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眠れる世界のアムネジア

●回避
「あ、金卸すの忘れてた」
「え、また?」
「何だよ、待ってるから行って来いよ」
「もぉ、ほんと竜司は仕方無いなぁ」
「悪い悪い、ちょっと行って来るわ」
 何処にでもある光景。学校帰りの学生達。それは罪の無い日常の一幕である筈だった。
「すいません先輩、ちょっと金卸して来ます」
「ああ、何時もの店で待ってるからな」
「あんまり待たせると始めちまうぞ近藤ー」
「あはは、勘弁して下さいよ」
 時期は師走。新年を控えやれ打ち上げだ、忘年会だと何かと忙しなくなる季節。
「あれ? 何これ」
「真ー、先行くよー?」
「え、あ。待ってよ! え? え?」
 その人の欲を象徴する小部屋。“ATM”は多くの人間に利用されている。

「ん、おかしいな」
「開かない? おいおい、ロックの故障かよ」
「あー、電話電話っと……え、繋がら……ない?」
 その破界器は、そんな“ATM”の幾つかに設置されていた。
 『閉鎖幻想鏡』特定空間をずらし、極々小規模の結界に閉じ込める。
 自分の所在を隠蔽するか、誰かを捕獲すると言う用途の為にだけある様な破界器だ。
「おい、冗談じゃない、出せよ。誰か、気付けよ! おい!」
「何だよこれ、何だよこれ!?」
「ちょ、洒落になんないって!」
 しかしこの鏡は使用者に一つの代価を要求する。
 自分の居ない外の世界を、鏡は使用者の視界に描き出し見る事を強制する。
 即ち、自分の居ない世界を。即ち、自分の居場所の無くなり行く世界を。
 人の世界は、社会は日進月歩だ。1週間も所在が不明であれば周囲は混乱し、困惑し、
 そして程なく距離を置く。一度抱かれた印象を消すのは容易ではない。
 行方不明と言う意味不明な行動は、いとも容易くその人の人生(レール)を捻じ曲げる。
 結界が解かれた時、彼ら、彼女らに元々有った筈の居場所は無かった。
 彼ら自身が人生と言う努力の繰り返しの末に勝ち取った立ち位置は至極あっさり失われていた。

 勿論、良識ある家族を持つ者はその愛情の深さを知ったろう。
 勿論、献身的な恋人の在る者はその存在の大きさを理解したろう。
 だが、そうでない者は決して少なく無かった。
 そうでない者の方が多い程だった。
 現代社会は余りに速く流れ行く。そしてその場に身を浸している者にとって、
 たった7日間と言う空白は余りにも“長過ぎた”
 暗転。空転。カラカラと時の歯車は回る。
 吊るされたロープ。
 汚れた高層ビルの入口。
 薄赤い水で満たされたユニットバス。
 遅れた朝の電車に、学生達がそろって白い息を吐く。
『取り返しが効かないからこそ、世界はかくも美しい。
 けれど優しくないならば、牙を剥く事もまた君達の権利だ』
 ――失われていく現実感。喪われて行く欠け甲斐の無かった筈の“自分”
『さあ、偽りの希望に逃げるのは終わりにしよう』

●過革醒
 アーク本部、ブリーフィングルーム内。
「――――え?」
 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が導き出した演算結果に呆然と瞬く。
 万華鏡は事件となる神秘に優先的に反応する。
 例えば何処かのフィクサードが何らかの神秘を用いたとして、それらに逐一反応はしない。
 かつて『魔神王』が三高平へ来訪した折に語った通りだ。
 そんな事まで個別に探知していたらアークのフォーチュナはあっと言う間に過労死する。
 故に、エリューションやアザーバイドら存在するだけで世界に悪影響を及ぼす存在に比べ、
 万華鏡は“効果が比較的無害な破界器”への探査能力が突出して低い。
 塔の魔女ですら防ぎ切れなかった神秘は、けれど人間が用いる以上当たり前の限界点が有る。
 神の眼が幾ら優れていようと事件未満の神秘まで逐一抽出するのは“運用労力上不可能”だ。
 これまで、そこまでカレイド・システムの仕組みを測り、分析した組織は無かった。
 これまで、そんな神の眼の技術的盲点を意図的に突いて来る様な敵対者は存在しなかった。
 そしてこの日この瞬間――それらが存在しなかった時代は終わる。
「大至急現場に向かって下さい。神秘秘匿の面で致命的な事態が起ころうとしています」
 モニターに表示された赤い点滅ランプ。その数を見て、リベリスタ達が息を飲む。
 多い。
 あまりに多過ぎる。
 一体何が起きているのか。
 その数を目視で数え、30を超えた時点で眼が痛くなって来る。

「ノーフェイスと、E・アンデッドが大量に出現します。
 一つの市内に計33体。出現する場所の分布は駅を中心に半径50km以内」
 そして、示された余りに広い範囲。
 出現するノーフェイス、及びE・アンデッドは同日24時間内の何所かで出現するのだと言う。
「一度に出現するのは最大で3体。位置はバラバラです。
 出現したら地点を連絡します。現場に急行して処分を行って下さい」
 この際、目撃者が出る可能性は極めて高い。
 余り大勢に見られた場合、揉み消すにも限界が有る。特に、“駅前”が致命的だ。
 そう告げる和泉に、リベリスタ達が眉を寄せる。
 けれどその位の案件はこれまでにも有った筈だ。見られると言っても結界等があれば――と。
 しかし。和泉は静かに頭を振る。
「これら33体が発生するのは12月24日です」
 12月、24日。その意味する所を理解し、リベリスタ達が凍り付く。
 結界だろうと、強結界だろうと、その日の駅前など人の入りを防げる筈が無い。
 その日は――クリスマスイヴ。日本の行事でも最大級の前夜祭ではないか。
「幸い、今回のエリューションはフェーズ1、出現したばかりなら脅威にはなりません。
 十分な経験を積んでいれば単独でも撃破する事は可能でしょうが……」

 それを人目に晒す訳にはいかない。何とかして秘匿しきら無くては……どうなるか。
 例え時村の人脈を最大限活用した所で、封鎖出来る情報量には限界が有る。 
 一度騒ぎになってしまえば、例えばヴァチカン等からの評価の悪化は免れない。
「警察組織は此方で抑えます。皆さんはどうか、現場の対応を」
 警察の介入は無い。けれど犠牲が出過ぎれば焼け石に水だ。
 そしてエリューションである以上、当然フェーズは進行する。
 これが2に移行したなら、単独での戦闘など自殺行為以外の何物でも無い。
「各エリューションは凡そ1時間で上の段階に移行します。
 移動手段は必ず確保して下さい。必要であればアークから公用車を出しますが……」
 公用車は、無理な運転をした時意外と目立つ。
 例えばこの様な些細な部分から、秘密と言うのは綻ぶ物だ。
「現在倫敦への遠征と対裏野部への対応、双方の面からこの案件に割くのはこの人数が限界――」
 そこまで口にして、ばたばたと掛ける音が廊下側から響く。
 そして焦る様なノックの音。瞬いた和泉が扉を開けると、そこには碧の天使が居た。
「和泉さんっ! わた、私もっ! 出られますっ!」
「!」

