツに良く合う。美男にも美女にも見える中性的な美に、そしてその後ろの五人にも視線を移すと、受付嬢は正規料金をキリエに求めた。 「私たちは皆、女装および男装をしています」 と返したキリエであったが、しかし、直ぐには信じて貰えない程の域に達していた。『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)と『特急撫子』観月・鼎(BNE004847)に関しては、その、比較的判り易い、客観的、かつ、物的な証拠が、否が応にも如何とし難く、その後直ぐに許可が下りたものの、その他の四名のリベリスタについては中々許可が下りなかった。 「まあ、基本的には、自己申告制となっておりますので……」 という半ば諦めたかのような受付嬢の声を受けながら、結局は全員が無料入場を勝ち取った。 「自己申告というのなら、最初からすんなりと入れればいいものを」 クリスが火の点いていない煙草を咥えながら不満げに言った。美術館内に入り、物販スペースを通り抜けてしまえば当然の如く禁煙となる。クリスはさり気無さを装いつつも、きょろきょろと灰皿を探す。暫しの別れを惜しんで、吸い溜めをしておかないとダメだ。 「まあ、それだけ完成度が高かったってことだね。良い事か悪い事かは分からないけれど」 キリエが苦笑しながらそう返すと、『超合金コントラバス』福澤 千円(BNE004572)も「そうだよ」と首肯する。 「経費削減って悪い事ばっかじゃないんだなあ。いや、新年早々、棚から牡丹餅だね」 眼福、眼福。そう言って千円は口を歪めた。……美少女と化した千円の顔が。 ●そのかなり前。 「男の娘メイクだから、そんなにゴテゴテさせない。色も基本はカラーレスで、メイクは目元を中心に」 キリエの指示と、そしてそれを手伝う『エゴ・パワー』毒島・桃次郎(BNE004394)の顔は悪戯をするかの様に何処か愉しげで、対照的に、前髪を上げて留められた千円の表情には不安しか浮かんでいなかった。横で千円を見守る如月・真人(BNE003358)の方を、恨めしそうに見遣る。 「そんな顔しないの。如月さんは元から良いから、そこまでしなくて良いけど、福澤さんはそうもいかないでしょー」 「……あはは」 桃次郎の言葉に真人は恥ずかしそうに頬を掻いて、更にその後ろで面白い見世物を観覧する観客に扮したクリスと鼎がくすりと笑った。 「瞼にフェイスパウダーを―――これは『下地』だね―――を乗せてから、アイシャドウを伸ばす」 普段から自然と化粧に縁深い桃次郎が手際良くキリエのサポートをしていく。「ファンデーション使わない代わりに、フェイスパウダー無いとアイシャドウがちゃんと伸びないんだよ」と千円の耳元でアドバイスするオプション付きだ。 「薄い色を中心に、ブラシで暈しながら重ねて……、そのままだとちょっとキツイ所にはチップで更に暈す」 千円の閉じられた瞼にブラシが走っていく。桃次郎とキリエの手際は極めて良好だ。 「さて、それじゃあ次はリキッドアイライナーを塗ろう。ああ、でももし『自分でやりたくなったら』、ペンシルタイプの方が良いよ。ちょっと難しいからね」 キリエが目頭と目尻の両地点からアイライナーをひいていく。クリスが感嘆の息を漏らした。 「いや、自分では、ちょっとやらないかな……ははは」 「案外、はまっちゃうかもね?」 桃次郎の煽りに、千円はただ苦笑だけを返した。 「あとはピーラーで睫毛を丸めて、マスカラを塗って」 仕上げに、とばかりに、千円の唇にナチュラルなオレンジ系統のリップに、グロスをカバーさせる。 「誰が得するんでしょう、この画は……」 「やめてくれよ、悲しくなるから」 真人の苦笑交じりの言葉に、しかし、実際には殆ど美少女と言っても良いくらいの顔が出来た千円が目を閉じながら答えた。 「最後にウィッグもいっちゃおうか……、どれが良いかな?」 