●俺とお前が山の中で それは油断だったのだろうか。 良い天気だからと仲の良い後輩を誘い、何度も足を運んだことのあるお気に入りのハイキングコースに出向いたのが数時間前。準備も万端だった筈である。 自然はなめてかかっていいものではないのだ、それを知っているからこそ夏と言えど防寒具を用意した。 後輩にもしっかり準備させた。冷えてきた頃にはしっかり着込んだ。 なのに目的地につくころには冷え込みは既に耐え切れない程になっていた。 それで漸く危機感を覚え、帰ろうとすれど焦りのあまりか道を間違えたらしい。 「遭難したんだよな俺ら」 「しましたね」 油断はあっただろう。しかしそれよりも良く見知ったはずの場所でよもや自分が、といったプライドの問題の気がしていた。 それで踵を返すタイミングを誤ったのだ。巻き込んでしまった後輩にはいくら謝っても足りない。 「すまん」 寒さに歯を鳴らしながらやっとのことで告げる。 「先輩……あっ! 寝たら駄目です! この寒さで寝たら死にますよ!」 「本当にすまない……俺はもうここまでのようだ……がくり」 「がくりって! 口で言う余裕があるなら起きてくださいよー! ってあれ?」 「なんだどうした」 「氷……山? 俺ら、いつの間に南極に来たんでしょう?」 ●夏ですし? ブリーフィングルームには当たり前の様にクーラーがついている。勿論稼働だってしている。 建物外部の熱気から逃れてきたリベリスタ達のオアシスがここにある。 「毎日暑いから、丁度いいと思う。とある山奥の滝壺周辺に氷のエリューションが出現する。涼めるよ。」 そのオアシスの中央、一番良く風が当たるところで『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は淡々と告げた。 「詳細は?」 問いかける熱心な一部リベリスタは彼女の席に対し身を乗り出す勢いである。 繰り返す。熱心だからである。決してクーラーの風の恩恵を受けようとしている訳ではない。 「対象はエリューション・エレメント、フェーズは2。滝壺周辺にたむろしてるわ。ハイキングコースの奥にあるのだけど、いわゆる『穴場』で……周囲に一般人が訪れるのはまだ大分先。人目は気にしないで大丈夫。」 そんなリベリスタ達を尻目にイヴがキーボードを鳴らすと、スクリーンには現場となる場所への道筋やエリューションの風体等の情報が次々と現れた。 「一体一体はそんなに強くない。明確な作戦をとってくるでもないし、攻撃だって氷のつぶてを飛ばしてくるくらいで威力も大したことないし、熱には弱いし、ね」 ただし、と彼女は付け加える。 「一筋縄でいくってわけでもないわ。注意点も上げていくから覚えておいて。」 そして曰く。 一つ、その数10体。多い。 一つ、かなり大きな氷の塊であるが故に、持久力に優れている。 一つ、とにかく寒くて冷たい。 「寒くて冷たい?」 思わず反芻したリベリスタにイヴは頷く。 「多くのエリューションが同じ場所に集まっているせいもあって、極寒といっていい状況。しかもすぐ傍には水源がある。もし足を滑らせて水でもかぶれば最悪なことになるわ。……そのあたりはしっかり防寒対策でもしていけばなんとかなるかもしれないけど、相手の攻撃も直撃すると凍る。」 「それって涼むっていうよりも……」 呟きながら少しずつ風の当たらない位置にずれていくリベリスタを半眼で眺め、イヴは再度キーボードに手をかざす。 「滝壺近くだから、きっとマイナスイオンも沢山浴びれる」 「マイナスイオンて」 「色々言ったけど、万が一に備えての注意喚起にすぎないわ。皆ならそんなに手こずったりはしないと思う。」 上がる声も意に介さず、数回キーを押して浮かんでいたファイルを閉じた。 そして目を閉じる。それは明らかな対話終了の姿勢だった。 「それじゃいってらっしゃい、風邪には気をつけて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月04日(木)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●ゲームスタート! 夏によく行われるレジャーの一つに、川辺でのキャンプやバーベキューがある。 仲間や家族と自然の中で涼みながら過ごす日は大概、楽しく綺麗な思い出として残るに違いない。 本日の天気――頭上には抜けるような深い青と眩しいくらいの白、夏の空。