 『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)の突然の申し出に、
 和泉が数度瞬く。確かに、彼女は動こうと思えば動ける立ち位置に居る。
 状況は猫の手も借りたい程切迫している。だがこの仕事はかなりの危険が想定されている。
 果たして実戦経験に乏しいエフィカが如何程戦力になる物か。
 一瞬悩んだ和泉に、けれどマスコットとも称される少女は畳み掛ける。
「お願いします、いかせて下さいっ! 私にも何かが出来るならっ!」
 視線を巡らせ、小さく息を吐く。これで本当に現状一杯だ。
 これ以上人を割いたら不測の事態に備えられなくなる。和泉が、こくりと頷く。
「それでは、エフィカさんにも正式に協力を要請します。
 以上11名。神秘秘匿の為、迅速な対応と確実な処理をお願いします」
 頭を下げる和泉に、リベリスタ達から掛けられる言葉が無い。
 これは、テロだ。場合によっては、冗談では無く致命的な事態を引き起こす。
 それを理解し彼らはブリーフィングルームを後にする。
 聖なる前夜に、有るべき祝福と、世界の秩序を護る為に。

●A-S-D-5
「――さて、皆様。世界に根を張る犯罪王、倫敦の蜘蛛との歓談の最中失礼とは存じますが、
 今宵この場で奏でられますは皆様の皆様による皆様の為の小喜劇(オペレッタ)」
 それは舞台だった。古びた劇場の舞台の上、スポットライトに照らされるのは中央唯一箇所のみ。
 浮かび上がるのは如何にも寒々しい、灰色のトレンチコートを羽織った初老の男。
 その映像は、恐らくイヴの前日にでも届けられるのだろう。畏まった仕草には隙が無い。
「眼が醒めた頃には余りにも長い時間が過ぎ去っていた。哀れなリップ・ヴァン・ウィンクル。
 彼が後の世界に適応していけたかは、結果を見れば至極明らかでしょう。
 ですが彼に非があったのかと言えば、まさかそんな筈は有りません。そう、唯一つ言うなれば」
 言葉と共に指を一つ。慣らせばぼんやり照らし出された舞台下、在るのは棺。その数――実に6つ。
 内2つまでは蓋が閉じ、残り4つは中身が無い。
「彼は運が悪く、そしてそれ以上に運命が悪かった。
 取り残された時間、ひたひたと忍び寄る絶望の中、彼ら置き去り児は何を恨めば良かったのか」
 手を打ち合わせる事2回。消えるスポットライト。落ちる演幕。朗々とした声だけが遠く、遠く。

「それではこれより開演となります。くれぐれも歌劇の間は席を御立ちになられません様……」
 真っ暗闇の中、再びスポットライトが照らし出すのは老いた男。
 ――“灰色のトレンチコートを着た”長い長い髭を蓄えた老人の姿。
「聖櫃の皆様にはどうぞよしなに。まさか、ここで終わる事の無き事を祈っております」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年01月01日(水)23:09
 96度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 今年最後の出血大祭、『千貌』参ります。以下詳細です。

●作戦成功条件
 以下の2項が満たされていること。
・『神秘秘匿への悪影響』の総計が50%を超えていない。
・出現するエリューションが全滅している。

●特殊ルール・Messiah Oratorio
 フィクサード組織『人形学会』による『万華鏡』解析。
 過去行われた計測から“フォーチュナによる万華鏡運用の労力的限界”が看破されました。
 『救世劇団』幹部の参戦するシナリオでは以下のペナルティが発生します。
・カレイド・システム精度の低下(不確定要素が増加します)

●戦闘予定地点
 東北地方の一都市。市内中央地区。
 駅を中心として、北部、東部、南部、西部と4区画有り、
 それぞれで適宜エリューションが発生する。
 各区は中央から外縁まで直線距離で50km。
 現場到着まで1時間以上かかるとフェーズが進行する。
 基本的に都市部の為車、バイク等は原則どこでも使用可能(例外有)
 徒歩による移動は10km/時、飛行による移動は10km/時かつ障害物無視。
 自転車による移動は25km/時、スクーターによる移動は30km/時、
 自動車による移動は50km/時、バイクによる移動は60km/時移動出来る。

・北部>住宅街。午前は人が多く、午後は人が少ない。夜は人が多い。
・東部>山間部。総じて人通りが少ないが、車移動は倍時間がかかる。
・南部>繁華街。午前は人が少なく、午後は人が多い。夜は人が少ない。
・西部>ビル街。午前は人が少なく、午後・夜は人が多い。
・中央部>駅近郊。総じて人通りが多い。定期的にE・アンデッドが出現する。

●神秘秘匿への悪影響
 神秘秘匿への影響は以下の総計で以って計測されます。
 
・一般人に多数の死傷者が出た:+50%
・多数の人に神秘の使用を目撃された:+25%
・エリューションがフェイズ進行した:+15%
・一般人に少数の死傷者が出た:+10%
・エリューション発生時現場にリベリスタが居ない:+5%
・少数の人に神秘の使用を目撃された:+5%
・一般人の目に見える神秘を用いて神秘の秘匿を行った:-5%
・一般人の目に見える神秘を用いず神秘の秘匿を行った:―10%

●エフィカさん
 同行中。指示が無くてもそれなりに。指示が有ればそれに沿って行動。
 能力傾向は命中特化型スターサジタリー。電子の妖精有。
 依頼相談掲示板で【エフィカ】と書かれている一番新しい発言を参照します。
 何かご指示がありましたらどうぞ。スキルは活性化している範囲で使用可能です。

●エリューション
 ノーフェイスとE・アンデッドの2種類。
 E・アンデッドは中央、及び東部にのみ出現し、
 他の3区にはノーフェイスが出現する。ノーフェイスの方が秘匿し易い。
 1度(1時間毎)に出現するのは1区につき最大3体。
 5区有るので最大1時間に15体まで出現する可能性が有る。

●妨害者
 リベリスタ達の駆除活動を、以下の存在が妨害する可能性が有ります。
 但し以下の存在が一般人を殺害する事は、戦闘時に巻き込む以外では有りません。

 『千貌』トート(出現率:中)
 初出シナリオ:ローレライはもう歌えない
 フィクサード組織『救世劇団』所属のフィクサード。
 他人に化けるという神秘を所有しており、極めて高い隠蔽能力を持つ。
 化けた人間の記憶も一時的に投影するらしく、幻想殺し以外での看破は困難。
 破界器『閉鎖幻想鏡』を所有。クラス、所有スキルは不明。

