●誰にでも出来る簡単なお仕事です。 「仕事としては、すごく簡単。だけど、多分すごくつらい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、しばらく目を閉じていた。 これからリベリスタが受ける苦しみを、わずかでもわが身に受けようと天に祈るかのように。 これからリベリスタを過酷な現場に送り出す自分に罰を請うように。 やがて、ゆっくり目を開けると、ぺこりと頭を下げた。 「お願い。あなた達にしか頼めない」 苦しそうに訴える女子高生、マジエンジェル。 だが、断る。なんて、言えるわけがなかった。 ●お仕事内容はフレッシュな辛さのラーメンを食べることです。 「ラーメン」 小さなおわんに盛られたラーメンが、テーブルの上に出される。 モニターに表示される写真。 矢印がなんとも赤茶色のスープを差す。 「ここが危険」とイヴが手書きでキャプションをつけた。 「エレメント。特殊能力は持ってないけど、エリューションである以上、一般人が食べると覚醒現象を促すことになる」 なに、そのバイオテロ。 「ちなみに存在としては非常に弱い。リベリスタなら胃で消化できる」 うわー、リベリスタの胃液、すごーい。 「幸い、現在とある中華料理店に発生が限定されている。今からそこの材料をを全部食べてしまえば問題ない。幸いこのラーメンはめったに注文されないので、みんなが独占できる。よかったね」 わーい、やったー。 「ここのお店、トッピング自由だから、味は変えられる。色々試しながら、何とか、全部食べてきて」 リベリスタの心を和ませるためか、イヴはお店のHPを画面に呼び出した。 竜だの虎だの鳳凰だのが飛び交うディスプレイがいかにもそれっぽい店内。 テーブルの上には、砕かれたナッツや、手作りっぽいラー油やお酢がかわいい陶器の容器に入っていて、『ご自由にどうぞ』って手書きポップがついている。 ――いうなれば、カレーでいう所の薬味? 「で、名前は、『麻子ラーメン』」 普通に美味しそうだけど。 「店のコピーでは、『一口食べるとお口の中に爽やかでフレッシュな辛さが広がります』」 美味しそうだけど。盛りも一口サイズでかわいいし。山椒の匂いとひき肉そぼろ、ふるふるのお豆腐もおいしそう。 「論より証拠、どうぞ」 じゃ、遠慮なくと、その場にいたリベリスタみんなで食べると、ほんとに麺が全員にいきわたらない。 麺にありつけなかった面々は、仕方ないので具のそぼろと豆腐だけ、あるいは、スープだけ。 ぱく、ちゅるる。ずずず……。 「今、食べ方、説明しようとしたのに――一気に飲み込まないことをお勧めする」 いや、そんなこと言ってももう口に入れちゃ――。 スープが口に入った途端、この上なく濃厚なゴマの香りと共に口の中の感覚がなくなる猛烈な痺れ、更に喉の奥が焼け爛れるような灼熱感。 今なら、じたばたで空も飛べるはず。 ふるふるのお豆腐は芯まであっつあつだった。 上口蓋を物理的に焼き尽くし、更にのどまでとろとろと噛むまでもなく流れ落ちていく。胃の奥まで続く灼熱感。 麺だけの連中もしゃれにならない。やけにいい香りの麺と思ったら、山椒とゴマが練りこまれていて、噛めば噛むほど舌が痺れて、口元からおつゆが滴りあふれそうだ。 「飽きることなく、いつまでもフレッシュな辛さ」 たっぷりと注がれた水をごくごく飲み干すリベリスタ。 その後に、口の中にうまみの余韻がいつまでも続いている。 あれ、なんか、また食べたいかも。 何、このジェットコースター・ジャンキーな展開。 脳が、さっきのスリルを求めている。 「中毒性におののいて、これ、ほとんど誰も頼まないみたい。今回に限っては好都合だけど」 おいしいのにね。 いや、これ大量に食べるとなると、とんでもないことになるんじゃないか? 一口のラーメン食べるのに、すでに小さくないコップの半分の水がなくなっている。 「スキルは有効。