● 雪のように白い肌、触れるのが憚られる美しい銀髪。 見た目は高校生程度の容姿。 今の僕の彼女……らしい。 ● その彼女は、異世界から来たという。 ● 「私には何もない」 と言ったのが出会い頭。彼女には何も無いらしかった。 「そんなわけない」 と言ったのがやっぱり出会い頭。返す刀に、この言葉は彼女を斬った。 金で全てが手に入れられないのなら、美貌で全てが手にれられない道理があってもちっともおかしくは無い。 何も持ち得ぬ彼女が生きるには理由が必要だった。 生き甲斐。 必要とされず、必要とせず存在する彼女には、依存が必要だった。 殺害。 僕が何とか出来た筈だった。 僕が一番傍に立っていた。 僕が誤らせた。 ● 「朝比奈ー、ご飯食べたい」 彼女が言った。もうこんな時間か。 「わかった。作るよ」 テーブルに突っ伏す彼女に苦笑いしながら、僕は料理を作る。 幸せな時間。 死合わせな時間。 「パスタにしようか」 視線はキッチンに向けたまま問いかける。 「アスタラビスタ」 「なにそれ。なにいきなりお別れの挨拶なの」 「なんとなく」 「なんとなくって」 「アーリオ・オーリオぅ!」 がば、とその美しい顔を上げて、突如叫んだ。吃驚する。 「りょーかい」 乳化の腕が試されてるな、これは。腕に力が入る。 「朝比奈ー」 暫くの沈黙を破って、呼びかけの声が聞こえた。 「今日もたくさん殺したよ」 フライパンを熱する。 「偉い?」 それは本来混ざり得ぬ水と油を、均一にする魔法。 「……偉いよ」 僕も彼女と混ざり合えたら良かったのに。 ●ブリーフィング 「私は、色恋沙汰は不得手なのだけれど」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が取り敢えず一線を引いた。 「こういう形があることは、否定はしないわ」 アザーバイドな彼女を持つ、男性。 「そのアザーバイドが無害なら、ね」 無害じゃないなら。それを換言する、冷たい言葉だった。 「貴方達なら難しくない依頼。アザーバイド一体を倒すだけ。あと、邪魔するようなら、そのアザーバイドと番の男の子の方も」 その言葉にリベリスタが怪訝な顔をした。 「一般市民に被害を出すっていうのちょっと」 「彼、覚醒するわ」 恐らく。貴方達との戦闘の中で。 「そこでフェイトを得るのか、得られないのか、そこまで分からなかった。だから、彼はノーフェイス或いはフィクサードのいずれかになるでしょう」 「リベリスタにだって、成れる筈だ」 「愛する者を目の前で失う覚悟があるのなら、ね」 イヴの眼に、リベリスタは言葉に詰まった。 「私は、色恋沙汰は不得手なのだけれど」 念押すように。繰り返し、一線を引いた。 「愛って、そういうものでしょう?」 だから、教えてあげてほしい。 そんなものを、愛とは呼ばないと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月24日(日)23:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 何を人は愛と呼ぶか。 人とアザーバイドは違うから彼女にとってはソレが愛で絆なのかもしれない。 ● 朝比奈が玄関を開けて外を伺った時、一瞬何が起こっているのか分からなかった。 三名の男女が立っている。新聞の集金とは、全く関係の無さそうな人達が。 「朝比奈、誰ー?」 彼女の声が聞こえて振り向こうとした瞬間だった。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が正面から彼の体を突き飛ばす。思わず体勢を崩し倒れ込んだ彼の上を『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)が素早く駆け、美しい紫陽花色の透き通った刀身がアザーバイドへと振り被られた。突然の状況にアザーバイドはその攻撃を直に受け、大きな音を立てて奥へと吹き飛ばされた。 「な―――なにを」 何もかもが飲みこめない消化不良だけが朝比奈を襲って、彼は上手く言葉を発せなかった。