● 「誠に、誠に、誠に誠に誠に誠に、無念では御座いますが一二三様、此れが現時点での私の最高傑作にございます」 恭しく差し出す其れが破界器製作者の梅芳・愚老にとって最高傑作である事は真実だ。 裏野部一二三の手に渡ったその破界器、八雷珠は古い時代の貴重な宝物を素材に、愚老が持てる技術の粋を注ぎ込んで創り上げた。 強力な力と堅牢さを誇る珠玉の品。 けれど例え其の出来栄えにどれ程の自負があろうとも、愚老の無念が晴れることは決してない。 何故なら八雷珠は愚老の破界器作成理念から言えば未だ未完成の品であるから。 どんなに強力な力を秘めていようが、発動させねば単なるガラクタに他ならぬ。 八雷珠の抱えた欠点。其れは発動の為に莫大なエネルギーを必要とする事。 げに憎むべきはアークである。この国を覆う奴等の目さえなければ、儀式陣で地脈の力を集めて発動させる手も使えたものを。 広範囲に影響及ぶ儀式陣を敷けば先ず間違いなくアークの探知の目に引っ掛かるだろう。 そして其れから地脈の力を貯蓄する間中アークの攻勢が続けば、凌ぎ切るのはあまりに困難だ。 組織されて高々数年のアークに裏野部の行動が脅かされる等、2~3年前なら失笑物の冗談に過ぎなかったのだけれど……。 「充分だぜ。なァ愚老、寧ろ此れがらしいやり方じゃねェか」 八雷珠を握り締めた一二三の唇が笑みの形に歪む。 時間をかける手段が使えぬのなら、身を削るより他無いだろう。 動力ならば此処にある。溜め込んだエネルギーで言えば他の追随を許さぬ裏野部一二三と言う名の動力が。 「一 二 三 四 五 六 七 八 九十、布留部 由良由良止 布留部」 ひと ふた み よ いつ む なな や ここのたり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ。 一二三の口から紡がれる言霊に扉は開く。 溢れ出した負の想念を吸い、八雷珠が暗い光を放ち出す。 そう、確かに一二三の溜め込んだ負の想念を動力とすれば八雷珠は動くだろう。 だが一二三にとっての負の想念は力の源泉だ。其れを放出する事はそのまま彼の弱体化に直結する。 一二三に、裏野部にとっても其れは賭けだった。 けれどそれでも成さねばならない。 七派のバランスはこの国の裏世界に長い膠着状態を生み出した。 何処かが何処かと争えば、別の何処かが其の背を突く。 信では無く疑心故の繋がりが七派協定。互いに信じ合わぬフィクサード達は疑心故に動けない。 最大手である逆凪は、最大手であるが故に他が協調して攻めて来る可能性は常に考えていただろうし、一二三は……、例えば黄泉ヶ辻を何処かが攻めれば間違いなく其の背後を突いただろう。 他から目障りに思われるのは裏野部とて同様であろうから。 逆はどう動くか読み切れないが、黄泉ヶ辻は一二三が想像もしない、誰にとっても最悪の一手を打って来る事だけは間違いないだろう。 穏健派である三尋木とてバランスが崩れれば何時まで其の皮を被っているかは知れた物では無い。 一番裏表が無いのは剣林だが、奴等とて決して馬鹿ではないし、武力を振るう機会を見逃す事も無い筈だ。 六道も不気味だ。動く動機が他とは全く違い読めぬから。利や欲なら兎も角、我道の為に動く奴等は何処までも計り知れない。 恐山に至っては言うに及ばず。 要するに核ミサイルのボタンと似た様な物だ。一度押せば全てが連鎖して崩壊を始める。だから誰にも押せやしなかった。 アークと言う存在が出現するまでは。 「ハグレの長よ、見事成り。我等の一族が開放されし暁には、望みし宝の譲渡と助力は約定どおりに」 動く時は訪れた。力が必要なのだ。 もうバランスの破綻は明確に見えていた。ならば真っ先に動くべきは自分達だ。 略奪対象はこの国の全て。天孫降臨に繋がる物部氏の過去からの因縁でなく、裏野部一二三個人が欲したからこそ、彼は王を……、否、神を目指す。 この国の全てを思うが儘に創り直す。 八雷珠が黒雲を産む。黒雲は広がり天を覆う。 竜が渦巻き神は鳴る。天の災厄は、この国では滅多と見れぬスーパーセルと呼ばれる其れに成長していく。 「さァて、生まれたばかりでもオマエは確かにオレの息子だ。ヤクサイカヅチノカミ、精々名に恥じぬ大暴れを見せてくれよ」 ● 「さて諸君、急を要する任務だ」 溜息を一つ吐き、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が手元のスイッチを押す。 正面モニターに光が灯り映し出されたのは……、『過激派』裏野部が首領、裏野部一二三の姿だ。 「近頃裏野部が常と異なる動きをしている事は、諸君等の中にも既に知っている者が居ると思う」 封印されていた筈の古い時代のアザーバイド、まつろわぬ民を引き連れた裏野部が起こした複数の事件。 革醒者の女性を攫い、或いは古い血を引く村を焼き。 「今まではその真の狙いを掴みかねていたが、今回掴んだ裏野部の大きな動きが恐らく其の答えなのだろう」 モニターの一二三の姿の横に、日本地図が浮かび上がる。 其の中でも、岐阜県、京都府、大阪府、四国全域に、そして奈良県で光が点滅していた。 「……ところで諸君はスーパーセルと言う単語を知っているだろうか?」 其れは一言で言うならば雷雲だ。けれどこの国の人間が想像するそれとは規模が全く掛け離れた、とある国ではスーパーセルに備えたシェルターすら存在する程の人の営みを破壊する災厄である。 そして無論、このタイミングで切り出す以上裏野部の狙いとスーパーセルは無関係では無い。 「裏野部は奈良県の裏野部一二三を中心とし、他4つの地域に配した部下と儀式を行い、神秘の力秘めた超巨大雷雲で各地の封印を一斉に破壊する事を目論んでいると推察される」 モニターの奈良県の上に巨大な渦が発生し、4つの光の点滅に呼応するかの如く成長し、各地を飲み込んでいく。 