●アーク傭兵隊、奇跡の遺跡に到る 良い事にせよ、悪い事にせよ、人生には晴天の霹靂がつきものである。 或る日突然、美少女に告白されるような――ちょっと無いファンタジーもそうであるし、宝くじの一等を見事引き当てる事もそうであるし、逆に事故や天災に遭ったり、『神秘何か』に出会ってしまった事で大事な人生設計が狂ってしまうのもそうである。 僅か数年前に産声を上げたアークのリベリスタが日本から遠く離れたこの地を『神秘的事情』で訪れる事になったのも、そういった運命の配剤の一つに違いない。 「……まだ先なのか?」 リベリスタの一人が案内人(ガイド)の男に問い掛ける。 中肉中背の寡黙な男――インド最大のリベリスタ組織である『ガンダーラ』の構成員である彼は背中から声を掛けたアークの面々を振り返り小さく頷く事でこれを肯定した。 アラビア海とベンガル湾に丁度挟まれる形で存在する――ハイデラバードから車で幾ばくかの旅をして来た――この場所は赤道からの距離の関係で冬場でも非常に高い気温を維持している。一年の内で見れば『過ごし易い』時期ではあるのだが、秘境を徒歩で強行すれば自然に噴き出る汗は気候に慣れていないリベリスタ達を辟易させるものだった。 彼等がこの場所を訪れた理由は一つである。 それは勿論の事『海外からの依頼』があったからに違いないのだが、今回に関しては何時もと少し事情が異なるのも確かであった。 (……神秘の眠る遺跡、か。まるで映画みたいじゃないか) 踏破の難しい長旅が苦にならないと言えば嘘になる。 しかしてこの広大な世界がアークに新たな可能性を与えるという――時村沙織が期待した通りの『切っ掛け』は『ヴァチカン』に続き『ガンダーラ』からももたらされたという事になろう。 『ガンダーラ』教主、ラーナ・マーヤは自身等への助力も含め、海外で活躍を続けるアークにこの程、厚い感謝と礼を述べる親書を送付してきたのである。その親書の中には『ガンダーラ』が管理する地域に存在する『遺跡』の調査権限を与えるという内容が含まれていた。無論、この調査権の行使自体はアーク側に委ねられるとされていたが、強力な神秘を内在する可能性の高いとされる遺跡を発掘する事はアーク側の戦力増強という目的と合致するものなのだから渡りに船なのは言うまでも無かった。 かくて、アークはラーナの提案を快諾し、リベリスタ戦力を海外に派遣したという訳である。 「……程無く『ラビリンス』に到達するだろうが……くれぐれも気をつけて欲しい」 これまでの状況に軽く思案を馳せたリベリスタにガイドが一つ釘を刺す。彼の言は予め『ガンダーラ』側から伝えられていた注意事項を指す。 「分かってる。遺跡の中には『神秘的な問題』が存在するって話だろ」 「それから、もう一つ」 「ああ。フィクサードの盗掘団が動いてるって話だな」 リベリスタは軽く苦笑した。確かに『ガンダーラ』の言う『アークへの御礼』は嘘では無いのだろうが、事情を考えれば盗掘に手を焼いた彼等が『同盟組織に恩を売るついでにその処置を任せた』という考え方も出来なくはない。海外の連中というのは利に聡く、一筋縄にはいかないものである。 「もう、着くぞ」 行軍が何時間かを迎えた頃、ガイドの言葉に意識をやれば――リベリスタの視界の中には石造りの巨大遺跡が姿を現していた。『ラビリンス』と通称されるこの遺跡は巨大な地上部分に数十倍する地下スペースを有するまさに迷宮そのものである。 「……キャンプの跡がある。どうも連中懲りずにまた来たらしい」 ガイドが深い溜息を吐いた。 「恐らく先行して中に盗掘団が入ったんだろう。俺はお前達の方の成功を祈っているぞ」 彼の言葉に頷いたリベリスタは胸を張る。 「言われるまでもない。折角のチャンスだ――期待してそこで待ってろよ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月16日(月)22:52 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●組曲I 秘境の奥には人知れず大いなる神秘が深い眠りについている―― 古今東西、冒険小説からハリウッド映画までもが語りに語った王道のシチュエーションである。 