まさにそんなレジャーにうってつけだ。 だが指定された場所に辿りついたリベリスタ達の表情は、程度こそ違えどたった一つの感想を示している。 「ここが現場かっ! なるほど寒い!」 それを『剣姫』イセリア・イシュター(BNE002683)の放った一声が代弁した。 眼前にはひしめき合う大きな氷の塊、そして周囲にはそれらが生み出した冷気。 寒いのだ。事前に説明された通りの極寒である。周囲の木々の葉も、枯れる間もなかったのか青々としたまま氷を纏って垂れ下がっていた。 「日本は最近四季の境がなくなってきているとは聞いたが、ここまでとは」 首元のマフラーを直しつつ、『悪手』泰和・黒狼(BNE002746)も呟く。 途中までなら涼しい、過ごしやすいと喜ぶこともできたが歩みを進めれば進めるほど低下していった気温の最終レベルが今この状況だ。 『漢たる者魂を燃やせばその様な物に負けぬ』と語る『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)以外は各々防寒対策も行っていたが、麓で散々味わった茹だるような暑さとの落差たるや凄まじく、『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)に至っては眼前の滝に勝るも劣らぬ勢いで鼻水を垂らしている始末である。 しかもその鼻水、外気に触れれば冷たさを受けて凍る。 「おいルカ凄いことになってるぞ」 思わず入る『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)のツッコミも頷けるというもの。 返事の代わりにくしゃみを連発する横、 「凍死するぜよ、動いて体温めんとマジでヤバイぜよ」 もふもふの毛並みに重ねて防寒着を着込んだ坂東・仁太(BNE002354)も身震いして言う。 「さっさと倒しましょう……」 「削って削って、ちょうどいいサイズにしてかき氷にでもするっスよ」 それぞれの得物を構えて『幻惑剣華人形』リンシード・フラックス(BNE002684)と『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が同意すれば、他の仲間達もそれに倣った。 が、誰もまだそれぞれの立ち位置からは動かない。 なぜならば―― 「ん、それじゃリル、タイム、よろしく」 「了解っス」 今回はエリューション討伐の依頼であると同時に、試合なのだ。 「それじゃあいくっスよ! よーい……」 腰の位置を落とすもの、武器を構えるもの、スキルの発動に備えるもの。 みなが目指すは討伐対象。撃破数こそが勝敗を判定する。 高まる緊張、張り詰める空気、誰もが今だと感じた一点、その瞬間。 「ドン!」 リルの声を引き金に、リベリスタ達は弾丸の様に飛び出していった。 ●ゴーゴーゴー! 何より先に集中力やギアを高め参戦準備を進める仲間たちの横をすり抜け、まず頭ひとつ飛び出したのは当のリルである。 氷山の程良く固まる場所、その中心に突っ込むと、最善とは言えない足場を物ともせず舞うように手にしたクローを振るう。 「!」 感情の見て取れぬ対象にも驚愕という感覚はあるのかそれとも反射か。 リルを中心に、波紋を広げるように距離を取ろうと動く氷山達。 だが質量のある自らを動かすのも難しいのか避けきれないものも無論おり、直撃したものからは血が流れる代わりだろうか、ピシピシと表面に細かいヒビが入っていった。 なんとか身を引いたものの、先にリベリスタが待っているものもいた。 「汝らは何発耐えうるか。我が拳を以て見せよ」 手を固め、鍛え抜かれた筋肉をきりきりと引き絞りながら源一郎が告げる。 むしろ最善の足場は自らが作ると言わんばかり。しかと踏みしめ一声と共に拳を叩きこめば、破片を散らし空気を巻き込みながら氷山が大きく傾いだ。 しかしその時点で漸く襲撃されているという認識に至ったか、氷山側もそれぞれが個別に反撃を始めていた。 頭の良くない――というか思考するという行動を本当にとっているかすら解らないそれらが狙うのは『自分に一番近い敵対対象』。 それは殆どが今しがた攻撃したばかりのリルであり、源一郎であった。 大気中の水分を纏めて固めた氷の粒が音を立て次々と飛んで来る。 リル達はその大半を丁寧に避けていくが、こちらもやはり全てとは行かなかったようだ。