● 例えば、同じ島国でも、その国民性は大きく異なっていると言わざるを得ない。 イギリスでは徹底した個人主義が蔓延り、今なお階級主義が行き交っている。 話す言葉の発音だけでその階級は露呈し、応援するスポーツだけでまざまざと見せつけられる。 不平等こそが平等。良くも悪くも、それが全て。 裕福であれば学歴も豪華な住まいも思いのままだが、そうでなければ、という話。 最高学府となれば、殊更であろう。 ● 『スコットランド・ヤード』と『倫敦の蜘蛛の巣』との一見微妙な関係性の裏には、『倫敦の蜘蛛の巣』即ち倫敦派がそれら事件についての関与を表向きでは否定し続けている事実が憎たらしく圧し掛かっている。無論、倫敦派のそのような主張を『ヤード』側も信じてはいない。 そうして均衡してきた関係は、ここに瓦解する。 市街地に出現したフィクサード達とキマイラ。 霧の街の炎上を予感させるその影が、大きな思惑の下で蠢き出す。 ● 由緒ある国立大学。『自由な学問』の神髄がここにあると言っても過言ではない。『真の知』を追求する極めて優秀な頭脳が、感覚が、機構がここに揃っていた。医学、工学、法学、環境学、芸術……何百年と言う歴史が、そこに『二流』を許さなかった。 日本の大学によくある無機質的なイメージは、むしろ薄い。石が、木がその歴史を体現する。いっそ温かみすら感じられるその建築物、緑に囲まれた広大なキャンパス。無論、中身はそれ相応の設備が整っている。歴史を維持するのは、並大抵の努力では無い。そこでは室内の湿度すら完全に管理されている。 そんな美しいキャンパス、化学研究棟の一部でその爆発事故が起きた時、一瞬付近が騒然として、すぐに元通りになった。そもそも広大なキャンパスの極一部で引き起こされた些細な『事件』が、学生、研究員、教員達の耳に入るまでには気の遠くなるような過程が要請されるに違いない。 特に常温核融合炉についての研究が流行りだしてからというもの、白金と水素を使った極めて不安定な実験条件から爆発事故が多発していたし、そうでなくとも、『化け学』を研究している研究室においてはそのような『事故』はつきものであった。 しかし、その二度目の爆発が起こり、続けざまに三度目の爆発が起こり、五階の廊下に当たる部分の窓ガラスが一枚、二枚、三枚……と吹き飛んでいくのを認めて、外に居た学生たちは顔色を変えた。 何かが中で、起きている。 ● 「プロフェッサー・リー。俺はアンタに、『復讐』しに来たんだよ」 二人の男が対峙していた。『教授室』と呼ばれる幾分豪奢なその部屋は荒れ、外からは悲鳴が聞こえてくる。その尋常ではない叫び声が。 「復讐?」 プロフェッサー・リーと呼ばれた白髪の男が訊ねた。 「そう、復讐だ。今まではさあ、表立ってデカイことは自重しろって通達だったからな、今度ばっかりは『やりたい事』と『やらなきゃいけない事』が被ったのよ」 男はそう言って高く笑った。 「先生よ、俺はさぁ……、アンタ、そしてアンタ達の所為で『学問』って奴に失望したのさ」 「……お前は優秀だった」 嘘では無かった。リーの本心だった。そしてその言葉が、『研究者としてのこの男』を殺めてしまったことも理解していた。 「ああ、優秀だった。俺は無心で頑張った。だが、『生まれ』の前ではどうしようもなかった」 生まれながらにして、彼らは重荷を背負わされている。 「俺の『研究』を奪った! 俺の『全て』を!」 立ち去る彼の背中に一言声を掛けてやる者が居たのなら。 「だから壊す。全て壊す。俺の『母校』も『故郷』も。そして『恩師』もな!」 リーに向かってその腕が振るわれた。紙一重でそれを避けたのは、残り力を振り絞った結果だった。 彼は負傷していた。脇腹から血が溢れていた。長身、金髪のそのフィクサードによる傷である。 リーは駆け出した。走り、扉を抜け、廊下へと向かった。 「いいよ、逃げな!」 長身のその男が嗤った。 「追い詰めて殺してやる。教室を破壊しながら殺してやる。学生を嬲りながら殺してやる」 金髪のその男が嗤った。 「キマイラに引き千切られる前に、殺してやる」 子供のままの眼で、その男が嗤った。 隣の少女は、無表情のまま。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月18日(水)22:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●時系列1 それはまだボタンを押す前だった。 