● それは力に淫した者たちの行進だった。 木々の間を抜け、いざその地下へ。 不吉な物音に、森の住人達は挙って道を開けた。その後に続く災難を、彼らは恐れた。 ここに、平衡は崩れる。 熱力学的に保たれていた安定点は粉々に砕かれる。流転し、そして、反転する。 その力に、世界中のリベリスタ機関の中でも他とは一線を画する『スコットランド・ヤード』が屈服する。考えただけでも身震いし、笑いが止まらぬほどに愉快なシチュエーションだった。 『ヤード』の連中は、自分たち『倫敦派』の水面下での襲撃に大いに切歯扼腕した様子であった。散発的かつ統率の取れたその作戦で、『ヤード』に致命的なダメージを与えることは出来なかっただろうが、さて、『今回』はどうだろう? 無言で唇の両端が吊り上げられた。 規模が違う。戦略が違う。質が違う。 『守るべきもの』が違う。 「そうやって全て抱きながら死んでいけばいいさ」 理想も、プライドも、愛する者も、全て背負って沈んでいけ。 それはやはり、力に淫したモノたちの行進。 ● 「役割としては、第一次防衛線だと思って貰って構わない」 『ヤード』からの通達はノイズ交じりの汚い音声だった。 「先手を取られた。ロンドン市街で、地下鉄で、同時多発的に『倫敦派』からの攻撃を受けている。『キマイラ』を駆使する彼らの戦力に比べて、我々も質で劣っているとは思わないが、数で押されている。『ヤード』単体で回せる戦力にも大きな制約を余儀なくされている。各地の被害を抑えつつ、『ヤード』本部最下層への侵入を許してはならない」 地下五層。『ヤード』本部たるその区域。聖域たるこのエリアの『危機』に、『ヤード』側のリベリスタは一瞬紡ぐべき言葉を見失った。 「我々は、『ヤード』本部への突入を目論む『倫敦派』フィクサード共を地上にて迎え撃っている。そして、正規進行ルート裏側にある森から『倫敦派』フィクサードの部隊が進行しているとの情報を得、『ヤード』のリベリスタが派遣されたが、戦況は芳しくない。派遣された十名のリベリスタの内、半数が死亡、残る半数も重軽傷を負い、『ヤード』は彼らの一時撤退と、君たちへの増援依頼を決定した。奴らが森を抜ける前に、食い止める必要がある」 『アーク』上層部は、『ヤード』からの援軍要請を受諾した。『アーク』にも完全に他人事とは思えなかったに違いなかった。それはあの時の『惨劇』であった。そうして『バロックナイツ』との交戦にまで復興したこの時の『惨劇』。 「君達に『盾』を頼んでいることは理解している。そして本来その『盾』になるべきなのは『ヤード』の者であることも理解している。無理を承知で頭を下げる。無理を通すからこそ、私自身も『死』を覚悟しよう」 彼の声に、悲壮感は微塵も感じられなかった。『死』という言葉を、彼は正しくその重さのまま言い放った。むしろ、ある種の事務的さを含んでいた。そこにはもう、感情を超えた取引をしてでも、『アーク』のリベリスタをその前線に連れて行かねばならぬ、影を這いずり回る『蜘蛛共』を止めねばならぬ、という信念があった。だから彼は、その代償として『命』を天秤に掛けた。 「頼む」 だけれどその最後の一言だけは、『彼自身』の気持ちだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月19日(木)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 命辛々、という表現が相応しい、『ヤード』リベリスタたちの無様な姿だった。 女のフィクサードが彼らの姿を捉えて、鼻を啜るように笑った。横に居るガーサイドと目配せして、未だこちらに気が付いていない様子の彼等の息の根を止める用意が整った。 「行くぞ」 声には出さなかった。二人のフィクサードが一歩足を踏み出したその時、 「はて、行くとは何処に行くと申されるか」 と声が響き、直後、一人の男が降り立った。間髪入れず、その暗器が宙を斬り、キマイラ群は後退した。 フィクサードたちが驚いたのは、彼の出現というよりも、声ならぬ声を見抜かれていたこと、その一点に尽きた。だからフィクサードは間を空けられた。攻撃において間が如何に重要なものかを心得ている、彼らしい初手だった。 