● 「ハハハ、実に容易い。そう、まるで赤子の手を捻るが如くだ」 恐怖と混乱が渦巻く中で、それを生み出せし襲撃者は、阿鼻叫喚の地獄を住処とするその男は哂う。 逃げ惑う被害者の首に、彼とは昨日まで友だった筈の、今は哀れな操り人形と化した死体、E・アンデッドが喰らい付く。 「既に勝敗は決したも同然……、否、君が私を雇った時点でこの結果は決していたけれども、さて雇い主よ如何様に?」 地獄が、六道が最下層地獄一派の第四、叫喚が問うたは、瓦解寸前の護衛部隊を健気に纏めるリーダーと相対する彼の雇い主。 嘗ての縁で雇われはしたが、結局叫喚は雇い主が、裏野部に属する外道、『マンドラゴラ』歪螺・屡の真の目的を知る訳では無い。屡からの指示で叫喚が死体に下した命令は、女は襲うな、男は殺せ。 叫喚が知る限り屡は計算高い人間だ。自身の手勢だけなら兎も角、態々叫喚を雇ってまでこの程度の施設を襲うのならば何らかの利がある筈なのだ。 それに屡の隣に立つ不気味な男、気配からすれば人間では無い……、恐らくはアザーバイドであろうけれど、その存在も気になっている。 だが探りを兼ねた叫喚からの問いかけを、屡は片手をひらつかせる事で曖昧に応じ、 「ってな訳で抵抗は無駄ってのはそろそろ判っただろ? いや無駄じゃない可能性も無くは無いが、多分結果は変わらず死人だけが増えるぜ。お前が実はアイツ等が憎くて盛大に死んで欲しいとか思ってるなら別だけど、どうするよ?」 この施設の守備部隊のリーダーである夜須・瞳に降伏を迫る。 襲撃を受けた施設の名前は『迷い家』。 革醒し、更に運命に愛されるも、己の力を私利私欲で使う事も、かといって世界を守る為にその力を振るう事も選ばなかった者達が寄り添い暮らす家。 人間の枠から外れてしまった事に対する受け止め方は人其々だ。 得た力に狂喜する者、強い心で事実を受け止める者、そして深く深く傷付いてしまう者。 遠野物語にその名をあやかった迷い家は、傷付いたE・能力者達が寄り添い傷を癒す場所として作られた。 その力を社会福祉やボランティアの為等にささやかに振るい、自分達の存在を肯定する。 同じ傷を持った者達同士が暮らす事で互いの傷を癒し合う。 傷が癒えれば巣立つ者も居た。中には大切なこの場所がある世界を守る為、改めてリベリスタの道を選ぶ者も居る。 例えば瞳がそうだ。 迷い家は、無害で優しく、そして他所から見れば弱者が集まるだけの大した価値の無い場所……の筈だった。 優しさは悪意に弱い。優しい場所だからこそ、暴力に対する抵抗力は低かった。 「『誰かが抵抗しなければ』、これ以上この場で死人は出ない。ある一定の年齢層の女は連れてくが、まあそれが目的だからな。……けど他は助かるぜ。損得の計算くらいは出来るだろ?」 圧倒的な実力差に加え、殺された仲間の死体が起き上がって襲ってくるこの状況から逃れるにはもう首を縦に振るより他に術は無く……。 ● 「さて諸君急ぎの仕事だ」 集まったリベリスタ達を見回して、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が机の上に資料を放る。 資料の一枚目に踊るは主流七派が一つ『過激派』裏野部の文字。 「時間が足りないので手短に行くが、ある組織が裏野部に襲撃を受けている」 資料を捲れば、今回の被害者である『迷い家』の詳細が記されていた。 覚悟を持たぬ故に無力で無害で、そしてとても優しい組織。 「迷い家の持つ戦力と呼べる力は極僅かで、暴力に慣れたフィクサード達には到底抗し切れずに、諸君等が到着する頃には既に陥落しているだろう」 逆貫は僅かに溜息を吐く。