● 胸が高鳴り、心が躍る。両手を天に、あと少しで裏野部の暁へと届く。 非常に厚い雲が渦と成り、雷を吐き堕そうとする―――本日はとても良い天気。 不死偽香我美は過激厨にして破壊厨にして強さ狂いだ。甘い甘いケーキよりも辛い暴力が好きで、紅茶の赤よりも血の赤の方が好きで好きで仕方ない。 今思っている事があるとすれば、こんなに華やかな人生を送れるなんて此れが夢でも文句は言わぬ、だろうか? 『裏野部一二三ィ!! オマエの下の奴等が私の家族を、弟を、こ、殺し、た!! 殺してやる、殺してやる、殺してやる!!』 『弱いから奪われるんだ。お前ェは強いから生き延びたんだぜ? 腹ァぶち抜くつもりで殴ったがよ、毛も生えてねえような餓鬼が耐えるたァ、な。見所あるぜ? 鍛えてやるよ、捕えとけ』 『あ、ぁぁぁぁ、あぁあぁ。ぁああああぁぁぁあああ―――!!』 ――あんなに反抗期だったオマエがなァ。 噛みつく猫程、躾ければいくらでも手を舐める犬になるか。 犬は今にも落ちそうな火照った頬を片手で抑え、扇情的に胸が大きく開いた服から見える刺青を指がなぞった。刺青から感じる、闇色の渦は心地好い刺激を与えてくれる。 「嗚呼、我が主。貴方の全てが私の力ですわ……」 常人であれば、既に精神が崩壊していたであろう代物(刺青)だ。香我美が正気を保っていられるのは血の繋がらぬ父への愛と、首領への敬愛と、師より下る命令への使命感か。 「貴方も、直ぐに此方の世界の楽しさを思い出しますわ」 ね。封じられし、哀れな哀れな―――崇徳院。 場所は死国――金刀比羅宮本堂。香我美は本堂の柱に体重を預け、そして本堂内を見た。 神秘で構成された鎖に、札だらけ。其れが絡むは、崇徳院と呼ばれし大天狗の體だ。香我美は未だ完全に彼を解放できていないものの、漏れ出る瘴気が尋常では無い事と、負の力を呼ぶ事に満足していた。此れで良い、此れが良い、常人が瘴気に触れれば苦しみに飲み込まれ、断末魔の響く生き地獄を味わうだろう、死んだ方がマシと。 裂かれよ、咲けよ。 全て血汐に塗れて自ら息を引き抜けば良い。 興奮に満ち満ちた女は―――悪の華を胸に咲かせるのだろう。 ● 「皆さん、どうか厳しいものですが急ぎのお仕事をお願いします!!」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は焦った表情で集まったリベリスタ達を見回した。 裏野部はこれまで女性の革醒者を集める不可解な行動をしてきたが、其の行動の意味が今回の事件で明らかになった。 「岐阜県、京都府、大阪府、四国全域、奈良県にて『スーパーセル』というものが上空に出現しました」 スーパーセルとは日本で言う台風のそれよりも、何倍にも強化された天災レベルのモノだ。 此れを生み出したのは裏野部であり、そして此れは未だに成長を続けている。 裏野部一二三と各県に配置されたフィクサード達が同時進行で儀式を行い、此れが熟れた暁には各県の神秘的封印が一掃されてしまうだろう。 「封印が封じているものは『まつろわぬ民』と呼ばれたアザーバイドです。何方も古のリベリスタ達が封印したものです。 非常に戦闘への力に長けており危険です。皆さんにはアザーバイドが復活する前に、スーパーセルを破壊して欲しいのです!!」 「杏理たちの担当は四国となります。香川県の金刀比羅宮へ向かって頂きます」 其処を拠点として、裏野部はスーパーセルの育成を図っている。 「スーパーセルを破壊するにはスーパーセルの核を壊すか、該当のフィクサードを討伐する、この二つの方法があります」 核は金刀比羅宮本殿の上に浮かぶ、幾重にも成っている魔法陣の塊である。此れを破壊すればスーパーセルは消え去る。 もう一つの方法は『不死偽香我美』の死亡だ。彼女は裏野部の幹部であり、これまでもアークの前に現れては村を破壊しかけたり、ホテルを潰したりと悪行発生装置であろう。 そんな彼女の心臓の手前には、蜂比礼(はちのひれ)という刺青がある。 此れは裏野部一二三の蛇比礼(おろちのひれ)とリンクしており、力の受け渡しを可能とするものだ。 なお、蛇比礼が負の力を溜めこむ能力があるように、劣れど蜂比礼にも同じように能力がある。 この二択に一つ。 「ただ、四国の裏野部は同時進行でもう一つの儀式をしています。其方は崇徳院と呼ばれた天狗のアザーバイドの封印解放です」 四国と言えども範囲は広い。四つの国、全てを飲み込む程の巨大なスーパーセルを作らなければならないのだ。 其処で天狗を解放すると契約した裏野部は、天狗の負の力を集める能力を利用しようと考えた。 「天狗の解放には、多くの人命の命が必要です。観光地でもある金刀比羅宮には人も多く、立地も高い位置にあるのでセルを護りやすい。この上無く儀式に適した場所だと踏んだのでしょうね……。 天狗から溢れる瘴気に当てられたE能力者以外の生物は、あまりの苦しみに死を望むでしょう。天狗の解放に必要な命が消えるまで、時間もありません」 要警戒か、解放されし崇徳院の力は強大だ。 「金刀比羅宮の本堂は約800段の階段の先にあります。勿論、階段以外の道が無い訳では無いのですが、山登りというか、足場も悪ければ崖の様な感じなのでやはり階段から登ると良いかと思います。因みに風が強いので飛行は非常に危険だと思われます」 階段の途中には参拝に来た一般人が力無く倒れているだろう。