● ――嘗て、一人の女性がその地に暮らしていた。 女性はリベリスタだった。若くしてその才気を認められ、神秘によって苦しむ人々を救い続けてきた。 女性は愚直な程に前を見据えていた。誰かの笑顔を常に糧とし、助けを呼ぶ声を力とし続けてきた。 だからこそ、その心が折れたとき、彼女はどうしようもなく歪んでしまった。 一つの災害があった。 天災ではなく人災だ。多くの者が死に、苦しみ、抗うことを止めたそのセカイを、女性は救おうと躍起になった。 けれど、それはできなかった。 神秘の至らないその場所で、女性は何の力も持たない一個人でしかなかったから。 手段もなく、漠然とした目的だけでその地を度々歩く彼女は、その度に『諦めた』者達の姿に心を痛めた。 故に痛みは心を傷ませ、流す血も、嗚咽も無くなった時、彼女は撓んで、折れた。 女性は、フィクサードになったのだ。 神秘の力を持って犯罪を行い、そうして得た財力と武力で、本来は死ぬはずだった多くの者達を救い続けた。 自らの利己的な正義。それによって掬われ続けてきた命に、心に、果たして価値は在ったのだろうか。 否、誰も解らない。救われた者達も、救った女性自身も。 懊悩を迎えるときなど訪れなかった。過ちをそれと認めて犯した彼女に、世界が優しく触れることなど在りはしなかったから。 犯した罪の責任と、救った命を見守る義務。 逆棘に魂を貫かれながら、女性は今日も、幽鬼のように生きている。 ● 「『スコットランドヤード』が本腰を入れ始めた」 端的に発された声は、歴戦のリベリスタで在れば顔なじみである『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)のものだった。 眇めた瞳に感情は無い。それが、此度リベリスタに与えられる依頼の内容を如実に示している。 「件の改造キマイラ。あれらが現れて以降、倫敦にて起こるリベリスタを狙った事件は今も続いている。 『倫敦の蜘蛛』側はこれには関わってないと主張してるけどね。対する『ヤード』側は、其れを鵜呑みにするつもりは無いみたい」 「故に、現在……というわけか」 言葉を継いだリベリスタに、イヴはこくりと頷いた。 現状に於いて、アークのリベリスタらに因り被害の拡大は水際で留まっているが、それでも倫敦のリベリスタは確実に数を減らしている。 重ねて、イヴの説明によると、最近では『ヤード』支援者達にも被害が見受けられたとのことだ。 決断を遅らせれば、それほどに『ヤード』の勢力は削られる。 そうして、彼らは動き始めた。漠然とした、それでも確信と呼べる予感だけを元に。 「既に知っていると思うけど、長年の宿敵である『ヤード』側とて、『倫敦の蜘蛛』側の情報は完全に掴めていない。 これに対して、『ヤード』側は私達の戦いも含めた改造キマイラとの戦闘データを元に、あれらを運用する『倫敦の蜘蛛』を捕捉できる可能性があるらしい」 「……その辺りは自信を持って言って欲しいけどな」 「私、アークのフォーチュナだし」 苦笑混じりの言葉に、にべもなくイヴは返す。 「話を戻すよ。つまりヤード側は、今回自身の主戦力を投入することで敵の構成員から有用な情報を得る事を考えた。 今回、みんなに与えられた役目は、それの補助。対バロックナイツの秘密兵器として、私達の名は十分に知れ渡ってるしね」 淡々と進む言葉に対して、リベリスタらは納得の表情で深く頷く。 ……その瞬間、までは。 「と言うのが、先日までの話」 「……先日?」 「うん。現在は状況がちょっと違う。具体的には攻勢の補助を守勢の補助に切り替えるって言う意味。 ――『倫敦の蜘蛛』側に、先手を打たれたから」 聞こえた情報は、室内の空気を冷やすには十分だった。 