● 仕事を終えて帰宅する途中、ザザ……と耳障りなノイズが聞こえた。 路肩に車を止め、鞄からポータブルTV型のアーティファクトを取り出す。 以前、街で悪さをしていたフィクサードを懲らしめた時に偶然手に入れたものだが、神秘に関する事件を察知してくれるので重宝していた。 「……これは」 小さな画面に映るのは、蟠る黒々とした影。 一目見て分かった。こいつは、自分の手に負える相手ではないと。 断片的に流れる映像と音声から、敵がいる場所を特定する。 放っておけば、奴は間違いなくこの街に来るだろう。一体、どれだけの被害が出るのか。 慌てて妻に電話するも、繋がらない。 娘を風呂に入れている時間だと気付いてメールの送信画面を開いた時、その手が止まった。 神秘の存在を知らない彼女に、何と説明する? 怪物が来るから街から離れろと言ったところで、信じてもらえるとは思えない。 大体、家族を逃がしたとしても他はどうする? 友人は? 会社の上司や同僚は? 親しい人だけ助かれば、それでいいのか? 携帯電話をシートに放り捨て、車のアクセルを踏んでハンドルを切る。 向かう先は、奴がこれから生まれる筈の山林だ。装備は、トランクの中に隠してある。 子供の頃、ヒーローに憧れていた。 実際に力を得ても、自分に出来ることなんて限られてはいたけれど。でも―― ● 「今回、皆にはE・フォースの討伐を頼みたい」 アーク本部のブリーフィングルーム。集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 「識別名は『イビルゴースト』。色々な人間の悪い思念が凝り固まって生まれたE・フォースで、ご多分に漏れず厄介な能力を持ってる」 まず、状態異常は限定的にしか通用しない。ダメージを与えるもの、回復を阻むもの、怒りを誘うものは効果を発揮するが、行動不能に陥らせたり、弱体化させることは不可能だ。 「おまけに、ある程度のダメージを与えるといきなり強くなるから性質が悪い。図体がデカくなってブロックを二人つけないといけなくなる上、攻撃のバリエーションも増える。さらに回復も出来るときた」 いったん強化してしまうと体力が回復しても元には戻らないので注意してくれ、と数史は念を押す。 「山林の奥深くで実体化した『イビルゴースト』は、近くにある街を目指して動く。 皆には、その手前でこいつを迎え撃ってもらいたかったんだが……どうも、地元のリベリスタが一人、現場に向かってるらしい」 名前は『朝岡行也(あさおか・いくや)』、ジーニアスのクロスイージスだ。 「フリーのリベリスタで、これまでは一人で活動していたみたいだな。 会社勤めの合間を縫って、家族に内緒でエリューションやらフィクサードと戦ってたっていう」 彼は『神託テレビ』というポータブルTV型のアーティファクトを有しており、それを用いて神秘事件の情報を得ている。フォーチュナに比べると予知の精度はかなり落ちるが、近場で発生するエリューションを察知する程度の役には立つようだ。 「万華鏡があるアークにはまるでメリットが無い代物だけど、一人で活動するには便利だろうな」 そう言葉を添えて、数史は説明を続ける。 「――で、朝岡行也だが。先にも言った通り、実戦経験はあるんで戦えないってことはない。 ただ、今回はこれまで彼が倒してきた連中とは一線を画している。 タイマンで戦うには、あまりに無謀すぎる相手だ」 本人も勝ち目が無いことは承知しているが、それでも彼は戦うことを選んだのだという。 おそらくは、生まれ育った街と、そこに住む大切な人々を守るために。 不退転の覚悟をもって、自ら死地へと赴いたのだ。 「倒せないまでも、敵の体力を少しでも削る狙いらしいが…… 生憎、彼は『イビルゴースト』が戦いの中で強化することを知らない。 言いたかないが、このままじゃ無駄死にだ」 アークの面々が到着する頃には、既に戦いは始まっている。 状況はかなり逼迫していることが予想されるため、序盤の数手が行也の生死を分けるだろう。 「……朝岡行也の救出が叶わなかったとしても、『イビルゴースト』だけはここで倒してほしい。 討ち漏らして街への侵攻を許せば、被害は凄まじいことになる。フェーズの進行も早まる可能性が高い」 よろしく頼む――と告げて、数史はリベリスタ達に頭を下げた。 ● 物質化した瘴気の槍が、胸を貫く。 ごぼりと血の塊を吐き出した時、運命が燃える音を聞いた気がした。 砕けかけた膝を気力だけで支えて、得物を強く握り締める。 最初から、分かっていた。どう頑張ったって、自分が勝てるような相手じゃないと。 