● お礼を言うのは、少しだけ遅かった。 傍らには、今私を殺そうとしていたエリューションの姿。 それを、鮮やかなくらい両断した彼は、苦笑混じりで笑いつつ、私の前から去っていった。 一瞥に満たぬ邂逅。 唯それだけで、心を奪われてしまった。というのは、些かロマンチックに過ぎるだろうか。 彼を追うように任務を沢山引き受けた。 仲間には心配されても、私はこの心に正直でいたかった。 百に及ぶ任務の中で、再会できたのは、二度や三度に過ぎない。 それでも――否、それ故だろうか。 再び会えた彼に対して、私は子供のようにはしゃぎ、懐いて。 そうして、他愛ない会話をして別れた後、ああ、またあのお礼を言えなかったと、忘れていたことに気付いてしょげる。 それでも、そう言う関係こそが、私と彼にとって良いものであったのかも知れない。 夢であって欲しいと思った。 其れが叶わないとも解っていた。 現在、相対する彼が、フィクサードであったこと。 覚束ない所作で、武器を構える私が、リベリスタであること。 決定的な溝。 埋めることは――きっと、永遠にないであろうそれを知っているから、私は。 「……フィクサード、さん」 「……」 笑いながら。泣きながら。 武器を構えて、膝を笑わせ。 「ありがとう、ございます」 せめて、彼を打ち倒すことを。 或いは、打ち倒されることを、望んで。 弓弦が音もなく引かれる。 刹那、その一瞬を狙って彼が来る。 落涙が、戦いの始まりを告げた。 ● 「……主流七派、恐山がアーティファクトに関連する取引を行う模様です」 解説は唐突だった。 其れに――聞くリベリスタ達は居住まいを正したが、対する日明はどうにも困った表情で頭を掻いている。 口で言うほど、この件は『難しく』『簡単な』任務ではないらしい。 「……どうした?」 「いえまあ、何と言いますか……」 当然の如く問うたリベリスタに、対する津雲・日明(nBNE000262)は苦笑を交えて、言う。 「説明から、入りましょうか。 今回恐山は国内に散逸する規模の少ないフィクサード勢力に破界器を売り渡そうとしています」 念のため言っておくと、この破界器はアークの購買部で販売されているような『E属性を持っただけの武器』であり、それ自体に特殊な能力などが在るわけではないとのことだ。 取引に立つ恐山派フィクサードは六名。内一名を交渉と『観戦』専門のフォーチュナ、残る五名が今回アークと闘うフィクサードである、と言うことである。 「で、ここからが問題です。 件の<倫敦事変>の所為で皆さんが此処に集まるまで時間を要したために、アークは其れまでの時間稼ぎとして急造のリベリスタのチームを派遣したんですが……」 「……まさか、全滅した、とか」 「ご明察、恐れ入ります。……まあ流石に其処まで酷くはありませんが」 リベリスタらの強ばった表情に、苦笑混じりで日明も応える。 「足止め班の方々は皆さんが到着する頃に撤退を終えているでしょうが、残念ながら意識不明に陥った戦闘不能者が一名、取り残されています。 皆さんはフィクサード達の撃退によって取引を中止させると共に、このリベリスタの救出もお願いしたいんです」 「……」 難しい、とは言えない。 どちらかと言えば、『厄介』と言った形容がしっくり来る。 敵が用意した戦場の中で相手を全員倒した後、どのように扱われているか不透明のリベリスタの救出となれば、その難易度は相当―― 「……あー、いえ。その辺りは気にしなくても良いです。多分」 「は?」 「今現在敵の手中にあるリベリスタですが、敵方のフィクサードと知己というか……友達以上恋人未満というか。 少なくとも直ぐさま手を下す可能性はないでしょう。と言うか、僕が一番恐れているのは」 ――『裏切る』可能性、ですかねえ。 ● 『あ、あのっ! すいませんが斎翁様に取り次いで貰えませんか!?』 「え、無理」 『即答!?』 ――直ぐ傍でけたたましい声が聞こえた。 