● 「――今回は激戦になることが予想される。そのつもりで、話をよく聞いておいてくれ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタに向けて、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224) は真剣な面持ちで説明を始めた。 「任務は、フィクサード主流七派『黄泉ヶ辻』首領の妹『黄泉ヶ辻糾未』の下にいるフィクサードの撃破、ならびにノーフェイスの殲滅。 これまで糾未とその一派が関わってきた事件を、簡単におさらいしておこうか」 『黄泉ヶ辻』――国内フィクサード主流七派の中でも、「狂気の集団」と評される組織。 それを束ねる首領の異母妹でありながら、狂気には程遠い“普通”の精神性しか持たなかった糾未は、兄に近付こうとするかのように様々な事件を起こし始めた。 捕らえた一般人を、殺さぬ程度にいたぶる“遊び”に興じたり。 儀式により生み出した大量のノーフェイスを、“アークのお手伝い”と称して殺したり。 思いつくままの手段を講じても、なお望む狂気を得られなかった彼女は、やがて禁断のアーティファクトに手を出すことになる。 持ち主に破滅を齎すとされる、悪名高きペリーシュ・シリーズの一つ――『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』。恐るべきアザーバイド『禍ツ妃』を宿すそれを目覚めさせた糾未を危険視したアークは、アーティファクトの弱体化儀式を行って彼女の力を削ぐことに成功した。 その結果、糾未は『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』に精神を喰われ、肉体をアーティファクトに支配されたまま行方をくらましたのだったが――。 「糾未はいま廃遊園地に潜伏しているが、『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』に体を乗っ取られた影響で、既に限界に近付きつつある。放っておいても、近いうちに死ぬだろう」 ただ、敵の自滅を待つわけにはいかない。糾未がこのまま死亡した場合、『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』の暴走によって多大な被害を齎すことが予想されるからだ。 「これを防ぐには、糾未が死ぬ前に『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を破壊するしかない。つまり、こちらから打って出ないといけないってことだ」 当然、残存する糾未の配下は彼女を守ろうと動く。その排除が、ここに集ったリベリスタの仕事だ。 「現場は、廃遊園地の正門から入ってすぐの広場になる。 配置されている戦力は、『ヘブンズドール』『ハッピードール』と呼ばれるノーフェイスが合わせて七体に、黄泉ヶ辻のフィクサードが三名。 指揮を執るのは、『久奈木カヤ(ひさなぎ・かや)』という名前のクロスイージスだ。以前にも、二回ほどアークと交戦経験がある」 カヤは、かつて糾未の陣営に加わっていたフィクサード『奈落』の養女であり、彼と共に戦い続けてきた女性である。義父として敬愛する一方、異性としても淡い想いを抱いていた『奈落』がアークに討たれてからは、彼の遺志を継ぎ、その代役を務めることに何よりも執着してきた。 「だから、これまでは糾未に対する忠誠もどちらかといえば間接的なものだったんだが…… どういう心境の変化か、今のカヤは純粋に『糾未を守る』ために戦おうとしているらしい」 糾未から与えられた二つのアーティファクト『カオマニー』と『御使いの防人』を所有するカヤは、『ドール』の名を冠したノーフェイスを使役する力の他、幾つかの能力を得ている。 「あらゆる状態異常に対する耐性、防御力の上昇、自己再生能力の付与――といった内容だが、後に言った二つの効果は『カオマニー』が従えている『ドール』の数に比例する。 