キリエの提案に桃次郎、クリス、鼎そして真人までが入り混じって、これがいいあれがいいと喧々囂々、千円のウィッグ選びに興が乗る。 「え、ちょ、そこまでするの?!」 千円のウィッグが肩口程までのブラウンのショートに決まって、桃次郎にセーラー服を着せさせられる時には、彼も抵抗を止めていた。彼が客観的に見てもかなりの眼鏡美少女学生に仕上がった自分を見て、案外複雑な胸中に至るのはまた少し後の話。 ●美少女と化した千円が「眼福、眼福」と言っていた箇所に戻ります。 「あちらに喫煙所があるそうですよ」 鼎が透明のガラスで隔離された小さな箱を指差した。釣られるように視線を泳がせたクリスもそこに焦点が合うと「おお、あそこにあったか。助かった。ちょっと一服してくるから、待っててくれないか」とだけ言って、そそくさと煙燻る楽園へと向かって行った。 鼎もクリスも、この度は男装を強いられている。黒のタイトなパンツに白いシャツ、赤の細身のネクタイに青いジャケットを来たクリス。彼女を今しがた見送った鼎は、その艶やかでさらさらと長く綺麗な黒い髪を後ろで一本に縛り、クリスと同様にグレーのタイトなパンツ、白のワイシャツに黒のメンズベストを着こなしている。両名とも女性としてはトップレベルの容姿であることから、男装も大変に様になっている。しかしながら、同時に両名を苦しめたのもそのトップレベルの体型であり、豊満な身体を男装に押し込める努力が費用体効果に見合っているかというと、評価は厳しい所だが、鼎に至ってはさらしを巻いてぎゅうと押し込めて苦しさに耐えている。素晴らしいプロ根性と言って良いだろう。 クリスが一服を終えて戻ってきて。 作戦開始。 ●真人と桃次郎、素体から女装に恵まれた二人の班。 「これは……、社会的フェイト使用、かな?」 真人は居心地悪そうに苦笑した。自分の状況をかなり悲観的に見た真人の自己評価であったが、しかし、それが如何に艶美な仕草なのか、彼が十分に理解しているとは言い難いであろう。 ロングの黒髪ウィッグをつけて、白いマキシ丈のワンピース。「肩幅が出ちゃうと一気に男っぽくなっちゃうから」という桃次郎のアドバイスを受けて、そのワンピースの上にふんわりとしたブルーのシフォンブラウスを羽織っている。元の素材の良さも相まって、完璧な女装に仕上がっている。 「だーいじょうぶだって! どっからどーみても女の子だから」 それは大丈夫と言うでしょうか、とやはり苦笑する真人だったが、その目に映るのはそれこそ『完璧』な女装男子、もとい、桃次郎の姿である。 少し濃い目のピンクを基調に、赤、白、金と色取り取りの独特な柄が刺繍された振袖に、黒を基調とした帯。年齢相応な無邪気さと、年齢不相応な艶美さが同居した危険な美だった。女性では示すことの出来ない男性特有の肉の削ぎ落とされた細い体躯が、和装の美しさをより際立たせている辺り、桃次郎の技術の高さを良く伺い知ることが出来る。ただし、新年二日目という『日の利』に乗じていなければ、流石に浮き過ぎる格好ではあったが。 「僕はあんまり芸術に詳しくないんですよね……」 真人がそう呟くと、桃次郎は「同感」と頷いた。 二人が歩いているのは、長方形の一室。壁沿いに展示された絵画を一つ一つ眺めて回る。 「正直、僕もこーいう真っ当な美術品って良くわかんないんだよね」 この美術館は、その展示については絵画を主とし、特に西洋絵画が多く飾られている。西洋絵画が飾られているということは、その多くは宗教画であることを意味し、件の神に纏わる神話をモチーフにした絵画がずらりと並んでいる。更に進んだところには、宗教画を脱した、現代に至るまでのやや新しい西洋近代絵画が展示されている。 絵画、水彩素描、版画、彫刻、工芸品など、全て合わせると、その収蔵作品はおよそ五千品弱にまで及ぶ。 美術館の作り自体も、一種の『作品』と言って良い。凡そ五千平方メートル弱とも言われる展示面積を有するこの美術館は、かの有名な、エントランスにガラス製のピラミッドが設置されている件の美術館の設計者を招いて造られている。