子供の頃、秘密基地を作った事があるだろう。見知らぬ土地を『探検』した事もあるかも知れない。 男子なら、男子ならずとも胸踊るその響きには格別のものがあると言えるだろうか。 しかして、現実とは往々にしてフィクションの語る状況よりも重たいものだ。 「神秘遺跡で宝探しとは……面白き事この上ないのじゃがのぅ」 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の台詞は言葉とは裏腹に何処か皮肉な調子を秘めていた。 童女のように見える彼女の――合計十人のリベリスタ一行の視線の先には代わり映えしない石造りの通路がまるで無限のように広がっている。暗中を模索するとはまさにこの事か。パーティが広大な地下遺跡に足を踏み入れて何時間経ったのか。少なくとも『ここ』が『不必要な程に巨大な造りをしている』事を確信したリベリスタ達は軽い苦笑いを浮かべている。 「まぁ……苦労の先に待っているものですから、価値があるとも考えられます」 「未踏の古代遺跡か。いいじゃないの。まさに浪漫だよな」 「遺跡探検。ふふっ、何だかドキドキしますね!」 早々と相当長時間に渡る事になろうダンジョン・アタックを覚悟した雪白 桐(BNE000185)の言葉に『リベリスタ見習い』高橋 禅次郎(BNE003527)と『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が調子を合わせた。 今回、彼等アークのリベリスタ達がはるばる遥かインドを訪れたのは、現地のリベリスタ組織『ガンダーラ』からの呼び声を受けてのものだった。彼等からの今回の状況提供は『遺跡の奥に眠る神秘を探索する』というまさに海外派兵を開始したアークが望んだ思惑通りの内容を持っていた。 「ふむ」 アークは迷宮の探索を許された。しかしそこには問題が無かった訳では無い。 一に問題なのはこの『ラビリンス』そのものが危険な防衛能力を持つ迷宮である事。 二に問題なのは『ラビリンス』にはアークと目的を同じくして奥深き神秘を狙うライバル――フィクサードの盗掘団が姿を見せているという事である。尤もこの場合の『盗掘』の主張はあくまでもこの遺跡を管理していると自認している『ガンダーラ』の言による所ではあるのだろうが…… 「まぁ、流石に海外のリベリスタからの話といった感じじゃろうな」 先刻承知とばかりに言った瑠琵は彼等の持ちかける美味い話を最初から額面通りに受け止める程、素直な性質をしていない。強かで一筋縄ではいかない曲者なのはあちらもアークも同じ事である。生き馬の目を抜く神秘業界で唯のお人よしが大勢力を築く事等難しいのだからそれもむべなるかなといった感。 「でも、何て言うの? 何かこう、レトロゲームの登場人物になった感が! 仲間が複数居るゲームも珍しいけどね」 「うんうん、この『ラビリンス』の目的物が何かは分からないけど…… アタシ個人としては数ある神秘トラップ自体が宝の山に見えてしょうがないよ♪」 それでも「そして高橋さんが唯一の男性……ハーレム系勇者ゲー?」と冗談めいて付け足した『魔性の腐女子』セレア・アレイン(BNE003170)にせよ、如何にも古き迷宮という場所に来れた事それ自体が嬉しくて仕方ないといった表情を見せる『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)にせよ、 「インドです。憧れのインド、ついにやってきました。 私の中のカレー機関がうずうずしています。ガンダーラさのみなさんにはとても宜しくです。ナマステ」 ……そして何より、この『本場』に並々ならぬ情熱を見せる本気の『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)のテンション等は言うまでも無く、リベリスタ達の意気は全く軒昂であると言えた。 この探検の先は未だ全く見えないと言っても過言ではない状況だったが、元より事前の情報で『ラビリンス』の規模を認識していたリベリスタ達は粘り強い長期戦にかかる為の準備を整えている。 