●黒い波 「……E・ビーストの子供をを生産するE・ビースト。 識別名『クイーン』って言うのが、以前居たのね」 モニター前へと集められたリベリスタ達に状況を説明するのは、アークの誇る万華鏡の申し子。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。 昨今珍しくも無くなった光景。けれどこの日、行われたブリーフィングは、今までとは少し趣が異なる。 と言うのも、集められたリベリスタ達の数が、多いのである。 「討伐不可の報告を受けて、別個討伐部隊を出したんだけど…… 巣はね、焼き払ったの。でも、どうも生き延びてたみたい」 淡々と、殊更に噛んで含める様に告げるイヴの額に一筋、汗が流れる。 良く見れば、顔も青白い。彼女が何を見て、どうしてそうなったのか。 それはこの時点ではまだ分からない。けれど、勘の良いリベリスタ達は何となく悟る。 緊急事態である。それも、特一級の。 「良く、見ててね」 言ったイヴがモニターを操作する。そこに映っていた物は―― 恐らく、地獄と呼ぶべき、それだった。 その数分前まで人であった物が、喰い千切られる。 街灯が倒れ、街中で悲鳴が上がる。老若男女の垣根を越えて人と言う人が黒い影に組み付かれている。 蟻だ。人の身長程もある巨大な蟻が人に噛み付き引き裂き部品へと代えては持ち去って行く。 アスファルトには噛み砕かれた無数の車、中身は果たしてどうなったのか考えるまでも無い。 駅には人が殺到する。けれどその多くは空から飛来した羽蟻に連れ去られ、 或いは一際大きな銀色の蟻に蹴散らされ肉片へと分解されて行く。 彼方此方から非業の断末魔が響き渡る。体躯の半分を潰され地面を這いずった少年が、潰され融ける。 この瞬間、世界の支配者は人間ではなかった。この街の、全ての命は餌へと成り果てた。 見渡す限りの蟻の群れ。数え切れない物と言うのは、無数ではなく無限である。 黒い波に覆われたその街は、僅か二時間で静寂を取り戻す。 全てを蝕まれ、あらゆる物を捻じ伏せられ、何もかもを奪われて。 隣人は死に、友人は死に、親族は死に、己すらも死に、そして異形の蟻達のみが君臨する。 其処には尊厳も無ければ摂理も無い、奇蹟すら起こらない。 一条の光明すら射さない、それは運命の祝福無き当然の、結末。 「万華鏡が予知したこの光景。今から正確に1週間後」 ――絶句、する。告げたイヴからして、その映像を見るのは何度目か。 最悪を、映像化するとこれほどまでに醜悪な物が出来上がるのかと言う成果物。 まるでB級ホラーである。規模が圧倒的過ぎて感覚が付いていかない。 けれど、これまで様々な事件を見て来たイヴをしてすら心胆寒からしめる映像。 ただの映像だけでそれを為すと言うのは唯事では、ない。 「このままだとこの街は、地図上から消滅する。だから――」 消滅。それは、かつてのナイトメアダウンを彷彿とさせる単語。 淡々としているからこそ、イヴの込めた想いは大きい。 こんな事件を覆す為に、アークは、万華鏡は、彼女は在るのだ。 運命をすら覆し支配してみせるとかつての惨劇にそう誓った。であれば―― 「私達が、止めるよ」 答えなんか、最初から決まっている。 ●三ノ陣 「皆は、三本目の矢」 スケッチブックにクレヨンで書いた矢を見せて、イヴが言う。 一本目、二本目とは微妙に違うらしいが、一見しただけでは分かり難い。 「敵は今回も地下に篭ってる。蟻をモチーフにしてるからかな、習性が似通ってるみたい」 小さく首を傾げていたものの、気を取り直しモニター画面を切り替える。 「廃棄された病院。階層は地上3階、地下2階の計5層。 『クイーン』は地下2階に居る。けど地上の3層には兵隊蟻がうじゃうじゃ」 何体居るかも分からない。恐らく100を切る事は先ず無いだろう。 「でも、三本目の矢はただ貫くだけ。 皆の敵は『クイーン』と、それを守る4体の『ロード』」 モニターに映し出されたのは、絢爛豪華な金色の蟻。 