自殺し息絶えている者もいれば、殺して欲しいと乞う者も居る。混じって、天狗の使役する悪霊と、まつろわぬ民が本堂への道を栓してくるだろう。 本堂に着いてやっと、裏野部の少年神楽真琴、崇徳院という名の天狗、土隠(闘牙・猟牙)そして両面宿儺が香我美と封印を護っている。長い旅路になるであろうが、 「皆さまの健闘を祈っております。どうか、ご無事でお帰りください」 杏理は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月28日(土)23:45 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●至る天上は地獄也 『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)は連なる階段を見上げた。 揺らめく瘴気は、紫を黒く染めた色だ。天上を中心に渦巻き、侵入を拒む亡者の群は幾重にも重なる。今何が見えているか、其れは地獄と思わせるには容易い程。 「あ、俺様ちゃん、かーえろ☆」 「ストップ」 やる気ゲージが限りなく零に近い『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)は、くるりと百八十度回転して来た道に足を向けた。『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)の両腕に服を掴まれて捕えられたのだが。 階段の総弾数は八百近く。葬識が嫌になるのも分からなくはないだろう。それでも、我等は進まなければならない。 「行くぞ!!」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は最初の一段を踏み出して階段を駆け上がる。 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)も見上げ、そして異変に気付く。刹那、察知した悪霊が一斉に動き出したのは言うまでも、無い。 階段道中。数十、数百と居る悪霊の群だ。倒すだけは簡単ではあるものの、数の力に取り逃がしもあった。悪霊にぶつかっていれば其の内隊列も乱れていく。更に配置された土隠は言わば時間稼ぎの犠牲だ。 リベリスタが決めた事は崇徳院が起き上る前に檀上の香我美を消し去る事。例え崇徳院が起きたとしても、香我美の心臓を止める事。其れはけして間違ってはいない。 目的の為、殺してくれと泣き叫ぶ一般人の間を駆け昇っていく。 嶺は心の中で涙を流しながらも、ごめんなさいと言いながら上った。ひとつ、悲しみが増えた。 『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は「死にたいなら勝手に死んでろ。てめーで死ぬ力が無けりゃそうしてずっと苦しんでろ」と叱咤にも似た言葉を言いつつ上った。ふたつ、絶望が増えた。 衣通姫・霧音(BNE004298)は「死にたいと嘆く前に生に縋りなさい。この場に居る自分の家族や愛しい者にも同じ思いをさせたいなら死ねば良い」みっつ、苦しみが増えた。 触れず、見ず、関わらず走っていくリベリスタ達――よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつと負の感情が増えていく。 特に不運であったのは寿々貴であった。悪霊によるクリティカルを不運な程に貰っては、落とされて。仲間は構わず前へと進んでいく。伸ばした手の指の間から見える仲間の背中が何故か小さく見えた。 ●連鎖 荒い息と共に、肩が上下しながらも最初に階段を上りきったリベリスタは、嶺、霧音、『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)の、たった三人だけであった。 「お久しぶりです香我美女史。羽根を増やして戻ってまいりました。あと、妊婦は嘘でした。お詫び申し上げますね」 六枚の翼を解放して広げた嶺は、舌を少しだけ出しておどけてみせた。いつかの戦いの虚実の暴露、知られていたといえば知られていたのだろうが。 彼女の眼に見える香我美が此方を向いた。 「そんなのいいんですわぁ。それより、自分の身の危険を察した方がいいのですわぁ」 たった三人で、 「登山道中、何があったか知りませんけれど」 敵は悪霊に五体と封印一体で、 「死にに来たのならば、御帰り下さいませ?」 ――何ができると言うのか!! ゲラゲラ笑う裏野部と末路わぬ者達。しかし麗香は強気に、本気に、利き手の中指を立てた。 「うるせぇ、こっちとらスーパーセル壊して、さっさと年末休暇とんだよ」 刹那、駆ける。麗香は闘牙の方へ。 「鉢会ったならやるしかないわね」 駆けるは霧音。彼女は猟牙の方へ。 残された嶺は気糸を織った――直後、香我美が嶺の眼前に瞬歩で迫り、拳を振り上げる。 「貴方だけは……生きて帰しませんからね、不死偽香我美!」 爆炎を従えた拳が、嶺の胴を貫き貫通した。痛みに顔を歪める暇なんて無かった、お返しだ。零距離。嶺は香我美の胸に手を置いた。 「其れが……蜂比礼ですか」 裏野部が首領が持つ蛇比礼と一体になっている証拠。素敵な素敵な素敵な、傷痕。 「――美しくない!!」 