●予告状 雄大な空に浮かぶ最も気高き劇場はこの僕の独演にさえ相応しい。 空の流した大粒の涙、此の世の奇跡。『青の貴婦人』を頂戴しに参るとしよう。 ――――『盗賊』ラングリッド ●11/24 「何時の時代にも時代錯誤な人物というものは絶えないものです」 その日、ブリーフィングに顔を出したリベリスタに、まさに『時代の遺物』と呼ぶに相応しい骨董品の魔女――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000) はこれみよがしな溜息を吐いてそう言ってのけた。この言葉、二年ほど前に吐いたそれと一字一句違わないのだがそれは余談としておこう。 「アルセーヌ・ルパンって御存知だと思いますが――」 奇しくもアークは同じ時代、同じ『探偵』として活躍したシャーロック・ホームズ――その宿敵を自称する男との因縁を構えている最中だ。モリアーティが『本物』かどうか、その実力は別にして。この神秘業界には『そういう伝説的ヒーロー』に憧れる人間も少なく無いのは周知の通りである。 「……出たのか、泥棒が」 「はい。そういう怪盗フリークなので予告状つきで。盗賊ラングリッド。魔盗の異名で呼ばれる事もあります。世界的に活動しているので『それなりに有名』な泥棒さんです。まぁ、怪盗紳士を気取っていますから誰かを殺したりするのは勿論、暴力的な真似をしたりする事も殆ど無いんですけど」 「確かに泥棒じゃなけりゃ『そう』フィクサードでもないのかも知れないけどな」 リベリスタの言葉にアシュレイは相槌を打って苦笑した。 ラングリッドと名乗る盗賊とアークが対決したのは凡そ二年程前の出来事である。とある資産家を取り巻く複雑怪奇な人間関係から生じた殺人計画を結果的にリベリスタ達と彼は防ぐ事に成功したいきさつがある。とは言え、その事件の際には肝心のターゲットである『赤い瞳(ルビー・アイ)』は奪われてしまったのだから、諸手を挙げて歓迎出来る話にはならなかったのだが―― 「今回の舞台は飛行船内で行われるパーティ会場です」 「……は?」 「文字通り。時村とも付き合いのある伊集院家という名家があるのですが。そこのご令嬢の十八の誕生日パーティが開催される訳です。彼女に両親がプレゼントする『青の貴婦人』という大粒のサファイヤが今回の彼のターゲット。どうも宝石マニアみたいですねぇ」 他人事のようなアシュレイにリベリスタは一つ咳払いをした。 「という事は、この仕事は室長辺りの肝入りか」 「まー、そうなりますね。皆さんは時村の紹介する『頼りになる護衛』な訳です。 唯、この仕事単純にラングリッド様だけを問題にしてないんですね」 「と、いうと……?」 「飛行船パーティには超セレブがいーっぱいいますからねぇ。 そういう所をこう、アレするのは非常に悪党にはメリットがある訳です。 逆に『こういう場所』には七派のような『制御出来る方々』は関わりたがらないんですが――はい、野良はたまにそうでもなく」 「つまる所、盗賊は一人じゃないと――」 アシュレイは合点の入ったリベリスタに大きく頷いた。 「――ま、そちらの方は『強盗(ハイジャック)』と言った方が正解ですけどね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月11日(水)22:30 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●天空劇場 金は天下の回り物とは言うが、実際の所、これは中々の不公平だ。 日本中が豊かさに沸いた前世紀の思い出も随分遠くなった昨今、新聞紙上には不景気な文字が躍り狂い、些か目を覆いたくなるような現実が氾濫しているのは今更言うまでも無い事だろう。 しかし、『ある所にはある』のが世の常で、全く非日常めいた今日という日はその証明に間違い無い。 「豪華飛行船でパーティーだなんてまるで映画の中の話ね。 まぁ、アタシには場違いな感じもするし、優先すべきは任務だけれど」 何処か皮肉めいた笑みを漏らした『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)――リベリスタ十人はまさに今、空を行く飛行船の中に居る。