目の前にある大学構内のエレベーターまだ生きていて、上昇のボタン押す前に、階下へと降下し始めた。階を知らせるオレンジ色の点灯が順番に左へと動いていく。 嫌なモノが視えた、と『Killer Rabbit』クリス・キャンベル(BNE004747)はまず思った。無意識で上を見た時だった。丁度その階に辿りつく、即ち、地上一階へと舞い降りるその箱だった。 鈴が鳴るような音が響いて、エレベーターのドアが開いた。ぎちぎち、だとか、ぶちぶち、だとか、液体だとか、固体だとかが一生懸命嫌々する音が混ざっていた。 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)の視界に入ったのは、血塗れの箱。取り残された悲鳴が今にも聞こえてきそうな、惨劇の箱。そこで何が起こったのか考えたくも無い、暴虐の箱。 暴力的に引き千切られ、啄まれ、咀嚼された肉塊。作戦前にファイルで見た、見知った顔もそこに埋もれていた。ヤード側のリベリスタ。音も無くその箱から溢れだした赤い液体が二人の靴を濡らした。 中に人は居ない。『生きた人』は居ない。勝手に降りてきたエレベーター。 「そこに居るんだな、オマエは」 クリスが呟いた。 ●時系列3 「ローランドッ……!」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)がその男に肉薄した。振るわれた刃物は、しかし、彼の体を捕えることは無かった。 純白の少女。けれど、返り血に染められた鮮血の少女。 虚ろな瞳がその世界を映しだす、そのキマイラ。 ローランドと快の間に割って入った彼女は、快のその攻撃を両椀で受け止めた。 構内の廊下。向かい合うフィクサードとリベリスタ。約束された邂逅。 コンテの体躯を切り刻むべく、快の脇から『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が躍り出る。しなやかな体が美しいステップを踏んで、柄頭に掌を乗せた。刀身が薄く光った。 コンテがその微かな反射を認識した次の瞬間には、彼女の目の前にその刀身全体が在った。それを左掌でなんとか受け止める。 「なんだ、オマエたちは」 眉を顰めたローランドの腕から放たれる気糸が、コンテの皮膚を掠めた。そしてそのまま彼女と対峙していた舞姫、そして『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)へと次々に襲い掛かった。 じりじりと照明が不愉快に点滅する。時刻は夕方を過ぎた。気味の悪い夕焼けが彼らの横顔を照らした。 「―――いや、ああ、そうか。これが言ってたやつか」 「なに一人で勝手に納得してんだ?」 隆明が雄叫びを上げながら前進した。その拳はそこに何の打算も無くただ敵をぶち抜くための拳。 舞姫と快、そして『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)も前に出てコンテの動きを封じ込める。射線は通った。 あとは一発ぶん殴るだけ。簡単な仕事だ。 隆明があと一メートルにまで迫ったその時、ローランドが薄ら笑った。 「喰え」 黒いローブを纏うローランドの影から、犬やら樺やらが混じったような凶悪な顔つきの四足歩行キマイラが飛び出した。勿論、隆明を目掛けて。 単純な攻撃だからこそ、一撃が決まった時の破壊力は途轍もない。そして、その単純さは柔軟さを代償にして初めて得られるものでもあった。 拳の軌道修正は出来る。しかし、その攻撃を回避することは無理だった。隆明にはそれが理解できた。 ぬちゃ、とキマイラは口腔を露わにした。既に何人か喰っているその食道から、人々の叫び声が聞こえてきそうな禍々しさだった。 隆明の脇腹をそのキマイラが噛み切ろうとした刹那、その脚部を複数の気糸が精確に打ち抜き、キマイラは体勢を崩した結果、隆明の体躯を体当たりで吹き飛ばすに留まった。 「大丈夫ですかっ!」 離宮院 三郎太(BNE003381)の声に隆明はすぐさま起き上がって応えた。しかし、ここまでに至った改造キマイラは飛躍的な進化を遂げ、フェーズを上昇させ、安定性を高めた上で、知性をも有している。