 正体不明(出現率:高)
 初出シナリオ:茨は亡くした夢を見る
 『千貌』トートの指揮下に在るE・ゴーレムの様な存在。形状はマネキン。
 万華鏡の解析では“一般人”として認識される為探知不能。
 幻想殺しor魔術知識or深遠ヲ覗クor熱感知を所有して居ない場合、
 一般人集団に紛れている正体不明が“一般人でない”と見破る事は出来ない。
 ジャミングに類する特殊能力を持ち、この存在が居る場所では幻想纏いが通話不能。
 更に状態異常無効を貫通して[混乱]が発生する。(他の状態異常は無効のまま)

 ■■■■(出現率:■)
 Unknown

 ■■■■■■■■(出現率:■)
 Unknown

●救世劇団
 初出シナリオ:<裏野部>Bad End Dream E Side
 普通の人々を等しく追い詰める事で世界を革醒者の管理から救済する。
 と言う理想を掲げる日本国外のフィクサード組織。
 組織規模、構成員の数等は不明ながら世界各地で密かに暗躍している模様。

●Danger!
 このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性があります。
 参加の際はくれぐれもご注意下さい。

参加NPC
エフィカ・新藤 (nBNE000005)
 


■メイン参加者 10人■
ノワールオルールホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ハイジーニアス覇界闘士
鈴宮・慧架(BNE000666)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
ビーストハーフホーリーメイガス
テテロ ミミミルノ(BNE004222)
ハイジーニアスソードミラージュ
鷲峰 クロト(BNE004319)

●Longinus
「――っ、お待ちなさい!」
「待って下さい、いけません」
 踏み出し掛けた所を、けれど『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が押し留める。
 抑えられた『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の視界には、灰色のコート。
 そして彼女らにとって明確な敵である老紳士の姿が映っている。
 距離は30m。抜き撃てばリリならまず外さない距離だろう。が――しかし。
(一般人を傷付けないって、こう言う事かよ……くそっ)
 『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)が臍を噛む。
 ああ、そうだ。駅前(ここ)は周囲に人目が多過ぎる。
 この国の人間の危機意識は、呆れる程に薄いのだ。映画の撮影キットの範囲外には人、また、人。
 “連続殺人犯”の文言は、彼女ら自身が“映画の撮影”と口にした事でその信憑性を失っている。
 人が見ている場所で神秘を用いる事を厭うならば、人目が有る場所では戦闘を発生させられない。
『千貌』トートが彼女らを直接害する心算が無い場合にこの枷はリベリスタ側にのみ働く。
 即ち“『千貌』がそこに居る”にも関わらず、“発生したE・アンデッドの討伐”に動かざるを得ない。
 まさか分散する等愚の骨頂だ。そして余所から人手を回すのもやはり、難しい。
(――これは、いけない)
 悠月が眉を寄せる。既に駅前は彼の鑑賞席として完成していた。
 人の生垣に囲まれて戦闘行為。それをリベリスタ側から起こす等、神秘秘匿の観点からは最悪だ。
 そして相手は“自分からは手を出さない”と言っている。
 ではこの場所に『千貌』を囲い続けるのか? 在り得ない。事実、リリの様子は明らかにおかしい。
 けれどここまで完成された環境に在る以上は、場所を変えよう等と言う俊介の提案が通る筈も無い。

(だったら陣地作成で隔離してやれば――)
 と、しかしそこで別の考えが俊介の脳裏を過ぎる。
 では、ここで『千貌』を隔離してしまったら一体誰が駅前のアンデッドを抑えるのか。
 仲間に連絡を入れる事は出来ない。幻想纏いは今も強制的に沈黙させられたままだ。
 ならば照明弾を放つか。駅前で夜に? そんな事をすればどうなる。
 例え警察が来なくとも、流石に混乱が発生する事は目に見えている。
 なにより折角捕捉した『千貌』が、それを見てこの場に留まっているとは到底思えない。
 つまりそれはシンプルな、とてもシンプルな選択肢であり、分岐点だった。
「人々の生活」と「世界の秩序」どちらを優先し、どちらを護るのか。
 どちらかしか選べないとするならば、一体どちらを掴み取るのか。
 中庸の言葉など意味を持たない。行動で以ってしか救えない物は確実に在る。
 それ故に、リリの瞳が揺れる。思いがけず、その心に漣が立つ。
 信仰の名の下に救済を。それが真意であるならば、例え幾許かの犠牲の上にも咎を裁くべきだ。
 かつての彼女ならばそうしたろう。迷う事も無く、躊躇う事も無く、選ぶ必要すらなく。
 異教徒を裁く、断罪の蒼き鋼で在れた筈だ。そうして両手を血で染め続けてきた筈だ。
 だが、今この瞬間それを自分が選んだとしたなら――リリはこの場所に居続けられるだろうか。
 大勢の一般人を切り捨てて罪を裁く彼女を、果たして方舟は善と認めるだろうか。
 いや、答えは分かり切っている。それでは世界の正義は保てても、社会の秩序は保たれない。
 彼女の信仰に於ける“正義”と方舟の“秩序”は、良く似ている。
 似ているから気付かずにこれた。目を逸らしてこれた。けれど2つは、決定的に『異なる』のだ。
“さあ、リリ。審判の時だ。何時もの様に、今までの様に。僕を殺しに来ると良い”

 脳裏に響く、響き続ける声。彼女の兄を象ったそれが酷く煩わしい。
 護るべき者。過去の自分。積み重ねた“祈り”が彼女へと問いかける。
 愛した人。心安らぐ居場所。積み重ねた“時間”が彼女へと問いかける。
“自分の安らぎの為に罪を見逃すならば、君が重ね続けた祈りとは何だったんだい”
“親愛を捨て護るべき命を祈りへと注ぎ、それで誰が救済出来ると言うんだろう”
 異なる問が脳裏に響く。どちらも肯定してはくれない。どちらも否定してはくれない。
 信仰と言う依り所だけを頼りに歩んで来たリリは、それ以外の部分が酷く幼い。
 選択せずに済んで来た年月の分、自分の意志で何かを選ぶと言う事がとても下手なのだ。
 それ故に、最初に紡がれた問い掛けは彼女の根幹を刺す。
“君はいつまで、そんな場所に縋っている心算だい?”
“――その聖櫃と君の祈りは、決して相容れない物だと言うのに”
“――――分かっているんだろう。その先は破滅。其処に救済など、ありはしない” 
 それは狂信者をただの一突きで射抜く。
 聖人を殺す――罪人の槍(Longinus)