準備をして、覚悟を済ませてこの場に立っている以上は――『強敵』も想定の内でしかないと言える。 「寝袋、行動食、飴玉、水、腕時計、それからこれはマッピング……」 アウトドア&サバイバルグッズ、特殊ツール等を十分に持ち込んだのは装備を確認するように呟いた『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)だけでは無い。 「食料も水も十分ですからね。根気勝負にはなるでしょうが……」 『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)が背負うリュックには果物や缶詰といったバリエーションも含めた多くの食料が十二分に用意されていたし、飲料水をいざという時の命綱と考えたフィティ・フローリー(BNE004826)は個々の消費までもを計算した上で管理と携行を提案していた。 「こんなに大きい建物は実際、初めて見た位だからな……」 そのフィティが遺跡に感嘆の声を上げている。地球――より正確に言うならばボトム・チャンネルに比べて狭小なラ・ル・カーナを故郷に持つ彼女が『こんなもの』に対して抱く感想は他のリベリスタ以上のものがあるだろう。 「焦っても仕方ないからねえ。しっかり、頑張ろ」 「早い段階で盗掘団を撃退出来れば話は簡単になるんですけどね」 「何れにせよ、油断無く。探索は入念に進めましょう」 パーティの中でマッパー担当になっている旭、桐、ミリィがそう言うと仲間達は頷いた。 ライバルが居る以上は余り悠長に構えても居られないが、急がば回れという言葉もある。蒸し暑いインドの空気の少ない地下迷宮に潜っている以上、流石のリベリスタ達も環境から受ける消耗は否めない。 一行の行く手を先導し、迷宮踏破の為の斥候となっているのは瑠琵の造り出した式符・影人である。 その後方から進む本隊は前方にその陽菜、瑠琵、桐、旭を並べ、中団に小夜、セレア、ミリィを配し、後方殿に小梢、禅次郎、フィティを置くというものであった。彼等は丁度瑠琵の影人が消える一時間を目安に小休憩を挟む事、四~五回をセットに長めの休憩を意識する事で、現時点では終わりの全く見えない、何時休めなくなるとも知れない探索行のペース配分を用意している。 迷宮は実に広大だ。 先を進む影人は迷路に潜むトラップに『引っ掛かる』事で後続の進軍を助けてはいたが…… (本当に死んだり戦闘不能になるようなトラップじゃない限りは喰らってみたい位だったんだけど……) ……どうも、悪戯の研究に余念が無く、自身のトラップの知識を増やしたいと考えた陽菜の望みは儚くも叶わない現況と言えるようだ。瑠琵の仕事は一時間区切りにはならず、影人は山のようなトラップに何度も破壊されている。彼女も忙しければ、リベリスタ達も気が抜けない。 全ては始まったばかりだが、陰気な迷宮行が簡単に済みそうもないのは殆ど全員の確信になっていた。 ●組曲II 「これで良し……と」 迷宮の壁に禅次郎の白いチョークが印を刻む。 「しかし広いな……まぁ、広い事は分かっていたが」 呆れ半分で溜息を吐いた禅次郎はしかし中々粘り強い男である。 (まずはこの迷宮の『理解』が何より重要だな。常に魔術的な仕掛けや罠の存在は疑うべきだろう) 「探索はチキンなくらいで丁度良い」と言う彼は道中の気になるレリーフやオブジェ等を都度そのカメラに収めていた。 「今度はどっちだ?」 「あっちかしらね」 禅次郎に同じく首からデジカメを提げたセレアが応えた。 無数に枝分かれする迷路の探索にはやはり影人による人海戦術が役に立った。 インスタントチャージを自身で備える瑠琵は自身のみのサイクルでこれを量産する事が出来る。トラップを生じる通路、往復一時間以上に深く枝分かれした道については影人のみで探査する事は不可能だったが、少なくとも行き止まりが近い道に関しては行き止まりを確認させた上で引き返させるという方法で除外出来た点は大きい。尤も知能レベルが然して高くない影人による確認が人の目で行う確認と同程度に確実であるとは言い難いのは確かではあるのだが。 「漁夫の利狙われるのも癪じゃしのぅ……」 「流石に先行しているようですね。