彼女が漏らした感想は恐らくは大多数の人間が一様に抱く感想に違いない。やや前時代的とも思える『金持ちの発想』は空飛ぶ誕生パーティを現実に望んだのだ。 しかし、名家・伊集院家の令嬢、伊集院有栖の十八回目の誕生日を祝う催しは、波乱含みの展開を予測させていた。さもありなん――アークのリベリスタ達がこうして飛行船に乗り込み、任務を口にした以上はそこに何らか『神秘的なトラブル』が存在しない訳は無いのだから。 「ルールを守る怪盗ね、そういうのは嫌いじゃない。 嫌いじゃないが、こういう輩はスカしたヤツが多いからな。 気障とか優雅とか、そういうのは嫌いさ!」 「ラングリッドか。なんだか懐かしいけど懐かしがってる場合じゃないね。 以前はしてやられたけど、今度は思い通りにはさせないよ!」 『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の言葉に『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が応え、その愛らしい少女の美貌を気合に引き締めた。 この天空劇場にアークのリベリスタが『招待された』理由は二つ。 その一つ目が二人が言及したフィクサード――魔盗の異名を持つ盗賊・ラングリッドの予告状である。かの大怪盗アルセーヌ・ルパンのフォロワーを自認する彼は怪盗紳士を気取る愉快犯である。敢えて自身を困難な状況に置く事で『探偵』とのコン・ゲームに挑む彼は無論アークの登場を予期している。アンジェリカが言った『以前』とは一年以上も前にアークとラングリッドが勝負した『赤い瞳事件』を指している。 「……富豪の誕生日会? 宝石? 怪盗? 革醒者がただの人間相手に泥棒とは…… アークどの対決が本来の目的だろうが。なんとも情けない『怪盗』だな」 「ただの泥棒さんよりも性質が悪いわ。酔い痴れるばかりで、悪い事だなんてまるで思っていないみたい」 「そうか? 立場上こう言うのは不謹慎かと思うけどな…… 鮮やかに警備を掻い潜り華麗に獲物を掻っ攫う二十一世紀の怪盗紳士……カッコいいじゃん。ファンになりそうだぜ。 ま、そうも言ってられない。しがない博徒でも怪盗紳士に挑むとするかって所だけどな」 彼の人物評については――呆れたように言った『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)、 『約束のスノウ・ライラック』浅雛・淑子(BNE004204)等と鼎 ヒロム(BNE004824)では若干の隔たりは否めないが、何れにせよ彼等の場合『リベリスタがやるべき事』においては一致しているのだから問題はあるまい。 時村家の口利きで飛行船『天空のオペラハウス』に乗り込んだ面々はそれぞれが護衛や使用人、賓客に扮して何れ起こるべくして起きる大事件に対応する構えを用意している。 先にリベリスタ来訪の理由は二つと述べたが、実は最大の問題は不殺を標榜し暴力を嫌うラングリッドの挑戦では無い。彼等がここで警戒を強めなければならないより深刻な問題こそその二つ目。つまり、この飛行船が凶悪なフィクサード空賊団『ウィンド・ホーク』に狙われているという事実の方である。 『ウィンド・ホーク』は国内主流七派に属さない言うなれば『野良』である。 七派等は伊集院家等の有力者と揉め事を起こすのを嫌う傾向があるが――これは野良が故の問題だ。 「ま、状況が状況、場所が場所っす。油断は禁物っすからね」 「空に浮かぶ優雅な劇場の中央―― 舞台でスポットライトを浴びる歌姫は、笑顔でこそ最も美しく輝くでしょう。 まるでマナーの無い『招かれざる客』は晴れの日には御呼びではありませんから」 「張り子の紳士も含めて、ね。しっかりお引き取り願いましょ」 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)がそう言えば、『誰か』に聞かせたくなる位に気障な調子で『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)、更には淑子が合わせた。 (お父様、お母様。どうかわたし達を護って) 任務の前には何時もお祈りを。どうか、今日も良い日になりますように。 「それじゃ皆――一気にパニッシュ☆しちゃおうかな!?」 最後の打ち合わせを終えたリベリスタ達が『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)の言葉を合図にめいめいの役割を果たさんとオペラハウスの方々へと動き出した。 (金持ちの考える事なんて皆ゲスいものよ。 華やかなパーティーや宝石は娘の誕生日にかこつけて自分の顕示欲を満たそうって親の魂胆が見え見えだもの。 それでも、それでもね。彼女にとっては間違いなく『誕生日のお祝い』のはず。 乙女の幸せをブチ壊す不逞の野郎共は私が許さないわよ。割とガチで――!) 『宵闇に舞う』プリムローズ・タイラー・大御堂(BNE004662)が強くそう思ったのは――同じくややこしい家柄に嫁いだ自身の身の上を幾ばくか照らし合わせてのものだろうか? 飛行船の窓から臨む海原は『空を映した原色』だ。雲を掻き分け進む劇場は未だ静けさを保っている。 ●天空劇場~準備は周到に~ リベリスタ側の作戦は徹底した飛行船内の監視と防衛の為の仕掛けを施す事であった。 まず第一に挙げておくべきなのは『飛行船のコントロールを事実上掌握した事』だろう。 「フン。この程度、仕事の内でも無い」 運転室の電子ロックは結唯が簡単に解除をしてみせた。 「ここは宜しく頼んだっすよ」 「いざって時は止めればいいんだよな。了解だぜ」 彼女のアシストを受けて忍び込んだ賓客(ドレス)姿の計都が此方は黒服(ごえい)姿のヒロムに頷く。 計都の魔眼により催眠状態に陥った飛行船の運転士達はいざという時の船の操作をヒロムに譲る事を呆としたまま承諾した。これは空賊侵入後の飛行船を止める事で陣地作成による敵の束縛に不測の事態を生じぬ為の作戦である。飛行船の操作等常人が言われて分かるものでもないだろうが、総ゆる乗り物を自在に操るヒロムにとっては簡単な仕事に過ぎないのだ。 「後はこの目で――敵襲の警戒か」 ODS type.D――装着した戦闘補助用の眼鏡を軽く持ち上げたヒロムは飛行船内から飛行船外――それも彼方までを見通す千里の魔眼を備えている。計都のそれとは目的を別にした分担である。 一方で主要な護衛対象となる有栖の周りの警戒もリベリスタ達は怠ってはいない。 ラングリッドの予告状は、 雄大な空に浮かぶ最も気高き劇場はこの僕の独演にさえ相応しい。 空の流した大粒の涙、此の世の奇跡。『青の貴婦人』を頂戴しに参るとしよう。 ――――『盗賊』ラングリッド ……と、いうものである。 彼の狙いが有栖の持つ『青の貴婦人』である以上、彼女のガードを固める事が仕事において重要な鍵を握るのは明らかだ。 「殿方には憚られる場所もあるでしょう?」と述べた淑子と眼鏡をかけメイド姿に化けた恵梨香は侍女として護衛として有栖から離れず、水も漏らさない警戒態勢を敷いていた。二人の『メイド』に軽く目配せをした亘はつかず離れずの距離を保ちながら状況を注視し、「超美人さんの顔も拝んだ事だし」と一応満足したらしい竜一は防寒ジャケットに酸素ボンベまで用意した上で船体の外側底面に張り付く格好で一早い敵の襲撃に備えている。 パーティは可能ならば有栖の『青の貴婦人』を自身等の管理に移したいと考えていた。 どれ程の効果があるかは分からないが――イミテーションを彼女に身につけさせる事が出来ればラングリッドへの目くらましになるという考えだった。 「まあ、どう転ぶかは知らんが、こちらとしては富豪共にコネが出来るのには文句は無い。 ……マニアというのは自分のコレクションを自慢したがるものだ。 頼めば宝石を見せてくれるだろうし、色々と話を聞かせてもらえるだろうからな」 肩を竦めた結唯は「どちらにしても」と言わんばかりである。 その思惑がどう動いたかは――実際の有栖とのやり取りを見てみるのが早いだろう。 ●天空劇場~伊集院有栖~ 「ふふ、実に楽しい話をありがとうございました」 愛しいフロイラインに鍛えられているからだろうか。 亘は案外こういう場が苦手では無いようだった。 (こうして溶け込んでいれば人を観察するのにも不都合はありませんからね) 彼の、リベリスタ達の思惑はさて置いて。華やかなパーティの談笑は実に優雅な時間を作り出していた。 立食パーティ形式を取ってはいるが、用意された料理もドリンクも時村と比べても遜色無い。 実に華麗な『時間潰し』は格別の非日常感を抱いたままである。 「凄く綺麗な宝石だね……」 感嘆の声を上げたアンジェリカに有栖が微笑む。神の作り給うた最高傑作めいた彼女の胸元では似合い過ぎる位に似合う海色のドレスと同色の素晴らしいサファイヤが輝いていた。 「ありがとう。今日は楽しんでらして?」 「こちらこそ。あの……不躾かも知れないけど、これ……触ってみてもいいかな?」 年齢なりに、或いは年齢よりもやや幼く見えるアンジェリカの外見の奏功だろうか。そう問われた有栖は一瞬驚いた顔をするも「どうぞ」とむしろ気安くそう言った。そっと触れる指先を目を細めて見守った彼女はアンジェリカの真の思惑をこの時点では察していない。 (……まだ様子がおかしい事は無いみたいだね……) 飛行船中の総ゆる物品の記憶をアンジェリカはサイレント・メモリーにより探っていた。有栖の傍らで小さく頷いた恵梨香と賓客に混ざる計都の様子を確認した彼女は現時点までこの飛行船内に不審な状況がない事を確認した。詳細な情報を得る事は難しかったとしても『監視カメラのように働く』サイレント・メモリーの存在と怪盗お得意の変装も見逃さない恵梨香の幻想殺し、更に可能な範囲で暗示の存在の有無を魔眼で確認した計都の把握を併せれば敵側が仕掛けを隠し遂せるのは困難であるという事だ。尤もこの内、計都の暗示の探索については『相手の掛け方次第』で難しい話になる可能性はあるのだが―― 一瞬黙ったアンジェリカに有栖が「もう宜しくて?」と声を掛けてくる。 「あ、ありがとう」 「どういたしまして!」 華やかに笑う有栖はご機嫌そのものといった風だ。リベリスタ側の究極的な狙いは『青の貴婦人』自体を恵梨香の管理に移す事だが人目も多いパーティ会場の、それも主役の周りでは下手な動きも難しい。淑子はアシストのタイミングを計っていたし、計都はいざともなれば問答無用で魔眼を駆使する事も考えていたのだが―― (今度のは失敗したら洒落にならないっすよね……) 先程、暗示の有無の確認をしようとした時に『かからなかった』事が気に掛かる。魔眼の効き具合は個人差がある。例えば我等がアーク室長のように、余り効かないタイプの人種はどうにも居るものらしい。 さて、どうするか――という現場に此方も賓客を装った翔護とプリムローズが姿を現した。 「やぁこんにちは、オレはSHOGO☆おじいちゃん? ハハ、何のことやら」 ヒロムと同じように千里眼で周囲を警戒し、特にパーティ会場への人の出入りには注意をしていた彼である。今日ここに来た彼の肩書きは『世界的カードファイター』。センドーシャが何かって? またトライアルデッキの宣伝をさせるつもりかい? ――閑話休題。 「お誕生日おめでとうね。そう言えば、空気読まない『客』の話なんだけど」 「こんな時に言うのも何だけど、ね」 元より二人を含めた『時村家の口利き組』が其方への対策を頼まれている事は伊集院家にも伝わっている。パーティの開始前に幾らかの言葉を交わした彼等の言葉に「ああ……」と応えた有栖は少し難しい顔をした。実際にラングリッドが他人に化けて宝石を掠め取った過去を持つ以上、怪盗とはそういうものだと思われている以上、『青の貴婦人』の貸与は切り出しの難しい話になるだろう。 有栖への対応は強硬な意見もあったが、これは最終手段である。 プリムローズの方は少なからず近しい境遇の相手に向ける配慮は不思議ではないとして、日頃は冗句めいた言動の多い翔護も今日に関しては「手段を選ばないならフィクサードと大差ないし、そういう所は犯罪者が付け込み易い」と彼女に事情を説明するという至極真っ当なプロセスを踏んでいた。 