それはとても目立つと共に、その蟻達が特別なものである事を視覚的にも示していた。 「二の矢の相手、『クリムゾン』が戦闘に特化した蟻なら、 この『ロード』は守りに特化した蟻。ちょっとやそっとじゃ崩れない」 女王を護る最後の盾。種族的な性質を鑑みてもここで手を抜く理由が見受けられない。 元々、人間大に拡大した場合、地上最強の1種に挙げられる種族が蟻である。 顎の力も去る事ながら、その甲殻も馬鹿に出来た物ではない。それが特化となれば、尚更。 「この『ロード』を排除しながら『クイーン』を倒す。 それも出来るだけ速やかに。三の矢が届くまでの時間が被害を左右する」 一の矢が倒れれば二の矢に、二の矢が倒れれば三の矢に、それぞれ負担が行く。 そして三の矢が折れた時、地獄は地上に顕現される。 非常にシンプルで、それでいて、非情なまでの無茶振りである。 「地下2階は、『クイーン』さえ討伐すれば勝ち。一番必要なのは火力。 構成によるけど、被害は一番出難いんじゃないかな。でも……」 時間をかけ過ぎると、他の矢が折れてしまう。黒い波はいずれ全てを呑み込むだろう。 それに――懸念事項はもう一つある。 「あと、この『クイーン』成長してる。まだギリギリフェーズ2だけど、 何か変な物呑みこんだみたい。急激に変化しつつある。このままだとフェーズ3に到るかも」 フェーズ3。そこまで進化したエリューションは余り見られる物ではない。 そうなった場合被害が出難いとはとても言えない。難易度が跳ね上がる事になるだろう。 「どれが折れても大打撃。3本の矢は、3本揃って始めて意味を持つ」 けれど、折れはしない。折れる筈が無い。イヴの信頼は真っ直ぐにリベリスタ達へ向けられる。 「大変な戦いになると思う。でも――」 こくりと頷く。無粋はいらない。 「勝って、生きて帰って来て」 小さな勝利の女神は、最小限の言葉で彼らの背中を送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月29日(金)23:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●波濤の三 束ねし柱は二十と四。彼らこそが蝕みの波濤。 三矢連ねて波間を割り、最奥に秘されし核を射る。 背を友に預け、身を固め駆け抜け、血と血で濡らした手が後を押す。 倒れる仲間が拓いた道を、続く鏃が走りて抜ける。 なればそう、彼ら一人一人は死兵かと問う。答えは否。 例え幾度地に伏そうと、唯の一本とて矢は折れじ。 生き残る事こそが正しく勝利であると、誰もが皆知っている。 人と蟻との生存競争。幕を閉ざすは波濤の三。 これは死すべき者達の戦いではない。 ――生きる為の、戦争である。 ●再侵攻 「女王、逃したらこんなことになった。ルカでも、流石に悔しい」 『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495) 「踏破してみせる。この恐怖を大切な皆に味あわせない為に。 皆が、ずっと笑顔でいられる為に」 『サイバー団地妻』深町・由利子(BNE000103) 「この人の世を守るためならば、身命を賭してでも戦う覚悟」 そして、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932) かつて一度は女王へと肉薄し、けれど敗れ去った3人が、 互いに武器を携え再び地下2層へと踏み入る。以前とは違う編成、以前とは異なる仲間達。 一の矢、二の矢、二本を司る16人に支えられ、彼らは此処までほぼ無傷でやって来た。 癒し手の居ない三の矢にとって、これは大きな福音である。 そしてその分彼らは見てきた。一の矢の奮闘を、二の矢の激戦を。 彼らは己が責務を全うしたのだ。この場の誰一人、何も為さず、帰る訳にはいかない。 