そして流暢に発声する必要も彼には無かった。 ばちっと音がして、朝比奈の意識は沈んだ。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はそのスタンガンを懐へ仕舞い込み、朝比奈を抱え上げた。一連の彼女の動作は流れるように手捷い。 (……貴方は、それでも良いと言うのでしょうね) だけれど謝罪はしなかった。ここで謝ったら、色んな事が嘘になって、色褪せてしまいそうだった。 レイチェルが朝比奈を抱えて家の外へと出たのと同時に、五十川 夜桜(BNE004729)が結界を構築する。並みの結界を遥かに凌ぐその陣が家屋全体を包み込み終えると、他のリベリスタ達が一斉に家屋へ侵入した。 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)と『0』氏名 姓(BNE002967)は一階の窓を突き破って、そこから内部へと侵入した。 そこはリビングだった。テレビの映像が点いたままで、人気のお笑い番組が流れている。四つのイスを備えた木製のテーブルには、夕食の途中だったのだろうか、パスタの皿を中心にサラダなど、食べ掛けのままの食器がそのまま置かれてあった。 (何を好き好んで人殺しのアザーバイドと暮らしているのか。 詳細な理由なんざ理解する気もないし興味もないが―――) 一瞬の内に状況を確認した櫻霞はその光景に特に何も思わなかった。 (いずれにせよ、連中を待っているのは別離だけだ) 不意にリビングの外にある廊下へと繋がるドアが衝突音とともに吹き飛んだ。リビングへと飛び込んできたのは、腰まで伸びた見目麗しい白銀色の髪を揺らす少女。 かといって、彼女はそのまま空中で鮮やかな身のこなしを見せ、すとんと静かにフローリングの上に着地した。彼女の黄色い目が、辺りを一周した。 「なるほど」 アザーバイドは小さく首を傾げた。その可愛らしい動作に、三日月の様な目の笑顔が続いた。 「これは、襲われているんだなー」 アザーバイドが吹き飛ばされてきた扉から、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)、改め、那由他・エカテリーナ(自称)、五月、『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)がゆっくりと姿を現した。アザーバイドの気の抜けた言葉に、那由他が苦笑しながら返した。 「まあ、こちらの常識を守れないのなら。追われる事になるのはしょうがないですね」 「こちら? 常識?」 那由他の言葉に、アザーバイドは首を右、そして左へと傾げた。 「アザーバイドとボトムの住人では在り方も価値観も違う、ということでしょう」 シエルのその言葉にも、彼女は焦点が合わないようであった。どうやら本当に理解していない。 やり辛いなあ、とでも言いたいかの様に、姓は頭を掻いた。 「なんにせよ」 総括するような五月の声。 「ああ、なんにせよ、仇名すアザーバイドは、排除する」 そして櫻霞がその先を続けた。真黒なその銃口が粛然と少女に捧げられた。 アザーバイドはけたけたと笑った。 「うーん、それも知ってるな。これは、殺し合いだ」 アザーバイドのその言葉が振動する直前、淡く光を帯びた銃弾が彼女の頭部を捉えて、爆発したかのように後方へと首が撥ねた。水風船が割れたように鮮血が舞い、食卓の白いパスタが紅く染まった。 「これも知ってる」 そうして自然体で立ったまま、不自然に後ろへ折れた首が、ぐいと元の位置に戻った。額の穿孔から流れる人間と同じそれは、顎を伝ってぼたぼたと勢いよく滴り落ちたが、その表情は先刻と大差ない。櫻霞の眉が本の少し寄せられた。 熟練の度合いに差はあれ、いずれも選ばれたリベリスタ、その歴戦の覚醒者を相手に囲まれ、しかしその少女には焦りの色合いも、絶望の諦観も認められなかった。あるのは愉楽を含まない不思議な笑いだけであった。 「お腹は空いてるけど、しょうがないよね」 アザーバイドは不意に後方へと、照明の落ちたキッチンの方へと飛んだ。