● その男は元リベリスタ。 精確には、二分前まではリベリスタ。 現在の職業。フィクサード。 ● 「もう『難しいこと』を考えるのは止めだ」 雪が降っていた。真っ暗闇の中、月光に照らされた山々の形だけがひっそりと浮かび上がっている。 凍えるような寒さだったが、寒くは無かった。 コンクリートで舗装された、中央線も引かれていない道路を、ぽつぽつと歩いていく。 この世に、神は八百万存在すると言う。一神教を信奉する異国とは凡そ決定的な差異だが、それは氏神として、より一層、身近なところに神を設定した結果に違いない。 そうして神の数が増えた結果、神の中にも位置づけが生じて、最高位の神社、即ち『神宮』には最高位の『神』が祭られることとなった。 曰く、神社ではお参りする時に『お願い事をしてはいけない』。 曰く、お寺ではお参りする時に『お願い事をしても良い』。 「馬鹿馬鹿しい」 男は吐いて棄てるように言った。押し殺した声だった。 これで全て喪った。 両親を殺されて覚醒し、リベリスタとなった彼は。 妹を殺されて悲観し、フィクサードとなった。 因は廻って、果に墜ちる。 「人助けだとか、説得だとか、もう俺は知らない」 正しく命を掛けて救ってきた命も、構造も、けれどそいつらは俺を救ってはくれなかった。 地面に雪が積もり始めた。彼の黒い外套を、真白い斑点が彩り始めた。 何処に行くのか。誰も知らない。 「何かを守るとか、救うとか、俺は知らない」 清々しい気持ちだった。勝手に背負わされた『護るべきモノ』の重さが、すうと肩から降りていくのを感じた。押し付けられた偽善が、その冷気を吸い込んで肺に循環するたびに、奇麗に濾過されて、消えていくのを感じた。 この世には、リベリスタを押しのける程の量と質を備えたフィクサードが存在するらしい。 今なら、彼にはその理由が良く分かった。ああ、だから―――。 呼吸をするたびに、雪を踏みしめるたびに。 彼はフィクサードに成っていく。 ● 「黄檗―――」 壮年の男は、目を見開いた。信じられない光景だった。 雪は次第に勢いを増して、何時の間にか吹雪になっている。風に殴られて、右から左へと吹き荒ぶ白銀は、リベリスタ組織のその拠点と、二人の男と、横になった影たちに塗れていく。 境内を潜り抜けたその先。社殿に入った、その本殿。 霊宝の祀られし、極端の神域。 「一人殺めては、先祖を斬り」 左足が踏み込む。 「二人殺めては、子孫を斬り」 右足が踏み込む。 「三人殺めては、心を斬り」 黄檗と呼ばれた男は、その想念の男に近づいていく。 「さて四人殺めてそこからは、神を斬る」 はん、と黄檗は鼻の奥で嗤った。 「―――あと八百万も斬り殺せるぜ」 黄檗と対峙する男には、自らの死を強く予感できた。 目の前の堕ちたリベリスタが。そう、フィクサードが手にする霊宝は。 ぼこん、ぼこん、ぼこん。と鈍い音が続いた。男の周りの雪が、縦に大きく膨れ上がった。 その神刀は―――。 「黄檗。止まれ」 だから男は、戦うことも、逃げることも諦めた。最後に、黄檗に声を掛けねば。ただそれだけを思った。男は知っている。黄檗がまだ中学生だった頃から、彼を知っている。自分には彼を斬ることはきっと叶わないし、その『権利』も無いと思った。 「人は死んで、灰燼に帰すだけだ。だから、止めろ」 これが一線。ここを超えたら、彼はリベリスタには戻れない。 「……」 黄檗は一瞬間を空けた。男の周囲に吹き上がった六つの雪柱が高さ二メートルの辺りで停止した。 「訂正」 なんのことか、と男が怪訝に思うのと同時に、ぽん、と不釣合いな音が残響した。 「さて五人殺めて、そこから」 万物を斬る。 獣の様な叫び声が、雪風の中、昏い山々の中をこだました。 ●ブリーフィング 「『霊宝』とはつまり、その本殿に収められた『神刀』。強力な破界器としてそこに保管されていた曰くつきの代物。神社を拠点とする地方リベリスタ組織によって結界を張られ、幾多のフィクサードからその存在を秘匿し、あるいは、守られてきた刀」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の声に続いて、映し出されたスライドが切り替わっていく。 