「クレイ殿が駆けつける故、すぐに行かれるが良い」 『ヤード』リベリスタたちは頷き、その暗闇の中を進んでいった。無論、二人のフィクサードと、十体のキマイラが、それを何もせず見逃すだなんてことも考えられなかったが。 『影刃』黒部 幸成(BNE002032)の連絡がリベリスタたちに伝えられた。 ● 「……それで?」 妙齢の男が、先を促した。その視線は『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)のそれとぶつかった。 うさぎの挑発的な文句に、流石に『倫敦派』フィクサードたちは顔色を変えることは無かった。しかし、場を支配する雰囲気は指数関数的に昏くなっていく。木々は静かに抵抗を始め、集音装置を持つ『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)の耳には、遠くで必死に撤退する『ヤード』リベリスタたちの荒い息遣いが聞こえてきた。 「人から借りてきた物を自分の力と思い違えて誇示するなんてお笑い種だわ。下らない、唾棄すべき行為よ」 『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の言葉とは裏腹な涼しい微笑みを浮かべた表情に、妙齢の男―――チェンバーレイン―――が右腕を上げた。 「世界には『事実』しか存在しない。客体は我々の観測と言う編集を経るが、それでもそこに残るのは『あったこと』だけだ。お前ら『アーク』がどれだけほざいた所で、『ヤード』が泥船であることは歴とした事実。沈みゆく船に乗りかかった愚か者たちよ、それでもやはり道をあけぬか」 ここにクレイが居たら、彼は憤怒の表情を見せただろう。この最悪の状況を齎した元凶共が、この期に及んで『道をあけろ』などと宣うその性根に、あの真面目な忠義を貫く男は激怒したに違いなかった。 「頼まれたんだもの」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)が言った。それがあまりに飾らない一言だったが故に、チェンバーレインは一瞬紡ぐべきその先を見失って、妙な間を空けて答える。 「……今の我々は『アーク』に興味などは無い。お前らも『ヤード』の為に命を捨てる必要は無いはずだ。もう一度言う。道をあけよ。そうすれば、見逃してやらんこともない」 「『護りたい』という気持ちに、国境など関係ない」 『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の力強い声が響いた。静かだが、よく通る声色だった。 「他のリベリスタ共もそいつと同じか?」 チェンバーレインがリベリスタたちの顔を見回した。『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)の真直ぐな瞳が真正面からそれを否定して、『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が拳を握りながらチェンバーレインを睨みつけた。 「クズが雁首揃えやがって。狩り尽くしてやる」 「ふむ」 チェンバーレインは右腕を上げたままのその格好で、一つ頷いた。 「まあ見逃してやると言うのも『冗談』だ。真に受けるな。だからその選択はきっと正しい。『リベリスタ』とかいうのは、そういう人種なんだろう。お前等は、ここで退いたら『リベリスタ』では無くなるからな―――」 難儀な事だ。チェンバーレインは小さく呟いた。 「相分かった。これが『計算』という奴だな。全て抱えて、泥船と共に沈め」 リベリスタたちを囲むかのように、一つ、二つ……と気配が増えていった。 その数、合計で二十二。 「お前らが沈めチンピラ共」 聊か感情の読み取れないうさぎの視線は、そんな気配を感じぬかのようにチェンバーレインに言った。 その中型魔方陣がぽつぽつと青く浮かび上がり、形成されるのは一瞬だった。閃光がリベリスタたちを襲った。チェンバーレインから放たれた魔弾が木々を通り抜け、リベリスタたちの身を抉った。 「その減らず口、すぐに言えぬようにしてやる」 シュスタイナが「来るわ」と呟いた。