● 「寒いね」 ――人気のない道路上、彼の声は綺麗に響く。 「……そっすか」 それに背を預けて、がりがりと適当な風景をスケッチしているのは私である。 理由も目的もない。気分が晴れない時は何となく、こうしてぶらついては落書きをするのが私の趣味だった。 「いや、本当に寒い。君たちの住むところは大変だね。こうも寒ければ暖房を絶やすことも出来ないだろう」 「まあ、人に因るんじゃないっすかね。その辺り。貴方はどうなんすか」 つい先ほど出会ったばかりの彼に、私は適当に話を振ってみる。 人と関わるのは億劫だったが、背を預けている相手は存外話し好きらしく、私も珍しく興が乗ってぼそぼそと言葉を掛け合っていると言うわけだ。 「私かい。まあその時々だね。 産卵期になれば暖かい場所に行くが、それ以外は君たちの基準ではそこそこ冷たい水温を好んでいる」 「……ほう」 言葉の内容は兎も角、あっさりと答えてくれるものである。 がり、と筆を止めて、私は改めて彼の側へと振り返る。 でかい目玉があった。 いや、より正確に言うと私の視界に入ったのが目玉だけで、視線をずらせばその全体がよく見えた。 背中は青く、お腹は銀と白が混ざった感じ。 その二色を別ける形で、背中とお腹の中間の辺りをびーっと黄色いラインが走っていた。 手もなく、足もない。身体の側面にちょこんと生えてるヒレが腕っぽいと言えばそうなのだろうか。 要は、何というか、魚だった。 寡聞なために種類は解らないけど、えらくでかい魚だった。 「だがまあ、それにしてもこの場所は私の生態上にも大変よろしくない。 叶うことなら元の場所に戻すか、最低でも海に入れて欲しいのだが、頼めるかね」 「いや、無茶を」 数分前。先にも言った暇つぶしとして落書きをがりがり描いてた頃に、いきなり背後から轟音と衝撃に見舞われた。 びびって振り返れば其処には彼が居て、同時にしゃべり出した。 一瞬は混乱を超えて恐慌しかけた私であるが、この異常事態に際しても何ら焦ることなく、落ち着いた口調で話す彼に、私も段々気が抜けて(と言うか匙を投げて)現在に至るのである。 「難しいか。よもや異郷の地で屍を晒すことになろうとは」 「いえ、それも大概迷惑なんで、ちゃんと対策は取りました」 「君も割合容赦がないね」 逃げないだけ有難いと思って欲しい。 流石に其れを言葉にはしないが、私は憮然とした表情でぱたんとスケッチブックをたたんだ。 「まあ、待ってればその内帰れると思うんで」 「本当かね。有難い。妻がさぞ心配しているだろうしね。成る可く早く帰りたいと思っていたんだ」 「……」 追いつかないツッコミを放棄して、私はぬぼーっとした表情で周囲を見る。 太陽こそ僅かな雲に隠れてはいるが、大凡晴れと呼んで良い空の下。 視線の遙か先では、真っ黒な渦がゆらゆらと揺れていた。 ● 「……まあ、そう言うわけです」 「……いや、おい」 一連の映像を見せられていたリベリスタは、相対する津雲・日明(nBNE000262)の投げやりな態度に突っ込んだ。 何かもう、どうにでもなれって感じがよくわかる笑顔である。 「えー……一応、説明しますが。 今回の対象はこのアザーバイドの送還です。対象は現在位置から1km程にあるディメンション・ホールから吹き飛ばされてきました。現在もその『穴』は開いているので……」 「引っ張って、戻す?」 「無理でしょうねえ。このサイズでは」 改めて映像の方を見る。 両端を森に挟まれた広い道路上。その大体100メートルくらいをアザーバイド……というか推定鰤が埋めている。 自重で良く潰れないものである。とか見当違いの感想が脳裏に浮かぶのもやむなしと言ったところか。 「牽引するための機材や車両を用意する時間も費用も掛かりすぎます。流石に其処まで大がかりなことをしては勘の鋭い報道機関が気付いても可笑しくはない」 「じゃあ、どうしろと」 「ですから、皆さんにやって貰うんですよ」 は? と目を丸くしたリベリスタに対して、日明は淡々と言ったものである。 「対象は吹き飛ばされる形で『穴』からこの距離までの位置に居ります。 なので、皆さんも同様の手法で対象を元の場所に戻せば良いんですよ」 ……言っていることを漸く理解したリベリスタが、ぽつりと言う。 「ノックバック?」 「はい。