アーティファクトの破壊や奪取については敵も対策を練っているだろうし、これを考えると序盤からカヤを狙うのは難しいかもしれないな」 資料をもとに説明を終えた後、数史は顔を上げてリベリスタ達を見た。 「先にも言ったように激しい戦いになるだろうが、アークから犠牲を出すわけにはいかない。 仮に任務の遂行が難しくなった場合は、迷わず撤退を選んでほしい」 そう言い添えると、黒髪黒翼のフォーチュナは「どうか気をつけて」と締め括った。 ● ――ずっと、嫉妬の対象だった。 あの方が亡き奥様の面影を重ね、剣を預けた“彼女”。 複雑な思いで仕える私に、屈託なく「糾未と呼んで」と笑いかけた“彼女”。 時には憎しみすら覚えていたというのに、私は“彼女”をとうとう嫌いになれなかった。 “彼女”が“彼女”でなくなってしまった今になって、その理由に気付くなんて。 抜け殻になった“彼女”のもとにあり続ける私を、彼らは愚かと笑うだろうか。 所詮は、安いヒロイズムに酔っているに過ぎないと。 己の弱さから目を背け、逃げ続けているだけだと。 何と思われてもいい。私は、“彼女”を守りたい。 今になって“彼女”と向き合おうとしているのは、本当に皮肉でしかないけれど。 『普通』から逃れようとあがき続けた“彼女”に応えるため、私なりの答えを返そうと思った。 義務感ではなく、まして憐れみや憎しみでもなく、自分自身の意志で。 「……貴女のこと、けっこう好きだったんですよ。糾未」 口の中で呟き、こちらに近付いてくる敵の気配に意識を向ける。 嗚呼。もし叶うなら、貴女と友人になれたら良かった――。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月18日(月)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 錆びた正門を潜り、リベリスタは広場へと向かう。 廃遊園地を飛び交うのは、数え切れぬ程の漆黒の蝶――アザーバイド『禍ツ妃』。黄泉ヶ辻糾未の肉体を乗っ取ったアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』の化身とも言える存在だ。 「全く面倒な。自壊し瓦解し勝手に消えれば良かったものを」 我が物顔で通り過ぎてゆく蝶を煩げに払いつつ、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が零す。糾未の肉体が既に限界に近いのなら放っておけば良いとも思えるが、その際に周囲を巻き込むとなれば捨て置くことは出来ない。まぁ、儘ならないのは常の事か。 鷲の視力で広場を見る『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が、待ち構える敵の陣形を改めて確認する。行く手を阻むように横一列に並んだノーフェイス達の奥、二人のフィクサードを従えた白髪の女がリベリスタを睨んでいた。 「毎度お馴染みアークでっす☆」 終の明るい声を聞いても、女――久奈木カヤは答えない。後方から彼女を視認した『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が、小さく独りごちた。 「あの時の……ですか」 かつて相見えた時と異なり、カヤの赤い双眸は“糾未を守る”という混じり気の無い意志に満ちている。聖別された二挺拳銃のグリップを握り締めるリリの傍らで、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)がサングラスの位置をそっと直した。 おそらく、カヤは糾未が“喰われた”ことを理解した上でここに立っているのだろう。 「それでも戦うと言うのなら、否定だけはできないわね……」 丸レンズの奥で、彩歌の目が僅かに細められる。