『邪魔された』ということを理解したそのキマイラは対象を変更し、たった今邪魔立てをした三郎太に対象を変更した。 獣じみた、というには、一般的な獣の唸り声とは似ても似つかぬ奇妙な咆哮が三郎太に明確な殺意を惜しげも無く伝えた。 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)からのAF通信がリベリスタたちに響く。もう少しでこの場へ辿りつくという報告に、けれど三郎太は安心と言う感情を抱けなかった。 「下がりなさい!」 それは三郎太に対してなのか、獣化キマイラに対してなのかは分からない言葉だった。コンテのブロックを快と宗二郎に任せた舞姫は三郎太の眼前へと駆け、その切先をキマイラへと向けた。 「さて……」 一人悠々とこの場を眺める中性的な男。 「それで、プロフェッサー・リーの逃走時間は稼げたかな?」 ローランドのその眼が、コンテを、獣化キマイラを、リベリスタを超えた廊下の先をぼう、と見つめた。 彼の背後から更にもう一体の獣化キマイラが跳躍する。コンテが宗二郎を後ろへと突き飛ばすのと同時に、その鹿であり猪であるかのような巨大なキマイラが快へと襲い掛かった。 「追い駆けっこ、第二ラウンドの開始だ」 ふん、とローランドは鼻を鳴らした。 ●時系列2 がたん、がたん、がたん。 棟内にある防火扉が一つ二つと自動的に閉じられていった。綺沙羅によるアナウンスが流れ、混乱に陥っていた人々は秩序立った避難を開始した。 随所に仕掛けられた防犯カメラが、正しく綺沙羅の眼となった。ぐるぐると目まぐるしい情報群が、彼女の脳を揺らす。知覚の因果説を超越したそれがシナプスを焼き、視覚神経系をバイパスしていく。 「先に行ってて。私はすぐ合流するわ」 初動に入り、最も被害が大きい時期に処理にあたることになった『ヤード』リベリスタ、ユリエルからの通信連絡によると、ローランドとリーの位置情報がある程度絞れてきた。しかし、まだ精確な特定は出来ていない。クリスと牙緑の組が索敵を行っている。その情報と綺沙羅の得た情報とを合致させていけば、発見は難しくは無いはずだった。大学構内という事でデバイス系統が強く作用している点は、今回、リベリスタたちにプラスに働いた。 研究棟の一階玄関に入り、直ぐの所に綺沙羅は身を隠した。音は聞こえない。快と舞姫が頷いて、リベリスタたちは先へと向かった。 道中、三郎太はその光景にぎゅっと掌を握りしめた。光景とは、焼かれ、貫かれ、喰われた人々が無数に転がっているその現状である。 「事情はよく分からんがずいぶんと怨んでいるみてぇだな」 隆明が言った。その声に動揺は無い。それを良い趣味だとも思わなかったが。 「まあ、これが向こうのやり方なんだろうね」 ロンドンの各地で起きた倫敦派の凶行に、『ヤード』は無制限にも思える戦力を割かれている。『アーク』の同僚も多くがこの地に派遣されている現状を宗二郎は冷静に分析していた。 「ローランドとリーを見つけた」 そのクリスからの通信は唐突にリベリスタたちの鼓膜を揺らした。 「物理学研究棟の四階……西側の廊下だ」 「途中までの具体的な道筋の案内とシャッターの操作は私に任せて」 綺沙羅の通信がすぐさま続いた。 ●時系列4 ヤードのリベリスタたちによる避難誘導は進んでいたが、突如として姿を現すキマイラに苦戦していた。避難中の一般市民は言うに及ばず、初動からこの事件の対応を取っていた『ヤード』リベリスタ側にも被害が出始めていた。 「狩りの時間は終わりだよ。兄弟」 牙緑の眼には、確かに悲哀の感情を見て取ることができた。それは彼らしい感情だった。見た目からは分り辛い、彼なりの優しさだった。 以前に戦ったキマイラの醜い姿を牙緑は思い出した。 獣の咆哮に、若い女の子が悲鳴をあげた。ヤードのリベリスタと、そして、牙緑が構える。 虎の様な姿。口元からだらしなく滴らせているのは赤い涎。 (オレが解放してやるから、もう少し待っていろ) 牙緑がそう思って巨大な剣を一層強く握りしめた時、 「後ろは任せたぞ、相棒」 と、声が聞こえた。牙緑が「うん?」と後ろを振り向くと、クリスの向こう側に挟み込むかのように、象だか鹿だかが混じったような巨大なキマイラが更に一体。 三人居た『ヤード』リベリスタの内、白髪の若い女性がそちらのブロックへと回った。 