正解です」 えげつねえ。 そう言いかけたリベリスタの口を封じる形で、日明が一手早く説明を続けた。 「要するに、今回はノックバックが出来るリベリスタが主要となる依頼です。 が、対象の重量が余りにも在りすぎるために吹き飛ばしてもそれほど距離は出来ませんし、何より相手は戦闘経験など無い只の魚です」 「つまり?」 「適度に回復を施さないと死にます」 にべもないものである。 要点を押さえれば、今回の依頼、相手を動かすためのノックバックスキル持ちと、その度に負う傷を癒す回復スキル持ちが必要になると言うことである。 「……あ、それとですが。今回ノックバックスキルを打つためのEP回復スキルの保有者は必要有りません。丁度その場にスキル持ちが居たので」 最も、数が在れば更に便利だろうが。とは日明の私見である。 「一応、僕達の方でも道路は抑えていますが、彼処は案外昼を過ぎてから交通量が増えてきます。 叶うなら……そうですね。10分以内に片付けてくれれば有難いです」 色々と面倒な任務である。 かといって、放置すれば現実的にも人道的にもあまりよろしくはない。 「……ああ、それとこのアザーバイドさん、お話好きなようでして。 恐らく二度は合わない相手でしょうし、普段はしない話や、ちょっとした相談をするなんて言うのも良いと思いますよ」 では、宜しくお願いします。と頭を下げる日明に、リベリスタ達は嘆息混じりで応じることになったのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月26日(木)22:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●先ず呆気にとられる ずばしゃしゃしゃしゃ、と激しい水音が聞こえる。 用意された放水車から出される水は、道路いっぱいを若干越える大きさの鰤に浴びせられていた。 ホースを構えるのは『ハッピーエンド』 鴉魔・終(BNE002283)。微妙にその眼に食欲が映っていることを除けば、至って人の良いリベリスタである。 「お魚さん大きいね~。ちょっと触ってみてもいい?」 「構わないよ。ただ鱗は取らないでくれると有難い」 全長100mに及ぶ鰤から流暢な人語が聞こえる辺り、凡そほのぼのと言える光景とは違う気がするが。さておき。 しっとりすべすべとした感触に喜色を浮かべる彼の直ぐ傍では、彼も在する通称『送還班』が、ひたすらべちべちと鰤を叩いていたりする。 「決めるぜ! ラヴィアンクロス!」 『スーパーマグメイガス』 ラヴィアン・リファール(BNE002787)がかけ声を上げつつ、手に持つクロスで大きな鰤に微弱な攻撃を繰り返す様は、何というか、実に可愛らしい。 「……なーんか足りねえなあ。こう、アニメの主人公的な格好良さが。お前はどう思うよ今の技」 「ふむ。やはり派手なエフェクトと敵役のリアクションは欲しいところだね。私も協力してみる故、もう一度試してみよう」 「なるほど、じゃあポーズを変えてもう一発行くか! ラヴィアーン、クロスッ!」 「ぐわー」 ……見た目が如何にアレであろうと、これでも一応人道と世界保護のために死力を尽くすべき依頼であることは、是非とも本報告書の読者に理解して欲しいところである。 「いやいや、私もそこそこアークで任務をこなしてきたわけだけど、世の中には不思議なことがあるものだね」 「うむ。100mの鰤……なんとも大きい」 若干他人事風味で、任務に臨む面々を見守っているのは『偽悪守護者』 雪城 紗夜(BNE001622)、並びに『百の獣』 朱鷺島・雷音(BNE000003)の二名である。 任務である以上総ゆる状況に順応すべきが組織人に必要な能力とはいえ、こうして一瞬でも冷静になってしまえば「何やってるんだろう俺達」みたいな例えようもない空しさが去来するのは冬の寒さの所為だろうか。 「彼の世界にはそんな大きな鰤や大きな魚が生息してるのだろうか。うん、聞いてみよう」 「鰤と言えば、私は照り焼きが一番好きかな。いや、鰤大根も捨てがたいものがあるのだけれど。 ……コレだけのサイズがあれば、何人前用意できるものなんだろうね」 ――夢見る少女と夢のない大人の私見は見事に相反しているものであり。閑話休題。 