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くじゃくてふ

●徒労慈善
 覚悟をしていない、わけではなかった。
 こんな仕事だ。生命の危険とはいつだって隣り合わせ。恋人もいないまま死んで、神秘の秘匿故に弔いの式すら挙げられずこの世から消えていく。
 そんな隣人がいなかったわけではない。仕事に携わる上で、その境地を垣間見たことも、一度や二度ではないのだ。
 それでも、心の何処かで思っていた。そう信じていた。自分はそうはならないのだと。どこか楽観視していたのだ。だからこれは。これが、そういうことなのだろう。これがそうなのだろう。
 歯の根が咬み合わない。震えて震えて震えて震えて止まらない。思考がまとまらない。霧散していく。執着していく。打開策が浮かばない。違う。打開策など無い。嫌だ死にたくない。怖い。怖い怖い怖い怖い。
 化け物。化け物。いっそ狂ってしまいたい。こんなものに蹂躙されるぐらいなら、いっそ正気でなくなってしまいたい。
 それは、一言で表せば四つん這いのマネキンだった。肩から背中から左右不揃いにパーツを生やしたマネキン。何本にも伸びた長い腕。人体であるべき部位と、それ以外に幾本かの腕が頭部を掴んでいる。人工的な肌のそこだけ、その眼球と口だけがひとのそれでできていた。作り物の瞼が閉じて、開く。カタカタと音を立てて手首が周り、頭部が回る。あれは何をしているのだろう。周囲でも警戒しているのだろうか。それとも、そんなことに意味など無いのか。
 その瞳が、こちらを向いた。小さな悲鳴をあげたのは、きっと自分だ。すぐに冷たい風に溶けて消えたけれど。自分のものだったに違いない。
 逃げろ。そう脳が命令している。何をしている。逃げろ。逃げろ。このままでは死んでしまうぞ。このままでは殺されてしまうぞ。任務も使命も知った事か。今死ぬことに意味は無い。にげてにげてにげてにげてにげてにげて。
 動けない。身体は動かない。恐怖心で固まっている。震えている。腰が抜けている。カタカタ。カタカタ。一歩一歩こちらへ歩み寄るマネキンの化け物。それは多関節になった長い前足、右腕と言うべきか。それを私に向けてそっと伸ばすと―――横合いから殴りつけられた。
「何をしている、早く逃げないか!!」
 とっさのことで名前が出ない。それでも知っている顔だ。同じ仕事を受けた仲間。頭部から血を流している。戦闘で負ったものだろう。
「逃げぃやぁるううぃぃいいいぃるううえれっ!?」
 助けてくれた、誰だ、誰だっけ、マネキンに飛びつかれて、抱きしめられて、カタカタ、カタカタ。悲鳴。異音。ぷちぷち。ぺきぺき。引きちぎれるような音と、折れてしまったような音。悲鳴。悲鳴。
 何かがこちらに放り投げられた。それが人間の腕であると気づいて、私の狂乱はさらに深まった。嗚呼、嗚呼、嗚呼。
 そっと頭を掴まれる。痛みはない。ふと、目の前の異物が見えなくなった。流れていく。目の前を流れていく。笑っている仲間。教師。親。戦いの思い出。苦痛。達成感。幸福。走馬灯、ではない。この覗きこまれているような感覚は。嗚呼、そうだ。私は今。
「「食べられている」」
 声が、重なった。どちらも私の声。目前にあったはずのマネキンの顔は、私の顔になっていた。
「怖い。怖いわ。ええ、怖い。とても怖い。死ぬのが怖い。恐ろしい。そうでしょう。でも、違うわよね。もうそんなことは怖くない。だってだって早く死んでしまいたいそうしてそうして―――」
 そうだ、胴にあるそれも。手に持った幾つもの頭部も。その全ての眼球が私を向いて。
「「「「こんなになった私をなんて、見ていられない!」」」」
 笑う。笑う。笑う。笑う。笑う。それらがそれらの私を向いて私がけたたましく笑っている。笑っているきゃらきゃらきゃら。きゃらきゃらきゃら。
 暗転。もう開くことはないけれど。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:yakigote  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年12月17日(火)22:54
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