焦燥を見せたリベリスタに対して、イヴは視線だけで落ち着くようにと制した後、再び説明に入る。 「改めて、今回の依頼を説明する。 みんなの到着時、『倫敦の蜘蛛』は倫敦市内と地下鉄の二箇所で派手に暴れて『ヤード』を引きつけた後、彼らの本拠地である『ロンドン警視庁地下』を攻略しようとしている」 常套的な誘導だ。当然『ヤード』側もそれは解っていた。 が、かといって其れに対策する程の戦力がない。先にも言った改造キマイラの被害もあるが、何よりアークを迎えた攻勢に出るための準備段階の期間を見事に突かれてしまったという意味でもある。 「状況は大きく違ったけどね。緒戦としては、寧ろ好都合だと思う。 未だ『倫敦の蜘蛛』の実力を知る者は、アークでは限定されている。先ずは彼らの力量を見るのに、これは絶好の機会」 「ポジティブだな」 「私、アークのリベリスタだし」 先と似たような言葉を返されて、リベリスタは軽く笑って歎息を吐いた。 「俺達の向かう場所は?」 「ロンドンに八つある王立公園の内の一つ。 敵は其処で破壊活動を行って衆人を呼び寄せた後、ワールドイズマインと魔眼で一気に一般人を洗脳しようって腹づもりみたい」 告げた内容に対して、誰かが成る程と言った。 安易に人死にを出すような行為をして他に逃げられるよりは、『被害が及ばない』と誤解させた事件に人を呼び込む方が遙かにやりやすい。 通り魔からは逃げる人間が、対岸の火事に群がるのと道理は一緒だ。それを理解したリベリスタに、イヴもまた頷き――少しだけ、困惑する。 「まあ、それもあるんだろう、けど」 「……何だよ」 「このフィクサード達――正確に言えば『倫敦の蜘蛛』の傘下組織なんだけど――は、基本的に被害を出すことを嫌う」 「は?」 聞こえた言葉が冗句に思えた。 そう、ハッキリと示した表情に対して、イヴも同様に困り顔である。 「正確に言うと、『人間に対する』被害を出すことを嫌う。だから基本的に彼らが最終目的である集団催眠を行ったとしても、事はそれほど酷い事態には至らない、かな」 「……何だ其れ」 呆れ顔で返したリベリスタ達に対して、其処でイヴの表情がいつもの其れに戻る。 「言っておくけど、油断はしないで。彼らは自身の主義でもって被害が出ないだけ。 本気になればそれは容易い。そう言う力と、意志を持った集団。それが――」 一拍が、置かれる。 言うことを恐れたような、皆を恐れさせるような、僅かな静寂の後に、彼女は言う。 「――『イーストエンドの子供達』」 相対する敵の、確たる名前を。 ● 「シスおばちゃーん、まだー?」 「もうちょっと待ってなさいな。『教授』さんの合図がないのよ」 芝生に座って、屋台のホットドッグを食べる子供達の姿があった。 数は七名。其れに加えて壮年の女性が一人。 親子や血縁と言うには子供達の数が多すぎるが、それを疑問に思うほどの者が居るわけでもない。 安穏な風景に溶け込んだ異分子達は、それこそ素知らぬ顔で簡素な昼食を済ませている。 「さて、どこから壊しましょうかね。有名どころで言えば王妃の噴水だけど、あんまり入り口から離れすぎたところもねえ。 かといって正門じゃ人が集まり過ぎちゃうし。適当な場所を見繕わなきゃ」 告げる言葉は、どうにも日常的な風景にはそぐわない。 地図を広げて唸る初老の女に、子供の一人がその袖を引っ張った。 「……ねえ、おばちゃん」 「どうしたの、マージ?」 「リベリスタ、来るの?」 「来るわねえ。それはもう、おっかない顔をして」 「怪我、しちゃう?」 「するわ。私も貴方達も。死ぬことだってある」 怖くなったのかと、続けざまに問うた女性に対して、少女は小さく首を振った。 「おばちゃん、逃げて」 「………………」 「此処は、私達が頑張るから。 