●夜~静寂~
「随分、静かだな……」
 日付が24日――クリスマスイヴに変わったその瞬間。
 鷲峰クロト(BNE004319)がバイクを走らせていたのは、問題の街の北部。住宅街の一角だった。
 夜でも街灯が各所で点滅しており、然程視界には困らない。
 時間帯が時間帯だけにか家灯りも半数位は点いたままだ。しかし、それにしては静かだった。
 住民の殆どは帰宅している時間帯、今この地区に居る人の数だけなら駅前よりもずっと多い筈だ。
 しかし祝いの日の前日と言うのにどこかひっそりと静まっている。
 家の前を通り過ぎても聞こえるのはテレビの声ばかり。何所か陰鬱な空気すら感じる程だ。
「そうだな。恐らく、この事件の仕込みの影響だろう」
 排気音に混ざって後方から、『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の声が響く。
 予知されているエリューションの発生。その殆どがこの一週間で行方不明になっている筈だ。
 1件2件ならともかく、1つの街、100km区画で30件となれば噂の1つや2つは届く。
 年末の忙しない時期だ。これらに何と無く嫌な感情を憶えた人間はきっと少なく無いのだろう。
 それが巡り巡って街の雰囲気にまで影響を与えている。間違った色の絵の具が水彩画へと滲む様に。
「待った、居たみたいだぜ」
 和泉からの連絡の通り、其処に居たのはまるで一般人の様に見える大学生位の青年だった。
 けれど、首に付いた紐の跡。そして真冬の夜を裸足でぺたぺた歩く様は異様と言う他無い。
 一見して然程力の無いノーフェイスであると看破すると、まるで絡む様にその前後をバイクで囲む。
 その様は柄の悪い不良も良い所だ。恐らく昼間に通りで見かけたら眉を顰めるだろう。
 そんな事をしなければいけない自分に、思わず嘆息が洩れる。

「すまないが、少し良いだろうか」
「――ひっ」
 警官の姿をした拓真が声を掛けると、相手は露骨に狼狽した様だ。
 背の側へ踵を返そうとするも、そちらはクロトが回り込んでいる。
 周囲を見回すも、住宅街だ。そうそう都合良く脇道は無い。 
 それは勿論人目を避けたかったクロトからしても余り良い話では無かったが――
「ごめんな」 
 けれどせめて痛みを抑える為か、神秘の氷呪が羽根の如き短剣と共に腹部へ突き刺さり、
 其処に過剰火力と言うべき戦神を宿した拓真の一撃が揮われれば、たった2撃で終わりだ。
 そのノーフェイスは首無しの遺体へと変じ、貸し駐車場に置かれている公用車の中に詰め込まれる。
 ひっそりと、人が死ぬ。ひっそりと、一人の人間が社会から消失する。
 それを誰かが不思議に思おうと、その殆どが真実に辿り着く事は無い。
「……誰が為の力、か」
 かつて自らを悩ましていた問を夜空に投げ掛け、そっと空を仰ぐ。
 罪を犯した訳でもない唯の被害者を人知れず始末する。そんな自分を正義等とは到底言えまい。
 だがだとしても。誰かがそれをしなければ、より多くの犠牲が出る。
 それを防ぐ為なら、例え血塗られた道だとしても。
「ままならないな。畜生……」
 疲れた様に、溢す様に、クロトが白く染まった呼気を吐きながらバイクへと跨る。
 まだまだ、一日がかりの“処理”は始まったばかりだ。
 既にうんざりする様な心境で、肉を絶つ手応えをハンドルを強く握る事で誤魔化す。
 今日と言う一日は、まだ始まったばかりなのだから。

「流石に、駅側はこんな時間でも人が多いか」
「そうですねっ、でもいまのところあやしいひとはいないみたいですっ!」
 ビル街を巡回する『一人焼肉マスター』 結城“Dragon”竜一(BNE000210)の独り言に対し、
 『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)が律儀に答を返す。
 時間帯が夜明け前であろうと、オフィスから人の姿が無くなる事は無い。
 で有る以上、この地点を警戒対象として固定したのはやはり正解だったろう。
 電車が来ない時間帯は、流石に路線に跳び込む人間も出て来はしない。駅の警戒は程々で十分だ。
「にしても、奴ら何が愉しくてこんな事をしてるんだろうな」
 周囲を備に観察しながら、細い路地まで逐一チェックを入れていく。
 真面目に仕事をこなしながら、けれど竜一からすればこの敵が何故こんな事をするのか。
 その辺りがまるで分からない。想像もつかない。
「ほんとうですね、なにかいやなことでもあったんでしょうか?」
 真面目に不真面目、仕事をこなしながらも真剣にふざける彼は、今の生活に程々満足している。
 そして応えるミミミルノはと言えば、そのくりくりとした眼差しが示す様に子供である。
 秩序や社会と言う概念とは余程無縁だ。彼女の世界はもっとずっと狭い。
 その幼さたるや竜一がシマパンを勧めるのを躊躇うほどである。
「嫌な事、か」
 嫌なことがあれば、人は誰彼構わず手当たり次第に不幸にしたいと思う様になるだろうか。
 つい先じて、彼らの被害者だと言う少女に憎しみを以って挑まれた身ではあるにせよ、
 やはり実感として竜一には分からない。
 少なくとも、彼ならそんな事はしない。恐らく無理矢理にでも気分を切り替えるだろう。
 ミミミルノであれば、すぱっと忘れてしまうかもしれない。普通はそんな物だ。

“結城さん、万華鏡が探知しました。次のノーフェイス発生地点は西部ビル街の駅寄りです”
 そんな思考を割く様に、接続しっ放しの幻想纏いから和泉の声が響く。
 それに了解の旨を告げバイクのハンドルを握り直すと、指示通りの進路を辿る。
“付近に近付いたら連絡します。何時でも戦える様にしておいて下さい”
 続く声は千里眼を持つ悠月の物だ。それにも答を返そうと、とりあえず一時思考を中断する。
「はいっ! ミミミルノ、しっかりサポートするですっ」
 が、元気一杯のミミミルノの声に先じられ機を逸したか。
 仕方が無いので関係の無い話を振る。今の所、任務は順調に進んでいるのだから。
「そう言えば、贈ったシマパンは勿論今履いてくれてるんだよね?」
“履きません”
 すげの無い悠月の声に、悪戯を咎められた子供の様に笑みを浮かべる。
 例えばそう。誰かとこんな他愛も無いやりとりを楽しめるなら、
 人はきっと他人を絶望させよう等とは考えない。理想に逃げる奴は、大抵が根暗かDTだ。
 それを悪いと言う気は勿論無い。好きにすれば良いと思う。
 けれど――それで子供や女や、彼の友人達が竜一の目の前で泣くのだとするなら。
「放ってはおけないか」
 爺さんのカウンセリング何か柄じゃない。ぐだぐだ悩むのもらしくない。
 要するに、向かってくる奴をぶっとばせば良いだけだ。
「え、なんですか?」
「何でもないよ。戦う時はあんまり近づくなよ、ミミミルノ」
 バイクは静かに夜の街を駆けて行く。
 