おなかの重さも、物理的口内火傷も、山椒中毒も、バッドステータスなら回復可能。だから、心配しないで」 逆にいえば、たかだか食べ物でバッドステータス起こすほどの状況にならないと回復も出来ないってことですね? どっちかというと、心のダメージが心配かなー。 「とにかく、普通の人が食べたら危険。エリューションを増やす訳には行かない。放置したら、側にいるこのお店の人や機材まで覚醒する可能性がある」 来るんじゃなかったと顔にありありと描いてあるリベリスタを叱咤するように、イヴがまじめなことを言い始めた。 「今回は、『ささやかな悪意』とは全く関係ない、町のラーメン屋さんのレシピと材料と作った星辰の位置がちょっと神秘に片足つっこんじゃっただけ。これ、食べきってしまえばもう問題ないはず」 確かに、善良なラーメン屋さんがノーフェイスになったりして、やばいラーメンを作るやばいラーメン屋さんになったら大変だ。 エリューションの芽が小さいうちに積むのが肝要。 「このラーメン屋さんは、幸い年中無休24時間営業」 ぶっちゃけ、全部食べきるまでは帰れません。 逆に言えば、それ以上は絶対出来ないのがわかっているのだけが救いなのだ。 「戦闘にはならない。ばかばかしいと思うのもわかる。ストレスがたまると思う。でも大事な仕事」 イヴは、もう一度頭を下げた。 「お願い」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月26日(木)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 麻子ラーメン。 発音はマーツーラーメンである。「あ」から始まったりしない。 白胡麻香るコクカラスープに、山椒香るマーボーなひき肉そぼろと灼熱とろとろ豆腐がかけられている。 手のひらサイズのおわん50杯分腹に収めて帰ってくるのだ、リベリスタ。 寒風に首をすくめて店に入る。 店を出るときリベリスタがどんな様子なのか、想像もつかない。 ●もしものときは、墓に刻む言葉。 「簡単なお仕事とはいえ、油断禁物です。私、最近ちょっと体重が増え気味ですけど……頑張ります」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)、いい感じの肉付き具合。 「刺激物は完食する、仲間は逃さない。訓練されたリベリスタの辛いところだね」 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)、古強者の貫禄。 「\あさこラーメン/」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)、突然の。 「なるほど……麻(マー)婆さんが若返って、麻子(まーこ)さんになったと。フレッシュな辛さはそう言う事なんですね」 『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)、大体合ってる。 「店主。この店のメニュー全品いただこう」 アルトリア・ロード・バルトロメイ(BNE003425)、違う次元の住人。主に消化器が。 「これだよ、これ! こういうのを密かに待ってたんだ!」 『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)、糸目のハイテンション。 「あたしは激辛が好きだ! あたしは激辛が好きだ! あたしは! 激辛が! 大好きだ!」 アメリア・アルカディア(BNE004168)、オッドアイのハイテンション。 「もしもし、おかあさん? 帰りに直でお仕事行くことになったから、晩御飯大丈夫だよ。ラーメンいっぱい食べてこいだって」 『無銘』佐藤 遥(BNE004487)、その後、娘があんな目に遭うなんて、そのときは思いもしなかったのです。 ● 「とりあえずチャーシュー並べて肉で誤魔化そうっと。サイドメニューにから揚げとか、酢豚とか」 虎美は、クールなガンファイターである。 「酢豚だとちょっと甘いのが辛さを強く感じさせるようになるかもしれないから微妙だけどね」 注文を済ませた虎美の顔が脳内からの囁きに甘く潤む。 「なんでお肉ばっかりなのかって? ほら私肉食系だし? 虎だし? なんでそこで笑うの? もー、お兄ちゃんも食べてよね。私、家に帰ったらお兄ちゃんを食べちゃうんだ…って冗談だからそんな顔しないでよ。そう、冗談だからね……ウフフふフフフふ」 ここまでワンセットである。仕様です。 「はい、それと、メニュー制覇のお客さん、お一人様」 テーブルが狭くなる。と、一人大机をキープしたアルトリアが口の端に笑みを浮かべたまま頷いている。 それを呆然と眺める訓練されたリベリスタ。 「……なんだ?」 アルトリア、きょとん。 「別に問題はあるまい。件の麻子ラーメンもちゃんと食べればいいのだろう? それだけでは全く物足りないし、味に変化もつけたいので他にも頼むだけだ」 なんか色々前提条件がずれている。 そう、革醒者の世界からのずれ具合は千差万別。 速度狂もいれば、精密機械も狂戦士もいて、胃袋にブラックホールを飼っているのもいるのだ。 「麻子ラーメン50杯と炒飯大盛りと餃子一人前ずつーっ!」 と、遥が元気に手を上げる。 口の周りが微妙に白いのは、胃粘膜保護のため牛乳飲んできたからだ。 (困ったら牛乳先生に相談だよ) 「麻子ラーメンは〆メニューですが、お食事の後になさいますか?」 「一緒に持ってきて下さいっ」 ラーメンは飲み物の勢いで遥はきゃっきゃしている。 E・ストマックは持っていない。 「俺も定番の餃子、好物の餡かけ炒飯も頼もう。脂っこさを緩和するために飲料は烏龍茶オンリーで。箸休めに杏仁豆腐だな」 晃のおめめもキラキラだ。糸目が見開かれてるなんて珍しいぞ。写メ撮っとけ、写メ。 「よろしかったら、麻子ラーメンは、ワンコになさいますか?」 食べ終わったら、お椀に入れてくれるスタイルだという。 ならば、伸びた麺を食べねばならないという事態は免れる。 スープがなくなるまではあるから、どっちにしても特製麺もスープも食わねばならぬ以上、量は一緒だが、食味は大事だ。 「それで!」 背後にずらりと麺を持って並ぶチャイナドレスのお姉さん。 嬉しくない。 だって、これ、バイトとか言いつつお店に潜入中の別働班のお姉さんたちなんだもん。 マジ、逃げられない。 ● 「ロンドンは寒かったので、まおはあったかいラーメンを食べたいと思いました」 ぎゅーきゅるるーとおなかをすかせた『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)は、嬉々として麺を手繰る。 「杏仁豆腐や甘そうなものも一緒に頼みたいってまおは思いました」 ずるずるずる。 「……!! おおお、お水を!!! お口の周りがヒリヒリひゃわわわわ!」 お絞りと水で、マヒ状態になった蜘蛛の口当たりを冷却。 「――スープも飲むんですよね?」 もういい、もういいんだ、まおちゃんと言いたかった。 だが、これが戦いに身を捧げたリベリスタの痛み。 「いただきます」 それが、まおちゃんの最後の笑顔でした。 決死の覚悟で一気にひき肉ゴマスープを飲み込むまおちゃんの姿を忘れない。 そんな姿を『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)は見ていた。 もはや、香辛料の臭いで昏倒したりしないのだ。 「よし! 舌が辛いと感じる前に一気に平らげる作戦だ! お椀一つを一口で食べる勢いでいくぞ!」 底辺世界では、それを「うん、無理」(判定不要) という。 「ぶほっ! げほっ! 辛味と酸味が気管にはいる! それに熱い! 口の中がベロベロだ!」 