20過ぎの精悍な男は、端正な面持ちをいやらしく歪ませながら、通話口の少女に適当な返事を返している。 気楽なものだ、と思う反面……そうではないのかという疑問も、微かながら浮かんでいる。 そんな益体もない思考をしている内に、男は携帯電話をポケットにしまった。 「どうしたよ。オッサン。ひょっとこみたいな顔して」 「……どういう意味だ」 歎息して後、私は思考を断ち切った。 「それで――良いのか。このまま取引を続けても」 「ああ。ヤバくなったら撤退で良い。今回は調べたいだけだからな」 ケラケラと笑う男は、そう言って高そうな煙草を流れるような動作で吸い始める。 ……敵の戦力が如何ほどか確認したい、と言い始めたのが、今回の侵攻の切欠だ。 聞けば此の地から遙か遠く、倫敦の方でバロックナイツを相手とした大戦が始まるとのことで、それに戦力をごっそりと持って行かれたアークが、現在でどれほどの戦力を有しているか確認したいとのことだった。 「そんなまどろっこしい事をせずに、一挙に攻め入ればいい」 短慮な部下はそう言ったが、七派の内五派に及ぶ首領と『親衛隊』を相手にして、未だ本部を陥落せしめなかったアークである。 無策で特攻するような人間であれば、現在まで生きてはいない。 が、それを「放っておくのも癪だ」と言う変な理由を元に動いたのが、今現在私の傍にいる男だった。 ……付き合わされるアークに、敵ながら非常に同情を禁じ得ない。 「で、よ」 「?」 「どうすんだ。『ソレ』」 言って、男が指を差す。 視界の隅には、倒れたアザーバイドの少女が居る。 此方との交戦後、傷だらけで気を失ったままの彼女は、意識にこそ別状はないらしいが、それでも受けた傷がかなり深いことは想像に難くない。 「見逃すか、殺すか、攫うか。まー最後のは難易度高いけどよ。お前はどうする?」 「……」 解っている癖に――それでも問うこの男に、私は些少の苛立ちを覚える。 およそ半年ほど前から何度か邂逅したこの少女は、フィクサードである私に対して酷く好意的だった。 まさかその理由が、現在まで私をリベリスタだと思いこんでいたから、などとは思いも寄らなかったが……それでも、その無垢な好意に私自身、悪しからぬ思いを抱いたのも事実である。 敵であった。 だが、良き友でもあった。 「……決まっている」 握る剣か、抱える腕か、去る足か。 そう、その答えなど、疾うの昔に――それこそ、この少女と出会ったときから、決まっていた。 「俺は――――――」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月04日(土)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「……恋心ですか。私達フュリエもボトムに来てから変わり始めてますね」 ともすれば、怯えすら抱きそうな静かな空間で、ゆるりと呟いたのはシェラザード・ミストール(BNE004427)である。 此度の案件、敵フィクサードの取引の阻止と、囚われたリベリスタの救出の為、倉庫内に入り込んだ彼らの数は八つ。 内、その半数が異界からの協力者である理由は――先に言った、囚われのリベリスタが、彼女らの『家族』で在るため。 「恋……かぁ。ボクはまだよくわからないんだよねっ。 だからこの子のことはうらやましくも思うなっ」 「イメは恋は分からぬですが、姉妹の痛みは感じるとです。 姉妹の幸せを願えど、イメは姉妹に弓をむけねばならなくなるのはいやなのです」 先に言ったシェラザードに続くように、『アメジスト・ワーク』 エフェメラ・ノイン(BNE004345)と、『永遠を旅する人』 イメンティ・ローズ(BNE004622)のこそこそとした会話は、それでも静謐そのものであるこの倉庫内に於いては敵に気付かれる可能性が高い。 『墓掘』 ランディ・益母(BNE001403)は、些か暢気にも映る『少女』達に肩を竦めるが……かといって、其れを止めることもない。 