●望郷の日 「何と懐かしい事か――」 温和な顔立ちに似合いの落ち着いたバリトンが嘆息めいた言葉を紡いだ。 テヴェレ川の水の流れも、数々の美しい史跡も、雑多な街の風景さえ愛しい。人間が人間である以上、誰しもが持つ『原風景』は故郷と呼ばれるもの。 涙枯れ果てる程に涙を流し、何もかもを憎しみ抜いたとしても――十年や二十年ではさして変わる事の無い石造りの街並みは隻腕の『彼』の胸に少なからぬ温かさを感じさせるものと言えた。 「――君の場合はあの日本こそ、自身の故郷のように感じているかも知れませんが」 優しげな口調で呟いた『彼』の語りかけた先は傍らを行く人間では無い。彼は一人。彼が手にした鞄の中身こそ『彼が共に原風景を訪れたもう一人』ではあるのだが。 (――しかし、感傷に浸っている暇は無いか) 欧州、イタリアが首都ローマ。 『彼』が訪れたのはその都の中に『もう一つの国』を内包する唯一の街だ。この街に自身が訪れる事に何らかの深刻な問題を生じるとするならば、その理由はまさにその『世界で最も小さく強大な国』を理由にするものに他なるまい。 「……あの『箱舟』と関わったとも聞いていた。 少しは寛容さを身につけたかと期待してはいましたが……」 自身をピタリと追うように続く影――気配の存在に気付いた『彼』は溜息混じりに呟いた。 素知らぬ顔をして人通りの少ない方角、方角へと自身と彼等を導いていく。 暫く振りのローマではあるが、『変わらない街』の土地勘は十分なままだった。 (やれやれ、これでは――『あの方』と接触するのも簡単では無さそうだ) ●アゴスティーノ・ベルトリーニ 「……まぁ、一口に『組織』と言っても一枚岩であるとは限らない」 世界的な傭兵活動を開始したリベリスタ達が海外からの神秘案件を請け負う事は多い。世界各国で起きる様々な動乱で成果を上げ続けているアークはその声望を以前よりも高めていると言えるのだが―― 「それが大きければ大きい程、感情的に難しければ難しい程です。 状況は一筋縄では通らず、上手くない事態も発生する―― アークの皆さんはまー、そんな事は釈迦に説法だとは思うんですけどね!」 ――この日『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000) が持ちかけた『仕事』はそんな海外依頼とも少し毛色の変わったものになっていた。 「……どういう事だ?」 「つまり、今回の依頼はかの枢機卿からの『個人的依頼』な訳です」 「個人的依頼……」 アゴスティーノ・ベルトリーニ枢機卿はあの『ヴァチカン』主宰のパーティでアークの面々とも面会し、言葉を交わした重鎮の一人である。『最強最大のリベリスタ組織』と呼ばれる『ヴァチカン』の権威者である彼が海外の協力組織に『個人的な依頼』をするというのは中々どうして穏やかではない。その内容に綱渡りの状況を含まないのならば元よりそんな話が来る訳は無いのだから、当然とも言える。 「皆さんには見て貰った方が早いですかね――これを」 「――――」 アシュレイの言葉に応じてブリーフィングのモニターには黒衣の神父の姿が大映しになった。リベリスタの反応は様々になろうが、結論から言えばそれはアークとも因縁浅からぬ一人のフィクサードの存在を示す情報であった。 「パスクァーレ・アルベルジェッティ――神父。 娘の革醒事件を切っ掛けにリベリスタ側に対抗姿勢を取るようになった人物です。特に『ヴァチカン』に破門された後は日本で七派逆凪の客分として用心棒をしていた事もありましたねぇ」 「成る程、確定的に面倒な事件なんだな」 「パスクァーレ様絡みならばそう思うのも当然でしょうけど。 今回は厄介の質がちょっと違うかも知れませんよ?」 アシュレイの言葉にリベリスタは「ふむ」と思案した。 現在の彼はその逆凪のコントロールも外れ、ほぼ単独で動いている状況である。先にケイオスが引き起こした『混沌事件』の際に娘の亡骸を奪われた事から激昂し、アーク側と共闘する形になった以降は行方は杳として知れてはいなかったのだが…… 「パスクァーレ神父の今回の目的は『娘の安息の地を約束して貰う事』です。 既知の枢機卿を頼り、彼にそれを託そうとしている。 基本的に『リベリスタは憎悪対象』の彼ですが、直接的な師匠に当たるアゴスティーノ枢機卿に関しては愛憎半ば――それでも信頼しているって事ですかね。ケイオス様の事件を考えれば娘さんの寝床に『絶対安全地帯』を選びたくなるのも気持ちは分からないでもないですし。 ……で、まぁ仕事なんですが。同様にパスクァーレ神父が破門されるに到った『事件』で己が力が及ばなかった枢機卿の方も彼に罪悪感を抱いている。二者は接触を図り、枢機卿は神父の願いを叶えてやりたいと考えている――そうですが」 「破門、か」 「その通りです。