廃ビルを住処にするエリューションが出現しました。
被害が増える前にこれを撃破してください。

【エネミーデータ】
●不可解配列のエリューション
 複数のマネキンパーツを組み合わせた四つん這いのエリューション。頭部も複数存在し、それらの眼球と口だけが人間のものと酷似している。脚部として利用しているパーツは多関節となっており、不可解な動きを行う為にひとところに抑えこむことは困難です(所謂、ブロック行為を受け付けません)。

・突き刺し
 腕パーツを使う刺突攻撃。当エリューションの通常攻撃にあたります。2~4の腕パーツを使用して近距離に位置する相手にランダムで行います。
 近・対象数:1~4・命中高・同一対象への連続攻撃有


・巻き込み
 全身で抱きついて抱擁します。一度捕獲されると毎ターン抜け出すための判定を行い、それに成功するまで他の行動に移ることができず、また他者からの視認を必要とする行動を受け入れられなくなります。判定にはWパワーを参照。これを行っている間、突き刺し以外の攻撃は全て被捕獲者を対象とします。
 遠・単・捕獲対象の回避激減・継続ダメージ


・写し取り
 対象の記憶を読み、顔パーツを対象と同じものに変化。トラウマや恐怖を刺激する言葉を囁きます。また、他の対象に写し取りを行うまで対象の活性化した全スキルを奪取します。
 近・単・混乱・スキル封印


お気をつけ下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
ハイジーニアススターサジタリー
百舌鳥 九十九(BNE001407)
メタルフレームデュランダル
雪城 紗夜(BNE001622)
メタルフレームクロスイージス
ステイシー・スペイシー(BNE001776)
アークエンジェソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
フライダークスターサジタリー
ユウ・バスタード(BNE003137)
フライエンジェホーリーメイガス
メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)
ジーニアスデュランダル
五十川 夜桜(BNE004729)

●温情のない音楽会
 昔から、誰かが羨ましくて仕方がなかった。他人の芝生は青く見えるというが、正にその通りだと思う。私は他人の持っているずべ手が羨ましくて羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。すぐに同じものを欲しがった。しかし、その行為は私を満たしてなどくれなかった。何を手に入れても、何を手に入れても、私は他人が羨ましかった。

 吹いた夜風に身を震わせて、左手首に視線をやる。時間を確認して、日が変わる瞬間を突入時刻としたことを頭のなかで反芻した。この時期になると、ついつい年明けまでの残日数を無意識に考えてしまう。そうか、一年も終わりに近づいてきているのか。正月くらいはゆっくりと過ごしたいものだが、そうもいくまい。何せ、化け物も悪漢も、年中無休のようだ。
「私も幼い頃に人形を見て、何だか怖い気分になったものです。瞬きもせず無表情に立っている姿が不気味だったんですかなー」
 先生、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)くんがいつものツッコミ待ちです。まあ、本当にボケているのか本心なのかはともかくとして、彼は平常のようである。その様体すらも、仮面に閉じ込めただけなのかもしれないが。
「……さて、お仕事を始めますかのう」
 そう言って見上げた廃墟は、彼によく似合っていた。
「いやいや気味の悪いエリューションが居たものだね」
『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)が素直な感想を漏らした。
「色々と化物じみたエリューションの話は聞いていたけれど、これはまた……一体どういう運命の悪戯で、こんなモノが生まれたのかな?」
 常心では想像もしたくない大化け物。可能なら、正視せずに避けていたいところだ。
「見るだけで正気度が下がりそうなこんなモノ、一般の方の目に触れる前に叩いて砕いて切り刻まないとだね」
『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が、再度目を通していた資料から心中へと意識を動かした。
「……頭がいくつもあるんじゃ、統一した行動なんてできないわね」
 不可解な動きと、他人の恐怖を喚起するエリューション。唯一、統率されるとしたらなんだろう。複数の頭部。複数の口。だとすれば、やはり食欲だろうか。
「何れにせよ、放置していいものじゃない。ま、気持ち悪いからね」
「うわー、またこれは正気が削られそうな……」
 報告にあったエリューションの外観。四つん這いのマネキン。複数の頭部。複数の腕部。多関節。そこだけが生物じみた眼球と口。気味が悪い。気持ちが悪い。感想を漏らした『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)の顔には、その思いがありありと浮かんでいた。
「なにがどうしてこんな事になっちゃったんですかね」
 あるいは、何をどうしていてもこうなっていたのか。
「とにかく気色悪いね。何でもいいから足りない物を補う為に付けてみたって感じ」
『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)も、これに対する意見は正直だ。
「マネキンって人の真似をするための物なんだよね。服とか着てても自分の意思じゃないし。攻撃手段の写し取りで顔や記憶その他を奪うのってマネキンとしての本能なのかな? 奪う事で『自分』を手に入れることが出来るとでも思っちゃったのかな……?」
「怖っ! あのお人形さん怖っ! なんかいろんなところから色々てっぱってる! あの目玉がすごく怖っ!」
 正常ではない形状。その構成は不安を恐怖を掻き立てる。五十川 夜桜(BNE004729)とて、例外ではない。深海魚のようなものだ。自分たちが頭の中で組み上げた現実と現実感の投影を否定するそれは、存外に肌を逆撫でる。
「まぁそれをやっつける為に居るのがあたしたちだよね。怖がってないで何とかしなくちゃ!」
 時計の針。時刻は間もなく。暗闇。廃墟。静かな夜。秒針の音がいやに大きく聞こえて。突入時刻。意識は感想から心情から実戦へと死線へとシフト。
 無意識のうち、足音がいつもより小さい。