あたかも先触れの様に黒い影の群が迫り来る。見慣れた巨大化した蟻のシルエット。 今更だ。アーミー、兵隊蟻など、その強さなど、既にお門が知れている。 リベリスタ達の中から一人が飛び出す。正しく矢の様に真っ直ぐに。 彼我の距離が0になった瞬間、反射したかの様に黒い影が弾き飛ばされる。 「人の領域を侵す不埒な虫は虫ケラの如く五体バラされ転がされるのデス。アハ」 嬉しそうに語る『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)に恐れは無い。 彼女にとっての判断基準は3つが、殺せる相手か、殺せない相手か、殺しては駄目な相手か。 殺してバラして切り刻む。それが歪崎行方のアイデンティティ。 手応えの無い兵隊蟻の相手など、半ば退屈な娯楽に過ぎない。 当然、蟻達とて唯倒されるままではない。 口を開けば其処には噛んだ相手を一時的に痺れさせる牙が控えている。 突貫して来た行方はアーミー達にとっても良い的である。駆け寄っては顎を剥く。 「状況、開始!」 声を上げては体のギアを1つ引き上げる、『灰燼のかぐや姫』銀咲 嶺(BNE002104) 「斬り、裂けぇ―――っ!」 一方でまるでそのタイミングを狙っていたかのように、放たれるかまいたち。 『BlackBlackFist』付喪 モノマの鋭い蹴りが風を巻き起こす。 突き刺さり、体躯を折る黒い影。だが、流石に一撃で倒れはしない。 だが、二撃であれば? 三撃であれば? ――突入する影が1つだと誰が決めたのか。 「剣の道の下、禍を斬る」 たん、っと地面を蹴った音が聞こえたか。銀髪の少女の残影が踊る。 ちん、と太刀を鞘に納める刹那、正に一瞬、複数体の兵隊蟻に太刀傷が刻まれる。 「絢堂霧香、いざ――参る!」 例え他の仲間に比べ経験に乏しくとも、『禍を斬る剣の道』絢堂・霧香(BNE000618) 矜持では誰にも負けはしない。初めて対する敵の規模に呑まれそうになる彼女を支えたのは、 仲間達から託された意志と期待である。血塗れになって道を拓いた者達が居るのだ。 臆してなんて、いられない。 「ふむ、実際に相手にしてみると……これなら予定を前倒し出来そうですな」 ピンポイントを放ちながら『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)が口ずさむ。 彼の脳裏に描いた想定、それをリベリスタ達の力は更に上回る。 突貫して来た4体のアーミーは、既に瞬く間に掃討されつつあった。 「理不尽なくらいに多くていやになる。けど」 「行けます。やらせません。私達だって、あれから遊んでいた訳じゃない!」 ルカルカと舞姫が目配せして頷き合う。 かつての戦いとは違う。彼女達も経験を積み、成長しているのだ。その成果が、此処に現れる。 一打、そして一閃。叩き付けた一撃が、黒い波を分かつ。 「皆……強くなったわね」 仲間達へ世界から借り受けた生命の力を分け与えながらも、由利子は滲んだ瞳を拭う。 ブリーフィングルームで見た光景に、彼女の心が折れそうになった事は、事実である。 自分の失敗が及ぼした影響、そして蟻達に追われながら命を繋いだ記憶と恐怖。 それらは消えていない。消える筈も無い。全滅寸前で逃げられたのは、唯の幸運。 死の淵を知ればこそ抱く想いもある。生きたい、死にたくない。 せめて娘が一人前になるまでは。それを、誰が否定出来るだろう。 それでも彼女は、この地へと立ったのだ。自分の様な想いを他の誰にもさせない為に。 「勝ちましょう、皆。必ず、勝ちましょう」 自分で自分に言い聞かせる様に、彼女は声を掛ける。8人がそれぞれに大きく頷く。 ぼんやり光源に照らされた視線の先には、黒い蟻達の第二陣。 各人が駆ける、第三の矢が、奔る。己のプライドと命を賭けて。 「さあ虫達。子供のように丁寧にバラしてあげるデス」 強く、疾く、波間へと――踏み込む。 ●地獄絵図 地下二層最奥、その金色を目の当たりにして駆け続けたリベリスタ達は足を止める。 道中見たジェネラルを、更に絞る部分は絞り、重ねる所は重ねた鎧の様なシルエット。 見た瞬間に理解出来る。それがかつてない程に強固な盾で在る事を。 騎士の如く4体並ぶ、それが『ロード』領主と言う名を与えられた蟻達にとっての最後の砦。 しかし、足を止めさせたのはそちらではなく。更に後方に控える、余りにも巨大な影。 3mは悠に超えるだろう。見上げる以外に無い、威容。そして、異様。 「成長してる……」 ルカルカがぽつりと呟く。言葉通り、以前出逢った女王よりもう一回り巨大化している。 それはまるで孵化寸前の繭の様だった。脈動しながら天井を仰ぐ。 「でも。やっと、また、あえた、ね」 背の誰にも見せられない。羊の娘は餓狼の笑みを浮かべる。 今度こそ、と。進み出た舞姫も、また声を上げる。胸の奥から迸る様に、悲願を。 「我が身は刃、我が身は盾、戦場ヶ原舞姫――推して参る!」 この為に、来たのだ。立ち塞がる黄金の蟻へ音速の刃を全力で突き立てる。 「全く、若いですな」 彼我の距離を目測で正確に測り、正道の放った気糸がロードを射る。 集中力を増した彼にとってこの程度は造作も無い事。これにより金の蟻が突然走り出す。 剥がされる盾、しかしピンポイントその物は殆ど効いている様には見えない。 硬いのだ、只管に。これを破壊するのは、余程の手間を覚悟せざるを得ない程に。 「鶴の気糸、高くつきますよ?」 鋭き事鶴の如し、と嶺もまた研ぎ澄まされた集中力で気糸を放ち、 ロードのもう一体を惹き付ける。こちらもやはり、殆ど効いている様には見られない。 となれば引き付けられたロードは無視するしかないか。 前衛として突入している5人へと目線を向けた、その時。 響く、恐ろしく不愉快な金属音の様な甲高い音色。ぐにゃりと歪んだ視界、空間。 それは距離を取っている嶺や正道達をも巻き込み阿鼻叫喚を引き起こす不協和音。 「さあ、刻まれるが良いデス!」 「違う、ルカは味方……!」 行方が振り被った二本の斧が併走していたルカルカを吹き飛ばす。 「ぶち、ぬけぇぇぇぇ!!」 「くっ、またアレですか!」 モノマが放った業火を纏った拳を舞姫が盾で必死に受け止める。 一度経た経験が生かされてか、奇しくもルカルカ、舞姫の2人は混乱をかわしている。 しかし残る3人の行動は捻じ曲げられ、新たな脅威となって仲間達へと襲い掛かる。 「皆が鏃なら、私は羽……」 詠う様に、広げられた両手。由利子から放たれた神々しい光がその異常を癒す。 けれど間を置かず2体のロードが正道と嶺へ牙を立てる。 「くっ、力が……」 「これは、厳しい……!」 体力を、命を、突き立てられた牙に吸われている。痛みの分だけロードの傷が癒えて行く。 更に牙が抜ければ、ずたずたに裂かれた血管から流血が止まらない。 「この、2人から離れろ!」 霧香が幻影剣で金色の甲殻を切り付ける。 けれど弱点を狙った筈の一撃は、硬質的な音と共に弾かれる。 防御に特化した彼らに、明確な弱点等は無いとでも言う様に。 「これじゃ、ジリ貧ですね……」 舞姫が臍を噛む。ロードを倒してクイーンへ。 けれどクイーンの周囲で戦えば、不協和音が鳴り響く。これは既に分かり切っていた事である。 そしてロードその物がそう容易く打破出来る物でない以上、クイーンへは近付けない。 癒す先から再び混乱の音色が奏でられる。ブレイクフィアーとて確実では、無い。 「でも、やるしかない」 立ち塞がるロードへ、ルカルカがバールの様な物を全力で叩き付ける。 速度を生かし何度でも何度でも。響く音は酷く硬質的で、手が痺れようと甲殻は中々削れない。 「また、来ます!」 超直観で観察していた正道が声を上げる。直後響く異音、轟音。 そして理不尽で不条理な、意図せぬ仲間割れが再開される。 「私が居ないと食事に困る上に、寂しがって困る殿方が居るんですよ……」 肩を押さえ、血に塗れた嶺が荒い息を吐く。