● 「――今回、皆にはイギリスのロンドンに向かってもらう。 少しばかり複雑な事になってるんで、これからする話をよく聞いておいてくれ」 ブリーフィングルームに集まった面々を前に、黒髪黒翼のフォーチュナ『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は状況の説明を始めた。 ロンドンは、二つの革醒者組織が覇を競う地である。 世界的な魔術結社『バロックナイツ』の一員『ジェームズ・モリアーティ』を首魁とするフィクサード組織『倫敦の蜘蛛の巣』と、リベリスタ組織『スコットランド・ヤード』――通称『ヤード』は長年に渡り抗争を繰り広げてきたが、数ヶ月前、膠着状態に陥っていた両者の戦いに一石が投じられた。 『E(エリューション)・キマイラ』と呼ばれる異形の怪物たちが、相次いで霧の都に現れたのである。 頻発する事件の対応に追われる『ヤード』を横目に、『倫敦の蜘蛛の巣』は関与を否定し続けていたが、それを信じる者など居ない。キマイラの出自を考えれば、彼らと繋がりがあるのは火を見るより明らかだ。 そもそも、キマイラは人為的に生み出された生体兵器である。革醒者やエリューション、アザーバイドなどをかけ合わせてキマイラを造る技術を確立したのは、日本のフィクサードだ。 『六道 紫杏(りくどう・しあん)』――日本フィクサード主流七派の一つ『六道』首領の異母妹にして、モリアーティの愛弟子。 過去、紫杏は量産したキマイラを率いて『アーク』と戦い、結果として配下の殆どを失った。 身一つで日本を去った彼女が敬愛するモリアーティを頼るのはごく自然なことであるし、この師弟の優れた頭脳をもってすればキマイラをより完璧に近付けることは容易い。 ロンドンに出現したキマイラの性能が以前より高いのは、つまりそういうことだろう。かつての紫杏派と同じく、『倫敦の蜘蛛の巣』も何らかのアーティファクトを用いてキマイラを操っていると推測される。 「アークとしても因縁がある相手だから、『ヤード』の要請でメンバーを派遣していたんだが…… 残念ながら、状況はまだ収まる気配がない。それで、向こうもとうとう腹を決めたみたいだ」 裏社会で暗躍する『倫敦の蜘蛛の巣』は、彼らと宿敵関係にある『ヤード』にとっても謎が多い存在である。底が見えない組織と正面切って殴り合うのは、あまりにもリスクが高い。 よって、『ヤード』はこれまで『倫敦の蜘蛛の巣』との全面対決を避け、綱渡りのような駆け引きを続けてきたのだが――ここに来て、彼らは打って出ることを決意したようだ。 「この機会に、キマイラの陰に隠れた連中を引き摺り出す狙いらしい。 簡単に言うと、現場でこそこそしてる末端のメンバーから情報を聞き出そうってことだな」 『ヤード』はアークに本格的な援軍を要請し、アーク上層部もこれを受諾した。 何しろ、アークは世界最強と謳われる『バロックナイツ』の魔人たちを撃破せしめた唯一の組織である。援軍として、これ以上の存在は無い。 「できれば万全の状態で送り出したいが、皆も知っている通り、国外に対しては万華鏡が使えない。 現地で何が起こるか、どういった敵が出て来るのか、俺の能力では掴むことが出来なかった」 アークのフォーチュナは、万華鏡(カレイド・システム)により予知能力を大幅に高めている。 彼らが得た高精度の情報を元に作戦を組み立てられるのはアークの強みの一つだが、今回はその武器を欠いた状態で戦わねばならない。“目”としても貢献出来ない悔しさゆえか、数史の表情が歪んだ。 「……役に立つか分からんが、紫杏の一件で日本に来ていた『倫敦の蜘蛛の巣』メンバーの資料を渡しておく。前にアークと戦った時は手を抜いていた気配があるし、まだまだ分かっていないことの方が多いが、何も無いよりはマシだろう」 資料を配り終えた後、数史は「どうか気をつけて」と全員に告げた。 ● このような経緯でリベリスタ達はロンドンの地を踏んだのだが、敵の動きは予想以上に早かった。 機先を制した『倫敦の蜘蛛の巣』は、市内の各所や地下鉄に攻撃を加えて『ヤード』側の戦力を分散させ、その隙に彼らの本拠地――『ロンドン警視庁』地下を制圧せんと侵攻してきたのだ。 『ヤード』所属のフォーチュナからその一報を受けた『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264) が、警視庁の防衛を担当するリベリスタ達を集めて声をかける。 「裏手の道路から攻めてくる一隊があるようです」 どうやら、穴掘りに長けたキマイラにトンネルを作らせ、そこから地下に潜ろうとしているらしい。 周辺にいた一般市民を躊躇無く巻き込んでいることから陽動という可能性も考えられるが、そうだとしても戦力を割かざるを得ないのが苦しいところだ。 「行きましょう。彼らを、このまま地下に向かわせるわけにはいきません」 フェルテンに頷き、リベリスタ達は現場へと急ぐ。警視庁は今、不穏な喧騒に包まれていた。 ● 背中に戦乙女の上半身を生やした巨大なモグラが、コンクリートに爪を立てる。 砕いた瓦礫を腹の口で飲み込み、後方から排出する異形のキマイラが“トンネル掘り”を開始したのを横目に、男は周囲に意識を凝らしていた。辺りには彼らが手にかけたロンドン市民の骸が幾つも転がっていたが、一顧だにしない。 「……ま、普通に考えたら来るよねえ。これだけ派手に騒いでたら」 独語する男の口調は、至って暢気である。 彼は軽く肩を竦めると、傍らの部下たちに向けて言った。 「なるべく楽にいきたいとこだけど、今日はそうもいかないからね。 とりあえず、死なない程度に頑張るとしましょ」 気負った様子もなく軽口を叩く男に、名前は無い。それを要する時は、『ノーネイム(名無し)』と称するのが常であった。 直後、男が口の端を持ち上げる。敵の接近を察知した彼は、愛銃を手に部下に告げた。 「はいはーい、お出迎えの方が来ましたよ。チェックインの準備はOKかな?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月20日(金)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 血の臭いが霧に取って代わったのか、この日のロンドンには酷く腥い風が吹いていた。 モグラの爪で足元を掘り崩し、貪欲に瓦礫を喰らう異形の戦乙女。そのやや後方で、男は接近する敵を数える。 「八……九人、か。それじゃ皆、手筈通りにね」 彼は部下に指示を飛ばした後、“不可触のルール(アンタッチャブル)”を発動して戦いに備えた。 数瞬を置いて、『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)が目隠しの布越しに千里を見通す。初めて訪れた海外の都市、景観にまるでそぐわぬ異物(E・キマイラ)と、それを遠巻きにして低空を飛ぶ六名のフィクサードが視界に映った。 伏兵などは、特に見当たらない。仲間にそう告げて、真昼は正面に視線を戻す。万華鏡の探査が及ばないこの地では、いくら用心してもし過ぎるということは無い筈だ。 「大暴れの最中ご機嫌麗しゅう。アークだよ。こういうのがジョンブルのやり方?」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、怒気も露にフィクサードを睨む。 現場に倒れ伏した一般人たち。脈を確かめるまでもなく、その全員が既に息絶えていると一目で分かる。分かってしまう。手にかけたのがキマイラであるにせよ、フィクサードであるにせよ、元凶は彼ら――『倫敦の蜘蛛の巣』だ。 「どんだけ関係ない市民を巻き込んでるんだよ、ふざけんな!」 フィクサードに悪罵を叩きつけ、勢い良く地を蹴る。 目標との距離は、約20メートル。