● 底界の空気は、私達にとって毒と相違なかった。 身を苛む死の群れは、私達が此の地に住まう『許可証』を得るまで止まることはなく、それを得た時、私達はたいせつなものを一つずつ、失っていた。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、それと、私のもう一つ。 奪われたのが唯の感覚だけならば良かった。 私達は自らの感覚を押しつけ合うことが出来る。一人では得られないものも、二人で居れば、みんなで居れば、何も困ることなどはなかった。 だから、その何れにもないモノを奪われた私は、みんなにとって、どうしようもない枷だったのだろう。 失った私を悲しむみんなや、奪われた其れを補う方法を探し続けるみんなを見て。 私は、重荷となるより早く、死んでしまおうと思った。 センセイ。 貴方が別れ際、告げた言葉は、今の私にも似た理由だったのですか。 ● 「二度目の被害」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が言葉を告げる。 同時に何処か――疲れたような面持ちは、平時の彼女には余り見られないものの筈で、だからこそその内容に興味を惹かれた。 先日、フォーチュナである津雲・日明(nBNE000262)によってもたらされた依頼があった。 対象は一人のアザーバイド。アークへの侵攻という名目を元に、自らがアークの人間に殺されることを――何者かに強制された少女。 自身の感覚を『押しつける』能力を持つと言う危険な存在に対して、アークのリベリスタは、しかしこれを殺害せず、あくまで掬うことを、救うことだけを考えて、依頼を成功に導いた。 そして、今回。 現れた対象は、前回の少女と同様、世界を同じくする因子の持ち主だと言うことが判明したと言う。 「対象はフェイトを得たアザーバイド。今回も今回で、フィクサードの『監視役』が付いた上で。 『前回の彼女』は、視覚を奪われていたけど……今回現れた少女は、聴覚を奪われている。如何なる声も、届かない」 言って、イヴがモニターを展開した。 映る姿は、肩までのセミロングの髪を持つ少女。 相も変わらず、着ている服はぼろ切れに等しく。髪に隠れてはいるものの――首筋から伝い、服に染み込んでいる赤の色は、嫌が応にも目立っていた。 けれど、何よりも、恐ろしかったこと。 それは――彼女が笑っていることだった。 「彼女は、壊れ掛けている」 頭を俯かせながら、イヴが告げる。 少女を憐れむように。或いは、憐れむという欺瞞を為す自分を、呪うように。 「彼女の言葉は、『前回の彼女』と同じ。センセイと言う人物を助けて欲しいと、そう言って、殺されることを望んでいる。 ――唯違うことは、彼女は誰よりも死という終わりを恐れていること」 だから。そう言って、イヴはモニターに眼を向けた。 笑っている少女。 笑うことしかしない少女。 死が怖くて、弱音を吐いたら負けそうで。 だから必死に自分を騙して、自分の死を恐れまいと、楽しもうと、そうしている少女。 「……道化、以下か」 リベリスタの、何者かが言った。 人に哀れと思われるしかない。唯それだけの、無為な役割。 自分自身すらも笑い飛ばせない、愚かな――それこそ『道化以下』の存在となっている、少女。 「……問題なのは、今回、少女が現れる場所。 場所は東京都の都心部。スクランブル交差点の直ぐ近く。彼女は其処で――自らの削がれた感覚を、相手に押しつけようとしている」 「……っ」 それが、結果的に何をもたらすかは、言うまでもない。 「既に彼女が其処にいる以上、一度でも能力を使われればどうしようもない。 説得が不可能と判断した場合――即座に、処理することが求められる」 全く、酷い任務だと。そう思う。 少女を殺す理由もないのに。 少女を殺す意志もないのに。 少女を殺す必要だけが、彼らを動かすに足りてしまう。 その責務を選んでしまった、自らの在りようが、どうしようもなく。 「……それと」 躊躇いがちに、イヴが説明を続けた。 逡巡しながらの言葉は、それがリベリスタでなくとも彼女が抱く何らかの迷いを捉えることが出来ただろう。 何だ、とリベリスタが問う必要もなく、イヴは訥々とした口調で、拙い考えを紡いでいく。 