どこから突っ込んで言いのか分からないボケ倒しに、テーブルは水を打ったように静かになった。 こ、こいつ、残念職人か。 ● 「辛い! 痛い! でも、美味い!」 おめめきらきらの晃なんて珍しいぞ。ビデオだ、ビデオ。 「タンタンメンに麻婆豆腐、こういう組み合わせもあるのか! 中華料理が辛いのは当たり前! でも美味いんだよ!」 いい感じにハイテンションだ。 「複数の香辛料と油、食材が絡み合って生み出される味こそ中華だ! こないだみたいなくどい甘味よりも断然、箸が進むなぁ! 身体が活性化して余計に腹が減ってくる! 残すなんて勿体ないぐらいだ!」 そう言っている黒目が高速回転を始めているし、顔から滝のような汗が滴り落ちてきているのに、本人が気がついていない。 「いやほら、舌にくる刺激がね? なんか生きてるって感じでね?」 アメリアのうわごとのような辛味礼賛も止まらない。 「それでね? 自炊の料理とかね? 七味の瓶一本をうどんに投入してみたりね? するわけよ」 カプサイシンの過剰摂取によるβ-エンドルフィンの過剰分泌や。常習性はないけど、脳の海馬に過大なストレス掛かるぞ。 「そして……大量に食べるお仕事は簡単なおしごと以外にもこなしたことがあるのです」 急に口調が変わった。カタカタと箸がおわんに触れて小刻みな音を立てる。 「ああ……あれはひどかったなぁ……大ブタヤサイマシマシニンニクカラメアブラマシ」 トラウマでアメリアのハイライトが消えそうだ。さあ、辛いの食べて食べて。 「今回は伸びないし、味は好みだし問題はないね」 その調子でがんばっていただきたい! 「あひゃひゃー、れもこりぇほんろぉいかりゃいれぇ」 あははー、でもこれ本当に辛いね。と言っている遥。笑いが止まらない。舌がしびれています。 (でも箸が進むとか、BS魅了) 「凄く辛い……ですっ」 舌が腫れあがってボンレスハムになっている気がする。 智夫――いやさ、ミラクルナイチンゲールはくじけない。 水のコップを両手で持ってちびちび飲むあたりが女子力の高さを物語っている。 「結局、ひりひりするのって炎症だからね。冷やすのが重要なんであって、節操も無く飲んでたらお腹一杯になっちゃう」 同じちびちび飲みでも、虎美の場合あくまでテクニカルな問題なのだ。 「まあ言ってもね、人が食べる為の物ですから。ユウさんはリベリスタである前に一介の立喰い師ですし、 その胃液をもってすればこれしき……いただきます」 華麗なしぐさで、割り箸を口にくわえてパキッと折ったユウが、麺をすする。 とろんとした垂れ目が見開かれた。頬袋が膨らんだ。唾液が異常分泌されているのだ。 「――からああああつううううう」 それでも立喰い師は食物を飲み込む。店に「どうぞ御代はいりやせん」と言わせてこそプロだ。食べ物に負ける訳にはいかない。 「神が……いま、神が居た……」 それ、あかんトリップや。 「鼻に抜ける胡麻と山椒の香りは不快じゃないのにしんどい! せ、せめてもう少しマイルドだったら! あ、それ麻婆さんですね。納得」 麻子です。フレッシュです! 「しかしご主人、いい仕事してますよ……これは意地でもごちそうさまを言いたくなって来ました! フフフ面白くなって来ましたよ!」 それ、あかんフラグや。 訓練されたリベリスタの進撃は続く。 ● 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は、残念だった。異論は後日書面で本部苦情係に提出すること。 「山椒の痺れる辛さに、唐辛子の熱い辛さが合わさってこその麻辣味です!」 ここで女子力を上乗せするのが美少女! 「とらちゃん! 特製激辛ラー油をトッピングだよ! おいしくなーれ、萌え萌えキュン☆」 舞姫の真っ赤なハート受け取って☆ 「ヒャッハー☆ 辛そうでやっぱり辛い、すっげー辛いラー油!? 舞ちゃんの愛が痛い……あ゛っ――!!」 