とある事件で知れた事だが、裏野部に協力するまつろわぬ民は己が一族の解放を目的としていた。 「だが裏野部にはどうやら更にもう一つの狙いがあるようだ。諸君等には其れを阻止して貰いたい」 資料 裏野部が陣取るは奈良県のある山中。 奴等の発生させたスーパーセルは、岐阜県、京都府、大阪府、四国の4箇所中2箇所以上の儀式成功で、この地に封じられたまつろわぬ民、土隠の封印を破壊可能な規模に成長すると推察される。 だが奈良県では其れと同時に成長し、封印を破壊した後のスーパーセルをE化する為の、革醒者の女性を用いた生贄儀式が同時に進行中である。 この儀式が成った場合、裏野部はまつろわぬ民の協力の他にも大きな戦力、或いは強力な爆弾を入手する事になるだろう。 儀式の場へは時間と周辺警備の厚さの問題で下部からの突入のみが可能となる。 下部には裏野部重率いる守備隊が居り、道を塞いでいるだろう。 其の先の中部にはまつろわぬ民が配されており、更に先の上部には祭壇がある。 祭壇には生贄にされる女性と護衛を連れたマンドラゴラが居り、女性達はマンドラゴラにより行動を支配されている模様。 最上部には裏野部一二三とウィウが居る。 8人の女性が祭壇内でそれぞれ頭、胸、腹、陰部、左手、右手、左足、右足の傷で死亡した場合に儀式は完全な形で完成すると推察される。 下部の守備隊 フィクサード1:『裏野部の忌み子』裏野部・重 裏野部一二三の息子。年の頃は10を幾つか過ぎたばかりの少年。ジーニアスのソードミラージュ。 所持武器は『刃金』。所持EXで判明している物は2つ『コル・セルペンティス』と『忌み子』。 『刃金』 7つ武器と呼ばれる強力な武器の一つで、柄に赤い賢者の石がはめ込まれている。 この武器を用いての攻撃は、対象の物防を無視し、更にその物防の値をダメージに追加する。 『コル・セルペンティス』 蛇の心臓を意味する蛇殺しの技。目にも止まらぬ高速移動で敵の背後に回り込み、急所への一撃を突き入れる。遠、失血、必殺、致命。 『忌み子』EXP フィクサード2:『爆轟』焔硝 爆破を心より愛する裏野部フィクサード。ジョブはプロアデプト。 所持EXは『爆轟』。所持アーティファクトは『連鎖爆破』。 『爆轟』 触れた手の平から爆発する思考を注ぎ込み、対象と其の周囲を爆殺する。衝撃波が発生する程の速度で燃焼を起こす為、威力が高い。近範、業炎、弱点、必殺。 『連鎖爆破』 左右一対の手袋型アーティファクト。EXスキル『爆轟』の発動の後、逆手でもう一度、連続して『爆轟』の発動が可能。(つまり2回攻撃) 他、クロスイージス1、ホーリーメイガス1、スターサジタリー1、マグメイガス1が配置。 中部のまつろわぬ民 アザーバイド1:土隠の界顎 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種、土隠(つちごもり)の1人で実力者。この国では絶滅したとされる狼の皮を頭に被る。 面接着に似た力を持ちます。また糸により敵を捕縛し、捕まえた獲物を引き寄せる事が出来ます。 毒、肉体を変形させて作った顎門で挟み潰すなどの攻撃も行ないます。 アザーバイド2:両面宿儺の飛凶 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種、両面宿儺(りょうめんすくな)の1人?で実力者。2つの頭に4本の腕、4本の足を持つ。 力が強く、更に身軽で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いる。左右の頭部はそれぞれ別の人格が宿る模様。 ハイバランサーに似た力と再生能力を持ちます。また常時2回行動で、其の状態での戦闘に熟練しています。 上部の祭壇 フィクサード1:『マンドラゴラ』歪螺・屡 絞首刑になった男の精液から生じる植物の名前を称号に持つ20代後半の男。其の言葉は甘い毒。 ジョブはマグメイガス。所持EXは『マンドラゴラの悲鳴』と『マンドラゴラの雫』。所持アーティファクトは『虚弱の指輪』と『愚者の鎖』。 『マンドラゴラの悲鳴』 聞けば死に至ると言われるマンドラゴラの悲鳴。神遠全、麻痺、崩壊、Mアタック。 『マンドラゴラの雫』 麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬として用いられたとも言われるマンドラゴラの癒し。神遠単、HP回復、物神攻上昇。 『虚弱の指輪』 このアーティファクト所持者を除く、アーティファクト所持者の近接範囲に入った者は、虚弱の付与を受ける。 『愚者の鎖』 このアーティファクトは『愚者の首輪』の対となり、自らの意思で『愚者の首輪』を嵌めた者は『愚者の鎖』所持者が下した命令に背けない。ただし命令実行中は『愚者の鎖』の所持者も行動に一定の制限を受ける。 フィクサード2:花見月・燦 歪螺の配下の裏野部派フィクサード。ジョブは覇界闘士。3月3日、ひな祭り生まれ。 10代後半の女。夢見がちな薬漬け。元リベリスタ。 マンドラゴラの配下。 フィクサード3:写月・遠 歪螺の配下の裏野部派フィクサード。ジョブはクリミナルスタア。5月10日生まれ。 30代前半の男。地味なベテラン。元リベリスタ。所持EXは『遠い月を写す瞳』(テラーテロールを極限まで鍛え上げた技)。 マンドラゴラの配下。 フィクサード4:万愚・節 歪螺の配下の裏野部派フィクサード。ジョブはナイトクリーク。4月1日、エイプリルフール生まれ。 30代前半の男。好色な道化師。 マンドラゴラの配下。 8人の生贄予定の女性と、4人の予備。全員が『愚者の首輪』を自らの意思で嵌め、自害用の短剣を握っている。 