●救世のない旧国家
 満たされない日々。渇望の日々。そんな中で一度だけ、盗みを働いたことがあった。金銭に困ったわけではない。ただ、それが金で手に入るようなものではなかったというだけだ。だが、それを手に入れても満たされない。得られたものは大きな宝石と、それを失った持ち主の顔。顔。嗚呼、そうか。

 暗がりを克服できることなどあるのだろうか。
 夜闇に慣れることはできるだろう。身を潜める側につくこともあるだろう。だが、そこに紛れるほんの少しの想像が、良からぬものを救い上げるのだ。
 静寂とは静止ではない。靴音。衣擦れ。反響。響く声。いっそ大声を上げてしまいたい。
 終わりのない暗がりは精神を摩耗させる。だから、それが現れたことはいっそ救いなのかもしれなかった。
 エナメル質の肌。四つん這い。複数の腕部と頭部。不規則で神経質な痙攣。そこだけが人間に酷似した口と眼球。
 ぎょろりとこちらに視線を移し、表情を変えることなく口を開いた。
「ろぉおぉぉおうりぃぃいいやああぁぁああたすぅけぇたすぅうううぃぃいいこなぁあいいでぇえ」
 それは、写した真似事の続きか。それとも何かの本能か。
 わからぬまま、それでも救えぬのだから。そも救えるのかも知らぬのだから。
 当然のように、そしていつものように。人間は化け物に立ち向かうのだ。

●楽園のない来賓席
 これだったのだ。私が求めていたのはこれであったのだ。自分という中で大きく占める何か。それが羨ましかったのだ。羨ましいから、それを奪われて咽び泣く絶望に沈む放心するその顔が見たくてたまらなかったのだ。初めての幸福。絶頂感。私は今、満たされている。

 エレオノーラの突き出した短刀が、エリューションの硬質肌を削る。すると、背をエビ反りにし、頭を掻き毟り奇妙な声を上げた。
 もがき苦しむ様、と言えなくもないが。その間にもこの奇怪なマネキンは攻撃を繰り出している
「成程ね。これは理解したくないし、できない。恐怖を感じるのも無理はない」
 と。不意を許した覚えはなかったが。眼前に球体、頭部を突き出されていた。即座攻撃を仕掛けようとも思うが、その形質が歪み。眼の色が変わり。唇に朱が混じる。
 嗚呼、これは自分だ。自分になるのだ。写しとっている。写し取られている。否、奪い取られようとしている。
「いやいや嫌私は幸せです私は幸せですねえねえ見てみてほらほらこの通り言うことを聞きます良い子でいます従順でいますだから捨てないでここに居させて私は幸せです幸せです―――」
 心臓を掴まれたような心地だった。しかしそれでも、古い話だ。
「……もう、恐れない」
 恐怖ごと、切り払う。