「さっきも言ったけど、出来れば協力して欲しいのよね」 「それは……」 「不測の事態が起きれば危険が無いとも限りませんので」 照明や電気周りの注意から、いざという時の避難誘導の要請まで。『賓客』のなりでありながら、プロフェッショナルを思わせるプリムローズの、恵梨香の言葉に有栖の眉根の皺が増える。 斬った張ったが日常のリベリスタならばいざ知らず、有栖はそんな荒事とは縁遠いお嬢様である。 身の危険を感じればそれを避けたくなるのは当然というものだろう。 「奴は怪盗何ていって、女と見ればあのプールにぶち込むまさに外道なんだ。あと口からニラの臭いがする」 軽くウィンクした翔護が顔を強張らせた彼女を解すようにそう言った。 ラングリッドからすれば風評被害だが――きょとんとした彼女は一瞬の間の後、楽し気に笑い出した。 「あんなに、気障なのに?」 「ニラの臭いがする」 真顔で頷いた翔護に有栖はやはり軽く噴き出した。 「……実はですけれど」 「実は?」 「お父様もお母様も今回のパーティは中止にしようと仰いましたのよ」 「……は?」 悪戯気な有栖の言葉に翔護が目を丸くする。 「ラングリッドは資産家や博物館をターゲットにする泥棒ですもの。 あの目立ちたがりですから、社交界ではそれなりに名前が通っていますのよ。 『赤い瞳』の事件は愉快痛快、いいお茶飲み話になった位」 翔護にぐっと近付いてトーンを落とした有栖の調子は先程までの『完璧なお嬢様』とどうも違う。 「何だか……読めて来たわよ……?」 プリムローズの有栖を見る目が何処か――身内の特定個人を見るようなそれに変わっている。 誰とは言わないが伏魔殿めいたお家では良くお目にかかる、猫のような、そういうような。 「『この世界には常識で判断し切れない秘密がある』。違いまして? ですから、皆さんのような方が居る。時村家はこの天空のオペラハウスに貴方方を遣わした。 いいえ、ラングリッドの予告状を受け取った時、『赤い瞳』事件の事を調べる内に――私は『時村家があの奇妙な事件に関与していた』事を知ったのですわ。ですから、こうして皆さんが」 ニコニコとしたままの有栖は何処までも楽しそうに話を続けた。 「『青の貴婦人』は外しません。怪盗の挑戦を受けて立ったのですもの。 ですが、皆さんに可能な範囲で協力しますわ。 信頼もしていますし――何より特に貴方、面白いのですもの」 ひらりと身を翻し、プリムローズと翔護から距離を取った有栖が他の客と談笑を始めた。 「……まったく……」 眉根を寄せて目を閉じ、こめかみに指を当てた恵梨香は『知り合いの御曹司』の事を思い出して頭痛を禁じ得なかった。 大体同じである。お嬢様とは『我侭だから』お嬢様であるものらしい。 小悪魔めいた先の表情はどうにもこうにもぞっとするものだ。 しかし、そんな事より何よりだ。 (……あれ、今、ひょっとして……) 翔護は驚いた。兎に角驚愕していた。まさか、そんな事が、一体、何が。 未だかつて恐らく唯の一度も何か建設的に役に立った事の無いアレが―― (……今、センス・フラグに反応あった!?) ●天空劇場~開演は華やかに~ 『それ』に一早く気付いたのは千里眼で外を警戒していたヒロム、翔護だっただろうか。 それとも『外』でその時を待っていた竜一だっただろうか。 何れにせよ――誰よりも早く対応に乗り出す事が出来たのは言うまでもなく彼だった。 「寒いんだよ! 待ちくたびれたよ!」 慣性を無視するようなバランスで飛行船の側面を駆け上がる竜一は更なる高度から落下してきた空賊達を強く睨み付けた。 「きたぜ。やれやれ、ラングリッドってのも、空賊と手を組むようじゃ見込み違いだな」 何処かでそれを聞いている――かも知れない――ラングリッドを竜一は軽く挑発した。 アクセス・ファンタズムによる通信で状況は既に共有されている。竜一は敵襲と降下作戦の展開を伝え、仲間達は船内に現状で異常が無い事、ラングリッドの姿が無い事。そして有栖の協力を取り付けた旨が伝えられていた。 