「戦場でオレだけ銃を握らないわけにはいかないだろう?」 クリスがそう言って口の端を歪めると、右目を負傷したユリエルはにいと笑い、長い白髪を揺らした。 「君には絶対に攻撃は通さない。『ヤード』の意地に賭けてな」 「相棒が二人も居れば、心強い」 背中合わせの三人。対峙する二体のキマイラ。戦力は十分―――とは言い難い。 「中でローランドと戦っている仲間のため、無実な一般市民のため、そして何より、この国を担う未来のために」 それは誰が言った言葉か。 銃口が火を噴き、剣が振るわれた。 ●時系列5 四階、三階、二階。 ごう、と音を立てた火柱が上がり、どん、と響く爆発音が轟いた。外で残る一般市民の避難、そしてキマイラ討伐に助勢する『ヤード』リベリスタたちにも構内の激戦が見て取れた。 「私は一刻も早く貴方にここを離れて頂きたい」 ユリエルの美しいが厳しい視線がリーを貫いた。彫りの深い彼の表情は、動かなかった。顔は、次第に階下へと進んでいく激戦の様子を見つめるように、動かなかった。 「『アーク』の彼らが敗北した場合、どうなると思う」 どうなるのか、とは、ユリエルにとっては答えにくい質問だった。しかし、リーに見つめられると、如何な解答であろうと答えざるを得ない気持ちになってしまうのだった。片目を失っているとはいえ、残る左目が思わず泳いだ。 「残る我々『ヤード』戦力では抑えきれないでしょう。刺し違えれば、或いは」 「『アーク』はそこまで強いかね」 「強いです」 ユリエルが間髪入れずに答えた。 「極東の田舎者との蔑みは最早筋違い。日本というのは、何時の時代もタダでは転ばない性質のようです」 「見届けよう」 リーが確かな声色で言った。 「私のこの目で。見届けよう。全てを」 『ヤード』リベリスタとクリス、牙緑組が討伐した獣化キマイラの数は十一。現在交戦中の数が三。『アーク』のローランド対応班が処理したのが二。 そして、三郎太の目に映るのは二体の獣化キマイラ。足して十七。二足りない。 ローランドとコンテ、獣化キマイラに圧されるように一つ、そしてもう一つと階を下げていった。ここで止められなければ外に出られてしまう。リーを遠くへと逃がす必要があった。 宗二郎がまず初めにその気配に気が付いた。彼は密かに後方へとも注意を払っていたから、気が付くのが早かった。声を掛ける暇も無く、体を翻す。 その大きな鎌が、獣化キマイラの直撃を真面に受けた。一際大きな衝突音が響き、宗二郎の頬を汗が伝った。鹿か、あるいは豹かといったその姿が、大鎌の挟んですぐ向かい側、宗二郎を睨んでいる。 次の一手が遅れた。後方に跳躍する四肢が、着地共に廊下を蹴った。そこに対応した十分な構えを取る前に、その爪が宗二郎の腹を抉った。 思わず漏れ出た彼の呻き声に、隆明がすぐさま反応した。その拳がキマイラを牽制する。 しかし、これで情勢はフィクサード一人にキマイラ三体とさらに分が悪くなった。 そして、姿を見せていない二体のキマイラがどこかに姿を隠している。 「それにしてもあんたも懲りないね」 ローランドがその術符を弾く。その青い目がじろりと綺沙羅を見た。 「二度も教え子を裏切るような奴に師事するんだから。見る目が無いよ」 そうして引き起こされた事件を、綺沙羅は知っている。一人の師が一人の弟子を意図も簡単に手駒としたために引き起こされたこの最悪なロンドンを、彼女は知っている。 「全くだ」 火花が散った。快のナイフを、コンテが左腕で弾いた結果だった。少女に見えてまるで少女では無い彼女の動きは、人のそれを遥かに上回っている。 これ以上先には行かせられない。コンテの伸びた腕がそのまま鋭利に彼の肩を掠っても、目を逸らす訳にはいかなかった。 「俺の邪魔をするな」 その姿を見て、ローランドは忌々しく言い放った。 「俺はリーさえ殺せればそれで良い。虐殺は単なるオマケだ。お前等『アーク』も……まあ、どうでもいい」 コンテを挟んだ向こう。ローブの彼はリベリスタを見回した。 懐から更に一体。比較的人間に近い、猿の様な獣化キマイラが飛び出す。獲物を見つけて、そのまま舞姫へと襲い掛かった。 「お前らが出張る必要なんてねえよ。無駄死にだぜ」 「そんなことも無いわ」 握られた業物が逆手に切り替えられて、上段へと斬り上げられる。斬り上げられた切先はそのまま更に逆手に変えられ、地面すれすれの下段まで一瞬の内に振り下された。