その中間まで歩を進めると、夏栖斗は路面を掘るキマイラに神秘の挑発を投げかけた。 『ァァァァア―――ッ!』 直後、怒りの形相で振り返ったキマイラが猛然と突進する。爆裂する闘気を、少年はトンファーで受け止めた。辛うじて直撃は避けたが、それでも威力は殺しきれない。 すかさず駆け込んだ『リコール』ヘルマン・バルシュミーデ(BNE000166)が、キマイラの巨体を阻みながら肉体のリミッターを解除する。時を同じくして、深紅のドレスに身を包んだ『花喰い蝶々』ルクレツィア・クリベリ(BNE004744)の声が艶やかに響いた。 「ごきげんよう。『倫敦の蜘蛛の巣』の紳士淑女の皆様? お会いできて光栄よ」 玲瓏たる美貌を目の当たりにした男達の一人が、小さく口笛を吹く。彼女は紅い唇に笑みを湛えたまま、天鵞絨(ベルベット)に覆われた“魔女の繊手”を優雅に持ち上げた。 「……けれど、招待も無しに人様のお宅に訪問するのは不作法だと思うの。出直して頂けないかしら?」 刹那、指先から弾けた魔力が荒ぶる霹靂と化して戦場を奔る。後を追うように駆けた『泥棒』阿久津 甚内(BNE003567)が、キマイラの後方に浮かぶフィクサードの一人に目を留めた。 くたびれたコートの背から、煤けた灰色の翼を生やした壮年の男。確か、事前に手渡された資料で写真を見た記憶がある。かつて、三ツ池公園でアークと戦ったというクリミナルスタア――彼は、自らを『ノーネイム(名無し)』と称していると聞いた。 「僕ちゃんも前『名無し』って名乗ってたんだー★ 止めたけど」 ごくごく軽い口調で呼びかけつつ、並んだ敵を素早く値踏みする。彼の解析能力をもってしてもノーネイムの底は見えなかったが、他のジョブ構成は問題なく掴むことが出来た。 プロアデプトにスターサジタリー、マグメイガス。クロスイージスのすぐ後ろに陣取っているのが、回復を担うホーリーメイガスだろう。 癒し手の存在を手短に伝える甚内を見やり、ノーネイムがぼやく。 「やれやれ、どうにも面倒だねえ……」 安物の紙巻煙草を咥えた『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、さりげなく言葉を重ねた。 「なるべく楽にいきたいってのはおじさんも同意だな。 キマイラ置いて退散ってのは良い提案だと思うが、どうだい」 そうしたいとこなんですけどねえ――と、肩を竦めるノーネイム。 「絶好のタイミングで、アレが出てきてくれちゃったもので。 僕らとしちゃ、長年の宿敵を叩くチャンスを逃す訳にもいかないんですよ」 あくまでキマイラとは無関係と主張するかのような惚けた返答も、予想の範囲内だ。 「それじゃま、お互い死なない程度にやりますか」 煙草に火を点けると同時に、掌に隠していた“それ”をキマイラの背後に放る。 視界を白く染める閃光に一瞬遅れて、凄まじい轟音が響いた。 ● 炸裂した閃光弾は、烏の狙い通りキマイラの動きを封じた。 敵の配置上、『倫敦の蜘蛛の巣』を巻き込むことは叶わなかったが、戦乙女に麻痺が効くと確かめられただけでも上々だろうか。 続いて、フィクサード達が行動を開始する。ホーリーメイガスとクロスイージスが齎す翼と十字の加護を受け、残りの三名が滑るように前進した。 キマイラが穿った穴の付近で散開し、一斉に仕掛ける。中後列にまで襲い来る射撃の嵐を盾で凌ぎつつ、イリア・ハイウインド(BNE004653)は槍を握る手に力を込めた。 バロックナイツの一員、ジェームズ・モリアーティ率いる犯罪結社との対決――立場上、アークは『ヤード』の援軍という形を取ってはいるが、負けられない戦いであることに違いはない。 緊張する己を自覚しながら、イリアは細い布を巻きつけた“旗印の槍”を勇壮に振る。防御の効率動作を共有してチームの守りを固める彼女の後方で、七海 紫月(BNE004712)が眉を顰めた。 