「それにしては、たった一人の『フィクサード』に奪取を許したらしいが」 リベリスタの非難が入り混じった声色だったが、イヴは特に顔色を変えずに返す。 「ええ。はっきり言って、今までの功績から考えて、彼らがそう簡単に手放すとは私たちも思っていなかった。さっきも言ったけど、そこは『神域』故の特殊な結界が張ってあったから。ただ、内部からの攻撃にはかなりの隙があったみたいね。それは『反逆行為』だから」 「……なるほど」 「まあ、彼自体―――黄檗自体―――、元々腕の立つ『リベリスタ』だったから、そこもあるでしょうね」 「しかし、一人で組織皆殺しに出来る程の圧倒的な能力とまではいかないだろう」 「『霊宝』がそれほどのアーティファクトだということの裏返しよ。『神域』に禁じられたということは、基本的にはリベリスタにすら使用が許されていない。使用するごとに『崩界』を進めることも確認されているその刀の名は」 スライドがさらに切り替わる。 「『神刀七刀』。一つの刀身から、左右に三つずつ枝刃が分岐して、合計七つの刀身を有する特異な刀。データとはいえ、私も『初めて』目にするわ。その武器自体の物理的な能力も強力だけれど」 イヴの手が止まった。 「つまりは、その神秘的な側面は、『神降し』という点に集約される。主となる刀身に刻まれた起請文が、巫女の仲介を経ずに、そこへ神を顕現させる秘術。その実践例がデータとして残っている」 さらに次のスライドに映る。そこには、敵フィクサードを包囲するかのように顕現する十二体の神々。高さ二メートル以上に及ぶ巨体に、豪奢な纏い。全て人間様の形状をしていて、中性的な顔立ちが性別の判別を難しくさせている。 「これは当時その組織の長を担っていた高名なリベリスタによる『七刀』を使った『神降し』の貴重なデータよ。漏洩などの危険性から、ブリーフィングで貴方達リベリスタに開示されることも、基本的には推奨されないのだけれど、今回は仕様が無いわ。貴方達の命が掛かっているんですもの」 話が逸れたわ、と言ってイヴは顔をぷいと横に向けた。 「話が長くなって申し訳ないけれど、つまり、最大で『十二体』というのがポイントで、黄檗がそこまで使いこなせているとは考えにくい。用心するに越したことはないけれど、戦略を構築する上で気に留めておいても損はないでしょう」 画面が真っ暗になる。用意されたスライドはこれで終わり。 「まあ、ここからは雑談なのだけれど」 一線を引いた。 「黄檗と言う『フィクサード』は」 一拍。こほん、と小さな咳。 「……黄檗と言う『リベリスタ』は、とても優秀だった、と聞いている。彼は正しくリベリスタだった。組織から上がってきたこれまでの情報は、それを強く示唆している。私も、そう思う。だから、私は、とても悲しい。……これは、雑談よ。」 イヴの目線が、無意識に下がった。 「ちょっとくらい馬鹿やってるくらいの方が貴方達にはお似合いだわ。そうして、何時だって『ここ』に帰ってきてくれたら、それでいい。私がちょっと説教をして、その反省していない憎たらしい顔を見せてくれたら、それでいい。それだけは、理解してほしい」 これは、雑談なんだから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月30日(月)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● その戸が開いて、猛烈な冷気が彼を襲った。 聞きなれた床の軋む音が波動となって耳に伝わる。 仄暗い社殿の端まで進んで、最後にその開き戸を軽く押す。 更に厳しい寒気が一瞬で社殿に充満した。 「お前さんは自分の意志で斬っているつもりかもしれないが」 黄檗の視界に八名の男女の姿が収められた。『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の声に、お互いが表情を変えない。彼らを分かつのは、相転移した白い結晶。 「オレの見る限り、だいぶその刀に『飲まれてる』ぜ」 懐かしいな、と黄檗は感じた。それは瞬間の、遠い回顧だった。ほんの一週間前までは、自分もそこに居た。正義のようなものを身に纏って、正しく力を行使していた。