でも、退くわけにはいかない。あの街には、妻と娘がいる。友人たちがいる。 静岡には大きなリベリスタの組織があると聞いたことがあるが、彼らとてこんな遠方の街にはそうそう来るまい。自分が守らないで、誰が守るっていうんだ。 迫り来る死の気配が、悪寒となって背中を這い上がる。 妻子に何も言葉を遺さなかったことを後悔したが、それも一瞬のことだった。 まだだ。まだ、戦える。 ――裂帛の咆哮が、闇に響いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月31日(火)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 全てを賭した叫びが、現場に急行する八人の鼓膜を震わせた。 重く響いた声は、死を前にした絶望ではなく、最後まで敵を押し留めんとする決意に満ちている。 やがて開けた視界の先、禍々しきE・フォースと、それと対峙する男の姿を認めて。『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は、思わず呟きを漏らした。 「一人で、ずっと戦ってきたのですか……」 会社員として家族を養う一方、フリーのリベリスタとして活動する革醒者――朝岡行也。 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の目に、彼という存在は眩しく映る。 数多の戦いを潜り抜け、幾つもの勲章を手にしてはいても。所詮、自分は『アーク』という大樹の下で調子に乗っているだけなのだと思えてならない。独りでは、何も出来なかっただろうから。 「ああいう、純粋に真っ直ぐな気持ちは羨ましいな」 行也の背を見て、『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)が口を開く。 アークに来たばかりの頃は何も考えず突っ走れたが、今は色々と考えることが増えた。勿論、悪い変化だとは思わないが――。 思考を切り替え、両手に携えた武骨な鉄扇を握り締める。 ともかく、まだ助かる命だ。それを為すのに必要な力を、自分達は持っている筈。 「……諦めるのは、まだ早いわ」 視線は行也に向けたまま、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)はサングラスの位置を直す。 前衛が彼のもとに辿り着くまで、あと20メートル。鋭く地を蹴った『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、瞬く間に距離を詰めた。 「わたしたちはアーク、『静岡のリベリスタ組織』です。ここはわたしたちが引き受けます」 行也を追い越してE・フォースの正面に立ち塞がり、彼に声をかける。僅かに遅れて、彩歌が指先からオーラの糸を奔らせた。 黒々とした瘴気を捏ね上げた人型の“目”にあたる部分を貫かれ、E・フォース『イビルゴースト』が荒ぶる悪意を解き放つ。 不可視の衝撃が全員を打たんとしたその時、前線に滑り込んだユーディスが驚異的な身のこなしで行也を背に庇った。 「――よく立っていてくれました。間に合ってよかった」 翳した盾で攻撃を受け止め、肩越しに振り返る。未だ状況の変化を呑み込めていない様子の彼を、舞姫が促した。 「朝岡さん、その怪我では危険です。後退してください」 「いや、しかし……!」 使命感から反射的に難色を示す行也に駆け寄り、うさぎが言葉を重ねる。 「家族も世界も守って来た。それも、大きな組織の後ろ盾も無く。 ……掛け値なしのヒーローじゃないですか貴方。こんなとこで死なれたら普通に損失ですよ」 「もう大丈夫! 貴方は一人じゃない」 続いてE・フォースの足止めに回った『愛しておりました……』犬吠埼 守(BNE003268)が迷わず言った瞬間、『興味本位系アウトドア派フュリエ』リンディル・ルイネール(BNE004531)が癒しの風を呼んだ。 「人知れず正義の味方をしてる、って素敵だと思いますよ?」 リベリスタとして任務をこなす傍ら、旅行や鉄道を扱う雑誌に記事を寄稿している彼女は、“副業”の楽しさや充実感を理解している。でも、だからこそ――行也には、なるべく死んでもらいたくはない。命を落してしまっては、元も子も無いから。 「生きて帰って、素知らぬふりしてご家族と平和な日常を過ごしていくのも大切、ですよね?」 愛する妻子の顔を思い出したのか、行也の表情が僅かに揺らいだ。 ● 「……廻していくぜ!」 前衛と後衛の中間地点まで進み、晃が神々の運命(ラグナロク)を発動させる。 救うべきを救うには、持てる技を惜しみなく使っていくしかない。防御支援こそ、自分達クロスイージスの本領だ。 己の肉体を“速度(スピード)”に最適化した『無銘』佐藤 遥(BNE004487)が、E・フォースの側面に回り込んで愛刀を抜く。よく手に馴染むそれは、祖父から譲り受けた業物だ。 音速を纏う刃を連続で繰り出し、黒き悪霊を斬り裂く。そこに、彩歌の気糸が恐るべき精密さで喰らいついた。論理演算機甲「オルガノン」を単体狙撃モードで起動させた彼女は、狙った目標を外さない。 「あまり期待はできないかな」 激しい怒りに身をよじるE・フォースを見て、彩歌は独りごちる。敵が複数・全体攻撃を主としている以上、注意を逸らしたところで味方が被る被害はあまり変わらない。逆に、今のところは怒らせるデメリットもそう多くないだろうが。 現状、行也は庇い手を交代した舞姫に守られているため、すぐに倒される心配は無い。 このまま敵の射程外に退避してくれれば彼の安全は確保出来るが、本人がそれを了承するかどうかはまた別の問題だった。 E・フォースの攻撃を盾で凌ぎつつ、ユーディスが行也を見る。 覚悟をもって自ら死地に立つ者に、無理強いは出来ない。彼が望むなら共闘も吝かではないが、いずれにしてもこれだけは先に伝えねばならなかった。 「此方が得た情報では、アレは更に力を増します」 敵を指し、簡潔に事実のみを告げる。深手を負った今の状態では、とても戦うどころではないと。 「……守りたい者のために退けぬ気持ちはわかります。 ですが、あなたを亡くして悲しむ人のことも考えてください」 後を継いだ舞姫の声には、“街を護るために単身で脅威に立ち向かったリベリスタ”に対する敬意が篭っている。礼を失さぬよう気を配りながら、彼女は真摯に続けた。 「生きて帰ることも、リベリスタの戦いです。不退転なんて安易な覚悟に逃げないでください」 守った上で、生き延びる。決して両立しない願いではないと、リンディルは思う。 「矛盾した言い方かもしれませんけど。 朝岡さんが欠けないように戦うのも、この世を守る理由の一つになる筈ですよ?」 異世界に生まれ、血縁による“家庭”を知らずに育った彼女だが、それでも、行也の存在が彼の家族の幸せを構成する要素となっているのは理解出来た。 リンディルの奏でる福音が、戦場のリベリスタを一人残さず癒してゆく。破邪の光で状態異常を払った後、守が落ち着いた口調で言った。 「はやる気持ちもあるでしょう。俺も、そうでしたから。 ……けど、ここは専門家の我々に協力して貰えませんか?」 国内最大のリベリスタ組織という立場で上から見るのではなく、共に戦う対等の仲間としての助言。 行也は迷う。『アーク』と名乗る彼らは、おそらく信用に足る人々なのだろう。力量のみならず、その心根においても。そう分かっているから――かえって動けない。 自分より年若く見える彼らが戦うと知っていて、一人だけ安全な場所に下がるなんて。そもそも、ここまで足を運ばせてしまったのは己の不甲斐なさが原因だ。好意に甘えてばかりはいられない。 得物として用いている警棒型のアーティファクトを握り締め、E・フォースを睨む。 すまないが退けない。そう答えかけた行也の耳に、遥の声が届いた。 「おじさん、いいこと教えてあげる。“ひとりで背負うな”」 尊敬する祖父が、刀と一緒に贈ってくれた言葉。 そう、ひとりでは何も出来ないのだ。生きる体も、思う心も、戦う術も、みんな貰ったものだから。 その上で、遥はここに立っている。貰ったものを、活かすために。 「――大義名分なんていらないよ。必要なのは、自分の意思」 まして、行也はひとりではない。 「戦う目的をきちんと考えて、行動を決めてください」 リンディルの一言に続き、晃が後押しするかのように十字の加護を齎す。 高められた意志の力で、行也は何を選ぶのか。それを導いたのは、暫く沈黙を保っていたうさぎだった。 「まさか逃げろなんて言いません。下がって、見守ってて下さい」 敵の手は届かず、こちらの治療は届く程度の位置で。決して、離れすぎることなく。 「私達が全員斃れたなら、貴方に再度任せるしか無いんですから。 そん時、貴方が相変わらず息も絶え絶えじゃ困るんですよ」 明らかに自分より高い実力を備えていると思しきリベリスタが語る内容を、額面通りに受け取るほど行也は若くない。 でも、ここはあえて乗せられようと思った。彼らの、『アーク』の心遣いに応えるために。 