シエルの懐にあるその書がはらと揺れ、次いで間髪入れずに振われた腕から揺れる大気がその姿を追い縋って、けれど柔軟に捩じられた少女の体躯が紙一重のところでそれを回避した。行き場を失った衝撃が、激しい音を立てて食器棚を破砕した。 姓の身に纏う宝具が共鳴するかの如く、或いはその存在を忌避するかの如く震えた。 仄暗いその場所からまるで亡霊のように静かに現れる少女。 相変わらず口元に形だけの微笑みを浮かべた少女。 その両手に錆びついて、そして矛盾するように輝いた鉈を握りしめた少女。 (互いを思う二人の絆って素敵だけれど―――) 那由他の首から心地良い音が鳴った。握りしめられた手に、力が入った。 ● それは自らが課せられた何時かの罪と同じ味だった。 溶けたアルミニウムを口腔に押し込められた時の不愉快さの様だった。そうして、金属中毒に苦しめられて死に至る病となるあの感触だった。 (僕だって、そうだ) だけれど自分は生きている。未だに這い蹲って生にしがみついている。 意識を失って倒れている彼は、無害そうな顔をした青年だった。自分より幾らか年上だろうが、まだ二十代だろう。この持ち家が彼自身の所有物なのか、受け継がれた物なのか、不思議な所だった。 朝比奈の顔が歪んで、小さな呻き声が星空の下に響いた。 レイチェルが夏栖斗の方をちらと見た。それは「どうするのか」という意味を孕んだ視線だった。 夏栖斗には、彼にどうしても伝えたい言葉があった。だけれど、このまま何も知らせない方が覚醒のリスクを最小化できるのでは、という淡い期待もあった。 (……もう手遅れなのかもしれませんが) しかし、それで諦める訳にもいかなかった。それが僅かな可能性であろうと、レイチェルには見て見ぬ振りはできなかった。 意識が浮上してきている。二人は再度目配せする。 レイチェルの手が再度スタンガンに伸びた。 蓋をして、押し込めるやり方だった。だけれど、そちらの方がより神秘の介入を防ぐことができる。 夜風が吹いて思わず身震いした。 ● 夜桜と姓の体が宙を舞って、リビングの正面にある大きな窓を突き破り、小さな庭へと吹き飛ばされた。 リビングから廊下へと飛び撥ねたアザーバイドの姿を五月が肉薄する。甲高い金属音が響いて火花が散った。 「お前、あの男の事、好きだったのか」 薄暗く狭い廊下を五月のライトが映し出す。アザーバイドの左手の鉈が弾けて、その勢いのまま右上段から振り下ろされた五月の刀身が右手の鉈と交ざり合う。 「好きだよ」 真っ直ぐな言葉だった。五月が至近距離で見詰めた虹彩はシトリンの様に輝いて、その心底を曝け出していた。凡そ人間らしくない純粋な好意が眩しく、爽やかで、そうであるからこそ、十分な危うさを匂わせていた。 五月の剣に押され、少女は階段を上がるように後退した。追い詰めるように一歩段を踏み込んだ五月を、先ほど覗かせた美しい瞳が一際ぎんと見詰めて、次の瞬間にはその体躯を吹き飛ばしていた。転がるというよりはその身を浮かすようにして弾かれた体を、シエルが受け止めた。五月の「すまない」という言葉に、シエルはにっこりと微笑んだ。 入れ替わるように那由他と櫻霞が階段を駆けた。 那由他が二階へと着くと、廊下の奥、照明の落ちたその暗闇にアザーバイドは立っていた。 「気になる事が少し」 別にその言葉にアザーバイドが反応しなくても、那由他は構わなかった。それならそれで、敵の考えなのだろう。いずれにしても斬るには違いない。そこに単純な好奇心があって、満たされたいというだけのことである。 少女の目に敵意も好意も無い。ただ、その首だけが右へと傾いた。那由他はそれを、続けろ、という意味で解釈した。 「貴女は、何故、人を殺すのでしょう?」 「何故、人を殺す……」 少女が復唱した。それは処理しきれなかった思考の残滓、その発露だった。 「例えば……」 華奢で美しい人差し指が、細い顎にそっと添えられた。何かに思い巡らすその表情は、同性の那由他から見ても、美しい、と思えた。 「こちらの世界の人の、普通の生活は、こうらしい」 生まれる。学校へ行く。遊ぶ。学ぶ。働く。結婚する。死ぬ。 櫻霞が那由他の後ろについた。