口惜しげに。 「しかしまだ迷い家の全てが皆殺しにされた訳では無い。どうやら連中の目的は能力者の女性達らしく、運び出す為に彼女等を車に積み込み移送する心算らしい」 近頃起きる裏野部による能力者の女性を誘拐する事件、これもその一つなのだろう。 奴等が何故女性を必要とするのかは判らないが、ロクでもない理由であろう事は間違いなく、攫われた彼女達が地獄を見る事になるであろうも想像に難くない。 「救い出せる限りを救い出して欲しい。迷い家は戦う事を選択しなかった、覚悟無き者の集まりだ。……けれど決してそれは罪では無いのだよ」 傷を背負い切れなかった、或いは痛みを堪える事に時間がかかる、それは仕方の無い事だ。 アークのリベリスタ達は戦う事を選んだけれど、誰しもがそのように強く在れる訳では無い。 「だが一つ注意して欲しい。近頃起きた裏野部の能力者誘拐事件には必ず存在する影、『まつろわぬ民』の姿が今回もある。諸君等までもがその糸に絡め取られぬよう、嗚呼、私は諸君等の健闘を祈る」 資料 裏野部フィクサード リーダー:『マンドラゴラ』歪螺・屡 絞首刑になった男の精液から生じる植物の名前を称号に持つ20代後半の男。其の言葉は甘い毒。 ジョブはマグメイガス。所持EXは『マンドラゴラの悲鳴』と『マンドラゴラの雫』。所持アーティファクトは『虚弱の指輪』。 『マンドラゴラの悲鳴』 聞けば死に至ると言われるマンドラゴラの悲鳴。神遠全、麻痺、崩壊、Mアタック。 『マンドラゴラの雫』 麻薬効果を持ち、古くは鎮痛薬として用いられたとも言われるマンドラゴラの癒し。神遠単、HP回復、物神攻上昇。 『虚弱の指輪』 このアーティファクト所持者を除く、アーティファクト所持者の近接範囲に入った者は、虚弱の付与を受ける。 サブリーダーA:睦月・一 歪螺の配下の裏野部派フィクサード。ジョブはナイトクリーク。1月1日生まれ。 20代前半の男。 サブリーダーB:衣更着・憎 歪螺の配下の裏野部派フィクサード。ジョブはスターサジタリー。2月29日生まれ。 20代前半の男。 その他に6名(クロスイージス×3+ホーリーメイガス+プロアデプト+デュランダル)のフィクサードが居ます。 傭兵 フィクサード:叫喚 六道派フィクサード。老年の男。死と死後に関することを探求する事でそれらを操り、自分を死から遠ざける事を目的とする地獄一派の、一人。八大地獄の其の四。 ジョブはホーリーメイガス、千里眼と物質透過も所持している事が判明。 所持するEXスキルは『叫喚地獄』。所持するアーティファクトは『地獄輪廻の珠』と『死繰り其の死』 『叫喚地獄』 八大地獄の第四層、叫喚地獄で苦しむ亡者の声を呼び出す。神遠全、混乱、Mアタック。 『地獄転生の珠』 数珠型のアーティファクト。この数珠に念じれば、死亡後6分以内の死体をE・アンデッドと化す事が出来る。E・アンデッドの能力は生前の能力に比例する(一般人死体だとフェーズ1、革醒者の死体だとフェーズ2になる)。ただしE・アンデッドは生前の記憶等を保持しておらず、ただエリューションとしての本能のままに暴れる。 『死繰り其の死』 指輪型アーティファクト。この指輪に1ターンかけて念じれば、半径50m以内にいるフェーズ2以下のE・アンデッドを大雑把な命令に(自分達を襲うな。あいつを殺せ等)従わせることが出来る。 その他、フェーズ2のE・アンデッド12体。 アザーバイド 土隠:界顎 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種、土隠(つちごもり)の1人でこの国では絶滅したとされる狼の皮を頭に被る。 