自然の理だ。元より『アークの戦力偵察』と言う名目で、彼らは自身等に対してこうも解りやすい取引を見せつけている。 況や、止めに入ったリベリスタらもフィクサード側に大した損害を与えることなく撤退したとなれば――だ。 「感じた事の無い不思議な感覚ですが……縁というものはあるのですね」 メンバー内最後のフュリエ、『風詠み』 ファウナ・エイフェル(BNE004332)は、仮にも敵前へ踏み出す最中にありながら、その表情に穏やかな笑みを浮かべている。 が、それを戦意の衰えと見なすのならば、それは大きな誤りであると言わざるを得ない。 「――とはいえ、そこから先を黙って見ている事はできません」 その眼が、「解りますよね?」と問うていた。 幾多の遮蔽の向こう側。壁際に在ったコンテナに背を預けた五名の内、大柄の男が、問うたファウナに視線で返した。 「リベリスタもフィクサードも立ち位置が違うだけで同じ『ヒト』なのに。 その隔たりはなぜこんなに大きくなるのだろう。それは、貴方には解るのか?」 「教科書通りの解答で良ければ答えよう、リベリスタ。 だが、それを『俺に対する質問』とするならば……そのような能が、在ると思うか」 『百の獣』 朱鷺島・雷音(BNE000003)の、純粋な感情に対しても、フィクサードは呆れたように首を振る。 此方はつい先程『出題』に気付いたばかりだと、朴念仁を気取る男は応えて。 「……私は、貴方個人の感情に興味はありません」 対し、怜悧に告げたのは『鏡操り人形』 リンシード・フラックス(BNE002684)だった。 「私にとっての……『本題』は、一つだけです。 コレ、持っていかれると……アークの機密が漏れてしまいますので……置いていって貰えると助かるのですが……?」 「好きにしろ」 端から拒否されると信じ切っていたが故、その返答には問うたリンシード自身が些少の驚きを見せた。 「此方に連れ帰ったところで、嘗ての後宮シンヤが貴様等の仲間を誘拐した件のように、後々アジトを晒す羽目になるだけだ。 殺しもしない。唯の偵察目的の場で後々まで恨みを買うような真似は、少なくとも『恐山的』にはほぼ遠い故な」 「……貴方は、この子を友と……相方として見ているのに?」 「――事情に私情を挟むか。其方は何ともまあ『アーク的』だな」 正しく、性根の青い小娘を諭すように、男は苦笑いを浮かべた。 「……全く、合縁奇縁と言うけど、本当に縁は不思議だな」 相対する者の反応に、『アリアドネの銀弾』 不動峰 杏樹(BNE000062)がため息を吐いた。 ――彼女にとっての初恋なんだろうけど、難しい相手だ。 口には出来ない言葉の代わりに、彼女が出したのは小盾と自動拳銃。 彼我の平行線を理解した事もある。敵方の『取引相手』が現れるまでの猶予を察してのことでもある。 それを――フィクサードらも理解したのだろう。応じるように次々と武器を取り出していくその様に、へらりと笑ったイメンティが魔弓を番えて、言った。 「それではふぃくさーどさんに、あてんしょんぷりーず?」 ● 敵方へ一手を以て飛び込んだリンシードは、そのままに『迷い犬』の挙動を阻止する形で正面切って立ち合った。 「……お相手……願います」 「アークに名高い『人形』と手合わせか。有難いものだ」 撃ち込まれた瀟洒なる剣閃に対しても、『迷い犬』は焦ることなく盾ではじき返す。 他の一線級リベリスタに比べてリンシードは身のこなしが優れている反面、耐久性に於いては若干の心配が残る。 その彼女が唯一人で彼のブロックを務めるのはやはり難しいものがあるが、リベリスタ達の目的を果たすまでに、リンシードの役目を必要とする時間は、そう長く掛からない、筈だ。 「――この世界風に言うならばその子の『身内』です。迎えに来させていただきました」 どうぞ、お退きください、とファウナが言う。 敵方の最高戦力を一時的でも封鎖した後に、残るフュリエの四名が豪雨の如く降り注がせた火炎の異象は、刹那、倉庫内の温度を地獄の如く上昇させた。 