次の瞬間には、囲むような気配が姿となって、リベリスタたちを囲んだ。新たに現れた、五名のフィクサード。 「―――ここからは一歩も通さん」 ● チェンバーレインが一歩下がるのと同時に、キマイラが前へ出、二人のフィクサードが顔を露わにした。 禍々しい空気が一帯を支配していた。陽が完全に沈み、時刻は夜を迎えようとしている。『ヤード』本部を防衛するかのように鬱蒼としたその地域は、今ではリベリスタたちを囲う檻の様でもあった。生物と非生物の狭間に巣食う悍ましいその姿が、円を成すようにリベリスタたちを包囲した。 うさぎやフランシスカの本音も入り混じった挑発行為は、時間稼ぎとしては一定の成果を見せていた。この間にもクレイに先導され、彼らは撤退を進めている。 「三人足りないな」 キマイラを睨みながら、カルラが静かに言った。フィクサードの数が、事前の情報と一致していなかった。 クレイにその事実を伝えようとしたその時、我慢しきれなくなったように、キマイラ群がリベリスタたちに襲い掛かった。 「『倫敦の蜘蛛の巣』の間合いは此方の間合いでもある」 疾風が一際深く構えた。深いが、決して深すぎることの無い身のこなしが、呼吸と相まって全身の筋肉を適度に緊張させ、弛緩させた。 「背負う物が足枷になる事もあるが力にもなる。変身!」 その気迫に呼応するかのように、疾風の身を特殊兵装が覆い尽くしていく。 獣化キマイラが彼の身に接触する本の間際。その無二の一瞬を、彼は逃さなかった。 暗闇に覆われつつある森林で眩い閃光が連続した。軌跡となった道筋が目に焼き付くような無数の打撃が恰も弾幕のように張られ、接近していたキマイラはそれを認識するよりも早く後方へと弾き飛ばされた。 完全な手応えでは無かった。次第に完成系へと近づきつつある改造キマイラも、フェーズが2から3程になれば、個体ごとが一己の脅威となり得る。それは如何な容姿を有していようと、知性を示し、けれど忠実な指令系統に従っている。一撃で葬れるほどの有象無象では無かった。 「ならば、こちらはどうか」 疾風の構えが変わった。羅刹の闘気が、周囲の空間を歪めるような錯覚を催す。 (まー正直、ヤードの連中がどうだろうが知ったこっちゃ無いわ) 双眼にヒト型のキマイラを収めた。動きは思っていたよりも素早い。 客観的に見れば芳しくない状況下において、しかし、フランシスカは唇の端を吊り上げていた。無意識の内の行動だった。 突如風が舞った。フランシスカの細い腕に似つかわしくない狂鉈が、似つかわしくない勢いで振り上げられた。妖しく光る刃は鈍らであるのに、鈍らでは無かった。血を欲すその狂剣が、その怪物の命を欲した。 まるでマネキンに蝋を塗りたくったかのような奇妙な姿。二足歩行を常とするその人体型のキマイラは、けれど四本の手足を全て用いて四つん這いに進んでいた。視界が悪い状況下で、かつ、姿勢を低く素早く行動するその行軍は、確実にリベリスタたちを押し込める能力を有している。 もう一度、一陣の風が舞って、その風に漆黒の瘴気が運ばれていった。 直後、衝撃音。真白いその肢体が黒く塗りつぶされる様子だけが一瞬網膜に貼りついて、その後の衝撃音だった。 「―――さ、始めましょう」 難しい理屈を捏ね繰り回す必要は無い。やるか、それともやられるか。戦いの場では何時だってその二者択一の選択肢しか与えられていない筈だ。 フランシスカは乾いた唇をその下で湿らせた。艶めかしい表情の先には、白い人形に囲まれた一人の女フィクサード。 「宵闇の中で、血の宴を」 そう。貴女から殺してあげる。 ● それは見る者が見れば、よもや戦場で敵を斬る姿とは思えなかっただろう。 だが、やはり見る者が見れば、それは決して舞踏には見えなかっただろう。 未明の穏やかな目が不釣合いに、神速の剣戟がそのキマライと一進一体の攻防を繰り広げている。実在的な『刃』の数で言えば圧倒的な不利なそんな状況の中、ある時は木々にその身を隠しながら、互角に打ち合っている。だが、それは彼女にとっては出来るだけ避けたい戦闘だった。 フランシスカが女性のフィクサードとの戦闘を始めている。恐らく彼女がベイクウェルと呼ばれるフィクサードであろう。