「より確実に勝ち、守るべきモノを絶対に守り切る為に、です」 ――とうとう、彼は決断する。 「了解した。……負担を強いて申し訳ないが、どうかよろしく頼む」 舞姫に伴われて後退する行也を横目で見送り、うさぎは再びE・フォースに向き直った。 ● 後衛よりもさらに奥に下がろうとする行也たちとE・フォースの間に立ち、彩歌が両者の射線を遮る。 「まあ、他人事じゃないしね」 思い出すのは、家族に真実を打ち明けられず、ただ手紙を出すしかなかった日々。行也が妻子に自らの革醒を伝えぬままリベリスタ活動をしているのも、無理からぬことと思う。 二人が敵の射程外まで出たのを確認してから、守はアーティファクト化したニューナンブM60――彼にとっての“最後から二番目の武器”を構えた。 篤実な警官として守に道を示した父親は、ナイトメア・ダウンで殉職した。最期まで己の職務をまっとうした父を誇りに思えど、それでも、恨まなかったと言えば嘘になる。 家族を奪われ、取り残される痛み。その辛さは、嫌というほど知っていた。 (「……彼のご家族に、俺と同じ思いはさせたくありませんから」) 引金を絞り、至近距離から無数の弾丸を撃ち出す。 行也を後方に送り届けた舞姫が、彼に向かって毅然と言った。 「わたしたちがここに来たことで、運命は変わりました。 最後の最後まで、あなたが出来る最善を尽くしてください」 くれぐれも早まらないでほしいと言外に念を押し、真っ直ぐに瞳を見る。 「奴は……、わたしたちが必ず倒します!」 頷いた行也の前で、舞姫は素早く踵を返した。再び、戦いに戻るために。 その頃、前衛たちは互いに連携して悪しきE・フォースの移動を押し留めていた。 「街に行かせるつもりは最初からないからな」 巨大な鉄扇を輝かせ、晃が破邪の一撃を見舞う。淀みなき音速の連撃を間断なく浴びせていく遥に続いて、うさぎが仕掛けた。 光とともに展開した五重の残像が敵を取り巻き、半円のヘッドレスタンブリンに似た“11人の鬼”を同時に振るう。歪に裂かれた黒い人型を凛と見据えて、ユーディスが畳み掛けた。 万が一にも、負けるわけにはいかない。自分達が敗れれば、行也も無事では済まないだろう。 彼が己の命を懸けたのは、護りたいものがあればこそ。運命を失ってまでも戦い抜いた両親の生き様が、ユーディスの脳裏をよぎった。 ――死なせはしない。決して。 神気を帯びた槍の穂先が、鮮烈な光を放ってE・フォースを穿つ。 刹那、刻まれた十字の傷から噴出した瘴気が黒き炎となって燃えた。 倍の大きさに膨れ上がったE・フォースが、雄叫びを上げて獣の姿を取る。これが、『イビルゴースト』の真の姿か。 今にも後衛まで迫ってきそうな威圧感をひしひしと受け止めつつ、リンディルは天使の歌を響かせる。 直後、全身に雷光を纏った舞姫が目にも留まらぬ速度でE・フォースに襲い掛かった。 刃渡り一尺二寸の小脇差――“黒曜”を操り、華麗にして瀟洒なる無数の刺突を繰り出す。夜の闇に、黒曜石の輝きを思わせる鋭い光が散った。 お返しとばかり迸った炎が、前衛たちを薙ぎ払う。反射的に地を蹴った遥は、空中で身を捻ることで辛うじて直撃を避けた。 着地して体勢を立て直し、次の一手に備える。少女の唇から、小さな呟きが零れた。 「……同じなんだよ、ボクたちは」 遥は、由緒あるリベリスタの家系に生まれたわけではない。 祖父から武術を習っていたとはいえ、それはあくまでも“普通の人が戦うための技術”で。決して、特別なものではなかった。 だから、革醒したての頃はこんな無茶な動きに体がついてくるのが信じられなくて。両親も祖父母も、それを見て驚いた。どうにか受け入れられたのは、駆けつけてくれたアーク職員の尽力によるところが大きい。 でも、遥はもう元の生活には戻れない。己に宿った運命と一変した日常を、忘れることは出来ない。 ならば、新しい道を歩もうと思った。これが“普通”で、誰かのために力を役立てられる場所があるのだと知ったから。 しなやかな指を伸ばしたユーディスが、E・フォースの思念を喰らって精神力を奪う。 強化済みの『イビルゴースト』は己を癒す手段を持つため、致命の呪いで回復を封じねばならない。だが、その作戦は敵の手数が全て攻撃に注がれるリスクと背中合わせだった。 序盤よりも威力を増した衝撃波が、容赦なく叩きつけられる。運命を代償に踏み止まったリンディルの瞳に、行也の背中が映った。 「朝岡さん、どうして」 問いかける彼女を庇いながら、彼は答える。 「傷を治せるのは君だけだ。万一にも倒させるわけにいかない」 「でも……!」 