「沙夜氏、そろそろ貴方の番だ」 「おっと、これは失礼」 そう言ってすたすたと二人に歩み寄るのは『芽華』 御厨・幸蓮(BNE003916)である。 義肢の腕は重たそうなグリモアール。ひたすら引っぱたいていたのか、重厚な書物の表紙は少し濡れているようにも見える。 若干凝った肩をもみほぐすように軽く回して、彼女は手持ち無沙汰にページを弄ってはディフェンサードクトリンを施す等、細やかな気遣いも忘れていない。 ……そう言う彼女だからこそ、こうした任務に奇妙なシュールさが目立っているとは、誰もが言わないわけだが。 「放置すると巨大な干物になってしまいそうね。 そうなる前に元の世界へ戻しましょうか。家族が待っているなら尚更早く、ね」 「うむ。感謝するよお嬢さ痛い」 幸蓮と入れ替わった沙夜に加え、『蜜蜂卿』 メリッサ・グランツェ(BNE004834)の言葉は、普段からの機嫌が悪そうな表情に反し、些かの情の深さを湛えている。 これで膂力に任せた腹パンで全長100mの巨体を吹っ飛ばしているのでなければギャップ萌えも狙えたであろうが、さもありなん。 「そう。そう言えば聞きたいのですが、『お二方』のお名前は?」 「……それ、もしかして私も含めてるんすか?」 問うたメリッサに先ず返った声は、トーンの低い女性のものである。 声の主――アークの助力を乞うたリベリスタである彼女は、折り畳んだスケッチブックを片手に小さくため息を吐いた。 「荒木っす」 「名前は?」 「必要ないっすよ。私の様な木っ端とあなた方が会う機会はこれきりでしょうし」 自らを損ねるような言い口に、しかしメリッサの側も一瞥を返すのみで終える。 少しだけ複雑になりかける空気。を。 \えんやっとっとーみんなでおせおせだいさくせん!!/ 見事に切り替えてくれるのは、彼女――『さいきょー(略)さぽーたー』 テテロ ミーノ(BNE000011)の数多い長所の一つである。 称号に負けることなく、先の雷音共々回復役として全員をサポートし続ける彼女は、時折アザーバイドに話しかけるなどして常に場を和ませるムードメーカーとも言える。 ……また、その一方でミーノの案により翼の加護を得た鰤が、荘厳な光の翼を纏う鰤(飛べなかった)として在る現在はこう、いっそ抽象画の世界にでも飛び込んだ気分にも成れるのだが。 「アザーバイドさん、まだ痛くないですか?」 「うむ。君たちが適度に癒してくれるのでね。 それはそれとして今君が振るう斧の刃が何時此方に向くかが非常に怖いのだが」 「向けませんから。こうやって横向きにしてばちーんってやれば斬れないから!」 よりにもよって何故其れを。と言う言葉ならぬ視線を送る魚眼に対して弁明するのは『アクスミラージュ』 中山 真咲(BNE004687)である。 実際、対象を安全且つ迅速に元世界へ送還するためとは言え、この方法が手荒であることは認めるが、それにしても遣わされた者の技量くらいは信じて欲しいところなのだが、そう言う意見を口にする必要がないことも真咲は重々承知している。 どのみち、全ては結果が証明する。思考を切り替えた童子は、いっそ清々しい笑顔でエールを送った。 「迷子のアザーバイドさん。ちょっと痛かったりキツかったりすると思うけど、死なないように気をつけるので。一緒にがんばりましょう!」 「……ふむ。では、その言葉。大いに信じさせて貰うよ」 返ってきた言葉は、思いの外暖かなものだった。 ●次に対処することで頭がいっぱいになる 「ねぇねぇ、ブリさんのせかいはどんなかんじっ? おいしーものとかあるっ? ケーキはっ? クッキーはっ?」 「うむ、ない。と言うより、製法は在るが作らない。彼らは自然の果物が大好きなのでね。 その分、それらを芸術品のように細工、加工する技術は随一だが」 至って平坦であり、しかし多少の繊細さが必要になる『作業』が続く。 時折ミーノがしたような質問、会話を挟みながら、与えたダメージの具合を見たり、またはアザーバイド本人に傷の具合を聞いたりとしながら、それでも彼の巨体はディメンション・ホールに少しずつ近づいていく。 「君の世界ではみんなこんなに大きいのかい? この世界にも鯨という大きな動物がいるが、君の方が何倍も大きい」 問う雷音の瞳は輝いているが、対するアザーバイドは少しだけ申し訳なさそうに苦笑する。 