凡そ型も何もあったものじゃない剣戟だが、自然だった。自然体の刀捌きだった。致命傷を与えた訳ではなかったが、フェーズ3の改造Eキマイラを一手で退ける程の斬撃。飛びついた獣化キマイラは瞬時に後退した。 「虐殺を『オマケ』呼ばわりする下郎は、凡てこの刃が断つべき悪。むしろ、わざわざロンドンにまで来た甲斐があったわ」 そう、貴方の様なモノを斬りに、遥々来たのだから。 嫌な音が響いた。快と対峙していたコンテが、一歩、その主の方へと後退した。 「何を―――」 している、コンテ。そんな言葉は、すぐに飲みこまれた。振り向いた彼女の顔が、半分存在しなかったから。 「―――貴様」 続けざまに、ローランドから放たれた気糸が、快と、そして三郎太を襲った。 三郎太が打ち続けた同様の気糸は、少しづつコンテの機動を削いでいた。そして、その脚部への負荷が突如として彼女の身に誘発され、踏み込んだ足がそのまま崩れた。その一瞬を、綺沙羅、そして快は決して見逃さなかった。 ローランドの攻撃は三郎太の体躯を吹き飛ばしたが、射線のコンテが邪魔で快へ直撃することは無かった。そして、右足が崩れ、頭部を半分失ったコンテに見出した隙を、自らも鮮血を吹き出しながら抑えつづけてきた快も見逃さなかった。 快が吠えた。その咆哮は如何とも形容し難い鬼のような気迫。沈められた腰が、左足を体軸として、上半身を回転させる。呼応するかのように、彼のナイフが僅かに光り輝いたように見えた。 その様子を認め、コンテは右腕をコンパクトに振るう。その腕は、快の頭を正確に狙っている。 本の一瞬だが、両者の視線が、ナイフと拳を介して交差した。 「―――これでラストだ」 少女の唇は、何を呟いたのか。 ●夢の終わり。 「俺はさ」 ―――アンタにだけは認めて貰いたかったんだぜ、リー『先生』。 崩れゆくその体。視線だけが、あの頃の『ここ』を確かに視た。 視線だけが、あの頃の『先生』の眼と交差した。 生き方だけは、二度と彼とは交わらずに。 だから、これでもう、『夢の終わり』。 刺し違えるかのようにコンテが崩れた。ローランドはその事実が信じられなくて、淋しげに右腕だけが追いすがるように差し出された。リズミカルな鈍い音が彼の体を貫いて、そして体躯を無数の刃が切り刻んだ。それまでの勢いが信じられない程に、呆気ない終幕だった。 「御伽話は」 コンテの左眼球が転げ落ちた。制御機構の暴走が、『空想』と名付けられた彼女を殺す。 「これで終わり」 幸せな最後は、訪れないと分かっていても。誰も居ない場所へ。 「やっと還れる」 「待て!」 両目の開かない快が、三郎太に支えられて叫んだ。 ローランドにぎりぎりの致命傷を与えた筈だった。なのに、嫌な予感だけがリベリスタたちを包み込んだ。 「お前らの……『倫敦派』の目的はなんだ!」 「貴様らはまだ知らない」 ローランドの消えるような声。なのに消えない瞳の火。 「全ては『モリアーティ・プラン』に従って、か。はん……。どこまでがその『確率計算』の内なのかな?」 いいぜ、そこまで『読み』通りだって言うんなら。 ごふ、と勢い良く血が溢れた。コンテが彼の隣に這いつくばっている。 「―――せいぜい『ロンドン潰された』くらいでごちゃごちゃ言わねえ方がいいぜ、リベリスタ」 悪寒が襲った。綺沙羅は理解するより早く、退却路を考えた。まるで呼応するかのように、舞姫が快を押しのけた。どちらかを斬る時間は、残されていなかった。 「まずい……!」 ローランドの真っ赤な掌が少女の髪を撫でた。 それは遠い昔、記憶の残滓。 夢の終わり。 爆発、炎上。 ● ユリエルが駆けつけ、リベリスタたちを研究棟の外へと運び出した。致命傷では無い。 「『モリアーティ・プラン』……超越した確率的演算」 リーが呟いた。否が応にも不吉を呼び寄せる、その『教授』の名。このタイミングでの『ヤード』との決戦の目的は何か。それは本当に百年に及ぶ『因縁』の決着なのか―――。 手伝おう、と言って、クリスが快の肩を支えた。 真直ぐ見つめる先には、昏い月。 胸騒ぎだけが妙に疼いて、リベリスタたちは大学を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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