最上部 フィクサード1:裏野部一二三 裏野部首領にして、この国で最も凶悪と言われる男。 顔に彫られた刺青は『凶鬼の相』と言う名のアーティファクトで、怒りや恐怖等の負の想念を吸収して蓄え、一二三の力に変える。 所持EXは『布瑠の言』。 現在弱体化中で、其の力は6割ほどまで落ち込んでいる。 武器として拳銃を一丁所持。 その他に八雷珠を所持。裏野部一二三の死亡か、非常に頑丈ではあるが八雷珠の破壊でスーパーセルは消滅する。 フィクサード2:『夜駆け』ウィウ 裏野部首領に仕える暗殺者のフィクサード。ジョブはナイトクリーク。 所持EXは『灼熱の砂嵐』『歪夜を駆ける』『物部』、所持アーティファクトは『影潜りの腕輪』。気配遮断や物質透過を所持している事も判明。 『灼熱の砂嵐』コピー品。敵全体に業炎と麻痺効果付きの強力な攻撃。 『歪夜を駆ける』不明。 『物部』EXP。 『影潜りの腕輪』1ターンに1度EPを消費する事で影に潜って攻撃を完全に回避する事が可能。 「敵は数が多く、強力だ」 逆貫は眉間に皺を寄せ……、言葉を吐く。 裏野部も今回の作戦には本気なのだろう。えりすぐりを搔き集め、更にはまつろわぬ民と呼ばれる封印されたアザーバイド達と手を結んでいる。 けれどそれでも本来ならば、如何に敵が強くとも所詮戦争と呼ぶには程遠い規模。アークが本腰を入れて対処すれば問題のない対処が可能な敵戦力だろう。 ……だが今回はその対処の為の時間が圧倒的に足りない。 火急に編成したメンバーに、すぐさま動ける精鋭に、危険を顧みず飛び込めと言うより他に無いのだ。 「だが儀式が完全な形で発動すれば奴等は強力なカードを手にするだろう」 例えどれ程危険でも、例えどれ程成功がおぼつかなかろうと、少しでも敵を削り、少しでも阻害し、より被害を抑える為に動かざるえない。 「諸君等の健闘を祈る」 その先が死地であろうとも。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月29日(日)22:48 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「―――ッ」 身の内から更に力の流れ落ちる感覚に、裏野部一二三は眉を顰める。 空を意識を凝らせば、雷雲は北に、そして西に大きく広がった事が感じられた。 「飛騨に大阪は失敗かよ。四方津のジジイが行ってダメなら、そりゃあ奴等が余程上手だったんだろうさ」 四方津義家、裏野部内でも大御所と呼ばれる彼を引っ張り出した岐阜県北部、飛騨の儀式は、今回の作戦の遠隔地の中でも一二三が最も重要視していたポイントだ。 そこを陥落させたとあれば、もうこれはアークを褒めるより他に無い。 次に大阪、此処は以前一二三が壊し損ねた地であったからこそ選んだのだが、送り込んだ鏡面は……、どうやら繋げた筈のラインが途切れた以上、その心臓は止められてしまったのだろう。 毒気こそは少なく物足りなかったが、それでも犬っころの様に良く働いた鏡面を、一二三は記憶から消去する。 どれほど忠義を尽くそうと、最後までついて来れぬのであれば何の意味もない。 矢張りアークは手強かった。割いた戦力は思った以上に削られた。 けれどもそれでも、 「良い風だ。賭けはオレの勝ちだぜアークよ」 香我美にルイ、四国と京都、二つの霊地に送り込んだ部下達はどうやら良くやってくれたようだ。 調教済みの香我美に、性悪のルイ、タイプは違うが程好い歪みを抱えた二人は、共に刻んだ刺青を我が物としたのだろう。 四国のアザーバイド達を吸収し、守護の要たる京都にダメージを与えられたならば首尾は上々だ。 既に儀式を遂行する為の必要条件は満たされた。降り注ぐ天の怒槌はほどなく古の封印を砕く。 「さて、そろそろこっちも始めるとしようじゃねェか」 体に纏わり付く気だるさを振り払わんと言葉を吐く。 此れほどまでに力が落ち込んだのは一体何時振りだろうか。 しかし時は満ちた。アークは恐らく此処へも人員を送り込んで来るだろう。 この国に破壊を、血を、死を。決死の覚悟で飛び込んでくる彼等に絶望を。 裏野部が七派の一つに数えられるのも今日までだ。 「一 二 三 四 五 六 七 八 九十、布留部 由良由良止 布留部」 ひと ふた み よ いつ む なな や ここのたり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ。 精々派手に行くとしよう。 握り締めた刃が瞳に映る。雷鳴に光る空に翳されるは八本の短剣。 抗えない。逆らえない。彼女達は自ら首輪を受け入れたから、鎖を握る男、マンドラゴラの言葉に彼女等の身体は意思とは関わりなく自傷行為を開始した。 立ち上がれない右足に、剥き出しになった左足に、戦う力を失った右腕に、薬指には指輪の付いた左腕に、秘めやかな陰部に、柔らかな腹部に、豊かな胸部に、次々に短剣が突き刺さる。 切り裂く様な悲鳴が辺りに響く。 彼女達の一人、夜須・瞳は、彼女等に比べれば未だ幸運だった自分に、絶望と、恐怖と、申し訳なさに涙を流す己の眼窩に、短剣をずぶりと刺し入れた。 ● 女性達の悲鳴が響いたその時、遥か下方、儀式場の入り口にアークのリベリスタ達が姿を見せる。 叩きつけるダウンバースト、強い雨風にも怯む事無く、彼等の動きは迅速だった。 「御機嫌よう、裏野部の君」 アークのリベリスタの到着を知っていたかの、待っていたかように立ちはだかる裏野部フィクサード達に、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の唇が言葉を紡ぐ。 まるでそれは熟達の指揮者が演奏前に静かに指揮棒を構えるかの如く厳かに。 