「いやいや、大きいのは我々くらいのものだ。後は大抵君の世界とそう変わりないと思う」 実際に君たちの世界の海を見てはいない以上、断言は出来ないが。とはアザーバイドの言である。 曰く、彼らは何の因果か、元の世界の海に於いて『聖獣』に位置づけられている存在らしい。 そうした世界の住人による巨大な信仰が、この場合一種のE・フォース的な神秘となり、彼らをこうした象徴化――巨大化に至らしめているのだと云々。 「……そんな大層なご身分がどうしてこんな所に」 「いや、暇つぶしに海面から撥ねてみようとチャレンジしてね。丁度撥ねた先が異界の穴だった」 ――生ぬるい笑顔を浮かべる沙夜の胸中足るや、察するに余りある。 暇つぶしの結果、D・ホールから跳んだ先が間違えば町一つ壊滅しても可笑しくない状況に陥ってる現在、責任を追及したくてもその意味がない虚しさはどうか。 「ちなみに、アザーバイドさんに種族名とかって在るの?」 次いで聞いたのは真咲である。 アザーバイドは然りと言った風情で、その問いに揚々と答えてくる。 「うむ、其処だ。私は基本的に聖獣様としか呼ばれていないのでね。対して此方ではアザーバイドだの、ぶりだのと様々な呼び名があるのだね。何とも面白い」 「他にも在るよ。アザーバイドさんの種族は成長するごとに呼び名が変わるから、出世魚って呼ばれてるんだ。 最後の名前はみんな一緒なんだけど、成長途中でガンドとかフクラギとかいろいろ変わってくんだ。アザーバイドさんの所もそうだったら面白いなぁって」 「ほほう。年を経て変わる名前か。因みに私を当てはめるなら?」 「……鰤、しかないと思う」 苦笑混じりで応えるしかない真咲であるが、攻撃を行う手つきは未だに慎重さを保っている。 その理由も当然か。『不殺』の属性を取り付けた武器とはいえ、逆を言えばその性能はあくまで「殺さない」と言うだけでしかない。 人間で言えば、死ななければ五体満足でなくとも良いと考えるか、否かの違いだ。それを鑑みれば真咲や――攻撃の打点をしっかりと見極めるメリッサのようなメンバーは、実に配慮に長けている。 「……そう言えば其処の人から聞いたのだけれど、奥さんはどんな人なのかしら」 「おお、妻のことかね」 何気ない問いではあるが、メリッサのこの質問はアザーバイドを大いに喜ばせたらしい。 「出来た伴侶だよ。感性は今時の女性のそれだが、私への気遣いも忘れない。楚々としながら通すべき芯は決して曲げない。あの様な妻を娶れて私は本当に幸せだ」 「お子さんは居るの?」 「居るとも。実の子ではないがね。可愛い二人の娘だ。こう話していると、やはり元の世界が恋しくなるなあ」 ――異界に身動きも取れず、一人ぼっちで取り残されながらも、この淡々とした話し口はどうにも奇妙に映る。 が、其れはあくまでメリッサを始めとしたリベリスタらの視点であり、これでも当人としては並々ならぬ焦燥と困惑を抱いては居たようだ。あくまで、それを見せまいとしていただけで。 苦笑、代わりの歎息を吐いて、メリッサが水筒に入れた塩水をささやかな応援の印としてアザーバイドに振る舞った。 「ねえねえ、お子さんはもう大きいの? 奥さんとの馴れ初めは?」 「二人ともそろそろ十歳になるかな。妻との出会いは、そうさな……」 ひたすら殴打音と押し擦る音が響く中、双方の会話は奇妙にクリアに聞こえる。 それを気にも留めず、アザーバイドはぱくぱくと口を開きながら終に答えていく。 「……向こうが友人との海外旅行でクルージングに出ていたところ、誤って溺れたのを助けたのが切欠かな。 その後、度々会うようになって、最終的に私からプロポーズした」 「………………うん?」 「む?」 何か、微妙な認識の違いがある気がしたのは、一同気にしないことにした。 ●最後に、ほんの少しだけ心の余裕が出来る いよいよもって佳境である。 アザーバイドとD・ホール。彼我の距離は終ぞ100mを切り、これに気勢を得たリベリスタは一層奮起してアザーバイドのノックバックを敢行する。 比例して、別れが近づきつつあるアザーバイドとの会話も頻度を増している。 繰り返し癒術を行使し続ける雷音は、うっすらと額に浮かぶ汗を拭いつつ、何気ない体を装って聞く。 「聞きたいことがあるんだ」 「何だね?」 