仲間が居て、守るモノが在って、こうして一生を終えていくのだと信じていた。 刀に飲まれている。フツの指摘は至極妥当であろう。それが理解の一つ目。きっとこの昂りは、振幅を無理やり大きくさせた共鳴の仕儀。 「――――」 黄檗の唇が動いたが、その声は風に乗って霧散した。『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が怪訝そうに形の良い眉を顰める。 彼らは極めて静黙な世界に居た。頬を叩く風の音も聞こえない。 吹雪いている。黄檗が一歩踏み締める。 右手には『神刀七刀』。霊宝指定され神域に禁じられた崩界の破界器。七つの刃を揺らす、現生と幽世を結び付けた崇高な神在刀。 (思考放棄しただけのバカに興味は無い。キサが興味あるのはその神刀七刀) 綺沙羅の眼が鋭くその刀を認める。彼女の中の何かが疼いた。 (まるでゲーティアのような品。―――是非とも見ておきたい) 揺蕩う様な黄檗は、未だ黒く彩られている。彼の体から絶えず放出される熱量が、その結晶を溶かす。 異様な光景だった。社殿のその先は広く空けた境内。白い舞台に、九人の覚醒者。 「……護りたくて戦ってきたのに、肝心の一番大事なものを護れずに失った」 『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の言葉も、黄檗の耳小骨を揺らしたのだろうか? 風斗の眼は綺沙羅と対照的に、リベリスタを棄てた黄檗の墨染の体躯を見詰めた。 「―――ああ、自棄になる気持ちは分からなくもない。だけどな」 雪が溶ける。対岸の男と同じ現象が風斗を包む。その本質だけが正反対に渦巻いて。 剣が構えられる。何人もの人を斬り捨てたその剣を構えて、黄檗を見据える。 「もう何人も殺しているんだよな、嘗ての仲間を。本当に楽になったのか? 心は軽くなったのか?」 最早そこは無音の世界だった。とても静かだった。 何故此処で彼らが向かい合っているのか。殺し合うのか。本当の意味でそれを理解しているのは、一体誰だ? 何が彼らを、そこまで奮い立たせるのか? 「教えてくれよ」 黄檗の声がその静謐な空間を流れてきた。その目を『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が見詰め返した。 魅零の唇が動いた。途中で消え入ったのか、それとも元々声になど出していなかったのか。 だけれど、黄檗にはその形で彼女が何を言ったのかが分かった。 <君はどうして戦ったの? 戦わないという選択肢も、この世にはあるのに―――> 吹雪いている。静かに。激しく。 ● ぼこ、ぼこ、ぼこ。と。 リベリスタたちを囲むように、六つの雪柱が突然、湧き上がった。その高さはおよそ二メートルに及ぶ。 黄檗の、男性にしては若干長い、肩口で揃えられた柔らかい黒髪がふわりと浮いて、彼の眼が次第に充血していく。中世的な顔から何かが欠如して、口から獣の様な唸り声が漏れる。 七刀はお世辞にも美しいとの形容を冠するに相応しい刀身を有さない。むしろ鈍く、くすんでいる。そこに婉美ゆえの怖ろしさは一切無かった。それなのに、見るもの全てが、畏敬の念に平伏してしま いそうな感覚に囚われる。 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は真っ向からその『畏敬』と戦った。彩花にとって物事というのは『支配する』ものであって、されるものでは無い。 相手が『ただ単に道から逃げて踏み外した愚か者』なら尚更だった。 彼女の強気な瞳が雪柱を注意深く見詰めた。彼女の思考の九割は、すでにその正体についての目途を立てている。ガントレットに覆われた左腕が掲げられ、十字の加護を与えんと、じいと見詰める。 『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)がその脇を駆けて行った。彼が疾走する先、巨大な影、雪の被り物が消え去ったその後、姿を現した壮絶な重圧、一瞬その足を止めるエルヴィン。 「……へえ」 これが降ろされた神様、ねえ。エルヴィンは苦笑した。苦笑以外、どんな感情を表せば良いのか、彼には分からなかった。 