●回避 「あ、金卸すの忘れてた」 「え、また?」 「何だよ、待ってるから行って来いよ」 「もぉ、ほんと竜司は仕方無いなぁ」 「悪い悪い、ちょっと行って来るわ」 何処にでもある光景。学校帰りの学生達。それは罪の無い日常の一幕である筈だった。 「すいません先輩、ちょっと金卸して来ます」 「ああ、何時もの店で待ってるからな」 「あんまり待たせると始めちまうぞ近藤ー」 「あはは、勘弁して下さいよ」 時期は師走。新年を控えやれ打ち上げだ、忘年会だと何かと忙しなくなる季節。 「あれ? 何これ」 「真ー、先行くよー?」 「え、あ。待ってよ! え? え?」 その人の欲を象徴する小部屋。“ATM”は多くの人間に利用されている。 「ん、おかしいな」 「開かない? おいおい、ロックの故障かよ」 「あー、電話電話っと……え、繋がら……ない?」 その破界器は、そんな“ATM”の幾つかに設置されていた。 『閉鎖幻想鏡』特定空間をずらし、極々小規模の結界に閉じ込める。 自分の所在を隠蔽するか、誰かを捕獲すると言う用途の為にだけある様な破界器だ。 「おい、冗談じゃない、出せよ。誰か、気付けよ! おい!」 「何だよこれ、何だよこれ!?」 「ちょ、洒落になんないって!」 しかしこの鏡は使用者に一つの代価を要求する。 自分の居ない外の世界を、鏡は使用者の視界に描き出し見る事を強制する。 即ち、自分の居ない世界を。即ち、自分の居場所の無くなり行く世界を。 人の世界は、社会は日進月歩だ。1週間も所在が不明であれば周囲は混乱し、困惑し、 そして程なく距離を置く。一度抱かれた印象を消すのは容易ではない。 行方不明と言う意味不明な行動は、いとも容易くその人の人生(レール)を捻じ曲げる。 結界が解かれた時、彼ら、彼女らに元々有った筈の居場所は無かった。 彼ら自身が人生と言う努力の繰り返しの末に勝ち取った立ち位置は至極あっさり失われていた。 勿論、良識ある家族を持つ者はその愛情の深さを知ったろう。 勿論、献身的な恋人の在る者はその存在の大きさを理解したろう。 だが、そうでない者は決して少なく無かった。 そうでない者の方が多い程だった。 現代社会は余りに速く流れ行く。そしてその場に身を浸している者にとって、 たった7日間と言う空白は余りにも“長過ぎた” 暗転。空転。カラカラと時の歯車は回る。 吊るされたロープ。 汚れた高層ビルの入口。 薄赤い水で満たされたユニットバス。 遅れた朝の電車に、学生達がそろって白い息を吐く。 『取り返しが効かないからこそ、世界はかくも美しい。 けれど優しくないならば、牙を剥く事もまた君達の権利だ』 ――失われていく現実感。喪われて行く欠け甲斐の無かった筈の“自分” 『さあ、偽りの希望に逃げるのは終わりにしよう』 ●過革醒 アーク本部、ブリーフィングルーム内。 「――――え?」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が導き出した演算結果に呆然と瞬く。 万華鏡は事件となる神秘に優先的に反応する。 例えば何処かのフィクサードが何らかの神秘を用いたとして、それらに逐一反応はしない。 かつて『魔神王』が三高平へ来訪した折に語った通りだ。 そんな事まで個別に探知していたらアークのフォーチュナはあっと言う間に過労死する。 故に、エリューションやアザーバイドら存在するだけで世界に悪影響を及ぼす存在に比べ、 万華鏡は“効果が比較的無害な破界器”への探査能力が突出して低い。 塔の魔女ですら防ぎ切れなかった神秘は、けれど人間が用いる以上当たり前の限界点が有る。 神の眼が幾ら優れていようと事件未満の神秘まで逐一抽出するのは“運用労力上不可能”だ。 これまで、そこまでカレイド・システムの仕組みを測り、分析した組織は無かった。 これまで、そんな神の眼の技術的盲点を意図的に突いて来る様な敵対者は存在しなかった。 そしてこの日この瞬間――それらが存在しなかった時代は終わる。 「大至急現場に向かって下さい。神秘秘匿の面で致命的な事態が起ころうとしています」 モニターに表示された赤い点滅ランプ。その数を見て、リベリスタ達が息を飲む。 多い。 あまりに多過ぎる。 一体何が起きているのか。 その数を目視で数え、30を超えた時点で眼が痛くなって来る。 「ノーフェイスと、E・アンデッドが大量に出現します。 一つの市内に計33体。出現する場所の分布は駅を中心に半径50km以内」 そして、示された余りに広い範囲。 出現するノーフェイス、及びE・アンデッドは同日24時間内の何所かで出現するのだと言う。 「一度に出現するのは最大で3体。位置はバラバラです。 出現したら地点を連絡します。現場に急行して処分を行って下さい」 この際、目撃者が出る可能性は極めて高い。 余り大勢に見られた場合、揉み消すにも限界が有る。特に、“駅前”が致命的だ。 そう告げる和泉に、リベリスタ達が眉を寄せる。 