出血が重なり膝が笑うのを耐える。 彼女に斬り付けた霧香が慌てた様に駆け寄ろうとするのを、手で静止する。 「……ここで死んでやる訳には――」 言葉途中でロードに噛み付かれ、女性にしては長身な体躯が地面へ伏せる。 「死んでやるわけには、行かない」 未だ、動く。運命が彼女を祝福する限り。立ち上がる。けれど、それも後何度持つか。 「終わり、デス!」 渾身のメガクラッシュを、漸く仲間以外へ叩き込んだ行方が声を上げる。 黄金の蟻が弾き飛ばされ、空いた道へルカルカが滑り込む。 クイーンに辿り着く為だけに、随分時間を消費してしまった。 残された猶予はもうそれほど無い。なのに現状、倒せたロードは僅かに1匹。 「とにかく、女王を倒せたら……あとはどうとでもなる」 折れそうになる気持ちを立て直す。突き出されるバール。 けれど残されたロードが割り込む。邪魔をする。 思いも掛けず、怒りと悔しさの余りに涙が滲む。時間が無いのだ。彼女とて無感情な訳ではない。 「今度こそ、倒してみせるんです……絶対!」 声を上げる事で己を鼓舞し、舞姫が小太刀を振るう。その一撃が遂に――女王へ、届く。 遠かった。余りにも。実際の距離を遥かに超えて。けれどそれはまだたったの一撃。 「くそっ、さっきから不愉快な音立てやがって」 モノマが吐き捨てる。彼と行方、そして霧香。この三人が不協和音の影響を最も強く受けている。 仲間を殴った感触は苦味しか残さない。今度こそ、と拳を握る。 リィーン、と。鈴の様な音が聞こえた。良く見れば、ロードの付近にアーミーが控えている。 クイーンが生み出したのか。これを喰われたらロードへ与えたダメージが水の泡である。 一瞬の逡巡の末、モノマは踏み込む。炎を纏った拳を振り被り。 「邪魔する野郎は全て蹴散らす!!」 叩き付ける、それが――やはり仲間である行方であると気付かぬままに。 混乱、幻覚、魅了、彼らの世界は再び捻じ曲がる。せめてロードを各個撃破してからであれば。 突貫してしまった今となっては詮無き仮定である、由利子一人では支えきれない。 ●三矢は折れず 「ここまで導いてくれた皆の為にも……」 行方の斧に叩き伏せられた霧香が呻く。 「負けられ、ねえ、のに……っ!」 ルカルカに切り刻まれたモノマが血溜りを掻き毟って立ち上がる。 正にこの場は地獄である。共に志を同じくし、目的を持って邁進して来た仲間達が、 傷付け合い、殺し合う。女王の進化を待つまでも無い。地獄は在る。此処に在る。 「いや……いや、もう……もう、やめて……」 それを、端でずっと眺め続けた由利子の瞳から毀れる涙が止まらない。 こんなのは余りにも酷過ぎる。 進化までの残り時間は1分を切る。なのに攻撃を続けて居られるのは唯一人、舞姫のみ。 「このままでは……」 自身の魔力を彼女に注ぎながら正道すらが焦りを抑えきれない。 彼らの戦線を破壊しているのは、文字通り彼ら自身である。その皮肉が、苦しい。 「この、しつこい男は嫌われますよっ!」 距離を取ってはロードを引きつけ続ける嶺に到っては、 後一度組み付かれれば2度と立ち上がれまい。彼女に正道程の頑丈さは無い。 前衛と距離も開いている為フォローも期待出来ない。彼我の距離が、詰まる―― 「――下手ってんじゃないわよ」 その声は、予期せぬ後ろから。 「もう蟻を相手にするのは懲り懲りなんだから――ね」 「本当、ここで終わらせといて欲しいですねー」 暴力的なまでの稲光がと、投擲された刃が闇を裂き、嶺に追い縋ったロードを包み込む。 遅れて聞こえる轟音、そして白く白く染まった視界。8人が、階下へ降り立つ。 「必ず、倒して下さいね!」 「此方のは金色で縁起が良さそうです、どうでも良いですが」 血塗れメイド服の少女が脚を払い、重装甲の毒舌娘が弾幕を張る。その支援は前衛にまで届く。 「おまえら!まだくたばるには早いぜ!」 