彼等を出し抜ける――そう。 例えば『秘密の通路』等見つければ少しは追いつけるのかも知れませんが」 暗い通路を明かりで照らし、ライバルの痕跡を見つけた瑠琵に桐が応えた。 実力派を中心にしたリベリスタ達は流石に粘り強く的確に仕事を進めていた。 『ラビリンス』に彼等が進入して四日弱が経過していたがこれまで脱落した者は居ない。 「備えあれば何とやら……ってね。まだ先は長そうだ」 簡単な換えの衣料も含め、可能な限り士気を低下させない為の『長丁場対策』を用意したフィティの考えは正しかった。 (何時まで続くか……帰り道の計算も難しくなってきた) 眉を顰めたフィティの懸念は至極尤もなものであった。 非常な長時間に及ぶ探索行はある意味でリベリスタ達にとっては単純な戦闘以上の困難を感じさせるものになっている。これまでに幾つか危険な局面があったのは確かだった。 一つのミッションがこれ程長く続く事はアークのこれまでの仕事では例外的でもある。 熱の篭る地下迷宮は蒸し暑い。本日幾度目かの小休止を挟むリベリスタ達にも疲労の色が濃く見える。 「それにしても、あっぶないよね~……ここ!」 手でパタパタと顔を扇いだ陽菜の渋顔は探索を妨害するトラップが『洒落にならない仕組み』を多数備えていた事に起因する。 影人の見落とした――と言うより『影人の存在を意識した上で造られたであろう』生命反応のみを識別して放たれた神秘の矢を放つ到死性トラップは直死嗅ぎで迫る危険を予期した陽菜の警告(ファインプレイ)で辛うじてやり過ごす事に成功していた。 リベリスタの直観で防げた部分も大きいが、全て見破れるならば最初から苦労は無い。 それでもテンションが落ちない所が流石だが、これには探検隊のムードメーカー・陽菜も若干ご立腹である。 「殺しに来てるって言うか。悪戯はもっと楽しく!」 「……何て言うか、簡単にはクリアさせてくれない感じだねえ」 悪戯かどうかは兎も角、その点にはどうしても一言ある陽菜に息を呑んだ旭がコクコクと頷いた。 (半端な実力の革醒者にとっては特に)致死性トラップの存在もさる事ながら、例えばもう一つ。床部分で突如発動されたランダムワープによるパーティの離散等はかなり悪辣な効果と言えただろう。その危機は表情を引き締めた旭や桐、ミリィといったマッパーの存在、これまた合流に役割を果たした瑠琵の式符が功を奏したものの、そんな事態が度々起きれば探索のスピード自体が落ちてしまうのは止むを得ない所がある。 「壁にしかならないのがアレですけども」 暗視スコープを外して一息を吐いた小梢が嘆息する。 意地が悪かったと言えば『一行が行き過ぎた後』に発動されたトラップは極め付け。 殿に彼女のような頑強なリベリスタを配置したのは行軍の妙手と言える部分だった。 「きっと背後から大岩とか転がってくるんだぜ……ってヘンな所で律儀な遺跡です」 何処かの映画で見たような光景だが何かの金属で出来た球体が一行を押し潰しかけた時は流石のリベリスタ達も肝が冷えた。まさに身を挺してこの危機的な状況を食い止めた彼女の眼鏡にはヒビが入っている。 「せめて、中程までは進んでいるとは信じたい所ですが」 パーティの体力を回復する支援役の小夜が呟いた。 (今後も何が起きるか全く分かりませんからね……) 日常から切り離された空間は驚きの連続。パーティの本格的休息も既出に三度を数えているが、見張り役の必要も含め、この状況では完全な余力の回復は望めない。息吐く暇も無い、或いは暇があっても次から次へと何かが起きる『ラビリンス』はリベリスタ側の体力、気力その双方を消耗させる空間であった。それだけに結果的に踏破を急ぎ過ぎず、確実に地歩を固めてきたリベリスタ達の動きは悪いものとは言えなかったのだが。 「……それにしても難しい状況になってきました」 ミリィはその柳眉を寄せて小さく唸る。 このミリィは『ラビリンス』のトラップを発見する都度、サイレントメモリー等も利用してトラップの所在や発動条件等を可能な範囲で探査し、マップに書き入れてはいるのだが…… 「信じられない位の高等技術ね。まるでこの遺跡そのものが『巨大なアーティファクト』みたいなもの」 高い魔術知識を有するセレアの言葉は状況を全く正鵠に射抜くものだった。 