美術館設計に意欲的なフランス最高水準の建築家に依るこの建物は、凡そ五十本に及ぶコンクリート製円柱―――ピロティ―――に支えられて、悠然と歴史を物語る。 見ないと判断できない以上、真面目に見るしか無い。その中で、お気にいりの一品なんかに出会えたら上出来だ。桃次郎はそんなことを考えながら、真人と共にてくてくと展示スペースを進んでいく。 「あ」 と短く声を上げたのは真人だった。 桃次郎の方はと言うと、やっぱりというか、詰まらない宗教画にはある程度見飽きてしまって、貸出されている絵画の説明アナウンスを耳に当てていた。何の変哲も無い、槍を持った老人の絵。皺一本をも見逃さない克明な描写によるレアリスム、洗練された光の取入れから幾何学性を際立たせる画面構成力。この老人は、遠くインドの地で異教の徒に槍で刺されたキリストの使徒の槍を持っており、『不遜』を象徴している。その猜疑心に満ちた老人の姿を、対角線構図の中に見事書き出した―――。そこまで解説されてしまうと、うん、なんだか凄い一枚に見えてくる不思議。 とんとんと真人に肩を叩かれて、別の絵に視線を移す。桃次郎もようやく彼の『意図』が理解できた。 ―――ああ、これは『違う』。 ●クリスと鼎、素体からして男装には恵まれない二人の班。 展示スペース『だけ』で五千平方メートルもあるのだから、その全体的な広さは相当のモノになる。 そんな広範囲を効率よく捜索するため。真人・桃次郎の班と分かれて行動する、クリスと鼎の二人。 この二名は、やや頻繁にトイレへと向かった。だから、この二人でペアというのはある意味、両人にとって好都合だった。その実際的な理由についての明言はここでは避けるものの、お互いがお互い、その苦しみが良く分かった。ああ、なんと窮屈なのだろうか! 展示されている絵画も、雰囲気としては、鼎にとって身近にある存在だった。今では飛び出してしまったかつての実家にも、多くの美術品が飾られていたからだ。しかし、目利きができる訳でもないし、日常には無い刺激をその肌で、脳で感じることが出来た。 展示スペースは、近現代へと差し掛かる境界。神話を元にした非日常と、身近な風景を写実的に描く日常が、ゆったりと拡散し、混ざり合うハザマ。バランス良い絵を好む鼎にとっては好ましいスペースだった。 ぽつぽつと椅子に座って暇をしている係員にクリスが記憶操作を掛けていく。彼らの殆どは、その退屈な仕事にうんざりしていたものだから、効果は抜群であった。そそくさとトイレに駆け込みスタッフの服装に着替えると、例の部分が少し楽になってほっとする。鼎の少し不満そうな視線に「これは作戦遂行上必要な措置だから、悪いな、相棒」と口の端を吊り上げて言った。 外に留めてあるキリエの車までは、少し距離がある。まあしかし、電光石火で行こう。二人の思惑通りか、すぐに『その絵』は目に留まった。 「これは……」 思わず零れた鼎の独り言に、クリスは無言で頷いた。なるほど、『見たら分かる』とは言い得て妙である。 黒の外套に身を包んだ、薄暗い室内に立つ、恰幅の良い男性の絵。 的確な個性の把握、幾分か理想化されている優雅なモデルの姿勢や衣装の表現、色彩は、しかし、極めて地味である。縦二百センチ、横百二十センチほどの巨大な油彩。別班である桃次郎が使用していたのと同じ、貸出用説明アナウンスには、何故か説明が収録されていないその絵画。そんな些細な違和感は、クリスと鼎には真実『些細』なことだった。大きな違和感は『見れば分かる』。二人は一瞬、共にその絵に釘付けになった。 「―――いけない」 クリスの言葉に、鼎は、はっと焦点を戻した。 E能力者であるが故の『認知』……、そしてそれ故に『発現』するアーティファクトの神秘性。 鼎は再度じいと絵画を見つめる。揺らぐ視界。ふるふると頭を横に振って、戻る視界。 