直後、全員の指揮を執る『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が凛と声を響かせた。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 敵前衛までの距離は、約20メートル。身体能力のギアを上げつつ前進する『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)を追い越し、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が駆けた。 その狙いは、翼の形に変じた腕を持つ巨体のノーフェイス『ヘブンズドール』。意識を侵食せんと押し寄せる幸福感を歯牙にもかけず、絶対者たる青年は微笑み湛える人形を抑えに回る。 ほぼ同時、低空を滑るように舞うユーヌが閃光手榴弾を宙に投じた。炸裂する轟音と視界を染める輝きが、六体存在する『ハッピードール』のうち半数を無力化する。 「――申し訳ありませんが、押し通らせていただきます」 間髪をいれず、ミリィが神気の光で敵を灼いた。 ● 二人の配下をその場に残し、カヤが前に出る。彼女は快をブロックすると、心身を賦活する神々の加護を呼び起こして自軍の状態異常を払った。 直後、フリーになったヘブンズドールがリセリアに接近する。脳髄を揺さぶる強烈な衝撃が、リベリスタに襲い掛かった。 「けっこう効きますねー。こわいこわい」 直撃を受けた『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が、ゆっくりと頭を横に振る。回復役の一翼を担う『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の姿が程近くにあることを確認すると、彼女は集中により射撃手としての感覚を研ぎ澄ませた。 狂気に囚われた六体のハッピードールが、揃って前進する。快やリセリアをあえてスルーしたのは、人形達を使役するカヤが二人の実力を知っているからだろう。防御力や回避に優れた者から狙っても効果は薄いし、遠距離攻撃スキルを有するリセリアの足を止めたところで火力はさほど変わらない。 心惑わす不可視の衝撃が、リベリスタを次々に撃つ。後列までを射程に収めた敵のマグメイガスが雷光を放った瞬間、スターサジタリーが空から火矢を落とした。 「心配無い。すぐに回復する」 混乱吹き荒れる戦場を眺めて、『OME(おじさんマジ天使)』アーサー・レオンハート(BNE004077)が豊穣の女神(アシュテレト)の名を冠した白き杖を掲げる。低く聖句を唱えた彼を中心に癒しの息吹が広がり、リベリスタの傷を塞ぐと同時にその心を取り戻した。 ここまで待機していた終が、不意に地を蹴る。刹那、彼はカヤの眼前に姿を現して彼女を強襲した。二振りの短剣を操って一撃を浴びせ、そのまま息もつかせぬ勢いで追撃を見舞う。彩歌の全身から煌くオーラの糸が奔った時、論理演算機甲「オルガノン」により統制された無数の糸が人形達の頭部を過たずに貫いた。 続いて、リリの誘導魔弾が蒼い軌跡を幾つも宙に描く。紺色の瞳でそれを眺めながら、寿々貴は聖なる神の力をもって仲間達を癒した。常に心を覆う仮面(ペルソナ)のなせる業か、戦いの場にあっても彼女はゆるりとした表情を崩さない。 「数が多ければ抜けると思ったか?」 終にカヤを任せ、快が再びヘブンズドールの前に立つ。神々の運命(ラグナロク)を告げる彼の声に、ユーヌの挑発が重なった。 「さて遊ぼうか? 不出来な人形劇で」 そう言って敵の側面に回った彼女を、ハッピードールが一斉に睨む。光舞う刺突で最も傷の深い一体を穿ったリセリアが、青みがかった銀のポニーテールを軽やかに揺らした。 「早急に数を減らしましょう」 外灯の明かりを受けて、“セインディール”の刀身が淡く輝く。人形達のブロックに加わったミリィが、敵味方の配置を素早く確認した。中心に立つヘブンズドールと、その周囲のハッピードールを目掛けて、閃光手榴弾を投擲する。