「無粋なことこの上ないですわ、あちこちで大暴れだなんて」 観光ならイギリス行きも素直に喜べたのにと苦い思いに駆られるが、状況が状況なので文句も言っていられない。歴史ある街を破壊されるのは、世界にとっても損失だ。 「まぁ、やる事はやりますわよ。……ロンドンで活躍なんてかっこいいし」 小声で独りごち、天使の翼を仲間達に与える。前後して、『Eile mit Weile』フェルテン・レーヴェレンツ (nBNE000264)が強力な人払いの結界を展開した。現場に迷い込む一般人をシャットアウトできれば、これ以上の被害は防げる筈。 自力で状態異常から立ち直ったキマイラを一瞥して、ノーネイムが灰色の翼を羽ばたかせる。冴えない風貌とは裏腹に、その動きは速く鋭い。巧みに射線を確保して神速の銃撃を浴びせる腕前は、流石『倫敦の蜘蛛の巣』と言うべきだろうか。 「さあ、思考を始めよう。蜘蛛は無様に腹を見せて死ねば良い」 表情ひとつ変えずに、真昼が低く言い放つ。彼の全身から紡がれたオーラの糸が、蛇の如き執拗さでキマイラとフィクサードに喰らいついた。 ヘルマンと連携してキマイラを足止めしつつ、夏栖斗が炎司る旋棍“紅桜花”を繰り出す。虚空を裂く一撃は戦乙女を傷つけるのみに留まらず、その遥か後方に居た癒し手を盾もろとも抉った。 「けっ、なーにが絶好のタイミングですかあ! そういうねちねちしたかんじのアレがいちばん苦手なんですよ」 不愉快そうに吐き捨て、ヘルマンがモグラの背に駆け登る。キマイラと『倫敦の蜘蛛の巣』――両者の繋がりは誰がどう見たって明らかなのに、しらばっくれる根性が気に入らない。 苛立たしげに膝を落とし、破壊の“気”を叩き込む。麻痺を逃れたキマイラが、お返しとばかり烈風を巻き起こした。 「悪いねぇー、パーティー会場は満席。君等はお呼びでない時もある訳よー」 盾を取り付けた矛を片手で弄びながら、甚内が最後尾のホーリーメイガスを射程に収める。この場における撃破目標はキマイラだが、癒し手の存在は無視出来るものではない。 「って訳だからー、迎えに来た訳よー。コッチおいでー?」 気糸を結んだ矛を力の限り投げつけ、ホーリーメイガスの胴を貫き穿つ。怒りに我を忘れた癒し手が前に飛び出しかけた時、クロスイージスの聖なる光がそれを阻止した。 「あーん、ざーんねん★」 矛を手元に引き寄せた甚内が、糸目をさらに細める。癒しの息吹を呼び起こすホーリーメイガスを眺めて、ルクレツィアがくすりと笑った。 「あちらの戦乙女さんはお知り合いなのかしら? 仲が良さそうだから妬けてしまうわ」 先程から、フィクサードは回復支援の対象にキマイラを含めている。見たままの事実をそれとなく指摘する彼女に対し、ノーネイムはわざとらしく溜息をついてみせた。 「別に知り合いってわけじゃないんですけどねえ。 アークのエース級を相手にするなら、そこと敵対する第三勢力は有効に活用すべきでしょ?」 そんな戯言には耳を貸さず、イリアは左右で色の異なる瞳に将校の眼力を宿す。己の未熟は承知しているが、この場に立ったからには腹を据えるしかない。いったん退けば、それだけ失われるものが増える。 「わたし達が、止めないと……!」 戦場を見ること。仲間を鼓舞し、支援すること。今は、自分に出来る最善を。 薄く紫煙をくゆらせ、烏が“二五式・真改”を構える。銃口から撃ち出された散弾が、恐るべき精度でキマイラとフィクサードを捉えた。 『倫敦の蜘蛛の巣』の面々も、負けじと反撃に転じる。拡散する雷と燃え盛る矢が蒼と紅の火花を散らす中、煌くオーラの糸がリベリスタ達を的確に狙い撃った。 フェルテンが破邪の光で状態異常を払ったのを確認してから、紫月が癒しの歌声を響かせる。 「今回は堕天使ではなく聖天使バージョンですわよ、おほほ」 闇と光、相反する属性をその身に同居させる少女は、そう言って可憐に笑った。 ● キマイラが持つ自己再生能力を封じるべく、真昼が気糸を奔らせる。 十字の加護を授けられた戦乙女は、状態異常からの回復も極めて速い。