まあ、見破ってしまえば、という話。 「さっさと回収してしまいましょうか」 ●キリエと千円、メイクする者とされる者の二人の班。 そもそも、入館料なんていうのは高が知れていて、女装男装に掛かる経費の方が遥かに大きいのだから、最初から『経費削減』なんていうのは『彼女ら』なりの気遣いだったのだろう。 真人と桃次郎、クリスと鼎の班からの通信で、絵画アーティファクトの内、既に二枚が回収されていて、また、『魅了』に類する効果を持つことがキリエと千円には知らされていた。千円が周囲を和ませながらもコントラバスを弾くという凶行の内に、キリエは、素早く脱いだ服にその絵を包んで、美術館を飛び出した。これで三枚。作戦完了だ。 千円が楽しみにしていたその三枚目の絵画は、やはり地味な、気の難しそうな男性の肖像画。古代の哲学者たちの肖像画は、各々の教説や性格に従ってどれだけ絶妙に描き分けられているのかを見て楽しむ、当時の人文主義者たちの嗜好に応えたものが殆どである。この絵は違う。伝統に従った図像学のルールから解放され、賢人と言えども理想化をせず、実在のモデルをありのままの姿で力強く克明に描いたその絵。―――やはり説明アナウンスの欠落した、その絵。 それが誰かに描かれてアーティファクトとなったのか、それとも、最初からそういうアーティファクトなのか……、それはこの場では知り得ぬことではあったが、キリエも千円も、何となしに満足だった。微々たるとはいえ、『崩界』を進めるアーティファクトを見てそんな気持ちになるのもなんだかおかしいが、一歩、芸術への理解に近づいた証しなのかもしれない。 「ライブ感がひしひし伝わってくるよ」 変わった表現だったが、これにはキリエも黙って頷かざるを得なかった。 換言すれば、キリエが感じていたことも、同じことだったから。 ●『一杯の完璧な紅茶の入れ方』。 こうして、そのどれもが地味なおじさまを描いた、けれどリベリスタたちの心を確かに揺さぶった三枚一組の絵画アーティファクト『求めよ、されば与えられん』は回収され、無事にリベリスタたちの作戦は終わった。 ●束の間の休息。 一息ついた六人は、全員で美術館を出て、最後に写真を撮った。集合写真を。 リベリスタとしては、全くと言って『らしくない』。けれど、こんな仮装パーティのようなメンバーで作戦に臨むことも、まあ、きっと暫くは無いであろうし、たまには良いか、という済し崩し的なものであって、やっぱり千円の下心がちょっとだけ見え透いていて、けれど恐らくこの中で最もこの写真のせいでダメージを受けるのもやっぱり千円であって、とにかくそういうことだった。 夢みたいに気楽な作戦はこれで終わり。明日からは―――或いはこの数時間後には―――血で血を洗う戦場に赴いているのかもしれない。『どちら』が夢であって欲しいか……、きっとその答えはリベリスタによって異なるのであろう。 人間の目の前には無数の選択肢が横たわっている。多すぎる選択肢は彼らの目を曇らせ、合理的な最善手を掴みとれなくなってしまう、らしい。けれどそれは逆だ。 先に結果が有って、選択肢が在るのではない。選択肢を選んだ後に、結果が出来る。 多すぎる選択肢は、大いに結構。悩んで悩んで、最後は一握りの運に身を任せて、その選択肢を選べば良い。 そのあとで、選択肢の結果を正解に変えていけばいい。何時だってリベリスタたちの目の前には、無数の正解が転がっている筈なのだから。 思い出は形に残らないが、写真には残る。写真嫌いな人にはちょっと我慢してもらおう。 十年後、この写真を見て、ああ、こんなにも真剣に馬鹿やってたんだな、と笑えたら、それは最高に幸せな『結果』だと思うから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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