あの組織がどれだけ『面倒臭い』かは御存知の通り。 私や――例えばキース様なんかもそうだったみたいですけど、重点敵対存在がローマに近付けば命のスペアがかなりないとしんどい位ですよ。 従ってローマ近辺では殆どフィクサードなんて生存出来ない状況なんですけど。 まぁ『ヴァチカン』は神父を許諾出来ない。する気も無い。 師匠としての枢機卿は神父を助けたくても、重鎮たる彼が単純に『ヴァチカン』に働きかければ権力闘争や暗闘も含め混乱が不可避である……と」 「そこで神父を良く知る俺達か。枢機卿はアークに何をさせたい?」 「『破門者パスクァーレ・アルベルジェッティ元神父を可能な限りローマから早く退去させる事』。 ……ま、アークに届いた『表向きの仕事』は此方の方で。 彼の個人的な依頼は二点。『アリーチェ・アルベルジェッティの骨を自身に届ける事』。『秘密裏にパスクァーレ・アルベルジェッティのローマ離脱を助ける事』。ついでに付帯。『ヴァチカン』と戦闘になった場合、自身等の正体と状況に気付かれない事。可能な限りそれ等の命を奪わない事」 アシュレイの言葉にリベリスタは苦笑した。 アゴスティーノからは「今回の仕事に関して問題事態が起きたとしても自分が極力抑え込む」との言質は取ったらしい。元より一蓮托生の状況ではその言葉は事実だろう。本部上層は『ヴァチカン』の有力者であるアゴスティーノの『泣き所』を握る事を『アークの利益を生み出し得る仕事』と判断したのだろうが―― 「簡単に言ってくれますよねー。でもこれはぶっちゃけ恩売れそうですよね!」 ――簡単に言うのはアシュレイの方も同じ事。他人の事を言えた義理では無い。 「そうそう。『ヴァチカン』側が動いているって話はしましたよね。 これについてはここだけの話って事で他言無用ですが、動いているのは『ヴァチカン』の暗殺・暗闘部隊『異端抹消機関』。執拗さとしぶとさには定評があるなんてものじゃないですし、これでは流石の神父も分が悪い。ああ、動かしているのは此方も皆さんの御存知かと思われる――チェネザリ・ボージア枢機卿ですので、その辺りくれぐれも気をつけて下さいね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月12日(木)22:28 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●破門者の夜I その街並みは一時の人の営みで変化する事は無い。 地面を掘れば遺跡に当たるとまで言われるローマ市は地下鉄の増設が出来ない事で有名であった。人類史上有数の大帝国の中心地であった場所は幸運な事に地理上『大規模な地殻変動による被害』を受ける事も少なく、人類史上最も歴史に愛されている土地と言っても過言では無いのかも知れない。 「……書は貴方方にも『寛容』を説いた筈だとは思うのですがね」 ローマ市内の広場の中央に夜色のカソックを身につけた一人の男が佇んでいる。 身を切るような風が冷たい深夜の街中に『普通の人間』の人影が無いのは当然と言えば当然だが――『それでも多くの気配が存在する事』自体は少々の違和感であるとも呼べた。 その男――パスクァーレ・アルベルジェッティ神父が視線を投げた闇の中からぞろりぞろりと黒装束に身を包んだ影のような人影が姿を現していた。黒装束は顔を仮面で隠し性別も人相も区別はつかない。とは言え、互いの自己紹介はこの期に及べば不要である。それは彼がこのローマに到達して幾日か、殆ど毎日のように遭遇している相手であるからだ。 「神はその庇護者を愛し給うても、必ずしも敵対者を持たぬ訳では無い」 「成る程、うんざりはするが――不完全な(アガペーならぬ)人間の為す事ならば理解出来ないでもない」 「何故、このローマに足を踏み入れた? 破門者」 合計十五にも及ぶ『影』が噛み合わぬやり取りの間にも半円を描くようにパスクァーレの包囲を作り出そうとしていた。明確過ぎる程に際立つ殺気は名刺よりもハッキリと彼等の素性を伝えていた。 彼等は殺しを専門にする――暗殺者である。大いなるリベリスタ組織『ヴァチカン』に存在する最も深き影。暗闇の底よりその敵対者に静かなる刃を向ける『見えない刃』。ヴァチカン異端抹消機関――通称する所の『チェネザリ機関』は誰しもが噂半分、話半分で口にしながらもその正体と実態を悟らせない神秘界隈の禁忌(タブー)の一つであった。 「話し合っても解決しない事がある事は――随分と前に知っている」 丸眼鏡の奥の理知的な瞳を細めたパスクァーレに輪を狭めた影達の気配が鋭くなる。 過去の事件で『ヴァチカン』より破門され、フィクサードに身を堕としたパスクァーレがこの街を訪れた理由は娘の安息の地を求めんが為である。