香我美の胸と嶺の手の接点から黄色の光が溢れ出し、香我美の背中から気糸が突き抜けていく。 「ぁ!? あぁんっ!!」 突如、笑い出した香我美は腹を抱えて笑った。痛みが気持ち良い、心地よい、イってしまいそう。 嶺から距離を取り、血が噴き出すアーティファクトを着けた両腕で、香我美は頬を抑えた。血がなぞる頬、優悦の顔、両目の黒目が上を向き、舌を出して笑っている魔女か。 香我美の前方に居た阿吽が嶺の右肩を短剣で切り裂けば、真琴の剣が嶺の左肩を切り裂く。 早くも運命を消費した嶺の服はじわりと真っ赤に染まった。 その時だった、漸く辿り着いたツァインが悲劇の舞台の上を見回した。苛々が、収まらない。収まらない所か、溢れて器から零れて、如何にもならなくなりそうだ。 「なんだよその刺青、余計な物増えてんじゃねーか」 怒りとも、悲しみとも言えない複雑な無表情をしたツァイン。彼の声は震えていた、只、只管の怒りを表面に出さない様に抗いつつも。 「香我、美ぃ!!!」 「ひ!?」 彼の声に反応した香我美。悦の笑みから一気に戸惑う顔を見せた彼女は一歩二歩と後ろに後退する。 左手で嶺を支え、右手で剣を構えたツァインの切っ先は、迷わずに香我美の蜂比礼へ向く。 「させないよ」 金属が金属と擦れる音が響いた。 ツァインの剣を下へと向けさせたのは真琴であり、真琴の瞳がツァイン一人を凝視した。面白い玩具でも見つけた時のような、其処に憎しみが入り混じった様な。 道中に阿吽の矢が、背と足に刺さりながらも麗香は駆けた。 「すみませんチンケネームドさん。わたしでよければ……ドルァ!!」 闘牙の後ろに回り込んだ彼女は剣を縦に振り、鎌鼬を放つ。空中を直線で駆ける其れは、闘牙の首元を切り裂き血飛沫を飛ばす。手で抑えて止血を試みた闘牙は、隣の猟牙を見て笑った。 「強いねーちゃんは魅力あるさー、な、猟牙」 「い、いえ、俺は女のニンゲンは苦手でして」 麗香が連携を取るなと願ってみたものの、やはりそれは難しい願いだ。何より今は味方の手が足りない分だけ、敵は自由に動けているのだから。 猟牙の口から伸びる白いもの。しゅるんと巻き付いた糸。 麗香がハッとした時には遅かった。両腕を胴体ごと縛られて身動きは取れない。 最中、霧音が妖刀を舞わせて花弁を幾重にも織りだす。フローラルな花の香りに酔いしれる中、悪霊は勿論だが、猟牙闘牙の身体にも切り傷が発生。 しかしだ、数が多い――霧音が横眼に見た崇徳院の身体から禍が漏れているのが目に見えて解っていた。其れが罪無き人の尽きぬ悲しみになり、悲しみは蜂比礼に降り注ぐ。蜂比礼の強化はイコールで香我美の強化に繋がっていた。 リベリスタ達にとっては悪循環だ。 つまり時間との勝負でもあった。 だけれど、致命的に、階段での乱れにより人数が揃わない。 「仕方ないわね、本当に」 再び力に任せて刃を振るう。休憩の時間は無い。 舞い、舞い、神楽を奉納するかのような霧音の攻撃は悪霊を爆ぜさせていく。 鎖は千切れた音がした。 ●崩壊 燃え上がる、黒炎の腕。其れは真琴の刃を辿り大剣を創り上げた。近くであろうとも、あまりの熱さに肌が燃えそうだ。そして容赦なく其れは振り落される。 「やれやれよな。皆、小生を置いていってしまうのよね」 『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)の声。跳躍して来たのか、真琴の剣を持つ腕を両足で下へ押して地面に着けさせたいりす。 「母殺しの神か。君は本当に興味深いな。さて。あの日の続きといこう」 「……また、お前か!!」 地面へと伏された真琴の表情に怒りが満ちた。彼の腕を足の下に敷いているいりすは其の顔を見て楽しそうに笑い返す。 「俺様ちゃんハイパー頑張った」 「はい、頑張りました。でもまだ頑張ってください」 いりすに続いて葬識と真昼が舞台へ登った。葬識は途端に香我美へと走る、狙いはただ一つ。彼女の首だけである。しかし阿吽が彼の前進を止めるため、巨体な身体と複数の腕が葬識の身体に絡みついていくのだ。 「何これ邪魔」 愚痴を漏らしながらも、阿吽の拳を頬で受けて勢いのままに回転した葬識。一回転が終わる頃には武器を振り切って漆黒を放つ。口の中に充満した鉄の味を、唾と一緒に吐き捨て彼は笑って見せた。 「不死偽ちゃん久しぶりー、相変わらずのボインちゃんだねー☆」 彼の漆黒を薙ぎ払った香我美は上下に揺れる豊満な胸を抑えて顔を紅くした。戦闘中にもマイペースを貫く葬識の姿は一種の狂でもあるだろう。 「刺青もすごく似合ってるよ! 愛してる! 殺しにきたよ」 「えぇ、葬識様。私も愛しておりますわぁ、だからこそ早く『その』心臓止めてくださいませんこと?」 変人同士の愛し方は通常レベルでは無い事はよく解る。真昼はそんな会話を聞き流しながら氷の様に冷たい指先を動かした。気糸を織り、射るのは阿吽へ。本数の多い手足を貫通していく無数の気糸は、巨体を地面に縫い止めて動きを止める。 吹きぬく風は指のそれよりも冷たい。再び細い糸を編んだ真昼の目線は猟牙へと向いた。 さあ思考を始めよう、否、知らないうちに始めていたか。喰うか、喰われるか。もはや議論する暇も無いというのであれば、全て喰い尽くして生き延びるまでなのだ。 黒天はいよいよ本格的の巨大化していった。 「香我美! コレがお前の本当にやりたい事なのか!?」 