巨体だ。だが常軌を逸したという程ではない。高さ、およそ二メートル。 容姿は一見して人間と変わりない。ただその装いだけが現代とかけ離れている。白く長い衣を纏った個体、豪奢な着物を纏った個体。腕の数だけは皆二本で共通だが、内一体は下半身があたかも蛇のように一本となっている。 「……」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)の表情が微かに曇った。かつて神職に就き、装束を着ていた彼女の心中は複雑である。 目が逢った。品定めするかのような無表情。 ここに、神が顕現した。 綺沙羅が腰を落として屈みこむ。『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)の体が、彼女を敵の射線から遮るようにして立っていた。 (人の下についた神などもはや敬う対象ではない。ま、もともと俺は信心深くもないんだけどね) 綺沙羅は集中する。彼女の体から流れ出た神秘の奔流が、大地を奔っていく。残滓が魔力の糸を張り、不可視の其の糸は綺沙羅を中心とした同心円状に伸びていく。 高速詠唱を得意とする彼女だが、その術式が完成するまでにはまだあと少しの時間を要する。そして六体全ての姿が完全を成した神々が、リベリスタたちの眼の前に立ちはだかる。 ―――平伏せ、『人間』。 ● 黄檗と、その向かい側に立っているリベリスタ八名。八名を囲むように立ちはだかる、六体の神々。 リベリスタ側がまず考えるのはこの陣形を如何に崩すのか、ということだった。結局のところは、黄檗自体を何とかせねば、事態は変わらない。 だから、彩花のその『不遜』な煽動は、戦法として正しいだろう。無論それは、彼女の高い耐久力を以てして初めて成功するものであって、これから彼女を襲う神の怒りは極めて凄絶に成らざるを得ない。 彩花の目が。口から溢れ出る言葉達が、神々を愚弄する。愚かな人間に遜った、愚かな神だと糾弾する。 彼女のその挑発は神々の耳に入ったが、しかし、それで様子が変わった所も見られない。それが性質的なものか、あるいは本質的なものなのか、見極めるにはまだ状況が足りない、と彩花は考えた。 魅零の身体が黒く咎く墨く染められて、裏返しになった彼女の顔を微笑みで彩る。 (強いのかなぁ? 強いのかなぁ、君は!) 降臨した神々になどには脇目も振らず、彼女の目は黄檗を捉える。欲望と理性が退け合う。 そうしてフツが長槍を振いながら黄檗へと詰め寄るのと、一体の神がそれを防ぐのは同時だった。 彼の目もその端で黄檗を認めている。咄嗟に腕を振り放つのは、展開された呪印。神を越えたその先の男の姿を、一つ、二つ、三つ……加速して増殖する印が、次の瞬間には捉える。 「……」 しかし、黄檗の紅い目には変わりが無い。むしろその神刀が、彼の肩まで上げられた。 「これが、信仰すべき―――御神の恭敬すべき『力』だ」 それは火を司る神を導く一閃。揺らめいた切先に従うように、リベリスタたちを覆い尽くす業火。 一瞬、彼らを襲う吹雪がぴたりと止んだ。吹き荒ぶ熱風の前に、自然さえもが従った。それは経緯から考えれば至極当然の帰結であった。 紫月はその業火を受けながら、なお歩を進めた。綺沙羅を庇うようにして経った宗二朗の横を、彼女は過ぎていく。 自分たちは今、『自然そのもの』と敵対しているのだ―――。 紫月にはその意味が、畏れが良く理解できた。だが、覚醒者とは、リベリスタとは、何時だって『自然』と対峙しているのである。そこに矛盾を内包するにしろ……、戦わざるを得ない。 戦って、初めて、赦せることもある。その意味を紫月は理解している。あの堕ちた男に、掛けてみたい声もあるし、なにより。 「その方が後腐れがありませんから。ですから―――戦いましょう」 異世界から連れられたフィアキィが、氷精と化す。紫月の細く白い指に従うように、その小さな体を仲介して極大の質量を放つ。過ぎ去った業火を、正しく打ち消すかのような凄まじい冷気。 その波動が、神々を一瞬たじろがせた。紫月、宗二朗、そして風斗の視線が交差する。 「―――さて、終幕をはじめよう。アンコールは存在しない。これ以上の喜劇は必要ない。 