忙しいことこの上ないが、一つ一つの仕事を丁寧にこなす事が勝利への早道だと彼は理解していた。 「よくここまでいじくれますね……」 グロテスクなキマイラを眺めて、思わず本音が零れる。 大きなモグラにミミズの尾を生やし、白鳥の羽持つ女性の上半身を融合させた歪な戦乙女は、戦闘中でなければ観察するのも御免被りたいところだ。 「ったく、聖四郎の奴も六道のお姫様の手綱を握っておけよ!」 キマイラの生みの親とその恋人に対して悪態をつき、夏栖斗が攻撃を仕掛ける。モグラの巨体を利用してノーネイムからの射線を遮ろうと立ち回るヘルマンが、疾風纏う蹴りで追い撃ちを見舞った。 幸いと言うべきなのか、キマイラはリベリスタが現れてからというもの掘削を中断したまま戦いに専念している。付近に転がる一般人の亡骸にも、まるで興味を示さない。 それでも、キマイラが『倫敦の蜘蛛の巣』の支配下にある可能性がある以上は気を抜けない。微かな異変も決して見逃すまいと意識を凝らしながら、イリアは旗印を掲げて仲間を奮い立たせる。 「……ま、動かないなら動かないで倒させてもらうだけだな」 事も無げに言った烏が愛用の村田式散弾銃から弾丸を吐き出した瞬間、咆哮したキマイラが巨大なエネルギー弾でヘルマンを吹き飛ばした。 すかさず詠唱を響かせた紫月が、傷ついた彼を清らかなる微風で包んで癒す。 無理は禁物と言いたいところだが、敵の突破を阻むとなれば前衛はどうしても体を張らざるを得ない。 「支えられるだけ支えて差し上げますから、存分に実力を発揮してくださいな」 己を励ます少女の声に、ヘルマンは軽く手を上げて答えた。 いかに回復役を擁するとは言っても、派手な撃ち合いは互いのダメージを蓄積させてゆく。 妖しい微笑みを湛えたルクレツィアが紅き繊手を再び動かした時、戦況に転機が訪れた。 充分に集中を高めて奏でられた魔曲が、守りの要たるクロスイージスを絡め取る。間髪をいれず、甚内が“最強の矛”を大きく振りかぶった。 「はいはーい、チェックアウトの準備済みましたーか?」 神秘の力を帯びた穂先がホーリーメイガスを過たず捉え、その胸中に激しい怒りを湧き上がらせる。 まんまと前に誘い出された癒し手を横目に見て、夏栖斗は弧を描くようにキマイラの側面へと回った。 眼前に立ち塞がる巨体をものともせず、“紅桜花”を一閃させる。モグラの腹部にあった“もう一つの口”が大きく引き裂かれた直後、胸に鮮血の花を咲かせたホーリーメイガスが地に崩れ落ちた。 まずは一人と息を吐いたのも束の間、苛烈なる反攻がリベリスタを襲う。キマイラのエネルギー弾で隊列を崩されたところに全体攻撃を連発され、ルクレツィアと紫月が運命を削った。 「せっかく、素敵な英国紳士と出会えたのだもの。もっと楽しみたいわ」 勿論、箱舟の紳士さん達も素敵だけれど――。 幾人もの男達を破滅に導いた花喰いの蝶は、少女の無邪気さを湛えて嫣然と笑む。 轟く雷光を解き放ったルクレツィアにイリアが駆け寄り、彼女を庇った。 「もう大丈夫です。二度と吹き飛ばされたりしませんから」 降りかかる脅威を止めるべく盾を構え、“旗印の槍”を真っ直ぐに立てる。困難を払う穂先の下にたなびく旗は、仲間を支え助ける意志の証だ。 同様に駆けつけたフェルテンの背に庇われながら、紫月が唇の端から零れた血を指先で拭う。 浅からぬ傷から流れ落ちる紅は、彼女にとって己を構成する要素の一つ。死の運命を超え、痛みを超え、自分は仲間を癒し続けるのだ。 うっとりと睫毛を伏せ、紫月は福音の歌を全員に届ける。 「歌、なんか上手くなってきたと思いません?」 肩越しに問いかけると、フェルテンは僅かに相好を崩して頷いた。 後衛が体勢を立て直す間にも、真昼は気糸を手繰って思考を続ける。 これまでは、傭兵として海外に赴くということがどうしてもピンと来なかった。 彼はただ、大切な妹が無茶をしないよう、身の回りを一緒に守りたかっただけで。 