「おかげ様でこちらは万全だし、彼らが攻撃の殆どを引きつけてくれるから暫くは保つ」 大丈夫だと告げる声に、悲愴な響きは無い。行也なりに、勝算あってのことだろう。 それなら――と、リンディルは再び治癒の福音を奏でる。晃が輝かせた神々しい光が、仲間達を蝕む痺れと重圧を払った。 「巨大化しても、やることは変わらないな」 顔色一つ変えず、晃は事もなげに言い放つ。バロックナイツやその配下に比べれば、この程度の敵など恐れるに値しない。彩歌が、然りと頷きを返した。 「指向性を持たない無秩序な『悪意』なら、そこまで大それた事はないわね」 かのE・フォースが操る状態異常は、絶対者たる彩歌に通用しない。 悠々と気糸の狙いを定める彼女の前方で、守が敵を蜂の巣にせんと弾丸を叩き込んだ。 ● 荒ぶる黒炎が、立ち塞がる前衛たちを焼き焦がす。 避けきれず運命を燃やした遥の視界に、強烈な一撃を喰らって仰け反るうさぎの姿が映った。 二人のダメージを見て、舞姫が神秘の言葉で敵を挑発する。 これ以上、一歩も進ませはしない――! 体勢を立て直したうさぎが、一段と猛り狂ったE・フォースに死のロイヤルストレートフラッシュを見舞う。あらゆる悪を逃さぬ神気の槍をもって、ユーディスが獣の巨体を貫いた。 リンディルの癒しに背を支えられ、遥が音速の一閃を繰り出す。 「人を呪わば穴二つってね! 何をそこまで恨んでるか知らないけど、ここで引導を渡してあげるっ!」 胴にあたる部分を両断された『イビルゴースト』は、おぞましい絶叫を上げてあえなく霧散した。 その消滅を見届けてから、晃はE・フォースがさっきまで存在していた場所を観察する。 あれが作為的に生み出されたものだとしたら拙いと考えたためだが、とりあえず異状は見当たらない。 取り越し苦労かと思い直し、街の方角を振り返る。何にしても、犠牲を防げたのは良いことだ。 「危ないところを助けられた。有難う」 アークのリベリスタ達に向かって、行也が頭を下げる。一人一人、丁重に礼を述べる彼に対し、うさぎは「それには及びませんよ。ここに来たのは私の都合ですから」と答えた。 組織に属する自分達は、ある意味で“替えがきく”。だが、彼は違うのだ。いかなる意味においても。 行也のような人間こそが、世界には必要だと――うさぎは思う。 ややあって、彩歌が言った。 「私も色々あったけど…… 自分の大切な人たちだけは守りたいと願っても、結局は世界を守る破目になるのよね。 だから、『ついで』で世界を守るなら、アークはいい環境だとは思うけど……」 行也がそれを選ばないことも、彼女は理解している。 守が、不意に口を挟んだ。 「副業ヒーロー、いいじゃないですか。アークばかりがリベリスタじゃない」 対応できる案件に限度はあれど、地の利と即応性はそれを補って余りある。何より、街への愛が溢れているではないか! 熱弁をふるった後、彼はただし――と声を低める。 「続けるなら、アークとの協力を前提にする事をお勧めします」 次に同じような事が起これば、今度こそ命の保障は無いだろう。 あくまで一人の活動に拘るなら、神秘との関わりを断って日常に戻った方が彼のためかもしれない。 「勿論、俺も協力は惜しみません」 アークに関する情報を伝え、メリットとデメリットを明らかにする。 やがて行也が守の申し出を受諾すると、うさぎは連絡先を書いたメモを彼に渡した。 「間に合うなら、応援呼んで下さいな。私は、是非また貴方にお会いしたいですし」 これも私の都合ですね、と告げるうさぎに、行也が笑みを返す。 「有難う。こちらこそ、また会えることを願っているよ」 彼がもう一度頭を下げた時、彩歌が静かな声で語った。 「……あとは、そうね。 私の台詞にしてはこれっぽっちも根拠が無いけど、信じてみればいいんじゃないかな」 絆を。そして、世界は自分が深刻に考えるよりもずっと単純だということを――。 ● 家に帰ると、妻は娘を寝かしつけたままの格好で眠り込んでいた。 風呂上りに電話に気付いたのか、自分の携帯電話には彼女からの着信履歴が残っている。 明日、それについて訊かれるだろうが、今はどうでも良かった。 布団をかけ直し、二人の寝顔を見詰める。 帰って来られた。失わずにいられた。こみ上げる実感が、涙となって頬を伝った。 ――ただいま。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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