おばちゃんは、みんなの面倒、見てきてあげて」 「……私、そんなに頼りないかしら」 残念そうに溜息を吐いた女性に対して、少女は――子供達全員は、其れを咎めるように見つめている。 「おばちゃん……!」 「マージ。貴方達も。良く聞いておきなさい」 地図の適当な場所にアタリを付けて、女性はそれを折りたたんだ。 表情は苦笑。けれど口から発する言葉は痛いほどの決意に満ちていて、其れを止める気概の持ち主は、子供達の中には居なかった。 「貴方達は命を大事にして良い。逃げて良い。這い蹲って懇願して良い。 けれどね。私は違う。死のうが、苦しもうが、其れが教授さんの命である限り、私は自らで選択することをしてはいけない」 「……どうして?」 「私が、それほどの罪を、あの方に乗せてしまったから」 其処までを言って、女性は軽く首を振った。 「……余計なことまで言ったかしらね。 みんな、準備をなさい。そろそろ合図が来るかも知れない」 そう言って話を打ち切った女性は、眇めた瞳で空を見た。 煙で穢れた空はもう無い。同じように、あの頃の地獄すら、人々の記憶には在りはしない。 外道に身を窶し、一分一厘に満たぬ数の命を掬い上げて思い上がった自分は、最早過去の人間である。 ならば、今の自分が出来ることは。 「おいでなさいな、リベリスタ」 未だ在りはしない来訪者に、初老の女性は小さく告げた。 「何れ、其の牙が、私の喉笛を噛み千切ってくれるなら、私は――」 微かな決意も、そうして、風の音が奪い去る。 戦場は未だ、只の平和な公園でしかなかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月17日(火)23:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「一年ぶり、か」 最初に零された声のトーンは低い。 『デイアフタートゥモロー』 新田・快(BNE000439)は、どこか懐かしげに、同時に、何処か寂しげに、相対する相手へ言葉を投げかける。 「まさか倫敦で貴女に会うとは思わなかったよ、シス」 ――向かい立つ数は八。その名を、『倫敦の蜘蛛の巣』の傘下組織。『イーストエンドの子供達』と言う。 幼い子供達の中で、ぽつり。目を惹く老婦人は、彼の言葉に唯、笑みを返すだけ。 「子供達に慕われているお婆ちゃん相手かえ。何だか他人の様な気がせんのう」 「蜘蛛か。まさか、彼らの対処に倫敦まで訪れる事になろうとは……」 続くように。『ふたまたしっぽ』 レイライン・エレアニック(BNE002137)、『誠の双剣』 新城・拓真(BNE000644)の両者が独りごちる言葉には、戦場には相応しくない感慨のようなものも覗ける。 致し方ないとも言えようか。今彼らが在るのは住み慣れた土地ではなく、同時に敵となる相手の『やりにくさ』も聞いてしまったのなら。 其処に、リベリスタの心根と重なる部分は決して少ないわけではなく、だから。 「……私、とても優しい人だと思うんです。 優しいからきっと、フィクサードなんです」 進み出たのは、『二つで一人』 伏見・H・カシス(BNE001678)だ。 凡そ『戦闘向きではない方』の彼女が、こうして戦場で意志を見せるのは極めて珍しい。 「……難しい質問、ねえ」 顎に手を当て、何気ない所作で応えるシスは、数秒の黙考の後、軽く頭を振るった。 「恐らく、私の私見だけど……貴方は『優しい』と『甘い』をはき違えているわ。 本当の優しさならば、先ず私は、この子達を無為な死地まで連れてくる道理がない。私一人で、来れば良いだけ」 「……全く、同感だわ」 忌々しげに声を為したのは、『慈愛と背徳の女教師』 ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)だった。 