「早速で申し訳ありませんが押し通らせていただきます。――任務開始」 ミリィの振り下ろしたタクト、果て無き理想が戦いの幕を切って落とす。 リベリスタ達の身に力が宿る。ミリィが仲間の身に施した技の名はクェーサードクトリン。世界の敵への圧倒的な執念を持って神秘界隈にその名を知られたクェーサーの名を冠する勝利への渇望。 滾る力に、もう一枚の札が重ねられた。風を引き裂き前進し、『爆轟』焔硝の眼前に立ちはだかった『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の初手は、敵への攻撃ではなく仲間に加護を重ねるラグナロク。 先程のクェーサードクトリンが攻撃の為の力を与える術だとすれば、快の放ったラグナロクは継戦能力を与える技だ。 快にこの技は似合っていた。 終末の戦いの名を冠するその輝かしさがでは無く、継戦時間を引き延ばし、地味に敵に出血を強いるその泥臭さが、新田快と言うクレバーな男には良く似合う。 2種類の異なる力の加護を受け、咆哮をあげるは『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)。快の隣に並ぶ彼の瞳に宿るは強い怒り。 理不尽を強いる裏野部と言う名の悪に対して、そしてその悪から弱きを救えなかった自分の無力に対して、彼の怒りは強く燃える。 風斗は折れぬ剣である。けれど折れぬだけでは駄目なのだ。振るい、届かぬ剣に価値は無い。 滾る激情を闘気に変えて、風斗が身に纏うはジャガーノート。 並みのフィクサード集団であれば此れを目の当りにしただけで士気の瓦解しかねないアークリベリスタ達の力の解放。 けれど今リベリスタ達の眼前に雁首揃えたるは、並みのフィクサード等では決して無い。 主流七派が一つにしてその中でも危険度は1、2を争うと言われる『過激派』裏野部。仮にも首領の見る戦場に立つ事が適う彼等は、この程度では怯みもしない。 裏野部フィクサード達に叩き付けられるは2重の弾幕。 刃を振り翳した青年、『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)と、スカートの裾を摘み、ほんの僅かに持ち上げた少女、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)、2人の力が生み出した無数の弾丸、ハニーコムガトリングが牙を剥く。 蜂の襲撃が如き弾丸の雨は物理的な圧力として裏野部フィクサード達の頭を抑える。そして更に、フィクサード達にとっては不幸な事に、少女は、糾華はいとも容易く幸運を味方につける。 避ける余地無く勢いを増す弾丸は、今吹き荒れる豪雨に勝るとも劣らない。 リベリスタ達の狙いが焔硝である事を察した裏野部クロスイージスが、上役である彼を庇う為に前に出んとするが、けれどその前に立ちはだかるのはロシヤーネ、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)。 その表情に揺ぎ無く、その目的は唯只管に任務の遂行。 以前焔硝の手で殺されかけたウラジミールだが、それでも彼はその事を表情の片隅にすら浮かべない。 雨も風も貫いて、敵を捉えるは武術の真髄、闘士の武技。焔硝の体を打ち据えたのは、拳も蹴りも届かぬ筈の距離から放たれた『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の虚ロ仇花だ。 咲いた血の仇花は、雨に流され消え行くも、刻むダメージは身に深く。 拓真と糾華、2人の張った弾幕に、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は一つ頷いた。 先の2人は、決して射撃のスペシャリストと言う訳ではないのだ。されどその2人があれ程の技量を見せたのだから、……専門家として引けを取れる筈が無い。 「蒼の魔弾の聖域は、一切の悪を逃がしはしない」 リリの唇が紡ぐは祈り。引き金を引く所作さえが祈り。彼女の行いは全てが祈り。 制圧せよ! 圧倒せよ! 「――Amen」 弾幕が、世界を満たす。圧倒的物量は、最早そう表現するより他は無い。故に弾幕世界。 戦いの最中、千里眼を発動させた『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が戦場を見通していく。 一手を使用してでも、そうする必要があったのだ。戦いの場は此処が終点ではなく、彼女達が目指さねばならない戦場は遥か上なのだから。 其れは見たくも無い光景だった。だが彼女に眼を逸らす事は許されない。生贄の女性の生き死にの情報は、何よりも重要だったから。 敵の配置、動き、痛みと恐怖と絶望に塗れた生贄達の、タイムリミットまでの予測時間。 アリステアは全てを見通し、仲間に伝える。 震える心は、彼女に無意識に自ら髪飾りに手を伸ばさせた。待ってくれている、大好きな人がくれた繋がりに。 この日、この場に集ったリベリスタ達は場所は違えど誰もが死地に踏み込む事になる。 そしてその先陣を切ったのは、最初に最も死へと近付いてしまったのは、 「久しぶりだね境界線。また踏み荒らされに来たのかい?」 十を少し越えたばかりであろうその見た目とは裏腹に、濃厚すぎる死の匂いを漂わせた少年、『裏野部の忌み子』にして首領の血統、裏野部・重と相対する事になった境界線。 臆病である自分を自覚しながらも、勇気と、散った仲間達の想いを柱に闘う男、 「お前の相手は僕だ」 -Borderline-、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)。 ● 命が一つ、消えて散った。 