魔盗の動向も重要だがそれ以上に差し迫った問題は飛行船に取り付こうとする無法者達であった。 (撃ち落とす、そして水際で抑える。一般人被害だけは、絶対に避けてみせる――) 刀と西洋剣、アンバランスにも見える竜一の二刀が閃き大気を切り裂いた。 宙空で自由な動きの阻害される空賊はこれを受け切れる筈も無く血を流し、敵の姿を認め怒りの声を上げた。 「……一人で邪魔する心算か?」 「まさか」 トサカ頭のボス格に嘯いた竜一が不敵に笑う。 「だけど、邪魔するのは確かだな」 飛行船の上部に降り立った敵は竜一を囲うように油断無くその戦力を展開する。 「数は……二十一か……」 普通ならばまともに戦える足場では無いが、敵もそれは想定の内である。 ある者は飛行し、ある者は竜一と同じように不安定な足場をものともしていない。 多勢に無勢、数は否応無く不利――この現場に割って入ったのは、 「これで二人ですね」 六枚の青い翼を広げ、銀の短刀を構えた亘であった。 「お相手頂きます――」 雷光の如き反応速度を誇る亘の動きはその場の誰にも捉えられるものでは無かった。 速力を武器にしたその斬撃が真っ直ぐにトサカ頭を狙い、鋼の噛み合う硬質の音が鋭く響く。 「おいおい、空中戦で勝てると思ってんのか? こっちにゃ、アークの青鳥・天風亘が居るんだぜ? 逃げるなら今のうちだぜ!」 「チッ――『一人焼肉マスター』の言う事かよ」※名声二千何ぼの轟く異名 トサカ頭はまず敵の主力を食い止めるという亘の思惑を瞬時に察知して舌を打つ。 「逃がしませんよ」 「お前相手に逃げ切れるとは思ってねぇ、よ!」 ならば倒すまで、と攻撃を繰り出したトサカ頭を亘の回避が翻弄する。 「四人残れ、それから残りは雪崩れ込め! 油断はするな、アークが居るぞ!」 圧倒的に名の売れた竜一、そして亘等は国内のフィクサードからすれば脅威の存在である。 竜一が裂帛の気合を吐き、敵陣を烈風の渦に巻き込んだ。 亘の華麗と呼ぶ他無い技が氷よりも冷たく――冴え渡る! 「美しい乙女の為に戦い、剣を振るう――『紳士』ならば当然の事です!」 飛沫のように降り注ぐ斬撃の嵐に敵が慄く。 迷いの無いその動きとスピードは反応速度に劣る敵を文字通り『攻防の後ろへ置き去り』にしていると称しても過言にはなるまい。 しかし一方で敵の多数は止め切れない。残る空賊達はボスの言葉に船内への移動を開始した。 様々な場所から船内に侵入する空賊達。 「……船が止まった……?」 ――さて、頼んだぜ? 無論――これは運転室のヒロムの仕事であった。 「気にするな、一気に行くぞ――!」 空賊の一人がそう声を上げたのと、 「つまり、ここがお前達の行き止まりという事だ」 座標の固定された空間に高速詠唱で結唯が陣地結界を展開したのはほぼ同時の出来事だった。まさにこれは無勢で多勢を縫い止める為の罠である。個々の実力で敵に勝るリベリスタなればこその罠であった。 「逃がさんぞ。逃げたいだろうがな――」 淡々と告げる結唯の威圧に敵陣が息を呑んだ。 船内の護衛リベリスタ達はそれぞれのやり方で空賊達に対抗する為の手段を整えていた。 「非戦のスペシャリストですって? フン。いつの時代も事も成すのは『能力』ではなく『人間』なのよ!」 ラングリッドを相手にしてもプリムローズは決して退く事は無いだろう。 (……と、啖呵切ったはいいものの実際どーしようかしら。 私はかの令嬢のような天才でもなければ、かのメイドのような腕っ節もない…… この大御堂の名は文字通りただの伊達なのよねぇ~トホホ……) その内心はどうあれ、 「でも伊達にだって意地ぐらいはあるわよ!」 気を吐いた彼女は二本一対の攻防一体――刃の舞踏で敵陣に斬り込んだ。 七名を飲み込んだ陣地結界は結唯が倒されるか魔術知識による解析が無い限りは敵を逃がす事は無い。七名の内の一名は『魔術知識を有していたのか』これを突破し、逆側通路に向けて逃走するも、 「今日はご招待客のみのパーティだぜ、お土産にパニッシュあげるから帰りなよ!」 残る空賊達は通路で翔護の弾幕を浴びる羽目になる。 竜一、亘が外で食い止めた戦力はその名もあり――五名。 