「君にとってこのボトムはどんなふうにみえるのかな?」 ボクは、この世界しか知らないから。 そう言った雷音に対して、アザーバイドは困ったように声を為す。 「私の知る此の世界は、いたく狭いものだ」 「……」 「知っている者は君たちしかいない。風景の一つも碌に見れず、こうして話す程度が精々だ。 それを承知の上で言うのなら――まったく、このようなお荷物に懸命に尽くしてくれて、素晴らしい人々の住む場所としか、答えようがない」 「……そうか」 屈託無く笑う雷音をして、リベリスタの心境も知ることが出来ようものである。 浮かぶ陽光が眩しい。直上に目映く照らすそれを嬉しそうに見上げる幸蓮が、今も弾き飛ばし続けるアザーバイドに言う。 「年の概念は分かるだろうか?」 「勿論。それがどうかしたかね」 「私達の世界で、一定周期で動く時間をリセットするとき……新年と言うが、それがもうすぐ近づいていてな」 にこりともせず言葉を続ける幸蓮に、アザーバイドもひとまずの沈黙を保つ。 「このチャンネル、少なくともこの国では、新年は親しい者同士で過ごすことが通例常時となっている。 私からすれば、その時に知らぬ土地で1人きり動くのもままならぬ状態で過ごすというのは、こちらから見る身としては非常に悲しく寂しいものだ」 ――『故に』と言う言葉に、続きは不要だった。 「故郷の暖かい場所で仲間に会えたら、このような珍妙な話を聞いたと土産話にして貰えると幸いだ」 「……因みに、君にそうした家族は?」 「居るとも。自慢と言えるかは解らないが、しっかりとした兄妹がな」 「そうか」 其れは良かった――と言おうとしたアザーバイドの身体が、その時一際大きく揺れた。 「ったくよお、いくらなんでも重すぎだっつーの。少しはダイエットしろっ! 正義の味方は好きだけど、こういう地味ーな活動はあわねーんだ」 「ははは、其れは申し訳ない」 それまで必殺技の練習台としてアザーバイドを使い続けていたラヴィアンが、事ここにいたって遂に不満の声を上げた。 「お前もさー、異世界出身なら空飛ぶぐらいやってみろって。無理ならごろごろ転がって穴まで一直線とか」 「残念ながら、先ほど桃髪の彼女に施して貰った翼は上手く動かなくてね。 それと、転がるのは無理でも、跳ねるくらいなら不可能ではないと思うが――」 「……やっぱいい」 「賢明だ」 こんな超重量が跳ねなどしたら、地震程度で済みそうにないと言うことは、流石のラヴィアンにも理解できたようである。 ちぇ、と舌を打った後、アザーバイドの口の中にビニール袋に包んだ何かを放り込んだ。 「む?」 アザーバイドには見えなかったが、中に入っているのは彼の姿を撮った写真である。 「異世界記念だ。大切にしろよ」 「ほうほう。其れは有難い。此方も次に来るときはお詫びを努力させて貰おう」 楽しそうに笑うアザーバイドの身体が――終ぞ、『穴』の中に半身を埋める。 此処まで来れば、あとは吸い込まれるようにその身が飲み込まれていく。 その先は全くの未知である。千里眼を持って行き先を見ようとした終ですら、果ては唯の黒に塗りつぶされている。 それでも、アザーバイドは、リベリスタは、世界の向こうを恐れることはない。 「世界の優しさが、君に届くように」 「おはなしいっぱいできてちょー! たのしかったっ!」 雷音が祈る。ミーノが笑う。 「次来る時はお子さんもご一緒に……」 「お魚さん、ばいばーい☆」 形式ばかりの再来を願う沙夜。終始変わらぬテンションで手を振る終。 「今度こっち来るときはきちんとおみやげ持ってこいよな」 「それでは、良い年を」 ふんぞり返って言うラヴィアンの傍で、幸蓮は丁重な礼を贈った。 「さようなら、もう迷い込んで来ちゃダメだよ?」 「では、ブリさん? またの機会に」 困った顔で笑う真咲に、メリッサが如才なく頭を下げた。 その姿が消えた後、門は跡形もなく破壊されて。 何れ此処を通る車に、僅か十分に満たぬ顛末を予想しうる者など居るはずもなく。 ――異形が在ったその場所は、すでに唯の日常の風景、そのものだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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