●朝~予兆~
“発生地点は、北、住宅街。中央、駅前。それと南、繁華街。各1です”
「了解、南へはこっちで向かうよ」
 夜が明け切って暫し。人通りが一気に増えた地区が有る。そう、駅前だ。
 B級ゾンビ映画の撮影中、と言うことで人数を極端に減らすわけにもいかない以上、
 東に戦力を固定で据えているのが響いて来ている。
 『デイアフタートゥモロー』 新田・快(BNE000439)は脳裏で現在の戦況を描く。
 極端に厳しい現場には今だ遭遇していない。出現するエリューションはどこも1体ばかりだ。
 それでも夜明けを経由し午前の業務時間帯に到達すると、人目が目に見えて増えて来た。
 神秘秘匿と言う観点で言えば、じわじわと追い詰められていると言えなくも無い。
 しかし、それにしては温い。正直拍子抜けと言えるほどだ。
(……おかしい。奴らがこんな程度で済ませる筈が無い)
 確かに、リベリスタらは徹底して2人以上を1組とする事で『千貌』の動きを封じている。
 その上、駅前には徹底して網を張っている状態だ。『正体不明』の発見報告は未だ無い。
 となると、恐らく機を伺っているのだろう事は然程想像に難くない。
 そこまで相手の行動を縛る事が叶ったのは彼らチームの功績である。
 だが問題は、もう少し突っ込んだ所に有る。『救世劇団』と快は極めて縁深い。
 その観点から言えば、相手は大体において快が想像する最悪をもう一回り上回って来る。
 現状の、まるで消化工程の様なノーフェイスの出現の仕方はとても、らしくない。
「……しかし、婦警の格好だなんて私変じゃないですかね」
 けれど、背から感じる何と無くそわそわとした気配にそんな思考は半ば霧散してしまう。

 と言うのも現状快は『大雪崩霧姫』 鈴宮・慧架(BNE000666)と白いバイクに2人乗りしている。
 そして慧架の纏っている服は普段のふわっとしたワンピースとケープではなく、
 かっちりした婦警制服なのである。故に身体的特徴が諸に出る。
 その上その事実を慧架自身が気にしている為に、余計に意識から外すのが難しい。
 正直なところ必要の無いノイズであるが、快とて木の洞から生まれた訳ではないのだ。
「いや、大丈夫問題無いよ、良く似合ってる。OKOKノープロブレム」
 微妙にNOBUが混じるのは緊張感のなせる技か。表情に出ない事こそが幸いである。
 とは言え、そんな余所事に気を取られつつも2人の戦闘バランスは非常に良い。
 フェーズ1のノーフェイス等まるで相手にならないと言うレベルだ。
 千里眼を持つ悠月のナビゲート通りの目的地。
 くすくす笑い続ける、壊れてしまったのだろうOLらしき女を見つけるや、
 快がバイクで一気に距離を詰める。すれ違い様に放たれるは慧架の風を纏った蹴撃。
 一撃で胴と足を2つに断ち切られ、出現して十数分のノーフェイスはあっと言う間に駆除される。
「さて、順調ですね。後は遺体どうしましょうか」
 繁華街の外れと言う事情も相俟ってか、幸い目撃者は居ない。
 しかし貸し駐車場に設置しておいた公用車までは少々遠い。
 トラックを出すか、或いはブルーシートを被せて放置しておくか。
 そんな事を考えた矢先のこと。そのATMは、繁華街の入口に設置されていた。
「……個室型ですね」
 駅前担当である快の午前の巡回経路には含まれていないそれ。
 けれど彼らの調査方針には最近自殺のあった場所、が含まれていた。

 ならば、これは偶々と言うべきである。決して必然でもなければ、敵方の狙い通りでも無い。
 いや、より正確に言うならば――“彼”は、本当に誰でも良かったのだ。
「一応調べていこう。時間の節約にもなる」
 例えば快が、本来彼が持つ熱量を探知する神秘を有していたなら。
 それが“ATM内の他の物質と保有する熱量が異なる”ことに先に気付けたかもしれない。
 だが、彼が有していたのは予兆を感知する人並はずれた直観の方であり、
 そして慧架は、神秘を探知する手段を一切有していなかった。
 結果として、天秤は一方に向かって至極必然的に傾いた。
「あれ?」
 ATMの扉に手を掛け、けれど扉を開き快の動きが止まる。
 その隙間に慧架が滑り込み、視線を快へ向ける。あれ?と言うのは何だろう。
 次の瞬間。ATMの不正利用防止の為天井に設置されている鏡が――ず、っと滑り落ちる。
「え?」
「――っ、駄目だ!」
 慧架が振り返るのを止められない。止まらない。
 鏡に映し出される赤と青のオッドアイ。そして、次の瞬間。
 鏡と、女は、その姿を消す。幻想鏡は捕えた獲物を決して逃がさない。
 彼らの仲間が一人、消える。
 幻想を殺す瞳も、魔術の知識も持たぬ快には、ここからはもうどうしようも無い。
 そこにはただ寒々しい空間が広がるのみ。彼には仲間を信じることしか出来ない。 
 伸ばしたその手は、届かない。
 
●昼~変異~
「これは、厳しいな」
 『無銘』熾竜“Seraph”伊吹( BNE004197 )は、森の中に居た。
 この一連の事件に関わったリベリスタらの中で、実に彼だけがこれ以上も無く傷付いていた。
 予兆は有ったのだ。夜、午前と来てエリューションの出現数が少な過ぎた。
 駅前に4件、北と西に2件、南に1件ずつ。計9件。
 この時点で気付くべきだった。いや、気付くべきと言えば万華鏡の探知の段階で、か。
 1地区最大1度に出現するのが3件と言う演算結果が出た以上。
 そして、それが敵が意図的に万華鏡の精査制度を落とした上で算出された数値で有る以上。
 必ずどこかで“1時間に3件エリューションが出現する事態”が発生するのだという事を。
 そしてその時は、前触れ無く唐突にやって来た。
“東、西、中央、三箇所にエリューションが3体、計9体が一度に出現します。
 現場をペアで順番に巡っていては――間に合いません!”
 悲鳴の様な和泉の声に、伊吹と『敏腕マスコット』エフィカ・新藤(nBNE000005)は、
 直ちに現場へ急行する事を選択した。と言うより、そうせざるを得なかった。
 案の定、バイクで踏破出来ない完全な森の中での出現が予知されたからだ。
「ですが、このままだと……!」
「いや、しかし偽者に混じられる方が――」
 ここに来てエフィカと伊吹の見解が分かれる。
 飛行で伊吹を運ぶ事は可能だ。しかし、その場合1時間で3箇所をとても回り切れない。
 2人で2箇所を潰せば、3箇所を回り切れるかもしれない。けれどそれでは監視し合えない。
 『千貌』がリベリスタ達に混ざって来るなら、このタイミングだ。それ以外無い。
 一度紛れ込まれたら駅前の面々と合流する前に、まず間違いなく背中を刺されるだろう。
「人数配分を、間違えたか……」