死は、穢れ。 穢れが一つ、沸いて出た。 眼窩から脳まで短剣で貫いた夜須・瞳の死に、八雷珠の中に火が灯る。 「大雷神」 7つに減った短剣が、もう一度振り下ろされた。 儀式場下部、入り口付近での戦闘はリベリスタが凡その勝利を収める。 裏野部が下部に用意した戦力は並大抵の相手ならば寄せ付けもしない程度に充実していたが、儀式場に攻め寄せたリベリスタは並大抵の相手では無かったのだ。 最も厄介な相手である重を悠里が抑え、他の者達は焔硝に対して火力を集中し各個撃破を狙うリベリスタ達。 とは言え焔硝も決して尋常の相手では無く、焔硝を落とし切るには準備に多くを費やした初手を除いて、更に三手順を必要とした。 僅か三手であるけれど、その三手で焔硝を含む裏野部フィクサード達はリベリスタの戦力を大きく削る。 焔硝の右手が必殺の爆轟を放ち、近接していた快と風斗が高火力の爆発に晒された。 苦痛に顔を歪める2人だが焔硝の攻撃は其れだけに終らない。逆手を用いての連続攻撃、連鎖爆破に快と風斗、特に回避に劣る風斗の耐久力は風前の灯となってしまう。 アリステアの聖神の息吹、強力な回復術も、2度の爆破の前には全てを癒し切る事は不可能だ。 焔硝が地に伏すまでの数手の攻防で、風斗も、そして快すらもが運命を対価にした踏み止まり、切り札の一枚を早々に切らされた。 快のラストクルセイドの一撃に崩れる際も、焔硝は満足げに、そして嘲りをこめて嗤う。彼はもう充分に爆破を堪能出来たから。自らの保身よりも何よりも、彼は死の瞬間まで何より爆破を愛して止まなかった。 厄介だったのは焔硝ばかりではない。名乗るほどの名を持たぬとは言え、裏野部フィクサード達はリベリスタ達に出血を強いる。 ホーリーメイガスの存在は焔硝により一手多く繰り出させる時間を稼ぎ、スターサジタリーが放ったピアッシングシュートはリベリスタ達から1人ずつ付与を剥ぎ取っていく。特にこのサジタリーの攻撃の影響が後々にまで響いたのはジャガーノートを剥ぎ取られた風斗だろう。 クロスイージスやマグメイガスは幸いかな大きな脅威とはならなかったが、全体攻撃である程度は傷付いていたにも拘わらず、彼等を倒し切るのには更に2手順を追加で必要とした。 強い風と雨が血を洗い流していく。冷たい雨は唯でさえ体力を奪うのに、戦闘の緊張感は其れを更に助長する。 常の任務であればもう終わりであろう激戦を終え、けれどもリベリスタ達は次の敵を目指して走り出した。 見上げれば、雨風に暗い視界にも、はっきりと最上部に座する裏野部一二三の姿が見える。 「悠里、無茶すんなよ!」 「悠里、こんな所で倒れるなよ」 マブダチの、そして相棒の、置き土産の様に残された言葉に悠里が頷く。 死ぬ心算は無い。寧ろ、死ねるものか。悠里が死ねばマブダチの、相棒の、仲間達の退路が断たれる。 「友達が多いんだね。感動的って言えば良いのかな。だけどそんなの無意味さ。オマエ達は今から皆死ぬんだから」 悠里の壱式迅雷が掠めた頬を拭い、重が嗤う。 以前とは違い悠里の攻撃は重に当たっていた。直撃こそせぬものの、確実にダメージは与え得る。 けれど以前相対したからこそ悠里にはわかった。此処までの重の攻撃は、以前に比べて確実にヌルイ。 重の、裏野部に於いても忌み子と呼ばれるフィクサードの考えなど悠里には想像すら及ばない。 だが一つだけ言えるのは、つまりは恐らく、此処からが本番であろうと言う事。 「一二三が信用も信頼もしてないお前に、上に行って何が出来るんだ」 重の攻撃に備え、拳を握り締め、悠里は言葉を叩き付ける。 ● 更に三つの命が消えて散り、三つの穢れが沸いて出る。 蒼峰 アヤメが心の臓を貫いて、零が切り裂いた腹部より腸を掴み出して、菜々は短剣を己が内深くに埋め込んで、其々が死んだ。 胸部、腹部、陰部。八雷珠の中に新たに三つの火が灯った。 「火雷神、黒雷神、裂雷神」 遥か古、死した伊邪那美命は黄泉の国で己が体の各所に八柱の雷神、死の穢れより出でし子を宿していたとされる。 此れはそれを模した儀なのだろう。 概念は、想いは、恨みは、恐怖は、喜びは、悲しみは、憎しみは、怒りは、想念は、積もれば神秘と成り果てる。 無論革醒者の女と言えど、一人で雷神を模すほどの穢れを八つも背負うは不可能であり、故に八人の死が必要なのだ。 攫われた『残りの女達』は祭壇を作る為に犠牲となった。この祭壇は既に穢れに満ちている。 八つの核となる死があれば儀式は完了するだろう。 必要とされる神の数は、あと四つ。 中部、何も無い広い空間、ただ下部から上部へ到る為の道。 そこを守り塞ぐのは、2体のアザーバイドだった。 土隠の界顎に両面宿儺の飛凶、彼等は古代のこの国で人と戦い敗れ、一族ごと封じられたまつろわぬ民と総称される者達だ。 他にもまつろわぬ民には人と変わらぬ姿を持つ愛瀰詩、謎多き羽白熊鷲等が居り、何処かに眠るとされるがその詳細は不明である。 未だ一族の多くが縛られる封印から這い出た界顎や飛凶の目的は一族の解放。そしてこの国の民への復讐と、己達の居場所の確保。 ハグレの長、裏野部一二三は彼等の解放を約束し、彼等の目的の全てを肯定した。故に彼等は此処に居る。 主流七派が一つ、フィクサード組織裏野部は、もうすぐ、アザーバイド達が解放されればフィクサードの組織では無くなるのだ。 この国に恨みを持つアザーバイド達を吸収し、七派協定等と言う下らぬ枷から解き放たれて、裏野部は嵐と化す。 飛凶が二張りの弓から矢を放ち、界顎が糸を伸ばして絡め取る。 リベリスタ達の中部への、アザーバイド達への対応は至ってシンプルな物だった。 「女の人を回復できる場所まで一気に移動するから、邪魔してくる敵さんの対処をお願い!」 年の近い少女であるアリステアの言葉に、頷いたのは糾華。 