ツァインの声は舞台中に響く程の大声であった。攻撃を与えれば与える程、恍惚の表情に歪む香我美だ、これが裏野部とでもいうのか。 「えぇ、そうですわ。誰にも邪魔はさせませんの!!」 その間、嶺は新たなる気糸を紡いでいた。輝き、魔法陣を回転させる夜行遊女。嗚呼、末路わぬ民(フィクサード)と天の軍勢(リベリスタ)。まるで歴史が繰り返されている様では無いか。 ――浮世に染めた嶺の唇は、確固たる意思を、言葉を、紡ぐ。 「ただの、舞っているだけの天の羽衣では無いのです……!!」 嶺は武器をはらい、気糸を撃ちだした。放物線を描き、暗くて赤い瘴気を照らして飛んでいくのは流れ星の様。末路わぬ民を貫き、そして香我美をも――と思われた所で真琴が香我美の代わりに其れを受けたのだ。 「神楽、貴方の使命を果たすのですわぁ」 「……御意」 嶺の攻撃を外した――成程、真琴は瞬足の持ち主。攻撃をしながらも人一人庇う事は容易い。そういう『壁』の意味で真琴は存在しているか。いりすが真琴を抑えているものの、分断に成功できていない為に真琴の自由を許しているのと同様であった。 一瞬止まった手が次の攻撃をと震えた。 嶺はすかさず二回目の攻撃へと移る。再び織り成す気糸、なに精神力なら後々いくらでも再生できるのだから。武器も拳も強く握った。此れが怒りか、悲しみか、嶺の中で膨らんでいく感情は爆発寸前。 「香我美……あなたは、階段の途中で倒れている方々の苦しみが解りますか……」 フラッシュバックする、少し前の時間。見捨てた罪無き人々の顔、涙、断末魔―――!! 「止まれないのです!! 貴方を此処で倒さないと、また罪も無い人々がああなるのです!!」 そう、止まれない。 舞うように払った武器から同じく幾重にも光の弾丸は放たれていく。されど、されど、やはり真琴が邪魔だ。唇を噛んだ其の時、香我美が足を振り上げていた。 「私もですわぁ、嶺様。止まれませんの。せめて、せめて……一二三様の中では特別でありたいのですの!!」 香我美の咆哮と共に、ツァインと嶺の足下から雷撃が迸った。かと思えば追撃に地面から衝撃が発生、剥きだした土が凶器となり身体を貫いていく。倒れる訳にはいかなかった、されど、目の前が暗くなる――嶺の膝が崩れ、倒れ、宙には彼女の羽が舞っていた。 身体の痺れは何のその、呪縛されている麗香を助けるために光を放ったツァイン。其の侭腕を伸ばして香我美を掴まんとした。 伝える言葉を多く用意してきた。聞きたい答えも沢山ある。 もし、この暗転した『敵』が、せめて、一瞬でも、光を求めて止まない存在であれば。きっと救う事は可能だと信じて此処まで来たのだから。 「特別、って言ったな!? そうなるしか道が無かったんじゃないか? 本当に全部お前の意思かよッ!?」 「くどいですわよ!! 其れが貴方の優しさだと言うのなら、私の心臓を止めてみせて下さいな!!」 ツァインの言葉はけして香我美の心をゆれ動かさないものでは無かった。 正直、嬉しかったのだろう、心のときめきが止まないのだから。女の子なら一度は捕らわれの檻から王子様を望む幻想を見るものだ。しかし其の役目を『彼』に押し付ける事はできない、もはや自ら檻から出ない我が身であるからして。 「――今日は随分と気合の入ったお化粧してるんですね」 遅れて『灯集め』殖 ぐるぐ(BNE004311)が舞台に上がった。ブレイクイービルの光の余韻から現れたぐるぐの足下の影から大量のぐるぐが姿を現した。 「さぁさめいっぱい遊びましょ」 悪霊を打消しながら、五人のぐるぐが香我美を囲んで妖狢を振り落す。されど名を呼んだ香我美は真琴に突き飛ばされて、代わりに真琴が其の攻撃を全身に受けたのだ。 「受け取ってくれないのですか?」 攻撃を。 「受け取れませんわ、ぐるぐ様。鬼ごっこでしてよ?」 それよりも、だ。ぐるぐは内心攻撃を外された事にほんの少しだけ喜んでいた。ぐるぐにとって香我美は大好きな人――出来ればこんな場所で死んで欲しくない。想いきり戦闘して、生き延びてくれるのであればそれも一興だ。 全力を尽くして戦うのだ。其れを、リベリスタを、圧倒的な力で捻り潰してくれるのなら本望だ。 入れ替わりでぐるぐへと香我美の掌が触れた。 「お土産ですわぁ」 衝撃一つ、間一髪で身体を捻って衝撃を和らげたのはぐるぐの能力が高い事を示している。されど防御を貫く其の攻撃は、ぐるぐの内臓を破壊し、吐血させるには容易い程であった。 鎖はまた一つ千切れる。 ●破滅 右腕の剣が葬識の手前を通過し、髪の毛が何本か散った。今度は左手の矢が射られるのではなく、直接刺してこられて左肩が悲鳴を上げた。 脳から動けと送る信号も言う事が聞かないか、使い物にならなくなった左腕から鋏を取り上げた葬識は右手だけで阿吽へと鋏を刺し込み、内側から暗黒を暴発させた。 阿吽に時間をかける訳にはいかない。邪魔だなぁ、と思いつつ戦闘してきたものの此処で漸く役目を終えられそうか。 「遊ぼうぜ、まつろわぬ民とか言うの。わたしは強そうな奴しか興味ないからさ」 葬識と入れ替わりでフランシスカが突っ込んで来た。葬識の移動を留めんと動く阿吽の両手をフランシスカのアヴァラブレイカーが叩き切る。 阿吽の四本の腕中、一本が千切れて回転しながら飛んでいった。 「いやはや阿よ。腕が無くなりましたでございますよ」 「おお、吽よ。