● 「貴様らの仕業と分かっているんだ!」 「なにを言ってんだか、さっぱりだな!」 罵り合いが飛び交うロンドンの下町。 もはや、それぞれの使い走りの小僧たちまでが一触即発の倫敦。 どちらが火薬庫に火種を放り込むか、時間の問題になっていた。 六道紫杏と彼女の研究成果を取り込んだ事で大幅に戦力を強化した『倫敦の蜘蛛の巣』とモリアーティ。 宿敵『スコットランド・ヤード(通称ヤード)』との戦いも大都市の水面下でその激しさを増している。 表向きは一連の事件への関与を否定している倫敦派だが、それを信じる者は居ない。 新聞には、恐るべき通り魔殺人、「不幸な事故」、あり得ない自然災害の見出しが踊る。 それらが、紫杏の改造キマイラの仕業であるのは明白なのだ。 殺されたのは、ヤードの協力者。車の多重衝突に巻き込まれたのはヤードのリベリスタ。 地震もない倫敦でいきなりの地盤沈下で邸ごと地面の下に埋まったのは、協力者の貴族だ。 ● 「新しいおもちゃの性能がお気に召したようで、蜘蛛の巣はやりたい放題です」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)が警護隊でしゃべるときは、腹に据えかねたものがるときだ。 「改造キマイラの出現を境に倫敦市内で頻発具合を増した一連の事件は収まる気配はありません。連中はこの事件に表向き関与していないとしてはいるものの、『ヤード』側は長年の宿敵の関与を確信してます」 つうか、モリアーティさんの他に誰がいるのかなー。と、四門はうつろな笑いを浮かべる。 「リベリスタのみならず、支援者等にも広がりを見せる被害状況に『ヤード』は重い腰を持ち上げる事を決意しました。防戦と様子見してる場合じゃないよねー」 抗争を重ねてきた『ヤード』でさえも倫敦派の全容を掴んでいない。 霧の都に巣食う蜘蛛達は多くの謎を纏いながら社会の裏側に潜み続けているからだ。 さっきバスで隣り合って座っていた奴が蜘蛛かもしれないし、会社の同僚がそうかもしれない。 これまでは想定される被害や状況の悪化から宿敵二者は危険な駆け引きを続ける関係にあったが、それは終わりを告げたという事だ。 「本拠も含め倫敦派の状況は完全に掴めてはいないけど、『ヤード』側はアークのものも含めたこれまでの戦いから『キマイラ運用』の影に隠れる倫敦派を補足出来るって考えてるみたい。キマイラの監視とかコントロールしてる蜘蛛の巣末端を確保して、戦略情報を取得する事を考えたのである。 「あわせて、『世界で最もバロックナイツとの交戦経験を持ち、彼等を撃破せしめた唯一の存在』であるアークに本格援軍を要請し、短期的な戦力の増強を図ろうっていうのに、室長が了承したとこまで、割りと最近の話」 で。 と、四門は話を切った。 「今現在の最大の問題は、その『ヤード』の計画が発動するより先手を打つ形で『蜘蛛』達が動き出した事にあるんだよね」 どっから漏れたんだかなー。と、行ってもせん無いことだけど。と、四門は小さく付け加えた。 「『蜘蛛』の連中は倫敦市内、地下鉄に攻撃を加え『ヤード』側の戦力を引き付けた上であろう事か『ヤード』の本拠地である『ロンドン警視庁地下』を制圧使用としてるんだよね。カウンター攻撃。これ、決められると、大打撃だ」 そして、決められる公算が高い。 「『ヤード』側もそれは分かってるよ? けど、リベリスタである以上守らなければならないものは多い」 今から、地下鉄で大量虐殺とか爆破とか色々使用としているフィクサードを放置して本部を死守なんて真似は出来ない。 「モリアーティが機先を制さんとしている状況はわかってもらえたかな?」 悪い奴ほど思い切りよくいろいろできるのだ。 「アークのリベリスタとして『ヤード』と連携し、倫敦派の脅威を撃退しに行ってくれる?」 ● そのパブでは、常連の若い男と中年の紳士がビールを酌み交わしている。 若い男は、たまたま知り合った、この中年の紳士にこの店を教えてもらった。 とても居心地のいい店で、以来、この店の常客になっている。 三回に二回は、この中年の紳士に会える。 彼はとても聞き上手で、若い男はもちろん『仕事』の秘密を明かすことはなかったが、この中年の紳士に相談することはたびたびだった。 実際、紳士のアドバイスを聞くようになってから彼の仕事はスムーズに進み、彼は同期では出世頭だった。 「ほうほう。それは、歯がゆいですな。わかります、わかります」 紳士に愚痴をこぼしながら、ビールを煽るのが週の半分の習慣だ。 「いや、俺だってね。上の考えてることは分かるよ? 向こうの方が――その、なんだ、技術っていうのかな――あるのは分かってるけどさ。所詮、新興の――会社な訳だよ」 「ぽっと出に、でかい顔されるのは気持ちのいいものではありませんな」 柚須柚須と大きなおなかをゆする紳士は、とても愛嬌のあるチャーミングな方です。 「そう! そうなんだよ、おじさん! わかってるなぁ。こっちも若輩者だけどもさ、会社の看板背負ってがんばってきた訳だよ!」 「分かってます。君が一生懸命会社に尽くしてきたことは、私はよぉく分かってますよ。私が分かるんですから、君の上役はもっと良く分かってますよ!」 「そうかなぁ」 「そうですとも」 ● 「場所は、ここ。ヤードと目と鼻の先にある、とある事務所――に偽装された『ヤード』 の出入り口」 ごく普通の会計事務所のようだが、そのロッカールームの隠し扉が地下への入り口だ。 「バリケードを築いて立てこもることになるかなぁ」 四門はポりぽりとペッキをかじる。何かが引っかかっているという顔だ。 「ぶっちゃけます。俺には、今回フォーチュナとしては、何も言ってあげられることはない」 万華鏡が使えない状況で、一介のフォーチュナが見られる領域を超えている。 「でも、送られてきた資料から、きな臭さは感じる。『ヤード』 に綻びがあるんじゃないかなって気がする」 でっかい声では言えないけども。確証はないんだけれども。と、四門は言う。 「内通者がいるんじゃないかな。と、思う」 それは由々しき問題だ。 「もちろん、誰とかはわからないけど、みんなが行く辺り――」 ここを取られたら、『蜘蛛』が『ヤード』 に大量に雪崩れ込んでくるだろう。 「俺なら、ここ、取りたい。で、俺が『蜘蛛』 なら――」 そう言う四門の目が暗い。 「ここを通れる奴を懐柔するね。大掛かりな仕掛けが始まる前には骨抜きにしておく」 蜘蛛は巣を張る。年のいたるところに。聖域など、ない。 「本人は、そんなつもり全然ないかもしれないけどね。注意は怠らないで」 ● 恥ずかしい話ですがね。と、紳士ははずかしそうに微笑む。 休暇中のサンタクロース。ひどく優しげな小太りのおじさん。 ポケットにはお菓子がいっぱい入っていそうだ。 「私は、あまり仕事の出来る方じゃない、ありていにいうと人がいいばかりの無能と言われておりましたよ」 身なりのいい紳士に、若い男は信じられないと視線を向ける。 「私を拾ってくれた方、今の上役はですね。『それは武器なのだよ』 と言って下さいました。『君の武器の使い方を教えよう。そうすると、君にも分かる。君の武器がどれほど素晴らしいものなのか』 と、それはもうそれまでの私が考えもしなかったことを次から次へと教えてくださいました。私は、何より嬉しかった」 「嬉しかった?」 「みながみな、私に言いました。「人はいいが、そのままじゃダメだ」 私の上役は言いました。『そのままでで構わないのだよ。いや、むしろ変わってはいけない』 私は私のままで、十分幸せになれることを教えてくれた上役を大事に思っております――ですから」 紳士は、それは幸せそうな笑顔を浮かべる。 