●シナゴーグに棲む獣 シナゴーグと言うのは、所謂『教会』のようなものである。 宗教上の問題から、キリスト教を信奉する『教会』とは趣を異にするそのシナゴーグと呼ばれる教会堂はヨーロッパに点在している。イタリアとてその例外では無く、 特に、ヴェネチア様式と呼ばれるシナゴーグが存在するだけあって、ヴェネチアには現代でも美しいその建築様式を有する教会堂が残っていた。 シナゴーグの一つに棲む獣。 その正体についての奇妙な報告が、リベリスタ組織の総本山と言っても良い『ヴァチカン』に多々上がってきていた。現代の歴史の書き手とすら言えるであろう彼等『ヴァチカン』にして奇妙と言うのは、真実不可思議な出来事であろうことは疑いなかった。 曰く、認識できない怪物。 野生のそれとは比べ物にもならない大きさの『貂』が住みついているらしい、という。 歯切れが悪いのには事情があって、その獣は貂ではない。当たり前である。エリューションである限り、実際それは貂では無いのだろう。それ以上に、その姿を明確に認識した者が居ない、というのが厄介だった。 では何故『巨大』な『貂』のようなものであると分かるのか、とは『ヴァチカン』から要請を受けたアーク方も抱く当然の疑問ではあるが、返ってくるのは「分からぬ」という歯切れの悪い答えばかりであった。 それでは毛の色はどうか、と聞くと、青緑色のような、と返ってくる。ようなとは何か、ようなとは、と問えば、いや、シナゴーグの内装も青緑色であるが故、その塗装のせいかもしれぬ、と返ってくる。 結局は誰もその貂型のエリューションに触れたことが無かった。そういう意味で、その獣は一種の不確定性を有している。 ●ブリーフィング ヴァチカン程の組織が態々極東のリベリスタ組織に協力要請を行うに足る理由があった。 それは間違いなく信仰上の理由であった。ヴァチカンはその信仰上の理由に起因して、シナゴーグ形式の教会堂で荒事を起こすことが出来ない。正しくは、起こしたくない。 今回の以来のエリューション詳細が不確かなのも、恐らくそこに由来するのであろう、というのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の談である。ヨーロッパ諸国、或いはその周辺国の有力リベリスタに要請しにくいのも同様の事情である。 日本以上に、これらの各国では『神』に対する依存が強い。それはある時にはメリットとなり、ある時にはデメリットとなる。 その点でいえば、日本のリベリスタ組織というのは非常に都合が良かった。 「まあ、最近名を上げてきた田舎のリベリスタを見てみたい、というのもあるでしょう」 イヴの発言にリベリスタ達は微妙な表情をするが、逆の立場を考えてみれば、当然の思考でもあった。 「要請内容を鑑みれば、厄介なエリューションというよりは厄介なお家事情ということでしょうから、国費でヴェネチア観光にでも行けると思えばいいわ」 私は行けないけど、私は行けないけど。イブは無表情で二度呟いた。 「冗談はさておき、海外での活動に『万華鏡』は使えないから、詳細な情報はあまり伝えてあげられないわ。ただ、どうやら相対する者の『不安』を読み取るようね。精神的な部分に対する攻撃に注意して欲しい」 それじゃあ、頑張ってね。お土産は、皮の製品が良いわ。 そういったイヴの顔は、それでもやっぱり、戦いに赴く彼・彼女らの行く末を慮る一己の女の子の顔であった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月12日(火)22:47 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の透き通った硝子の瞳に、一匹の猫が映った。明るい茶色の毛並みを持つ可愛らしい猫。金色の首輪が確認できる。尻尾の先だけが白くなっていて、とても愛らしい。