彼は『唯一信頼出来ると考えている』旧知の枢機卿を頼り――ケイオスによる事件の被害にあった娘の庇護を依頼せんとしている。問われた用件はと言えば唯それだけに過ぎない。しかして『アゴスティーノ・ベルトリーニ』の名を出す事が状況を良い方に向かわせる筈も無いし、話し合いに応じる相手ならば最初から襲撃等すまい。 かくて繰り返された小競り合いは既に幾度目かを数えているという訳である。 (しかし――今度は十五。流石に骨が折れる状況には違いありませんね) 『チェネザリ機関』がこれまでの襲撃に倍する規模を用意したのは偏にパスクァーレのしぶとさを評価しての事になろう。『ヴァチカン』の意に沿わぬ革醒者、エリューションは『浄化』されるというのは神秘界隈におけるローマの常識である。これまでの攻防で時に彼等をまき、時に彼等を打ち倒した彼は『A級』の待遇を受けに到ったと言えるのだろう。さりとてそのパスクァーレにも疲労の色は濃い。破門者たる彼の存在はローマに滞在する貴人の警備の強化を招いている。つまり彼がアゴスティーノに到るには『ヴァチカン』の最も堅い警備を打ち破る必要があった――無論、この『最大の危機』を乗り越えた上で。 日常より隔離された空気は一瞬即発の危険な匂いを漂わせていた。 パスクァーレの左腕と化した十字剣――白刃が澄んだ空気に月光を跳ね返す―― ●破門者の夜II 「まぁ、手が滑りましたっていう事で」 『謎のデストロイド仮面』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の構えた砲が火薬臭い白い煙と湯気を上げている。 殆ど牽制のようにばら撒かれたその砲撃に影達もその足を止めている。 戦場の状況を攪拌したのは――この場に本来有り得ざる新たな客。 モニカがこれでもかと言う程に分かり易く告げた――その十人の存在だった。 「何者――?」 影達に微かなざわめきが起きる。 神秘的、政治的権力――双方から人払いを済ませたこの一帯に『無関係な者』が寄り付く事は無い。 自身等が半円に包囲したパスクァーレの後ろ側――裏路地側から出現した十人は彼等にとって全くの想定外の存在だったという事だ。 「……………」 そしてそれは前方に『チェネザリ機関』、後方に『仮面の軍団』を置く事になったパスクァーレも同じであろう。無貌の仮面――ないしはそれに類する何某か、怪盗による変化や衣装を工夫する事で顔や素性、性別さえも隠した『仮面の軍団』こそ、アークとアゴスティーノからの密命を受けてこの夜に赴いたアークのリベリスタ達である。 (魔女狩りの昔から異端を狩る執行者の存在。 噂程度には聞こえていましたが……まさか、直に対面する事になるなんて) 事実は小説より奇なりとは良く言うが――出来れば気休めにでも冗談で済ませて欲しい事柄はある。『チェネザリ機関』の実在、遭遇は『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の柳眉を顰めさせるだけの意味合いを感じさせていた。彼女が百識を探求する魔術士であるが故に。彼女の見たパスクァーレが小さくない消耗を見せている事実故に。 (個人的な感情でなんとかしたいってやつか。そういうの嫌いじゃないよ。協力したい) 一方で『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が仕事の話を聞いた時に覚えた感想は竹を割ったように素直な――全くこの少年らしいものだった。 (……楽団の騒ぎの時から行方不明になった、とは聞いていたが。こんな形で縁が繋がるとは、な) 内心だけで呟いた『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)のその眼力が唯一言葉を発していた影の一人を看破していた。 (まともにやり合えば腕の一本二本を取れるか、それとも取られるか――?) やはり、精強だ。『チェネザリ機関』の名は伊達でも酔狂でも無いのだろう。リベリスタとして最前線で鍛え上げ、多くの場数を踏んでいる彼だからこそ彼我の間合いを間違える事は無い。 この地に遣わされた彼等のミッションはパスクァーレを援護してその意思を遂げさせる事。夏栖斗が考えた通り、この仕事の根っこの理由は感傷に過ぎないが、逆にその感傷は『世界で最も融通が利かない』とされる『ヴァチカン』の人間味めいていて少し安心させられたのも事実であった。 不測の事態に警戒を強め戦闘態勢を整え直す影達の一方でこの状況を先んじて想定していたアーク側の動きは早かった。アーク側もこれにそれに倣うのは当然の事。それに加えて。 (――G!) (分かっている) 『メイガス』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の合図を受けた『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)は表情を変えずに彼女に了解のサインを送る。 敵に自身等の事を悟られず、万全な連絡と情報共有を行うという今回の作戦の肝を担うのはハイテレパスによる念話通信を担当するウェスティアと、 (利を抜きにしても、願いを叶えてやりたい――尤も『ヴァチカン』に弓引く真似となれば相応に複雑だがな) 敵側に対して最も厳重な警戒を行わねばならぬリーディングからパーティを守る妨害役のゲルトの二人なのである。 ウェスティアは自身等の正体を察しかね、睨み合う格好となった影達の一瞬の困惑の隙を突き、構えと半身を此方に向けたパスクァーレに向けて念話を試みる。 (私達は『とある人』から手紙を預かってきた。貴方の『娘さん』をその人に届けたい。 私達は『フィクサードとして』貴方と共同戦線を張りたいと思ってる。その為にここに来たの――) 魔術師らしからぬ――そう言ってもいいだろう――剣と思しき鉄塊を構え影達を見据えるウェスティアにパスクァーレの声は返ってこない。彼女がそれを構えるのはある意味での感傷である。最期の時間をこの黒神父と共に在り、彼の娘を救う事にその命さえ投げ出した――大切な友人の遺品だからである。 静寂の向こうで石の擦れる音がした。 何れにせよ敵対者に容赦は無い『チェネザリ機関』は長く待つ心算は無いらしかった。 戦いの中断等、もう十秒もしない内に終わりになってもおかしくはない。 ウェスティアはもう一度『声』を張る。 (正直、あの時あの場に貴方が居なければ私の大切な友達は今もこの鉄塊を振ってお仕事続けてたと思う。 こんなの逆恨みだってわかってるんだけど、それでもそんな気持ちが無いなんて言えない。 でも――でも、私は彼の行動を──命を賭けた最後の仕事を無かった事にする訳にはいかないよ!) ウェスティアの隠し切れない強い感情が言葉の数々に滲んでいた。 出会いと別れは常に表裏一体だ。かつてパスクァーレが最愛の存在を亡くしたのと同じように。 少女にも思い出せば瞼に滲む『誰かとの時間』が無い訳では無い―― 「私達の事は嫌いで良い。 けど、私達が此処にいるのが、誰の、誰への気遣いからなのか、だけは斟酌してくれるかしら」 日頃のそれとは違う――『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は白い肌に金髪碧眼の少女の姿に化けている。女性めいたその一言が丁度合図になったかのようだった。半身、構えをリベリスタ達に向けていたパスクァーレは言葉を切っ掛けにその背を完全にリベリスタ側に晒す格好を取った。パスクァーレ・アガペーの切っ先はこの時あくまで影達に向けられている。 (主よ、少しの間貴方に銃を向ける事をお赦し下さい。聖なる方の、『私の』願いをどうかお聞き下さい…… パスクァーレ神父は貴方の、世界の敵ですが……罪無き死者ばかりには、どうかせめてもの安息を) 何時もとは違う祈りを捧げ、瞑目を開けた『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は今一度パスクァーレの背中をじっと見つめた。 思い出したのは『楽団』の事。黄泉ヶ辻京介と――彼に弄ばれた友人の事。 泥のように足元から絡みつく呪い、その連鎖を振り払おうと思うならば『救い』を形にする事が罪だとは思えなかった。 何れにせよ、触れなば斬れんこの男の返答には――恐らくこれ以上のものは望み得まい。 「……何処まで人の良い連中なのですか」 唾棄するかのようなその言葉は呆れも、感心も、怒りも、憎悪も、かつて人間にも向けられていた深い愛情の残滓さえも含む――表現しようのない味わいを湛えていた。 想いは人の数だけ交錯する。愛だけで割り切れぬように、憎しみだけでは割り切れぬのだから。複雑に絡み合う感情のマーヴルは気まぐれな神が喜劇に望んだ混沌のスープなのだろうか? 「人が良い? それは違いますね」 嘆息めいた彼の言葉を鼻で笑ったのはモニカである。 「貴方に拘るのは私の人生最大の不手際故、要はただの私怨です。 半端な同情心は一切ありません。故にこそ今回の互いの目的は何より尊重する、それだけで――」 その左腕を『吹っ飛ばした』その時から因縁は始まった。奇妙な、名前をつける事が難しい、実に面倒な関係は。 「――それは『此方の事情』でしかありませんからね。 貴方の事はいずれその頭吹っ飛ばして殺しますが今はその機会ではない。 この場では絶対に生きていてもらいます」 やや早口めいて一方的に告げたモニカは、話はついたとばかりに『何時もの自動砲』ならぬ『ドカン砲』を構えた。