光と共に展開されるは5重の残像、糾華の速度と動きの正確さが生み出した其れは、虚像でありながら質量すらをも備え、繰り出された5重の攻撃は狙い違わず界顎を捉える。 「ここを任せて先に行けなんて言う気はないけれど……、任されたからにはやるわよ」 本当は怖い。眼前の敵、界顎の異形が。空を覆う悪天候、これ程までに巨大な自然現象を引き起こした裏野部の企みが。強力な敵の数々と、そして其れを率いる裏野部一二三と言う名の暴力が。 けれど糾華は震えない。体を震わせる余分な力すら惜しいから。全ての力を敵にぶつけるその為に。 誰一人、そう、此処に居る仲間達の誰一人として失わぬ為に、怯えてる時間も惜しいのだ。 そうリベリスタ達の至ってシンプルな対応とは、アザーバイドの其々に、1人ずつの抑えを割く事。 土隠の界顎への抑えが糾華なら、 「自分が相手だよ」 飛凶を抑えるはウラジミール。ぬかるむ足場を、それでも彼の軍靴は確りと噛み締め、ウラジミールは一気に飛凶へと肉迫する。 振るう刃の届く距離、そこは弓矢を使う飛凶の間合いに非ず、ウラジミールの得意とする泥臭い其れだ。 「生きて必ず、また会いましょう」 糾華の言葉に、敵対アザーバイドが仲間達に確り抑えられたのを見届けた7人のリベリスタが駆け抜ける。 大切な仲間をこの場に残していく事に、恐らくは強力な敵であろうアザーバイド二体を同数で相手させる事に、躊躇いがない訳ではない。 下部を悠里に任せてきた時と同じ様に、無理をさせる前提の作戦である。 けれどそうせねば上の敵に届かない。ゆっくりと仲間の安全を考慮して戦っていては、辿り着く前に儀式は完成するだろう。 リベリスタ達は信頼と、そして勇気を持ってこの場を離れんとした。 さて、けれど、しかしである。 それはリベリスタ達の都合であり、眼前のアザーバイド達には関係が無い。 古のアザーバイドである界顎や飛凶は、現代の革醒者の力に詳しい訳では無かったけれど、リベリスタ達の狙いは明白であったし、そして下部での彼等の戦いを観察する事で個々の役割の把握も済んでいた。 ロイヤルストレートフラッシュで受けた怒りを脱した界顎の、放つ糸が走る風斗の足に絡んで引き摺り倒す。 そして並の能力者に倍して動ける飛凶は二つの顔に酷薄な笑みを浮かべながらいとも容易くウラジミールとの間合いを脱し、引き抜いた刃を追いついたアリステアの背に突き立てる。 アザーバイド達は確かに今の世界には疎かったけれど、古の世で敗れし敗残兵ではあるけれど、幾多の戦いを生き延びた古強者でもあったのだ。 今であろうと昔であろうと、戦いの場で成すべき事、有効な戦術の基本は変わらない。 即ち強力な砲台は縛れ、回復役は絶対に潰せ。 土隠の捕縛の力を、2人分の動きを行なう両面宿儺の身軽さを侮り、抑え切れると判断して背を見せたのはリベリスタ達にとって致命的なミスだった。 ● 人が欠けようとも止まれはしない。 後から追いついて来る事を信じ、駆ける彼等は振り向かず、そうして漸く、リベリスタ達は上部、祭壇へと辿り着く。 けれどその時、新たに二つの命が尽きた。 左足の動脈を何度も切り付け、失血死してしまった市ノ水 玲と、そしてこちらはもっと凄惨に、短剣を鋸の様に扱う事で己の右太腿より下を切り落としてしまった八重の2人が死んだのだ。 「鳴雷神、伏雷神」 最上部の一二三の手の中で、八雷珠に灯りし火は既に6つ。 京都、四国からの力を受けたスーパーセルが遂に完成した。一際大きく天が輝き、無数の雷が一斉に地に向かって降り注ぐ。 太陽の光よりも遥かに明るく、雷光は空気を焼いて世界を白く染め上げる。 この世界に溢れ出した懐かしい気配に、土隠の界顎が喜びの咆哮を放つ。そう、土隠達を縛る古の封印が破られたのだ。 だが裏野部の目的はもう一つ残っている。 必要な物の片割れは揃った。天の雷雲は役割を果たせど消えはせぬ。八雷珠に灯りし火が八つになったその時、雷雲は雷神、強力なエリューションへと姿を変えるだろう。 そしてその時は、刻一刻と近付きつつある。 「戦場で何度もその姿を見る嵌めになるとは……この縁も今日限りにしよう、『マンドラゴラ』歪螺屡」 拓真の言葉に、死に掛けの女達を眺めていた屡が振り返る。 屡が初めて拓真を見かけたのは銀行強盗の最中だった。あの時は金よりも寧ろ共犯者を堕落させ、屡達と同じ場所まで引きずり込むのが目的だったのだけれど……、其れを邪魔した1人が拓真であった。 「大丈夫、助けにきたから。暴力に屈しないで。絶望に負けないで!」 救うべき女性達を勇気付けるように、雷鳴にもまけず響く夏栖斗の言葉。 けれども屡は嘲り嗤い、残る2人のうちより死に近い方、野江を踏み付け夏栖斗に問う。 左手を傷つけた野江と右手を傷つけたリリアン・サウスランド、左手は心臓に近いというが、その言葉の真偽は兎も角、確かに出血は野江の方が少しばかり酷い。 「態々ご苦労様と言いたいけどよ、何が大丈夫でどうやって『此れ』を救うんだ? 世界にその名を響かせるアークのリベリスタなら、さぞや素晴らしい方法があるんだよなぁ?」 屡の言葉に応じる様に、花見月・燦、写月・遠、万愚・節の3人が動き出し、更には万一予備として用意された4人の女性が、屡の前に並び肉壁と化す。 確かに状況はリベリスタ達にとって酷く悪い。 最もこの場に居なければならない、死に瀕した2人の女性を救える鍵、癒し手であるアリステアが祭壇に辿り着けて居ないから。 リベリスタ達は何を置いても彼女を此処に送り届けねばならなかったのに。 こんな場所で何一つ失いたくないと嘆く、命を救う術を持った少女は、届かぬ祭壇に何を思うのか。 夏栖斗は願う、『僕は正義じゃなくって正義の味方(ヒーロー)になりたいんだ』と。 