「子供たちを巻き込んで、貴族の犠牲に貧困した人に救済を、というそもそもの活動からして唾棄すべきものだけど。 自らの弱さからくる行動に何かしらの理由をつけて取り繕って。見苦しいわ。今すぐにでも引導を渡してあげたいくらい」 「あら」 その言葉を何処吹く風で聞いていたシスは、後半の言葉にきょとんとした表情を返す。 「私を殺さなくて良いの? こう見えても一フィクサード組織を束ねる身なのに」 「アンタの思惑なんかに付き合ってらんねーっすよ」 辟易とした顔で呟く『忘却仕様オーバーホール』 ケイティー・アルバーディーナ(BNE004388)。 自他共に認める怠惰な態度を隠そうともせず、耳元のピアスを軽く弄びながら、彼女は淡々とシスに言葉を叩きつけた。 「既にヤードにも話はつけておいたっすよ。うちらの目的はあんたらの撤退、ただそれだけっす。 野放しになったガキンショ達を蜘蛛の手元に行かせると面倒っすからね」 「大味な子ねえ」 齢二十を過ぎたケイティーと言えど、彼の災害から現在まで生き延びる老女の視点で見れば未だ只の子供だ。 ……全く、と。『0』 氏名 姓(BNE002967)がため息を吐く。 聞いた言葉は、凡そ姓が予想していたとおりのものだ。この女性は――どうにも、自らを下に置きすぎる。 姓は、苛立ちや癪といった感情にはほど遠い人種だ。 其れをして、尚。彼女の歪みを知り、微かにも逆立つ柳眉を自覚している。 そして、それは『赤き雷光』 カルラ・シュトロゼック(BNE003655)にも同様だった。 「俺は、何の呵責もなしに弱者を踏み付けるやつらを憎んでいる」 「……」 カルラがフィクサードを見つめる瞳には、過去のトラウマじみた記憶が常に宿っている。 人を人として見ず、モノとしてすらそぐわない。かのように野卑た下衆共に対する怒りと憎しみは、今も絶えず彼の中で渦巻いている。 「だから、富裕層に被害を出しているとか聞いても、それは寧ろ喝采する」 「あらあら。私は悪い金満家ばかりに手を出している、なんて言っていないわよ?」 「真っ当な金持ちだけを狙っている、とも言ってねえだろ」 それでも、だ。 此度、向かい合う女には、それとは別種の怒りを得ている。 人を踏みつけにばかりしない。時には慮ることもある、そんなフィクサードに対して、それでも得てしまったこの感情は……正しく、リベリスタのそれとは関係ない『個人的感情』に近しいものもあるのだろうか。 言葉の応酬は、意志のぶつかり合いは、正しく遊戯の場を戦場に変えていく。 耳を澄ませば、遙か遠くで、或いは幻想纏いから時折漏れ聞こえる戦場の音を拾うことが出来ただろうか。 言葉はなかった。ただ、誰ともなく構えた武器が、始まりを意味するだけ。 戦場の鉦はなし崩すように、満たぬ問いをして鳴り響き始めた。 ● 「はてさて、話し合うにしろ、まずはその凶行を止めてからじゃ!」 子供達の後の先を縫うように、リベリスタ勢で最も早く動いたのはレイラインであった。 グラスフォッグ。概念すら斬り裂く異象の刃が、前に出た子供の幾名かに傷を付ける、が。 「おねーちゃん、早いなあ」 初手初撃では、やはり与えられたダメージなど微々たるものである。 比較的速度に恵まれているとは言い難いパーティに食らい付くように、子供達の側も一挙にリベリスタ達へ接敵を始める。 「させ……」 「あ、お兄ちゃんこっちー!」 それを先んじてブロックしようとした快が、それより早く彼をブロックした二名に止められる。 次いで、その内の一人である覇界闘士は装甲制服に拳を当て――その内部にのみ、激烈な衝撃をもたらした。 絶息。するのを、持ち前の意地と体力で強引に持ち堪える。 