 伊吹の呟きに、エフィカが考え込む。移動制限の掛かる東への対応には3つの道が有った。
 全員を中央に置きエリューション発生に合わせてその数に対応する人数を派遣する。
 或いは、東を囲む北と南に人を配しこれらで以って東と西をも抑える。
 そして最後が、東に戦力を固定する。今回リベリスタ達が取った選択だ。
 しかし、最大3件エリューションが出現する地区に対し2人では必ず取り逃しが発生する。
 カバーが必要なのだ。他の地区からの。
 そして本来であればそれを担っていたのが拓真とクロト。そして慧架と快の各班だった。
 だが慧架が行方不明になった事で、実質後者の班は稼動不能に陥っている。
 これに備えてのリカバリーを用意していなかった点は痛恨だ。
 結局快を拓真らに合流させる事で大きな影響こそ抑えた物の、その聞割ける手は減った。
 その歪みがここに来て現出している。確かに敵の動きを想定する事は大切だ。
 けれど敵の動きに縛られ過ぎて味方のフォローを怠れば、何所かがその分負担を被るのだ。
「それでは、せめて遠距離から仕留めましょう。少しでも移動距離を稼がないとっ!」
「出来るのか? 森となれば視界が通らないだろう」
 その問に、エフィカがこくと頷く。確かに一人であれば難しいだろう。
 しかし2人であれば。地上と空からならかなりの範囲が抑えられる。
「分かった、ならそれで行くのだ」
 1体目は、それで上手く行った。けれど2体目には少々手間取ってしまった。
 そうして辿り着いた3体目。開けた森林部の影の下で蹲る遺体には、4本の手が有った。
 ――成長している。やはり移動に時間を掛け過ぎたのだ。
 慌てた様に、エフィカが幻想纏いを弄る傍ら、伊吹の両手に着けた光輪が強く発光する。
“エフィカですっ 東地区山間部、森林内にてフェーズ2が発生。対応しますっ!”
 その結果が――冒頭である。

「だ、大丈夫ですか伊吹さんっ!?」
 エフィカが慌てた声を上げるのも当然だ。連続攻撃を繰り出してくるE・アンデッドは、
 その酷く単純な能力の分一撃が重かった。元々回避に穴を抱える伊吹には少々厳しい。
「余りロートル扱いしてくれるな。まだまだやれる」
 けれど、その分を素地としての体力で埋め合わせる。欠陥をそのままにはしていない。
 叩き込まれた拳は痛打。彼の余力を確実に削ってこそいるが、伊吹とて実力はエース級だ。
 例えフェーズ2とは言え“なり立て”の相手位は、務め上げてみせる。
 それに――
「それに有翼の射手に背を預けた戦いでは、俺は負けた事が無い」
 その言葉に。言葉に込められた意味の重さに。エフィカが泣きそうな表情で奥歯を噛む。
 彼がどうしてアークへやって来たか。どうして今も戦い続けているか。
 その理由を推し量れば、もう何も言えない。いや、ならばせめて。
「――分かりました。支援、しますっ!」
「ああ、頼りにしているのだ」
 一際強く光を放つ乾坤圏。記憶の中の黒翼の青年が、子供離れし切れぬ義父に苦笑いする。
 地を駆けるその背後で翠の翼が広がる。狙撃の一矢がE・アンデッドの体制を崩す。
 カウンターで放たれた拳が伊吹の肩を抉る。だが、踏み込みが浅い。バランスが悪い。
 運命を削ってあともう一歩。必中距離。
「それでは、死んではやれないな」
 渾身の速撃ちが頭部を穿ち――どさりと。重々しい物音と共に森の戦いに終止符を告げる。
 血塗れの伊吹にエフィカが慌てて駆け寄るものの、それを手で制し報告を飛ばす。
“こちら伊吹、フェーズ2の討伐に――”

 成功。そう告げようとした声が、止まる。
 ザザ――――と言うノイズ。そして、視界の遠く先に佇む“何か”
「エフィカ、そなた逃げられるか」
「……多分、飛べば追いつけないと思います」
 ここに来て確信する。今までの散発的なエリューションの出現は、そうか。
 劇団お得意の“デモンストレーション”か。
 であるならここからが、本番だ。けれど、まずは、果たして。
 自分はここから、無事生きて帰れるだろうか。
「……これは、厳しいな」
 先よりも一際重く。伊吹の独白が森の影へと落ちた

●夕~災厄の鐘~
 “駅前、南部にE・アンデッド3体出現です。直ちに現場に――”
 “鷲峰、次のタイムリミットまで後どの位か分かるか”
 “5分無い位だな……くそっ、ほんとやり口が厭らしいよなこいつら……!”
 “――っ! 伊吹さんとエフィカさんから連絡、途絶えました!”
 “あれっ! あの人マネキンっぽいですっ! ミミミルノのめはごまかせませんっ!!”
 “なるほど、話に聞いた正体不明って奴か……ミミミルノ、下がってろよ”
 眼前に展開される光景に、強く強く拳を握る。
 慧架が居るのは、酷く狭い閉鎖空間だった。寝転がる位は出来るだろうがそれで一杯だ。
 壁にかかった鏡には現実の世界で行われている戦況が刻一刻と映し出されている。
 順調、とは到底言い難い。連絡が各所で分断され、
 クロト、快、拓真の3人が2つの地区と中央とをエリューションの処理に奔走している。
 正体不明に真っ向勝負を挑んでいる竜一が上げた照明弾にまで、手が回っていない。
 そして本来であれば、退くべき敵であるマネキンとの戦闘状況も良くない。
 ミミミルノの浄化の鎧は効果的に働いている物の、とにかく正体不明は硬いのだ。
 混乱しながらの戦闘は自分を竜一自身が傷付け、ミミミルノがそれを癒すと言う繰り返しだ。
 この状況が長引けば長引くほど、西のノーフェイスの処理が遅れる。
 そうすれば、いや。現時点で既に、ジリ貧だとその全てを見ている慧架には分かる。
 自分があの場所に居れば。少なくともこんな事にはならなかったろう。
 迂闊にも全ての行動判断を快に委ねていた事を悔いるも、後の祭だ。