地獄の釜の底から聞こえてきそうなだみ声で、とらはうめく。 「もー、とらちゃんってば、リアクションが大げさなんだから♪ あれ、目にゴミが……」 赤い油で汚れた指で眼のゴミを取ったりすると――。 「ふごごごおおおぉぉぉおおおっ!? 目が、目があぁぁあああ!!」 架空の国家の特務隊大佐の気持ちが良くわかるようになります。 「もうこれ一個しか無いから、らめぇ!!」 まだ引退させてやる訳にはいかないので、眼科にいくのです。精々養生してくれなさい。 「あ、でも後から油の旨味が後を引くな。口の中が痛いのにやめられない止まらない」 牙緑の残念も止まらない。 更に、依存症に傾倒。だめの上にだめを重ねて、牙緑は行く。 「あれ……なんかちょっと腹が……くっ! これは……ヤバい……JKが使うチョーヤバイとは比べ物にならないヤバさだ……!」 それは、かつて舞姫さんがアイスの食べすぎで陥った事態に類似しています。人としての尊厳がかかっています。 「用事を思い出したから帰る!」 滴り落ちる脂汗には、さっき飲み込んだスープくらいしょっぱい。 足早に立ち去る背中に、リベリスタはエールを送る。 君に幸あれ。 「コーヒーとお酒生活でも大丈夫だから、胃腸の強さには自信アリ!」 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は、割とおいしいとこだけ持っていく。 「寒い日に辛いラーメン、いいよね。眼鏡が曇るけど……」 美形キャラなので、辛さの余り咳き込んだり、鼻の穴から麺が逆流したりしないのだ。 「うん、美味しい美味しい。続けて食べると、流石に辛いな。ご飯を合わせてみよう。ラーメンスープとご飯、禁断の組み合わせだよね。炭水化物同士、しぼう判定には注意しておこう」 美形じゃなかったら、容赦なく太るのに。視線がロアンに集中する。 「え……何?」 残念じゃないって、時として罪だ。美しさは罪って、どっかの情報機関の少佐が言ってた。 ● (うん、こんなに食べられない、無理) ぴこんと、智夫の脳内でフラグが立った。 (と言うわけで拙者、華麗に脱走済みでござる) いつの間に。さすがだ、脱走王。 (いやっほおおう! ついに、ついに簡単なお仕事という罠に引っかからずに済んだでござるYO!) ただし、脳内に限る。体の方は一歩たりとも動いていない。 というか、清楚なミラクルナイチンゲールの微笑みが消えたかと思うと挙動不審に目玉キョロつかせる智夫に、仲間達にホールドされているのだ。連帯。 「あ、あのう」 ぽちゃん。配膳のお姉さんの手を待つまでもなく、アメリアが智夫の椀に麺を落としていく。 「アメリアさん、もの凄い勢いで食べつつ……拙者の方にもどんどんとおわんを渡して下さっているような……」 心象的ではなく、身体的に噴き出す汗。というか、目の前がくもって何も見えません。 もつもつと口に麺を入れつつ、アメリアは言う。 「脱走王、オメーは逃がさん」 「脱走者にはつゆ残し厳禁の刑」 一杯一杯麺を食いきるごとに飲み干せ。つまり、口から火を噴くスープを率先して片付けろという虎美先任軍曹のお達しである。 「うぐうっ――少しくらい夢をみてもいいじゃない」 脱走王、特技は死亡フラグを立てることです。 「そんなことを言うのはこの口か。口開け。スープ流し込んでやる」 がらごべらっ。 吐くなよ。床をなめることになったら、全年齢向けのため割愛しなくちゃいけなくなっちゃうから。 「そう言えば簡単なお仕事で辛いものといえばカレーとか思い出すね」 ひぐっひぐっとしゃくりあげる智夫に虎美が言う。 「あの時はインド人になりきろうとして失敗したんだっけ……お兄ちゃん、ニヤニヤするのやめてよね。アレは思い返すと恥ずかしいんだからさ」 ひょっとしたら、智夫がミラクルナイチンゲール化する土壌はこのカレー依頼のときに刷り込まれたのかもしれない。 あの場には、虎美と智夫と牙緑がいたのだ。 