敵前衛に於ける攻撃手――ソードミラージュ、ナイトクリーク、覇界闘士が後衛に踏み出さぬよう、それぞれブロック担当を決めておいたリベリスタ達ではあるが、生憎とこのパーティは速度面に於いてそれほど秀でてはいない。 結果的に、初手のブロッキングは相手に譲ることとなってしまう。 「本来なら心躍るような子供たちが相手だというのに、ね……!」 体内の魔力循環を加速させたティアリアが、忌々しげな口調と共に飛翔の呪文を言祝ぐ。 が、それは敵方にしても同様だった。 敵のホーリーメイガスがごっこ遊びでもするかのように古めかしい杖を振るう。両陣営共に燐光を放つ擬似的な翼を得ると同時、戦闘はその幅を大きく広げていく。 その中で、ある種異彩を放つのは。 「一つ聞きたい、死ぬ事が己の罪を償う方法だと考えて居るのか?」 リベリスタ、新城拓真。 相対する老女は、構えられた双剣に対し、籠手を巻いた片腕を目の前に掲げるような、独特の構えを見せる。 「助けるだけ助けて、自分は消える。随分な身勝手だと思うのだがな」 「あら、まるで自分は、自分の知己は違うとでも言いたげね?」 食い違う問い掛けと応答。 否、拓真はある種、愚直と言えるほどに真っ直ぐだ。対するシスは自ら、その答えを逸らそうとしている。 「やはり、剣も交えぬ内の言葉には……」 「意味も価値もないわ。解っているなら、早くなさい」 言葉と共に、戦気を纏った自傷の豪断が拓真より放たれる。 一切の余分も無駄もなく、ただ敵を立つことだけに最適化された剣が、シスの肉体を深々と抉る。 「無茶しないでくれよな、先輩……!」 「っ、ダメ!!」 それを援護するように、戦場の敵全体に拳撃を散らしたカルラと――ナイトクリークの少女が神秘を為したのは、ほぼ同時だった。 僅かな光源すらも呑み喰らい、紅月の夜の下、拳の雨が降り注ぐ。 著しく傷んだ戦場全体を賦活するカシスすら、その表情には苦渋が滲む。 実質回復役二枚からなるリベリスタ勢のカバーは一見手厚くも思えるが、生憎と二人が所作を取るタイミング――速度はほぼ同一なのが密かに悪しく効いている。 そして、その影響が最も大きかったのは、 「すま、ん……!」 アーク側ではなく……ヤード側のリベリスタだった。 ● リベリスタは今回、どちらかというと受動的な戦術を取るようになっていた。 先にも言ったとおり、敵の前衛が味方後衛陣……より正確に言えば回復手であるティアリアとカシスに攻撃が至らないよう、前衛と中衛でのブロックを念頭に置く。 後、負傷の度合いが大きい対象に攻撃を積み重ね、各個撃破していくというものだ。 だが、この戦法には穴がある。 カシス、ティアリアの両名は、基本的に前衛までをカバーできる範囲。要は20m圏内にて回復を施し続けていた。 逆を言えば――リベリスタ達の前衛陣に組み付いた状態であれば、遠距離に限れば回復手への攻撃は幾らでも可能だと言うこと。 これは余り頭の良い行動とは言えない。仮にリベリスタ達が回復手に手厚いカバーを施しているか、若しくは他の行動を犠牲にしてでも間合いの取り方を精緻にしておけば、その時点でフィクサード陣の分が悪くなる戦法だ。 が、シスはそれを敢行する。 『パーティの要を失った者達が、無駄な負傷を嫌って撤退を鑑みる』可能性のある状況を求めて。 「人間に対する被害を嫌う。それは私達にも同様と言うこと?」 問うた姓の行動は、実のところ彼らフィクサードの戦法と酷似している。 敵のソードミラージュをブロックしながら、敵後衛陣に向けてのフラッシュバン、状況に応じてのピンポイント・スペシャリティ。 実際、牽制と攪乱以上の効果は見込めてはいないものではあるが、サポーターに対してはそれで十分とも言える。 「子供達は貴女の為に戦ってるんでしょう。貴女を失ったら何の為に戦うの?」 「献身と依存は違うわ。