けれどその位の案件はこれまでにも有った筈だ。見られると言っても結界等があれば――と。 しかし。和泉は静かに頭を振る。 「これら33体が発生するのは12月24日です」 12月、24日。その意味する所を理解し、リベリスタ達が凍り付く。 結界だろうと、強結界だろうと、その日の駅前など人の入りを防げる筈が無い。 その日は――クリスマスイヴ。日本の行事でも最大級の前夜祭ではないか。 「幸い、今回のエリューションはフェーズ1、出現したばかりなら脅威にはなりません。 十分な経験を積んでいれば単独でも撃破する事は可能でしょうが……」 それを人目に晒す訳にはいかない。何とかして秘匿しきら無くては……どうなるか。 例え時村の人脈を最大限活用した所で、封鎖出来る情報量には限界が有る。 一度騒ぎになってしまえば、例えばヴァチカン等からの評価の悪化は免れない。 「警察組織は此方で抑えます。皆さんはどうか、現場の対応を」 警察の介入は無い。けれど犠牲が出過ぎれば焼け石に水だ。 そしてエリューションである以上、当然フェーズは進行する。 これが2に移行したなら、単独での戦闘など自殺行為以外の何物でも無い。 「各エリューションは凡そ1時間で上の段階に移行します。 移動手段は必ず確保して下さい。必要であればアークから公用車を出しますが……」 公用車は、無理な運転をした時意外と目立つ。 例えばこの様な些細な部分から、秘密と言うのは綻ぶ物だ。 「現在倫敦への遠征と対裏野部への対応、双方の面からこの案件に割くのはこの人数が限界――」 そこまで口にして、ばたばたと掛ける音が廊下側から響く。 そして焦る様なノックの音。瞬いた和泉が扉を開けると、そこには碧の天使が居た。 「和泉さんっ! わた、私もっ! 出られますっ!」 「!」 『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)の突然の申し出に、 和泉が数度瞬く。確かに、彼女は動こうと思えば動ける立ち位置に居る。 状況は猫の手も借りたい程切迫している。だがこの仕事はかなりの危険が想定されている。 果たして実戦経験に乏しいエフィカが如何程戦力になる物か。 一瞬悩んだ和泉に、けれどマスコットとも称される少女は畳み掛ける。 「お願いします、いかせて下さいっ! 私にも何かが出来るならっ!」 視線を巡らせ、小さく息を吐く。これで本当に現状一杯だ。 これ以上人を割いたら不測の事態に備えられなくなる。和泉が、こくりと頷く。 「それでは、エフィカさんにも正式に協力を要請します。 以上11名。神秘秘匿の為、迅速な対応と確実な処理をお願いします」 頭を下げる和泉に、リベリスタ達から掛けられる言葉が無い。 これは、テロだ。場合によっては、冗談では無く致命的な事態を引き起こす。 それを理解し彼らはブリーフィングルームを後にする。 聖なる前夜に、有るべき祝福と、世界の秩序を護る為に。 ●A-S-D-5 「――さて、皆様。世界に根を張る犯罪王、倫敦の蜘蛛との歓談の最中失礼とは存じますが、 今宵この場で奏でられますは皆様の皆様による皆様の為の小喜劇(オペレッタ)」 それは舞台だった。古びた劇場の舞台の上、スポットライトに照らされるのは中央唯一箇所のみ。 浮かび上がるのは如何にも寒々しい、灰色のトレンチコートを羽織った初老の男。 その映像は、恐らくイヴの前日にでも届けられるのだろう。畏まった仕草には隙が無い。 「眼が醒めた頃には余りにも長い時間が過ぎ去っていた。哀れなリップ・ヴァン・ウィンクル。 彼が後の世界に適応していけたかは、結果を見れば至極明らかでしょう。 ですが彼に非があったのかと言えば、まさかそんな筈は有りません。そう、唯一つ言うなれば」 言葉と共に指を一つ。慣らせばぼんやり照らし出された舞台下、在るのは棺。その数――実に6つ。 内2つまでは蓋が閉じ、残り4つは中身が無い。 「彼は運が悪く、そしてそれ以上に運命が悪かった。 取り残された時間、ひたひたと忍び寄る絶望の中、彼ら置き去り児は何を恨めば良かったのか」 手を打ち合わせる事2回。消えるスポットライト。落ちる演幕。朗々とした声だけが遠く、遠く。 「それではこれより開演となります。くれぐれも歌劇の間は席を御立ちになられません様……」 真っ暗闇の中、再びスポットライトが照らし出すのは老いた男。 ――“灰色のトレンチコートを着た”長い長い髭を蓄えた老人の姿。 「聖櫃の皆様にはどうぞよしなに。まさか、ここで終わる事の無き事を祈っております」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月01日(水)23:09 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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