炸裂した火弾によって、幾名かがその距離を少しずつ取らされていくフィクサード陣を見て、その距離を精緻に測った雷音が即座に倒れ伏しているリベリスタに駆け寄って、自己の細腕で必死にその身を抱え上げた。 「年末までご苦労なことだ。この子は返してもらうぞ」 ……敵である『迷い犬』が解放を認める旨を口にしたとして、それがフィクサード全員の総意であるとは限らない。 実際、戦闘前の会話の最中にも倒れたリベリスタに向けて視線を飛ばしていたものがいたことを、雷音は高めた直観力で察知していた。 事実、折角の獲物を逃がすことを惜しんで、敵方のインヤンマスターが式符を構えたが―― 「……その子に、武器を向けたな?」 ぞ、と泡立つ皮膚を自覚したときは、既に遅い。 牽制のためと杏樹が構えたハニーコムガトリングは、その瞬間に明確な殺意を伴う一斉掃射と化していた。 「ラ・ル・カーナの月の光よ……降り注げっ!」 距離を大きく取ったフィクサード達に対して、エフェメラが放った光も、持ち直した彼らに因って大半がそれを避けていく。 次いで、近づいた彼らがリンシードに近づくことで、状況は完全な乱戦を持ち込まれる――と、思われていたが。 ――おいおい真っ赤な兄さん、その図体で『気付かれない』ってなあ随分なモンだな! 「……ッ!!」 戦前の中途、密かに仲間達とは別方向に別れていたランディの不意打ちが、彼方からの声によって止められる。 一挙に飛び込もうとした敵フィクサード達は其れを理解すると共に停止、ひとまず散開を主とすることで近距離での範囲攻撃の対策を取った。 致し方無しと飛び出し、真っ先に捉えたナイトクリークの動きを封じざま、散った敵との距離を見るランディが舌を打つ。 声の主は――間違いない、『戦場を見渡す場所にいる』敵フォーチュナのものだ。 確かに彼のフォーチュナは戦闘を観察しているとは言われていたが、それは助力をしないこととイコールではなかったらしい。 集音装置やマスターファイブを有したリベリスタ陣は、その声一つで大凡の場所を特定したが、予想された彼の姿は見えない。所持しているとされるアーティファクトの能力だろう。 「行動の迅速さこそは認めようが――」 掛かった時間は一分と少々。 それだけで十分に疲弊させられたリンシードが、僅かに身を揺らす、それこそが隙となった。 「――たかが一枚岩で封じきれると、そう思うてか……!」 世界線を越えた世界樹の加護により、リンシードに物理攻撃は意味を成さなくなっている。 けれど、まるで其れがどうしたと言わんばかりに――『迷い犬』が告げると同時、アルティメットキャノンと呼ばれる気哮の爆発が矮躯を拉がせ、大きくその身をのけぞらせた。 フェイトの燃焼を以て倒れることだけは防いだが、それとて味方前衛陣に対する回復が非常に薄い状況下では、リンシードの身は瀕死の其れと大差ない。 「この、程度で……」 言葉を中途に、更なる追撃をと『迷い犬』が近づいたが、同時にそれもまた二条の矢に因って動きを止められる。 「……わんこさんは姉妹が好きになった人、出来れば今後も戦わずにすむ道があればと箱舟へ勧誘したき所存」 イメンティと、シェラザードである。 両者の背後には、念のためと雷音が施した回復により、生気を取り戻したフュリエの少女が未だに眠っている。 「アークに来て下さるなら、姉妹も私達も嬉しいです。 フィクサードがリベリスタになるのは、ボトムではない訳ではないですよね?」 継いだシェラザードの声も、少なくとも闘志は感じられない。 敵に対して何処までも甘い、その様子に『迷い犬』は肩を落として――萎びた声で、言葉を返す。 「既に、俺は二度。組織を裏切った」 「………………」 「これ以上は無い。忠義を無くし、ふらふらと寄る辺を変えるような弱さに、身を窶すことは、出来ない」 男はそう言って、盾を背に負う。 剣一つを両手に構え、重厚な声音で唯一つの、覚悟を呟いた。 