「死にたくなかったもっともっと生きていたかった痛い辛い苦しい熱い怖い恐ろしい妬ましい羨ましい笑っていたい泣きたくない疎ましい幸せに―――なりたかった」
 肩を強く叩かれて、思わずユウの体が跳ねる。それが味方のくれた喝だと気づいて、慌て得物を構え直した。脂汗が酷い。呼吸を忘れていた事を自覚して、肩でそれを整えた。
 熱い。心情ではなく戦場が熱いのは、燃え盛る魔力炎によるものだろう。
 持って行かれた。
 かざした武具から思うものが出ない。写し取り、というよりも、奪い取り。今正に、彼女の顔をした奇形物は彼女の能力を我が物のように揮っていた。
 再度放たれる獄炎の連装弓。その威力は己が一番良くわかっている。本来、他者に依存した能力が効力を発揮することは稀である。だが、それは特定行動へのカウンタースキルを指したものだ。ここまで持って行かれては、デメリット性は薄い。
 自分ができないことはなにか。逆の発想を巡らせながら、今は残弾を吐く。

『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)がエリューションに接敵する。
 その不可解な動きから、その場に押し留めることはできない。しかし、目の前にいて障害にならぬこともないだろう。そう意図してのものである。
 資料から読み取り、色々と考えては来たのだが。それでも理解し難い行動の多い相手だ。叩きつけ、後衛に位置する味方から敵を引き離す。すると、天地逆転というか、上下反転というか。いわゆる『ブリッジ』の体勢でマネキンは着地。獲物を捕らえる為に腹から生えた無数の腕部を百足のように蠢かせ、頭部も逆さまのままこちらへと戻ってくる。
 当然、写し取られた味方の顔も逆さまのままだ。仲間と区別のつかなう事態も懸念はしていたが。なるほど、その心配はない。これで同胞だと思うようなやつは、そもそも精神が崩壊しているだろう。
 符を放つ。味方の顔をした頭部に刺さり、砕け、崩れ、鳴き声が響いた。
「ぉおおん。ぉおおん」
 気分の良いものではないが、目をそらすわけにもいかず、ただ奥歯を強く噛み締めた。

 メイに向かってきたエリューションが、味方の攻撃で距離取れたことに安堵の息を漏らす。化け物じみた敵との戦いが初めてというわけではないが、それでもあんなものが近づいてきて平静でばかりなど居られない。
 だから、顔を上げて眼前にそれがあった時は、思わず声がうわずった。
 マネキンの顔。自分の顔になっていく。そっくりな。でも逆さまの。自分の顔が首だけになって逆さ吊りにされている様を見ているという不可解。呆けた頭に、愉悦の混じった言葉が浸透していく。
「役に立たない中途半端どうして選ばれたの何もできなくせに何にもわからないくせに何を目指しているのか何になりたいのかもわからないくせにできることをしているだけ言われたことをしているだけねえねえ意味があるの価値があるのどうしてここにいるの場違いなんじゃないの」
 言うだけ言って、離れていく。本当に、意味がわからない。だが、目尻に浮かんだ涙を隠すべく、俯くくらいしかできなかった。

『肉混じりのメタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)に飛びつき、覆いかぶさった奇怪人形は、大小雑多に生え揃わぬそれらかいなを持って彼女を熱く抱きしめた。熱く、硬く。万力のような愛で。
 エナメル質の腕群れ。その抱擁に肉感の温かみは存在せず、まるで拷問器具に押し込められているような不快感さえ感じる。勿論それに、愛情表現のつもりなどないのだろうけれど。
「悪戯な腕は仕舞われるといいわぁん♪」
 少しでも阻害できればと、大きく身を捩る。がたがた。がたがた。硬いものがぶつかり合う異音。変に静かだ。他の音が聞こえない。ここだけ戦場から切り離されてしまったかのような。がたがた。がたがた。
 気づけば、目の前に自分の顔があった。少しだけ違和感がある。鉄臭くない自分。綺麗な肌をした自分。嗚呼、なんとなくわかっていた。これが出てくるのだろうと。周りの目を気にして、卑屈に上目遣いの古い自分。
「ま、笑い方が気持ち悪いからぁ、ぶっ倒すけどねぇん」