そんな彼女の耳に「それはそれで君(シニョリーナ)らしい」と何とも変装の意味の無さを伝えるようなそんな言葉が微かに届く。 「――やれやれ、どうやらこれで時間一杯のようだわね」 黒髪の女性に扮した『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が口元に不敵な笑みを貼り付けて――そう言った。ほぼ同時にゲルトが保険のジャミングを展開する。 「さて、どうなるかしら」 パスクァーレの観察を終え視線を切ったオーウェンは何処か楽し気だ。 同じ敵ならば盛大に迎えてやるのがいい。 戦わねばならぬならば、駆け抜けねばならぬのならばそれでいい。 マスクの下の素顔をあの神父に――晒さんとも思ったがそれも最早不要だろう。 幾度も重ねられた戦意は互いを引き合う敵への執着は運命めいているではないか。 「貴様を信じて託した者が居る。託されて意志を背負った者が居る。 そして、託された重みを信じた貴様がここに居る――パスクァーレ・アルベルジェッティ!」 今は多くの言葉は不要。己を明かす必要も無い。 否、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)を今明さんとするならば――より華やかに! 「――竜は、神の敵だ」 竜。 彼は神を殺すもの。 公明正大なる宣戦布告は静寂の広場を青い衝撃となって駆け巡る。 一人残らず片付ける――そう結論付けたらしい影達は再び地面を蹴り出した。 ●破門者の夜III 「この動き、容易く捉えられると思うなよ――?」 戦いの鏑矢、先鞭は常に司馬鷲祐のものである。 誰よりも早く雷気を纏い、雷光獣騎の『電撃戦』で敵陣に切り込んだのは言わずと知れた彼である。先に動き出した影達さえ抑え付ける勢いで前方に躍り出た彼は瞬時の集中から手近な敵に『斬劇』を展開する。 鮮やかにして劇的なまさに優美苛烈なるスピードの奔流は二連瞬き、まさに二千の鷲祐と共に影と空間に斬撃の嵐を繰り出した。 「――成る程、いい腕だ。イタリア・マフィアの仕事とも思えないが――」 痛打痛撃にやや後退した影が小さく漏らす。 敵が数に勝る以上は余裕のある状況を作るのは難しい。一人が最低でも一人以上を抑える必要がある――その局面にとっては『派手』に飛び込んだ鷲祐の肉薄は十分な意味を持っている。 敵陣はまず一つの基準に鷲祐の戦闘力を認識した。影達が敵が自らを脅かし得る戦闘力を有していると判断した以上、無理にターゲットであるパスクァーレだけを狙ってくる目は消えたと言ってもいいだろう。 顎で合図を出したリーダー格の影に従い、影達は金属音を立てて大振りの暗器(クロー)を生じさせた。何処に隠し持っていたのか――何らかの神秘による装着なのかその辺りは知れないが、彼等の内で特にスピードに優れた二人がリベリスタ陣営に飛び込んでくる。一人は地を這うように疾走し、もう一人は大跳躍からパスクァーレを強襲した。 激しく金属同士が絡み合う音がする。 繰り出された爪を素晴らしい膂力で払ったパスクァーレの左腕から伸びた黒鎖が強かに影を叩く。神父の受けに逆らわず、空中でくるりと回転した影はそれでも姿勢を正して足元から着地していた。 小さくイタリア語で何かを呟いたパスクァーレが肩口を軽く気にしている。 うさぎはその様子を明敏に察して臍を噛んだ。 (『あの』神父に簡単にダメージを入れますか? 普通――) されど、化かし合いならば『狸』は簡単に尻尾を出すものではない。 「あらあら、Sにびっくりしたの? 噂のチェネザリ機関も大した事無いのね?」 「……」 リベリスタ側の前衛として戦線を構築するうさぎは思惑を顔には出さず、迫る敵を受ける形で嘲笑混じりに挑発めいた。暗殺者という職分柄か口を開かない影は白い無機質な仮面の向こうでぎょろりと視線だけを動かしてうさぎの姿をねめつけていた。 「――ッ!?」 風切り音を置き去りにして見えない刺突が急所に迫る。 開かれた双鉄扇がアル・シャンパーニュを辛うじて弾いていた。 見切って避けたと言うよりは身体が咄嗟に動いた(クリティカルした)と称した方が正しいだろうか。 うさぎはあの『The Living Mistery』ジャック・ザ・リッパーとも『魔神王』キース・ソロモンとも『至近距離での直接交戦経験を持っている』。物理的に見えないだとか、反応速度をぶっちぎっているとか、問答無用で滅茶苦茶強いなんて相手に関しては驚くパターンも尽きた頃合なのだが…… (恐ろしく実戦的。殺しに来るってのはこういう事ですかね――) ……そのうさぎをして影の戦闘は殺しを仕事にする者特有の危険な臭いを感じさせるものだった。 