少女は眼球だけ動かして彼を見た。 「例えば、結婚する」 幸せな家庭を築く。親が死ぬ。旦那さんが死ぬ。子供が死ぬ。 「このとき、残された女性は、どうやって生きていくの?」 何に目的を見つけて? 何の理由に起因して? 「私にはわからないなー。私には分からない」 その少女には帰る処も、親と言える存在も、生存する目的も無かった。全て奪われて捨てられたのは彼女にとって不幸でも何でもなく、ただあったことだった。問題はそれ以降だった。簡単に死んで終わらせることの出来ない檻の様なこの世界で、彷徨うように生きてきた。 「んー、まあ」 那由他の右人差し指が行き場を失ったようにくるくると宙に環を描いた。 「恋愛って難しいですね」 脈絡も因果も結論もぐちゃぐちゃな一言だった。けれど少女はその一言に、深く頷いた。 「うん、難しい。あっちには、こんなの無かったなー」 その顔色も言葉も、とにかく素直だった。那由他は、この少女のことをほんの少し好意的に思えられた。 「お前がどう生きようと勝手だが」 櫻霞の声が低く響いた。 「他者の命を奪い続けた結果がどうなるのか、男に教えて貰わなかったのか?」 彼なりの皮肉のつもりだった。しかし、少女の見せた寂しげな微笑みは、似つかわしくない。 「知ってた」 教えて貰ったとは言わなかった。それが何を意味するのか、櫻霞には分からなかった。 「分かってて殺していたんですか?」 那由他の懐疑的な声に少女は頷いた。 「朝比奈はいつも辛そうな顔をしてた」 彼の気持ちは分かっていた。 「だから朝比奈を奪うのはゆるせないんだなあ」 瞬きする間だった。那由他の太刀がそれを受けてなお、彼女は無意識の内に反応していた。攻撃された、と認識して、改めて手に力を込めた。 詰め寄られて初めてアザーバイドの少女の薄汚れた髪の毛が目に付いた。遠目からは美しいだけだった彼女の、酸化された赤黒い染みに彩られた銀髪、白いワンピース。その顔。 ―――こっちの貴女の方が好みだなんていったら、可笑しいかな。 唇の端が歪んだ。心もちょっと歪んでしまっているのかもしれない。 一振りした太刀が弾かれ、続けざまに一振り。 一歩、そして一歩アザーバイドが後退し、和室の襖がその背中に当たって、音を立てながら外れた。 那由他の体を抉る斬撃が血飛沫を上げるのと同時に、少女の動きは鈍くなった。 一歩、また一歩アザーバイドが後退し、懐かしい畳の感触が踏み締められた。 少女の左手に衝撃が走って、鉈が一本手を離れた。正しく掌を貫いた銃弾が、一瞬の空白を作った。 目と目とだけが逢って、それだけだった。感情の交わし合いも、そして言葉の交わし合いなど以ての外である。 続けざまの銃弾を避けるための残され一閃された鉈が、その太刀を受けることは出来なかった。 那由他の横一閃。流麗な剣戟だった。 呻く様に眉を顰めて、少女の体が浮いた。障子を突き破り、ガラスを破砕した彼女の体は、丁度庭へと放り出された。 落ちている間、少女は同じく浮かんだ月を見ていた。満月なら最高にロマンチックだったけれど、大きく欠けた醜い月だった。三日月にも成りきれない中途半端な美意識。月の裏側みたいな、私の非存在。 ふと朝比奈はどうしたのだろう、と思った。今更だった。 連れられていった彼は、それでも私を迎えに来るだろう。そんな確信みたいなのがあって、だから彼を心配することは必要なかった。それが朝比奈という男だった。 私の為に悲しんでくれる男だった。それが嬉しくて堪らなかった。 そこまで考えて、大きな衝撃が体全体を襲った。一瞬呼吸が止まって、しかし、すぐに立ち上がった。これぐらいならまだまだ大丈夫。そんなことよりも、今先程受けた斬撃の方が問題だった。血が止まらない。 次第に自己治癒能力が劣ってきている様に思えた。それが自分の崩壊を意味しているのか、或いは、契約者である朝比奈の存在が徐々に薄まっているのか。どちらかは分からなかったけれど。 庭には四名の男女。すぐさま夜桜の剣が振られる。正面から受けたアザーバイドは、重い、と感じた。重いことを正しく重い、と感じることは久しぶりの感触だった。 夜桜にとっても、ただアザーバイドが憎いだけだはなかった。