うち一つがガラスの割れるような音を立ててリルの肩に直撃した。 「あ痛! ……くない?」 予見された通り、氷山たちの攻撃力は本当に微々たるものであったらしい。それらにとっての唯一の抵抗手段も、ぶつかると同時に砕け散る程に脆かった。 だがその冷気は本物である。安堵もつかの間、あたった場所から広がるように氷の鱗のようなものが出現し、防寒具の遮りをも無視して地肌へと直接牙を向いた。 「あたたたやっぱり痛いっス!」 密着する冷気は例えるなら剣山を押し当てられているようなものだろう。 じわじわと体力を蝕んでいく上にリベリスタたちには回復手段がない――ならば致命的になる前に倒してしまうしかない。 確認するような視線が味方内を走りまわった。 「競うからには、負ける気ではいられんよな……神守!」 その視線の中には別の意味をもつものも混じっていただろうか。 足下の小石をいくつも弾き飛ばし跳躍した黒狼が最寄りの氷山を拳の一撃で墜落させ、 「こんな氷塊ごとき、俺に取っちゃサンドバッグにも満たねぇよ! 打ち砕け! デスペラード!」 待ち構えていた零六が雷撃を側面に放つ。これ以上ないほどの直撃だった。 轟音と共に多くが砕け、ただの氷塊と化して一帯に散らばる。 けれど。 「なんと……」 「かってぇー!?」 驚嘆の声を上げる二人の目の前、残った部分がパラパラ破片を零しながら未だ浮いていた。 「っち、もう一回! ってああー!」 気を取り直し、決断するまで僅かに一呼吸。その間に、自己強化を終えたルカルカが残った氷にバールのようなものをめり込ませる。 「主人公、ルカ、1ポイント先取」 防御する暇すら与えない程淀みない一打は完膚なきまでに標的を粉砕する。 大変になっていたブツは払ってもと居た場所においてきたのかすっきりと得意気な顔で視線をやり、 「横取りなんて汚ぇぞルカー!」 「汚くない。これ勝負」 さっさと次へ向かおうとする背を追う零六の声に一度くるりと振り返って返事、そのままの動きでまたルカルカは走りだした。 ぐぬぬ……と零六が漏らしたかどうかは定かではないものの。 「でもまだ始まったばっかだからな!」 逆に闘争心が燃え上がったのは確かなようだ。 そう、撃破されたのはまだ一体に過ぎない。 周囲には未だ圧迫感を伴う冷気を纏って、残り九体の氷山がふよふよと浮いていた。 「それじゃ私も突撃!」 金髪をなびかせ、同じく自己強化を終えたイセリアも楽しそうにそのバスタードソードを揮う。 「さあ、氷よ! 我が太刀筋が見えるかなっ!」 舞い続けるリルが入れたヒビに追撃するように幻惑の剣戟を加え、更に源一郎の鋭い拳が突き刺されば、深まりこすれ合った亀裂が悲鳴をあげるように軋む。 それを見て黒狼がチャンスと駆け寄る――先の二人とは別方向から、リンシードもまたしっかりと軋みを増やしていたのを視界のの端で捉えていたのである。 仁太の矢と氷のつぶてがが雨霰と降る合間を縫って身を翻す、意味を察した零六が追う。 そして繰り広げられる先程の再演。 「今度こそ!」 「正真正銘! 『圧倒的な破壊力』って奴を見せてやる!」 重なる咆哮と破壊力は傾きかけていた氷を完全に物質に戻すに十分すぎるほど。 二度目の爆音は、今度こそ放った当人もので終わる。 「これであいこだぜ!」 「主人公、強くなったね」 反動で開いた裂傷も気にせず笑みを浮かべる零六に、ルカルカが向けるのは視線のみ。 「ルカも負けない」 されど応えるその表情は実に嬉しそうだった。 ●フィニッシュ! その後はまさに一進一退とも言える競い合いが続いた。 「一閃……」 Aチームが中心となって削りとっていった氷山をリンシードが破壊、 「ルカがかつよ」 音速が如き速さで2つの攻撃を『ほぼ同時に』当て、巨大な塊を一気に割り砕く。 時に獲物を奪い合うようにして、時に分散されて放たれるリベリスタ達の力に、巨大とも思えた氷山はみるまに次から次へと削られていく。 その中、身のこなしまで合わせた黒狼と零六の集中砲火は目をみはるものがあったといえよう。 「どうだルカァ!」 構図の逆転。お陰で二体連続で撃破数に加点する事となった零六が、得意気を顔に書いたような表情でルカルカを見る。 「……負けないもんね」 『ならばこちらも逆転させるのみ』。タイミングの問題で少し遅れをとっていただけ、『連携ならば此方だって見事な物』。 