ここが貴様の幕引きとなる」 大鎌が揺れる。喜劇を否定した道化師。半分だけ露わになった表情に、許容の感情は無い。 紫月に続く様にして、その身から黒衣の魔弾が放たれる。代償となる軽い痛みが宗二朗を苛んで、神々を貫いた。 道が見えた。風斗が駆ける。紫月と宗二朗の攻撃で怯んだ個体、彩花とフツがブロックして抑えている個体、その横をすり抜ける。狙うのはその先、神刀に魅入られた黄檗の姿。 デュランダルと七刀が交差する。折れぬ剣と、降ろす刀。刀越しに、緑色の瞳と緋色。互いに補色となったそんな眼が、対照的に交わらぬ生き方を暗示して揺れた。 時間にしてコンマ一秒。次の瞬間には、横一閃振られた七刀を、下から振り上げる形で逆手に受けるデュランダル。更に次の瞬間には、刺突するデュランダルを正面の刀身で受ける七刀。 剣対刀。デュランダル対デュランダル。リベリスタ対元リベリスタ。 「時間を掛ける心算は毛頭無い」 風斗の身体を、吹雪が避けていく。デュランダルが激しく煌めく。昂りが保存則を破る。 ―――臨界を越える。 熱を帯びた雄叫びが、ここが吹雪く境内なのだと思い出させる。静寂が破られる。 風斗と黄檗。同時に互いの業物を引く。 「畏れ多いぞ、人間―――!」 それは黄檗なのか。彼の口から湯気と共に漏れ出る低い声。 振りかぶられた二つの剣戟が、爆発した。閃光が一帯を襲い、その衝撃に互いが後方へと吹き飛んだ。 ● 告白すると。 そのリベリスタが言った様に。 俺は、俺が許せないのだった。 ● 一帯を強烈な魔力が包んだ。その風景は変わらぬままに、彼の地は、綺沙羅の構築した術式の下に世界を切り離した。それが覚醒者とは性質を異にする神々にどれだけ効力を発揮するかは別として、黄檗に対するある程度の抑止力にはなる。 エルヴィンが前へ出ようとするのを確認して、綺沙羅がその先に居る神個体に対して腕を振う。 目障りだと云わんばかりに神個体が式神を腕で払い除ける隙に、エルヴィンがさらに先へと進む。 黄檗との打ち合いで弾かれた風斗を襲うのは、剣を振う神個体。仰向けになったその身体のまま、風斗も剣を上げる。『神』を前にして、余りに脆弱な防御。そうして、それを受けた。エルヴィンの盾が。 「……助かった」 エルヴィンは神を押し返す。そのまま、彼の詠唱が高位の意志を顕現させる一陣の蒼い風が吹いて、風斗は立ち上がった。 「このままじゃ誰も救われねーよ。あのバカをはっ倒すんだろ?」 全てを護り通すと誓った手だから。エルヴィンの手を取って、風斗が立ち上がる。 「―――ああ」 その視線が、風斗と入れ替わるように黄檗と対峙する魅零へと移る。同じく、黒衣を纏った彼女の姿へと。 陣地の中で、変わらず形だけは吹き荒ぶ吹雪を受けて。 彩花の左腕と右腕が、それぞれ一体ずつ、神からの攻撃を受けた。 ガントレットが軋んで、腕が悲鳴を上げる。 彼女の腕と神の腕。どちらの拳が先に潰れるのか? ぎりと歯が削れ、唇から血が滴る。 次の瞬間、付近が閃光に包まれた。衝撃に両者が分かたれる。彩花の後ろに、綺沙羅が立った。 「ありがとうございます」 この寒さの中、彩花の額には汗が煌めいていたが、表情だけは涼やかだ。 「神様だなんて謂うものだから、どんなものかと楽しみにしていたけれど。この程度ね」 「……その腕で?」 綺沙羅は思わず吹き出したが、彩花の顔は変わらず。凛と、向かい来る神の姿を見据える。 「ええ。心が……全然、震えないわ」 神様って、そういうものでしょう? 心で負けていなければ、征服されなければ、それは『こちら』の勝ちに違いないのだ。だから、その後の力の勝負は、きっと『自分』の話になる。 あの男の卑劣なのは。その全責任を、他者に押しつけた所にある。 立ちあがって、綺沙羅の前に構える。 「さあ、反撃―――なのでしょう?」 一瞬きょとんとした綺沙羅、次の瞬間、声を出して笑った。 同感。 「『自分の為』に自分の生を見いだせない奴に、興味無いわ」 だから、自分たちの仕事は。 神殺しだ。 宗二朗と紫月の後方支援を受けて、エルヴィンとフツを合わせて四体の神個体を受け持つ。端的に言って、苦戦だ。 では楽な戦いがあったのかと言うと、そうでもない。フツの脳裏に浮かぶのは、何時だって最低最悪の状況で戦った記憶。 