面接着に似た力を持ちます。また糸により敵を捕縛し、捕まえた獲物を引き寄せる事が出来ます。 毒、肉体を変形させて作った顎門で挟み潰すなどの攻撃も行ないます。 迷い家 連れ去られる対象となる女性は18名。 その他の非戦闘員は40名ほど。 守備部隊の生き残りである夜須・瞳(ソードミラージュlv25)とクロスイージス(lv20)&デュランダル(lv20)は非戦闘員達の命を守る為にアークに敵対します。 ● その日は最初から嫌な出来事ばかりだったのだ。 朝一に飲もうとした牛乳は賞味期限が切れていたし、買っていた株は下がった。 相変わらず部下の連中は頭が悪いのが多いし、少し賢ければ今度はかわりに性格が悪い。 まあ自分も他人の事を言えた義理では無いけれど。だが自分の部下も自分も性格の悪さで言うならば、今隣に居る男よりは大分マシだ。 ニヤニヤと嗤いを浮かべてこちらを見るのは『嗤笑』露原 ルイ。 よりにもよって何故裏野部でも有数の性格の悪さで知られるこの男と一緒に首領である裏野部一二三に呼び出されるのか。 嫌な予感どころでは無い。災厄の確信だ。 そして自分達を出迎えた一二三は上機嫌だった。実に厄い。 「良く来たな『マンドラゴラ』に『嗤笑』の。オマエ等にうってつけの汚ェ仕事があってな」 一二三の言葉にルイの笑みが深くなる。一緒にしないでくれと叫びたい。 自分は欲望に忠実で、なおかつ手段を選ばぬだけ。金、女、暴力、薬、判り易い物を求めて与えて人を操る。 ルイの様な悪意の塊は、計算しがたい、理解しがたい、一番苦手なタイプなのに。 「ハァイ、親愛なる一二三様のお言葉とあらば、この恭順な露原ルイは喜んで」 ルイは嗤いを絶やさずに、一二三の言葉に頷いた。 嗚呼、わかってる。断る道などありはしない。此れは断れず、そして無様な失敗も出来ない敬愛する首領からのお使いだ。 さてルイと並ぶは実に不本意であるけれどうってつけと言われたならば仕方ない。精々らしくやらせて貰おう。 態々肉食獣に立ち向うのも馬鹿らしい、さあさか弱いか弱い哀れな草食動物、このマンドラゴラの悪辣をとくと御覧じろ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月26日(火)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 目を瞠るとはこの事か。 以前相対した時とは比べ物にならぬ。 自身もあれからそれなりの場を潜り力を高めた自負があるが、それでも彼等の成長はそれを大きく上回るだろう。 「ナイスファイトだアークの少年。……けれど」 地獄に落ちた亡者の呻きを再現する、人の精神を狂わせる波長、己の必殺技である『叫喚地獄』が吹き荒れる中を惑わされる事なく突破するデュランダル、破壊の闘気を纏った『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)の姿に思わず叫喚は呟く。 ……しかし、『けれど』なのだ。 叫喚の胸中を過ぎるは、雇い主である裏野部と襲撃者であるアーク、其々双方一つずつのミス。 真っ先にアークの接近に気付いたのは叫喚だ。己等に向けられる視線、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の千里眼と叫喚のそれが互いを認識しあったその時、彼は雇い主に提案したのだ。 此処の40人を死体として戦力に足すならば、裏野部が目的を達するまでに充分な時を優に稼いで見せようと。 この施設、『迷い家』の守備部隊への約定は『誰かが抵抗しなければ』これ以上は殺さないだ。