源一郎とイセリアの両者が削っていた氷山の近くのもう一体に渾身の一撃を突き立て、反対側に立っているであろう相手にいいよ、と叫ぶ。 刹那。 入っていた細かなヒビに沿って破片の飛沫を上げ、氷山が二体同時に瓦解した。 裂帛の気合と共に纏わりついていた氷片を散らし、飛ばしたリルが、当初から続けていた舞を二重に施すことに成功したのだ。 鳴った賞賛の口笛はあるいは砕け散る音の錯覚か。 これで同点、残るは丁度二体。 一体ずつ奪って引き分けか、二体とも奪って勝利か。どちらのチームとも恐らくそれ以下は頭になかっただろう。 ――全員が、その為に動いた。 「さあ、見せてやろう! 音速の疾風!」 「ぉおお……!」 「……ッ」 イセリアが武器を唸らせ、源一郎が声を上げる影でリンシードも大きな欠片をこそげとる。 受ける氷塊達は甲高い音を立て、もんどりうって破片を撒き散らかし、己の先がない事を姿で示した。 きっとあと少し。決着の時は近いと、誰もがそう確信したからこそ。 眼前にあったそれらが自爆さながら唐突にバラバラに散ったとき、その場の全員が思わず無言になった。 突然攻撃対象を無くし、たたらを踏み、一部は勢い余ってつんのめる。 気をまわしたリルが素早く女性陣に手を貸すも、零六は男だったので踏ん張りながらも実にゆっくりと浅瀬に転落した。――その格好は巷で言う『足ズッコケ』のようであったとかないとか。 零六が復帰してくるまで更にもう暫しの沈黙を挟み、それぞれが『違う』と功績を否定する。 崩壊は、誰の拳も、得物も、触れていない瞬間に起こった。 ならば、誰が。 残るは、一人。 全員が一斉に、顔と目線を一定方向に向ける。 そのベクトルの集中する先、今まで『後衛』だったその位置で、 「やったで~」 最後の最後に鮮やかな連撃を決めた仁太がボウガンを手に尻尾をふりふり振っていた。 ●リザルト! 「えっと気を取り直してだね、つまり結果は……」 Aチーム、撃破数4。 Bチーム、撃破数6。 「見たか! 俺の勝ちだッ!」 しっかりタイムを計りきっていたリルに聞くまでもなく、Bチームの勝利だった。 「やりましたね……神守さん、カッコよかった、ですよ……」 リンシードの言葉に、ぐっしょり濡れた体を火に当てながら零六はよせやいと言いつつ胸をはった。 ルカルカはといえば盛大に拗ね、仁太の尻尾をめいいっぱい口に含んでもぐもぐ食べているところである。 一噛みされる度に『あひっ』やら『あふぅ』やら美少女が発していたら年齢制限が付いてしまいそうな声を上げ仁太が悶えているがお構いなしだ。 「落ち込むこた無いぜ。主人公を相手取ってここまで善戦したのは誇って良い事だぜ」 見かねたのか聞きかねたのか零六が主人公然とした表情で言い、 「次は、ルカかつもん」 視線も体もそちらには向かないが、くぐもった声だけは返された。 「にしても早速気温上がってきてるっスね。この感じなら水辺で遊べそう……あ」 「まだ冷たい……風邪、ひくかも……」 リルが声に出すや否や最寄りの水辺にゴスロリのままざぶざぶと浸かりにいったリンシードが報告するに、元からの冷たさも相まって水温はまだまだ低いようだ。 だがそれも原因となるエリューションを倒した今、気温を追う形ですぐに元に戻るに違いない。 既に周囲の木々の葉を覆っていたはずの氷は溶け、まるで朝露のようにぱらぱらと雫を落としている。 日差しを受けて虹の輝きを放つそれは、散らばった大小様々な氷山の欠片と共に、ある種幻想的な要素を滝壺に加えた。 「それじゃあ祝賀だ! 全員腹筋! そして飲め飲め!」 終われば尚楽しそうに声を張り上げ宴会をはじめようとするイセリア。 エリューションの破片とはいえエレメントの場合力が取り払われたなら元はといえば普通の氷、『街の連中に』と持ち帰りやすい塊を探し始める黒狼。 個人で、または和気藹々と。それぞれが違った楽しみ方を始める中、それも含めての景色を源一郎は記憶に収める。 「善哉、良い景色だ」 目を細めながら呟き、着流しの裾を翻して背を向ける。 くしゅん。 最後に、誰のものかも定かでない季節外れのくしゃみが、漸く夏らしさを取り戻した空気に浮かんで――消えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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