『何らかの神秘で制御されている』ラビリンス内の障害は一度の発動でその脅威を使い切るような造りをしていない。ミリィが記したマップには罠の所在と発動条件、内容等が記録されているが『これが本格的に功を奏するのは二度目以降のアタック』になろう。 「つまる所、この迷宮は自然修復する。トラップを破壊しても、その効果を発動させても。 まだ出会って無いけど……ひょっとしたら扉やガーディアンも同じかも知れないわ。 どういう『やり方』かは知らないけど、古代のリベリスタっていう連中も大概、深淵の住人だわね。 そりゃ捨て置かれる訳だわ。あたし達だって一端の実力の心算だけど、ね。実際、簡単じゃないんだもの」 「はい。そこで問題が生じます」 情報は積極的に共有しなければ取得した意味が薄い。 推測も混ざるが『ガンダーラがラビリンスを譲った』理由までもをフォローしたセレアの分析にミリィが頷いた。 盗掘団が『ラビリンス』の踏破を狙ったのはこれが初めてでは無い。執拗にこの場所を狙う彼等はこれまでの数回の失敗から今のリベリスタ達と同じようなマップを所有している可能性は高いと言えるだろう。即ち彼等は過去にどれ位の深度まで到達したかどうかはさて置いても、比較的スムーズに奥に向けて進軍していると考えるべきなのである。 「厄介な話だわ。まぁ、魔術ってそういうものだけどね」 「……確かに考えても仕方ありませんね」 セレアとのやり取りに小さく漏らしたミリィは時間を確認し、小休止の終わりを告げる。 「時間です。先へ進みましょう」 再び『ラビリンス』を進み始めたリベリスタ達。 彼等の進軍が暫しの時間を数えた時、行く手の右側に広い部屋が現れた。 「財宝、ですね」 小梢はポツリと呟いた後で言葉を足す。 「そんなものより私はカレーが食べたい。辛いのでもそうでもないのでも、本格的でも違っても。 兎に角、お腹一杯カレーが食べたい!」 広い部屋には何故か埃一つ落ちてはおらず、中央には彼女の言った通りの財宝が積み上げられている。 「これみよがしじゃのぅ……」 「よく映画とかで見るシーンだけど……取ったら絶対何か起こるよねコレ」 「罠……でしょうね」 呆れたように言った瑠琵に陽菜と小夜が極々自然な感想を漏らした。 確かに探索者を誘う財宝の輝きは実に煌びやかである。しかし、逆を言えば――『恐らくだが、盗掘団もこういった箇所を通過している以上は』…… 「罠だな。基本無視を薦めたい」 「……罠、ですよねぇ」 キッパリとした調子で言い切った禅次郎に再び小夜が頷いた。 少なくとも相応には欲深であろうフィクサードがそれを前に『結果的に手をつけていない』事が証左になる。 一度失敗したからなのか、今回何かが起きたからなのかはリベリスタ側の知る由では無いが…… 「財宝には触れない方がいいとおもう!」 「……ま、一応調査だけはしておくかぇ」 この部屋が『ラビリンス』自体を崩壊させるような意味を持っているとは考え難い。 旭の言に「然り」と頷いた瑠琵が『念の為』今回の仕事で何度目になるか分からない影人を紡ぎ出す。揺らめく影の式神は財宝の部屋の中央に向かい、中央近辺で天井から降った『緑色の何か』に飲まれて溶けた。 『緑色の何か』は映像の逆戻しのように一瞬で天井に姿を消している。 「……うん、放置して進もう」 「賛成」 「右に同じく」 頷いたセレアに禅次郎が応じた。 「もう関わりにならない方がいい」 フィティの結論に何かを言うリベリスタが居る筈も無い。 欲深き人は破滅せよ。 「単純ですが……きっと『効果的』だったんでしょうね……」 ミリィの呟きが通路に響く。 古典的な罠だが恐らくは――これも一定の成果を上げて『ラビリンス』踏破を阻んできた事だろう。 ●組曲III リベリスタ達の迷宮行は更なる時間の経過を数えた。 盗掘団の後を追うように『ラビリンス』を進むパーティは徐々に敵に追いつきつつある事を実感していた。 内部に残る痕跡が新しくなってきたのは彼等にとっての朗報であった。 俄然気力を取り戻すリベリスタ達ではあったが…… 紆余曲折、多くの苦労を経て到達した広場で彼等を出迎えたのは迷宮の守護者達だった。 