彼等の救出を目的とするであろうリベリスタが、抵抗勢力がやって来た時点でこの約定を無効としても裏の世界では誰にも咎められる筋合いは無いだろうと。 無論守備部隊はアークとの無関係を主張し、自身等が撃退に加わる事を条件に施設の人間の殺戮を思い留まる様に言って来たが……、知った事かと叫喚は思う。 勘違いされる事が多いがフィクサードにも一度交わした約束を守る者は多いし、叫喚もその1人である。何故なら悪党であるからこそ約束を守らねば、群れる事ができないからだ。 寧ろ良心とやらで約定を一方的に反故にする事が多いのは寧ろリベリスタ達の方だとすら彼は思っている。 だが嘘を吐かない事と正直は一致せず、約定を違えぬ事と騙さぬ事も一致しない。 誰かが等と言う文言に了承した迷い家の連中が愚かだっただけ、……の筈なのだが、あろう事か雇い主は守備部隊の言い分を一部認めてしまったのだ。 雇い主とて裏野部である以上は血を嫌う筈がない。 だとすれば叫喚の力に頼り過ぎる事で支払う報酬が増えるのを嫌ったか、それとも運び出す女達に無駄な抵抗をされて労力が増す事を厭うたのか、……或いは出撃前にチラと出会ったあの奸悪、確か『嗤笑』と呼ばれたアレを意識してスムーズに事を運ぼうとし過ぎたのか。 何れにせよ雇い主がアークを多少なりとも過小評価した事は間違いないだろう。 この叫喚ですら彼等の成長度合いを見誤っていたのだから。 されどそれが雇い主の意向なら従い成さねばならぬ。充分な報酬を約束されている以上、叫喚にも自分達の名の価値を下げぬ為にそれに見合った働きが必要とされる。 それに敵を甘く見過ぎているのはアークのリベリスタ達も同様だ。 リベリスタ達のの勢いは確かに死人のみで食い止めるのは厳しいだろう。 だが、であるならば、 「では君等が止め給え。私は今からでも死体を増やした方が良いと考えてるのだから、それが嫌ならな」 使える物を使うとしよう。 「いわれずともっ!」 表情を歪めながらも風斗の、死者の壁の突破を図ったリベリスタ達の前に立ちはだかるのは、迷い家全てを人質に取られた守備部隊の生き残り達。 彼等は『現の月』 風宮 悠月(BNE001450)からのハイテレパスでアークの目的を理解している。……けれど、理解した上でも彼等の行動は変わらないし変えられない。そして悠月も変える事を望んでいない。 嗚呼、大した策も無く小細工と勢いだけで突破が叶う、道を切り開けると思ったならば、それは叫喚を少しばかり甘く見過ぎたアークのミスだ。 そして狼の毛皮を被った古代のアザーバイドが、戦場に響き渡る咆哮をあげる。 施設の外で始まった戦いは、徐々に地獄に塗れて行く。 ● あばたの弾丸が死者の腕に突き刺さり、膝を砕いて動きを殺す。されど死者は動きを止めず、両足を砕こうが倒れても腕で這う。残る四肢を全て砕くなら後3発の弾丸が必要な計算だ。 なるほど些か面倒臭い。例え全ての四肢を砕こうと、それで完全に動きを止めてくれる保証が無い辺りがまた癪に障る。 クソの様だとあばたは思う。 並の人間なら腕引き千切れ、一撃で間違いなく絶命する筈の銃弾に、何故革醒するだけで、何故動く死体と化すだけで耐えれるのだ。 その様は気持ち悪くて、気持ち悪くて、気持ち悪くて、呪わしい。 化物は皆、そう例えばこの迷い家の連中の様に世間に迷惑をかけずに引き篭もってくれていればまだマシだといえるのに。 あばたが真に狙いたいこの現象の大元である叫喚は死者の壁に阻まれて射程距離に捉えれず、それが彼女の苛立ちに拍車をかける。 