それは殺しを楽しみにしていたジャックとも、スポーツめいた傍迷惑なキースとも別種の臭いであった。 「――O!」 「任されたわ」 仲間の呼びかけに応え、中衛のオーウェンが動きを見せた。 「さて、これで如何かしらね?」 比較的速力に優れるオーウェンは大半の敵の動きにここは先んじて無数の気糸をばら撒いた。 「文字通りの『足止め』……よ」 精密さと狙撃力、そして対多数を併せ持つ彼の一手は幾人かの影に打撃を与え、絡み付く。 自身で言った通りこれは『これだけでは』気休め程度にしかならないが、リベリスタ側の攻勢はそれのみに留まらないのだから話は別と言えるだろう。 「引き受けます――!」 本来ならば魔術師が前に出るのは御法度だろう。 しかし、高位の魔術師は時に戦士以上に戦士を完封出来るものである。 影の爪を中衛から壁として動いた悠月の魔力障壁が弾き飛ばす。 総ゆる物理攻撃を無効化するルーン・シールドの展開は彼女一流の技量が故。青く火花を散らす見えざる壁は僅か数センチを悠月を守る絶対無限の距離にする。 「アルベルジェッティ神父、これで――」 悠月のインスタントチャージが最も長い戦闘に疲労を見せていたパスクァーレを包み込む。 「流石ですねぇ」 ここは些か素の口調が漏れている。 「でも――負けてはいられないわね?」 事前に味方に翼の加護を施したうさぎは、今度はお返しとばかりに自身の敵を厳しく狙う。 暗殺術に抗する暗殺術。噛み合う戦いが彼我の間で激しく展開されている。 「こっちは僕が――G!」 夏栖斗の声に頷いたゲルトが動き出した。 「悪いけど、たっぷり相手をして貰おうか。『倒せるものなら』……ってね!」 本職(ゲルト)と同じく粘り強さには十分な自信を持っている夏栖斗である。敢えてここはアゴスティーノの手紙を有するゲルトから注目を離すその為に敵陣を自身に引き付ける役目を負ってみせた。 三名の影が夏栖斗に向かって攻撃を仕掛けてきた。 「痛ったいな――」 堅牢な彼とは言え、相手が悪過ぎる以上小さくないダメージを負う事にはなったが―― (――でも!) 一瞬だけちらりと視線を流し味方の様子を確認する。 少なくとも今の攻防が最も重要な局面から注意を逸らしたのは間違い無い。 「俺達にも利がある。だが少なくとも俺は、それ以上にお前の望みを叶えてやりたいと思ってここに来た。 お前の為ではない。『ただ父親に愛されるべきだった』一人の娘の為にだ」 手紙を渡したゲルトはパスクァーレを庇うように前に出た。 自分が彼より強靭だとは思っていない。 だがその一歩はゲルトがゲルトであるが故の矜持のようなものだ。 殆どゼロ距離で伝えられた言葉は神父の事情には違いないが、アークの素性には繋がるまい。影達は或いは超越五感でこういったやり取りを捉える事が出来るかも知れないが――証拠にはなるまい。 パスクァーレが遺骨の引渡しに同意すれば状況はかなり楽になる。旧知の彼が自身の素性を伝えんとするかのように直接言葉を投げたのはその辺りの『難しさ』を理解しているからであった。彼は共闘に同意はしたものの、不倶戴天の敵であるリベリスタに『アリーチェ』を渡すかどうかは読めない部分が大きい。 ゲルトの放ったラグナロクの呼び声がパスクァーレを含む味方に強烈な加護を与えた。 「頼んだ覚えはありませんよ、『G』」 自身を庇わんとするかのような位置を取ったゲルトの背中にパスクァーレが静かな言葉を投げた。 彼はゲルトの横に立ち並ぶ位置取りで十字剣を構えた。 「貴方達に『庇われる』等、虫唾が走る――」 恐らくは概ねの事情を理解しながらゲルトをGと呼んだ黒神父の悪態は何処まで本音か分からない。しかし、唯事実として言い切れるのは――彼が剣を一閃し放った光の波が『リベリスタ達に影響を与えなかった事』ばかりである。 強烈なパスクァーレ・ジャッジメントが敵陣を激しく攻め立てている。 「――侮るな」 夜に瞬いた白光が薄れたその跡で――リーダー格の影が他の影達に低く重くそう言った。 「連中は『プロ』だ。恐らくは海外の――組織立った戦力を持つ一流のな」 リベリスタ側は無論、この指摘に反応を見せる事はしない。 影の判断は恐らく消去法によるものだろう。ローマは無菌状態である。『ヴァチカン』の知り得ない、把握せぬリベリスタ組織は存在せず、フィクサードにいたっては組織はおろか個人の生存すら許されない。なれば彼等が自身等とまともに戦える戦力を海外の存在と読むのは道理である。又、あざとい位に作戦名(コード・ネーム)を口にする姿を見れば『正体を隠蔽したい組織』の姿が見えてくるのも然りになろう。 アゴスティーノの言を信じている以上、『ここまでは問題無い』のだ。 但し、手強い敵に元より一切の油断が期待出来ない以上は厳しい局面は言うまでも無い。 