 不甲斐ない、悔しい、せめて何とかここから脱出しようと一体何度鏡を叩いたろう。
 けれど件の破界器は余りにも頑丈だ。精神力が尽きるまで殴って罅割れ一つ。
 物理防御か神秘防御を無視する神秘でも有していれば数発で突破できたろうが。
 閉じ込める為の神秘である以上は、当然そう易々と出られる様には作られていない。
「……っ」
 思いがけず。余り感情的になる事は少ない慧架の瞳に涙が滲む。
 一体何をしているのだろう。皆を助ける事も出来ず、鍛え上げた力を揮う事も出来ないで。
「見ているのでしょう……出しなさい! 出せっ! 卑怯者っ!!」
 拳を鏡へと打ち付ける。奇跡が起きて、この狭いだけの空間から出られないか。
 いや、そんな奇跡が起こる筈も無い。世界はそれ程優しくはない。
 命を賭し、魂を削りでもしない限りは物事は必然の流れを辿る。
 せめて、この感情をぶつける対象でも在れば、まだ気分が紛れたろうに。
「皆……どうか、無事で……」
 祈る事しか出来ない。制止した時の中ただ佇み続ける。
 鏡に映し出される竜一とミミミルノの戦いは、今も泥沼の中をのたうつ様に続いている。
 拓真らのノーフェイス処理には終わりが見えず、
 エフィカと伊吹は今もアンデッドを討伐しながら逃走行の最中だ。
 悠月、俊介、リリらは駅前に残された最後の戦力として、動きを縛られ続け動けない。
 そこまで見えているのに。どう動けば良いのかも分かっているのに。
 手を出す事も、声を掛ける事も、ほんの少し助ける事すらも――出来ない。

 ――そうして、時は暮れる。
 日が傾き町並みが赤く染まる頃。リベリスタらは誰一人命を落とす事無く警備を続けていた。
 正体不明は取り逃がした。竜一と伊吹は重傷を負い、誰にも彼にも疲労の色が濃い。
 けれど、決定的な破綻にまでは到っていない。発生したフェーズ2の数は計4体。
 倒したエリューションは24体。出現予定の残数は残り9体だ。
「何とか、凌げそうですね」
「ああ、何とかな……」
 悠月の呟きに、俊介が精も根も尽き果てたと言う体で嘆息を吐く。
 仲間達の命を支えると言う以上に見知らぬ人に事情を説明し続けると言うのは、
 思う以上に精神力を消費する。それもイヴの駅前等となれば尚更だ。
 移動しては戦い、移動しては通行止めキットやビデオカメラを設置し、
 それが出現する瞬間を見られない様に計らう。求められる注意力は計り知れない。
 実際幾度か失敗しては問い詰められている。ネット上では既に噂になっている事だろう。
 それでも、辛うじて神秘秘匿に致命的な事態には到っていない。
「神秘で、人の道が狂う事なんてあっちゃいけないんだ」
 俊介もまた、そんな事情が無かったならここまで執念を以って事に当たる事は出来なかったろう。
 けれど、そこだけは譲れない。生き方を狂わされ、壊れて行く人を多く見過ぎて来た。
 そんな人々を救えず、幾人も幾人も見捨てて来た。つい、先日だってそうだった。
 死ぬ理由の無い人が、誰も傷つけて無い人が死ななければ、狂わなければならない理不尽。
 それを、許容する事何て、出来ない。
「ええ、偽りの救済などと言う邪悪な思想、必ず討ち果たさなくては」
「救世劇団の悪辣さは常軌を逸しています。放置するのは禍根以外の何物でも有りません」
 リリが、悠月がその言に小さく首肯する。三者三様に理由はあれ、其々に譲れぬ理由が有る。

 それ故に、彼ら、彼女らは尽力した。
 他のどの班よりも、駅前の3人は能率的に動き続けた。
 だからこそ。それは皮肉と言うべきか。この場所こそが最後の舞台に選ばれた。
“東部、西部、南部、北部の4箇所にエリューションが発生します。数は、各2た――”
 和泉の声が響く。今までなら、悠月が直ぐにナビゲートすべきタイミングだ。
 しかも2体が4箇所。これが最後の攻勢だろう。ここを凌げば、勝利だ。
 にも拘らず、彼女は動けない。間近でリリの呟きが聞こえたからだ。
「――――やあ、御機嫌よう、聖櫃の子供達」
 それはまるで当然の様に、急ごしらえの撮影現場を囲む雑踏の中に混ざっていた。
「コートの老人と、真逆にマネキンが、1つ」
 それを証明する様に、和泉の声が途切れる。ザザーっと、ノイズが走る。
 想定した中では最悪の事態だ。人手が決定的に足りない。
 ああ、或いは2つ隣の駅に救援でも求めておけば良かったろうか。
 いや、それよりもこの時点までに積み重ねたマイナスが多過ぎた事を悔やむべきだろうか。
 抜け落ちは些細だった筈だ。けれど些細な物が積み重なって彼らを追い詰める。
 誰かに沿った行動は多様性を損ない、能力重視での戦力配分は地形に足を引っ張られる。
 それでも彼等は全力を尽くした。それは賞賛されてしかるべき精度でだ。
 その結果が、ノーフェイスやE・アンデッドによる直接の被害者を最小限まで抑えている。
「おめでとう、君達は見事私の最終試験を潜り抜けた。賞賛しましょう心から」

 しかし、では例えば。それら全てが『千貌』にとっては囮であったのだとしたら。
 彼が其処に出現する事は、考えられない事だったろうか。

●Question
 ――西部方面、ビル街。
 結果から言えば、其処がこの日最後の戦いの地になった。
「りゅーにゃん、大丈夫か?」
「誰に言ってるんだ。そっちこそ動きが鈍ってないか」
 拓真と竜一が背を合わせ、2体のノーフェイスを喰い止める。
 その内1体はフェーズ2であり、そしてもう一体も今にも進化を迎えそうな固体だ。
 ここを凌げば終わる。その気持ちだけを縁に剣を振るう。
 生死を分かつ双剣で両手を弾くや、宝刀が圧倒的膂力でその頭部を一刀両断に絶つ。
 だが、それでもまだ動く。異常なタフさだ。これをクロトが両手の刃で追撃を加える。
 一撃、二撃、三撃、四撃。高速機動で放たれる両の手から音速の剣戟に、ノーフェイスの動きが止まる。
「ミミミルノ、すぐにかいふくしますですっ!」
 その隙を逃さず放たれる過剰威力の治癒の神秘が、もう1体を抑える快の手傷を癒す。
 癒しの燐光に包まれながら、手にした守り刀にも灯る聖なる十字の加護。
 快とて護るばかりではない。いや、護る為には戦う力もなければならないのだと。
 これまでの積み重ねが不必要な程、彼に強く強くその事実を刻み込んでくれた。
 けれど、それが無ければ彼が武を揮う事など無かったろう。
「強欲でなければ、護れない!」
 そうだ。全部を納得は出来ずとも、失敗こそが彼をここまで育てたのだ。
 揮った十字の斬撃で動きが鈍った各ノーフェイスに、照準が重ねられる。
「これで、止めだ」
「神秘は、秩序は、私達が護りますっ!」
 伊吹とエフィカ、異なる射撃武器による二重奏。同時に崩れ落ちる影。
 駅前以外の全戦力が奇しくもこの地区に集まっていた。
 いや、或いは集められた、と言うべきか。駅前からの連絡は無い。
 閃光弾もだ。だがノーフェイスを放っておけばこの仕事は確実に失敗へ転んでいた。
「……本当に無事か、あの3人」
 クロトの呟きに、ミミミルノが泣きそうな瞳で眉を寄せる。
 信じるしかない。そう告げた快は、既にバイクに乗り直している。
 果たして、今から援軍として向かって間に合うか。いや、間に合うに決まっている。
 そう言い聞かせる様に独白する。排気煙が白く濁り、聖なる夜を染めていく。