腕はまだ三本あるでございますよ」 両面宿儺の前の顔と後ろの顔が小さな会議を始めていた。気にせず、聞き流したフランシスカは再び剣を振り上げながら横目で香我美を見た。 恐らく、今香我美を攻撃しても真琴とか言う裏野部が庇うのだろう。だが気にしてもいられない。 「覚悟しなよ、まったく……面倒事起こしやがって」 吐いた溜息は闇色の吐息。剣に纏う、純粋無垢の悪意は其処に。言う事をちっとも聞いてくれやしない敵は叩き伏せるのみ。 蜷局の様に剣に撒かれた漆黒を押し出す――剣の先端は阿吽の胸に飲み込まれ、貫通し、背から飛び出た螺旋は真琴を穿った。 「すまない、遅れた!!」 寿々貴が最期に階段を上りきった。息が荒れ、肩が上下して攻勢ドクトリンを施さんと術を紡ぎ始める。 寿々貴の眼に見える、嶺が動かない姿。遅かったかと唇を噛みしめつつ、ドクトリンを放ち意識を仲間と繋げていく。そして止まらない手つきで次は聖神を奏でた。 最中だが寿々貴は瞳を動かし香我美の持つ蜂比礼の解析を急ぐ。 寿々貴曰く、確認する術は無いものの、首領が一部下に全幅の信頼を置く事は無いだろうと言う。ならば、叛逆した蜂比礼を抑える方法もあるはずだ――其れを見つけられれば状況は大きく前進した事は確かだ。 しかし、蜂比礼は今ある情報以外の情報を聞かせてはくれない。詰まる所、寿々貴の考察とは裏腹に、裏切る事は無い部下であるからこその蜂比礼であるというのだ。 幼少の頃より、死ぬよりも辛い教育を受けて来た香我美だ。同時に、抗えない洗脳を施されている。 神秘の道具に頼って洗脳するのは簡単だが、同時に道具が壊れた時の反動と叛逆は大きいものだろう。しかし、道具も無く白色のキャンパスを黒一色に染めたのであれば話は別だ。其処に裏切りは絶対的皆無。 つまり蜂比礼の真なる意味は、首輪では無く同族作り。 「……っ」 寿々貴は苦い顔をした。魔術知識と深淵による解析は一つの賭けであっただろうが、外れてしまったのであれば今やれる事に専念する他無いのだから。 闘牙と猟牙の連携が取れてしまっていたのは今更言う事でも無いやもしれないが、呪縛し引き寄せるという能力がリベリスタ達にとっては仇か。土隠と其れに対応している霧音と麗香の居る場所には寿々貴の回復は届かない。 そして、二人は標的を麗香へと定めていた。 明らかに糸による呪縛において行動不能を付与できるのは霧音よりも麗香の方である事は戦いながらも理解は可能だ。何より霧音の弾幕攻撃は数減らしには最適だが、火力の面では劣る。麗香は逆に瞬間火力がアークでも有数の桁である。 ツァインのブレイクイービルが響く中ではあるが、基本的には土隠一人が呪縛させ、もう一人が其れに攻撃を行うという図式が出来上がってしまっていたのだ。 されど終わる麗香でも無し。されどされど、身体は傷つき悲鳴を上げているのもまた現実。光が呪いを打消し、静電気と火花を発する機械の腕に鞭打ち、麗香は立ち上がる。 「だりぃ、崇徳院が起きる前にぶっ倒さないといけねえってのによ!!」 魔力剣を片手で構えた麗香は跳躍した。霧音が作った花びらの中を、放物線を描いて飛び込む。その先に居るのは闘牙だ。 「ミンチに、なっちまいやがれ!!」 刃は抜けた、抜群の威力は持っていた。しかし闘牙の右肩を掠る程度で終わってしまう。刃にのった力が其の侭下へと落下すれば、地面が砕けて砂塵は舞う。塊の岩が浮き出て刹那だけ重力に反して、また地面へと落ちる。 「羨ましい強靭な精神さね、心意気は認める。だがよ嬢ちゃんや。それだけで勝てると思うなよ!!」 バキ、バキと猟牙の方の身体が蜘蛛へと代わっていく。攻撃の反動を噛みしめていた直後であった、蜘蛛の顎が開いたかと思えば食されるのは麗香の身体。腕ごと胴を挟まれ、腹部を齧られれば出血を催す。既に一度限界を超えていた麗香の身体は其の侭、猟牙の顎の中で動かなくなった。 「お前等の企みがなんだか知らないけど、くっだらいんだろうね!!」 フランシスカの空を斬る刃は、轟と音を奏でて横へと振られた。相手は阿吽――両面宿儺。土隠の二人より厄介である阿吽は、其の手の多さから複数行動が可能だ。つまり一体であっても二体分の働きが可能だ。フランシスカ一人で一体分を対応している訳ではけして無い。 だからこそ真昼の支援はフランシスカへ向いていた。其の支援が無ければ、おそらく土隠に敗れた麗香よりも先に倒れていたであろう。 集中を重ねに重ねた真昼の気糸は阿吽の腕を押さえつける。好機と踏み、後方の真昼へにっこり笑ったフランシスカ。 「ありがと、まひるん!!」 「……いえいえ、たぶん、あんまり持ちませんのでお願いします」 「了解!!」 刹那、一度上へと伸ばした六枚の羽を一気に下へとはためかせ、風こそ強けれどもフランシスカは空中でアヴァラブレイカーを回転させた。 回転の威力は力と成る。 力は敵を殺す武器と成る。 フランシスカはけして迷わない。目の前に壁があるのであれば壊さずにはいられなくて。純粋無垢の殺意を持ちし、六翼の酷死天使は黒き風車と共にあり。 「裏野部共々潰してやるよ!!」 咆哮と共に貫く漆黒は乱反射して周囲の敵を切り裂く。それだけで終わらないフランシスカの攻撃。回転の威力を乗せたまま、螺旋を従えた剣で上から下へ阿吽を両断しにかかったのだ。 阿吽の右手と左手に挟まれて、直前で止められた刃。