敵は『チェネザリ機関』。 様々な意味で名声を持つ『ヴァチカン』においても特異なる――悪名の集合体である。 汚れ仕事をほぼ専門に受け持つ彼等は唾棄され、蛇蝎の如く嫌われている。されどその悪名の高さは裏返せばそれだけの仕事を任されながら殆ど失敗らしい失敗、失点らしい失点が無いという彼等の遂行力の高さを証明しているとも言えるだろう。 「……っく、しかし……!」 悠月の障壁が影の爪に切り裂かれる。されど彼女はその手に携えた『虚無』を敵の内に抉り込む事で即座に反撃に移っていた。 喀血する影がゆらりとよろめく。 目を大きく見開いた彼女は右に続き左の『虚無』をお見舞いする事でこの状況を『圧倒』した。 攻防は続く。まさに苛烈に――『リベリスタ同士の高等戦』が展開されている。 激戦の中、お互いのフェイトが青く燃える。 消耗は苛烈で安全地帯は何処にも無い。防御に優れぬ者は否が応無く傷付き、逆に優れる者はそんな彼等を庇い、より多くの敵を引き付ける事で深い傷を負っていた。戦いの中でリベリスタ達は知った。「出来れば殺すな」と言ったアゴスティーノの要請がどれ程の机上の空論だったかを。 枢機卿さえも正確に理解していない『チェネザリ機関』の恐ろしさは底知れなさを隠していない。 (海外のリベリスタなんて普段ろくに役に立たない癖に―― こんな時に限ってまともな人材が出てくるんですね。まあ場所が場所だけに当然ですか。 そりゃ流石に七派のチンピラのがマシなんて事は万が一にもないと思ってましたけど……) 雪のシニョリーナ(モニカ)にとっては『ヤード』他の体たらくには嫌味を言ってやりたい位である。 流石に口元を歪めたモニカ程は皮肉に満ちては居なくても、敵に回す『ヴァチカン』の脅威は誰にも感じ取れているものである。アーク精鋭級と呼ばれるリベリスタ達は元より彼等を過小評価しては居なかった。友軍にパスクァーレを得て尚、勝負はどうなるか。 果たして面々がその予想が現実的なものだった事はとっくの昔に確認済みなのだから計算は間違って等居なかった。 「何とか――」 本職のそれからすれば程遠い。 しかしウェスティアの紡ぐ天使の歌は戦線を支える為の大切な楔である事には変わらなかった。 破邪を唱えるゲルトと――その『神の愛』を危機のウェスティアにも向けたパスクァーレ。 限界の手前での戦いは不思議と高揚さえも感じさせるものとなっている。 「弾丸で築く祈りの聖域――何人も立ち入らせはしない!」 『神の使徒』に銃を向ける事は本来リリにとって気後れを禁じ得ぬ行為である。そこに罪が無いとは言えない。神の意志を遂行する枢機卿チェネザリ・ボージアに弓を引く事が許されるとは思っていない。 それでも…… (神父の罪は赦されない。裁きの日はいずれ来ます。 しかし、何故彼が神様の敵となったか――今の私には少しだけ、分かります。そして……) 弾幕世界を展開し、縦横を魔弾で縫い止める彼女は銃声と共にその迷いさえも振り切っていた。 (……分かってあげたい、そう思ってしまうのが今夜の私の罪なのです。主よ――) 何処までも美しく優しいリリの罪。 神が余程聞き分けが無い存在でないならばそれはきっと購われて赦されるものになろう。 されど、神ならぬ人はもう少しばかり狭量だ。罪には罰と言わんばかりに――瞬いた裁きの光(ジャッジメント・レイ)がリベリスタ陣営の強化と付与を引き剥がす。 また余力を奪われるリベリスタ陣営。敵側も消耗しているが有利不利は微妙な情勢。 「撃ち負けると思うな――!」 ここが正念場である。ダメージにも怯まない拓真はやられてばかりでは承服しない。 魔女アシュレイの造り出した『罪深い』Broken Justiceが無数の弾丸を夜に吐き出す。 それは轟音で敵陣を捻じ伏せるように破壊的で悪夢めいた威力の嵐を見せ付けた。 『チェネザリ機関』の実力を看破し、肌で知っているからこそ彼は彼の役目があると知る。轡を並べて戦いに赴いた悠月の姿を確認すれば――力は何倍にも強くなるような、そんな気がした。 (戦いに赴いた以上は守らなければならないものがある――これが『誰の正義だとしても』!) 「弾幕ばかりじゃ芸の一つもありませんからね」 拓真と競うように――否。彼より俄然夜をハニーコム・ガトリングで騒がせていたモニカが肩を竦めた。 スコープ状になった彼女の片目が捉えるのは今の一撃をフェイトに縋ってやり過ごした一人の影である。 「――見え見えですよ!」 火線を吐いた大型砲が馬鹿げたまでの精密さで影の一人を吹き飛ばした。 死神めいた『私服姿の魔弾の射手』は既にボロボロだ。乱戦が得意な人間でも無ければ何でもない。むしろその防御能力は総じれば最低クラスなのだからこの戦場は元より得手から程遠い。 