彼のように、あるいは彼の話にでてくる上役のようになりたい。と、若い男が思わざるをえないほど。 彼のように生きられたら、上役に認められたらどれほど幸せになれるだろう。 「あなたの長所をきちんと上役にアピールしなくては。あなたのいいところは、その一生懸命前に突き進んでいくところです。目標に向かってまっしぐら。素晴らしい。臆病者の私もあやかりたいものです。あなたが成功すれば、私も嬉しい」 上役に認められたことを彼に言えば、きっと彼は喜んでくれる。 よかったですな、と、若い男のことを我が事の様に喜んでくれるだろう。 そして、どこかで若い男の話をして、きっとこんな誇らしげな笑顔を浮かべてくれるのだ。 「まっすぐ――前に」 「そうです。障害は全て蹴散らしておしまいなさい。誰よりも前へ。それが――」 共闘相手を競争相手に。拠点防御任務を敵の首狩りに。 中年の紳士は知っている。 彼と共に仕事をする「新興の組織」が、突出した若造を容易に切り捨てることはできないことを。 切り捨てることが出来たとしても、軋轢やためらいが残ることを。 蜘蛛は、巣を張るのだ。どこにでも。誰にでも。 中年の紳士――ウィリアムおじさんは、もっともらしいことを言って、天秤を傾けるのがお仕事だ。 「成功への道です。君の前途に光があることを」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月18日(水)22:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「ロンドン? って初めて来たよっ。ニッポンはもちろん、ローマともまた違う感じなんだねっ。観光してみたかったけど……まあ、そうも言ってられないねっ」 タクシーを降りる『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)とシィン・アーパーウィル(BNE004479)の耳は丸い。 タクシーに押し込まれて、降ろされた先の事務所を守れと言われてその通りにするのは、なんだかんだ言ってアーク首脳部への信頼があるからだ。 「歪みの夜の蜘蛛はやる事が大掛かりだね。全力で働かせて貰うよ」 四条・理央(BNE000319)はそう呟いて、バリケードの隙間に身をねじ込ませる。 「Backs7! Aegis1! Our members are deffensive.OK?」 (つ、通じろ!) 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)jは、見事なジャパニーズ・イングリッシュ。一応通じた。 「ども、一般的ホリメの門倉ッス。よろしく!」 (俺が今戦う理由は此処に守るものがあるからだ。それだけで十分っ) 『一般的な二十歳男性』門倉・鳴未(BNE004188)は、すばやく最低限の挨拶を済ませた。 「ミラクルナイチンゲールです。よろしくお願いしますね」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)がそう名乗ったのは、装備以外の荷物がコペンハーゲンにあるからだ。 「人呼んで、回復攻撃なんでもござれの永久機関! 倒れても叩き起してこき使いますよ!」 (冗談めかして、多少でも雰囲気を良くしたいですね) 元気に言うシィンに、お手柔らかにと絵に描いたような英国紳士は笑う。 「ここのリーダー、リチャードだ。イージスは私を含め、バーバラ、ウィリス、キャサリン、チャールズ。マグメイガスが、ミルドレッド。ホーリーメイガスは、バーナード。レイザータクトのアーチボルトだ」 『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)が、全員にジョブと名前を浸透させる。 