けれど、ここを通す訳にもいかなかった。 形は違っても……。 (大事な人を失う気持ちは、分かるから) 分が悪いな、と少女は感じた。後退を考えた。次いで、食べ残してきたパスタのことを考えた。 内心笑ってしまった。こんなときに、どうして彼の得意なアーリオ・オーリオが出てくるのだろう? 少女の視線がシエルを捉える。先程五月を吹き飛ばしたその秘術を、しかし、直線状に割り込んだ姓がそれを防いだ。立ち替わり、五月が距離を詰める。三度目の邂逅。 「縋らなくちゃ生きていけないのは、甘えだ」 冷たい空気を切り裂いた痕を五月は避けた。 「愛するって、そういうことじゃないんだ」 シエルの施す魔術が、綺麗にリベリスタ達を包み込む。少女の目にはそれが、星空のように見えた。 「愛ってのは、奇跡なんだ」 少女の体が思わず仰け反った。完全に打ち負けた。この時、少女の中に在った自信は瓦解し、予期された自分の敗北を微かに意識した。 逃げるべきだという自分が一人居て、逃げるべきではないという自分が大勢居た。何故だろう? 地面を踏み締めて跳躍した。先刻自分が居た場所を貫く銃弾を眺めながら、澄んだ空気が心地よかった。 「―――ああ、そういうことなんだ」 脳裏に出会った時の彼の姿が浮かんだ。何も持たない空虚な彼の姿。 残された一本の鉈が弾かれた。 真っ白な気糸が彼女を絡めて、 アメシスト色の軌跡が白い体躯を貫いて、 その太刀が白い身骨を斬り裂き、 左目が破裂した。 それが彼女の最期だった。 別れの挨拶を呟いたのは、誰だったか。 ● 朝比奈が目を覚ました時、二人の顔を見て、彼はある程度の結末を想像した。 「彼女が殺した人間には、どんな人達がいましたか?」 白い吐息に、悲しい言葉が溶けた。朝比奈は何も言えなかった。 「子供であれば、親が居たでしょうね。大人であれば、子が、友が、―――恋人が居たかも知れません」 歪な月が真上にあった。初めて彼女に逢った時のことを思い出した。その何も持たない空虚な彼女の姿。 「世界の為に、君の愛する人を奪ったのは僕たちだ」 だから。 「僕を恨んで、憎しめばいい。君にはその権利がある」 彼女の最後の姿も、そして言葉も奪った僕たちを、どうか許さないで。 ただ静かに涙を流す朝比奈の顔を、夏栖斗は直視できなかった。いっそ殺人鬼と罵られた方が、気が楽だった。 「僕は―――」 すぐに言葉は続かなかった。右腕が彼の目を覆い隠すように被せられた。 「―――彼女に全てを背負わせていたんだね」 小さな嗚咽が漏れた。 ● 朝比奈の覚醒は防がれた。彼はアザーバイドの死に様を一切知らないし、その死体がどう処理されたかも知らない。自分が運命に愛されない怪物になるか、運命に愛された狂人になるか、その瀬戸際に居たことも知らない。 時に真実は人を傷つけ、隠された嘘が人を救うこともある。 櫻霞にして「無知は救いであり同時に罪である」とのことであるが、この場合、彼はその無知によって救われて、同時に罰せられたと言って良い。 姓と五月は、朝比奈にアザーバイドの少女の名を訊いた。彼は肯定も否定もしなかったが、その名を口にすることは無かった。 愛、そして恋。夜桜にとっては始終ふんわりとした霞が掛っていた。 いつか自分も、焦がれるような恋愛に身を投じるのだろうか? 今はまだ分からない。けれど、なんだか羨ましいな、と夜桜は感じた。 「アザーバイドとボトムの住人では、在り方も価値観も違うのですね」 本当、難しゅうございますね。そう言ったシエルの言葉に、五月は眉を寄せた。 「護り切れないならば、それは紛い物だ」 愛であって、愛ではない。彼女の定義はそれを、愛とは呼ばない。 「せめて、死に物狂いで生きてくれ」 ● 生誕祭が一月後に迫った寒い夜。 彼がその記憶を失った瞬間、 同時にその少女も消えうせた。 別離の冷たい風が吹いて、 彼はまた全てを失った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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