「数が多いわね……ッ! ああ、その調子じゃやっぱり話なんて通じない系?」 守護者が『話の出来る』相手ならば戦いも回避出来るかも知れないと踏んだセレアだったが、それが無数にも思える機械の虫達であった時――彼女は直感的にそれを諦めたものだ。 『ラビリンス』の中でも最も広々とした空間は戦闘に十分なスペースを持っていた。 虫達の蔓延る広場の奥には黄金の大扉の姿が見える。 「突破するしかありません――」 行く手はハッキリしており、どうしなければいけないかはほぼ確定的に分かり切っていた。 「――さぁ、戦場を奏でましょう」 ミリィの素晴らしい指揮を受け、リベリスタパーティが動き出す。 彼女がちらりと確認した広場の床にはまだ新しい血痕が残されている。『ラビリンス自体が自己修復するアーティファクトである』というセレアの分析が正しければ扉が無事でも盗掘団はここを突破した可能性が高い。 「――今、何か聞こえた!」 声を上げた旭の目が大きく見開かれている。 大扉の向こう側で男の低い声を聞き取ったのは彼女の優れに優れた聴覚の為せる技だった。 ミリィが先制とばかりに投げた閃光の塊に機虫が硬直し、その動きを減じている。 「――がんばる!」 スピードを増した旭が勢い良く広場の中央に飛び込んだ。キチキチと金属の顎を鳴らして威嚇の動きを見せた機虫達を炎を抱いた少女の腕の一振りが凄絶に薙ぎ払う。 「いよいよ、大詰めですかね」 「一気に行こうか」 ほぼ同時に前線にその身を躍らせた桐が戦気を纏い前衛を構築し、スピードを引き上げたフィティもそれに続く。陽菜は敵陣を焼き払う最大火力(インドラの矢)の為に弓手の能力を最大限まで高めている。 「そうと決まったら壊すわよ!」 「――前座に時間を掛けている暇も無い故、な?」 セレアの魔術が敵を薙ぎ、瑠琵の術式が連携良くこれを破壊した。 僅かな攻防から結論。敵は外見の通り一級のリベリスタにとっては個々の戦闘能力は大した事は無い。 一方でギチギチと独特の音を奏でる機虫達はリベリスタ達を包囲するように動き、次々と彼等に襲い掛かってきた。その数の方は脅威足り得る――大きな問題と呼べるだろうか。 「ここが仕事場ですね」 パーティの要になる回復役の小夜を小梢がガッチリとガードした。 彼女のダイヤモンドのように頑強なカレー皿は機械の顎さえものともしない。 高い防御技術の裏打ちする彼女の装甲は集中攻撃にも簡単に揺らぐものではない。 「纏めて――倒す!」 周囲に展開した多数の敵を禅次郎の業物の放つ常闇――漆黒のオーラ、夜の畏怖が貫いた。 「しっかりして下さい――!」 数に任せた敵側の猛攻に晒され、激しく血を流す味方を小夜の賦活の力が勇気付けた。 聖神の奇跡を顕現する彼女の渾身にリベリスタ達は体力と勢いを取り戻す。 「――――ッ!」 気合を一声、唸りを上げた桐のまんぼう君が目前の敵を粉々に吹き飛ばす。 「燃えちゃえ!」 陽菜の構えたサジタリアスブレードの放った赤い火線が敵陣の中央で爆裂し赤い炎を撒き散らした。 やはり戦わせれば各々それ相応のリベリスタである。敵ガーディアンの勢いは緒戦より幾ばくもしない内に減じつつある。 「余り時間を掛ける訳にはいきませんからね」 「そういう事! ドンドン行かせて貰うわよ!」 ミリィの言葉に景気の良い返事を返したのは手にした碧の本に魔力を宿すセレアである。 「それは名案だ。私も――そうする事にしよう」 青く長い髪が戦場に靡いた。 宙へ鮮やかに跳躍したフィティの槍があくまで優美に敵を貫く。 ●組曲IV 「大扉にはインドだけにインドラで攻撃!」 陽菜の放った火炎の余波が炸裂する。 「……軽いジョークだよ! やめて! そんなに白けないで!?」 激戦を突破したリベリスタ達は続け様に持てる攻撃力の全てを注ぐ事で黄金の扉を破壊する事に成功していた。 彼等の消耗はこの時点で相応のものになっていたが、盗掘団が間近に迫る現状で悠々と時間を使っている暇は無い。 大扉の先には長い長い回廊が伸びていた。 一本道となった回廊を延々と進んだその先には先の広場よりは手狭な十メートル四方程の『空間』が存在していた。 大詰めを思わせる空間は意匠の彫刻で飾られている。 