尤もその距離が無ければ彼女も叫喚地獄に巻き込まれ、混乱の泥沼に陥る羽目になったのだろうけど。 「UEEEEEI!!」 響き渡る雄叫びは、けれども見た目は麗しい『うっちゃり系の女』柳生・麗香(BNE004588)の口から放たれた。 そして振るう攻撃はその雄叫びよりも更に雄々しく、高速で魔力剣を回転させる戦鬼烈風陣が死者と守備部隊の生き残りの1人、夜須・瞳を纏めて打ち据える。 動き鈍い死者は兎も角、ソードミラージュである瞳は何とかその一撃を掠める程度に収めはしたが、それでも麗香との格の違いは明らかだ。 「アンタらは力になびく草花だっ! どうせならアークの力になびけッ!」 だが続いた麗香の言葉に瞳は歯を食い縛る。 嗚呼、確かに救いに来た彼等アークの前に立ちはだかる自分達守備部隊の残党は邪魔でしかないのだろう。 「無道に抵抗しないのは罪である。抵抗する標的を間違えるなっ!」 更に続く麗香の言葉。 無論そんな事は言われずとも判ってる。しかし例えこの行動が間違っていようと、ほんの少しでも守りたいのだ。 力無き第二の実家を。そこで過ごす傷付いた人達を。 麗香の理屈は強者の理屈であり、か弱き牙を振り翳す瞳には、もう裏野部もアークも然して大きな違いを感じない。 どちらも彼女の実家を脅かす悪鬼達。願わくばどこか遠く離れた場所で、好き勝手に殺しあっててくれたら良かったものを。 だが此処は既に地獄。最早逃れる術等ありはしない。 そんな苦痛に満ちた戦場を切り裂くは斬撃。 其れは舞い散る花弁の如く。其れは日の出の光の如く。唐突に、全てを切り裂く衣通姫・霧音(BNE004298)の弾幕世界。 「…………」 一撃を放った彼女が語る言葉は無い。けれど刀身に映った彼女の瞳は、何よりも雄弁に嫌悪を語る。 裏野部のやり方、女性を攫うその手口には『反吐が出る』と。 斬撃に切り開かれた隙間に身を捻じ込んで、仲間達を少しでも前に進ませようと奮闘するは本来後衛である筈の悠月だ。 放つチェインライトニングが迷い家の守備部隊を避けて死体を焼く。 だが彼女1人の努力では、其れを成し遂げるが困難である事もまた事実。せめて全ての後衛が同じ行動を取ったなら、この後の展開が少しは変わる可能性もあったけれど。 幾度も顔を合わせ、その度に彼の肝を冷やした悠月の奮闘に、叫喚が嗤う。 「成る程、矢張り、確かに、君等の成長は著しい。だが如何に強い駒が揃おうと、其れがバラバラで仕方ない」 嗚呼、その言葉は或いは悠月では無く『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)、アークでも有名な戦闘指揮者に向けて放たれたのかも知れない。 叫喚はこう言ってるのだ。知者たるお前達が彼等を動かせないのが無様であると。 「どうやら私の買いかぶりが過ぎた様だ。さて、ならば君達は皆死んで死体と成り給え。さすればこの叫喚が、君等で扱い切れぬ其の体の真の使い方を示してやろう」 嘲りと共に吹き抜けるは魍魎の呻き。生きる者を羨み、引き摺り落とさんとする苦痛の叫び。 討ち取られたフィクサードの、救えなかった人々の、怨嗟の声がリベリスタ達の脳に染み込んで行く。 リベリスタ達にの心を削り混乱を呼ぶは八大が四層『叫喚地獄』。 ……だが其の一撃に崩れ掛けた戦線が瞬く間に立て直される。 其の役割を担ったのは、英霊の加護、聖骸闘衣を纏う事で混乱の影響を受けないツァイン・ウォーレス(BNE001520)と、精神への攻撃に強い抵抗力を持つ『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の2人。 先に戦場を拭うはツァインの盾が発した白き光。