石畳の通路を挟む、鉄製の檻の足元に優雅に座る姿は、ヴェネチアだろうが日本だろうが、大差なく、けれども心を擽る。 荒い吐息が聞こえた。獣では無い。隣に立つルー・ガルー(BNE003931)のものである。食べしてしまいたいほど可愛らしいその猫を、彼女は、紛れもなく『美味しそう』と認識し、食そうとする。猫は気だるそうにして視線も合わせない。太太しいその態度に益々ルーは涎を垂らすが、『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)が彼女の腰をがっしりと掴んだ。ルーの託言(かごと)がましい視線が佐里に惜しみなくぶつけられるが、「ダメ」との佐里の言に、「ガウ……」と落ち込む様子を見せた。 深紅の修道服が鮮やかに風を斬る『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は少し歩き辛そうに辺りを見渡した。猫は日本もイタリアも相変わらずであるけれども、街並みの様相は一変している。舗装された道路などは一切無い。そもそもヴェネチア『島』の中には自動車は侵入できない。『水の都』に張り巡らされた水路……は観光客向けのカヌーなんぞが行き来しているだけに過ぎないが、ヴァポレットと呼ばれる水上バスが、日本の環状沿線如く移動に用いられている。 石畳が街中を巡る。無機質なビルは一切見られない。特徴的な焦げ茶色の色味を持つ、雑多だが温かみのある伝統建築物が、未だに生活の一部として現存している。それは現代に取り残された様に、けれども現代にまで秘術を抱えてきた様に、その二面性をリベリスタ達に印象付けた。 ヴァチカンから派遣された一名のリベリスタが、先頭に立ってどんどんと歩いて行く。細く、暗く、法則性の無い道に、迷う様子は無い。『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)が不思議に思って首を傾げると、隣に居たルクレツィア・クリベリ(BNE004744)がすっとある一点を指差した。矢印と短くイタリア語の書かれたその看板にシィンはやはり首を傾げる。 「リアルト橋、と書かれているのよ」 ルクレツィアの艶やかな声が響いた。込み入った市外部にはこの手の看板が多々見られ、特に目印となる地区までの短期的なガイドを行う。この看板にさえ気をつけていれば、どれだけ径路が込み入っていようと迷うことは無い。 そんな街並みがしばらく続いて、突然、先導していたヴァチカンのリベリスタが立ち止った。 「ここです」 異国のリベリスタは、少し違和感はあるが概ね問題の無い流暢な日本語で言った。これはヴァチカン側のアークに対する最低限の礼儀を表しているし、もっと言えば、今回の事で『祖語』を与えることを嫌った結果をも含意している。 「私はここまでです。私はこれからの作戦内容には一切関与していません。事前にお話しした通り、そういうことでお願いします」 軽く頭を下げると、そのリベリスタは足早に去って行った。 ● 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の麗らかな声が纏めるように言ったその言葉で、目の前のシナゴーグへの突入方法が再確認された。 「虎穴に入らずんば虎子を得ず。まさに今の状況にぴったりな諺ですね」 『残念な』山田・珍粘(BNE002078)、改め、那由他・エカテリーナ(自称)は、うーん、と伸びをしながら言った。彼女は先行してシナゴーグに突入する班に割り振られている。 「せめて血生臭くないお仕事なら良かったのですけど」 それこそ単純なベニス観光なら楽しめたのに、と彩歌が残念そうに言うと、ルーが「ガウ?」と反応した。どうやら『血』とか『生臭い』とかの言葉から肉を連想したらしい。「待て、あれ、待てでいいのかな、まあ待て!」と彩歌が制する。 白塗りの壁に、大きな木製の扉。施錠はされていないらしい。那由他がそっとその扉を押すと、思いの外、軽くその扉は開いた。