「そこで最後の確認です。君達はこの駅の人々を護りたいのですね?」
 にこやかに微笑む老人を前に、誰もが動けない。
 戦力的に、完全に許容量を超えている。それ以上に彼等はトートに対し語る言葉を持たない。
 事前段階で、この戦いは戦力を単純比較したならばほぼ確実に負ける。と、分かっていた筈だ。
 であるならば、ただ出現したエリューションを処理しているだけでは、
 最後に引っ繰り返されるだろう事は想定の範囲内である。
 そしてトートが出現する可能性の最も高いポイントが、クリスマスイヴと言う日程に於いて。
 アークにとって最も神秘を秘匿し難い場所と時間。即ち「夜」の「駅前」である事も。
「当然――いえ、連続殺人容疑で、逮捕します!」
 リリの上げた声に、周囲の人々が一瞬驚いた様に辺りを見回す。
 けれど、対するは老人で、リリは撮影セットの中だ。
 灰色のトレンチコートが若干不似合いではある物の。武器を手にしているでも無い。
 好々爺然とした風貌で笑って見せるそれを目の当たりにして、
 その“連続殺人容疑”にどれ程の信憑性が持たせられるだろう。
「おやおや、逮捕は結構ですがね。先ず私の問いに答えてくれませんか」
 その返答に、スマートフォンを持ち出した野次馬達が、リリとトートをカメラで映し出す。
 完全に機を逸している。せめてそう。例えばこの場に死体でも転がっていたならば。
 逆説的に人の目を減らす事は叶ったろうが――
「そんなの、当たり前だろっ!」
 問いに真っ先に答えたのは俊介だ。迷う理由すらも無い。
 癒し、護り、命を救うのがホーリーメイガスとしての俊介の誇りだ。それはずっと変わらない。
「護れるなら。けれど、私は場合によっては見捨てる事も厭いませんよ」
 悠月の答は静謐にして残酷だ。けれどそれも一つの答。
 彼女は自らの手を血に汚す事を決して拒まない。神秘の探求者を自認する以上犠牲は付き物だ。
 最大限犠牲を減らす様には計らう。しかし感情は必要より優先されはしない。
 彼女はその恋人と良く似ていて、けれど決定的に異なっている。

「――いいえ。全ての人々は主が救って下さいます」
 そして、リリは。はっきりと頭を振る。それを見て、『千貌』が薄く笑う。
「ですが、貴方方の救済を見逃すわけにはいきません」
 神の手に依らぬ救済は全て偽りであり、冒涜である。
 リリの思想は彼女の人生と言っても過言ではない。その信仰は狂信の域だ。
 けれど、しかし、だからこそ。その答をトートは心よりの感嘆を以って受け入れる。
 戯曲の女優は未成熟で在る方が良い。例えば、借り物の言葉を本心の如く語る様な。
 そして己が、己の言葉で語っていない事に気付かぬ様な。故に彼女は――その作曲家に見初められた。
「なるほど、実に崇高な理想だ」
 この場にもしも読心の神秘の持ち主が居たら、一体その思考を何と評しただろう。
 この大掛かりな。数十名と言う人間が命を落し、それに倍する人間の心に皹を入れた事件が。
 ただの“俳優選別(オーディション)”であったのだと言われたら。
“なら、君が私を殺しなさい。私は抵抗しないと約束しよう”
 その声が、リリの脳裏に響いたのは、直後。
 幻想殺しを用いるが故に『千貌』から目を逸らす訳にはいかない。
 けれど思いがけず浮かぶ怪訝の色。それを視界に収め、『千貌』は囁く
“勿論、周囲の無知なる子羊らにも手は出さない。君以外の2人はここで死ぬでしょうけれど”
 ぞくりと。続けられた言葉に銃へ載せられていた手が止まる。
 向き合っていれば分かる。嘘を言っている空気ではない。
 本気だ。本気で、『千貌』は選べといっている。「仲間の命」を代償に「救済」を。
 或いは、「救済」を代償に「仲間の命」を。どちらを得る事を選んでも、構わないと。
“まさか出来ないとは言わないだろう。ねえ、リリ”
 続いて奏でられた親しみのある声音に、それでも昔なら一瞬で切り捨てられた問に応じられない。
 それなのに動けない。凍り付く。それを愉快気に眺めるや、踵を返すトレンチコート。

「っ、お待ちなさい!」
「待って下さい、いけません」
 踏み出しかけ、足が止まる。相手にはまだ1体の手駒(エリューション)が残っている。
 トートだけを追い掛ける事は出来ない。暗に、彼はこの場の全ての人々を人質にしているのだ。
「……いや、ここでアイツを逃がしても、俺達の勝ちは変わらない」
 俊介が自分の中で納得する為に声を上げる。
 もう1時間もすればきっとこの戦いは終わる。この場で勝利を得る事が出来る。
 けれど、『千貌』の投げた問い掛けは木霊して耳から離れる事は無い。
 どちらを選ぶのか。どちらかを選べるのか。――どちらを選ぶ事が、主の御心に沿う事なのか。
“……った、繋がりました。皆さんご無事ですか!?”
 和泉の声が幻想纏いから漏れる。安堵して良い筈だ。達成感を感じても良い筈だ。
 次々上がる報告は、確かに任務の成功を告げていた。
 それなのに、どうしてだろう。心からこの勝利を喜ぶことが出来ないのは。
 何所か遠くで鈴の音。耳鳴りの様に残る、千貌の残響。
“いずれ、答を聞ける日を楽しみに。それでは、良い夜を”
 全ては未だ迷妄の中。戯曲はいよいよ以って本番を迎える。
 それはまるで冬の寒気の中に融ける様な――鋭く、滲む痛みと共に。
 聖夜は、まだ始まってすらいない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードEXシナリオ『眠れる世界のアムネジア』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

色々と見落としや齟齬が有りましたが、情報量の非常に多い物語でした。
様々な要因を加味し、ギリギリ辛勝と相成りました。
中でも、駅前組の連携は見事に穴が無く掛け値無しにお見事です。
これにより神秘の秘匿にある程度の悪影響は出た物の、
最悪の事態は無事回避出来ました。本当にお疲れ様でした。

この度は御参加ありがとうございます。
来年も出来得る範囲で頑張りますので、どうぞ宜しく御願い頂けたら幸いです。
それではまたの機会にお逢い致しましょう。