それでもローマにそんな彼女が居る理由と言えば…… (私がリベリスタとして戦うのは基本的に時村に従う大御堂に従うメイドだからに過ぎません。 しかし、もし。もし、私が純然たるリベリスタとしての意思で戦う時があるのだとしたらば。 それはおそらく――) 戦いは続く。 「撃ち抜いて――いや、撃ち抜け――!」 「――はッ!」 ウェスティアの操る黒鎖が唸りを上げ、拓真の双剣が煌く。 「――突破するぞ! 全員一緒にだ!」 傷付いた鷲祐がそれでも自信たっぷりにそう言えば、 「無論、です!」 信仰の証――胸の十字(ロザリオ)を今日は仮面(ペルソナ)に付け替えたリリが大きく頷いた。 熾烈を極めた戦いはギリギリのバランスで長く続いた。 「まだまだいけるぜ? そっちはどう?」 御厨夏栖斗は肩で息をしながら嘯いた。 「まだこれから――十セットはやれる感じ。どう、嘘だと思ったら――試してみなよ!」 『チェネザリ機関』が予想以上の被害に後退を始めたリベリスタ達を見送らざるを得なかったのは、恐らく彼等がリスクとリターンを天秤にかける『プロ』だったからなのだろう。 ●破門者の朝 ローマは『敵』の本拠地である。 彼等は傷付いても更なる戦力を補強し、リベリスタ達を追撃する手段を持っていた。 しかして、結論から言えばパーティは『チェネザリ機関』の追撃を一先ず振り切る事に成功した。その最大の立役者は「その程度は当然だ」と言わんばかりのDr.Trickであった。 「『証拠』は残らんさ。カメラに幻想殺しは通らないのだから」 瞬間記憶でパスクァーレの姿形を完全に把握した彼は怪盗で彼の姿を模し離脱の際一人個人行動を取る事で敵監視網の撹乱を果たす事に成功したのである。ローマ各所に秘匿された監視カメラの映像は『チェネザリ機関』にとってはターゲットの足取りを掴むには重要な情報源となっているのだろうが、カメラは幻想殺しを有しない。簡単な変装をしたパスクァーレ本人と姿をわざと目撃させたオーウェンの相乗効果は短期的に彼等の目を眩ませるに十分だったのである。 かくて一先ず安全地帯に身を潜める事に成功した一行は『最後の山』を迎えていた。 敵の戦力と警備を考えればこれ以上パスクァーレがローマに留まるのは難しい。 事実上、彼に託されなければ成功の目がなくなった依頼に一同の表情は引き締まっていた。 「別に恩とかを売るつもりはない。自分の家族が楽団の時みたいに利用されるなんていやだ。娘さんの安住の願いは叶える」 やや硬い表情で、直線的に夏栖斗が言った。 「貴方を守る。約束も守る。これは私の都合です」 うさぎは難しい顔をしたままのパスクァーレに静かに告げた。 (例え一時だろうと、仲良く出来る内は仲良くしてたいです。私は、ほんとは、喧嘩は好きじゃない) 果たして彼は語れば落ちるその想いを汲んでくれるのだろうか。 拓真は言った。悠月は言った。 「この場に赴いた理由は三つ。 一つは少女を守ったが故に散った戦友の為に、一つは少女の安息の為……最後の一つは、それが正しいと俺が信じたからだ。これは最初から最後まで俺の正義だった。決して、貴方の為にでは無い」 「今の貴方を謀る事は、貴方の娘の為に命を懸けた仲間の遺志を汚す事になる。 故に誓いましょう、貴方の娘と死んだ仲間に懸けて――貴方の娘に安息を。 私達も貴方も昨晩に全てを証明して見せた筈だ」 「……願わくば『貴方にも』魂の安らぎがあらん事を」 リリは短く告げ、モニカは「もう分かっているでしょう?」とだけ言った。 悠月の言葉に瞑目したウェスティアは敢えて『彼』の事をあの夜以上には語らない。 「愛は決して自分への言い訳にしてはならない。だから、俺は貴様が嫌いだ」 鷲祐は言った。 「だが、憎悪も逸脱も踏み越えた愛が偽物である訳がない。 ならば誓う。俺は誓おう。この子に永遠の安らぎを届けると――宿敵(きさま)の望みのままに。 この神速に賭けて。護る――運命という神から、今度こそッ!」 破門者の去ったローマの冬空を見上げてゲルトは紫煙を燻らせた。 クソったれた運命のクソったれたこの世界に乾杯を。 どれ程の困難があろうとも何時か人間はそれを乗り越えると信じたい。 せめて、信じさせて欲しかった。 アゴスティーノの想いを、パスクァーレの決断を、リベリスタ達の正義を。 パンドラの箱に救いの欠片が残されていた――そんな寓話の結末を。 ――十二月とは思えぬ暖かい朝。 今日は誰も泣かないで済む――そんな幻想が赦されるような、そんな気がした。 「主よ。父に愛された娘に安息を――Amen.」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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