快を迷わず巻き込んだのは、彼に対する信頼の表れだ。メンバー中で誰より守りに長けた快なら、ラグナロクの効果が失われても敵の攻勢を受け止められる筈。 「――快さん。信じていますからね?」 神秘の閃光弾が効果を遺憾なく発揮したことを確かめ、ミリィは快に声をかける。破邪の光であらゆる状態異常を消し去ったカヤが、人形達と配下に総攻撃を命じた。 「あちらも、形振り構ってはいられないみたいね」 反射のダメージも厭わずに火力をばら撒く敵の姿を見て、彩歌が呟く。フィクサードの射程外に出たいところだが、現状では少々難しいだろう。 高位存在の力を借りて仲間を癒し続けるアーサーが、力強く答えた。 「どんなに激しい攻撃だろうと、支えてみせる」 己の使命は、回復に徹して皆を倒させぬこと。仮に自分一人で足りなかったとしても、この場には寿々貴が居る。同じ役割を担う者として、互いの連携は強固だ。いかなる敵が相手でも、恐れることは無い。 アーサーの支援を背に、攻撃のタイミングを窺っていたアタッカーが一斉に動く。彩歌の気糸が射線上の人形達を捉えた時、ユウが“Missionary&Doggy&Spoons”の銃口を天に向けてトリガーを絞った。 降り注ぐインドラの火が、文字通り“前から、後ろから、横から”敵を炎に包んでゆく。狂えるハッピードールの悲鳴が、リベリスタの鼓膜を震わせた。 ● 的確なタイミングで状態異常を重ね、行動の自由を奪っていくリベリスタに対して、黄泉ヶ辻陣営は足を止めての撃ち合いで応戦した。 数十秒の攻防を経て、リベリスタは狙い通りハッピードールの半数を屠ることに成功したが、それでも代償を必要としなかった訳ではない。全体攻撃で多くの敵を巻き込んでいたユウとリリの二名は、反射によるダメージも加わって既に運命を削っている。 至近距離からハッピードールの一撃を受けたユーヌの細い身体が、僅かに揺らいだ。リセリアに次いで回避に長けている彼女も、耐久力に乏しいという弱点を持つ。時には防御すら無効化する人形の攻撃を前線で引き受けているとなれば、倒れるリスクとは無縁でいられない。 迷わず運命を差し出し、ユーヌは空中で体勢を立て直す。後方に下がるつもりは無いが、体力が戻るまでは守りに徹せねばなるまい。 持ち前の平衡感覚でバランスを取り、敵の攻撃に備える。その視界の隅に、人形達の回復に追われるカヤの姿が映った。 「忙しそうだな? 光って祈り楽しげに」 可憐な唇が、カヤを揶揄するように言葉を紡ぐ。沈黙を守り続ける白髪の女を一顧だにせず、アーサーは聖神の息吹でユーヌらの傷を癒した。 フィクサード達の処遇は、仲間達の意向に委ねると決めている。自分はただ、役割を全うするのみ。 アーサーと寿々貴、二人の回復手がまだ体力を残しているのを確認した後、ユウは再び銃を構える。いざという時には、己の身を犠牲にしてでも彼らを庇う必要があった。打たれ弱い自分にとって無茶なことと承知はしているが、チームの命綱を守るためとあらば仕方がない。 「……その前に、もうちょっと敵の力を削いでおきましょうか」 弾丸で漆黒の空を射抜き、燃え盛る矢を地上に落とす。蒼き魔弾を生み出し弾幕を張るリリが、祈りに代えて「制圧せよ、圧倒せよ」と囁いた。 炎に呑まれ、魔弾に貫かれても、戦場を舞う漆黒の蝶は一向に減らない。糾未のアーティファクトを本体としている以上、ここで幾ら攻撃を仕掛けたところで意味は無いのだろうが――寿々貴は、回復の傍ら『禍ツ妃』をじっと観察する。 (使用者に興味はないけど、アーティファクトには少しあるからね) 悪名高きウィルモフ・ペリーシュの作、全てを喰らうアザーバイドをその身に宿す『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』。神秘の深淵に潜む闇はどこまでも深く、人の理解を頑なに拒んでいた。 “氷棺”と名付けられた短剣が、凍てつく冷気を纏って風を切る。カヤを抑え続ける終を横目に、リセリアが瀟洒なる光の斬撃で残るハッピードールの一体を魅了した。 