事前情報から最も制しやすいと考えていた彼女とそのキマイラたちへの攻撃は、完全に分散してしまっていた。限りなく悪い視界、生い茂る木々、大量のキマイラとフィクサード。集中的な波状攻撃が、量に任せ、そこに質を乗せてきたその火力が、リベリスタたちを各々押し留めていた。 「伏せろ!」 意味を理解するより早く、未明は地面に這いつくばるかのごとく姿勢を低くした。 連続的な射撃音が彼女の真上を過ぎ、そして金属との甲高い衝突音が霧散した。 刹那、その視線だけで援護射撃を行ったカルラを見遣り、すぐに腰を伸ばす。 左斜め上段に振り上げられたその刀身の先に、カルラの射撃によって四本中三本の腕を吹き飛ばされた一体のキマイラを完全に捉えた。 一閃。暴力的な風切音が後方のカルラまで届いた。袈裟切りをまともに受けたその異形のキマイラは、しかし、倒れるその間際だけは人間と似たように、崩れ落ちた。 「面倒なキマイラ共ですね」 うさぎがベイクウェルへと攻撃を移そうとするタイミングで、その小学生大のキマイラが纏わりついた。うさぎの両腕が構えられるのと同時に、彼女は迫る漆黒を見た。 鳥葬の濁流が彼女の体を飲みこむ。数秒の後それが過ぎ去った時、うさぎが腕を振るうと、血が迸った。小さな舌打ちと共に、その視線が男の方へと向けられた。 「テメーですか」 うさぎの言葉に、男は口元だけ緩めた。 キマイラたちの目付きが変わった。彼らの体が赤く発行し、突如その口から魔弾が発せられる。 木々が薙ぎ倒される音。魔弾が終わることなく降り注げられる音。色んな音がうさぎの耳に伝わって、彼女はその倒れ逝く木々の間を素早く駆けた。 間合いが遠い。キマイラ、そしてフィクサードからの集中攻撃は彼女にその間合いを詰めることを許さない。フィクサードもその優位性を理解していた。 (なんとかなりませんかね) 頬を掻いた。一か八か飛び出してみるか―――。 うさぎが身を翻そうとしたその時、本の一瞬早く、その姿が駆けた。 その身に魔弾が捻じ込んだ。一つでは無い。二つ三つでは無い。吹き出す鮮血はその数を数えたくなくなるほどの量だった。だから、うさぎはその後に続いた。その光景が彼女の思考回路を加速させた。視て、考えて、動くまでの完結が異常な速さで収束した。 それはその身から振り撒く自身の血液の所為なのか、それとも彼の闘志が呼応した結果なのか、その白銀の刀身に一本通った赤い筋が強く煌めいた。 襲われている人が居て、苦しんでいる人が居て、仲間が傷ついている。 緑色の瞳が、妖精型キマイラと、キマイラ越しのフィクサードを捉えた。 自分が傷つく理由は、戦う理由は。 「それで十分だろう?」 フィクサードが、一歩後退した。 風斗の声にならぬ声が大気を震撼させた。怒号と言うには形容し難い。その気迫のまま、赤い線だけが美しい残像を描いてキマライの胴を斬り裂いた。 そしてその脇を過ぎ去る影が、フィクサードへ肉薄した。 「……良い根性してるじゃないですか」 風変わりなその刃たちが姿を現す。 瞬きを終えた後には、空間が歪んだかのような幻視を与えた。重ねられた残像がフィクサードの眼前に展開され、次に瞬きをし終えた時には、うさぎの斬撃が彼の体を貫いていた。 風斗の忌々しげな目が、フィクサードを捉える。 男の―――ガーサイドの―――腕に首を掴まれ、盾とされ体中から血飛沫をあげるその男の姿を。 ● シュスタイナのその祈りの歌は、彼女の心情を色濃く反映する、切ない歌だった。 (割り切って歌うわよ。ええ―――) 酷い戦闘だった。全員が等しく傷つき、疲弊しつつある。漆黒の森に、剣と剣とが交わる甲高い音、魔術が木々をなぎ倒す音、リベリスタそしてフィクサードたちの咆哮、そして彼女のその歌が響く。特異な組み合わせの音色はもう長い間続いていた。 カルラの散発的な射撃音が掠れて残響した。見境無いと言えば表現は悪いが、一部の隙も許さない凄まじい量の魔弾が、その赤い光から生まれては消えて行った。幸成の操る業物がその獣化キマイラの胴に突き立てられた。 疾風がついにそのフィクサードの眼前にまで迫った。獣化キマイラの操者、ソールズベリー。 フィクサードの剣が急速に輝いた。破邪の光を身に纏う、その『悪』。 「見逃せんな、お前は」 疾風も急激に間合いを詰める。