「手伝います。こういう作業、得意なんです」 リベリスタはてきぱきと訓練された動きでバリケードを更に強固なものにする。 「メンバーみんな守りに長けてるし、しっかり引いて身構えれば絶対大丈夫だよねっ!」 エフェメラは、努めて明るくそう言ってみる。 (微妙な面持ちをする人とか、いないかな? 敵との内通者とか、正直仲間を疑いたくはないんだけどね) 耳をそばだてていた『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の耳には入った。 誰とは特定できない小さな舌打ちが。 ここは倫敦。万華鏡もおよばず、蜘蛛が巣を張り巡らせている土地だ。 ● アークのリベリスタが瞬時に戦備えに姿を変えるのに、『ヤード』の面々は息を呑んだ。 こぼれる紙が、大装甲を身につけた理央になる。 とりあえず、三体。気力が続く限り作り続けるつもりの理央は、きびすを返した。 「どこへ行く気だ」 レイザータクト・アーチボルトが理央を呼び止めた。 「ロッカールーム付近に陣取ろうかと……」 理央は、そこで地下への扉に近づく為の最後の壁になろうとしていた。 「アークは何でもお見通しってのは聞いてるけどな。蜘蛛の連中はそうでもねえんだよ」 腕組みをして、つま先で床をタッピングする男は、明らかにいらだっている。 「あんたが行ったら、こっちに隠し扉がございますってばれちまうだろうが。それに、こんな紙っ切れでお茶をにごして、猫の手も借りてえ忙しさになるのが分かってんのに、ロッカーの中に潜んでるつもりかい? おまけに、あんたがそうすると俺はあんたに付与が出来ねえ訳だ。いや、俺の行動同期はいらねえってんなら話は別だぜ?」 下町なまりのロンドン弁。神秘による通訳でなければ意味もろくに伝わらない早口だ。 嶺は、ややためらい、ニュアンスを変えながら通訳した。 「では、この部屋にいます」 「そうしてもらいたいもんだな。その紙人形もなしだぜ?」 本格的に蜘蛛がなだれ込んでくるほんのわずかな時間に、場の空気は恐ろしく重いものになっていた。 (強い敵愾心――かな) 智夫と虎美と鳴未は視線を交わす。 (妙に気負ってる奴はチェックしてるよ) 心のブレが戦場を荒らすことを、三人は良く知っている。 「四条さん」 でも扉は固めて。と、アンナは口だけ動かした。 (内側から扉を開けられるのを防ぐため) こちらから侵入できるということは、向こうからこちらにでてくる可能性もあるということだ。 挟撃は避けたい。 「情報処理速度向上、超頭脳演算起動します。皆様、オペレートはお任せくださいませ」 嶺は、二人の会話を隠すように声を上げる。 「俺の指揮下には入ってもらうぜ」 レイザータクトには戦闘官僚としての自負がある。 「もちろんです」 言うだけあって、アーチボルトの戦闘行動同期は見事なものだった。 ● 雪崩れ込んでくる男達は、倫敦の若者といえども、パンクやモッズスタイルではない。 その足元を転がってくる小さな生き物。 「何、これ……」 緑色の小人。手に工具を持った新生児くらいの大きさの小人だ。 アークのリベリスタには、河童を連想させた。 パンッ! と派手な音をして、何かが爆ぜた。次の瞬間襲ってくる息を止める衝撃。 電撃だ。 「グレムリン……!」 『ヤード』 の誰かが叫んだ。 20世紀初頭に底辺世界に出現し、第二次世界大戦で各国空軍を悩ませた原因不明の故障。 それは『グレムリン・エフェクト』 と、呼ばれた。 目の前にいる存在がそれとは言えない。しかし、それに類する能力を付与されているのは明らかだ。 「対電撃! ショック来るかもしれない! 回復よろしく!」 智夫は、短く叫ぶ。嶺が慌しく通訳した。 ごん、ごろん。 そこに転がってくる手榴弾。白く輝く神秘にあふれた――。 「フラッシュバン!」 