 九十九の位置は、他の仲間より敵からやや遠い。エリューション能力の圏外を考慮しての配置だが、これだけ離れると、味方の掛け声はともかく囁くようなものまね声はまず届かない。
「まあ聞こえない方が良いんでしょうなー。今日のご飯が、おかわりしにくくなってしまいますよ」
 人形に抱擁された味方。視認はできなくとも位置が把握できないわけではない。万が一にも同士討ちは避けるため、狙ってはならぬ場所を味方に告げる。無論、これは敵にも聞こえてしまうだろうが。
 折角だと、戦友の顔を模したそれを狙う。顔以外がこの風体では、まず見間違うことなどなかろうがそれでも目印があってデメリットにはならないだろう。
 着弾。ひび割れ。奇声。知っている顔を撃つという行為はやや気が引ける。笑ったり、泣いたり、歪んだり。それがたくさん。気分の良いものではない。
「その顔は、あなたの様な泥棒に使われる為に有る訳ではないので、没収しますな?」

 自分の弟の顔をしたマネキンに、夜桜は思い切り剣を叩き込んだ。
 吐き気が酷い。この場で胃液を撒き散らし、戦力外となるほど心弱くはないが。それでも、堪えるものがある。弟は、失われた自分の弟はこんな化け物に真似できるようなものではないのだと。言い聞かせ、自身に鞭打って見たけれど。それでも、肉親に刃を向けたストレスは計り知れない。それが零れ久しい相手であれば尚更だった。
 だから余計に、腹も立つ。大切な相手を怪我されたようで、過去を嘲笑われたようで。腹部と喉にある違和感。ひとまずは置いておこう。悲嘆よりも、使命感よりも、今は激情が先立った。憤怒が自分を支えていた。
「後悔させてあげるんだから、人には探られたくないものとかあるもんね」
 再度、武器を叩き込む。ひび割れ。崩壊。怒りは自分の脳を占めているが、それでも戦闘者としての日常がそうさせるのか。状況を判断する意識はどこか冷静だ。
 もう少しだと、予感させる。戦いはいつまでも続かない。

 敵の崩壊が著しい。その感想を抱いたのは、紗夜だけではないだろう。相変わらず、不可解な動作を繰り返し、意図外からの攻撃を繰り出すこのエリューションの現状は把握し易いものではない。しかし。ひび割れ、破損、欠落。ここまでぼろぼろになってしまえば、様相どころの話ではなかった。
 見るからに失われつつある。だがそれはこちらにしても同じことだ。身も心も疲弊している。当然だ。当然だろう。断ち切った、あるいはそのつもりであったとはいえ、こんなものを。
「寂しい辛い寒い焦燥感ここから出なくちゃでも怖い恐ろしい離れられないここは楽だ幸せだでも先がないぬるま湯だ積み上げたものがない築き上げたものがない何も見たくない見られたくないねえほらほら耳を塞ごう塞ごう塞ごう塞ごう―――」
 思わず、苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。これを見せられるのも、見せてしまうのも。
「……いやいや、あの頃は私もまだまだだよね」
 なんて、冗談も言えるけれど。

●共感のない教育者
 もっと欲しい。もっと欲しい。もっともっともっともっと欲しい。誰かで私が満たされる。私というのが誰かは知らないけれど、これを行っている私はええっとなんだっけ欲しいもっと欲しい。嗚呼、私は今喜んでいるのだ。邪魔をしないでくれ。邪魔をしないでくれ。私が幸福であることを誰も邪魔をしないでくれ。

 一際大きい奇声をあげるだとか、誰かの大一撃が決め手になっただとか。そんなわかりやすい最後は一切なく。この奇形人形は突如停止すると砂になって消えていった。
 今までになかった動き。一瞬のフリーズ。それがよもや致命的な刹那になったのではないかと恐々したものの。どうやら本当に、これで最後のようだった。
 今一実感できぬ勝利。達成感よりも、安堵の気持ちが強い。
 念のためと周囲を警戒するが、やはり任務はこれで達成したようだ。だからこうして、まだこの場に残っているのはもう帰らない先人の遺留品がひとつでも見つかればと思ってのこと。せめて、線香のひとつくらいはあげてやりたいものだ。
 今しばらくはそれに専念しよう。心に残ったわだかまり。小さなこの気持ちの悪いものが、こうしているうちに消えてなくなればと思いながら。
 了。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
自身がないほど他が羨ましい。