「あくまで私の予測だけど、この能力――彼女だけじゃない」 「何?」 「今回の未来視で見た被害の範囲。それが、『前回の彼女』の予測された効果範囲よりかなり広がっている。 それだけじゃない。与えられる効果もまちまち。ある人は耳が全く聞こえなくなったと思えば、ほんの少し音が遠くなったと言う人も居た」 前回と今回、現れた場所を除けば、大した差異は見られない。 在るとすれば、それは。 「……『監視役』の同行に、注意して」 その予想を言い当てたイヴに、リベリスタが確と頷く。 十二月中旬。季節がもたらすものとは違う肌寒さが、少しずつ、リベリスタ達の身体を冷やそうとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月01日(水)22:58 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 瞳に見えるだけのセカイは、どうにも賑やかし過ぎていた。 めまぐるしく変わる表情。往来を無数に行き来する雑踏。建物には極彩色の文字と画像のオンパレード。 現金であると自覚しつつも、こういうときは耳が聞こえなくて良かった、と思ってしまう。 瞳を行き交う夥しい情報に加えて、これで聞き慣れない喧噪すら頭に入れば、それこそ私は壊れてしまうだろうと、そう思ったから。 未だ、私は終わってしまうわけにはいかないのだ。 それこそ、あと少し。ほんの数分の間だけでも。 ● 「前回といい、何だろうね?」 歎息を交えつつ、呟いたのは『0』 氏名 姓(BNE002967)だった。 広げた小さな地図を片手に街中を歩くその姿は、凡そ見る者にとって何ら可笑しい部分は見受けられない。 ――その瞳にちらつく、怒りの影を除くのならば。 『前回』……つまり、此度の件と関わる事例。 他者の感覚を奪う能力を持った子供が、自ら殺されるために、リベリスタ達の前に現れた依頼。 「態とアークに殺させようとしたり、面倒なシチュエーション用意したり。 ……アークに嫌がらせしたいだけじゃって疑りたくなる」 零した言葉にはどうにも真実味が漂っている。 当然だ。面倒なシチュエーション、面倒な『殺し方』。それだけのお膳立てをする必要が、子供達を仕向ける第三者に在るとは到底思えない。 「このありふれた喜劇の始まりは、いったいどこからだったんだろうね……っと」 幻想纏い越しに、姓を始めとした仲間達と共に通信する『殺人鬼』 熾喜多 葬識 (BNE003492)の声が、其処で一時、止まった。 手にした支給端末を片手に、彼は総ゆる神秘を捉える『目』を以て、仲間達に小さく呟いた。 「少女ちゃん、見つけたよ。そっちの方でよろしくね」 ありふれたセカイの中に、一つだけ異物が在る。 襤褸を纏った少女の姿。裸足で足早に歩くその身を、とん、と止める者が居た。 「――――――」 「お前か。ガキ」 『ザミエルの弾丸』 坂本 瀬恋(BNE002749)が、少女の頭にぽんと手を置く。 撫でると言うより、掴むという動作に近い。万一の逃走防止の為であろうが……その必要は、少なくともこの少女に対して意味のないものであったらしい。 「……はぁ、い」 瞳を――輝かせるように。 瀬恋の言葉を『聞いた』少女が、差し伸べられた手を掴んで、自分の喉を掴もうとさせる。 咄嗟に手を引く瀬恋。 残念そうな、不思議そうな表情をした少女に対して。其処でふわりと、矮躯に合わない上着を被せられた。 「真冬に素足に薄着って気になる。……誰か上着もっていってあげなさいよ」 「……いえ、その、ごめんなさいッス」 ボロボロの少女を見た後、口を尖らせてた『骸』 黄桜 魅零(BNE003845)の視線から逃れるように、共に駆けてきた『一般的な二十歳男性』 門倉・鳴未(BNE004188)が顔を背けた。 相対する少女は、驚いた表情を見せたままだ。 『斯く在って終わる』だけを想定していた少女に対して、リベリスタ達が最初に見せた対応は、その想像の埒外にあったらしい。 目の前の出来事に気を取られていた少女は、だからこそ、背後から自身の手を取った者に対してびっくりとした表情を見せる。 