聖遺物と思しき長剣を両腕で操り、カヤは終の攻撃を凌ぐ。人形の数が減った今、無敵の防御と自己再生能力をもたらすアーティファクト『御使いの防人』の効果も半減している筈だが、彼女の戦意と気迫は一向に揺らぎを見せない。驚くべきことに、それはカヤの指揮下にいる二人のフィクサードも同様だった。 この期に及んで逃げるような人間は、糾未が“喰われた”時点で陣営を去ってしまっているのかもしれない。 (壊れたお姫様を、それでも護る騎士さん達か……) おそらくは決死の覚悟で戦っているだろうフィクサード達の表情を見やり、終は心中で呟く。 快の表情が、俄かに厳しさを増した。半ば予想していたとはいえ、死兵と化した敵は非常に厄介である。自軍の損害を顧みない特攻で相打ちに持ち込まれでもしたら、堪ったものではない。 「皆、充分に気をつけてくれ!」 手短に警告を飛ばしつつ、快は神秘の言葉で敵の注目を集める。すぐに怒りを解除されたとしても、カヤの手番を奪えるなら決して無駄にはならない。 執拗とも言える状態異常攻めに耐えかね、カヤがラグナロクを再び発動させる。 「その先には何も無いと分かっていて、それでも歩みを止めないのね」 後方から声を投げかける彩歌に、彼女は初めて答えた。 「……愚かと笑うなら、どうぞご自由に。でも、私にとって糾未に報いる方法は他に無いのです。 彼女が彼女であった頃、私はその名すらも碌に呼ぼうとしなかったのですから」 すかさず、ミリィが首を横に振る。 「たとえ他の誰かが笑おうと、私は決して笑いはしませんよ。それはきっと、何よりも尊いものだから」 報われることが無くとも、誰かの笑顔のために。果て無き理想(ユメ)を抱いて戦う少女は、「ですが――」と言葉を続けた。 「貴女が糾未さんを守りたいと思ったように、私達にもまた守るべきものがある。 互いに譲れないものがあるのならば、道は一つしかないのでしょう」 彼女の心情を理解し、尊重するからこそ。ここで退くことは許されない。 ミリィの投じた閃光手榴弾が、人形達の頭上で炸裂する。青い瞳に憂いを湛えて、ユウがカヤに囁いた。 「私は貴女を笑わないし、笑えない。ただ、撃つだけです……」 あらゆる全てを灰燼に帰さんと、インドラの火が降臨する。 出し惜しみはしない。弾が尽きても、その時は羽ばたきを風に変えて放つのみ。 黄泉ヶ辻の抵抗は、思いのほか激しかった。 捨て身の一斉射撃を浴びたユウがとうとう膝を折り、人形達に対する射線を最優先で確保し続けてきた彩歌も運命を燃やす。後退して距離を稼いだ彩歌が、「オルガノン」を単体狙撃用にモードチェンジしてハッピードールに照準を合わせた。 極細の糸が戦場を一直線に駆け抜け、人形と配下を同時に傷つける。間断なく刃を振るう終が、ただ一つの瞳でカヤの顔を見詰めた。 「ねえ、カヤさん」 同じ色をした虹彩が、互いの姿を映す。 「知ってる? 名前で呼んでって人に頼むのはね。友達になろうって意味なんだよ☆」 刹那、カヤの表情がはっきりと変わった。今にも泣き出しそうに見える白い面から目を逸らすことなく、終は不器用な人だな――と思う。漸く今になって、“彼女(あざみ)”と友達だったと気付くのだから。 「お望みでしたら、愚かと笑ってあげても構いません……でも」 “セインディール”を閃かせて最後のハッピードールを斬り捨てたリセリアが、静かな口調でカヤに語りかける。 「――何をもって愚かと呼ぶものか、勘違いしないで欲しいですね」 その直後、アーサーが低く詠唱を響かせた。大天使の力を秘めた清らかなる微風が、傷の深い彩歌を優しく包む。 「これで、もう暫くは保つ筈だ」 「ありがとう」 アーサーに礼を述べた後、彩歌は敵陣に向き直ってカヤを見据えた。 「たとえそれが純粋な好意から出たのだとしても、止まれないのなら。 私は、私の意志で、あなたを止めるわ」 ドール達を使役する『カオマニー』と同期した『御使いの防人』が隠されているとすれば、おそらくカヤの懐。