憧れではなく心の底から渇望するのに、唯それだけなのに、何故こんなにもこの世界は優しくないのか。 ミリィのフラッシュバンが傷付ける事無く野江とリリアン、そして壁にされた予備役達を麻痺させ、これ以上の自傷を防ぐ。 更には快のブレイクイービル、邪を払う光が野江とリリアンの出血を塞ぎ、一先ずの命を保全した。 しかし、其れが精一杯だ。フラッシュバンに巻き込まれた屡は麻痺し、燦、遠、節の3人は拓真や夏栖斗、そしてリリと戦闘に突入する。 けれど、けれどけれどけれど。 「ここでお前かっ!」 矢張りと言うべきなのだろうか。その存在を予想していた。警戒もしていた。けれど其れは矢張り一番嫌な場所に、矢張り一番厄介なタイミングで現れた。 野江とリリアン、死に瀕した2人の傍にぬるりと地より沸き出でたのは、裏野部が首領に仕える暗殺者、『夜駆け』ウィウ。 「信用? 信頼? それが何の役に立つのさ」 少しずつ速度を増す重の攻撃を、傷付きながらも悠里は何とか凌ぐ。 幸い重の攻撃は、例えば倒れた焔硝に比べれば軽く、直撃さえ避ければ耐え切れぬ程では無い。その威力の不足を補う敵の防御力を己が攻撃力に変換する妖刀『刃金』ではあろうけど、幸い悠里の防御力は他の前衛達ほど突出しては居ない。 「僕が気に食わないのは、父さんがオマエ等なんかを警戒して力の消耗を選んだ事だよ。……誰よりも強い、僕でも殺せない父さんがだ!」 掻き消えた重の姿に、次に来る技を予測した悠里が身を翻し、心臓を狙った筈の重の必殺技、コル・セルペンティスは悠里の左肩を貫くに留まる。 そして悠里は以前に重と相対した経験、相手の技を己が身に刻まれた経験があった。 尚且つ、彼はその時よりも成長しており、動きの質が以前とは大分異なっている点も大きい。 そう集った仲間達の中では、確かに悠里が重の相手としては最も向いていたのだろう。 更には重が一二三の不調に感情を昂ぶらせていた点も幸いしている。如何に殺しに長けようと、歪んだ成長を遂げていようと、まだ年若い彼の刃は感情のままに荒ぶり、雑な物と成っていた。 けれど雑なままにも、徐々に重の攻撃は悠里に対して鋭さを増して行く。時間を経て成長したのは悠里ばかりではなく、重もまた同様だ。 「イライラするよ境界線!」 「かかってこい、出来損ない!」 刃金の柄に嵌め込まれた賢者の石から力が溢れ、刀身が赤い光に包まれた。 中部でのリベリスタの誤算は、風斗とアリステア2人が中部で足止めを喰らう羽目になった事。 だが中部でのアザーバイド達の誤算は、足止めした風斗とアリステアを加えたリベリスタ達が、想像以上に手強かった事だ。 アリステアの聖神の息吹が仲間達を癒す。 本当なら、出来る事なら直ぐにでも上部へ向かって駆け出したかった。 しかし同時に其れを飛凶が見逃さない事も既にわかっており、次に彼に捕まり猛攻を受ければ、運命を対価にしたカードを使いきったアリステアに耐え切る術は無い。 アリステアに向かって放たれた2本の矢が、庇うウラジミールの身体に突き立つ。 「……生きていれば、怪我など全てかすり傷だ」 消して軽い傷では無いけれど、其れは強がりでは無く本心から。 聖神の息吹の効果により糸から逃れた風斗の腹を、界顎の顎門が貫いた。 どす黒い血反吐が界顎を染める。けれど引き抜こうとした界顎の顎門が、風斗の膨張した腹筋に阻まれ動かない。 限界を超えて筋肉を膨張させ、剛力を得るデュランダルのその技法は120%。 動けぬ界顎に、振り翳された風斗の愛剣、デュランダルが振り下ろされる。強力な衝撃に突き刺さったままの顎門が先を風斗の体内に残したまま圧し折れ、更には体勢を崩した界顎に対してスーとを同じくする5条の残像、10・J・Q・K・A、糾華の繰り出すロイヤルストレートフラッシュが再び突き刺さる。 人に似た姿なれど、明らかに人と違う体液を流し、界顎がゆっくりと倒れ伏す。しかし限界を迎えたのは風斗も同様だ。積もり積もったダメージは限界を超え、ダメージを負ったままの無茶な動きに内臓すらが傷付いた。 先に倒れた界顎に、折り重なるように風斗が沈む。 冷たく激しい雨風が、傷付いた身体から体温を奪う。 ● 放たれた誘導弾幕が全てを覆い尽くしていく。リリの弾幕世界に燦が遠が節が、揺らぐ。屡のルーンシールドも神秘の魔力を色濃く宿したこの技は止められない。 しかし本当にリリが壊したい、この祭壇は圧倒的な弾幕にも揺らぎはしない。 多くの女性達が犠牲となって造られたこの祭壇に渦巻く力は圧倒的で、魔術知識を持ってしても弱みを見つけ出す事が出来ないで居た。 魔力を秘めた挑発、アッパーユアハートに対象から外された屡と、直撃しなかったウィウを除いたフィクサードが怒りの視線を夏栖斗に向ける。 燦の弐式鉄山が夏栖斗を床に叩きつけ、更には遠の視線、『遠い月を写す瞳』に貫かれ、最後に節のブラッドエンドデッドが切り裂くも、……呆れるべきは夏栖斗の頑丈さだろうか、3人からの攻撃を受けても彼は未だ少しばかりの余裕を残す。 そして夏栖斗が作った間隙を抜け、屡に接敵するは拓真。 拓真の放つ裂帛の気合、ハードブレイクが屡の展開した魔力の盾、ルーンシールドを叩き割る。 そして更に動いたミリィが確保したのは彼女の技により麻痺を受けた4人の予備役。 冷静に状況を判断し、成せる時に成せる事を果たしたミリィの一手。本来ならば死に掛けの野江とリリアンこそを救いたかったが……、それは彼女たちの傍に居るウィウが決して許さないだろう。 「ウィウ!」 響く怒号と共に、タイミングをずらしてマンドラゴラの脇をも駆け抜けた快の刃が十字に閃く。 だがその攻撃が届かないであろう事は、技を繰り出した快が一番良く判っていた。 眼前の敵とはもう随分と長い付き合いになるのだ。『影潜りの腕輪』を持つウィウには、1人からの、一度の攻撃では大きな意味を持ちはしない。 