陣地に閉じ込め、リベリスタ側が攻勢に出たのは六名。 残る空賊は二十名の内の九名――そこまで考えた所で翔護はある事実に気が付いた。 「ん、んん……?」 乗船名簿は何度も丹念に確認済みだ。ブリーフィングで敵の数もチェックしている。 先程、竜一は何と言ったか。 ――数は……二十一か…… 成る程、あれだけ厳重なリベリスタの警戒を前に事前に侵入するのは不可能だ。 化けて混ざろうにも恵梨香の幻想殺しは避けられまい。 ならばいっその事『本命と思われていないものに混ざれば煙幕になる』。 「――アイツじゃね!?」 「追いかけるっす!」 計都の判断は早かった。魔術知識を持ち合わせているのは彼女も同じ。 他の人間が踏み込めば捕まる領域も彼女にとっては『フリーパス』も同然だ。敵陣が混乱を見せている間に一気にその横を駆け抜ける! 「そちらは任せたぞ」 自身の背を追う結唯の声に計都は応えずに応えてみせた。 (絶対逃がさないっすよ……!) いざとなれば飛びついて、組み付いてでも阻止してやる――間違いなく『探偵』の今日の矜持である! ●天空劇場~競演~ 船内は混乱に陥ったが賓客達の避難、そして誘導についてはプリムローズ等が事前に確認をしていたのが奏功していた。 ラングリッドの、そして空賊達の大きな狙いになるであろう『青の貴婦人』を身につけた有栖は残るリベリスタ達――恵梨香、アンジェリカ、淑子等がガッチリと守りを固める形を作り出していた。 「此方へ」 前に立つ淑子の誘導を受けてリベリスタが、有栖が続く。 仲間からの状況報告を受け、的確に立ち回る彼女だが、敵の闊歩する船内に完全に安全な場所は無い。狙われる事が分かり切っているパーティ会場から通路に移動した一行は敵側と遭遇戦を展開した。実力ではアーク側が勝るが護衛対象の有栖が存在する以上は戦いは唯戦えばいいというものでは無い。 「その程度で――」 『青の貴婦人』を持つ――何より一般人であり護衛対象である有栖のガードは聖骸闘衣を纏う事で通常に加え更に絶大な防御力を得た淑子が受け持っている。 ワントップの彼女は当然ながら集中攻撃を浴びるが容易く抜かれぬからこそのクロスイージスである。その苛烈な状況を並のリベリスタが受け持てばそのダメージは深刻なものになるだろうが、可憐なその外見を裏切る淑子の装甲は甘く見た人間を大抵の場合後悔させるだけの堅牢さを秘めている。 「これでどうかな」 「これが任務なので。悪いけど、近付かせる訳にはいかないわね」 一方でアンジェリカのLa regina infernaleは不吉な月の冷たい輝きで空賊を照らし、攻め手に優れた恵梨香の無慈悲な魔術の砲撃は敵を容易に苦しめた。 「でも、面倒だね……」 「数が多い以上はね」 アンジェリカの言葉に恵梨香が苦笑した。 元より数を束ねた所で敵の数は二倍である。加えてフィクサード共を自由に動かすリスクを考えれば、状況上全員が固まって動くのは難しかったと言えるだろう。 一行は防御の構えやすい運転室を目指し、戦闘しながら移動を重ねていく。 内側から電子ロックが開けられた。 「これで合流だぜ」 自身の任務から次の任務へと移ったヒロムが追いかけてくる敵を見据えた。 「アレが空賊か。うーん、確かにあんまりスマートじゃないな」 この場所に一行が移動した理由は専ら有栖を守りやすくなるからである。運転室は飛行船の前方部に位置しており、その形状から前を塞ぐ形で防御を展開すれば敵側には手が出し難い状況を作り出せると言える。敵側が有栖の位置を正確に把握していたならば物質透過等で正面以外からの侵入の可能性は無い訳ではないが、それにしても異変に一早く対応出来る距離にリベリスタが居れば手は同等だ。 運転室に駆け込んだ有栖の一方でリベリスタ達は本格的な応戦を開始する。 「さて、と」 ノアールカルトが間合いを引き裂き空賊の一人を牽制する。 踏み込んだアンジェリカが敵との攻防を展開し、恵梨香がこれを援護した。 何より―― 「ここからは撃退を目標にしましょう」 ――大戦斧を構え敵陣を押し返し始めた淑子の存在が俄然頼もしい。 高い防御能力を誇る彼女は攻めに回ってもやはり手堅い。