智夫が叫んだ。バリケードの下にしゃがみこむ。 しかし、その隙にグレムリンが突進してくる。 彼らは、消耗品。群体の一部。がりがりと積み上げられた机や椅子をかじる。 強度が下がったそれを蜘蛛の巣のフィクサードがはいでいく。 ふさぐように叩きつけられる巨大なシールドと、零距離射撃から叩き込まれる炸裂弾。 千切れた指がマホガニーの床に落ちる。 「誰がお前らなど通すものかっ!」 銃口から炸裂する白い光と硝煙の臭い。 美しい壁紙に緑色の体液と機械油の臭い。エリューションの中は機械で一杯だ。 「改良キマイラ……」 おぞましい工学の産物に顔をゆがめている暇はない。 次々とそれが踊りこんでくる。積み上げた椅子や机の隙間から、あるいは机と天井のわずかな隙間を乗り越えて、緑色の手足を伸ばして、こちら側に浸透してこようとしているのだ。 磨き上げられた焦げ茶色から突き出された小さな手足や頭ががパパンとはじけた。 虎美の視界に入る前に立てる物音で見当を付けられている。 「通さないよ。さっさと終わらせておにいちゃんと英国デートするんだから」 嶺から放たれた無数の気糸は、無数の穴からグレムリンとフィクサードの手を切り飛ばす。 床に滴る赤と緑。 嶺は忙しかったのだ。虎美の英語に訳する暇はなかったのだ。結果、日英友好は保たれた。 ● 理央の影人が、リベリスタをかばい、時にはバリケードの代わりとなって、あっという間に紙くずに戻る。 何度も何度も死んでいく自分を見るのが、影人遣いの宿命だ。 もう何体作ったかわからない。 いつまで、何体までという区切りのない篭城戦は、心身の消耗との戦いだ。 (指揮官の姿が見えぬ場合、こちらに隙が出来た時に戦力を投入する筈――) 投入されてくるのは特攻じみた鉄砲玉だ。 どいつもこいつもへらへら笑いながら突っ込んでくる。 智夫は覚えがある。 昨年の十二月、三ツ池公園で干からびていった六道の研究員たちが浮かべていたのと同種の笑顔だ。 闘将の戦闘経験と常軌を逸した勘が、智夫に告げる。 (おそらく、『ウィリアムおじさん』 が仕掛けてきてる) 軽やかに死線上で踊る、ツイードを着た休暇中のサンタクロース。 「皆さん、素晴らしい連携ですね」 ホーリーメイガスのバーナードが目を輝かせている。 バリケードに張り付いた智夫の報告にあわせて、特に重篤な者を鳴未が集中的に癒し、その上でアンナが全体を癒やすのを軸にして、シィン、エフェメラ、嶺が丸億回復を担う。 特筆すべきはチーム全体の魔力回復量。 半数以上が他者への魔力の補充可能のバッテリー部隊だ。 アークの後衛陣でも精鋭だ。 「フロントラインがいないチーム編成は初めて見ました。てっきり、前衛の人が来ると思っていました」 英語は分からないので、ハイテレパスで概念だけを読み取った智夫は彼がアークに対して敵愾心は持っていないことを感じ取った。 「とても心強いです」 「えっと、ミートゥー」 実際、バーナードのホーリーメイガスとしての能力は十分なものだった。 最後衛からではなく、重装備で前線深くまで随伴し回復をするタイプのホーリーメイガス。 バリケードを突破されたとき、真っ先に狙われるのは癒し手だ。 十秒攻撃を受けきれるか否かで戦況ががらりと変わるときもある。 十全の回復体制により、鳴未やエフェメラ、シィンが攻撃に転じることも可能だった。 (残念。ルナティサーズは使えない) どうやっても、魔法の範囲に見方を巻き込んでしまいそうだ。 エフェメラとシィンは、自分たちのフィアキィに炎を召喚して貰う。 「フェアリィ? 初めて見ました」 「ジャパニーズ・シキガミのニューウェーブでゴザルよっ!?」 リチャードに聞かれた智夫の声が裏返る。 ミステランに関しては、ラ・ル・カーナの話が出来ない以上ナイショナイショだ。 耳をつんざくモーター音と共にバリケードの机が両断されていく。