「痛いのは全部治すよ。だから皆頑張って!」 響いた声と共に癒しの旋律がリベリスタ達を。いや、三の矢の戦友達を癒す。 「これは硬いね、でも赤いのよりはやり易そうだ」 「こっちはオレ達が何とかするよ」 正道に喰らい付こうとしていた金の蟻を、鮫の牙たる長剣と、鷹の爪たる短剣が弾く。 彼らとて苦戦を潜り抜けて来たのだろう、傷だらけの仲間達が背中を支える。 ここまでされて、身苦しい姿は見せられない。折れ掛けた心に、火が灯る。 「全身全霊を賭して――」 「ああ、やってやろうじゃねえか!」 霧香の疾風居合い斬りが最後のロードに阻まれる、しかしこれはフェイント。 モノマの斬撃蹴が女王の体躯に突き刺さる。響く不協和音。 行方が再び混乱を来たす。彼女の攻撃は無差別に―― 「蟻相手に常識なんて必要無いデスネ……全殺しデス」 無差別に、女王へと斬りかかる。それを偶然と言うべきか。 いや、これこそ物言わぬ運命の加護と、敢えてそう評すべきだろう。 爆発的に高められた威力の一撃がクイーンの巨躯をも吹き飛ばす。 浮き上がったその胴体の不自然な蠕動を、女王を見つめ続けた正道は逃さない。 「胴体前方、胸の下辺りです!」 言われて切り込むは誰ならぬ。常に最前線に立ち続けたルカルカ、そして舞姫。 その一撃を、彼女達を支え続けてきた全ての仲間達へ捧ぐ。 「とびっきりの、理不尽あげる」 「三本の矢、その力の全てをこの一撃に込めて……!」 叩き込まれる音速の連撃の二重奏。斬る、打つ、断つ、貫く、薙ぐ、弾く、振り下ろす。 「地獄など、絶対に――顕現させはしないっ!!」 叫びと共に突き出された小太刀が、ガキンと。異様な音を立てる。 手を抜くと其処に引っ掛かっていたのは小盾大の大きな鏡。 「……え?」 どくん――と。女王の体躯が震える。跳ねた様に大きく蠕動する。 後30秒も無いとは言え、時間切れではない筈。無い筈なのだ、なのに、この嫌な予感は何か。 「来る――」 ルカルカが舞姫を引っ張る。動物的な超反射神経が危険を告げていた。 女王の体躯が罅割れていく。孵化、でないならこれは。 「……自壊、してるの……?」 嶺が呟く。核となる何か。それが恐らく舞姫が引っ張り出した鏡なのだろう。 それが「失われた」事で、何かのトリガーを引いたのだ。そうとしか思えない。 体躯から力が溢れ出す。それが将来的に地上へ地獄を生み出す物であるのだとするなら―― 地獄変。伏せてと声を上げる暇も無い。爆音、轟音、地を振るわせる力の奔流。 目を醒ます。周囲はまるで焦土。けれどまだ、立てる。 立ち上がると、手元には不思議な模様の鏡。それを抱いて、視線を巡らす。 其処には女王。クイーンが居る。慌てて小太刀を抜くも、気付く。 「死んでる」 急激な進化の直前、抜き取られた核。それによる自壊。 回復に乏しい三の矢が、これを耐えられる可能性は殆ど無い。その筈だった。 「……最期まで、理不尽」 声が上がり、ルカルカが血溜りから起き上がる。けれど、誰もが耐え切った。 「もう蟻は勘弁デス、ボクは人間が良いデスネ」 「痛い痛い、何で俺を踏むし!」 「すけしゅんだからじゃないデスカ」 ぐりぐりと、行方が踏み付けている相手が、今作戦の命綱であった癒し手であると、 果たして誰が気付く物か。けれど、援軍による回復行。それがほんの間一髪、彼らを救った。 抱く鏡だけが告げている。彼らが掴んだ結末を。 「……勝った……」 誰かが、そう呟いた。からんと、小太刀を取り落としながら。 戦い続けた少女の意識は深く、深く、落ちていく。苦痛と、疲労と、そして、安堵に。 三矢は射抜き、これより復路が始まる。戦いはまだ終わらない。 けれど今はせめて、一時の安らぎを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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