彩歌、ルーと視線を合わせ、次に、後ろに居る舞姫を見た。頷きが返ってきた。 「二度目の海外依頼ですしね。ちゃちゃっと終わらして甘味でも食べに行きましょう」 にやり、と那由他の見返り笑いが、シナゴーグの中へと消えた。 シナゴーグ内部は正しく教会であった。照明が落ち、蝋が冷えた内部は薄暗く、その派手派手しい内装は鳴りを潜めている。しかし、とにかく豪奢だ。教会というよりも、貴族の住まう洋館の一室と言った方が分かりやすいのかもしれない。 入口付近で先行組の彩歌・那由他・ルーの三名が立ち止った。あまり後続班との距離を取るつもりはない。 ルーがぐるりと獲物を探し、彩歌が熱因子を探った。巨大な貂のような形状をしたとの報告があるその敵性エリューションは、しかし、一見の内には認められなかった。 「どういうことでしょう」 那由他が怪訝な表情をする。そのまま先頭を切って、ゆっくりと足を進める。ある程度奥行きもあり、空間が確保されてはいるが、敵性エリューションが身を隠すことが出来るほどではない。 信仰者が跪く為の台が無造作に置かれているその合間を縫うように進む。中頃まで進んで、一番端までが辛うじて見えそうであるが、やはり、敵性エリューションの姿は確認できなかった。 AF通信で、外のリベリスタ達からの問い掛けが聞こえてくる。これ以上距離を取るわけにはいかない。 「合流しようか」 彩歌が提案した。那由他がそれに頷いたとき、ルーが吠えた。 その様子の変化を、舞姫と海依音は見逃さなかった。二人が目を合わせて頷くと、後続班の突入が始まった。 仄暗い豪華装飾のその奥、先行した三名のリベリスタが目に入る。 「どうかしましたか」 舞姫の訝しむその言葉が言い終わる前に、シィンが「あっ」と短く声を上げた。 彼女は視た。 前方の三名。そしてその上。 シャンデリア様の絢爛な照明に纏わりつく、青緑色の『蛇』。 ●シィン・アーパーウィルの場合 シィンの胸が突然苦しくなった。酷い耳鳴りがして、思わず目を閉じる。 記憶を失ってしまった自分。偽りの自分。空っぽの自分。それはアイデンティティクライシス。 そんな『自分』は一体何なのか。何時も、何処でも、何度でも、そのことに苦悩してきた。 不都合な事実に目を瞑って必死に作り上げた『今の自分』に、もしも記憶が戻ったら。 そのとき『自分』は『自分』で居られるのか? イッタイ アナタ ハ ダレナノデスカ……? ●ルクレツィア・クリベリの場合 ずっと愛が欲しかった。 父親からの偏執な愛情が、その求める愛と本質的に異なることを理解するのに時間は掛からなかった。 父親は私を通して母親を見ていた。自分達を置いて姿を消したその母親の姿を。 だから愛を探した。 探してみると思いの外簡単に愛の言葉を手に入れられた。多くの人々がルクレツィアに愛を囁いた。 だけれどその愛も長くは続かなかった。彼らは直ぐに消えていく。摘まれた花が枯れるように。 自分はまるで花を探して彷徨う蝶のよう。 時々、辿り着くべき『花』なんてないのかもしれないと思うこともある。 でもねえ。 蝶はね、花を探す事に迷いなどは無いのよ? ●一条佐里の場合 家族も友達も焼かれて、私は復讐を決めた。 住んでいた町を後にして、ただ前を見て生きてきた。 未来はどうなのだろう。 復讐を遂げる相手に対峙した時。 私の過去を焼却した赤い炎に、足がすくまず立ち向かえるか。 その恐怖に立ち向かえるのか。 怒りに身を任せずに戦うことが出来るのか。 自分は『リベリスタ』できるのか。 ●海依音・レヒニッツ・神裂の場合 ねえカミサマ、なぜあなたはワタシ達に一方的に理不尽を与えるのかしら。 神様は敬虔に信仰していたワタシを裏切った。 十四年前の悲劇。 祈っても誰も帰ってこなかった。 だから、カミサマはきらい。 ●戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫の場合 いつかフェイトが枯れ果てて、世界が仇なす者達の手に堕ちるかもしれない。 