邪気を祓い、撃ち滅ぼす神の光、ブレイクイービル。 死者の呻きにあらぬ敵を見始めていたリベリスタ達の瞳に正常な光が戻った。 運悪くブレイクイービルの光に零れても、次いで戦場を覆う祈りが拾い上げる。 アリステアは祈る『最後は綺麗に笑えますように』と。 どんな願いでも叶う魔法があればどんなに良いだろう。助けるべき人を零さず全員助け上げられるから。 だがそんな都合の良い魔法は存在しない。アリステアに行なえるのは、少しばかりの……、其れは無能力者から見れば偉大な奇跡かも知れないけれど、彼女にとっては少しばかりの癒しの奇跡を呼ぶ事くらいだ。 聖神の息吹が傷付いた仲間達の肉体を癒し、邪を拭う。 だからこそ出来る事を全て行い、自分の手で成さねばなら無い。自らの想いを裏切らぬよう。 「わたしを動かすのは、尽きることのないただ一つの想い」 少女は瞳を開いて前を見据える。 リベリスタ達の突破を塞ぐ大きな要因、排除し難いブロック要員である守備部隊の生き残りにミリィの投擲した閃光弾、フラッシュバンが炸裂する。 傷を与えず、命奪わず、音と光と衝撃で身を縛るフラッシュバンに、風斗を食い止めていたデュランダルが動きを止めた。 千載一遇の好機に膂力を活かして敵陣を突破し、風斗は施設の奥……、女性達の運び出しを指揮するこの災厄の元凶、この騒動の首魁であるマンドラゴラの元へと駆け抜ける。 さて凡そは理解した。今の世の守護者の実力、この戦場における彼等が個々に果たす役割。 今も昔も守護者達は厄介だ。嘗てと戦い方は大きく変われど、其の厄介さだけは変わらない。 だからこそ、成すべき事を成さねばならぬ。あのハグレの長に協力したのも全ては一族解放の為に。 界顎が、古に封じられしアザーバイド、まつろわぬ民の一種である土隠が狙い定めるは……、その勇猛さ故に目に止まった麗香。 ● 風斗こそは通したものの、そこから先が続かない。 最たる障害は数の差だ。個々の性能はリベリスタが上回る。死者も、守備部隊も、リベリスタの実力には及ばない。 叫喚は厄介だけれど、其の技に対抗する手立ては証明済みだ。混乱を受けぬアリステアとツァインが居れば立て直しは何度でも可能である。 だがリベリスタ達に数を覆すだけの手立てと策は、準備されて居なかった。 時間をかければやがてもう1人、更にはもう1人と突破が叶う者も出るだろう。しぶとく粘る死者とて倒し切れぬ相手では無い。 けれど今はその時こそが重要なのだ。 界顎の糸に動き縛られ、引き寄せられた麗香が顎門で挟み潰される。前衛を張るデュランダルたる彼女が一撃で落とされる事は無かったが、それでも其の威力は非常に手痛い。 回避を得手とせぬ麗香では、縛られての一撃は的打を越えて痛打に踏み入る。 ツァインが刃で麗香が引き寄せられる寸前に糸の切断を試みたが、土隠の糸は容易くは切れぬ。 リベリスタ達の想定よりも大きく手前での躓きに、戦場指揮者、ミリィの背中を嫌な汗が伝った。 それでも積み重ねるより他は無い。今更プランの修正は、流石の彼女の指揮能力を持ってしても困難だ。 放つは光。視界を焼く白き光。力強く、けれど慈悲に満ちた、ミリィの神気閃光。 それに重ねるは悠月の指先から走るチェインライトニング。 死体が怯み、死体が焼かれ、そして抜き放たれた霧音の斬撃が更に切り裂く。 一筋の光明と成り得る性能を持つあばたのトラップネストが、其の精密さ故に叫喚に逃れる余地与えず絡め取るが……、けれども叫喚の余裕の表情は崩せず、指図に嫌々放たれた守備部隊のクロスイージスのブレイクイービルに気糸が消える。 