私にとってこの戦いは、その差異を見極めるための戦い」 誰かの為ならば死んでも良いことと、誰かの為ならば何でもすることは全く違う。 そして、老婦人は其れを恐れている。自らががむしゃらになりすぎて助けた命が、やがて自分の道具同然となってしまう、そんなおぞましい未来を。 ……救った命に、どう生きて欲しかったのか。 そう、姓は問いたかった。それを問う意味がないことを、彼女の返答で察した。 「貴女は『イーストエンドの子供達』のリーダーだ」 代わりに、自分が言いたかったこと、言うべきだったことを、シスの心に乗せる。 「遺志も無く死ぬのは――無責任だよ」 「……」 戦場は佳境にある。 リベリスタの回復手を庇っていたヤード側リベリスタが倒れて以降、二人の負傷は著しく、フェイトの消費すら行い始めている。 「まったく……イライラするわね」 対象となるティアリアは、浮かない顔だ。 傷む身が故にではない。強いて言うならば、その対象はこの戦い、この敵、その者に向けてか。 (……子供たちに罪はないのに、打ち倒さないといけないのよね) ティアリアは、自身を狂気の其れと自覚している。 それでも――その影が深ければ深いほど、相対する陽の感情も、いずこかに色濃く存在していることを、彼女は理解しているのだろうか。 そして、もう一人。 「言葉に、ならないよ……」 カシスは――それが届くか否かも考えず、ひたすらシスに向かって『二人』の想いを口にする。 「あたしはもっと良く生きたいよ。笑って、泣いて、仲良くしたい。 ……良く生きることを知ってるでしょ! あなたなら!!」 視線の先に在るシスに、応答はない。 言葉が聞こえないのか、聞こえていても返す言葉がないのか。知る気もない。解りたくもない。 「殺さない。殺したくない。あたしは、あなたと同じ。 だから殴れない。癒すことしかできない。それでも、あたしとあなたには繋ぎ止められた命があった!」 「……」 救いたいものがある。 それは貴方であり、子供達であり、未来でもあり、その『何れでもない全て』である。 声高に叫ぶカシスに対して、老婦人は、けれど諦めたように首を振るった。 若かった。それ故に優しく、気高く、美しかった。 それを見ることを――聞くことを、自らに認めてはならないと、戒めるように。 思いは通じない。通じているけど、受け入れては貰えない。 その最中にも戦いは続くのだ。痛々しくも、忌々しくも。 ……フィクサード達は前衛のリベリスタに気を払っていなかった事もあり、受けたダメージは甚大である。 実質的なサポートがホーリーメイガスからの聖神の息吹、乃至レイザータクトによるディフェンサー/オフェンサードクトリン程度しかない以上、その数は着実に削られていった。 「おおっと、ここは抜くのは婆と鬼ごっこして勝ってからにしてみるんじゃな!」 「うええ……」 劣勢を判断したのだろう。快のブロックを止め、無理にでも前に出ようとした覇界闘士をレイラインが止める。 そう言う彼女をしても、受けたダメージは少なくない。着飾るようにした衣装は既にズタズタで、白い肌からは幾重にも傷が折り重なっている。 だが、それでも……レイラインは『諦めない』し、『屈さない』。 ブロックを解除された快も同様だ。自身をブロックするクロスイージスによってガードナー同士の不毛な削り合いを演じていたが、 「新田さん!」 武器の特性を活かしたカルラの一拳が、相手を吹き飛ばす。 意識を失った子供は、少なくとも命に別状はない。 それに、再度の武器を構えようとして――何処か呆れるように下げたカルラは、髪をくしゃりと握りつつ、歎息を吐いた。 「俺がフィクサードを殺さないとか、珍しい事もあるもんだ……」 一方、苦境も存在する。 