けれどそれでも、注意を自分に、影潜りの腕輪を使わせウィウの意識を此方にずらせば、ほんの僅かの好機を作れると信じて。 なのに、快の一撃は肉を断つ。こちらを振り返りすらしなかった一二三の私兵、感情を露わにしない人形の様なウィウの背を、十字に切り裂いた。 護りの盾たる快ではあるが、その消耗こそ激しい物の神気を宿した一撃を繰り出せば、その威力は決して他の前衛達に劣りはしない。そんな快の一撃を敢えて身に受けてまで、ウィウは目的達成の為に刹那の時を惜しむ。 この戦いは主の、裏野部一二三の大願かかりし大勝負であるが故に。 刃に身を刻まれながらも振るわれたウィウの刃は、野江の左手の中指の先から肩口までを綺麗に二つに断ち割った。 「若雷神」 一二三の声がはっきり聞こえ、次の瞬間大量の血を噴き出した野江の命が掻き消える。 八雷珠に灯された火は七つ目。けれど自傷で死んだときよりも、その火は小さく色味も薄い。 自傷手段も出血も、両方を封じられた以上は他に取る手が無かったが故の妥協の選択。……だが此れでリベリスタはより一層の苦境に立たされる。 屡の喉からこの世の物とは思えぬ叫びが放たれる。引き抜く際に叫び声を聴いた者は死に至るとされる『マンドラゴラの悲鳴』にリリとミリィの心が削れ、脳が肉体を動かす術を忘れてしまう。 リリやミリィの回避力が避け得た夏栖斗や拓真に比して大きく劣る訳ではなかったが、この局面までもつれ込めばマンドラゴラとて必死である。無論元より絶対者である快の精神は悲鳴程度では揺らがぬけれど。 夏栖斗の虚空仇花が眼前の節ごと離れた屡を貫く。口から零れた吐血は雨に混じって足場をぬかるませる。 双剣を振るう拓真が全身の筋肉の膨張により一回り巨大な姿と化した。放たれる双撃はデュランダルが誇る破壊の技法、120%。 ブレイクイービルによりリリとミリィの状態を回復した快は、其れを成しながらも隣接したウィウを逃さず最後の生贄、リリアンの元へ近づけさせない。 けれど彼等が精一杯を尽くせば尽くす程に、勝ち筋の遠さが見えてくる。 リリの弾幕世界、夏栖斗の虚ロ仇花、快のラストクルセイド、拓真の120%、次に繰り出される数々の攻撃の威力を考えれば此れに屡が耐え切る事は不可能だろうし、それどころかウィウにも幾許かのダメージを届け得るだろう。 屡を殺すだけならば容易いのだ。戦い続ければウィウをも仕留め得る。 戦力だけなら、リベリスタ達が上回っているのだ。 しかし、彼等を殺さず排除する方法が、リベリスタ達には圧倒的に数が足りなかった。 祭壇から追い落とす術が足りない。殺さず無力化する術も足りてない。 屡を無力化することは必須だが、殺せばその時点で八人目が確定し、儀式は不完全なれど発動してしまう。 ミリィの神気閃光なら確実に殺すことなく倒せるけれど、最後の一撃を彼女に回すにはシビアなタイミングが必要とされるし、仮に屡を殺す事無く無力化出来ても、裏野部から必死に狙われるであろうリリアンを救い出すのは更にハードルが高い。 燦や遠や節、そしてウィウを殺さず切り抜けねばならぬ上、リベリスタ側に犠牲者が出てもいけないのだから。 つまりもうこの時点でどう足掻いても儀式の発動は避ける事が出来ない所まで追い込まれていたのだ。 故に、其れは苦肉の選択だった。 少しでも儀式を不完全に発動させる為に、それが生贄にされるリリアンを救う唯一つの手段であったが為に、リベリスタ達は『マンドラゴラ』歪螺・屡を、殺意を籠めて始末する。……そう、せざるを得なかったから。 空間を埋め尽す程のリリの弾丸に、夏栖斗が放った達人の武技に、拓真の双剣が生み出す圧倒的な破壊力に、屡の体が原形を残さぬほどに破壊され、裏野部に根を張っていた悪辣の奇形植物は、顔を歪めて死に至る。 「土雷神」 そうして、八つ目の此れまでのどれよりも小さく暗い火が八雷珠の内に灯る。 其れはリベリスタ達の精一杯の抵抗の、あまりに皮肉なその成果。 ● そこからの記憶は仲間の誰に聞いても曖昧だった。 必死すぎたせいかも知れない。何せ儀式の発動と共に、祭壇に、その周辺に目掛けて無数の落雷が降り注ぎ始めたのだ。 倒れていた仲間を担ぎ、救い出せた彼女達を小脇に抱え、走り、走り、走りに走った。あまりに間近に落ちた落雷の影響に、戦いの場でもないにも関わらず新たに運命を対価にせざる得ぬ者が出るほどに、あの場所は危険だったから。 目標達成の不可能を悟り、即座に撤退の指示を下した指揮者、ミリィの判断が無ければ誰かがあの場で命を落としていただろう。 或いはあの場に満ちたむせ返るほどに強い神秘の力にあてられたのかも知れない。 裏野部一二三は確かに言った。 「神産みの時だ!」 そう、言ったのだ。神を目指す男が、この場に産まれるのは神だと断言するほどに力を持った、特殊なエリューションが出現したのだから。 ……リベリスタ達が生き延び帰還した後、あの場所には何も残っていなかった。 フィクサード達は姿を消した。アザーバイドも同様に。雷雲もいつの間にやら晴れていた。 けれどアレは夢でも幻でも決して無い。 何故ならあの儀式場があった山すらが、大量の落雷に抉られ存在を消していたのだから。 奴等は目的の多くを果たしたから、必ず再びやって来る。嵐は更に巨大となって、この国を引き裂き吹き荒れるだろう。 この国の七つのフィクサード大組織、主流七派が一つであった裏野部はもう存在しない。此れよりこの国を襲うのは復活した古の脅威を飲み込み生まれた、新たな巨大な闇である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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