その先には、正しく力と力のぶつかり合いが約束されていた。 「お前たちは『戦い』の後に何処へ行くというのだ」 未明がその気配にふと頭上を見上げると、そこには巨大な黒鎌の姿があった。その切先が彼女目掛けて振り下されるのと、刃が舞うのはほぼ同時だった。 「『リベリスタ』とは虚しい生き物よな。貴様らは何時だって受動的で、達成すべき能動的目的を持たぬ。そうして、全ての戦いが終われば『異端』として忌避される存在になるだろう。女。そんな自らの生が、果敢無いとは思わんかね」 チェンバーレインの押し殺した声が届く。 「別に」 姿の見えぬ男へ、押し殺した声。短いその返答。 キマイラが二体。刃が八本。眼前に迫る。 「私は別に『リベリスタ』に期待しているわけではないもの」 でもね。 抱える物は少ないに限るけど、何もないんじゃ修羅の道。 ゆらと剣先が揺らめく。 「無駄な戦いだ」 俺もその一点ではお前と同意見だ―――。 かは、とフランシスカが呻いた。 黒い霧状の箱が彼女を覆い尽くす。幾重もの苦痛がフランシスカを襲った。だから、むしろその一言だけを呻いた彼女の精神力は、常軌を逸していると言って良かった。 三体を撃破したキマイラは、残り二体。四つん這いになりながら驚異的な速さで木々の間を駆けるその蝋人形が、フランシスカへと迫った。 憎々しげなその視線が、目の端で女のフィクサードを―――ベイクウェルを―――捉える。 飛び掛かるその一体を、辛うじて大鎌で受け止める。弾く余力は無かった。 そしてもう一体。口だけが大きく開く白い顔面。大木を背にするようにしたフランシスカの喉元に狙いを定めた。 「シュスタイナ」 その名を呼んで、フランシスカは左手を伸ばした。腕の一本は、そのキマイラにくれてやる。だから、その『歌』が聴こえるまで、私を生かせ。このどうしようもない連中の首を刈り取る時間を、私に与えろ。 そのキマイラが彼女の腕を食い千切ろうとした。しかし、その跳躍の方向が突如変わった。 怪訝なフランシスカの視線。目の前に膝をつく男。 「……『アーク』の、リベリスタ、が、俺より先に、……死ぬな」 息も絶え絶え。満身創痍の彼の斬撃が、そのベクトルを変えた。 ―――その歌が聞こえ、彼女は立ち上がった。 ● 最後のキマイラだった。 ぎゃ、と汚い悲鳴が聞こえたようで、聞こえなかった。うさぎの操る刃の前に、最後の煌めきを闇に残して、音も無く姿が消えた。 二人のリベリスタの眼差しが、ガーサイドを貫いた。 「寧ろ全部喪って惨めに沈め」 うさぎが駆けた。その足元には、くっきりと紅い足跡が続いた。 そこに何の感情を浮かべているのか。 無表情な彼女の姿が、濁流に飲みこまれる。 二度目だから、分かっていた。 雄叫びが横を通り過ぎる。 そう、彼も二度目だから知っている。 キマイラの魔弾に貫かれた右目が開かないまま、けれど間合いだけは精確だった。 鮮やかな身のこなし、踏込の鋭さ。 今まで幾多と振るってきた剣戟だったから。 ―――今度は屠る。 うさぎの声が響いた。何を言っているのかは、彼には分からなかった。 「理想も、プライドも、愛する者も」 さっきの彼女の言葉をなぞるかのように。 「―――何一つ抱くことなく沈んでいけ!」 ● 「『死を覚悟する』とか簡単に言わないで欲しいわ」 シュスタイナの言葉に、クレイは苦笑することしか出来なかった。彼には言葉を発する力も残っていなかった。 戦闘の音が次第に無くなり、虫が戻り、鳥が戻りつつあるこの森の中で、けれど彼は思った。 (死すべき『運命』を捻じ曲げたのは、君達『アーク』なのだよ―――) まだロンドン中の戦いは終結していない。『ヤード』本部にも危機が及んでいる。 『アーク』のリベリスタたちによって生かされた命、確かに受け取った。 「こんな奴らじゃ死に華も咲きゃしません。次のもっと大事な仕事の為に絶対生きて下さい」 とまで言い放ったうさぎの言葉を思い浮かべて、胸に渦巻く不安が束の間身を潜めた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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