「あの時の面子が揃ってるって言うのも凄いと言えば凄い」 互いに顔を見合わせて、訓練されたリベリスタだけが共有する笑みを浮かべる。 「思えば遠くに来たものだね」 あの日が遥か遠くに思える。 でも、もっと遠くに行くのだ。これからも、三高平で生き続けるのだ。 「お願い、ミラクルナイチンゲール! とらさんのラーメン、おいしくな~れ・萌え萌えキュン☆ ってやって~」 とら、さっき、それでふごおっとか泣いてたじゃない。 きゅぴーん。お願い、ミラクルナイチンゲールのコールがある限り、いつでもどこでも現れるのです! 「輝くシューティングスター、純白のマギテックさんの衣、そしてピンクのウィッグ♪ マギテックさんで行きますね!」 「ナイチンゲールのちょっといいとこ見てみたい!」 訓練されたリベリスタは脱走は許さないが、お着替えの為の中座は許してくれるのだ。 「とらさんのラーメン、おいしくな~れ・萌え萌えキュン☆」 かわいいだろ? これ、男なんだぜ? 「私はジュゴンみたいな体型になるかもしれませんが……それが世界の選択ですっ!」 涙目のミラクルナイチンゲールがさびしげに笑う。大丈夫だよ。太ってないよ! もっと太っていいよ! 「辛いのを食べたら、ダイエットにもいいって言うからね♪」 ここで、とら、自分を含めた女子のモチベーションを上げる判定に成功する。 「えっ? 辛いものはダイエットに良いのですか」 辛ければいいってものではありません。が、信じる心は力になります。 「それなら完食出来ます!」 きゃぴぃ! 「皆も和気藹々と食べているようだな。うむ。食事は楽しく取らねば」 アルトリアは脱落者の分のラーメンをおいしくいただきながら微笑んだ。 その口は恐ろしい勢いで腫れ上がっている。 辛さは炎症。その炎症を感じる痛覚を一切遮断し、旨みだけを存分に味わっていたのだ。 しかし、体に受けたダメージまで打ち消されるものではない。無痛症患者は短命になりがちなのはそのためだ。アルトリアは自分の身を犠牲にして任務を遂行していた。 「ふむ……なるほど、深い味わいがある。どのメニューも実に美味だ。若干辛いものもあるが、それもまた刺激的で良い。酒も、良いモノを置いてあるな」 もちろん、酩酊感も遮断しているのだ。体の方は酔っ払っている。解毒はされていない。 しかし、助け合う為にチームで挑むのだ。 「サポートが多くあるのがイージスの長所だ。それらを惜しげもなく使えるのが俺の長所だ」 晃の詠唱に、アルトリアのたらこ唇もプルプルリップに。重くなった胃腸の動きも元通り。 そう、これがまさに今年の最終決戦(簡単な仕事)。ラグナロクをかけない理由はない。 「クロスジハードは――いらないよな」 「無論だ」 見交わす瞳に料理礼賛の光を見る。 気力は充実している。 さあ、食べ続けるのみだ。 「こんなもんじゃ満足なんてできないね。もっとだ、もっとあたしを満足させる辛さを!」 ● 「おいしかったです。ごちそうさまでしたっ!」 「うむ、馳走になった。実に美味であった。これからも味を落とさず頑張っていただきたい。皆もそう思うだろう?」 「ごぢぞうだばでぢだ」 「とらさん、なんて言ってるのかわからないです」 「……む? 微妙に顔色が悪いな。どうした? 体調でも悪いのか?」 「私は早く帰って、お兄ちゃんの胸に顔をうずめたいよ」 「いや、いい店があったもんだ。これからもたまに来たいもんだな」 「シモンさんが食べたらどうなっちゃうかなあ。泣いちゃうかしら。まさか、死……? 今度さそってみましょうかねー」 店主は知らない。 この騒々しい客達が、彼の店と世界を救ったことを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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