妹と暮らす小さな世界に手が届けば、それで良かったから。 「……でも、助けてって言われたら聞こえないフリなんてできないですよね」 極細の糸が宙を奔り、敵を正確に貫く。暫くノーネイムを牽制していた甚内が、不敵に口を開いた。 「キマイラを動かしてるアーティファクト、知らない振りして――やら(壊)せて貰いましたぁーん★」 思わせぶりな仕草でフェイントをかけつつ、ノーネイムの心を暴きにかかる。 しかし、事は簡単に運ばなかった。かの古狸は、この期に及んで白を切ってみせたのである。 「そんな便利な機械があるの? すごいなー欲しいなー」 ブラフが通用しない相手であったとしても、普通なら現物を思い浮かべる筈。その存在すら感じさせないとなると、何らかの手段で心を偽っているのか。 「あーもう!」 もはや勘弁ならんといった様子で、ヘルマンが叫ぶ。 「そもそも、なんなんですかノーネイムって! 名前くらいちゃんとしときなさい!」 「や、それが無いからこんなん名乗ってるわけで」 「じゃあはい太郎! 今日からあなたは太郎です! 決まり!」 勝手に命名しつつ、キマイラに蹴りかかるヘルマン。 敵味方を問わず何名かが呆気に取られる中、当人は「素敵なお名前どーも」と屈託無く笑った。 ● 意志の力で戒めから逃れたクロスイージスを、ルクレツィアが四色の魔光で再び封じる。 「今日は教授はいらっしゃらないの? 自慢の生徒さんはいらっしゃっているようだけれど」 「ま、色々と都合がですね」 ノーネイムが彼女の問いをさらりと流した時、烏の散弾がマグメイガスを撃ち落とした。 「クリミナルスタアの誼で忠告するが、将来的には早めの降参が利口だとおじさん思うんだわ。 いずれは、『倫敦の蜘蛛の巣』の構成員もキマイラの素材にされるだろうからな」 親切心から投降を勧める彼の言葉を聞き、ノーネイムは困り顔でリボルバーを構える。 「そーいうの弱いんですよねえ」 ルクレツィアを庇って銃弾をその身に受けたイリアが、大きくよろめいた。 ――絶対に倒れない。この背に、守るべき仲間が居る限り。 運命を燃やして自らを支え、彼女は敵を見据える。 「わたしのような未熟者が混じっているからといって、楽に済むとは思わないで!」 なおも旗を振り続けるイリアの前で、真昼が気糸を放った。 「崩れませんよ。焦りません。ここが遠くの地でも、オレがオレである事は変わらない」 刹那、追い詰められたキマイラがヘルマンに躍りかかる。炸裂した闘気に全身を砕かれ、青年は迷わず運命を差し出した。 「……ほんとうはねえ、海外になんてきたくなかったんですよ」 鋭く地を蹴り、空中で身を反転させる。 わざわざイギリスまで足を運んだのは、六道紫杏の置き土産――キマイラが出たと聞いたから。 「日本の問題を……海外にまでもちこむんじゃありませんよおおお!」 ヘルマン渾身の斬風脚が、巨大なモグラを両断する。同時に、夏栖斗がチェックメイト、とフィクサードに告げた。 「もう、君らの作戦は失敗だよ。逃げるなら今だぜ」 撤退を促され、ノーネイムはあっさりそれを承諾する。 「ま、最低限のお仕事はしたし良しとしましょ」 戦闘不能者を連れて身を翻す彼らに、烏はもう一度声を投げかけた。 「次会う時にはキマイラにされていないようにな、幸運を祈るぜ」 「ご忠告痛み入ります。そちらさんもどうかご壮健で」 去りゆく敵を見送り、甚内が息を吐く。これで終わりといきたいところだが、そうは問屋が卸さない。なにしろ、市内の各地では今も戦いが続いている。本部にも、侵入を試みる敵があるかもしれない。 「帰る前に、観光する時間があればいいですが……」 せめてまともな食事にありつけるように祈りつつ、紫月はそっと踵を返した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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