「幸福偏差値、最底辺だ、まったく」 長槍が何度も甲高い音を立てて神からの攻撃を防ぐ。そうして、その目は何時だって風斗と魅零が入れ替わり刃を交わらせる黄檗の姿を捉えている。 紫月の放つ冷波がエルヴィンとフツを越えて神々を押し退ける。ぶつかり合う神秘と神秘の衝撃は生半可なものではない。 フツはそのまま一体の神に刺突を繰り返して、押し返す。黄檗と神を挟み込むような陣形で、彼に対する優位を確保したかった。 「こんなナリだが、神さんに対する信仰心なんてのは無くてな……」 対峙する神個体は杖のようなものを振った。それがフツの左腹を直撃する。厭な音が響いた。構わずフツはその杖を抱え込んで、右手に構えられた朱い長槍を神の御体へと突き立てる。 互いの身体が悲鳴を上げて、両者ともが離れる。 「フツ!」 思わず膝をつきそうになったその瞬間、エルヴィンの声が響いて、振り向く前に一帯を暖かい光が包み込んだ。吹雪の中で……、それは驚くほど美しい光景だった。 ● 太刀と刀。社殿に広がる雪原の上で繰り広げられる剣戟は、神事の様に厳かで、静謐だった。 斬り、斬られる。魅零のその細くしなやかな肢体を七刀が切り裂いていく度に、彼女は顔を歪めながら、口に笑みを浮かべた。 (ああ、これは、強いんだ) そう思うだけで、痛みを消すだけのアドレナリンが身体を廻った。 「私は、君を倒すことも、『それ』を奪うことも求めないよ」 左斜め上段から振り下ろされた太刀を、同じように左斜め下段から振り上げられた七刀が受け止める。 ぴしゃと音がした。黄檗の顔を、魅零の腕から飛んだ血飛沫が紅く彩った。 「君は護る者であると同時に、護られるべき者でもある筈だよ。それが『仲間』。君には、居なかったの?」 事象と言動は矛盾に満ちているのに、けれど、そこに『矛盾は無かった』。 黄檗は顔を歪める。荒い吐息が白く吐き出される。 一瞬、黄檗は魅零越しに、自らが降ろした神々と死闘を繰り広げるリベリスタたちを見た。 「なんで、あんたたちは、まだ戦うんだ」 魅零とは正反対の方向から、風斗のデュランダルが黄檗向かれて突かれる。ぎんとそのまま七刀を振り上げた黄檗は、そのまま流れるように足を踏み替え、腰を回転し、後ろのそのリベリスタへと刀を振う。 「本当に……楽になったか?」 風斗の血まみれの顔が、切なく緋色の瞳を覗き込んだ。黄檗は唇を噛んだ。 「その顔を―――やめろ!」 黄檗の踏み込みが、一段と深くなる。腰を低く、柄を両手でつかむ。 神刀に宿る『刀神』。その神の名。 その名を呼ぼうとすると同時に、現れる数多の呪印。風斗の目に、フツの姿が映った。 それに気づいて、しかし、黄檗は動作を止めなかった。 どちらが早いか。そしてどちらが強いか。チキンレースだ。 「助けて。疲れた。って、言って良いんだよ。……この手を取って良いんだよ」 その言葉が黄檗の心を惑わす。神刀に勾引かされた心が軋む。 「もう、遅いんだ!」 呪印が消えた。黄檗に異変は無い。勝った。 黄檗の凄絶で凄惨な斬撃が、彼の周囲を舞った。 魅零と風斗の身体を無数の刃が切り刻んだ。その身から、噴水の様に血が噴き出す。 「は―――」 やった。 リベリスタを、斬り棄ててやった! 大きくなった瞳孔が、自らに向かう式神に気がついて、一瞬呆けた。 「あ、れ」 顕現した神々の姿が無い。あるのは、八名のリベリスタの姿。 疑問、というよりは、孤独だった。彼の心を埋めたのは、限りない寂しさだった。 そこに居たのは、俺だったのに。 「待ってるよ」 対照的な風斗の叫び声。なぜか動かない身体。 「ずっと手は伸ばしているからね」 見下ろすと、自分の身体を貫いた美しい剣。 「君は、心の底から、優しい人」 涙が頬を伝った。 その女の子に伝えたい言葉があったのに。 こんなに信頼しあえるリベリスタたちが居たら、やり直せるかもしれなかったのに。 それなのにどれだけ願っても声だけが出なくて。 そのフィクサードは、雪原に埋もれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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