無残に惨めに、何の意味も無く死ぬかもしれない。 だけれど、そんなことは怖くは無い。 たくさん殺した。だから、いつか自分も殺される。 因は廻って、果に落ちる。 死は厭だけれど、怖くは無い。 怖いのは『戦うこと』を否定されることだ。 わたしには、他には何も無い。 リベリスタとして、みんなのために戦う。みんなの為だと信じているから。 わたしにはそれしかないから。 ● 「んなもんっ! シィン・アーパーウィルにっ! 決 ま っ て る じ ゃ な い で す か っ !」 がん、と突如頭を打ったシィンは「あう」と声をあげた。 前方ではすでに先行組三名が敵と交戦している。 横を見ると、舞姫が刀を杖代わりに、魘されながら立っているが、すぐに、 「お前を殺す!」 と叫び、かっと眼を見開いた。シィンは口を引き攣らせ、若干引いた。 「倒すべきはシナゴーグに染められた貂」 シィンの左隣では海依音が顔を歪めながら、けれど意志の籠った声で呟いた。 そう、紛れもなく、その姿は『貂』であり、そして、『貂』ではない。 巨大なその姿は決してその本質ではないし、本質である。 見抜ければそれで良い。 あれは『不安』だ。 シィンに呼び出す光が辺りを照らした。リベリスタ達の体から違和感が薄れていく。 そして、気糸が伸びた。精確に貂を打ち抜く、緻密な気糸。 ヴァチカンの担当者は「むしろ君達が破壊してしまってくれた方が、都合が良いぐらいだよ」などと言ってはいたが、やはり出来得る限り被害は避けたい。彩歌の彼女らしい気遣いだった。 貂はその構内を自由闊達に動き回る。彩歌の攻撃に加え、復帰した佐里が壁を足場に跳躍する。その緋い刀剣が、貂を捉える。それは偶然ではない。彼女の頭脳が弾き出した一つの解である。 貂が咆哮した。咆哮というには甲高く、うねる様な不思議な声が響いた。 ルクレツィアを始め、後続班はすぐさま散開する。直後、木製の机を吹き飛ばす衝撃が彼女らの居た所を襲った。 「オマエ、エモノ、ルー、カル」 その眼が変わった。狩人の目に。 全てのリベリスタを襲ったその精神攻撃だが、唯一、ルーにだけは一切の影響を与えていなかった。 (ルー、アタマ、ヨクナイ) ルーが飛び出した。佐里の攻撃とは真逆の動き。そこに戦略は無い。 (ダカラ、タタカウ、ナニモカンガエナイ!) しかし、一切の邪念を捨て、攻撃に徹するその動きは、正に脅威そのものに違いない。 ルーの拳が貂を打ち抜く。しかし、寸での所で貂はそれを回避した。 天井に纏わりつきこちらを舐め付ける貂。その目が海依音を捉え、海依音もそれを真っ向から返す。 「気に入らないわね」 気に入らない。 『信仰』の場で、『神』を祭る場で、そんな場所で、そんな『目』を向けられるのは。 海依音が詠唱した。それは浄化の炎。 本当、気に入らない。 貂が包まれた。堪らず照明から落ちてくる。 祭壇との衝突音が激しく響いた。粉塵が収まる前に、衝撃波が飛び出し周囲を吹き飛ばす。 ルクレツィアがそれに反撃するかの如く魔弾を撃ち込むが、貂はそれを振り切って、彼女のその美しい喉を噛み切ろうと肉薄する。 「やらせませんよ」 那由他が間に割って入る。その顔には笑みが浮かんでいる。 この敵の正体は、結局のところ、良く分からないのであろう。 それならそれで良い。 それが『斬れる』ものであるのなら、何であろうと『倒して』みせよう。 両手でその太刀を握りしめる。十の鎖が、この『不安』を斬る。 貂の『腕』が瞬間で那由他へ振るわれるが、それを紙一重に避け、左上段に構えられた太刀が一閃振り下ろされた。 真っ二つ。貂の体が割れ、那由他の太刀がその体躯を抜けた。 やった、と思った。だけれど、舞姫だけは違っていた。 二つに割れた体は、文字通り『二つの体』で『貂』と成った。 すん、と背後からその一体を斬る剣戟。そうして貂は三体となるが、間髪いれず残り一体を斬る剣戟。 