敵側の攻勢を水際で食い止め、敵陣を乱し、切り裂き、味方の好機を作り出す――攻防自在にして要の一つに違いない。 激しさを増す戦闘の中、船内に放送が響き渡る。 ――ラングリッド! 居るならいい加減に出てきなさいな! 貴方の『独演』に期待して用意されたオペラ・ハウスで何時まで前座を遊ばせておくの? 有栖の声に思わず苦笑するリベリスタ達。 そしてそれは恐らく――ラングリッド当人も同じだったのだろう。 「……やれやれだ」 成る程、顔を堂々と晒したりしないラングリッドの顔を正確に知っているもの等居ない。 彼は唯極普通に『幻想に殺されない神秘のみに頼らない変装を行えば』知らない空賊の内に混ざる事は容易だった。彼等の動きと時同じくして動き出せば混乱の内に紛れてしまうのは当然だ。 「御機嫌よう、諸君。我が舞台は最早『滅茶苦茶』に違いないが――」 敵の最後方で『遊んでいた』一人の男が『ウィンド・ホーク』の扮装を剥ぎ取れば、そこには全身白ずくめの怪盗紳士の姿があった。 「――あ、居た」 やたらに目立つ彼に声を上げたヒロムはむしろ嬉しそうな調子である。 「何者だ!? お前!?」 リベリスタ側からすれば然したる驚きも無い情報。 フィクサード側からすればこれは想定外の状況だったのだろう。 角を曲がって駆けて来た計都が「見つけたっす!」と指を差した。 問答無用、伸ばされた彼女のウィップを白いマントが翻弄する。 「卑怯っすよ!?」 「いや、逃げるだろう。普通」 「ぐぬぬ……」 器用さに並々ならぬ拘りを見せる計都にとって――兎にも角にも『厄介』なラングリッドは何とも捕えてみせたい相手なのかも知れない。 「久しぶりだね、ラングリッド。尤もボクの事なんて覚えてないかな?」 「良く覚えているよ。それに知っても居る。『歌の上手なお嬢さん』」 「盗むのが怪盗の仕事だとしても、誕生日の贈り物を奪おうなんて許せない。絶対阻止するよ!」 アンジェリカはヤル気たっぷりといった風。温存したロイヤルストレートフラッシュはここぞの為の鬼札だ。 「ラングリッド。覚悟して貰うわよ」 恵梨香は『増えた敵』に全く油断無く視線を注ぎ、その動きを注視している。彼女にとってフィクサードは大敵だ。アークが自分にその阻止を命じた以上、尚更に――それは馴れ合うような相手では有り得ない。 「……やれやれ。生憎と僕は独演以外で捕まるのは勘弁願いたいんだ。マドモアゼル・アリス」 「何か?」 「今回の乗船代金はこの場の協力で手打ちとしないか? スポンサーは君だから、それで話がつく筈だ」 恐らくは状況上自力でも逃げ延びる事は可能と分かった上での『交渉』である。 皮肉で気障なラングリッドは肩を竦めて呟いた。 「君といい、さっきのお嬢さん(マダム・プリムローズ)といい―― 今日のフルールは啖呵の切り方が上手すぎる。 まさに喜劇と化した演目なら、今更道化(リベリスタ)を演じるのも悪くは無いさ」 天空のオペラハウスの演目はかくて――終幕に向けて加速していく。 「願わくばその手の甲に口付けを」と恭しく跪いたラングリッドは袖にされ負け惜しみの『青の貴婦人(いじゅういんありす)』を頂戴する事にも無事失敗し、姿を消した。竜一にトサカ頭を撃破され、構成員の多数を捕縛された『ウィンド・ホーク』はほうほうの体で逃げ帰る結果となった。飛行船を襲った事件の爪痕も、十分にその力を機能させた淑子の記憶操作で大きな騒ぎを作らなかった事は記録しておく。 「護衛系の依頼はアーク以外にも受けているから慣れてはいるが…… 神秘存在も楽じゃない。その分気苦労も絶えない訳だ……」 結唯が溜息を吐く。仕事は終わった。成功だ。問題は無かったのだ。 唯一つ、いざ目撃したヒーロー達の戦いに―― 「また、別の機会にもお話を聞かせて頂きたく思いますわね?」 ――目を輝かせた有栖が心底嬉しそうだった事を除いては…… |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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