「参る」 ● リベリスタ側の作戦は、既に先の戦闘の流れを以て描かれている。 先ず『迷い犬』をリンシードが足止めした後、フュリエ達によるエル・バーストブレイクで残るフィクサード達との距離を引き剥がす。 後、囚われのリベリスタを保護後、戦場から或る程度隔離。念のために回復を施した後、敵主力である『迷い犬』への集中攻撃を以て落とした後、最大戦力の瓦解によって気勢を削がれたフィクサード陣を撤退させる、と言うものだ。 実際に要点を述べれば其処に淀みはない。ならば実際がその通りに進むかと言えば、答えは全く以ての否だ。 簡単に言えば、リベリスタの救出に掛けるリソースが若干ながら過多であったこと。 敵方に狙われることがないよう、先んじて距離を離そうと全方位に於けるノックバック系統のスキルを惜しみなく注いだフュリエ達の気力は、特に世界樹の加護を受ける彼女らにしても余裕がないものとなっている。 更に言えば、本パーティは敵とかち合う比率の最も高い前衛陣が杏樹、ランディ、リンシードの三名のみに対して、微力ながらの回復支援も殆ど与えられる傾向がない。 言うなれば、先にも『迷い犬』が言ったように、リベリスタ達は強固な一枚岩を支えに戦闘を続けているようなものだ。 「迷い犬だったか。うちのが世話になってるな。で、どうする?」 其れを悟ってか、杏樹が軽く『迷い犬』に問う。 穿つ銃弾、針穴通しは正確無比に敵フィクサードを貫いていく。それを視界の隅に収めながら、『迷い犬』は視線だけで杏樹の言葉を促した。 「『人質』は取り戻した。戦闘は泥沼だ。手打ちにする気は?」 「……それを決める権限が在れば良かったがな」 吐いた溜息は心底からのものだろう。 周囲を見てみれば、他のフィクサード勢もその所作に躊躇いはなくとも、表情や気勢からは覇気というものが感じられない。 真に命が掛かった局面ならば自己判断で逃走出来るらしいが、それまでは一定の被害を受けるまで、彼らは退散することをフォーチュナに禁じられているのだろう。 それでも、『泥沼』と称された戦闘も、時間が経てば終わりに近づいていく。 重点に置いていた『迷い犬』が運良く予想以上の硬さを発揮したのか、首の皮一枚で持ちこたえているところを、ランディが為したアルティメットキャノンで他のフィクサードの一名が倒れたのだ。 これは単に『迷い犬』が堅牢と言うより、イメンティやエフェメラ等が、状況に応じて他のフィクサードも巻き込むように範囲攻撃を撃ち込んでいたことが原因である。 当然、フィクサード側も其れに甘んじていたわけではない。 殊に、実質四人を『迷い犬』の側に行かせまいと奮戦したランディの負傷足るや相当なレベルであり、フェイト使用をしても立つ姿は何処か覚束ない。 杏樹も、偶然呼び寄せた劇的な復活を以てフェイトの消耗こそ避けられたが、自身が後何処まで保つかは良く理解できていた。リンシードに至っては言うに及ばずだ。 「……本当ならこの子の気持ちを優先させてあげたい。そのために頑張ってきたのはわかるから」 傷む身を強引に気力で補うエフェメラは、ぴたりと『迷い犬』に向けた矢を、しかし未だに放たない。 「……でも、ボクたちはあくまでもアークの一員、そして他のリベリスタ組織にまでも隠匿される存在。 恐山なんかに渡すわけにはいかないんだよ。殺させるなんて、尚のこと。だから――」 「おー、解った。降参だ」 退くよう呼びかけようとしたエフェメラに応えたのは、これまで一度しか聞こえなかった『彼』のものだった。 「結局戦力把握は失敗だしな。まさか倫敦の方をケリつけてから即座に舞い戻ってくる奴が居るとは思わなかった。 こっちも貴重な人材を無意味にすり減らす真似はしたくないしな。帰らせて貰うぜ」 姿はない。唯声が聞こえるだけ。 それに――けれど、惑うことなく戦闘態勢を解いたフィクサードらが、次々と武器をしまい、去る準備を整えていく。 「……己の在り処が定まらないのは、寄る辺足るものが見つからないからでしょうか?」 