しかし刃は阿吽の手の皮を少しずつ削っては、下へと下へと、頭を切り裂かんとしていた。耐える阿吽は元々人では無いのでさておき、力で勝りかけているフランシスカの力もまた人離れしているか。 其の光景を目のマスクごしに見ていた真昼だが、横から糸が飛ばされ引き込まれていく。連れられた先―― 「オトコノコ? ハズレ引いたさねーまあ、食えば全部同じさね」 闘牙が毒の牙で真昼の腕を噛み千切ったでのあった。 此処ぞと寿々貴は癒しを乞う。 本来ならばのんびりと毎日を過ごしていたい彼女であるが、現状況、そうも言ってられなかった。普段こそ、にへらと笑って場を和ませている笑顔も血臭の濃さにぎこちない。何より、こんなにも寒いのに頬から伝わる汗の感触。 ――皆を、仲間を死なせるわけにはいかなくて。 寿々貴の作った光は悲しみの舞台の上を眩く照らした。其の一瞬だけではあるが赤色の邪気が綺麗に払われた様にも見えた。 ●渇望 「母親を焼き殺した火之迦具土は何を思ったのだろうね」 「お喋りしてると舌噛むよ?」 無銘の太刀が紅蓮の刃を抑えた。いりすの眼前で燃ゆるそれから火の粉が散っては二人の間で舞っては消える。 真琴の幻影が五つ。本物は一つであろう。 刃を振り翳してきた影――本物は背中側の真琴だろうと踏んだいりすは、其の影の更に後ろへとバク宙して飛んだ。 空ぶった真琴は身体を捻らせて再び刀にていりすの刃を受け止めた。光の飛沫が舞う其の攻撃は、香我美を護るために此処に居る真琴にとって、一度受けてしまえば取り返しがつかない。 最中にも寿々貴の回復は飛んできた。有り難いタイミングである、おかげで散々切り刻まれた腕がきちんと言うこと効きそうな程。 さて、此処で一つの問題です。 「母親を焼き殺した火之迦具土は何を思ったのだろうね」 刃を弾き、香我美への攻撃を受け止めに下がった。 「自分という存在其の物が禁忌だと、知らしめられただろうさ!」 裏野部も、アークも、四国も、日本も正直葬識にとっては如何でも良かった。 「あー……俺様ちゃん、こういうの好き☆」 ――今はね、不死偽ちゃんとの殺し愛が楽しくてしかたない。 回り込む香我美の後方へ。 手を地面へ置き、其れを軸にして足を回転させて蹴られた香我美の足が電撃に塗れつつ葬識の横腹を穿てば内臓が破裂した感覚が一つ。 止められない葬識の手は鋏の口をクパッと開き、呪力を行使した剣を刺さんとする。が、飛び込んで来た真琴が片足を伸ばして葬識の腕を蹴り飛ばして被弾を避けさせたのだ。 非常に真琴の存在が邪魔だ。初動で香我美と真琴を分断させられなかったのは痛い所であったか。 「ねえ、不死偽ちゃん。俺様ちゃんの愛受け取ってくれないの?」 「無理ですわぁ、だって一二三様じゃないんですもの」 「妬けちゃう☆」 何時もならば香我美と傷つけ合い死線の中で戦えたものを。今回は完全に真琴という壁と香我美の保守に全力を注がれていた。葬識にとって面白く無い状況か、ならば壁を取り除くしか無くて。 ツァインがブレイクイービルを放つ中、リベリスタの足下が破裂し砂塵が舞い衝撃に足の骨が砕かれていく。香我美の足は地面を蹴っていた、地盤を武器に攻撃してきたのだ。しかしそれだけでは終わらず、ツァインの胴を手の平で抑えた彼女は、彼の身体を内側から破壊する。 ぐるぐの顔は小さく笑った。流石だ、人間型アーティファクト。首領より与えられた力の重さが尋常では無く、強い。 舞い上がり砂塵を手で払い退けては次手を予想し、手を尽くし。そうこれだ。望んでいたものは此れだったのかもしれない。仲間が一人、二人と倒れて絶望的状況が近づいてくるのが何よりぐるぐを楽しませるスパイスであった。 「もっと……もっと!!」 遊ぼう、遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう遊ぼう!! ――その為に、最高の残像を創り出す。 数の増えたぐるぐ達が一斉に言葉を紡いだ。まるでリレーで文章を作っているかのよう。妖狢を振り切れば、真琴が攻撃を綺麗に飲み込んでくれよう。さあ、あとどれ程で彼も倒れるかわからない。そして追撃のフランシスカの黒螺旋が真琴を掠める。良くぞ此処まで耐えたものか、突き詰めたソードミラージュの能力値である真琴の回避力は恐るべきものだった。しかし瞳は、限界が見えるのだと言う。 いりすのリッパーズエッジは光を吸い込み、刃其の物が光源となって輝く。 直前で葬識の暗黒が真琴を射抜いていた。そして追撃。小細工は無しだ。正々堂々、正面からいりすは真琴へ飛び込む。 「破滅だ。うぎゃぁぁ!?」 いりすの剣が真琴の胸奥深くに沈み込んでいった。 「あ゛ぁ、ぁぁっ」 「さらばだよ、迦具土乃少年」 絶叫の声を出す事もできず、真琴はいりすの手を掴んで抗う。いりすは瞳を閉じ、心臓を貫いている刃を捻って臓器を――くちゅり。 「ぁあ゛!!?」 ミンチへと。ほんの少しの間だけ笑った真琴は其の侭絶命していく。瞳の光が消えていき、いりすを掴んでいた腕は力を失くして垂れ、「強いな……ずるい」と途切れ途切れに話をし、動かなくなった。 嗚呼、また好きな人は逝ってしまった。繋ぎ止める事はできなかった。如何とも言えない想いがいりすの胸の中でじわりと膨れていく。 「これでやっと、手が届くよね不死偽ちゃん☆」 壁が消えた今、攻撃は香我美に届く。