アーティファクトを狙った攻撃も、機能を停止させるに至るほどの効果は易々とは上がらない。 無論叫喚とて其の表情程に余裕は無い。死体を壁として活用してるとは言え時折届く攻撃は着実に彼の体力を削っていたし、叫喚が幾ら回復を飛ばそうともリベリスタ達の火力の前には徐々に死体の数も減っていく。 『この場の戦い』に限って言えば、勝敗は既に見えているのだ。或いは最初から見えていたのだ。 もし思った以上に力を増していたリベリスタ達が、最初から叫喚を集中的に狙って来ていたらと思えば体の芯に震えが走る。 何れにせよ引き際は近付いていた。 駆ける風斗の視界に、以前裏野部のコロシアムで見かけた顔、そう、この状況の元凶であるマンドラゴラ、歪螺・屡の姿が映る。 風斗の視線が悪辣の其れと絡む。 床に伏せ怯える人々。運び出される最中の女性。 惑わされぬよう、揺らがぬよう、ただ視界に映る倒すべき敵のみを見据え……、けれどもその悪辣な行為には溢れる殺気を抑える事が出来ず、駆ける風斗は叫ぶ。 「殺してやるぞ、マンドラゴラ! その名の通り、断末魔の悲鳴をあげるがいい!!」 殺気に膨れ上がる風斗の筋肉。戦いの為の異形とすら化して放たれるデュランダルの其の一撃は、120%。 ● 減った死体に、よりにもよってアリステアのエアリアルフェザードを運悪く喰らった叫喚が地に倒れ……、そのまま溶け込むように沈んで行く。 稼いだ時が充分だったか否かは、もう然して興味は無い。寧ろ今のアークのリベリスタ達の実力を考えれば、貰った金額では割に合わない労働だったとすら思う。 主を失えど残った死体は動きを止めないが、既にリベリスタ達を食い止めるには全く足りない。 死体達を、守備部隊を、容易く突破してリベリスタ達は施設内へと突入する。 ……だが例えばミリィは気付いていた。自分達が一手足りぬかも知れない事を。 其れは打ち合わせの段階から懸念されていたのだ。 早い段階で運良く突破の叶った風斗は強力な攻撃力を有したデュランダルで、更には状態異常を無効化する手段も所持している。 けれど……。 風斗が振るったバスタードソード、デュランダルの名を冠した白銀の刀身は、マンドラゴラの手に受け止められた。 ……正確に言うならば其の手が展開する魔力の障壁、物理的な攻撃を無効化するマグメイガスの盾、ルーンシールドに拠って無効化されたのだ。 風斗の刃と下卑た嗤いを浮かべるマンドラゴラの距離はほんの僅か。 けれど其のほんの僅かを届かせる手段が、風斗には存在しない。其の手段を所持した仲間が、今この場に辿り着いていない。 マンドラゴラの更に向こう、施設の裏口方向から聞こえる車のエンジン音が絶望と仲良く手を繋いで風斗の耳朶を打つ。 リベリスタ達の実力は確かだった。そしてリベリスタ達の被った損害も軽微である。……だけれども、恐らく此れを完敗と言うのだろう。 捕らわれた人々の内、若い女性を除く40人は1人も欠ける事無く救われたが、それ以外は誰も残らなかった。そう、誰も。 守備部隊の生き残り達も、リベリスタ達が施設内に突入した後に胴体を挟み潰され死んだ。糸に捕らわれ攫われる瞳を救おうとしたが故に。 願うばかりでは何も救えぬ。指の間から砂の様に零れて落ちる。 掴み取るには、力と、其の力を活かせる正しい手段が必要だ。どちらが欠けてもそれは成されない。 暴力ばかりが吹き抜けて、後に残るは嘆きのみ。 悪辣に全てが喰らわれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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