「いよいよ最後か」 呟いた禅次郎に若干の緊張の色が見えた。 『ガンダーラ』からの情報で提示されていた情報――『試練』の最後。リドルを与えるのが目の前の壁の上部に存在する厳しい老人のレリーフである事はリベリスタならずとも分かる事だった。 「流石に緊張しますね……」 小夜の言葉に仲間達は頷いた。 リベリスタならば見過ごす筈も無い強烈な魔力はそこを中心に渦巻いている。 ――我、汝等に問い掛けん―― しわがれた声が頭の中に響いてくる。 威厳と畏怖を秘めたその声は魂を震わせるような濃密な魔性を秘めていた。 ――我、汝等に問い掛けん―― 二度、言葉を繰り返した『老人』はやがてリベリスタ達にこう告げる。 ――汝、真なる平穏を、幸福を欲するか? 問い掛けにリベリスタ達は顔を見合わせた。 (まずは沈黙を答えとしようか、『ラビリンス』――) 瑠琵の目が細められている。 多くの伝説、逸話にも語られるリドルには答えがあって無いが如し場合も多い。 (語り得ぬものについては、沈黙しなければならない」だったか……ちょっと意味が違うかもしれないが) 禅次郎も又、目の前の神秘に注意を注ぐ。成る程、大抵の伝承においてはリドルに正確に答えを返せば栄光が、間違った答えを返せば相応の報いが与えられるのだから慎重にもなる。 彼女等を含めたリベリスタ・パーティはかの問い掛けにまず『沈黙』を答えにする事を考え付いた。 答えを返さぬ以上、話の進展が無い以上は――これは『間違い』でも救われる回答だからだ。尤も、問い掛ける『老人』が沈黙を無回答と看做す偏屈である可能性はゼロとは言えないのだが。 ――汝等、真なる平穏を、幸福を欲するか? 果たして『老人』は二度目の問いをパーティへ向けた。 沈黙は回答足り得ず、また沈黙が不正解とされる事も無かったのだ。 「成る程、どうしても答えを欲するかえ」 瑠琵の言葉に『老人』は答えない。 リベリスタ達はそれぞれに答えを持っていた。 「沈黙が答えとならないのでしたらば――YES」 まず、桐が口を開いた。 「真なる平穏とかこわすぐる。どうしてもって言うならNOですね」 次に答えを返したのは小梢。 「では私は――YESを」 「私はNOだね」 「……YESで」 続いて小夜が、陽菜が、たっぷり粘った後変化が無い事を確認した禅次郎が続く。 「じゃあ、あたしはNOで」 「YESかな」 バランスを見たセレアとフィティが回答した時点でYESが四人、NOが三人。 残る瑠琵、ミリィ、旭の三人は状況を確認して頷き合った。 「YESじゃ」 「そういう事ならばNOでお願いします」 「欲張らず、平穏半分、不穏半分。幸福半分、不幸せ半分。それくらいがちょうどいいよ――だからわたしはNO!」 パーティが二度目にセレクトしたのはYESとNOが同一数になる『引き分け』の回答だった。 (これで道が開けば――) 期待を込めるミリィの視界の中、厳しい老人のレリーフのその表情が少しずつ変わっていく。 口元を引き上げた『彼』の声が再びリベリスタ達の頭の芯を揺らしていた。 ――平穏を欲す者、力を求めるは唯只管の不幸也。 また、平穏を乱す者、その力を得るに能わじ。 混沌の海にたゆたう人の子よ、誰にも答え無き故に汝等――化物ならぬ迷い惑いし人の子よ。 終わりの守護に挑み、見事『褒章』を勝ち得たならば――賢者の光は汝等の手にこそ落ちん。 終わりの守護。褒章。賢者の光。 言葉を最後まで聞くより先にフッとリベリスタ達の意識は遠のいた。 それでも彼等は疑問と同時に――『これが終わりではない事』を確信する。 浮遊感にも落下感にも似た超感覚は――虚空に落ちる彼等を最後の試練の場所へと吸い込んでいく。 最後の扉は今、開かれたのだ。 フィクサードは最後の扉を開けたのか。扉の先に待つモノは何か。 果たして最後に彼等が掴むのは――栄光か、それとも挫折なのか――? 答えは大いなる『ラビリンス』だけが知っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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