その最中、ファウナが訥、と話しかける。 一瞬、ぴくりと動きを止めた『迷い犬』は、しかしそれに対して唯沈黙のみを返す。 その態度に――些少、苛立ちを覚えた雷音は、追いすがるように言葉を投げかけた。 「君にもフィクサードというメンツがあるだろう。 フィクサード組織を渡り歩いてきた君だ。なおさらだと思う」 「だけど、お互いを邪魔することになったとしても、フィクサードとリベリスタの恋は成立しないものだと思うかい?」 「……今の俺は、恐山の人間だ」 根負けした様子の『迷い犬』は、リベリスタ達に背を向け、歩き出しながらも言葉を零していく。 「感情と任務を切り離す。謀略の名を担う組織には其れが必要だ。 ともすれば、またこのように刃を向ける関係にすら成りうる相手に――何故、そのような残酷な真似が出来る」 「……君は」 言葉をかけようとした雷音を、杏樹が止めた。 「……手荒なまねしてそーりーです。 姉妹を殺さないでくれて、ありがとさんです」 代わりに、イメンティが一礼を以て、その意志に敬礼を贈る。 去りゆく背中に見えた感情は、きっと、誰しもが理解するものだった。 ● 「……え、と」 フュリエの少女が目を覚ますのは、それからさほど経たなかった。 喜色を見せた姉妹達は、その後に彼女が置かれた状況を説明し――それに驚いた彼女は、自らを助けてくれた仲間達にひたすら謝り倒した。 問題は、その後である。 「随分と……我が儘じゃないですか? 貴女」 全身を傷だらけにしながら、それでもハッキリとした口調で問うたリンシードの言葉は、フュリエの少女には驚くべきものだった。 「前は同胞を殺した奴らを殺してください……今度は愛する人の為に我々を攻撃します、なんて」 「……え?」 明確な怒りを伴った質問に対して、返ってきたのはその意図を暈かすような反応だった。 はて、と小首を傾げたリンシードに次いで、ランディがその意味を確りと説明する。 「フュリエ、お前も自分で決めろ。お前らは俺達の押し付けた恩はとうに返している。 敵なら戦うだけの話、お前達が俺の敵じゃないなら戦う理由も無い」 その言葉に――漸く『迷い犬』との関係を問われていることを理解したのだろう。 「違います! 私、そんなことしません! あの人のことは……その、多分好きなんだと思いますけど、その為にフィクサードになんて……!」 「ならいい」 解答に嘘は見られない。ランディにはそれで十分だったが故に早々と打ち切ったが――唯一人。 「……態と暈かしたのか?」 「まあ、嫌な想いをされるのは目に見えてますしねえ。敵と仲良くなるのはお得意でしょう。皆さん」 フュリエの少女を中心とした輪の外で、杏樹は手にした幻想纒いを、この依頼を託してきたフォーチュナに繋げていた。 「離反を繰り替えした対象が此方に鞍替えしてくるのは、アークの組織柄拒めません。 その上で、また別の敵対勢力に裏切ってしまえば、此方の情報が漏れる可能性がある。あの方はそう言う意味では強力なだけの敵より怖い」 「だが、今度は彼女が付いている」 「ですから、只の懸念です。 前もって言いましたよ。『僕が』一番恐れているのは――と」 其れに振り回された自分達の気持ちも鑑みて欲しいと、杏樹は軽くため息を吐いた。 未だにふらつくフュリエの少女を連れて、倉庫の外に出れば、雲間から少しずつ日差しが覗くのが目映い。 『――恋する心は、リベリスタ、フィクサード変わらないと思うのに、どうしてすれ違うのでしょうか?』 日の下に出た雷音が、短文のメールを打ち込んで義父に送り、思い切り背を伸ばす。 冬下、空気は未だに寒々しいが、穏やかな日だまりは、少しずつ冷えた身を解きほぐそうとしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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