それが、恐るべきと言おうか――ホーリーメイガスであるシスと、デュランダルである拓真の戦闘がそうだと言って、信じる者がどれほど居ようか。 ある種、当然と言えば当然だ。彼女の本来の役割は後衛であり、そのステータスも率いている子供達に比べれば大きなものではある。 敵後衛まで突出した挙げ句、力量の低い子供達より早くシスを狙った以上、その身は後衛にいた他の子供達の攻撃に晒され続けていた。 「確かに貴女には罪はあろう。だが、貴女を慕う子供達にもう一度喪う様な真似はさせずとも構うまい」 満身を朱に染めながら。それでも、拓真は言葉を紡ぐ。 精々二十を往くかの歳月を以て、幾年もの地獄を見つめ続けてきた老女に。 「貴方はどちらを救いたいのかしら。子供達? それとも私?」 「両方だ」 逡巡もなく言って、拓真は剣を振りかぶる。 「それが、俺の。『誠の双剣』の――!!」 自傷によってフェイトを燃やしたのは遙か前の話だ。 「……そう」 その愚行を、けれど止めようとしない拓真の気概に、シスも然りと頷いた。 音速すら超える斬撃を、遙か上空に振り抜いた籠手がかち合う。 「――――――っ!!」 片腕の籠手は微塵と砕けた。 が、同時に拓真の金色の剣も、夥しい亀裂を入れて宙を舞った。 「選ぶ気概もない者に、なんて」 拳に宿したセイクリッドアローが、拓真の胴を穿つ。 が、刹那。 「――経緯とか面倒くせぇ知ったこっちゃねぇっす」 その腕を穿ち抜いた弾丸が、在った。 「ただ、あんたが勝手におっ死んで逃げるのは全力で邪魔するっす。 罪を帳消しにしたけりゃぁ、生き足掻きやがれ」 反動で痛む身を無視して、ケイティーは傲然と言い張った。 言葉は聞こえていない。彼女自身、アーク最高峰のデュランダルとまともにかち合った分、そのダメージは蓄積していたのだ。 それを見た子供達は――瞬時、その身を翻した。 行く先はシスの元。或いはその無事を見て、或いは他の者から守るように。 「教授に乗せた罪って、何なのさ……」 勝敗は決したと見て良い。弛緩した戦場の空気を吸う余裕も見せられず、快が苦々しく呟いた。 「……利用されてるのは、貴女なのに」 ● シスは、結局一命こそとりとめたが、意識を取り戻すことはなかった。 それがどういった結果をもたらすかは、未だ解らない。 アーク・ヤード側双方、この後の彼らの扱いには幾らかの相談を必要とした。 命を奪うことはなきにしろ、捕縛すべきか、見逃すか。 その結果、拓真、カルラなどを始めとした者達の意見を以て、一時は子供達を解放することを、ヤード側も不承不承ながら受け入れた。 「……行くんだ」 武器を収めた拓真が、子供の一人にそう告げる。 子供達は――その言葉に目を丸くしながら、退いていく。 ただ、一人だけ。 「……おばちゃんを」 一人だけ、拓真に掴みかかる者が居た。 黒髪と、灰色の目を持つ少女は、すがりつくような体を取った後、絞り出すように、一言を残す。 「ころさないで、くれて……ありがとう」 「……」 ゆっくりと、その身を引き剥がした拓真が、彼女の背を押していく。 そうして、残った少女もまた、リベリスタの前から姿を消していった。 ――この時、彼らは気付く由もなかったが。 残った少女は去り際、拓真の服のポケットに一枚の紙片を忍ばせていた。 それは、恐らくシスが持っていたのだろう、血に濡れたこの公園の地図。 その余白には、拙い血文字で、こう書かれていたのだ。 『倫敦は、パズルの1ピースに過ぎません。 モリアーティお爺さんが欲しがっているのは、もっともっと、大きなもの』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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