一、二、三、四。 五、六、七、八。 軽やかな斬撃は舞姫の剣戟である。彼女の剣は速度を上げる。 九、十、十一、十二……。 いづれその刀身は視認できなくなる。貂は切り刻まれていく。 おまえは、殺す。 赤く、紅く、赫く。 最早舞姫の腕すら見えなくなったその時。 おまえは、殺す。 貂は消えた。 ● 「ええと、真白さんは、革製品を御所望でしたっけ」 佐里はキョロキョロと辺りを見渡す。ヴェネチアは観光に依存した街だ。日本では高級と持て囃される類のブランド店が、何の気取りも無く多々林立している。特に、有名ではないが、革製品の出来が高く評価されており、それらを買い求めに来る観光客も一定の割合で存在する。 (バッグでいいかな……?) 佐里は少し胸躍らせた。色々見て回ろう。お店に欠くことは無さそうだし。 「ルー、カンコー、イカナイ」 ルーがそう言ってお留守番を決めると、那由他は「有名処と甘味」とだけ呟いた。 有名処と言えばサンタマルコ広場の右に出るものは無いであろう。 ただし、日本の画一的な建築とは完全に異なる、その街並みを歩くだけで十分楽しい。気の向くままに街路を歩けばそれで満足する。迷ったと思えば、ルクレツィアが教えてくれた『小さな看板』さえ見つければ、どこかしらに必ず戻れる。 自転車も自動車も禁じられた空間。 那由他らがサンタマルコ広場に到着すると、なんだか分からないが水浸しだった。 「?」 広場の半分程が軽く浸水していて、目の前のドゥカーレ宮殿の入り口も水没し、チープな台が長々と連結されていて、その上を観光客が歩いていた。 よく見てみると、広場中心の穴から、水が溢れている。 「アックア・アルタ」 ルクレツィアが言った。ヴェネチアが水没するこの現象は稀に観測され、酷い時には完全に水没する。今回のはまだ何ともない、軽い状況のそれである。 彩歌からすれば、それは如何なる技術なのだろうか、という疑問の方が先だった。 サン・マルコ寺院内部の構造は、それが遥か昔に建造されたものというには精緻過ぎた。顎を上げて上を見上げてみれば、その硝子の目を凝らしても見えるか見えないか、というくらい遠くの天井にも、絵が描かれている。彼らの信仰では、天井における絵画は、重要な意味を有していた。 耳を隠すように被っていた帽子が落ちそうになって、慌てて抑える。 ふと横を見ると熱心に絵を見詰める少女が居た。リュックを背負って、どうやら一人らしい。 その眼差しはじいと揺れず、暫くして次の絵に移る。その姿に彩歌は少し感心した。 こんな娘の目を守るためになら、わざわざヴェネチアまで来た甲斐もあったな。 結局、例のシナゴーグは、椅子などの設備品は散々に破壊されたものの、肝心な部分においてはほぼ無傷であった。 海依音は腕にたくさんの袋を下げていた。イタリアの治安は頗る悪い。リベリスタである、しかも強力なリベリスタである彼女からすればそれは些細な問題ではあるのだが、本来ならこの姿は都合が悪く、『それ』を生業とする者たちの標的になる危険性が高まる。 だが彼女はお構いなしだ。深紅の破戒修道女はご機嫌な顔で石畳をコツコツと進んでいく。 買い物だけでも、全て回ろうとすれば一週間は必要だろう。ここはそういう島だ。 突如その鐘の音が鳴って、海依音は後ろを振り向いた。 沈みかけた夕陽の色が、もともとオレンジ色のヴェネチアの建物の屋根をもっと赤くさせていた。 サンタマルコ広場の大鐘楼。 けたたましく鳴り響くその鐘の音に、シィンと舞姫は思わず顔を顰めて耳を押さえるが、そんな両者を見て笑ってしまった。 海から飛んできたカモメが、那由他の食べていたジェラートを吹き飛ばした。 この鐘が鳴り響く間は、きっとこうして皆が笑うだろう。 そんな笑いだけが、きっとリベリスタ達の不安を殺してくれる。 また、来よう。今度は、仕事じゃなく。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|