『愛情のフェアリー・ローズ』 アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は、年相応の真っ直ぐな反応を見て――それを好ましく思うと同時、悲しくも感じる。 覗く反応は、何処までも瑞々しい生に満ちているが故に見える物ばかりだ。 それは、少女が自らの生を望んでいると言う証左でもある。 その思いを、何故この少女は、自ら捨てなければならないのかと。 自然、その疑問は彼女一人のものではない。 それを問うために、最後に少女の前に現れたのは、 『きみがやろうとしてる事、殺して貰いにきた事。ボクたち大体知ってるよ』 『燐光』 文無・飛火・りん(BNE002619)が、彼女の心に語りかけた。 自身とそう変わらなく、けれどその暗澹とした面立ちも、奇矯に高いテンションも、全く違うりんに対して、少女は奇妙な可笑しさを覚え――次いで、その言葉の内容に、身を強張らせた。 『でも、人目多いとこだと殺してあげたくても殺しにくいの。だから、ボク達と一緒に、付いてきてくれないかな?』 「――、――――」 笑顔を浮かべていた表情が、曇った。 眼前の少女の能力は、こと人口が密集する場所に於いてその効果を十全に発揮しうる。であれば、『人気のない場所へ行く』という行動そのものを、少女の裏に立つ者に禁じられている可能性は高い。 暫しの逡巡を浮かべた少女だが……其れが結果的に少女自身の目的を果たす手段であるとするならば、と頷く。 幾多のしらないひとに連れられて、何処かへと向かう少女達。 それを――出会って即座に別れた魅零が、手を振りながら見送っていく。 「さ、いっつぁしょーたいむ!」 後、彼女は幻想纏いからノコギリを取り出して、少女の代わりに人が多い場所へと走り往く。 ――数分後、『ノコギリを使って自分の人体を切り貼りするパフォーマー』が主に悪い方向で有名になるのだが、それはまた別の話とする。 ● 「……何をやっているんだ、あの女は」 全身を黒一色で固めた男が、遙か遠くのビルの一室より魅零を見ながら独りごちる。 神秘の隠匿という組織の原則を真っ向から放り捨てたその姿を目にした彼の言葉は、少なくとも誰に向けたものでもなかったのだろうが。 「うーん、時間稼ぎ? って言うか注意を引く役目というか」 「……ふん」 飛来した気糸の網を片手で払いつつ、男が返った言葉に鼻を鳴らす。 葬識と姓。両者の姿を見定めた男は、その時点で苦笑を浮かべた。 「……二人だけか?」 「一人で私達を倒せるとでも?」 「何故戦う必要がある」 「………………」 言うと共に、男が背中から灰色の翼を広げる。 元より魅零を――外を見れる場所に居た以上、窓を破って逃げる算段なのだろう。それをさせじと葬識が近づこうとして、 「さて」 男が、世間話をするように一言を置いた。 「聞きたいことは何かね?」 ● 少女達は、場所を小さな空き家に移した。 先に魅零から受け取った上着で、その見た目も多少はマシになったが、それでも少女の存在は悪目立ちし過ぎる。 閉まっていた鍵を『ちょっと強引に』開けさせて貰い、カーテンのないリビングをスルーし、窓の無い廊下に陣取る形で一同は集っている。 何度かりんとテレパスによる会話をした少女は――そのアクセスを仲間達にも繋げた事を確認し、軽く頷いてみせる。 『――君を殺したくない』 先んじて、誰よりも早く語りかけたのは、アンジェリカだった。 自らをこの場に連れてきたりんとは真逆の意見を口にする黒の少女を前に、アザーバイドは目を丸くして言葉を失う。 そして、同時に――自らを連れ出した理由が、『そういうこと』であることに、漸く思い至った。 『君と同じような子に、以前会ったよ。そして彼女に言った事を今度も言う。 君のセンセイは、自分の為に君が死んでも決して喜ばない』 『……はい。そんなこと、知ってます』 自身の意志を込めて言った言葉に、対する少女は、自然に頷いた。 『知ってます。そんなこと。でも、仕方ないんです。 私が死なないといけない。そうしないとセンセイが死ぬ。どっちかが死んで、どっちかが苦しまなきゃ、いけないんだもの』 小さく、少女は悲しそうに笑んで、アンジェリカに答えた。 二人の間には隔たりがある。それは、責任を持つ覚悟の違いだ。 