振り下ろされる斧に木片が飛ぶ。 チェーンソーや斧はそもそも木材を切る為のものだったということを今更ながらに思い出す。 崩れる机を積み上げ直す理央の影人が、机を乗り越えてきたグレムリンにたかられて紙に戻る。 それを目掛けて放たれたミルドレッドの黒い鎖がキマイラを肉片に変える。 えづかずにはいられない臭気が辺りに立ち込めるが、口を覆っている暇はない。 『ヤード』のリベリスタのスーツが赤黒く染まり、そのたびにアークのリベリスタ達の詠唱が交錯する。 「ったく、リビングデッドにでもなった気分だな。 おねんねもさせてもらえねえ」 軽口とも憎まれ口ともつかないアーチボルトの行動示唆が途切れず行われる。 「徹夜覚悟しておいた方がいいわよ!」 電気ケーブルも電話線も切断された室内を発光で照らしながら、アンナは詠唱をやめない。 回復範囲に含まれていなければ、のどから血を噴出している酷使っぷりだ。 「どれだけいるのよ、この河童もどきっ!」 夕暮れから宵闇に。 まともな人間は近づいてこない、神秘の帳の下。 いつ果てるとも知れない侵攻に、ヤードのリベリスタの顔色が徐々に悪くなる。 革醒者同士の戦いは、魔力の枯渇が存在する以上、通常短時間で片がつく。 取り返しのつかない深手でない限り、傷は治され、消費した魔力も補充される。 しかし、心が磨り減るのだ。 戦線は保たれていた。 癒やし手全員の尽力によって。 かろうじて保たれていた。 あるいは全員尽力しなければ保てない程度に敵戦力が逐次投入されていた。 ● 地面が揺れる。爆音。排気口から硝煙の臭い。 地下での戦いは激しさを増しているらしい。 地下本部に仲間を案じる暇もあらばこそ、リベリスタ達は前を向く。 それは振り返ってはならない、オルフェウスの試練だ。振り返ったら、仲間が冥府へ旅立つことになる。 「バーナード! 詠唱を止めるな。魔力が足りねえなら、アークのオジョウちゃんに補充してもら――」 口の悪い戦闘官僚は目ざとく身内の癒し手が呆けているのを見咎めた。 「ダメだ。こんな所にいたんじゃ……」 ホーリーメイガスの目に光はなかった。とろりととろけたような笑顔。 ざわりと、智夫の身の毛がよだつ。 「みんな、避けて――っ!」 アンナと鳴未には分かった。高位存在に請うべき請願詠唱を少しひねるとこうなる。 『異端』を『審判』する『光』 その基準は、術者に一任される。 リベリスタ全員の目が一瞬白く焼きついた。光は「敵」ではなく「全て」を焼き払った。 いや、バリケードがある分、向こう側の被害は軽微だ。 恐ろしく精度の高い光が、リベリスタの行動を支えていた加護や行動同期を全て剥ぎ取っていく。 「くっそ……っ! てめえ、何を血迷って……っ!」 光は、アーチボルトの急所を貫通していた。 「なんでだよ」 鳴未が深手を負ったアーチボルトの為に癒やしの請願を詠唱をする。 「なんでだよ――っ!!」 仲間から攻撃された衝撃が大きすぎた。アーチボルトにこれ以上の戦闘は無理だ。 「だって、前へ行かなくちゃ。アーチーは慎重派なんだ。問答してる暇はない」 そうだろう? と、バーナードは仲間を見回す。 「あそこを落とされたら終わりじゃないか」 そう言って、ロッカールームを指差すバーナード。 それを聞いたフィクサードがすばやくどこかに電話し、別のフィクサードとキマイラがロッカールームに近いバリケードを集中攻撃する。 にっこりと浮かべる笑顔は、仲間を信じている顔だ。 「俺は勘違いしてた。そうだ。アークの人達はいい人達なんだ。遠い日本から、僕らの背後を守るために来てくれたんだ。俺らは前に出て戦わなくちゃ」 前。 アークのリベリスタのとっての「前」は、バリケードで閉鎖された部屋の入り口。 しかし、バーナードにとっては。 「地下に行かなくちゃ。みんなも一緒に行こう! 