葬識が子供の様に無邪気な笑顔を向けた。殺したくて殺したくて仕方なくて。 「私、一二三様のもとには絶対帰らないといけないの。ごめんなさいね、殺人鬼様?」 真昼に構っていた闘牙が振り向いた。今一人の壁が沈んだ中、己が其の代わりをしなければならない。此れも土隠の一人として一族が為。 其の一瞬の隙を真昼は逃さなかった。傷ついた両腕に気糸を織り、闘牙の首と手首に其々を巻き付けていく。己が手も闘牙の両腕を掴み、せめて此の場所から動かしてはならないと抵抗した。 「行かせま……せんっから、ね!! 貴方方は、此処で、死んでもらわなければ……っ!!」 「そんな息の上がったひ弱の身体で何ができるというんさ」 真昼の手が腕を掴んでいるとしていたが、一秒一秒時間が経つに連れて爪が闘牙の腕に刺さっていく。何処から力が出ているというのか、ほんの少しの恐怖心を覚えた闘牙は容赦無く。音を立てて身体が変型していくのを真昼は特等席で見ていた。 「いい加減、そろそろ楽になれヒトノコが!!」 「負けないって決めた!! オレの、命が続く限り!!」 後押しするように寿々貴の聖神が行き渡る。己にできる事成せる事は仲間を支える事であっただろう。 もしかしたら遅れて舞台に登ったのは幸運であったかもしれない。例え寿々貴が最初に頂上した三人の内の一人であったとしたら、フィクサードやアザーバイドの集中リンチを食らっていただろう。 庇い役さえ用意して来ない現状であった。寿々貴は毎十秒を回復に費やし続けた。だが――。 「……っ、そ、そろそろっ」 精神力も、底が見え始めていた。 ●叫ぶ言葉は愛の唄 闘牙の移動こそ認めてしまったものの、猟牙は抑えた霧音。自らの役目は全うするのだ、まだ比較的体力の削れていないのは幸運であった。 「そろそろ帰りたく……なってきました、寒いし」 「いいわよ、そうしてくれるなら楽になるというものよ」 放たれた呪縛の糸を斬り回避し、桜色の優しい光に溢れた刃を横へと一閃した。すれば、刃から舞い上がるは櫻が花弁。 「私は櫻の衣通姫。舞い散る花弁一片に至るまでが我が刃と知りなさい」 彼女の和服が此れ以上無いまでに栄えていた。其の姿、修羅の鬼とも花のかんばせとも言えよう。うっとり見惚れる暇は猟牙には無い。見惚れればすぐさま彼の世に花弁と共に導かれよう。 「やっぱり……ちょっと帰りたい」 猟牙が花弁を両手で退かそうとするも、幾重にも舞う其れを退ける事は不可能。刹那、花弁は桜色から紅色へと爆発したのであった。 蜘蛛と成り、次の瞬間には真昼の首筋に蜘蛛の顎が噛みつき、血が噴き出していく。 あまりの強烈なキスに真昼は一つの断末魔を上げた。目の端の方で反応した葬識が暗黒を放ってきてくれていたのは見えていた。掠れた視界に意識が落ちていきそうになったのだが、運命が死ぬ事を許さず、倒れる事も許されず。 震える歯をがちんと噛みしめた真昼は両手で闘牙の顎を抑え、己が噛みつかれている部分から身体を引き剥がすように押した。 闘牙の顎には肉片が、千切れた真昼の喉から、口から更に血が込み上げて溢れる。 「あと十秒です、ふぐ……っ」 肉片を食した闘牙に刃の切っ先を向けた真昼、其の腕には白夜と呼ばれた蛇が蜷局を巻いていた。 「あと六秒」 頭の中で行う演算は敵のA to Zまでの行動だ。目を覆っていたマスクをナイフを持っていない手で外し、駆け抜ける。同時に放たれた闘牙の糸を頬に掠める。 「あと三秒」 此の時を待っていた。 敵の攻撃した一瞬の隙に跳躍した真昼はナイフの切っ先を真下へと向ける。血の軌跡と一緒に重力に従い下に落ちれば闘牙の頭上ぴったりにナイフが直撃し、皮が爆ぜ、骨を砕き、脳を潰す。 「あと一秒」 ほんの少しの間静止した闘牙は、其の侭横へと倒れ動かなくなった。 しかし波乱は続く。フランシスカの苦い声に振り向けば、彼女の内から運命の光が漏れていた。 真昼が土隠の対応をしている最中、フランシスカは一人で阿吽の攻撃に耐えていたのだ。もはや羽は折れかけ、身体中は傷だらけ。 駆け、彼女の身体を片手で支えた真昼は阿吽の振り落された剣を、自身の小さなナイフで受け止めた。狙いは腕の中の彼女か、だが此れ以上傷つけさせるわけにもいかなくて―― ――其の時であった。 地響きと、大きな千切れる音と、超重低音の声。都に怨霊の咆哮が暴れ廻る。 「まさ、か!!」 真昼が阿吽の間から本殿奥を見れば、崇徳院と呼ばれた大天狗が身を乗り出して来ていた。 霧音は後方を見た、既に嶺が動けない状態だ。崇徳院の近くでは麗香が動けない状況だ。そして崇徳院は麗香殺しにかかっている――もはや猟牙に構っている場合では無いのだろう。 やらなくてはならない事とは。 崇徳院は無視だ、霧音は一直線に香我美へと攻撃を放たんとした。 が、刹那。 大きすぎる崇徳院の腕が霧音の身体を掴み、本殿奥へと投げる。本殿の床にバウンドしながら奥へとぶつかり消えた霧音の身体。一瞬にして運命の光が淡く光って絶命を避けた。 パチと開いた霧音の瞳。 瓦礫の中から身を起こして再び香我美へと駆けた。しかしだ、しかし、崇徳院の両腕に彼女は捕まった。 今の内に麗香を助けろと目で言った霧音の瞳を寿々貴が察知して彼女は駆けた。 安堵したものの、霧音の締まる締まる両腕の中で己の骨が砕けていく音を間近で聞く。内臓が破裂し、足が折れ曲がり、声さえあげる余裕さえなく意識を飛ばす。 