生まれた頃より非業を味わい、その後に生きる歓びを得たアンジェリカと、恐らくは只の人間として其れまでを生きていた彼女らには、その意識の発達に大きな差がある。 一瞬で全てが終わる――『逃げられる』死と、生きていく限り最愛の人を殺したという罪悪感を担い続ける生と、どちらを取るか、少女達は悩んだ末に、此方を選んだ。 けれど。 『――アークはお人好し共の集まりだ。誰もてめーらを殺してなんざくれねえよ』 にべもなく返された言葉に、少女は大きく目を見張った。 仏頂面の瀬恋は、言葉を飾ることを好まない。「実際、目ぇ潰れてるやつも生きてるぜ」と付け足した瀬恋に、少女は驚き、悲しむような顔になる。 『……どうして、ですか』 『…………』 『私達は、ひとごろしに、なりたくないです』 『誰が、そんなモンにするって言った』 定義で言えば、自らもその範疇であろうに――嘲弄するかのような口調でそれを制した瀬恋が、淡々と告げていく。 『勘違いするんじゃねえ。よーするに今のやり方じゃ何も救えねえって言ってんだ。 センセーを助けてえっつーんなら、素直に助けを求めたらどうなんだ?』 『……こわい、です』 返された言葉は――それだけを聞けば、子供の意見に思える。 けれど、その本意が、別の何かを示すのかは、誰もが気付き得たこと。 『でも、死ぬの嫌なんでしょ?』 『……っ』 少女の心の源泉を付いたのはりんである。 ぐ、と胸の辺りで拳を当てた少女に対して、りんは項垂れながらぽつぽつと呟く。 『誰かが泣いてるとボクも悲しくなっちゃう。だから笑顔の方が好き。 でも君の笑顔はすっごく苦しい。泣いてる方がマシだよ』 『……だって』 そうしないと、怖いのだと、少女は言う。 死ぬことを止めてしまう。逃げることからさえも逃げてしまう。 それで良いと、リベリスタは言うかも知れない。 けれど、それは少女にとって、此の世界の中、たった六人だけの家族を、裏切ることと同義なのだと。 『ころしてください』 少女は言う。 『ころして、ください』 少女は繰り返す。 涙を溜めて、精一杯の笑顔で。 落ちる沈黙がただただ痛く、それに――耐えかねた鳴未が、少女の頭を抱き留めるように、そっと片手で抱えた。 『君のやろうとしてる事は看過できない。 もし実行されれば処理すべき……とは言われたッス』 『……なら』 『それでも俺達は……少なくとも俺は殺したくない』 助けると、そう決めたから。 眼前の少女だけではない。嘗ての彼女も、二人が言う『センセイ』も。 告げた思いは、何処までも真摯なものだ。 だからこそ――それに、少女は酷く傷つく。 『私達は、何も出来ません』 『………………』 『何も返せません。何も、お手伝いできません。 そんなこと、私達には、耐えられない』 少女は、『怖い』と言った。 誰かに逆らうこと、それ自体ではなく。自らの無力を、誰かに押しつけると言う、罪そのものを。 けれど、鳴未はそれに笑顔を返した。 その程度のことをと、笑い飛ばした。 『なら、信じて欲しいッス』 『……』 『嬉しいときは笑って、悲しいときは泣いて。 そんな――ありふれた、元の君に、戻って欲しいッス』 抱える腕を放して、少女と目を合わせる鳴未。 『誰だって1人じゃどうしようもない事あるの。そゆ時は頼る勇気も必要だと思う 迷惑でもいいよ。ボク達の事、頼って欲しいの』 其れに続いて、りんも笑った。 寓話の中のヒーローのように、彼らは只、『日常』を願っていたことを、少女は終ぞ理解する。 『……ボクだって、大切な人の為に何かを出来なくなるのが怖いんだ』 アンジェリカははにかむように笑った。 此の少女が自分と同じであることを、理解して貰うように、ゆっくりと。 『でもそれを恥ずかしいとは思わない。大切な人の為に生きようと思えない、その方がボクは恥ずかしい』 『………………』 願わくば。君にも、そう思って欲しい。 次ぐはずの言葉は、不要だったろう。 俯いた表情は――少なくとも、少女がその意に沿わないものではなかったから。 『てめーはどうしてぇんだ? 後悔のねぇように、自分で選べ』 最後に、瀬恋が明確な問いを求める。 蓮っ葉な思念の言葉を為す表情には、シニカルな笑みが浮かんでいた。 『ちゃんと助けを求めてくるなら助けてやるさ。何が何でもな』 ● 「前回の少女と、能力の効果範囲を同様と仮定する」 先ほど持っていた地図を広げて、姓が、若干の距離を置いた男性に語りかける。 