下は大変だ。助けなきゃ。みんなで助け合うんだ。俺も、アークの人みたいに前に出てみんなを癒してあげなくちゃ――っ!」 たくさんの物理的錠前も、神秘の鍵もそこを普段出入りしている『ヤード』の構成員にとってはないも同然だ。 例えバリケードを突破されたとしても、ヤードへの扉さえ開けられなければどうということはないという『ヤード』 の精神的支柱が瓦解しようとしていた。 「――ウィリアムおじさんはフィクサードも口車に乗せて使い捨てる相手です」 智夫は知っている。ウィリアムおじさんの人当たりの良さの底に潜む恐ろしく深い闇を。 「惑わされないで下さい――っ」 高度な精神感応は、相手に自分の持つ情報を送信することは自在だ。 ありったけの情報をバーナードにぶつける。 「――ウィリアムおじさんが悪い人?」 バーナードは笑う。 「バーナードを止めろ! 攻撃してかまわんっ!」 リチャードから、切迫した指示が飛ぶ。 理央の影人が、ロッカールームに向かうロバートを『敵』 と認識してその前に立ちはだかる。 ロバートの指が触れた途端、断末魔の表情を浮かべ、そのまま紙に戻る。 「関係ない。俺が自分で考えた結論なんだ」 バーナードがロッカールームの扉を開け放ち、中に入っていく。 「頼むっ!」 『ヤード』 のリベリスタは、バリケードを維持するので精一杯だ。 そして、癒やしの力を攻撃に変えたホーリーメイガスに太刀打ちするには対神秘が足りなさ過ぎる。 費やす言葉もあらばこそ。 理央の戦術は、バーナードの星辰を凶角にずらす。 それでも、彼は止まらない。 虎美の銃弾が寸分違わず足の腱をぶち抜く。だが、千切れかけた足首でバーナードは前進する。 「他の人が考えに考えて立てた作戦を、自分一人で台無しにする気ですか!?」 嶺の気糸に急所を貫かれ、ひざから下が動かなくなっても、バーナードははいつくばって前進する。 「蜘蛛の巣なんざこの光で焼き払ってやるッスよ!」 鳴未の指鉄砲から放たれた聖なる矢が心に張った巣を焼き切ろうとする。 「おれはぁ、みんなをぉたぁすけたいんだぁあああ」 振り向いた顔は、人の表情ではなかった。 一瞬だけ、時間が止まった。 ノーフェイス。 仲間が崩界の徒に堕ちるとき。 彼は、大事なものをなくしたのだ。リベリスタの攻撃で戦闘不能となって、恩寵にすがり、使い切ったのだ。人として生きる賭けに負けたのだ。 シィンとエフェメラは、説得しようとしていた。ちゃんとバーナードに自分で気がついてほしかった。その考えはおかしいと。 でも、もう、どんな言葉もバーナードには届かない。 エフェメラのキィ、シィンのスプラウトとブロッサムが宙を舞う。 室内で凝縮された火の雨が神秘の鍵をこじ開けようとしていたバーナードの神秘防御を叩き割り、爆風でロッカールームの壁にめり込むばかりに吹き飛ばす。 「本当はバリケードの方に……」 シィンが呟いた。 そうしたら、『ヤード』の仲間が叱ってくれたかもしれない。初対面の自分達よりうまく説得してくれたかもしれない。 バーナードの体に燃え移った炎は消えない。 「前へ――」 黒焦げになったバーナードの指が扉に触れ――。 そこで止まった。 ● 扉はミルドレッドによって再び閉ざされ、更にフィクサードとの攻防は続いたが、最終的に、リベリスタ達は拠点を防御し切った。 『ヤード』のリベリスタは、部屋の隅に固まって座り込んでいる。 しばらく休養が必要になるだろう。戦う心は砕かれていた。 「――いつか直接シバいてやりたいッスよ」 鳴未がうめく。 閉ざされたままの扉。 それが、守りきれた戦果。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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