「あ、あぁ、あああっ!!」 寿々貴は聖神に祈った。 一回――だが、足りない。大男の手に抱かれた彼女はぴくりと反応してくれない。 もう一度、二回目――足りない。何が足りない。打っても打っても打っても打っても、彼女が再び目を覚ます事は無い。しかし僅かだが口が動いているのは見える。まだ霧音は死んではいないのだ。 此処で限界である事を確信した。此れ以上の戦闘は、傷つき体勢を直せない七人での戦闘では、明らかに吊り合わない状況だ。 「ちぇ」 苦い顔をした葬識は香我美から離れた。もう終わりか。もう少し楽しい戦闘によがりよがっていたかったものを。とりま、次の楽しみが出来ただけ上々と思い込むしか無く。 空気を読んだ香我美が片手を上げて崇徳院の攻撃を静止させた。 「崇徳院。我等が成すべきは封印の破壊ですわぁ。其れ以上は無駄な煽りになりますの。返して差し上げて欲しいのですわぁ」 「……承」 轟、と投げた霧音の身体。受け止めた寿々貴は両手に抱えて後方へと移動した。嶺と麗香を片手ずつ抱えた葬識は、のぼって来た階段の段数を思い出して重い溜息を吐いた。いりすは風に煽られて吹き飛ばされそうになった真琴の身体を抱えた。 同じく下がった真昼とフランシスカ。階段を背にして、其の時気付いた。 「撤退です!? 其れ以上は……!!」 「まだ……まだだ、俺は聞きたい事が聞けてない!!」 真昼の腕を振り払い、走ったツァイン。片手の剣が柄から先まで一瞬にして光を放ち、赤い瘴気の中を照らした。 「本当のお前の声を聞かせろよ香我美ぃぃーーッ!!!」 「や、やめっ。折角見逃してあげているのですわよ!! もう手遅れ、何もかも、何もかもが、全部全部ぜぇぇえぇえんぶ!!」 半歩引いた香我美は腕を右から左へ払った。舞い上がる風に引火した炎が爆発を起こせば、飲み込まれるのはツァイン一人。 しかし諦めきれない。身体は傷つき限界を迎えようとしているのだ。 それが、何だと言うのだ!! 炎から腕が飛び出す。香我美の襟を掴み、引き寄せ、鼻先が当たる程に顔を近づけた。 「きっとこっからやり直すのは死ぬより辛い、想像出来ない程の苦痛だろう。だけどさ、俺達そういう物好きだろう? やってみねぇか?」 「やめて……一二三様がいないと、駄目なの。もう心も、骨の髄も全部一二三様のものなの」 ふるり、震えた香我美は両手でツァインを押して退けた。 「手伝いなんかしねぇよ……ただ、最後まで付き合うくらいはしてやるからさ……」 輝剣は香我美の、胸の上を撫でる。受け入れてみた、其の攻撃を避ける事さえ忘れてみた。今は心地好い正義に触れるのも一興かと思った。 「ホラ、今までで一番綺麗になった……!」 けれど。 「……本当に、そう見えるのであれば御目出度いお人ですわ……」 綺麗に、皮だけを裂けば刺青が一緒に削げる。そうすればきっと、香我美を救う事ができると信じた。 けれど、でも、それでも。身体の奥から叫ぶ暗黒は止まらない。香我美の奥に深く根付いた裏野部一二三を消え去る事は不可能だ。 さあ、時間だ。 集めるべきものは全てが揃った。 壊れた時計の針は、新たに発生した崩れた時間を刻んで動く。 悲劇は始まる。眠らない悲しみは大地に降り注ぐ。 スーパーセルの、完成だ!! 落雷が一つ。麗香の身体を抱えた寿々貴のすぐ後ろの大木に其れが落ちて、炎上。雨と、火花と、風が一斉にリベリスタを襲って此の場所から弾き出さんとしていた。 暴風がツァインと香我美を決別させようとし。掴む腕が彼女の腕からずれていき、ついに手を掴んで、指を掴んで、段々と引き剥がされていく。 刹那、彼の腕は香我美を離れ、弾き飛ばされていく。 ツァインを受け止めたのはぐるぐであった。ただ一点、香我美を見つめて動かない。 数秒後、少しの空気と共に笑みが漏れた。己は、否、リベリスタは裏野部とぶつかった。しかし状況は香我美の健在。 やはり己は彼女が好きか。まだ香我美と同じ時間を生きれる事が嬉しかった。其れはリベリスタとしては外れている考えかもしれないが、きっと彼女は素敵な個性だと言ってくれるだろう。 「また、また遊びましょう」 一礼したぐるぐは、狂風に煽られ抱えていたクロスイージスと共に舞台場から弾き飛ばされていった。 力が抜けたように膝が崩れた香我美は両手で顔を覆った。嗚咽が漏れ、肩が震える。 「うっ……ぅぅ………ぅぅう、うっうっ、う、……」 泣いている? いやいや、そう見えるのであれば御宅の眼は不良品に御座います。 「う、ぅ、うっ、うふ、ん、んふふ、ん、ふっふぅぅううああああーーーーハハハハハ!!」 背は海老反り、顔は雲の渦巻く黒天を向いた。目は瞳孔が開き、口は唾液を垂れ流す。両手を天に、見える、届く、暁は其処に。 刻まれた刺青に感謝を!! そして呼べ、其の名を!! 「一二三様!! 一二三様!! 我が主!! 我が主よ!! 届きますでしょうか!? 此の声が、音が、光景が!! 死国は、此の手に堕ちましてでございますわぁ!! アハハハハハハハハハハハハギャギャギャハハハハ!! ぎゃははははギャアキャアアアアアアアハハハハ――!!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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