方や意地の悪い笑み、方や苛立ちを伴う表情ながら、少なくとも表面上の会話は流れるように進んでいく。 「次いで、真白嬢の未来予知を以て見て貰った効果範囲は、その推定範囲の端に『別の効果範囲を重ねる』ように形取られていた。 ……これに関して、何か知ってることは?」 「ふむ。予習はかかさないタイプか?」 茶化すように男は笑う。 動く姿に、少なくとも今に関して言えば逃走の気配は見られない。 もったいぶった口調の男に対して、葬識が惜しむように幻想纏いから出した武器を指先で弄ぶ。 「ま、簡潔に言おう。先ず、彼女ら六人の身柄と、彼女らの言う『センセイ』は、此方が預かっている」 「……」 一先ずは、予想通りの解答だった。 「我々は彼女らの持つ特性に興味を持ってね。 運良くもフェイトを得ている以上、多少のリスクのある実験も躊躇無く行える。お陰で我々の研究は順調に進んでくれた」 「研究って?」 「先にも言った未来予知で見なかったか? 知覚能力を奪う研究だよ。 何しろ『あの方が倫敦に行ってしまった』後、此方ではおよそ最も成果のあった研究課題を奪われた形になるからね。新たな題材を見つけるべく、各所が躍起になっている」 「……つまり、あんた達は」 「如何様。六道のフィクサードだ」 然りと頷いた男は、それと同時に懐から懐中時計を取り出した。 「もう暫し研究が進めば、幾らかの代償を元に系統だったスキルにもなりそうなものだがね。 今は――この程度が限界だ」 言って、その手がゆらりと動く。 それよりも先に、姓が、葬識が動こうとしたが……生憎と、その行動は例え先手に回っても、大した意味を成さなかったであろう。 「……フィクサードちゃん、以外と恥ずかしがり屋?」 「ま、こんな役目に甘んじている以上はな」 両者の間を隔てるように、闇が場を包んでいる。 同時、男が一息にビルの窓ガラスを割り、翼を広げ、懐中時計を地に堕とす。 かしゃん、と割れた音がして。 数秒後、その周囲にいた人間が、驚いたように自身の耳を押さえた。 「――――――!!」 「では、失礼」 追いすがるように、二人の攻撃が精度もばらばらに当たろうとするが、生憎と高所の飛行状態に在れども、視界の利かない者の攻撃がそうそう当たるはずもない。 数十秒後。闇の世界の晴れたビルの一室で座り込んだ二人は、其処で幻想纒いから連絡が来ていたことに気付く。 「わんわんわん、葬識先輩! 追撃しちゃうよ、指示くーださい!」 「あ、ごめん。逃げられちゃった」 「わん!?」 ――ため息を吐いた葬識が、問い忘れていた言葉を、空に擲った。 「ねえ、ペナルティはいくつついた?」 ● 全てが終わった後。アークが手配した護送車の中にて。 車内には、アンジェリカと魅零の手によって、お人形のように着飾った少女の姿が其処にあった。 「うむ、お姫様できあがり。やっぱり女の子はこうでなくては! ただの自己満だけどねー。折角笑顔なら綺麗な方がええわ」 満足げに何度も頷きつつ、葬識のなでなでを堪能する魅零の感想である。 対する少女からすれば、どちらかというとこれは恥ずかしいくらいなのだが。 アンジェリカの手によるお茶を味わう少女は、その途中、無くなった自分の耳を見る鳴未に気付いた。 小さく、苦笑を返した鳴未の――無くした耳を取り戻させてやりたいという願いが伝わらなかったのは、幸か、不幸か。 「六道のフィクサード、ねえ」 その、すこし向こうにて。 姓と葬識から一連の情報を聞いた瀬恋が、はん、と嗤いながら缶コーヒーを啜っている。 「悪いね」 「何が」 敵の情報を碌に集める事も出来なかったことに詫びた姓に対し、瀬恋はそれを気付きながらも、気にした風はない。 寧ろ――上等だとばかりに、獰猛な笑みを浮かべている。 「裏で糸引いて得意気な顔してるクソの思い通りになんかさせるかよ」 待っていやがれ、クソ野郎共、と。 全てが終わった後、和やかな空気が包む車内にて、激情は緩やかに渦を巻き始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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