一瞬の隙を突いて放たれた気糸がカヤを貫き、その後方に居たマグメイガスを撃ち倒す。 誰より早く異変に気付いたのは、序盤からノーフェイスの動きを注視していたミリィだった。 「カオマニーの支配が、解けた……?」 ここまで従順に戦っていた筈のヘブンズドールが、けたたましい笑い声を上げている。不安定になりつつあった『カオマニー』の力が、とうとう枯渇したのか。 「くっ……!」 奥歯を噛み締めるカヤを無感動に眺め、ユーヌが口を開く。 「人形共も見飽きたし、さっぱり綺麗に終わらせようか」 閃光弾に封じられたスターサジタリーがその場に倒れ伏すまで、そう時間はかからなかった。 ● 配下を残らず失ってもなお、カヤは戦いを止めようとしない。 枷の外れたヘブンズドールに斬りかかりながら、リセリアは彼女に言葉を投げかける。 「護りたいと思って戦う――それを馬鹿になんてしませんよ」 愚かだと言うなら、ただ一つ。 「解っている筈です。今こうしている間にも、“あれ”は糾未の為に戦う貴女達を嗤っているのだって」 刹那、ヘブンズドールが凍てつく衝撃を放った。カヤもろとも直撃を食らった終が、運命をもって自らの身体を支える。 気糸で人形を狙い撃ちながら、彩歌が誰にともなく言った。 「選択は、自らの意志で成されなければならない。 それがどういう意味を持つのかを、きっと狂人は理解し得ないのよ」 “彼女”を乗っ取った“あれ”も、また――。 ミリィの冷徹なる殺意が、傷ついたヘブンズドールに止めを刺す。 全員の攻撃がカヤに集中する中、リセリアが鋭く問いを放った。 「貴女が本当に護りたいものは誰ですか」 黄泉ヶ辻糾未か。それとも、彼女に成り代わった『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』か。 「本当に糾未を思うなら、彼女の魂を護りたいと思うなら。 貴女は、貴女達は……こんな所で何をしているのです。本当にすべき事は、違うでしょう!」 蒼銀の一閃。残る運命を注いで立ったカヤが、口の端から鮮血を滴らせて答える。 「……その通り、ですね」 彼女がそうしなかった理由を、想像するのは容易い。 かの騎士は、姫がまだ“生きている”と信じたかったのだ。魔女の操り人形に過ぎぬと知っていても。 極限まで集中を研ぎ澄ませた快が、蛇の印を刻んだ護り刀に力を込める。 「決して届かない理想に手を伸ばす俺は、 決して戻らない過去を護ろうとする君と、さして違わないのかもしれない」 けれど。少なからぬ犠牲が出ると分かっていながら、道を譲ることは出来なかった。 「君があくまで過去を見続けるというなら、俺は俺の守りたいもののために――押し通る!」 神気を帯びた刃が、カヤの身を十字に切り裂く。首の皮一枚で踏み止まった彼女に、ユーヌが呪符で構成された銃を向けた。 「不運だな? いや、案外幸せなのか。浸れて死ねて」 死と不吉を運ぶ呪いの影が、騎士の命を容赦なく刈り取る。 「……馬鹿野郎」と呻いた快の眼前で、息絶えたカヤの肉体が音も無く崩れ落ちた。 途端に、耳に痛い程の静寂が広場を支配する。 倒れたユウに駆け寄ったアーサーが、彼女を助け起こした。今回、リベリスタの損害が最小限に留まったのは、癒し手たる彼と寿々貴の功績によるところも大きい。 「大丈夫か?」 呼びかけに目を覚ましたユウが、ゆっくり起き上がる。 今もなお宙を舞う漆黒の蝶を見て、終が口を開いた。 「お姫様や騎士さん達が大切なものに気付くのがもう少し早ければ、ハッピーエンドもあったのかな?」 分かります――と答えて、ユウは目を伏せる。そう。いつだって、気付くのは遅すぎるのだ。 鎮魂の祈りに代えて、彼女はそっと言葉を紡ぐ。 「Good night, ya bastard」 ――おやすみなさい。かくもいとしき愚か者よ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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